(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】5860571
(24)【登録日】2015年12月25日
(45)【発行日】2016年2月16日
(54)【発明の名称】ピストンリング
(51)【国際特許分類】
F16J 9/26 20060101AFI20160202BHJP
F02F 5/00 20060101ALI20160202BHJP
【FI】
F16J9/26 C
F02F5/00 F
【請求項の数】5
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2015-547586(P2015-547586)
(86)(22)【出願日】2015年2月18日
(86)【国際出願番号】JP2015054468
【審査請求日】2015年9月28日
(31)【優先権主張番号】特願2014-29777(P2014-29777)
(32)【優先日】2014年2月19日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000139023
【氏名又は名称】株式会社リケン
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【弁理士】
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100148013
【弁理士】
【氏名又は名称】中山 浩光
(72)【発明者】
【氏名】加藤 規靖
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 大介
【審査官】
谷口 耕之助
(56)【参考文献】
【文献】
実開昭63−164661(JP,U)
【文献】
国際公開第2013/084800(WO,A1)
【文献】
特開2010−38295(JP,A)
【文献】
特開平4−66(JP,A)
【文献】
特開2012−233593(JP,A)
【文献】
国際公開第2011/064888(WO,A1)
【文献】
米国特許第5154433(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16J 9/26
F02F 5/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
環状の本体部を備え、前記本体部の外周面がシリンダとの摺動面となるピストンリングであって、
前記外周面には、前記本体部よりも硬度の高い硬質皮膜が被覆されており、
前記硬質皮膜には、前記本体部の幅方向の一面側に偏在して当該硬質皮膜の他の部分よりも表面粗さの大きい粗面が前記本体部の周方向に沿って形成されており、
前記外周面において、前記本体部の幅方向の一面側の端部で前記本体部が露出しているピストンリング。
【請求項2】
前記粗面は、前記本体部と前記硬質皮膜との境界部分から一定の間隔をもって形成されている請求項1記載のピストンリング。
【請求項3】
前記粗面の幅は、前記端部において露出している前記本体部の幅の1/4〜4倍となっている請求項1又は2記載のピストンリング。
【請求項4】
前記粗面の幅は、前記本体部の幅の1/12〜1/3となっている請求項1〜3のいずれか一項記載のピストンリング。
【請求項5】
前記粗面の表面粗さは、前記硬質皮膜の他の部分の表面粗さの1倍よりも大きく且つ10倍以下である請求項1〜4のいずれか一項記載のピストンリング。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関に用いられるピストンリングに関する。
【背景技術】
【0002】
自動車等の内燃機関に用いられるピストンリングは、例えばピストン外周面のリング溝に設けられ、シリンダ内壁のオイルがクランク室側から燃焼室側に入り込むこと(オイルアップ)を抑制する機能を有している。このような機能を有するピストンリングとして、例えば特許文献1に記載のピストンリングがある。この従来のピストンリングは、ピストンリングの外周面(シリンダ内壁との摺動面)にPVD法等を用いて形成されたCr−N系などの硬質皮膜が形成されたセミインインレイド型のピストンリングであり、外周面のうちの硬質皮膜が形成されていない領域が、硬質皮膜が形成された領域よりも内側にオフセットした状態となっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2009−287730号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述したような硬質皮膜をピストンリングの外周面に形成すると、ボア内周面に対する耐摩耗性を向上させることができる一方、その硬度に起因してシリンダのボア内周面に傷及びスカッフを生じさせてしまうことが考えられる。したがって、ピストンリングの耐摩耗性の確保とシリンダのボア内周面の保護とを同時に図ることができる技術が望まれている。
