特許第5857905号(P5857905)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5857905
(24)【登録日】2015年12月25日
(45)【発行日】2016年2月10日
(54)【発明の名称】鋼材およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20160128BHJP
   C22C 38/06 20060101ALI20160128BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20160128BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20160128BHJP
【FI】
   C22C38/00 302A
   C22C38/06
   C22C38/58
   C21D9/46 Z
   C21D9/46 P
【請求項の数】5
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2012-164382(P2012-164382)
(22)【出願日】2012年7月25日
(65)【公開番号】特開2014-25091(P2014-25091A)
(43)【公開日】2014年2月6日
【審査請求日】2013年11月18日
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】新日鐵住金株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】特許業務法人ブライタス
(72)【発明者】
【氏名】林 宏太郎
(72)【発明者】
【氏名】関 彰
(72)【発明者】
【氏名】三塩 和也
(72)【発明者】
【氏名】下川 修平
【審査官】 佐藤 陽一
(56)【参考文献】
【文献】 特開平07−003328(JP,A)
【文献】 特開2006−131958(JP,A)
【文献】 特開2007−327123(JP,A)
【文献】 特開2010−196115(JP,A)
【文献】 特開2013−163827(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
C21D 9/46− 9/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.050%以上0.40%以下、Si:0.50%以上3.0%以下、Mn:3.0%以上8.0%以下、P:0.05%以下、S:0.01%以下、sol.Al:0.001%以上3.0%以下、およびN:0.01%以下を含有し、残部Feおよび不純物からなる化学組成と、面積%で10%以上40%以下のオーステナイトを含有し、前記オーステナイトの平均C濃度が質量%で0.30%以上0.60%以下である鋼組織と、引張強度が900MPa以上、引張強度と全伸びとの積の値が24000MPa・%以上、および0℃でのシャルピー試験の衝撃値が20J/cm以上である機械特性と、を有することを特徴とする鋼材。
【請求項2】
前記化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、Ti:1.0%以下、Nb:1.0%以下、V:1.0%以下、Cr:1.0%以下、Mo:1.0%以下、Cu:1.0%以下およびNi:1.0%以下からなる群から選ばれた1種または2種以上を含有する、請求項1に記載の鋼材。
【請求項3】
前記化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、Ca:0.01%以下、Mg:0.01%以下、REM:0.01%以下、Zr:0.01%以下およびB:0.01%以下からなる群から選ばれた1種または2種以上を含有する、請求項1または請求項2に記載の鋼材。
【請求項4】
前記化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、Bi:0.01%以下を含有する、請求項1から請求項3のいずれかに記載の鋼材。
【請求項5】
