特許第5857913号(P5857913)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 新日鐵住金株式会社の特許一覧

特許5857913熱間成形鋼板部材およびその製造方法ならびに熱間成形用鋼板
<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5857913
(24)【登録日】2015年12月25日
(45)【発行日】2016年2月10日
(54)【発明の名称】熱間成形鋼板部材およびその製造方法ならびに熱間成形用鋼板
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20160128BHJP
   C22C 38/06 20060101ALI20160128BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20160128BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20160128BHJP
   C21D 1/18 20060101ALI20160128BHJP
   C21D 9/00 20060101ALI20160128BHJP
   B21D 22/20 20060101ALI20160128BHJP
【FI】
   C22C38/00 301S
   C22C38/06
   C22C38/58
   C21D9/46 G
   C21D1/18 C
   C21D9/00 A
   B21D22/20 E
   B21D22/20 H
   B21D22/20 Z
【請求項の数】7
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2012-181623(P2012-181623)
(22)【出願日】2012年8月20日
(65)【公開番号】特開2014-37596(P2014-37596A)
(43)【公開日】2014年2月27日
【審査請求日】2013年11月18日
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】新日鐵住金株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】特許業務法人ブライタス
(72)【発明者】
【氏名】林 宏太郎
(72)【発明者】
【氏名】西畑 敏伸
【審査官】 佐藤 陽一
(56)【参考文献】
【文献】 特開2005−126733(JP,A)
【文献】 特開2006−265583(JP,A)
【文献】 特開2011−099149(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 9/00− 9/44, 9/50
C21D 9/46− 9/48
C22C 38/00−38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.10%以上0.34%以下、Si:0.5%以上2.0%以下、Mn:1.0%以上3.0%以下、P:0.05%以下、S:0.01%以下、sol.Al:0.001%以上1.0%以下およびN:0.01%以下含有し、残部Feおよび不純物からなる化学組成を有し、表面から深さ15μmまでの表層部におけるフェライトの面積率が、前記表層部を除いた部位である内層部におけるフェライトの面積率の1.20倍以下であり、前記内層部が、面積%で、フェライト:10%以上70%以下、マルテンサイト:30%以上90%以下、フェライトおよびマルテンサイトの合計面積率:90%以上である鋼組織を有し、引張強度(TS)が980MPa以上、全伸び(El)が12%以上であることを特徴とする、熱間成形鋼板部材。
【請求項2】
前記化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、Ti:0.20%以下、Nb:0.20%以下、V:0.20%以下、Cr:1.0%以下、Mo:1.0%以下、Cu:1.0%以下およびNi:1.0%以下からなる群から選ばれた1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の熱間成形鋼板部材。
【請求項3】
前記化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、Ca:0.01%以下、Mg:0.01%以下、REM:0.01%以下およびZr:0.01%以下からなる群から選ばれた1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1または請求項2に記載の熱間成形鋼板部材。
【請求項4】
前記化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、B:0.01%以下を含有することを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の熱間成形鋼板部材。
【請求項5】
前記化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、Bi:0.01%以下を含有することを特徴とする請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の熱間成形鋼板部材。
【請求項6】
請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の化学組成を有する鋼板であって、請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の熱間成形鋼板部材の素材として使用されることを特徴とする、熱間成形用鋼板。
