特許第5857909号(P5857909)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5857909
(24)【登録日】2015年12月25日
(45)【発行日】2016年2月10日
(54)【発明の名称】鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20160128BHJP
   C22C 38/06 20060101ALI20160128BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20160128BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20160128BHJP
   C23C 2/06 20060101ALI20160128BHJP
   C23C 2/40 20060101ALI20160128BHJP
【FI】
   C22C38/00 301U
   C22C38/00 301T
   C22C38/06
   C22C38/58
   C21D9/46 F
   C21D9/46 J
   C23C2/06
   C23C2/40
【請求項の数】10
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2012-177298(P2012-177298)
(22)【出願日】2012年8月9日
(65)【公開番号】特開2014-34716(P2014-34716A)
(43)【公開日】2014年2月24日
【審査請求日】2014年8月11日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】新日鐵住金株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】特許業務法人ブライタス
(72)【発明者】
【氏名】野村 茂樹
(72)【発明者】
【氏名】横山 卓史
【審査官】 鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−126770(JP,A)
【文献】 特開2011−140687(JP,A)
【文献】 特開2013−019047(JP,A)
【文献】 特開2012−229466(JP,A)
【文献】 国際公開第2013/051238(WO,A1)
【文献】 特開2011−140686(JP,A)
【文献】 特開2011−202207(JP,A)
【文献】 特開2011−157583(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
C21D 9/46− 9/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.1%以上0.24%以下、Si:0.7%以上1.9%以下、Mn:1.7%以上3.5%以下、P:0.1%以下、S:0.01%以下、sol.Al:1.5%以下、およびN:0.0200%以下を含有し、残部がFeおよび不純物である化学組成と、
体積%で、ポリゴナルフェライト:35%以下、残留オーステナイト:%以上、焼き戻しマルテンサイト:40%以上を有し、かつ前記焼き戻しマルテンサイトの粒内に存在する残留オーステナイトおよびMAならびに焼き戻しマルテンサイトの粒に接して存在する残留オーステナイトおよびMAの総体積が、鋼組織に占める残留オーステナイトおよびMAの総体積の20体積%以上である鋼組織と、
引張強度が980MPa以上であり、引張強度と全伸びとの積が19596MPa・%以上であり、穴広げ率が40%以上である機械特性と、
を有することを特徴とする鋼板。
【請求項2】
前記化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、Ti:0.30%以下、Nb:0.30%以下およびV:0.30%以下からなる群から選択される1種または2種以上を含有する請求項1に記載の鋼板。
【請求項3】
前記化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、Cr:2.0%以下およびMo:2.0%以下からなる群から選択される1種または2種を含有する請求項1または請求項2に記載の鋼板。
【請求項4】
前記化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、Cu:2.0%以下およびNi:2.0%以下からなる群から選択される1種または2種を含有する請求項1から請求項3までのいずれかに記載の鋼板。