請求項1から請求項4のいずれかに記載の化学組成と、旧オーステナイトの平均粒径が20μm以下であるとともにマルテンサイト単相である鋼組織とを有する鋼材に、670℃以上780℃未満かつAc点未満の温度域に5秒間以上120秒間以下保持し、次いで、前記温度域から150℃までを5℃/秒以上500℃/秒以下の平均冷却速度で冷却する熱処理を施すことを特徴とする、面積%で10%以上40%以下のオーステナイトを含有し、前記オーステナイトの平均C濃度が質量%で0.30%以上0.60%以下である鋼組織と、引張強度が900MPa以上、引張強度と全伸びとの積の値が24000MPa・%以上、および0℃でのシャルピー試験の衝撃値が20J/cm以上である機械特性と、を有する鋼材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車用鋼材、油井管用鋼材および建築構造用鋼材のように、延性が不可欠となる用途に好適な、超高強度鋼材およびその製造方法に関する。具体的には、本発明は、引張強度が900MPa以上であり、優れた延性と衝撃特性を有する超高強度鋼材およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境保護の観点から、省エネルギー化に寄与する素材開発が求められている。自動車用鋼材、油井管用鋼材および建築構造用鋼材等の分野においては、鋼材の軽量化や過酷な使用環境への適用に不可欠な超高強度鋼材の需要が高まり、その適用範囲が広まっている。その結果、これらの分野に使用する超高強度鋼材においては、強度特性だけでなく、使用環境における安全性を確保すること、具体的には、鋼材の延性を高めることによって、外的な塑性変形に対する許容度を上げることが重要になっている。
【0003】
例えば、自動車が構造体に衝突した場合、その衝撃を車両の対衝突用部材で緩和するためには、鋼材の引張強度が900MPa以上であり、引張強度(TS)と全伸び(EL)との積の値(TS×EL)は24000MPa・%以上にならなければならない。しかし、引張強度の上昇に伴って延性は著しく低下するので、前記特性を満足し、工業的に量産できる超高強度鋼材はこれまで皆無であった。そこで、超高強度鋼材の延性を改善するために、多数の研究開発がなされ、それを実現する組織制御方法が確立しつつあるのが現状である。
【0004】
例えば、特許文献1は、Siを1.2〜1.6%(本明細書では鋼の化学組成に関する%はすべて質量%である)、Mnを2%前後添加し、加熱温度とオーステンパーの保持条件を最適化し、10%前後のオーステナイトが鋼材に含有するように鋼組織を制御することによって、80kg/mm2(784MPa)以上の引張強度を有し、優れた延性の鋼材が得られることを開示している。
【0005】
特許文献2は、Cを0.17%以上、SiとAlの合計を1.0〜2.0%、Mnを2%前後添加し、その鋼材をオーステナイトの単相温度域に加熱し、50℃から300℃の温度範囲に急冷、さらに再加熱し、マルテンサイトとオーステナイトの双方が鋼材に含有するように、鋼組織を制御することによって、980MPa以上の引張強度を有し、優れた延性の鋼材が得られることを開示している。
【0006】
特許文献3は、Cを0.10%、Siを0.1%、Mnを5%添加し、その鋼材をA1点以下で熱処理することによって、引張強度と伸びの積の値が著しく高い鋼材が得られることを開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2004−269920号公報
【特許文献2】特開2010−90475号公報
【特許文献3】特開2003−138345号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述したように、延性に優れる超高強度鋼材を提供することについて、幾つかの技術が提案されているが、次に述べるように、それらは何れも十分なものとはいえない。
【0009】
特許文献1に開示された技術は、鋼材の引張強度を900MPa以上にすることはできない。すなわち、特許文献1に開示された技術においては、鋼材に含有されるオーステナイトの安定性を高めるために、加熱中および600℃までの冷却中に、フェライト生成を促進させる。しかし、フェライトが生成すると、鋼材の引張強度が著しく低下する。したがって、特許文献1に開示された技術は、900MPa以上の引張強度を必要とする鋼材には適用できない。