【0005】
本発明は、上記課題の解決のためになされたものであり、外周面の耐摩耗性を確保できると共に、シリンダ傷及びスカッフの発生を抑制できるピストンリングを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題の解決のため、本発明に係るピストンリングは、環状の本体部を備え、本体部の外周面がシリンダとの摺動面となるピストンリングであって、外周面には、本体部よりも硬度の高い硬質皮膜が被覆されており、硬質皮膜には、本体部の幅方向の一面側に偏在して当該硬質皮膜の他の部分よりも表面粗さの大きい粗面が本体部の周方向に沿って形成されている。
【0007】
このピストンリングでは、本体部における外周面に硬質皮膜が形成されており、ボア内周面に対する耐摩耗性が確保されている。また、この硬質皮膜には、本体部の幅方向の一面側に偏在して硬質皮膜の他の部分よりも表面粗さの大きい粗面が本体部の周方向に沿って形成されている。この粗面は、オイルとの親和性が硬質皮膜の他の部分よりも高く、オイルが溜まるオイルポケットとして機能する。このため、本体部の一面側を底面側としてピストンリングをピストン溝に取り付けた場合、ピストンの上昇時にオイルポケットにオイルが厚く溜まり、ピストンの下降時にオイルが厚く溜まった状態でピストンリングがシリンダのボア内周面を掻き下げるので、ボア内周面がオイルによって保護され、シリンダ傷及びスカッフの発生を抑制できる。
【0008】
また、外周面において、本体部の幅方向の一面側の端部で本体部が露出していることが好ましい。上述した粗面によるオイルポケットは、いわゆるセミインレイド型のピストンリングにも好適に適用できる。
【0009】
また、粗面は、本体部と硬質皮膜との境界部分から一定の間隔をもって形成されていることが好ましい。この場合、オイルポケットによるオイル溜まりを本体部と硬質皮膜との境界部分に形成できるので、硬度が互いに異なる本体部と硬質皮膜とが同時に当たることによるシリンダ傷及びスカッフの発生を抑制できる。
【0010】
また、粗面の幅は、端部において露出している本体部の幅の1/4〜4倍となっていることが好ましい。粗面の幅を端部において露出している本体部の幅の1/4以上とすることで、シリンダ傷及びスカッフの発生を防止できる。また、粗面の幅を端部において露出している本体部の幅の4倍以下とすることで、粗面がシリンダとの摺動面に達してボア内周面が摩耗することを防止できる。
【0011】
また、粗面の幅は、本体部の幅の1/12〜1/3となっていることが好ましい。粗面の幅を本体部の幅の1/12以上とすることで、シリンダ傷及びスカッフの発生を防止できる。また、粗面の幅を本体部の幅の1/3以下とすることで、粗面がシリンダとの摺動面に達してボア内周面が摩耗することを防止できる。
【0012】
また、粗面の表面粗さは、硬質皮膜の他の部分の表面粗さの1倍よりも大きく且つ10倍以下であることが好ましい。粗面の表面粗さを硬質皮膜の他の部分の表面粗さの1倍よりも大きくすることで、オイルポケットとしての機能を効果的に生じさせることができる。また、粗面の表面粗さを硬質皮膜の他の部分の表面粗さの10倍以下とすることで、掻き下げ時の油膜厚さが厚くなることによるオイル消費の悪化並びにフリクションの増大を抑制できる。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係るピストンリングによれば、外周面の耐摩耗性を確保できると共に、シリンダ傷及びスカッフの発生を抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明に係るピストンリングの一実施形態を示す斜視図である。
【
図2】
図1に示したピストンリングの径方向の断面図である。
【
図3】
図1に示したピストンリングの外周面の要部拡大図である。
【
図4】ピストン上昇時のピストンリングの作用を示す図である。
【
図5】ピストン下降時のピストンリングの作用を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、図面を参照しながら、本発明に係るピストンリングの好適な実施形態について詳細に説明する。
【0016】
図1は、本発明に係るピストンリングの一実施形態を示す斜視図である。同図に示すピストンリング1は、例えば自動車の内燃機関においてピストン外周面のリング溝に設けられるトップリングとして構成されている。このピストンリング1では、外周面2dがボア内周面に対して摺動することで、シリンダ内壁のオイルがクランク室側から燃焼室側に入り込むこと(オイルアップ)を抑制する機能を奏するようになっている。
【0017】