【請求項5】
前記化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、Ca:0.01%以下およびREM:0.1%以下からなる群から選択される1種または2種を含有する請求項1から請求項4までのいずれかに記載の鋼板。
【請求項6】
前記化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、B:0.02%以下を含有する請求項1から請求項5までのいずれかに記載の鋼板。
【請求項7】
前記化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、Bi:0.05%以下を含有する請求項1から請求項6までのいずれかに記載の鋼板。
【請求項8】
延鋼板を、820℃以上の温度域に15秒間以上保持した後、550℃以上800℃以下の温度域まで0.5℃/秒以上1℃/秒以下の冷却速度で冷却し、前記温度域から15℃/秒以上200℃/秒以下の冷却速度で150℃以上390℃以下の温度域まで冷却し、330℃以上500℃以下の温度域で30秒間以上600秒間以下保持した後、室温まで冷却することを特徴とする請求項1から請求項7までのいずれかに記載の鋼板の製造方法。
【請求項9】
延鋼板を、820℃以上の温度域に15秒間以上保持した後、550℃以上800℃以下の温度域まで0.5℃/秒以上1℃/秒以下の冷却速度で冷却し、前記温度域から15℃/秒以上200℃/秒以下の冷却速度で150℃以上390℃以下の温度域まで冷却し、330℃以上500℃以下の温度域で30秒間以上600秒間以下保持した後、溶融亜鉛めっきを施し、室温まで冷却することを特徴とする請求項1から請求項7までのいずれかに記載の鋼板の製造方法。
【請求項10】
前記溶融めっきの後に、合金化熱処理を実施する、請求項9に記載の鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、優れた伸びと穴広げ性を具備する高強度鋼板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車においては、地球環境保護の燃費向上や乗員の安全性確保が求められており、引張強度で980MPa以上の強度に加えて、加工性、特に伸びと穴広げ性がともに良好な高強度鋼板が要望され始めている。
【0003】
このような鋼板については、例えば、特許文献1にベイナイトと焼き戻しマルテンサイトの比率を高めた高強度鋼板が開示されている。しかし、特許文献1に開示された方法では、焼鈍後の冷却停止温度を高めてベイナイトを生成させるため、焼き戻しマルテンサイトが十分得られず、硬質なMA(martensite-austenite constituent)が多く残存して、穴広げ性が劣化しやすいという問題があった。ここで、MAとは、非特許文献1に記載されているように、マルテンサイトと残留オーステナイトの複合体であり、島状マルテンサイトとも呼ばれる。
【0004】
これに対して、急冷停止温度を下げて再加熱することにより焼き戻しマルテンサイト量を増加させる方法が、特許文献2に開示されている。しかし、特許文献2に開示された方法では、C含有量を高めて再加熱時にベイナイト変態を促進させて残留オーステナイトを得るため、残留オーステナイトの生成がベイナイト間で生じてしまい、穴広げ性に劣る。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2011−157583号公報
【特許文献2】特開2010−090475号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】溶接学会誌、一般社団法人溶接学会、1981、第50巻、第1号、p.37-46
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、優れた伸びと穴広げ性を具備する引張強度で980MPa以上を有する高強度鋼板およびその製造方法を提供することを目的とする。本発明の高強度鋼板は、電気亜鉛めっき鋼板、溶融亜鉛めっき鋼板および合金化溶融亜鉛めっき鋼板を含む。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等は、溶接性を確保することが可能な0.24%以下のC含有量を前提とし、優れた延性と穴広げ性とを両立した高強度鋼板を得るべく鋭意検討を行い、以下の新たな知見を得た。
【0009】
(A)高強度と優れた穴広げ性とを両立させるには、組織の不均一性を抑えることが必要であり、これには、比較的強度の高い焼き戻しマルテンサイトを40体積%以上含有する鋼組織とすればよい。