【0010】
特許文献2に開示された技術は、製造方法に対する材質安定性に欠けるので、得られた鋼材を適用した構造物の安全性が確保されない。すなわち、特許文献2に開示された技術においては、急冷以降の熱処理条件、具体的には、冷却速度、冷却停止温度(冷却を停止する温度)、再加熱条件によって、引張強度が制御される。一方、冷却速度を8℃/秒以上とし、加熱した鋼材を50℃から300℃の温度範囲に冷却する場合、変態発熱などによって、鋼材の温度分布が非常に大きくなり、冷却速度および冷却停止温度の制御が極めて難しい、といった不可避的な工法上の問題がある。そのため、鋼材の強度分布は極めて不均一であり、脆弱な低強度部の早期破断によって、鋼材を適用した構造物の安全性が確保されなくなる。したがって、特許文献2に開示された技術は、材質安定性に欠けるものであり、安全性を必要とする鋼材には適用できない。
【0011】
特許文献3に開示された技術は、製品の衝撃特性に欠けるので、得られた鋼材を適用した構造物の安全性が確保されない。すなわち、特許文献3に開示された技術においては、Mn偏析を利用することによって、A点以下の温度域での加熱中に多量のオーステナイトを生成させる。一方、A点以下での加熱によって、粗大なセメンタイトが多く析出するので、局所的な応力集中が変形時に生じやすくなる。そのため、鋼材に含有されるオーステナイトは衝撃変形の初期にマルテンサイト変態し、その周辺にボイドを発生させるので、むしろ、鋼材の衝撃特性は低下する。したがって、特許文献3に開示された技術は、衝撃特性に欠け、安全性を必要とする鋼材には適用できない。
【0012】
このように、900MPa以上の引張強度を有しながら、延性に優れる超高強度鋼材を提供することについて、幾つかの技術が提案されているが、何れも材質安定性または衝撃特性に欠け、十分なものとはいえなかった。
【0013】
本発明は、この問題を解決し、900MPa以上の引張強度を有しながら、優れた延性と衝撃特性を有する超高強度鋼材とその製造方法とを提供することを目的とする。
【0014】
ここで、「優れた延性」とは、引張強度と全伸びとの積の値が24000MPa・%以上である機械特性を有することをいう。また、「優れた衝撃特性」とは、0℃でのシャルピー試験の衝撃値が20J/cm2以上である機械特性を有することをいう。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、前記課題を解決するために鋭意検討を行い、鋼材の化学組成についてはSiとMnとを多量に添加し、その化学組成の鋼に対する最適な熱処理条件を適用し、さらに熱処理に供する鋼材の組織を微細なマルテンサイト単相にすることによって、従来の技術では製造することができなかった、900MPa以上の引張強度を有しながら、優れた延性と衝撃特性とを有する超高強度鋼材を安定して製造できるという新知見を得た。
本発明はその知見に基づいてなされたものであり、その要旨は以下のとおりである。
【0016】
(1)C:0.050%以上0.40%以下、Si:0.50%以上3.0%以下、Mn:3.0%以上8.0%以下、P:0.05%以下、S:0.01%以下、sol.Al:0.001%以上3.0%以下、およびN:0.01%以下を含有し、残部Feおよび不純物からなる化学組成と、面積%で10%以上40%以下のオーステナイトを含有し、前記オーステナイトの平均C濃度が質量%で0.30%以上0.60%以下である鋼組織と、引張強度が900MPa以上、引張強度と全伸びとの積の値が24000MPa・%以上、および0℃でのシャルピー試験の衝撃値が20J/cm以上である機械特性と、を有することを特徴とする鋼材。
【0017】
(2)前記化学組成が、Feの一部に代えて、Ti:1.0%以下、Nb:1.0%以下、V:1.0%以下、Cr:1.0%以下、Mo:1.0%以下、Cu:1.0%以下およびNi:1.0%以下からなる群から選ばれた1種または2種以上を含有する、上記(1)に記載の鋼材。
【0018】
