特許第5860198号(P5860198)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】5860198
(24)【登録日】2015年12月25日
(45)【発行日】2016年2月16日
(54)【発明の名称】吃逆の治療方法に用いる位置決めシート
(51)【国際特許分類】
   A61H 39/02 20060101AFI20160202BHJP
   A61F 5/58 20060101ALI20160202BHJP
【FI】
   A61H39/02 H
   A61F5/58
【請求項の数】2
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2015-551906(P2015-551906)
(86)(22)【出願日】2015年8月25日
(86)【国際出願番号】JP2015073861
【審査請求日】2015年10月28日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】393009367
【氏名又は名称】寺澤 捷年
(74)【代理人】
【識別番号】100066061
【弁理士】
【氏名又は名称】丹羽 宏之
(74)【代理人】
【識別番号】100123559
【弁理士】
【氏名又は名称】梶 俊和
(74)【代理人】
【識別番号】100177437
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 英子
(74)【代理人】
【識別番号】100143340
【弁理士】
【氏名又は名称】西尾 美良
(72)【発明者】
【氏名】寺澤 捷年
【審査官】 増山 慎也
(56)【参考文献】
【文献】 実開平05−086342(JP,U)
【文献】 登録実用新案第3171544(JP,U)
【文献】 米国特許出願公開第2006/0282121(US,A1)
【文献】 森本 昌宏,吃逆(しゃっくり),日本臨床(別冊)領域別症候群シリーズ11 腹膜・後腹膜・腸間膜・大網・小網・横隔膜症候群,1996年 5月18日,280-283
【文献】 豊田 住江 他,難治性の吃逆を訴えた2症例に対する針治療の臨床効果,日本東洋医学雑誌,1994年,第45巻第2号,387−391
【文献】 橋本 実瑞貴 他,化学療法中に発現した吃逆に対する鍼治療の1症例,公益社団法人 全日本鍼灸学会 第31回中部支部学術集会 抄録集,2013年10月27日,17
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61H 39/02
A61F 5/58
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
吃逆を停止又は軽減するために、経穴の天宗から体の外側に3cm離れて位置する特定のポイントを刺激する施術を行う吃逆の治療方法に用いる位置決めシートであって、
前記天宗の位置が、肩甲骨の肩峰の頂部と肩甲棘三角の頂部とを結ぶ線の中点から前記肩甲骨の下角までを結ぶ直線の3等分割点のうち前記中点側の分割点に表示され、前記特定のポイントが前記天宗から体の外側に3cm離れた位置に表示されていることを特徴とする吃逆の治療方法に用いる位置決めシート
【請求項2】
前記シートの材料が、伸縮自在な弾性材であることを特徴とする請求項1に記載の吃逆の治療方法に用いる位置決めシート
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特に難治性の吃逆の治療方法に用いる位置決めシートに関する。
【背景技術】
【0002】
しゃっくり(以下、「吃逆」という)とは、横隔膜,肋間筋,前斜角筋などの呼吸筋の間代性痙攣によって急激に空気が気管内に吸い込まれ、その際、声帯筋が収縮し、閉鎖した声帯に呼気が通過するため「ヒクッ」という独特の音声を一定の間隔で発する症状である。日常誰もが経験する症状で、ほとんどは一過性で数分から数時間で消失するが、難治性の場合は吃逆反射弓にかかわる病変が原因のことがある。