【0010】
(B)優れた延性を得るには、残留オーステナイトを5体積%以上含有する鋼組織とすればよい。
【0011】
(C)残留オーステナイトの分布形態を適正化する、具体的には、焼き戻しマルテンサイトの粒内または焼き戻しマルテンサイトの粒に接して存在する残留オーステナイトの割合を高めることにより、穴拡げ性を一層向上させることができる。なお、残留オーステナイトがMAとして存在する場合は、MAの分布形態を同様に適正化することにより、穴拡げ性を一層向上させることができる。
【0012】
より具体的には、焼き戻しマルテンサイトの粒内に存在する残留オーステナイトおよびMAならびに焼き戻しマルテンサイトの粒に接して存在する残留オーステナイトおよびMAの総体積を、鋼組織に占める残留オーステナイトおよびMAの総体積の20体積%以上とすることにより、穴拡げ性を一層向上させることができることを知見したのである。
この理由は定かではないが、次のように考えられる。
【0013】
すなわち、残留オーステナイト(MAとして存在するものも含む)は、成形加工による変形中に硬質なマルテンサイトに変態し、大きな組織間硬度差を生じて穴拡げ加工時の亀裂発生の要因となることが一般的である。しかし、残留オーステナイトが比較的硬質な焼き戻しマルテンサイトの粒内または焼き戻しマルテンサイトの粒に接して存在することで、亀裂発生の要因となる大きな組織間硬度差が生じるのを回避でき、その結果、穴拡げ性が向上するものと考えられる。
【0014】
本発明は、上記新知見に基づくものであり、その要旨は以下のとおりである。
(1)質量%で、C:0.1%以上0.24%以下、Si:0.7%以上1.9%以下、Mn:1.7%以上3.5%以下、P:0.1%以下、S:0.01%以下、sol.Al:1.5%以下およびN:0.0200%以下を含有し、残部がFeおよび不純物である化学組成と、体積%で、ポリゴナルフェライト:35%以下、残留オーステナイト:%以上、焼き戻しマルテンサイト:40%以上を有し、かつ前記焼き戻しマルテンサイトの粒内に存在する残留オーステナイトおよびMAならびに焼き戻しマルテンサイトの粒に接して存在する残留オーステナイトおよびMAの総体積が、鋼組織に占める残留オーステナイトおよびMAの総体積の20体積%以上である鋼組織と、引張強度が980MPa以上であり、引張強度と全伸びとの積が19596MPa・%以上であり、穴広げ率が40%以上である機械特性と、を有することを特徴とする鋼板。
【0015】
(2)前記化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、Ti:0.30%以下、Nb:0.30%以下およびV:0.30%以下からなる群から選択される1種または2種以上を含有する上記(1)に記載の鋼板。
【0016】
(3)前記化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、Cr:2.0%以下およびMo:2.0%以下からなる群から選択される1種または2種を含有する上記(1)または(2)に記載の鋼板。
【0017】
(4)前記化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、Cu:2.0%以下およびNi:2.0%以下からなる群から選択される1種または2種を含有する上記(1)〜(3)のいずれかに記載の鋼板。
【0018】
(5)前記化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、Ca:0.01%以下およびREM:0.1%以下からなる群から選択される1種または2種を含有する上記(1)〜(4)のいずれかに記載の鋼板。
【0019】
(6)前記化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、B:0.02%以下を含有する上記(1)〜(5)のいずれかに記載の鋼板。
【0020】
(7)前記化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、Bi:0.05%以下を含有する上記(1)〜(6)のいずれかに記載の鋼板。
【0021】
(8)冷延鋼板を、820℃以上の温度域に15秒間以上保持した後、550℃以上800℃以下の温度域まで0.5℃/秒以上15℃/秒以下の冷却速度で冷却し、前記温度域から1℃/秒以上200℃/秒以下の冷却速度で150℃以上390℃以下の温度域まで冷却し、330℃以上500℃以下の温度域で30秒間以上600秒間以下保持した後、室温まで冷却することを特徴とする上記(1)〜(7)のいずれかに記載の鋼板の製造方法。
【0022】