【請求項7】
請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の化学組成を有する鋼板を、720℃以上Ac点以下の温度域に加熱して、オーステナイト相中におけるMn濃度をフェライト相中におけるMn濃度の1.20倍以上とし、次いで、前記加熱の終了から熱間成形の開始までにおいて鋼板が空冷に曝される時間を15秒間未満として熱間成形を施し、10℃/秒以上500℃/秒以下の平均冷却速度でMs点以下の温度域まで冷却することを特徴とする、表面から深さ15μmまでの表層部におけるフェライトの面積率が、前記表層部を除いた部位である内層部におけるフェライトの面積率の1.20倍以下であり、前記内層部が、面積%で、フェライト:10%以上70%以下、マルテンサイト:30%以上90%以下、フェライトおよびマルテンサイトの合計面積率:90%以上である鋼組織を有し、引張強度(TS)が980MPa以上、全伸び(El)が12%以上である熱間成形鋼板部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、自動車のボディー構造部品を始めとする機械構造部品等に使用される、熱間成形鋼板部材およびその製造方法ならびに熱間成形用鋼板に関する。具体的には、本発明は、980MPa以上の引張強度を有しながら、優れた延性を有する熱間成形鋼板部材およびその製造方法ならびにそれを得るための熱間成形用鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車の軽量化のため、車体に使用する鋼材の高強度化を図り、使用重量を減ずる努力が進められている。自動車に広く使用される薄鋼板においては、鋼板強度の増加に伴い、プレス成形性が低下し、複雑な形状の部材を製造することが困難になる。具体的には、延性が低下し、加工度が高い部位で破断が生じる、あるいは、スプリングバックや壁反りが大きくなり、寸法精度が劣化する、といった問題が発生する。したがって、高強度、特に980MPa級以上の引張強度を有する鋼板を用いて、プレス成形によりそのような部材を製造することは容易ではない。プレス成形ではなく、ロール成形によれば、高強度の鋼板を加工できるが、長手方向に一様な断面を有する部材にしか適用できない。
【0003】
一方、特許文献1に示されているように、加熱した鋼板をプレス成形する熱間プレスと呼ばれる方法では、鋼板が高温で軟質、高延性になっているため、複雑な形状の部材を寸法精度よく成形することが可能である。さらに、鋼板をオーステナイト単相域に加熱しておき、金型内で急冷(焼入れ)することによって、マルテンサイト変態による部材の高強度化が同時に達成できる。したがって、このような熱間プレス法は、部材の高強度化と鋼板の成形性とを同時に確保できる優れた成形方法である。
【0004】
また、特許文献2には、室温で予め所定の形状に成形後、オーステナイト域に加熱し、金型内で急冷することによって、部材の高強度化を達成する予プレスクエンチ法が開示されている。このような熱間プレスの一態様である予プレスクエンチ法は、金型により部材を拘束して熱歪による変形を抑制することができるので、部材の高強度化と高い寸法精度とを同時に確保することができる優れた成形方法である。
【0005】
しかし、近年に至っては、熱間プレス鋼板部材には延性も求められるようになってきており、鋼組織が実質的にマルテンサイト単相である、特許文献1や特許文献2に代表される従来技術では、斯かる要求に応えることができないという問題が生じている。
【0006】
このような背景から、特許文献3には、鋼板をフェライトとオーステナイトとが共存する二相域に加熱しておき、さらに、二相組織を保ったままプレスし、金型内で急冷することによって、フェライトとマルテンサイトとの二相組織による高強度かつ延性に優れるとされる部材が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】英国特許第1490535号明細書
【特許文献2】特開平10−96031号公報
【特許文献3】特開2010−65293号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、特許文献3の開示内容について、本発明者らが検討したところ、オーステナイト域へ加熱した後に熱間プレスに供することが通常である従来技術の場合とは異なり、このような二相域加熱を活用した部材の組織制御法においては、熱間プレスに供する鋼板が加熱中および空冷中における脱炭が進行し易く、鋼板部材の表面およびその近傍に軟質なフェライト主体の組織が形成され易くなることが明らかとなった。
【0009】
したがって、特許文献3に開示された技術では、脱炭に起因する疲労特性低下や靭性低下の問題が発生し、自動車に使用される鋼板部材としてはもとより、機械構造部品用鋼板部材としての必要な特性を満足することができない。
【0010】
このように、二相域加熱を行う熱間プレス鋼板部材の量産プロセスにおいて、脱炭という特有の技術課題が存在することは従来知られていなかった。したがって、二相域加熱特有の技術課題である脱炭に起因する疲労特性低下や靭性低下を抑制する技術は未だ確立されていない。
【0011】