【0003】
吃逆は胎生期の原始反射のひとつで、胎生期に鼻咽頭部の異物を除去するために必要な運動だが、出生後はその必要がなくなるため、GABA(γ−アミノ酪酸)を介する中枢性の抑制を受けるようになり、成長とともに発現しにくくなる。
【0004】
吃逆は持続時間により、48時間以内に自然に経過する「良性吃逆発作」、48時間〜1ヶ月の「持続性吃逆」、1ヶ月を超える「難治性吃逆」に分類される。難治性吃逆は頻回、長期(1〜2年)に亘ることがあり、うつ状態、食欲不振、睡眠障害、体重減少、栄養障害を伴い、重篤な身体障害をきたす場合もある。このような吃逆は高齢の男性に多い。
【0005】
吃逆の頻度は1分間に2〜60回で、血中二酸化炭素濃度が低下すると増加し、逆に上昇すると減少する。持続性吃逆は睡眠中は消失し、覚醒とともに発現するものもある。
【0006】
図9は吃逆の発生を説明するための図である。図9を参照しつつ、吃逆の発生について説明する。吃逆反射の中枢は脳14の下方の延髄17である。鼻咽頭後壁56の舌咽神経咽頭枝54aに何らかの刺激が加わり、舌咽神経54(図9中の一点鎖線)を介して延髄17の孤束核52に入った刺激が、延髄17の網様体53を介して、横隔神経1、迷走神経8の遠心路へ出力され、それぞれ横隔膜5、声門58に至り、そこで吸気運動(横隔膜の収縮運動)と声門閉鎖運動(声門閉鎖筋の運動)が協調して起こる。すなわち、頸髄から起始する横隔神経1のα運動神経細胞及びγ運動神経細胞が間代性に一斉発火することにより横隔膜5の収縮が生じ、吃逆が起こると考えられている。ここで、求心路とは脳に向かう情報の伝達経路をいう。遠心路とは脳から出る情報の伝達経路をいう。実線の矢印はGABAが供給される抑制系を示している。
【0007】
なお、例えば特許文献1には、難治性吃逆に有効なリゾチームを有効成分とするハロペリドール適応症治療薬に関する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2012−12360号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、特許文献1に記載された治療薬は、副作用の強い薬剤であり、特に難治性吃逆には十分に有効であるとは言えなかった。難治性吃逆は開腹手術後に起こることが多いが、切開創の縫合不全を来し、更には手術後の食事摂取を不可能にするなど、治療学上の大きな課題となっていた。また、抗がん剤治療によっても難治性吃逆が誘発され、このような症例には既存の薬剤を用いることができないという課題があった。
【0010】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、棘下筋上の特定のポイントを刺激するという簡便な施術のみによって吃逆を治療できる治療方法に使用される位置決めシートを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、上記課題を解決するために、以下の構成を有する。
【0017】
吃逆を停止又は軽減するために、経穴の天宗から体の外側に3cm離れて位置する特定のポイントを刺激する施術を行う吃逆の治療方法に用いる位置決めシートであって、
前記天宗の位置が、肩甲骨の肩峰の頂部と肩甲棘三角の頂部とを結ぶ線の中点から前記肩甲骨の下角までを結ぶ直線の3等分割点のうち前記中点側の分割点に表示され、前記特定のポイントが前記天宗から体の外側に3cm離れた位置に表示されていることを特徴とする位置決めシート。
【0018】
)前記シートの材料が、伸縮自在な弾性材であることを特徴とする前記()に記載の位置決めシート。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、棘下筋上の特定のポイントを刺激するという簡便な施術のみによって吃逆を治療できる治療方法に使用される位置決めシートを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】吃逆の発生に関連する神経回路図及び頸髄の位置を示す図