(9)冷延鋼板を、820℃以上の温度域に15秒間以上保持した後、550℃以上800℃以下の温度域まで0.5℃/秒以上15℃/秒以下の冷却速度で冷却し、前記温度域から1℃/秒以上200℃/秒以下の冷却速度で150℃以上390℃以下の温度域まで冷却し、330℃以上500℃以下の温度域で30秒間以上600秒間以下保持した後、溶融亜鉛めっきを施し、場合によりさらに合金化処理を行ってから室温まで冷却することを特徴とする上記(1)〜(7)のいずれかに記載の鋼板の製造方法。
【0023】
(10)上記溶融めっきの後に、合金化熱処理を実施する、上記(9)に記載の鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0024】
本発明に係る鋼板は、980MPa以上の高強度を有しながら、伸びと穴広げ性にも優れているので、ピラーやリインフォースなどの自動車の構造部品用途に最適である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下に本発明に係る鋼板およびその製造方法についてより詳しく説明する。本発明に係る鋼板は冷延鋼板またはその冷延鋼板を母材とするめっき鋼板である。以下では、特にこの冷延鋼板の化学組成、鋼の金属組織および製造条件について説明する。鋼の化学組成に関する%はいずれも質量%であり、残部はFeおよび不純物である
1.化学組成
[C:0.11%以上0.24%以下]
Cは、鋼板の強度を高める作用を有する元素である。C含有量が0.11%未満では、980MPa以上の引張強度を得ることが困難である。したがって、C含有量は0.11%以上とする。好ましくは0.14%以上である。一方、C含有量が0.24%超では、靱性や溶接性が低下する。したがって、C含有量は0.24%以下とする。好ましくは0.22%以下、さらに好ましくは0.17%以下である。
【0026】
[Si:0.7%以上1.9%以下]
Siは、鋼板の強度を高める作用を有する元素である。さらに、フェライトを強化し、組織を均一化し、加工性を改善するのに有効な元素である。また、Siは脱酸材として作用し、鋼中の介在物量を減少させる働きがある。Si含有量が0.7%未満では、上記作用による効果を得ることが困難である。したがって、Si含有量は0.7%以上とする。好ましくは1.0%以上である。一方、Si含有量が1.9%超では、ポリゴナルフェライトの体積率が過大となり、穴広げ性が低下する。したがって、Siの含有量は1.9%以下とする。好ましくは1.4%以下である。
【0027】
[Mn:1.7%以上3.5%以下]
Mnは、鋼板の強度を高める作用を有する元素である。Mn含有量が1.7%未満では、980MPa以上の引張強度を得ることが困難である。したがって、Mn含有量は1.7%以上とする。好ましくは2.0%以上である。一方、Mn含有量が3.5%超では、靱性、溶接性、遅れ破壊性が低下する。したがって、Mn含有量は3.5%以下とする。好ましくは2.8%以下である。
【0028】
[P:0.1%以下]
Pは、一般に不純物として含有され、靱性を劣化させる作用を有する元素である。P含有量が0.1%超では靭性の劣化が著しくなる。したがって、P含有量は0.1%以下とする。好ましくは0.02%以下である。
【0029】
[S:0.01%以下]
Sは、一般に不純物として含有され、鋼中にMnSを形成し、穴広げ性を劣化させる作用を有する。S含有量が0.01%超では、穴広げ性の劣化が著しくなる。したがって、Sの含有量は0.01%以下とする。好ましくは0.005%以下、さらに好ましくは0.0012%以下である。
【0030】
[sol.Al:1.5%以下]
Alは、フェライトを安定化させる作用を有する元素である。sol.Al含有量が1.5%超では、ポリゴナルフェライトの体積率が過大となり、穴広げ性の低下を招く。したがって、sol.Al含有量は1.5%以下とする。なお、Alは、通常は脱酸目的で添加される場合が多いが、本発明においては、Alと同様に脱酸作用を有するSiを多量に含有し、Siによる脱酸が可能であるため、Alの含有は必須ではない。Alは、凝集して表面疵の原因となるアルミナを生成するので、これを抑制する観点からは、sol.Alを0.10%以下とすることが好ましく、0.035%以下とすることがさらに好ましく、0.009%以下とすることが特に好ましい。
【0031】
[N:0.0200%以下]
Nは、一般に不純物として含有されるが、鋼中に固溶Nとして存在すると焼付硬化能を上げる働きがあるので、積極的に含有させてもよい。しかし、N含有量が0.0200%超では、窒化物として析出することによりスラブの割れの原因となる場合がある。したがって、N含有量は0.0200%と以下する。