本発明の課題は、熱間プレス後において、表面脱炭が抑制され、さらに、延性に優れた、引張強度が980MPa以上の熱間プレス鋼板部材を製造することを可能にする熱間プレス用鋼板、それにより得られる熱間プレス鋼板部材、ならびにその量産を可能とする製造方法を提供することであり、一般化すれば、本発明は熱間プレスと同様に成形と同時または直後に鋼板を冷却する手段を備えている熱間成形への適用も可能であることから、熱間成形後において、表面脱炭が抑制され、さらに、延性に優れた、引張強度が980MPa以上の熱間成形鋼板部材を製造することを可能にする熱間成形用鋼板、それにより得られる熱間成形鋼板部材、ならびにその量産を可能とする製造方法を提供することである。
【0012】
ここで、「延性に優れた」とは、引張試験における全伸び(El)が12%以上である機械特性を有することをいう。全伸び(El)は、14%以上であることが好ましい。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上述のような二相域加熱特有の技術課題である脱炭に対して詳細に検討を行うことにより、二相域加熱下において鋼は特に脱炭しやすくなり、熱間成形に供する際に、厚さ15μm程度の実質的にフェライト単相からなる層状組織(以下、「フェライト層」ともいう。)が鋼材の表層部に形成され、当該表層部領域におけるフェライト粒界が脆弱となり、靭性の著しい劣化を誘発することを新たに知見した。
【0014】
また、表面から深さ15μmまでの表層部における脱炭を抑制することによって、予想外にも、疲労特性を改善できることも新たに知見した。
【0015】
そして、本発明者らは、二相域加熱特有の新規な技術課題である、熱間成形に際しての脱炭を抑制するという課題解決のために鋭意検討を行い、下記条件を満足するときに、組織がフェライトとマルテンサイトからなる複相であっても、熱間成形を行う際に、脱炭による明瞭なフェライト層が表層部に形成されず、引張強度が980MPa以上であり、延性も優れた、熱間成形用鋼板部材を製造できるという、以下の(1)および(2)に示す新知見を得た。
【0016】
(1)熱間成形用鋼板の化学組成について、C:0.10〜0.34%、Mn:1.0〜3.0%の含有量に対して、さらに、Si:0.5〜2.0%に制御することにより、熱間成形の加熱に際して、フェライトのMn濃度に対してオーステナイトのMn濃度を1.20倍以上濃化させておくこと、および
(2)熱間成形に際して、加熱終了から熱間成形開始までの時間を15秒未満とし、熱間プレス終了後は、10〜500℃/秒でMs点以下まで冷却すること。
【0017】
本発明は上記新知見に基づいてなされたものであり、その要旨は以下のとおりである。
(1)質量%で、C:0.10%以上0.34%以下、Si:0.5%以上2.0%以下、Mn:1.0%以上3.0%以下、P:0.05%以下、S:0.01%以下、sol.Al:0.001%以上1.0%以下およびN:0.01%以下含有し、残部Feおよび不純物からなる化学組成を有し、表面から深さ15μmまでの表層部におけるフェライトの面積率が、前記表層部を除いた部位である内層部におけるフェライトの面積率の1.20倍以下であり、前記内層部が、面積%で、フェライト:10%以上70%以下、マルテンサイト:30%以上90%以下、フェライトおよびマルテンサイトの合計面積率:90%以上である鋼組織を有し、引張強度(TS)が980MPa以上、全伸び(El)が12%以上であることを特徴とする、熱間成形鋼板部材。
【0018】
(2)前記化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、Ti:0.20%以下、Nb:0.20%以下、V:0.20%以下、Cr:1.0%以下、Mo:1.0%以下、Cu:1.0%以下およびNi:1.0%以下からなる群から選ばれた1種または2種以上を含有することを特徴とする上記(1)に記載の熱間成形鋼板部材。
【0019】
(3)前記化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、Ca:0.01%以下、Mg:0.01%以下、REM:0.01%以下およびZr:0.01%以下からなる群から選ばれた1種または2種以上を含有することを特徴とする上記(1)または(2)に記載の熱間成形鋼板部材。
【0020】
(4)前記化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、B:0.01%以下を含有することを特徴とする上記(1)から(3)のいずれか1項に記載の熱間成形鋼板部材。
【0021】
(5)前記化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、Bi:0.01%以下を含有することを特徴とする上記(1)から(4)のいずれか1項に記載の熱間成形鋼板部材。
【0022】
(6)上記(1)から(5)のいずれか1項に記載の化学組成を有する鋼板であって、上記(1)から(5)のいずれか1項に記載の熱間成形鋼板部材の素材として使用されることを特徴とする、熱間成形用鋼板。
【0023】
(7)上記(1)から(5)のいずれか1項に記載の化学組成を有する鋼板を、720℃以上Ac点以下の温度域に加熱して、オーステナイト相中におけるMn濃度をフェライト相中におけるMn濃度の1.20倍以上とし、次いで、前記加熱の終了から熱間成形の開始までにおいて鋼板が空冷に曝される時間を15秒間未満として熱間成形を施し、10℃/秒以上500℃/秒以下の平均冷却速度でMs点以下の温度域まで冷却することを特徴とする、表面から深さ15μmまでの表層部におけるフェライトの面積率が、前記表層部を除いた部位である内層部におけるフェライトの面積率の1.20倍以下であり、前記内層部が、面積%で、フェライト:10%以上70%以下、マルテンサイト:30%以上90%以下、フェライトおよびマルテンサイトの合計面積率:90%以上である鋼組織を有し、引張強度(TS)が980MPa以上、全伸び(El)が12%以上である熱間成形鋼板部材の製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0024】