図2】横隔神経と横隔膜を説明するための図
図3】上肩甲神経と頸髄の関係を説明するための図
図4】上肩甲神経が棘下筋と棘上筋に繋がる状態を示す図
図5】肩甲骨及び肩甲骨に付着する筋肉を説明するための図
図6】吃逆の抑制を説明するための神経回路図と運動神経を説明するための図
図7】経穴の天宗と新穴の寺澤ポイントの人体上の位置を説明するための図
図8】吃逆の治療に使用する位置決めシートとその使用方法を説明するための図
図9】吃逆の発生メカニズムを説明するための図
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明を実施するための形態を、図面を参照しつつ以下に説明する。
【実施例】
【0022】
[吃逆の発生に関連する神経回路]
吃逆は、横隔神経1のα運動神経細胞とγ運動神経細胞の間代性一斉発火により発生する。吃逆の発生に関連する神経回路を図1(a)に示す。
【0023】
迷走神経8が延髄上部17bから食道6まで延びている。迷走神経8とは、第10脳神経のことである。迷走神経8は、延髄17を起点として頭部や頸部、胸部、腹部における多くの内臓に分布して、感覚、運動、分泌を支配している。迷走神経8の線維の大部分は副交感性である。迷走神経8は、脳神経でありながら腹部にまで達している。
【0024】
延髄17は、脊椎動物の脳の最下部で脊髄の上部に続く部分であり脳幹の一部である。大脳、中脳、小脳及び脊髄からの神経線維が延髄17を通り、一部の神経は延髄17を中継点とする。また、延髄17には、心臓の動き、呼吸運動、血管の収縮拡張、せき・くしゃみの反射などを支配する中枢がある。
【0025】
延髄上部17bから反回神経9が声門58に繋がっている。詳細は図示しないが、反回神経9は、胸腔内で迷走神経8から体の左右方向に分岐する神経である。反回神経9から分岐した神経経路のうち、右は鎖骨下動脈、左は大動脈弓を体の前方(腹部側)から後方(背中側)へ回り、気管と食道6の間の溝を通って声門58へと繋がる。気管には反回神経9から分岐した気管枝、食道6には反回神経9から分岐した食道枝が繋がっている。第6頸椎の高さで下喉頭神経を分岐し、下咽頭収縮筋を貫いて喉頭筋と喉頭下半分粘膜にも神経の枝が繋がっている。
【0026】
頸髄15は図1(b)に示したように脳14の下方の脊髄16のうち最も高位の部位であり、頭側は延髄17に連続し尾側は胸髄に続く。頸髄15には、上肢の筋群を支配するための二次ニューロンの核群が存在する。頸髄15の神経髄節は8つあり(以下、第1頸髄C1〜第8頸髄C8と呼ぶ)、それぞれから1対の脊髄神経が出ている。
【0027】
なお、右横隔神経1a及び左横隔神経1b(以下、両方を総称して横隔神経1という)は、図2に示したように主に第4頸髄C4を起点として延び、第3頸髄C3,第5頸髄C5の頸神経からの補助枝を有する横隔膜5を支配する神経である。横隔神経1は、運動神経、感覚神経、交感神経の線維を含む。横隔膜5は、横隔神経1により運動と感覚を支配されている。横隔膜5は、胸腔と腹腔の境目を形成する膜状の筋肉である。横隔膜5は、薄い膜ではなく、厚みのある筋肉の層である。横隔膜5は骨格筋であり、自己の意思で収縮させることができる随意筋である。横隔膜5の上側には心臓や肺があり、下側には肝臓や胃13などがある。横隔膜5が痙攣的に収縮するのが吃逆である。
【0028】
上肩甲神経2は、図1(a),図3に示したように第5頸髄C5,第6頸髄C6を起点として棘下筋3と棘上筋4(図4参照)とに繋がっている。図3では、上肩甲神経2の枝2aが棘下筋3へ、枝2bが棘上筋4に繋がっている。したがって、第5頸髄C5からは横隔神経1と上肩甲神経2の両方が出ていることになる。なお、第3頸髄C3,第4頸髄C4,第5頸髄C5は延髄17にも繋がっている。上肩甲神経2と肩甲上動脈12とが棘上筋4と棘下筋3とに繋がっている状態を図4に示す。図中の肩甲棘10cと肩峰10dについては、後に詳しく説明する。