【0032】
以下に説明する元素は、本発明に係る鋼板の化学組成に場合により含有させてもよい任意元素である。
【0033】
[Ti:0.30%以下、Nb:0.30%以下およびV:0.30%以下から選択される1種または2種以上]
TiおよびNbは、析出物となって焼鈍時のオーステナイトの粒成長を抑制することにより、MA中のマルテンサイトの比率を低減させオーステナイトの比率を高めて、延性を向上させる作用を有する。Vは、鉄に固溶しやすく、析出は起こりにくいが、TiやNbと同様に、焼鈍時のオーステナイトの粒成長を抑制する作用を有する。したがって、Ti、NbおよびVからなる群から選択される1種または2種以上を含有させてもよい。しかし、Ti含有量が0.30%超であったり、Nb含有量が0.30%超であったりすると、焼鈍時のオーステナイトが過度に細粒化するとともに炭化物析出にともなって母相中のC含有量が低下してしまうため、ポリゴナルフェライトが過剰に生成してしまい、穴拡げ性の劣化を招く。また、V含有量を0.30%超としても、上記作用による効果は飽和して、コスト的に不利になる。したがって、Ti含有量は0.30%以下、Nb含有量は0.30%以下、V含有量は0.30%以下とする。Ti含有量は0.020%以下とすることが好ましく、0.009%以下とすることがさらに好ましい。Nb含有量は0.020%以下とすることが好ましく、0.009%以下とすることがさらに好ましい。なお、上記作用による効果をより確実に得るには、Ti:0.001%以上、Nb:0.001%以上およびV:0.001%以上のいずれかを満足させることが好ましい。
【0034】
[Cr:2.0%以下およびMo:2.0%以下から選択される1種または2種]
CrおよびMoは、Mnと同様にオ−ステナイトを安定化することで変態強化を促進する作用を有し、鋼板の高強度化に有効である。したがって、CrおよびMoからなる群から選択される1種または2種を含有させてもよい。しかし、Cr含有量が2.0%を超えたり、Mo含有量が2.0%を超えると、化成処理性の低下を招く。したがって、Cr含有量は2.0%以下、Mo含有量は2.0%以下とする。上記作用による効果をより確実に得るにはCr:0.001%以上およびMo:0.001%以上のいずれかを満足させることが好ましい。
【0035】
[Cu:2.0%以下およびNi:2.0%以下から選択される1種または2種]
CuおよびNiは、腐食抑制効果があり、表面に濃化して水素の侵入を抑え、遅れ破壊を抑制する作用を有する。したがって、CuおよびNiからなる群から選択される1種または2種を含有させてもよい。しかし、いずれの元素も2.0%を超えて含有させても、上記作用による効果は飽和してしまい、コスト的に不利となる。したがって、Cu含有量は2.0%以下、Ni含有量は2.0%以下とする。上記作用による効果をより確実に得るには、Cu:0.001%以上およびNi:0.001%以上のいずれかを満足させることが好ましい。
【0036】
[Ca:0.01%以下およびREM:0.1%以下から選択される1種または2種]
CaおよびREMは、鋼中のSと結合して、硫化物を球状化させることにより、局部延性を向上させる作用を有する。したがって、CaおよびREMからなる群から選択される1種または2種を含有させてもよい。しかし、Caについては0.01%を超えて含有させても、REMについては0.1%を超えて含有させても、上記作用による効果は飽和してしまい、コスト的に不利となる。したがって、Ca含有量は0.01%以下、REM含有量は0.1%以下とする。上記作用による効果をより確実に得るには、Ca:0.0001%以上およびREM:0.0001%以上のいずれかを満足させることが好ましい。
【0037】
ここで、REMは、Sc、Yおよびランタノイドの合計17元素を指し、上記REMの含有量は、これらの元素の合計含有量を指す。ランタノイドの場合、工業的にはミッシュメタルの形で添加される。
【0038】
[B:0.02%以下]
Bは、粒界からの核生成を抑え、焼き入れ性を高めることにより、強度を高める作用を有する。したがって、Bを含有させてもよい。しかし、B含有量が0.02%超では、上記作用による効果は飽和してしまい、コスト的に不利となる。したがって、B含有量は0.02%以下とする。上記作用による効果をより確実に得るには、B含有量を0.0001%以上とすることが好ましい。
【0039】
[Bi:0.05%以下]
