【実施例】
【0022】
リンゴ1個を水で軽く洗ってから4つに包丁で切断し、食品用のすりおろし器ですり下ろした。すり下ろしたリンゴは300mL容のガラスビーカー内にてプラスチック製ネット(台所用水切りネット)を用いて搾りとり、この搾り粕を試験に供した。なお、すり下ろしの作業は手の常在菌からのコンタミネーションを防ぐ目的で、ゴム手袋をはめて実施した。
【0023】
調製した搾り粕10gを容積300mLのガラス製三角フラスコ内に入れて脱イオン水を330mL投入した。これにKH
2PO
4を0.28g、K
2HPO
4を0.24g、HNaCO
3を0.49g(割合はKH
2PO
40.85g、K
2HPO
40.75g、HNaCO
31.5g/1Lとなる)投入し、pHを7付近に調製された培養液を作製した(上記試薬を投入するだけで、pH7付近となる)。また、培養前後の液体のpHはpHメーター((株)堀場製作所「B−212」)にて測定した。
【0024】
この溶液の入った三角フラスコにテフロンチューブ(テフロンは登録商標)を接続したシリコン栓を差し込み、三角フラスコを照明によって30℃付近(実測温度31℃)の温度に昇温させ、調整した恒温槽(水槽を利用、水は使用せず)内にフラスコを置き、培養液中の微生物を培養し、発酵させた。またテフロンチューブ(テフロンは登録商標)の先端を水の入れた水槽内に沈め、チューブ先端から発生した気体をガラス製メスシリンダー内に水上置換することで、発生気体の捕集を行った。
【0025】
培養日数と気体発生量の積算値との関係を
図2に示す。サンフジのリンゴを使用した培養液と、フジのリンゴを使用した培養液とを、滅菌せずに別々に発酵させて発生気体を捕集した。
培養液からは1〜2日後から気体の発生が確認できた。
【0026】
メスシリンダー内に捕集した気体は、プラスチック製シリンジにて回収し、その後ガラスシリンジで空気によって100倍希釈してから、水素濃度を検知管法(水素検知管 U型 光明理化学工業(株)社製)にて水素濃度を測定した。測定した発生気体中の水素濃度を希釈前の濃度に換算すると、50%であった。
【0027】
さらに、シリンジで回収した発生気体は、10mLを燃料電池に投入し、接続したファンモーターが駆動するかどうかについても確認した。駆動時間は、サンフジの場合は6分2秒、フジの場合は7分11秒であった。
発生した気体を燃料電池に投入することで、ファンの駆動から発電が確認できた。これより、バイオマスであるリンゴから電気エネルギーを取り出せることが確認できた。
なお、燃料電池の水素投入口は2ヵ所あるが、投入に使用しない側の投入口には、投入した水素が燃料電池から拡散しないように、シリンジを別途接続しておいた。
【0028】
一方、比較対照として滅菌処理(高圧蒸気滅菌処理)したリンゴからも培養液を作成し、同じ条件で発酵を試みたが、気体は発生しなかった。これより、リンゴ中に含まれている微生物が水素発酵し、水素が産生されていることが確認できた。
また、リンゴバイオマスに加熱等の消毒・殺菌・滅菌処理等をおこなうと、常在菌が死滅するため、発酵が行われず水素産生が見られないことがわかった。
【0029】
<光試験>
フジのリンゴジュースで30%の濃度のものを用い、pHを6.5に調整して培養液を作製した。この培養液は、培養液を配置した発酵容器を遮光して発酵させたときと、光照射しながら発酵させたときとで、それぞれ気体発生量を測定した。培養液は30℃に維持して発酵させた。
【0030】
培養日数と気体発生量の積算値との関係を
図3に示す。光照射の有無にかかわらず気体は発生している。この結果から、水素産生が光合成細菌によるものではないことがわかる。発生気体の水素濃度は、光照射したときには30%、光照射しなかったときには25%であった。
発生気体をシリンジで10mL抽出し、燃料電池に注入して動作させると、ファンモーターの回転時間は、光照射したときの発生気体の時と光非照射のときとで、10分以上であった。
【0031】
<pH試験(1)>
次に、フジのリンゴの搾り粕10gを脱イオン水330mLに投入し、pHを4.9、7.0、7.2にそれぞれ調整した培養液を作製し、各培養液を30℃で発酵させた。pH4.9はpH未調整である。
【0032】
初発(発酵開始時)のpH値と気体発生量の積算値との関係を