【0029】
上肩甲神経2は、首の付け根近傍と肩の筋肉(棘上筋4、棘下筋3)とに繋がっている末梢神経である。上肩甲神経2は、上述の通り棘上筋4と棘下筋3の動きを支配しており、腕を拳上するのに必要とされる神経である。
【0030】
図5(a)には肩甲骨10を背面側から見た状態を、図5(b)には肩甲骨10に棘上筋4、棘下筋3が付着した状態を示す。棘上筋4と棘下筋3とが付着する肩甲骨10は、肩に左右一対ある骨であって、後方から肋骨を覆っている三角形状をした大型の骨である。図5(a)に示したように肩甲骨10の背面側は上下方向にアーチを形成しており、肩甲棘10cによって異なる大きさで上下に二分される。図5(a)は右肩の肩甲骨10を示している。肩甲棘10cにより二分される部分のうち、上方の部分を棘上窩(きょくじょうか)10a、下方の部分を棘下窩(きょくかか)10bという。棘上窩10aは肩甲棘10cにより二分された上方の狭い部分で、体の背面側から見て滑らかな凹面をなし、脊椎側(図5(a)中の左側)が上腕骨側(図5(a)の右側)よりも広い。棘上窩10aの脊椎側の略3分の2の部分は棘上筋4の起始部である。棘下窩10bは棘上窩10aよりもかなり広く、体の背面側から見た際に、上部では脊椎側の縁にかけて凹面をなしているが、中央部では明らかに凸面となる。棘下窩10bにおいて腋窩に近い縁では深い溝が上部から下部に向かって走行している。棘下窩10bの脊椎側の略3分の2の部分は棘下筋3の起始部であり、残りの略3分の1は棘下筋3に覆われている。また、肩甲棘10cの上腕骨側の端部は肩峰10dと言い、肩甲骨10の上端を上角10e、下端を下角10fという。更に、肩甲骨10の内側(脊椎側)の縁を内側縁10h、外側(上腕骨側)の縁を外側縁10gという。なお、符号10iは肩甲棘三角を示す。
【0031】
棘上筋4は、図5(b)に示したように上肢帯筋の一つである。棘上筋4は、肩甲骨10の棘上窩10a及び棘上筋膜の内面から起始し、肩峰10dの下を外方に走り、上腕骨大結節の上部へ停止する。作用は、肩関節の外転である。棘下筋3も、上肢帯筋の一つである。棘下筋3は、肩甲骨10の棘下窩10b及び棘下筋膜の内面から起始し、筋束は集中して外方へ向かい、上腕骨大結節の中部に停止する。
【0032】
本発明では、上肢の運動に係る棘下筋3が、横隔膜5の運動に密接に関連するというこれまでに関心が払われていなかった事項について着目し、吃逆の本態である横隔神経1のα運動神経細胞とγ運動神経細胞の一斉発火が肩甲骨10の棘下筋3の経穴である天宗の近傍に位置する特定ポイント(以下、この特定ポイントを寺澤ポイントともいう。)に筋の硬結を現すことを見出した。なお、天宗と寺澤ポイントについては後に詳しく説明する。本発明ではこの棘下筋3の硬結を刺激する施術が吃逆反射の悪循環を速やかに遮断することを見出した。
【0033】
[吃逆の治療方法]
出願人は、横隔神経1の異常な発火が肩甲骨10の棘下筋3の特定の部位に硬結(筋肉の凝り)を生じることを見出し、この硬結を鍼灸、指圧等の刺激により緩める操作が横隔神経1のα運動神経細胞及びγ運動神経細胞に強力な抑制をかけ、吃逆反射経路の悪循環を遮断する事実を新たに見出した。本実施形態の吃逆の治療方法を、図6図8を参照しつつ以下に説明する。この治療方法は、棘下筋3への鍼の刺入による方法である。図6(a)に示したように、棘下筋3への鍼19の刺入による刺激が上肩甲神経2及び星状神経節18を経由して第5頸髄C5にもたらされる。この刺激が第5頸髄C5において横隔神経1のα運動神経細胞及びγ運動神経細胞の一斉発火を抑制し、吃逆の悪循環を遮断することにより症状が改善される。なお、鍼19の刺入は所定時間(例えば、10分程度)の置鍼が適当である。また、通常用いる皮内注射針/24ゲージを刺入しても有効であるが、この場合においても約10分間刺入したままにし、筋肉の硬結を十分に緩めることが必要である。