Mnなどがミクロ偏析すると、硬さの不均一なバンド組織が発達して加工性を低下させる。Biは凝固界面に濃化してデンドライト間隔を狭くし、凝固偏析を小さくする作用がある。したがって、Biを含有させてもよい。しかし、Bi含有量が0.05%超では、表面品質の劣化を生じさせる。したがって、Bi含有量は0.05%以下とする。好ましくは0.01%以下、さらに好ましくは0.0050%以下である。上記作用による効果をより確実に得るには、Bi含有量を0.0001%以上とすることが好ましい。さらに好ましくは0.0003%以上である。
【0040】
2.鋼組織
本発明に係る鋼板は、体積%で、ポリゴナルフェライト:35%以下、残留オーステナイト:5%以上、焼き戻しマルテンサイト:40%以上であって、焼き戻しマルテンサイトの粒内に存在する残留オーステナイトおよびMAならびに焼き戻しマルテンサイトの粒に接して存在する残留オーステナイトおよびMAの総体積が、鋼組織に占める残留オーステナイトおよびMAの総体積の20体積%以上である鋼組織を有する。
【0041】
鋼組織は、周知の方法で冷延鋼板の断面観察やX線測定を行うことにより各相の面積率を求め、その面積率を体積率とみなすことにより求めたものである。観察部位は、標準的な鋼組織を示す表面から板厚の1/4の深さの位置とする。
【0042】
[ポリゴナルフェライト体積率:35%以下]
ポリゴナルフェライトは、軟質な相であるため、割れの起点となりやすい。ポリゴナルフェライトの体積率が35%を超えると穴広げ性が劣化する。したがって、ポリゴナルフェライトの体積率は35%以下とする。好ましくは15%以下、さらに好ましくは5%以下である。ポリゴナルフェライトは少ないほど好ましいので、ポリゴナルフェライトの体積率の下限は規定する必要はなく、0%であってもよい。
【0043】
[残留オーステナイト体積率:5%以上]
残留オーステナイトは、成形加工中に硬質なマルテンサイトに変態することにより、n値を向上させて、延性を高める作用を有する。残留オーステナイトの体積率が5%未満では、上記効果を得ることが困難である。したがって、残留オーステナイトの体積率は5%以上とする。好ましくは8%以上、さらに好ましくは10%以上である。
【0044】
[焼き戻しマルテンサイト体積率:40%以上]
焼き戻しマルテンサイトは、組織の不均一性を抑え、高い強度と優れた穴広げ性とを両立させる作用を有する。焼き戻しマルテンサイトの体積率が40%未満では、上記作用による効果を得ることが困難である。したがって、焼き戻しマルテンサイトの体積率は40%以上とする。好ましくは50%以上、さらに好ましくは70%以上、特に好ましくは80%以上である。
【0045】
焼き戻しマルテンサイトは、粒内に短辺で40nm以上の大きさの鉄炭化物の析出が観察されることから、マルテンサイトとは区別される。焼き戻しマルテンサイトは、次に述べるように、粒内に残留オーステナイトまたはMAを含有しうる。
【0046】
鋼組織は、上記の体積率を満たす限り、上記以外の相を含有していてもよい。そのような相としては、ベイナイト、パーライト、焼き戻しされていないマルテンサイトおよびMAが挙げられる。
【0047】
[焼き戻しマルテンサイトの粒内に存在する残留オーステナイトおよびMAならびに焼き戻しマルテンサイトの粒に接して存在する残留オーステナイトおよびMAの総体積が鋼組織中の残留オーステナイトおよびMAの総体積に占める割合:20体積%以上]
上述したように、残留オーステナイトを含有させることにより、鋼板の延性を向上させることが可能となる。しかし、残留オーステナイトは、成形加工による変形中に硬質なマルテンサイト変態し、大きな組織間硬度差を生じて穴拡げ加工時の亀裂発生の要因となることが一般的である。このため、単に残留オーステナイトを含有させたのでは、延性の向上を図ることができたとしても、優れた穴拡げ性を確保することが困難となる。
【0048】
本発明においては、残留オーステナイトの存在形態を制御することにより、優れた延性のみならず優れた穴拡げ性をも確保することを可能にする。すなわち、比較的硬質な焼き戻しマルテンサイトの粒内または焼き戻しマルテンサイトの粒に接して存在する残留オーステナイトおよびMAの割合を高めることにより、穴拡げ性を向上させる。
【0049】
焼き戻しマルテンサイトの粒内に存在する残留オーステナイトおよびMAならびに焼き戻しマルテンサイトの粒に接して存在する残留オーステナイトおよびMAの総体積が鋼組織中の残留オーステナイトおよびMAの総体積に占める割合が20体積%未満では、優れた穴拡げ性を確保することが困難である。したがって、焼き戻しマルテンサイトの粒内に存在する残留オーステナイトおよびMAならびに焼き戻しマルテンサイトの粒に接して存在する残留オーステナイトおよびMAの総体積の鋼組織に占める残留オーステナイトおよびMAの総体積に占める割合を20体積%以上とする。この割合は好ましくは30%以上であり、より好ましくは40%以上である。