(3)前記化学組成が、Feの一部に代えて、Ca:0.01%以下、Mg:0.01%以下、REM:0.01%以下、Zr:0.01%以下およびB:0.01%以下からなる群から選ばれた1種または2種以上を含有する、上記(1)または(2)に記載の鋼材。
【0019】
)前記化学組成が、Feの一部に代えて、Bi:0.01%以下を含有する、上記(1)から(3)のいずれかに記載の鋼材。
【0020】
(5)上記(1)から(4)のいずれかに記載の化学組成と、旧オーステナイトの平均粒径が20μm以下であるとともにマルテンサイト単相である鋼組織とを有する鋼材に、670℃以上780℃未満かつAc点未満の温度域に5秒間以上120秒間以下保持し、次いで、前記温度域から150℃までを5℃/秒以上500℃/秒以下の平均冷却速度で冷却する熱処理を施すことを特徴とする、面積%で10%以上40%以下のオーステナイトを含有し、前記オーステナイトの平均C濃度が質量%で0.30%以上0.60%以下である鋼組織と、引張強度が900MPa以上、引張強度と全伸びとの積の値が24000MPa・%以上、および0℃でのシャルピー試験の衝撃値が20J/cm以上である機械特性と、を有する鋼材の製造方法。
【発明の効果】
【0021】
本発明によって、引張強度が900MPa以上と高強度であるにもかかわらず、延性と衝撃特性にも優れる超高強度鋼材を製造することが可能になる。本発明に係る超高強度鋼材は、産業上、特に、自動車分野およびエネルギー分野、さらには、建築分野において、広範に使用することが可能である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明についてより具体的に説明する。
1.化学組成
本発明に係る鋼材の化学組成は次の通りである。上述したように、各元素の含有量を表す「%」は質量%である。
【0023】
(C:0.050%以上0.40%以下)
Cは強度上昇および延性向上に寄与する元素であり、鋼材の引張強度を900MPa以上、さらに、鋼材の引張強度と伸びの積の値を24000MPa・%以上にするために、0.050%以上含有させる。C含有量を0.080%以上にすると、引張強度が1000MPa以上になる。したがって、C含有量は0.080%以上とすることが好ましい。しかし、0.40%を超えてCを含有させると、衝撃特性が劣化する。このため、C含有量は0.40%以下とする。好ましくは、0.25%以下である。
【0024】
(Si:0.50%以上3.0%以下)
Siは延性向上に寄与する元素であり、鋼材の引張強度と全伸びとの積の値を24000MPa・%以上にするために、0.50%以上含有させる。Si含有量を1.0%以上にすると、溶接性が向上する。したがって、Si含有量は1.0%以上とすることが好ましい。しかし、3.0%を超えてSiを含有させると、衝撃特性が劣化する。このため、Si含有量は3.0%以下とする。
【0025】
(Mn:3.0%以上8.0%以下)
Mnは強度上昇および延性向上に寄与する元素であり、鋼材の引張強度を900MPa以上、さらに、鋼材の引張強度と全伸びとの積の値を24000MPa・%以上にするために、3.0%以上含有させる。なお、C含有量が0.40%以下の場合において、Mn含有量を4.0%以上にすると、引張強度が1000MPa以上になる。したがって、Mn含有量は4.0%以上とすることが好ましい。しかし、8.0%を超えてMnを含有させると、転炉における精錬、鋳造が著しく困難になる。このため、Mn含有量は8.0%以下とする。好ましくは、6.5%以下である。
【0026】
(P:0.05%以下)
Pは不純物として含有される元素であるが、強度上昇に寄与する元素でもあるので、積極的に含有させてもよい。しかし、0.05%を超えてPを含有させると、鋳造が著しく困難になる。このため、P含有量は0.05%以下とする。好ましくは、0.02%以下である。
【0027】
(S:0.01%以下)
Sは不純物として不可避的に含有され、衝撃特性を著しく劣化させる元素である。このため、S含有量は0.01%以下とする。好ましくは、0.005%以下である。さらに好ましくは、0.0015%以下である。
【0028】
(sol.Al:0.001%以上3.0%以下)