次に、本発明において、各範囲に限定した理由について説明する。なお、以下の説明においては、熱間成形について、具体的態様である熱間プレスを例にとって説明する。
【0025】
1.化学組成
はじめに、本発明に係る熱間成形鋼板部材(以下、単に「鋼板部材」ともいう。)および熱間成形用鋼板の化学組成を上述のように規定した理由を説明する。以下の説明において、各合金元素の含有量を表す「%」は、特に断りがない限り質量%を意味する。
【0026】
(C:0.10%以上0.34%以下)
Cは、鋼の焼入れ性を高め、かつ焼入れ後の強度を主に決定する、非常に重要な元素である。C含有量が0.10%未満では焼入れ後の強度で980MPa以上の引張強度を確保することが困難となる。したがって、C含有量は0.10%以上とする。好ましくは、0.12%以上である。一方、C含有量が0.34%超では、焼入れ後のマルテンサイトが硬質となり、靭性の劣化が顕著となる。したがって、C含有量は0.34%以下とする。なお、溶接性の観点からはC含有量を0.30%以下とすることが好ましい。さらに好ましくは0.25%以下である。
【0027】
(Si:0.5%以上2.0%以下)
Siは、鋼の延性を向上させて、かつ焼入れ後の強度を安定して確保するために、非常に効果のある元素である。Si含有量が0.5%未満では上記作用を得ることが困難である。なお、溶接性を向上させる観点からはSi含有量を0.7%以上とすることが好ましい。さらに好ましくは1.1%以上である。一方、Si含有量が2.0%超では、上記作用による効果は飽和して経済的に不利となるうえに、めっき濡れ性の低下が著しくなり、不めっきが多発する。したがって、Si含有量は2.0%以下とする。また、熱間プレス鋼板部材の表面欠陥を抑える観点からはSi含有量を1.8%以下にすることが好ましい。さらに好ましくは、1.35%以下である。
【0028】
(Mn:1.0%以上3.0%以下)
Mnは、鋼の焼入れ性を高め、かつ焼入れ後の強度を確保するために、非常に効果のある元素である。しかし、Mn含有量が1.0%未満では、焼入れ後の強度で980MPa以上の引張強度を確保することが非常に困難となる。したがって、Mn含有量は1.0%以上とする。上記作用をより確実に得るには、Mn含有量を1.1%以上とすることが好ましい。さらに好ましくは1.15%以上である。一方、Mn含有量が3.0%超では、焼入れ後の組織がMn偏析による顕著なバンド状になり、曲げ性が低下し、耐衝撃性の劣化が顕著になる。したがって、Mn含有量は3.0%以下とする。なお、熱間圧延および冷間圧延時における生産性の観点からはMn含有量を2.5%以下とすることが好ましい。さらに好ましくは、2.45%以下である。
【0029】
C、SiおよびMnを上記範囲内に規定することで、熱間プレス成形用素材鋼板として、フェライト+パーライト複相組織、さらに球状化セメンタイトを含む組織、または、フェライト+マルテンサイト複相組織とすることができ、そして、熱間プレスに際しての加熱条件を本発明にしたがって規定することで、オーステナイトへのMn濃化を図ることができ、脱炭を効果的に防止できる。
【0030】
(P:0.05%以下)
Pは、一般には鋼に不可避的に含有される不純物であるが、固溶強化により鋼板の強度を高める作用を有するので積極的に含有させてもよい。しかし、P含有量が0.05%超では溶接性の劣化が著しくなる。したがって、P含有量は0.05%以下とする。P含有量は好ましくは0.018%以下である。上記作用による効果をより確実に得るには、P含有量を0.003%以上とすることが好ましい。
【0031】
(S:0.01%以下)
Sは、鋼に不可避的に含有される不純物であり、溶接性の観点からは少ないほど好ましい。S含有量が0.01%超では溶接性の低下が著しくなる。したがって、S含有量は0.01%以下とする。S含有量は好ましくは0.003%以下、さらに好ましくは0.0015%以下である。
【0032】
(sol.Al:0.001%以上1.0%以下)
Alは、鋼を脱酸して鋼材を健全化する作用を有する元素である。sol.Al含有量が0.001%未満では上記作用を得ることが困難となる。したがって、sol.Al含有量は0.001%以上とする。好ましくは0.015%以上である。一方、sol.Al含有量が1.0%超では、溶接性の低下が著しくなるとともに、酸化物系介在物が増加して表面性状の劣化が著しくなる。したがって、sol.Al含有量は1.0%以下とする。好ましくは0.080%以下である。
【0033】
(N:0.01%以下)
Nは、鋼に不可避的に含有される不純物であり、溶接性の観点からは少ないほど好ましい。N含有量が0.01%超では溶接性の低下が著しくなる。したがって、N含有量は0.01%以下とする。好ましくは0.006%以下である。
【0034】
本発明にかかる鋼板の化学組成は、以下に説明するような元素をさらに少なくとも1種含有してもよい。
【0035】
(Ti:0.20%以下、Nb:0.20%以下、V:0.20%以下、Cr:1.0%以下、Mo:1.0%以下、Cu:1.0%以下およびNi:1.0%以下からなる群から選ばれた1種または2種以上)