【0050】
3.機械特性
本発明に係る冷延鋼板は、高強度鋼板として必要な980MPa以上の引張強度を有すると共に、延性および穴広げ性にも優れている。高い延性の目安として、引張強度×全伸びの積は17000MPa・%以上であることが好ましく、19000MPa・%以上であることがさらに好ましい。穴広げ率は、JIS Z 2256に従った測定において30%以上であることが好ましく、40%以上であることがさらに好ましい。
【0051】
4.製造方法
本発明に係る鋼板は、上記化学組成を有する冷間圧延鋼板に対して、820℃以上の温度域に15秒間以上保持した後、550℃以上800℃以下の温度域まで0.5℃/秒以上15℃/秒以下の冷却速度で冷却し、前記温度域から15℃/秒以上200℃/秒以下の冷却速度で150℃以上390℃以下の温度域まで冷却し、330℃以上500℃以下の温度域で30秒間以上600秒間以下保持した後、室温まで冷却するという条件で焼鈍を施すことにより製造することができる。
【0052】
[820℃以上の温度域に15秒間以上保持]
焼鈍時の加熱温度が820℃未満であったり、加熱保持時間が15秒間未満であったりすると、焼鈍過程におけるオーステナイトへの変態量が不足し、最終製品においてポリゴナルフェライトの体積率が過大となり、穴広げ性が劣化する場合がある。したがって、焼鈍温度は820℃以上とする。好ましくは850℃以上であり、さらに好ましくはオーステナイト単相域である。また、焼鈍時間は15秒間以上とする。焼鈍温度および焼鈍時間の上限は特に規定しないが、製造コストおよび表面品質の観点からは、焼鈍温度は900℃以下とすることが好ましく、焼鈍時間は300秒間以下とすることが好ましい。
【0053】
[550℃以上800℃以下の温度域まで0.5℃/秒以上15℃/秒以下の冷却速度で冷却]
変態の潜伏時間を消費しつつポリゴナルフェライトの生成を抑制することにより、最終製品において目的とする鋼組織を得るために、焼鈍温度に加熱した後にこのような緩冷却を行う。冷却速度は1℃/秒以上8℃/秒以下とすることが好ましい。
【0054】
[上記温度域から15℃/秒以上200℃/秒以下の冷却速度で150℃以上390℃以下の温度域まで冷却]
上記緩冷却の後、急冷を行う。急冷開始温度が550℃未満であったり、その冷却速度が15℃/秒未満であったりすると、ポリゴナルフェライト生成量が過剰となり、穴広げ性が劣化する場合がある。したがって、急冷開始温度は550℃以上、冷却速度は15℃/秒以上とする。冷却速度は30℃/秒以上とすることが好ましい。
【0055】
一方、急冷開始温度が800℃を超えたり、冷却速度が200℃/秒を越えたりすると、旧オーステナイト粒界での残留オーステナイトを含むベイナイトやポリゴナルフェライトの生成が不足してしまい、焼き戻しマルテンサイトが島状に分布しなくなり、焼き戻しマルテンサイトの粒内に存在する残留オーステナイトおよびMAならびに焼き戻しマルテンサイトの粒に接して存在する残留オーステナイトおよびMAの総体積を、鋼組織に占める残留オーステナイトおよびMAの総体積の20体積%以上とすることが困難となる。したがって、急冷開始温度は800℃以下、急冷速度は200℃/秒以下とする。冷却速度は150℃/秒以下とすることが好ましい。
【0056】
急冷停止温度が150℃未満では、マルテンサイト変態が過度に進行してしまい、オーステナイトの体積率が不足する場合がある。したがって、急冷停止温度は150℃以上とする。好ましくは200℃以上である。一方、急冷停止温度が390℃超では、マルテンサイト生成量が不足する場合がある。したがって、急冷停止温度は390℃以下とする。好ましくは350℃以下である。急冷停止後の保持時間は特に規定しないが、温度むら解消のために1秒間以上とすることが好ましく、設備制約上300秒間以内とすることが好ましい。
【0057】
[330℃以上500℃以下の温度域で30秒間以上600秒間以下保持]
この温度保持は焼き戻し熱処理であり、マルテンサイトを焼き戻すためと残留オーステナイト中にCを濃縮させて安定化させるために行う。
【0058】
焼戻し温度が330℃未満では、マルテンサイトの焼き戻しとオーステナイトへのC濃化が不十分となり、最終製品において残留オーステナイトの体積率が不足する場合がある。したがって、焼戻し温度は330℃以上とする。好ましくは370℃以上である。一方、焼戻し温度が550℃超では、セメンタイトの析出が著しくなり、最終製品においてオーステナイト体積率が不足する場合がある。したがって、焼戻し温度は550℃以下とする。好ましくは480℃以下、さらに好ましくは450℃以下である。