Alは鋼を脱酸する作用を有する元素であり、鋼材を健全化するために、sol.Alは0.001%以上含有させる。好ましくは、0.010%以上である。一方、sol.Al含有量が3.0%を超えると、鋳造が著しく困難になる。このため、sol.Al含有量は3.0%以下とする。好ましくは1.2%以下である。
【0029】
(N:0.01%以下)
Nは不純物として不可避的に含有され、耐時効性を著しく劣化させる元素である。このため、N含有量は0.01%以下とする。好ましくは、0.006%以下である。さらに好ましくは、0.003%以下である。
【0030】
(Ti:1.0%以下、Nb:1.0%以下、V:1.0%以下、Cr:1.0%以下、Mo:1.0%以下、Cu:1.0%以下およびNi:1.0%以下からなる群から選ばれた1種または2種以上)
これらの元素は鋼材の強度を安定して確保するために効果のある元素である。したがって、これらの元素の1種または2種以上を含有させてもよい。しかし、いずれも1.0%を超えて含有させると、熱間加工が困難になる。このため、含有させる場合の各元素の含有量はそれぞれ前記のとおりとする。なお、前記作用による効果をより確実に得るには、Ti:0.003%以上、Nb:0.003%以上、V:0.003%以上、Cr:0.01%以上、Mo:0.01%以上、Cu:0.01%以上およびNi:0.01%以上の少なくとも一つを満足させることが好ましい。
【0031】
(Ca:0.01%以下、Mg:0.01%以下、REM:0.01%以下、Zr:0.01%以下およびB:0.01%以下からなる群から選ばれた1種または2種以上)
これらの元素は低温靭性を高める作用を有する元素である。したがって、これらの元素の1種または2種以上を含有させてもよい。しかし、いずれも0.01%を超えて含有させると、表面性状が劣化する。このため、含有させる場合の各元素の含有量はそれぞれ前記のとおりとする。なお、前記作用による効果をより確実に得るには、これらの元素の少なくとも一つの含有量を0.0003%以上とすることが好ましい。ここで、REMは、Sc、Yおよびランタノイドの合計17元素を指し、前記REMの含有量はこれらの元素の合計含有量を意味する。ランタノイドの場合、工業的にはミッシュメタルの形で添加される。
【0032】
(Bi:0.01%以下)
Biは、Mnの偏析を低減し、機械特性の異方性を緩和する元素である。したがって、Biを含有させてもよい。しかし、0.01%を超える量でBiを含有させると、熱間加工が困難になる。このため、含有させる場合のBi含有量は0.01%以下とする。なお、前記作用による効果をより確実に得るには、Bi含有量を0.0003%以上とすることが好ましい。
【0033】
2.鋼組織
本発明に係る鋼材は、前記化学組成に加えて、面積%で10%以上40%以下のオーステナイトを含有し、前記オーステナイトの平均C濃度が質量%で0.30%以上0.60%以下である鋼組織を有する。この鋼組織は、前述した化学組成の鋼材に後述する製造方法を適用することにより得ることができる。
【0034】
(オーステナイトの面積率:10%以上40%以下)
前記化学組成を有する鋼材のオーステナイト面積率が10%以上であると、900MPa以上の引張強度を有しながら、鋼材の延性は著しく向上する。オーステナイト面積率が10%未満では延性向上が不十分である。したがって、オーステナイト面積率は10%以上とする。一方、オーステナイトの面積率が40%を超えると、耐遅れ破壊特性が劣化する。このため、オーステナイトの面積率は40%以下とする。
【0035】
(オーステナイトの平均C濃度:0.30質量%以上0.60質量%以下)
前記化学組成を有する鋼材のオーステナイト中の平均C濃度が0.30質量%以上であると、鋼材の衝撃特性が向上する。この平均C濃度が0.30質量%未満では、衝撃特性の向上は不十分となる。したがって、オーステナイトの平均C濃度は0.30質量%以上とする。一方、このC濃度が0.60質量%超でも、TRIP現象に伴い生成するマルテンサイトが硬質になり、マイクロクラックがその近傍に発生しやすくなるので、衝撃特性が劣化する。このため、オーステナイトの平均C濃度は0.60質量%以下とする。
【0036】
3.製造方法
本発明に係る鋼材の好ましい製造方法について次に説明する。
【0037】