これらの元素は、いずれも焼入れ後強度を安定して確保するために効果のある元素である。したがって、これらの元素の1種または2種以上を含有させてもよい。しかし、Ti、NbおよびVについては、それぞれ0.20%を超えて含有させると、熱間圧延および冷間圧延が困難になるだけでなく、逆に安定した強度確保が困難になる。また、Crについては、1.0%を超えると、安定した強度確保が困難になる。Moについては、1.0%を超えて含有させると、熱間圧延および冷間圧延が困難になる。そして、CuとNiはそれぞれ1.0%を超えて含有させても、上記作用による効果は飽和して経済的に不利となるうえに、熱間圧延や冷間圧延が困難となる。なお、上記作用による効果をより確実に得るには、Ti:0.003%以上、Nb:0.003%以上、V:0.003%以上、Cr:0.005%以上、Mo:0.005%以上、Cu:0.005%以上およびNi:0.005%以上の少なくとも一つを満足させることが好ましい。
【0036】
(Ca:0.01%以下、Mg:0.01%以下、REM:0.01%以下およびZr:0.01%以下からなる群から選ばれた1種または2種以上)
これらの元素は、いずれも介在物制御、特に介在物の微細分散化に寄与し、靭性を高める作用を有する元素である。したがって、これらの元素の1種または2種以上を含有させてもよい。しかし、いずれも0.01%を超えて含有させると、表面性状の劣化が顕在化する場合がある。したがって、各元素の含有量はそれぞれ上記のとおりとする。なお、上記作用による効果をより確実に得るには、これらの元素の少なくとも一つの含有量を0.0003%以上とすることが好ましい。ここで、REMは、Sc、Yおよびランタノイドの合計17元素を指し、その少なくとも1種である。上記REMの含有量はこれらの元素の少なくとも1種の合計含有量を意味する。ランタノイドの場合、工業的にはミッシュメタルの形で添加される。
【0037】
(B:0.01%以下)
Bは、鋼の靭性を高める作用を有する元素である。したがって、Bを含有させてもよい。しかし、0.01%を超える量でBを含有させると、熱間加工性が劣化して、熱間圧延が困難になる。したがって、B含有量は0.01%以下とする。なお、上記作用による効果をより確実に得るには、B含有量を0.0003%以上とすることが好ましい。
【0038】
(Bi:0.01%以下)
Biは、組織を均一にし、耐衝撃性を高める作用を有する元素である。したがって、Biを含有させてもよい。しかし、0.01%を超える量でBiを含有させると、熱間加工性が劣化して、熱間圧延が困難になる。したがって、Bi含有量は0.01%以下とする。なお、上記作用による効果をより確実に得るには、Bi含有量を0.0003%以上とすることが好ましい。
【0039】
2.熱間成形鋼板部材の鋼組織
次に、本発明に係る熱間成形鋼板部材の表層部および内層部の鋼組織について説明する。
【0040】
(表層部におけるフェライトの面積率)/(内層部におけるフェライトの面積率)≦1.20)
表層部におけるフェライトの面積率が、内層部におけるフェライトの面積率の1.20倍超では、明瞭なフェライト層が表面に形成され、疲労特性と靭性が低下する。したがって、表層部におけるフェライトの面積率は内層部におけるフェライトの面積率の1.20倍以下とする。好ましくは、(表層部におけるフェライトの面積率)/(内層部におけるフェライトの面積率)≦ 1.18である。しかし、本発明によれば、熱間プレス成形に際して、脱炭は実質上起こらず、上記比率で云えば、通常は、1.16以下である。
【0041】
なお、通常の熱間プレスの加熱工程においては、浸炭処理のように表面近傍のC濃度を高める処理を施すことはないので、表層部におけるフェライトの面積率が内層部におけるフェライトの面積率を下回ることはないのが通常である。すなわち、表層部におけるフェライトの面積率は内層部におけるフェライトの面積率の1.0倍以上であることが通常である。
【0042】
ここに、鋼板部材の表層部とは、当該鋼板部材厚さ方向の断面で見て、その表面から、深さ15μmまでの部分を言う。その領域の平均フェライト面積率と、それより板厚中心に向かった内層部の領域の平均フェライト面積率との比(表層部平均フェライト面積率/内層部平均フェライト面積率)をもって、熱間プレス時の脱炭の程度を評価するのである。なお、上記「板厚中心に向かった内層部の領域」を、「内層部を内外面の表面から深さ15μmの領域を除く領域」としても、フェライト相の分布はほぼ対称であるから、平均値を考えれば、実質上同じである。ここでは、便宜上、板厚方向に表面から深さ15μmの位置から、中心部までの領域とする。表層部を表面から15μmの領域とするのは、脱炭深さの最大が通常ほぼ15μmだからである。
【0043】
(内層部におけるフェライトの面積率:10%以上70%以下)
適量のフェライトを鋼中に形成させることにより、延性を向上させることができる。フェライトの面積率が10%未満では、フェライトの殆どが孤立し、鋼の延性を向上させることができない。したがって、フェライトの面積率は10%以上とする。一方、フェライトの面積率が70%超では、強化相であるマルテンサイトの面積率を確保できなくなり、焼入れ後の強度で980MPa以上の引張強度を確保することが困難となる。したがって、フェライトの面積率は70%以下とする。内層部におけるフェライトとマルテンサイトとの面積率は、上記範囲に入る限り、特に制限されないが、好ましくは、フェライト:30〜70%、マルテンサイト:30〜70%である。
【0044】
(内層部におけるマルテンサイトの面積率:30%以上90%以下)
マルテンサイトを鋼中に形成させることにより、焼入れ後の強度を高めることができる。マルテンサイトの面積率が30%未満では、焼入れ後の強度で980MPa以上の引張強度を確保することが困難となる。したがって、マルテンサイトの面積率は30%以上とする。一方、マルテンサイトの面積率が90%超では、フェライトの面積率が10%未満となり、上述したように、鋼の延性を向上させることができない。したがって、マルテンサイトの面積率は90%以下とする。