図4に示す。pH未調整の4.9では気体発生が確認されなかったが、pH7付近(pH調整)では気体が発生し、水素濃度はpH7.0の培養液では40%、pH7.2の培養液では45%であった。これより、リンゴバイオマスはpH未調整の場合は水素産生がみられないが、pHを中性域に調整することにより、水素を産生させることが可能であることがわかった。
得られた発生気体をシリンジで5mL抽出し、燃料電池に注入して動作させると、ファンモーターは10分以上回転した。
【0033】
<発酵微生物の同定>
気体発生中の発酵溶液(発酵後48時間)を一部採取し、これをリンゴ寒天培地(リンゴ果汁をpH6.7に調整してから滅菌して調整した寒天平板培地。寒天濃度は1.5%)に塗沫して、発酵溶液中の微生物の釣菌を試みた。その結果、塗沫72時間後には寒天培地上に多数の赤色コロニーおよび少量の白色コロニーが確認された。
【0034】
発酵溶液中の赤色菌数は5×10
4個/mL程度、白色菌数は2×10
2個/mL程度であった。生えてきたコロニーの大半は赤色菌であったことから、水素産生に寄与している微生物は赤色菌と考え、この赤色菌の同定を試みた。
【0035】
赤色菌のDNAを抽出し、PCR法によりLarge subunit rRNAのD2領域のDNAを増幅した。増幅したDNAについてABI PRISM 310 Genetic Analyzer(Life technologies corporation)を用いて塩基配列を解析した。得られた配列を国際塩基配列データベース(DDBJ/EMBL/Genbank)に登録されている配列およびMicroseq ID Analysis Software Version 2.0(Life technologies corporation)のデータベースと相同性検索を行い、近縁種との系統樹を近隣結合法(NJ法)により作成した。
【0036】
その結果、Rhodosporidium toruloidesともっとも相同性が高く、その相同性は99.44%であった。この結果から、発酵溶液中の主要微生物である赤色菌はRhodosporidium toruloidesであることがわかった。Rhodosporidium toruloidesは植物、土壌、空気、動物、海水等から分離され、その不完全時代はRhodotorula rubescensである。
【0037】
滅菌リンゴの搾り汁の30%、pH6.7の培養液に、Rhodosporidium toruloidesのコロニーを3白金耳投入し、30℃で培養したところ、
図5に示すとおり、気体が発生し水素も確認された。水素ガス濃度は30%であった。(
図5のグラフでは、発酵開始3日目から8日目の間は、データを取得していない。)
発生気体をシリンジで5mL抽出し、燃料電池に注入して動作させると、ファンモーターの回転時間は2分30秒であった。
同じ培養液にコロニーを投入せずに30℃で培養した比較対象では、水素は発生しなかった。
【0038】
以上の結果により、リンゴバイオマス由来の水素発生にはRhodosporidium toruloidesが寄与していることが確認できた。
Rhodosporidium toruloidesはバイオセーフティレベルが1であり病原性がないとされている。これから、本微生物を用いたバイオ水素の産生は、発酵・水素製造・後処理作業時において、安全性が高いと言える。
【0039】
<発生ガスの解析>
発生したガスを検知管法にて解析をおこなった。結果の例を下記表1に示す。検知管はいずれも光明理化学工業株式会社製である。
【0040】
【表1】
【0041】
表1の結果は、複数回測定したときの測定結果例を示している。測定のタイミングや使用したリンゴの試験ロットは同一ではない。
ただし、水素、二酸化炭素が主要な発生ガスであり、硫化水素、酢酸、エチレン、アルコール類、アンモニアはほとんど含まれていないことがわかる。
【0042】
発生ガス中には燃料電池の触媒被毒原因物質である硫化水素が含まれていないことから、燃料電池への投入ガスとしては利点がある。アンモニア等の有害ガスも含まれていないことから、安全上も利点が高い。
【0043】
<発酵前後の発酵溶液中の糖質・有機酸・エタノール濃度>
発酵前後の発酵溶液中の糖質・有機酸濃度を測定した。
測定結果は、下記表2に示す。
【0044】
【表2】
【0045】
本試験時には40%の水素を含む気体が65mL産生した。