前述したように、900MPa以上の引張強度を有する超高強度鋼材に、優れた延性と衝撃特性を付与するためには、熱処理後の鋼組織について、面積%でオーステナイトを10%以上40%以下とし、さらに質量%でオーステナイトの平均C濃度を0.30%以上0.60%以下とすることが肝要である。このような鋼組織にするために、前記化学組成を有し、旧オーステナイトの平均粒径が20μm以下であるとともにマルテンサイト単相である鋼組織を有する鋼材を素材として用い、この鋼材に670℃以上780℃未満かつAc3点未満の温度域に5秒間以上120秒間以下保持し、次いで前記温度域から150℃までを5℃/秒以上500℃/秒以下の平均冷却速度で冷却する熱処理を施す。
【0038】
(熱処理に供する鋼材の鋼組織)
熱処理に供する鋼材には、上述した鋼材の化学組成を有し、旧オーステナイトの平均粒径が20μm以下であるとともにマルテンサイト単相である鋼組織を有する鋼材を用いる。そのような鋼組織を有する鋼材を、後述する条件で熱処理することにより、引張強度が900MPa以上の高強度を維持しながら、延性と衝撃特性に優れる、所望の超高強度鋼材が得られる。
【0039】
なお、熱処理に供する前記鋼組織を有する鋼材は、例えば、850℃以下で熱間加工し、20℃/秒以上で室温まで急冷するか、または、冷間加工後にオーステナイト単相になる温度に加熱し、20℃/秒以上で室温まで急冷することにより製造できる。また、旧オーステナイトの平均粒径が20μm以下であれば、その鋼材を焼戻してもよい。
【0040】
(加熱条件:670℃以上780℃未満かつAc3点未満の温度域に5秒間以上120秒間以下保持)
前記鋼組織を有する鋼材の加熱は、670℃以上780℃未満、かつ下記実験式(i)により規定されるオーステナイト単相になるAc3点(℃)未満の温度域に、5秒間以上120秒間以下保持することにより行う。
【0041】
Ac3=910−203×(C0.5)−15.2×Ni+44.7×Si+104×V+31.5×Mo−30×Mn−
11×Cr−20×Cu+700×P+400×Al+50×Ti ・・・ (i)
前記式中における各元素記号は、鋼材の化学組成におけるその元素の含有量(単位:質量%)を示す。
【0042】
保持温度が670℃未満では、熱処理後の鋼材に含有されるオーステナイトの平均C濃度が過大となり、衝撃特性が劣化するだけでなく、熱処理後の鋼材において、900MPa以上の引張強度を確保することが困難となる。したがって、保持温度は、670℃以上とする。一方、保持温度が780℃以上、または、Ac3点以上になると、熱処理後の鋼材に適量のオーステナイトが含有されず、延性の劣化が顕著になる。したがって、保持温度は780℃未満かつAc3点未満とする。一方、保持時間が5秒間未満では、鋼材の温度分布が残存し、熱処理後の引張強度を安定して確保することが困難となる。したがって、保持時間は5秒間以上とする。一方、保持時間が120秒間超では、熱処理後の鋼材に含有されるオーステナイトの平均C濃度が過小となり、衝撃特性が劣化する。したがって、保持時間は120秒以下とする。なお、670℃以上780℃未満かつAc3点未満の温度域に5秒間以上120秒間以下の保持までの加熱に際しては、平均加熱速度を0.2℃/秒以上100℃/秒以下とすることが好ましい。平均加熱速度が0.2℃/秒より遅いと、生産性が低下する。一方、通常の炉を用いた場合、平均加熱速度が100℃/秒より速いと、保持温度の制御が困難となる。ただし、高周波加熱等によって100℃/秒を上回る昇温速度で加熱した場合には、前記の効果を得ることができる。
【0043】
(加熱時の保持温度域から150℃までの平均冷却速度:5℃/秒以上500℃/秒以下)
上述した加熱保持の後、次いで、加熱時の保持温度域から150℃までを5℃/秒以上500℃/秒以下の平均冷却速度で冷却する。前記平均冷却速度が5℃/秒未満では、軟質なフェライトやパーライトが過度に生成し、熱処理後の強度で900MPa以上の引張強度を確保することが困難となる。したがって、前記平均冷却速度は5℃/秒以上とする。一方、前記平均冷却速度が500℃/秒超では、焼割れが発生しやすくなる。したがって、前記平均冷却速度は500℃/秒以下とする。
【0044】