このピストンリング1は、環状の本体部2と、本体部2の一部に形成された合口部3とを備えている。本体部2は、幅方向の端面である側面2a及び側面2bと、厚さ方向の端面である内周面2c及び外周面2dとによって、厚さ方向が長辺かつ幅方向が短辺となる断面略長方形状をなしている。この本体部2は、例えば複数の金属元素を含有する鋳鉄或いは鋼材によって十分な強度、耐熱性、及び弾性をもって形成されている。また、本体部2の表面には、例えば硬質クロムめっき層、クロムの窒化物層、或いは鉄の窒化物層などによる表面改質が施されていてもよい。このような表面改質層を少なくとも側面2bに形成することにより、ピストンのリング溝に対する本体部2の耐摩耗性を向上できる。
【0018】
合口部3は、本体部2の一部が分断されることによって形成されている。合口部3は、ピストンリング1が使用される際のピストンリング1とシリンダとの間の温度差に起因する本体部2の熱膨張分の逃げ部として機能する。本実施形態では、合口端面3aが内周面2c及び外周面2dに対して直角に形成された直角合口を例示しているが、合口端面3aが内周面2c及び外周面2dに対して傾斜して形成された傾斜合口であってもよく、一方の合口端面3aの側面2aと他方の合口端面の側面2b側とが互いに相手側に突出するように形成された段付合口であってもよい。
【0019】
次に、上述した本体部2の外周面2dについて更に詳細に説明する。
図2は、ピストンリング1の径方向の断面図である。また、
図3は、ピストンリングの外周面の要部拡大図である。
【0020】
外周面2dは、ピストンリング1がピストンのリング溝に取り付けられたときに、シリンダのボア内周面に対して摺動する摺動面となる面である。外周面2dは、
図2に示すように、幅方向の中心線A付近が最も突出するように外方側に向かって緩やかな湾曲形状(バレルフェイス形状)をなしている。
【0021】
外周面2dの表面には、耐摩耗性及び耐スカッフ性を確保する観点から、
図2に示すように、本体部2よりも硬度の高い硬質皮膜11が形成されている。硬質皮膜11には、例えば物理蒸着(PVD)法を用いた皮膜が用いられる。より具体的には、硬質皮膜11は、Ti及びCrの少なくとも一方と、C,N,Oの少なくとも一種とで形成されるイオンプレーティング膜である。このような膜としては、例えばTi−N膜、Ti−C−N膜、Cr−N膜、Cr−C−N膜、Cr−O−N膜が挙げられる。この中でも、耐摩耗性及び耐スカッフ性を重視する場合にはCr−N膜を用いることが好ましい。その他、DLC(ダイヤモンドライクカーボン)膜を用いてもよい。
【0022】
本実施形態では、硬質皮膜11は、セミインレイド型となっており、外周面2dにおいて、側面2b側の端部を除く領域を覆うように形成されている。すなわち、外周面2dでは、側面2b側の端部で本体部2の母材が所定幅で露出しており、残余の領域が側面2a側の端部に至るまで硬質皮膜11で覆われた状態となっている。母材は、必ずしも窒化されていなくてもよい。また、硬質皮膜11には、硬質皮膜11の他の部分よりも表面粗さの大きい粗面12が形成されている。粗面12の表面粗さは、硬質皮膜11の他の部分の表面粗さの1倍よりも大きく且つ10倍以下となっている。
【0023】
粗面12は、
図3に示すように、外周面2dにおいて中心線Aよりも側面2b側に偏在し、かつ硬質皮膜11と本体部2の露出部分との境界部分Dから一定の間隔をもって本体部2の周方向に延在している。粗面12の幅W1は、本体部2の幅W2の1/12〜1/3程度となっている。また、粗面12の幅W1は、外周面2dの側面2b側の端部において露出している本体部の幅W3の1/4〜4倍程度となっている。なお、粗面12は、本体部2の周方向に沿って連続して延在していてもよく、一部が破断していてもよい。また、粗面12の幅は、本体部2の周方向に一様な幅となっていてもよく、一部の幅が他の部分の幅と異なっていてもよい。粗面12の拡大形状は、特に限定されるものではないが、例えば無数の微細な凹部によって形成されていてもよい。粗面12における表面粗さは、例えばRa(算術平均粗さ)或いはRz(最大高さ)などによって定義できる。表面粗さの管理は、Ra或いはRzを含む種々のパラメータの制御によって実施できる。
【0024】
この粗面12は、オイルとの親和性が硬質皮膜11の他の部分よりも高いため、オイルが溜まるオイルポケットPとして機能する。このため、本体部2の側面2b側を底面側(クランク室側)としてピストンリング1をピストン溝に取り付けて使用した場合、
図4に示すように、ピストンの上昇時にオイルポケットPにオイル23が厚く溜まり、オイルポケットPの近傍部分とボア内周面21aとの間にオイル溜まり24が形成される。そして、ピストンが下降すると、
図5に示すように、オイルポケットPにオイル23が厚く溜まった状態でピストンリング1の外周面2dがシリンダ21のボア内周面21aを掻き下げる。これにより、外周面2dがボア内周面21aを摺動する際に、ボア内周面21aがオイル溜まり24における十分な量のオイル23によって保護されるので、ボア内周面21aへの傷及びスカッフの発生を抑制できる。