【0045】
(フェライトおよびマルテンサイトの合計面積率:90%以上)
本発明に係る熱間成形鋼板部材の内層部は、フェライトおよびマルテンサイトからなる組織を有することを基本とするが、製造条件によっては、フェライトおよびマルテンサイト以外の相または組織として、ベイナイト、残留オーステナイト、セメンタイトおよびパーライトの1種または2種以上が混入する場合がある。この場合、フェライトおよびマルテンサイト以外の相または組織が10%を超えると、これらの相または組織の影響により、目的とする特性が得られない場合がある。したがって、フェライトおよびマルテンサイト以外の相または組織の混入は10%以下とする。すなわち、フェライトおよびマルテンサイトの合計面積率は90%以上とする。
【0046】
以上の鋼組織における各相の面積率の測定法は当業者には周知であり、本発明においても常法により測定することができる。後に実施例において示すように、これらの面積率は圧延方向と圧延方向に垂直方向の両方向における断面において測定し、その平均値として求められる。
【0047】
本発明にかかる鋼板部材としては、製品としての熱間プレス成形された鋼部材を包含するが、代表的には、自動車ボディー構造部品に用いられるドアガードバーなどがあるが、自動車用としては、バンパーレインフォースメントなどもあり、その他、機械構造部品用としては、鋼板を素材として製造された建築構造用熱間成形鋼管などもある。
【0048】
3.製造方法
次に、上記の特徴を有する本発明に係る熱間成形鋼板部材の好ましい製造方法について説明する。
【0049】
引張強度が980MPa以上の強度下で優れた延性を得るには、焼入れ後の内層部の組織を、マルテンサイト単相とするのではなく、フェライトの面積率が10%以上70%以下、マルテンサイトの面積率が30%以上90%以下、フェライトおよびマルテンサイトの合計面積率が90%以上である複相組織とすることが肝要である。
【0050】
さらに、良好な疲労特性および靭性を得るには、表層部のフェライト層の形成を抑制し、表層部におけるフェライトの面積率を内層部におけるフェライトの面積率の1.20倍以下にすることが肝要である。
【0051】
熱間プレス鋼板部材としてこのような組織を得るには、熱間プレス成形用の素材としての鋼板であって、上記化学組成を有するフェライト+パーライト複相組織、さらに球状化セメンタイトを含む組織、または、フェライト+マルテンサイト複相組織の鋼板を、720℃以上Ac3点以下の温度域に加熱して、オーステナイト相中におけるMn濃度をフェライト相中におけるMn濃度の1.2倍以上とし、次いで、前記加熱の終了から熱間プレスの開始までにおいて鋼板が空冷に曝される時間を15秒間未満として熱間プレスを施し、10℃/秒以上500℃/秒以下の平均冷却速度で冷却する。
【0052】
(熱間プレスに供する鋼板の加熱:720℃以上Ac3点下の温度域に加熱)
熱間プレスに供する鋼板の加熱は、720℃以上、かつ、下記実験式(i)により規定されるオーステナイト単相になるAc3点(℃)以下の温度とすることにより行う。
c3=910−203×(C0.5)−15.2×Ni+44.7×Si
+104×V+31.5×Mo−30×Mn−11×Cr
−20×Cu+700×P+400×Al+50×Ti・・・・(i)
ここで、上記式中における元素記号は、前記鋼板の化学組成における各元素の含有量(単位:質量%)を示す。
【0053】
加熱温度が720℃未満では、セメンタイトの固溶に伴うオーステナイトの生成が困難、または、不十分であり、焼入れ後の強度で980MPa以上の引張強度を確保することが困難となる。したがって、加熱温度は、720℃以上とする。一方、加熱温度がAc3点超になると、焼入れ後の組織がマルテンサイト単相となり、延性の劣化が顕著となる。したがって、加熱温度はAc3点以下とする。
【0054】
このとき、720℃以上Ac3点以下の温度域までの加熱速度と上記温度域に保持する加熱時間は特に限定する必要はないが、それぞれ以下の範囲にすることが好ましい。
【0055】
720℃以上Ac3点以下の温度域までの加熱に際しての平均加熱速度は、0.2℃/秒以上100℃/秒以下とすることが好ましい。上記平均加熱速度を0.2℃/秒以上とすることにより、より高い生産性を確保することが可能となる。また、上記平均加熱速度を100℃/秒以下とすることにより、通常の炉を用いて加熱する場合において、加熱温度の制御が容易となる。
【0056】
本発明によれば、前述のように、鋼板の化学組成を規定することでオーステナイトへのMn濃度を高めるが、その場合、フェライト−オーステナイト間のMnの分配を促進させ、オーステナイトへのMn濃化を促進する観点からは、600℃以上720℃以下の温度域における平均加熱速度を0.2℃/秒以上10℃/秒以下とすることがさらに好ましい。
【0057】
なお、720℃以上Ac3点以下の温度域における加熱時間は、3分間以上10分間以下とすることが好ましい。ここで、加熱時間は、鋼板の温度が720℃に到達した時から加熱終了時までの時間である。加熱終了時間は、具体的には、炉加熱の場合には鋼板が加熱炉から取り出された時であり、通電加熱や誘導加熱の場合には通電等を終了した時である。上記加熱時間を3分間以上とすることにより、フェライト−オーステナイト間のMnの分配がより確実に促進され、オーステナイトへのMn濃化がさらに促進されるので、加熱終了から熱間プレス開始までの空冷過程で生じる脱炭が一層抑制される。また、上記保持時間を10分間以下とすることにより、鋼板部材の組織をより微細にすることができるので、鋼板部材の耐衝撃性が一層向上する。