上述した本発明に係る製造方法により、面積%で10%以上40%以下のオーステナイトを含有し、上記オーステナイトの平均C濃度が質量%で0.30%以上0.60%以下である鋼組織を有し、引張強度が900MPa以上である機械特性を有する、延性と衝撃特性に優れる超高強度鋼材を製造することが可能になる。
【実施例】
【0045】
表1に示す化学組成と表2に示す鋼組織とを有する鋼材を表3に示す条件で熱処理に供した。
【0046】
使用した鋼材は、実験室にて溶製したスラブを熱間加工して製造したものである。鋼材を、厚さ3mm、幅100mm、長さ200mmの寸法に切断し、表3の条件にて加熱および冷却した。熱電対を鋼材表面に貼付し、熱処理中の温度測定を行った。表3に示した平均加熱速度は室温から加熱温度までの温度域における値、加熱時間は加熱温度に保持した時間、平均冷却速度は670℃から150℃までの温度域における値である。熱処理に供する前の鋼材の鋼組織、熱処理で得られた鋼材の鋼組織および機械的性質について、次に説明するように、金属組織観察、X線回折測定、引張試験、およびシャルピー試験により調査した。以上の試験結果は表4にまとめて示す。
【0047】
(熱処理に供する鋼材の鋼組織)
熱処理に供する鋼材の断面を電子顕微鏡で観察、撮影し、合計0.04mm2の領域を解析することによって、鋼組織を同定するとともに、旧オーステナイト粒径を測定した。
【0048】
(熱処理した鋼材におけるオーステナイトの面積率)
熱処理した各鋼材から幅25mm、長さ25mmの試験片を切り出し、この試験片に化学研磨を施して0.3mm減厚し、化学研磨後の試験片の表面に対してX線回折を3回実施し、得られたプロファイルを解析し、それぞれを平均してオーステナイトの面積率を算出した。
【0049】
(熱処理した鋼材におけるオーステナイトの平均C濃度)
X線回折で得られた前記プロファイルを解析し、オーステナイトの格子定数(a:単位はÅ)を算出し、下記(ii)式に基づき、オーステナイトの平均C濃度(c:単位は質量%)を決定した。
【0050】
c=(a−3.572)/0.033 ・・・ (ii)
(引張試験)
熱処理した各鋼材から、厚さ2.0mmのJIS5号引張試験片を採取し、TS(引張強度)およびEL(全伸び)を測定した。
【0051】
(衝撃特性)
熱処理した鋼材の厚みが1.2mmとなるように機械加工し、Vノッチ試験片を作製した。その試験片を4枚積層してねじ止めした後、シャルピー衝撃試験に供した。衝撃特性は、0℃での衝撃値が20J/cm2以上となる場合を良好、それ未満である場合を不良とした。
【0052】
【表1】
【0053】
【表2】
【0054】
【表3】
【0055】
【表4】
【0056】
表4に示すように、本発明に従った供試材No.1、3、4、8、10、12、14、18、20、23および24は、900MPa以上の引張強度を有するとともに、引張強度と全伸びとの積(TS×EL)の値が24000MPa・%以上と延性に優れ、さらに、0℃でのシャルピー試験の衝撃値が20J/cm2以上と衝撃特性も良好であった。特に、供試材No.4、10、12、14、18、23および24は、C含有量とMn含有量が好ましい範囲にあり、引張強度が1000MPa以上と非常に高くなった。
【0057】
一方、供試材No.2は、熱処理に供する鋼組織が不適切であったため、熱処理後のオーステナイト面積率が低すぎ、延性が低かった。供試材No.5は、熱処理に供する鋼組織が不適切で、熱処理後のオーステナイトC濃度が高く、衝撃特性が悪かった。供試材No.6および22は、化学組成が不適切で延性が悪く、目標とする引張強度も得られなかった。供試材No.7、11および17は、化学組成が不適切で、衝撃特性が悪かった。供試材No.9は、熱処理後の冷却速度が低すぎ、必要な引張強度が得られなかった。供試材No.13および15は、熱処理温度が高すぎ、所望の組織が得られないため、延性が悪かった。供試材No.16は、化学組成が不適切で延性が悪かった。供試材No.19は、熱処理温度が低すぎ、所望の組織が得られないため、衝撃特性が悪く、必要な引張強度が得られなかった。供試材No.21は、熱処理の保持時間が長すぎ、所望の組織が得られないため、衝撃特性が悪かった。