各成分は酵素法(ロシュ社 F−kit)にて測定した。その結果、ショ糖、麦芽糖、グルコース、フルクトースの糖質およびリンゴ酸は発酵前には比較的高濃度で含まれていたが、発酵後には著しく減少していることが確認できた。一方、エタノール、L/D−乳酸、酢酸は発酵前にはほとんど含まれていなかったが、発酵後には著しく増加していることが確認できた。この結果から、発酵溶液中では糖質およびリンゴ酸を栄養源として微生物が利用し、それにより水素発酵、エタノール発酵、乳酸発酵、酢酸発酵が行われていることがわかる。
pHは、発酵前は7.1であったが、発酵後は5.8にまで低下していた。これは、発酵により酢酸、乳酸などの有機酸が生成したことによることがわかる。
【0046】
<水素産生速度>
本発明における水素産生速度は、試験条件にも左右されるが、事例としては22mmol/L.h程度の結果が得られている。文献によると、非病原性である水素産生微生物の産生速度は、Oscillatoria sp.(ヨレモ)で0.4、Anabaena cylindrical(シアノバクテリア)で1.2、Rhdopseudomonas capslata(光合成細菌)で5.3mmol/L.hであった。これから、本発明による水素産生速度は非病原性微生物としては優れていることがわかる。また、病原性微生物においては、Clostridium beijerinkii(偏性嫌気性菌)で17、Enterobacter aerogenesで36mmol/L.hとなっており、本発明より早いケースはあるものの、本発明の方法は非病原性でありながらこれらの病原性微生物による産生速度とくらべても十分に比較可能なものであることがわかる。
【0047】
<比較例>
天然リンゴに替え、ブドウと桃についても、果実に付着している常在細菌によって発酵させた。その結果を
図6に示す。
桃、ブドウについて気体が発生したが、桃の発生気体は75%の水素ガス濃度が検出されていたが、ブドウの発生気体には水素は検出されなかった。
ブドウについては、巨峰についての搾り粕40gを脱イオン水330mLに投入し、桃については白桃の搾り粕20gを脱イオン水330mLに投入し、pHを8.0にして培養液をそれぞれ作成し、30℃で発酵させた。
【0048】
桃、ブドウの発生気体をシリンジで5mL抽出して燃料電池に注入して動作させたところ、ファンモーターの回転時間は桃の発生気体では10分以上であり、ブドウの発生気体では、回転しなかった。
なお、水素発生を確認した時点では、発酵に寄与した常在細菌の特定はできていない。
【0049】
<pH試験(2)>
リンゴの産地と種類を変え、水素発生の試験を行った。
試験結果を下記表3に示す。
【0050】
【表3】
【0051】
上記表3から、発酵開始時のpHの値は、6pH以上8pH未満であれば、水素発生が可能なことが分かる。
次に、長野県産の「サン津軽」のリンゴの搾り粕10gを300mLの水に溶解し、濃度(3%)で、pH値が4.9、5.8、7.0、7.9の四種類の培養液を作成し、発酵させた。培養温度は30℃にした。
【0052】
各培養液についての培養日数と気体発生量積算値の関係を、
図7に示す。図中の数値は、各培養液についての、発生ガス中の水素ガス濃度と、サンプル気体によるモータ回転時間とを示す値である(シリンジで5mL注入)。これらの試験結果から、pH5以上pH8未満の培養液について、水素発生が確認されている。
【0053】
次に、長野産に替え、会津産「サン津軽」のリンゴで、長野産と同じ濃度、体積で異なるpH値5.8、7.0、8.0、9.1の培養液を作成し、長野産と同じ条件で発酵させた。
その培養液の培養日数と気体発生量の積算値との関係を
図8に示す。シリンジへの注入量は5mLである。pH7.0の培養液は水素ガス発生が確認できたが、pH5.8と、pH8〜9の培養液については水素ガス発生は確認できなかった。
【0054】
次に、低pH値でも、大量の水素ガスが発生する例を示す。
図9は、青森産のリンゴ「フジ」の搾り汁30%、pH6.5の培養液を光を照射して発酵させたときと、遮光して発酵させたときの、培養日数と気体発生量の積算値との関係を示すグラフである。光照射したときの水素ガス濃度は30%、遮光したときの水素ガス濃度は25%であった。シリンジで10mL注入したときのモータ駆動時間は、それぞれ10分以上であった。
このグラフの例から分かるように、pH6.5のときでも、水素ガスが大量発生する場合はある。
以上のことにより、水素ガス発生には、培養液のpH値は6以上8未満、発生量を考慮すると、6.5以上8.0未満が望ましい。