【0058】
((オーステナイト相中におけるMn濃度)/(フェライト相中におけるMn濃度)≧1.2)
上記加熱終了までに、オーステナイト相中におけるMn濃度をフェライト相中におけるMn濃度の1.2倍以上とする。このように、オーステナイト相中におけるMn濃度を高めることにより、オーステナイトがより安定となり、熱間プレス成形に際し起こる後述する脱炭が抑制され、その結果、熱間プレス鋼板部材の表層部におけるフェライト層の形成が抑制される。上記加熱において、フェライト−オーステナイト間のMnの分配が十分に促進されず、上記加熱終了時において、オーステナイト相中におけるMn濃度がフェライト相中におけるMn濃度の1.2倍未満となると、二相組織におけるオーステナイトの分解が容易となり、加熱終了から熱間プレス開始までの鋼板が空冷に曝される間に、脱炭が容易に進行する。したがって、上記加熱終了までに、オーステナイト相中におけるMn濃度はフェライト相中におけるMn濃度の1.2倍以上とする。この比率の上限は特に規定されないが、3.0を超えることはない。すでに述べたように、Mn濃度の調整は、例えば、熱間プレス成形用としての複相組織鋼板の化学組成と加熱条件の組み合わせを変えることで、行えばよい。
【0059】
なお、このようなMn濃度の分布は、本発明で規定する化学組成を有する鋼板であって、フェライトとパーライトとからなる複合組織とした熱延鋼板、650℃以上700℃以下で球状化焼鈍を施した熱延鋼板、もしくは、フェライトとオーステナイトの二相温度域で焼鈍を施した冷延鋼板を熱間プレス用鋼板として用いたり、もしくは、上記化学組成を有する鋼板を用いるとともに、上述したように、熱間プレスに供する際の熱間プレス用鋼板の加熱時間を長時間化する方法を適用したり、または、これらを複合することにより達成される。
【0060】
(加熱の終了から熱間プレスの開始までにおいて鋼板が空冷に曝される時間:15秒間未満)
一般に、熱間プレス用鋼板は、熱間プレスに供するに際して加熱炉等で加熱された後、熱間プレス装置まで搬送される。この際に、例えば、加熱炉からの抽出時や、熱間プレス装置への搬送時あるいは投入時などに、熱間プレス用鋼板は一部において空冷に曝されることがある。このような空冷時には、加熱された熱間プレス用鋼板の雰囲気を制御することはできない。したがって、空冷時の脱炭は不可避である。そのため、そのような空冷は可及的短時間とすべきであり、加熱の終了から熱間プレスの開始までにおいて鋼板が空冷に曝される時間は15秒間未満とする。空冷に曝される時間が15秒間以上になると脱炭が進行し、鋼板表面に脱炭によるフェライト層が形成される。空冷に曝される時間は10秒間以下とすることが好ましい。
【0061】
空冷に曝される時間の調整は、加熱炉からの取り出し後、通常は空冷に曝されるプレス金型までの搬送時間を調整することで行うことができる。
【0062】
(Ms点以下の温度域までの平均冷却速度:10℃/秒以上500℃/秒以下)
次いで、熱間プレス用鋼板に熱間プレスを施し、拡散型変態が起きないように、10℃/秒以上500℃/秒以下の平均冷却速度でMs点以下の温度域まで冷却する。平均冷却速度が10℃/秒未満では、ベイナイト変態が過度に進行してしまい、強化相であるマルテンサイトの面積率を確保できなくなり、焼入れ後の強度で980MPa以上の引張強度を確保することが困難となる。したがって、上記温度域における平均冷却速度は10℃/秒以上とする。一方、上記平均冷却速度が500℃/秒超では、部材の均熱を保つことが極めて困難となり、強度が安定しなくなる。したがって、上記平均冷却速度は500℃/秒以下とする。なお、冷却する際、400℃到達以降は相変態による発熱が非常に大きくなるため、400℃以上の温度域における冷却方法と同じ冷却方法では十分な冷却速度が確保できない場合がある。このため、400℃までの冷却よりも400℃からMs点までの冷却を強く行う必要があり、具体的には以下に述べるようにすることが好ましい。熱間プレス法では、通常、常温または数10℃程度の鋼製金型により冷却が達成される。したがって、冷却速度を変化させるためには、金型寸法を変え熱容量を変化させればよい。また金型材質を異種金属(例えば銅など)に変えることでも冷却速度を変化させることができる。金型寸法を変えられない場合、水冷型の金型を用いて冷却水量を変えることによっても、冷却速度を変えることができる。また、予め溝を数カ所切った金型を用い、プレス中にその溝に水を通すことによって冷却速度を変える、プレス途中でプレス機を上げ、その間に水を流すことでも、冷却速度を変えることができる。さらには、金型クリアランスを変え、鋼板との接触面積を変化させることでも冷却速度を変えることができる。例えば400℃前後で冷却速度を変える手段には、次のような手段が考えられる。
【0063】
(1)400℃到達直後に、熱容量の異なる金型または室温状態の金型に移動させて、冷却速度を変える;
(2)水冷金型の場合、400℃到達直後に金型中の流水量を変化させて、冷却速度を変える;
(3)400℃到達直後に、金型と部材の間に水を流し、その水量を変化させることで、冷却速度を変える。
【0064】
本発明における熱間プレス法における成形の形態は特に制限されないが、例示すれば、曲げ加工、絞り成形、張出し成形、穴拡げ成形、フランジ成形が挙げられる。目的とする熱間プレス鋼板部材の種類によって適宜選べばよい。熱間プレス鋼板部材の代表例として、前述のような自動車用補強部品であるドアガードバーやバンパーレインフォースメントなどを挙げることができる。
【0065】
本発明にかかる製品は延性をも確保することが特徴であるが、そのときの実用に耐えうる延性としては、引張試験の全伸びが12%以上あることが好ましい。さらに好ましくは、全伸びが14%以上である。