【0034】
棘下筋3の硬結を鍼19の刺入によって緩めるという操作が、どのようにして脊髄16に信号として送られるのかを以下に説明する。
【0035】
神経には運動神経、感覚神経、自律神経があり、自律神経は交感神経と副交感神経とがバランスを取りながら機能している。交感神経は、体を活発に活動させる際に機能する神経である。一方、副交感神経は体がゆったりしている際に機能する神経である。
【0036】
体内を走る交感神経の中で、吃逆に関与するものは首に左右一対存在する交感神経の細胞集団(神経節)であり、星のような形状をしていることから星状神経節18と呼ばれている。星状神経節18には、頭・顔面・首・上肢・胸・心臓・気管支・肺などを支配している交感神経が集まっている。また、星状神経節18は、頭部、肩、腕などの血液の流れも調節している。
【0037】
吃逆の鍼治療に関して重要なことは、棘下筋3の血流を制御している星状神経節18を経由する交感神経線維に求心性神経(棘下筋3の情報を脊髄16にもたらす神経線維)が存在することである。棘下筋3への鍼19の刺入による刺激に基づく入力信号のうち、一方は交感神経求心路を経由する。他方は、鍼19を刺入した部位の皮膚・皮下組織・筋膜にある知覚神経の末端が感知した入力信号が、上肩甲神経2によって第5頸髄C5にもたらされる。
【0038】
ここで、α運動神経21とγ運動神経22とについて図6(b)を参照しつつ説明する。α運動神経21とγ運動神経22とはいわゆる運動神経の一種である。筋肉を収縮させるための神経の信号伝達は、大脳皮質の運動野や小脳、大脳基底核などを起点として生じるが、途中で何回かのシナプス(神経線維間の結合)を経由し、直接的に筋の収縮刺激を発するのは脊髄前角にあるα運動神経細胞21aとなる。α運動神経細胞21aの細胞は上記したように脊髄前角に存在するが、その細胞から軸索という長い神経線維が筋肉の筋線維にまで延びていく。この神経線維をα運動線維21bと呼ぶ。α運動線維21bは筋を収縮させる機能を有している。
【0039】
一方、γ運動神経22のγ運動神経細胞22aも脊髄前角に存在するが、γ運動線維22bは筋肉の中の筋紡錘7の両端にある錘内筋線維に結合し、筋紡錘7の張力を調節する機能を有している。したがって、γ運動線維22bは直接的に骨格筋を収縮させる機能を有していない。筋紡錘7は筋がどれだけ引き伸ばされているかを延髄17に知らせるセンサーである。筋紡錘7が収縮したことを示す信号は求心路によってα運動神経細胞21aにシナプスで直結しており、その信号によって骨格筋の収縮が反射性に起こる。これを生理学の用語では伸張反射と呼ぶ。なお、Ia−線維23は筋紡錘7からの情報を延髄17に伝える求心性の神経である。
【0040】
次に、本実施形態の棘下筋3上の鍼灸、指圧等の施術の位置について説明する。吃逆を抑制する鍼灸は、経穴の天宗の近く、より具体的には天宗から体の外側(左右の体側側)に約3cm離れた位置に存在する特定ポイントに対して行う。本発明の発明者の名前にちなんで、以下ではこの特定ポイントを寺澤ポイント(Terasawa Point)TPと呼ぶ。以下に、寺澤ポイントTPについて説明する。
【0041】
まず、経穴の天宗20について説明する。経穴の天宗20は、鍼灸医学の領域ではよく知られた経穴である。天宗20が属する経絡は「手の太陽小腸経」であり、棘下窩10bの略中央に位置する。天宗20の国際経穴番号はSI11である。天宗20は、棘下筋3上に存在し、天宗20が対応する運動神経は上肩甲神経2である。手の太陽小腸経(Sall Intestine Meridien)とは、手を流れる陽経の経絡であって小腸経に属する。手の太陽小腸経は、体内では小腸の腑に属し心の臓に絡む。体表では、小指、上肢後面の尺側、肩甲骨を走り、顔面の耳前に至る。しかし、天宗への施術では吃逆に効果は得られない。しかも、鍼灸医学の教育訓練を受けていない医師の場合には天宗そのものの位置の特定も困難なことから、この位置決めシートの果たす役割は大きい。
【0042】