【0059】
上記焼戻し処理の後は、冷延鋼板の場合は室温まで冷却され、Cが濃縮したオーステナイトは残留オーステナイトとして残留する。
【0060】
一方、溶融亜鉛めっき鋼板の場合は、溶融亜鉛めっきと、必要に応じて引き続き合金化熱処理が施された後、室温まで冷却される。溶融亜鉛めっきおよび合金化熱処理は常法に従って実施すればよい。めっき付着量や合金化熱処理における合金化度にも特に制限はない。
【0061】
こうして製造され、室温に冷却された鋼板(冷延鋼板または溶融亜鉛めっき鋼板)には、平坦矯正のためスキンパスやレベラーを施しても何ら問題がなく、塗油や潤滑作用のある皮膜を施しても構わない。
【0062】
上記製造方法に供する冷延鋼板の製造方法は特に限定されないが、冷間圧延の前の熱間圧延工程においては、次のようにすることが好ましい。すなわち、偏析等を減少させるためにスラブの加熱温度は1100℃以上とすることが好ましい。また、加工性に不利な集合組織の生成を抑制するために圧延完了温度Ar3点以上とすることが好ましい。さらに、表層の粒界酸化によるフラップの発生を抑制するために巻取温度は700℃以下とすることが好ましく、600℃以下とすることがさらに好ましい。
【実施例】
【0063】
表1に示す化学組成を有する鋼を実験炉で溶製し、厚みが40mmのスラブを作製した。このスラブに熱間圧延を施し、板厚2.6mmの熱延鋼板を製造した。熱延は、スラブを1250℃に加熱後、仕上温度を880〜940℃で行い、巻き取りは400〜690℃とした。なお巻き取りは、巻き取り温度まで水スプレー冷却後炉に装入し、巻き取り温度で60分保持した後、20℃/時の冷却速度で200℃以下まで炉冷することによりシミュレートした。その後、酸洗によりスケールを除去し、板厚1.2mmまで冷間圧延を施した。
【0064】
このようにして得られた未焼鈍の冷延鋼板から、熱処理用試験材を採取し、焼鈍を行なった。焼鈍は5〜20℃/sの速度で焼鈍温度まで昇温後、その温度に30秒間保持し、その後の緩冷却に引き続き急冷を行い、急冷停止温度まで冷却後に5秒間保持してから、10℃/sの昇温速度で焼き戻しのために再加熱を行った。製品が冷延鋼板の場合には、その後室温まで冷却した。溶融めっき鋼板では、その後に溶融めっきを施し、めっき中の鉄濃度が9〜11%になるように520℃で合金化熱処理を施した後、室温まで冷却した。これら製造条件は表2に示す。
【0065】
こうして製造された冷延鋼板または合金化溶融亜鉛めっき鋼板について、圧延平行方向に採取したナイタル腐食後の断面組織をSEMにて観察し、ポリゴナルフェライト量と焼き戻しマルテンサイト量と残留オーステナイトとMAの量を測定した。さらにSEMで測定した残留オーステナイトとMAの総量を100として、焼き戻しマルテンサイト中あるいは焼き戻しマルテンサイトに接して生成している残留オーステナイトとMAの分率を測定した。実際の残留オーステナイト量は板厚1/4の位置をX線で測定した。
【0066】
引張り試験は、圧延直角方向にJIS5号引張り試験片を採取して行い、引張強度(TS)、降伏点強度(YP)および全伸び(EL)を求めた。また、穴広げ試験はJISZ2256に準じて行って、穴広げ率を求めた。これらの結果は表3に示す。
【0067】
【表1】
【0068】
【表2】
【0069】
【表3】
【0070】
表3に示すように、本発明に従った試験No.1〜21および25〜35の鋼板は、引張強度で980MPa以上の高強度と引張強度引張強度×全伸びの積で17000MPa・%以上の良好な伸びを示した。また、穴広げ率30%以上の良好な穴広げ性を示した。
【0071】
これに対し、C含有量の高い試験No.22は、オーステナイトが粗大でMAの量が多くなり、伸びが著しく低い上、穴広げ性が低かった。Si含有量の低い試験No.23とMn量の低い試験No.24は、残留オーステナイト量が少なく、伸びに劣った。また焼鈍温度の低い試験No.36、急冷開始温度の低い試験No.37と急冷冷却速度の低い試験No.38はポリゴナルフェライト量が多いため、穴広げ性に劣った。急冷停止温度が高い試験No.39は、焼き戻しマルテンサイトが十分得られず穴広げ性に劣り、急冷停止温度が低い試験No.40は、残留オーステナイトが得られず、伸びに劣った。急冷開始後の再加熱温度が低い試験No.41は、オーステナイトへのCの濃化が不十分で安定化せず、残留オーステナイトが十分に得られず、伸びに劣った。急冷開始後の再加熱温度が高い試験No.42は、焼き戻しマルテンサイトが十分得られず、穴広げ性に劣った。緩冷冷却速度の速い試験No.43は、ベイナイトラス界面に存在する残留オーステナイトが多く、穴広げ性が十分でなかった。