【0066】
熱間プレス後は、通常、スケール除去目的でショットブラスト処理が施される。このショットブラスト処理には、表面に圧縮応力を導入する効果があるため、遅れ破壊が抑制され、また疲労強度が向上するという利点がある。
【0067】
なお、予成形を伴わない熱間プレス加工においては、熱間プレス用鋼板を720℃以上Ac3点以下の温度域に加熱してオーステナイト変態をさせたのちに加工を施すため、加熱前の室温での機械的性質は重要ではない。つまり、熱間プレス用鋼板として、熱延鋼板、冷延鋼板(フルハード材、焼鈍材)、めっき鋼板のいずれを使用してもよく、その製造方法については特に限定はしない。例えばめっき鋼板には、アルミニウム系めっき鋼板や亜鉛系めっき鋼板等が挙げられる。なお、熱延鋼板およびフルハード材の冷延鋼板の場合、鋼組織をフェライトとパーライトの複合組織にすることによって、あるいは、焼鈍材の冷延鋼板の場合、焼鈍温度を二相温度域にすることによって、熱間プレスの加熱中におけるMnの分配が一層促進される。
【0068】
一方、予成形を伴う熱間プレス加工においては、熱間プレス用鋼板の種類やその組織は限定されないが、できるだけ軟質で延性のある鋼板であることが望ましい。例えば、TSとして700MPa以下であることが望ましい。熱延鋼板における熱延後の巻取温度は、軟質鋼板を得るために450℃以上とし、スケールロスを減らすために700℃以下とすることが好ましい。冷延鋼板においては、軟質鋼板を得るために焼鈍を施すことが好ましく、焼鈍温度は、Ac1点温度以上Ac3点以下とすることが好ましい。また、焼鈍後の室温までの平均冷却速度は、上部臨界冷却速度以下であることが好ましい。
【0069】
なお、上記説明においては、熱間成形について、具体的態様である熱間プレスを例にとって説明してきたが、本発明は熱間プレスと同様に成形と同時または直後に鋼板を冷却する手段を備えている熱間成形、例えばロール成形にも適用可能である。
【実施例】
【0070】
本発明の実施例について説明する。
表1に示す化学組成を有する鋼板を供試材とした。これらの鋼板は、実験室にて溶製したスラブを1250℃にて30分間加熱した後、900℃以上で熱間圧延を行い、板厚2.6mmの熱延鋼板としたものである。熱間圧延後は、600℃まで水スプレー冷却したのち炉に装入し、600℃で30分間保持した後、20℃/時で室温まで徐冷することにより、熱延巻取り工程を模擬したものである。
このようにして得られた熱延鋼板は、いずれもフェライトとパーライトの複合組織であった。このようにして得られた熱延鋼板は、供試材No.21を除き、酸洗によりスケールを除去した後、冷間圧延にて板厚1.2mmとした。
【0071】
一方、供試材No.21は、酸洗によりスケールを除去した後、650℃で5時間加熱する球状化焼鈍を施した。また、供試材No.6と19は、冷間圧延した後、以下の条件で焼鈍した。すなわち、供試材No.6はオーステナイト単相域、供試材No.19はフェライトとオーステナイト二相域で焼鈍した。
【0072】
得られた鋼板を、ガス炉内で、空燃比0.85かつ表2に示す条件にて加熱して、加熱炉より取り出し、熱間プレスまでの空冷時間を種々変化させて、平板の鋼製金型を用いて、熱間プレスを施した。なお、加熱時間とは、炉に装入後の720℃に達した時から、炉から取り出すまでの時間である。
【0073】
熱間プレスした鋼板のフェライトとマルテンサイトの面積率は、圧延方向と圧延方向に垂直方向の両方向における断面の光学顕微鏡観察画像または電子顕微鏡観察画像より、画像解析を行って算出した。
【0074】
また、熱間プレスした鋼板を、圧延方向に直角方向からJIS5号引張試験片を採取し、TS(引張強度)およびEL(全伸び)を測定した。
【0075】
本例において作製した鋼板は、金型による熱間プレスが施されていないが、熱間プレス鋼板部材と同じ熱履歴を受けているので、鋼板の機械的性質は、同じ熱履歴を有する熱間プレス鋼板部材と実質的に同一である。
【0076】
さらに、EPMAを用いて加熱直後におけるフェライトとオーステナイトのMn濃度を測定し、フェライト相中におけるMn濃度に対するオーステナイト相中におけるMn濃度の比を解析した。試料については、加熱中の組織を凍結するために、表2に示す条件で鋼板を加熱し、加熱炉より取り出した直後に、水冷した。なお、水冷によって、オーステナイトはマルテンサイトに変態するので、測定されたマルテンサイトのMn濃度が加熱中のオーステナイトのMn濃度になる。表3において、前記Mn濃度の比をMn比と記述する。
【0077】
これらの結果を表3に示す。なお、表1〜3において下線を付された数値は、その数値により示される含有量、条件、または機械特性が本発明の範囲外であることを示している。
【0078】
表3における本発明例である供試材No.1、3、5、8〜10、12、13、15、17〜19、21および22は、本発明の条件を全て満足する本発明例の鋼板、すなわち、熱間プレス鋼板部材である。
【0079】
一方、供試材No.2および20は、化学組成が本発明で規定する範囲を外れ、目標とする引張強度が得られなかった。供試材No.4および7は、製造条件が本発明で規定する範囲を外れ、所望の組織が得られず、目標とする引張強度が得られなかった。供試材No.6および16は、製造条件が本発明で規定する範囲を外れ、所望の表層部の組織が得られなかった。供試材No.11は、化学組成が本発明で規定する範囲を外れ、延性が悪かった。供試材No.14は、製造条件が本発明で規定する範囲を外れ、所望の組織が得られず、延性が悪かった。
【0080】
【表1】
【0081】
【表2】
【0082】
【表3】