天宗20の位置は、図7(a)に示したように、肩甲骨10の肩甲棘三角10iの内側(脊椎側)端部と肩峰10dの端部とを結ぶ線の中点と肩甲骨10の下角10fとを結ぶ線分を3等分する2つの分割点のうち中点側の分割点に対応する位置である。そして、寺澤ポイントTPの位置は図7(b)に示したように、天宗20から外側(肩側)に約3cm離れた位置である。この寺澤ポイントTPに指圧、灸を処置し、あるいは鍼を刺入することで、発症している吃逆を停止又は軽減することができる。すなわち、寺澤ポイントTPは吃逆の特効穴であると言える。
【0043】
この寺澤ポイントTPは、上記した棘下筋3上のポイントであり、伝統的な鍼灸医学の経絡と経穴では知られていなかった治療点である。寺澤ポイントTPへの鍼の刺入等による刺激の入力が第5頸髄(C5)の横隔神経1のα運動神経21とγ運動神経22との一斉発火を抑制する。上述した天宗20への刺激の入力にはこの効能はない。つまり、寺澤ポイントTPは神経解剖・生理学的な視点から発見された新穴(文献的に記載されていない経穴・ツボ)である。
【0044】
[吃逆治療用の位置決めシート]
治療点である寺澤ポイントTPに鍼、灸、皮内注射針、指圧等の刺激を入力すれば吃逆を停止又は軽減することができるが、この寺澤ポイントTPの位置を治療者が特定するのは必ずしも容易ではない。そこで、本発明者は寺澤ポイントTPの位置を把握するための位置決めシートを考案した。この位置決めシート30を図8(a)に示す。
【0045】
この位置決めシート30には、マークA(31),マークB(32),マークC(33)の3個のマークが印刷されている。また、体内の骨格に対応する線図34図8中では破線)も同時に印刷されている。この線図34は、位置決めシート30を肩背面上に載置する場合の目安として機能する。マークA(31)は肩甲骨10の肩峰10dの頂部を特定するためのものである。マークB(32)は肩甲棘三角10iの内側端部を特定するためのものである。マークC(33)は肩甲骨10の下角10fを特定するためのものである。
【0046】
鍼灸や指圧等の治療者は、位置決めシート30を吃逆の症状を有する患者の肩背面(例えば、図8(b)では右肩背面40。)に置き、マークA(31)を肩峰10dの頂部に、マークB(32)を肩甲棘三角10iの内側端部に、マークC(33)を肩甲骨10の下角10fに合わせた後、寺澤ポイントTPの位置に鍼灸、指圧等を施す。なお、図8では右肩に使用する位置決めシート30を示している。左肩に位置決めシートを使用する場合には、図8に示す位置決めシート30と左右対称な位置決めシートを使用すればよい。また、位置決めシート30は、患者の体格に応じて変形しやすいように、すなわち肩甲骨の大きさの個人差に対応できるように、伸縮自在な弾性材(例えば、樹脂フィルム、ゴムシート、不織布、シャージ繊維等。)で構成すればよい。吃逆を抑えるための鍼灸等の施術は、左右両肩における2箇所の寺澤ポイントTPを同時に刺激する方が効果的である。
【0047】
この実施形態における吃逆治療用の位置決めシート30を使用すれば、吃逆の症状を有する患者の寺澤ポイントTPの位置を簡単に把握することができ、吃逆の治療を早期に完了することができる。
【符号の説明】
【0048】
1 横隔神経
2 上肩甲神経
3 棘下筋
4 棘上筋
5 横隔膜
10 肩甲骨
15 頸髄
19 鍼
20 天宗
30 位置決めシート
TP 寺澤ポイント(Terasawa Point)
【要約】
棘下筋3上の特定のポイントを刺激するという簡便な施術のみによって吃逆を治療できる治療方法及びその治療方法に使用される位置決めシートを提供することを目的とし、吃逆を停止又は軽減するために、経穴の天宗20から体の外側に3cm離れて位置する特定のポイントを刺激する施術を行うことを特徴とする吃逆の治療方法及びその治療方法に使用される位置決めシート。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9