【0025】
また、ピストンリング1の硬質皮膜11は、外周面2dにおいて側面2b側の端部で本体部2が露出するように設けられたセミインレイド型となっている。粗面12は、本体部2と硬質皮膜11との境界部分Dから一定の間隔をもって該硬質皮膜11に形成されている。このように、硬質皮膜11をセミインレイド型とすることで、外周面2dの端部のシャープな部分(外周面2dと側面2bとの交点及びその周辺)が硬質皮膜11で被覆された状態でボア内周面21aに当たることを回避でき、硬質皮膜11に割れ・欠けが生じることを抑制できる。また、オイルポケットPによるオイル溜まり24を本体部2と硬質皮膜11との境界部分Dに対応して形成できるので、互いに硬度が異なる本体部2と硬質皮膜11とが同時にボア内周面21aに当たることによる傷及びスカッフの発生を防止できる。
【0026】
また、粗面12の幅W1は、本体部2の幅W2の1/12〜1/3となっており、さらに、端部において露出している本体部2の幅W3の1/4〜4倍となっている。当該範囲の下限以上とすることで、シリンダ傷及びスカッフの発生を防止できる。また、当該範囲の上限以下とすることで、粗面12がシリンダ21との摺動面に達してボア内周面21aが摩耗することを防止できる。
【0027】
また、粗面12の表面粗さは、硬質皮膜11の他の部分の表面粗さの1倍よりも大きく且つ10倍以下となっている。粗面12の表面粗さを硬質皮膜11の他の部分の表面粗さの1倍より大きくすることで、オイルポケットPとしての機能を効果的に生じさせることができる。また、粗面12の表面粗さを硬質皮膜11の他の部分の表面粗さの10倍以下とすることで、掻き下げ時に油膜厚さが厚くなることによるオイル消費の悪化並びにフリクションの増大を抑制できる。
【0028】
上述したピストンリング1の外周面2dにおける硬質皮膜11及び粗面12は、例えば以下の工程によって形成できる。まず、本体部2の外周部分に予めバレルフェイス形状とインレイド突起部(外周面2dにおける本体部2の露出部分に相当する部分)を形成する。このとき、オイルポケットPの深さ及び幅W1は、インレイド突起部とバレルフェイス部分とがなす谷部の深さに基づいて決定される。なお、これらの形状を形成する方法としては、切削、研削、ラッピング、研磨などの公知の技術を適時選択する。次に、外周面2dにPVD法による硬質皮膜11を形成する。オイルポケットPの表面粗さは、硬質皮膜11の形成前の母材粗さ(外周面2dの表面粗さ)によって決定され、外周面2dに硬質皮膜11を施す前に、ショットブラスト、ウェットホーニング、酸処理などの公知の技術を適時選択することで調整できる。なお、硬質皮膜11下の母材の窒化処理層はあってもなくてもよい。硬質皮膜11を形成後、外周面2dのインレイド突起部を除去し、さらに、外周面2dをバレルフェイスラップ仕上げすることにより、
図2及び
図3に示した硬質皮膜11及び粗面12を外周面2dに形成できる。インレイド突起部の除去並びにバレルフェイス仕上げには、ラッピングや研磨などの公知の技術を適時選択する。
【0029】
本発明は、上記実施形態に限られるものではない。例えば上記実施形態では、外周面2dがバレルフェイス形状をなすピストンリング1を例示しているが、本発明は、外周面2dが平坦面でかつ本体部2の側面2a,2bに対して直交するストレートフェイス形状、外周面2dが平坦面でかつ本体部2の側面2a,2bに対して傾斜するテーパフェイス形状、及び外周面2dのバレルフェイス形状頂点が側面2bに偏心した偏心バレルフェイス形状のピストンリングにも適用できる。また、例えば上記実施形態では、外周面2dにおける側面2b側の端部で本体部2の母材が露出するセミインレイド型の硬質皮膜11を例示したが、本発明は、外周面2dの全体が硬質皮膜11で覆われたフルフェイス型のものであっても適用可能である。
【実施例】
【0030】
本発明を以下の実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。
【0031】
(実施例1〜9)
以下の手順で、実施例1〜9のピストンリングを作製した。表1に示す事項を除いて、実施例1〜9の各ピストンリングの作製方法及び仕様は同様とした。まず、バレルフェイス部及び突起部が外周面に位置するピストンリング(トップリング)を形成した。ピストンリングの材質は、JIS規格のSUS440Bとした。ピストンリングの寸法は、直径約80mm、厚さ約3.0mmとし、幅約1.2mmとした。ピストンリングの表面には、ガスによる窒化処理を施し、厚さが10μm〜20μm程度の窒化層を形成した。
【0032】
次に、ピストンリングの外周面の一部にショットブラストを施し、外周面における表面粗さが大きい領域を周方向に延在するように形成した。この外周面における表面粗さが大きい領域は、バレルフェイス部と突起部との境界から一定の間隔をもったバレルフェイス部に形成した。当該領域の形成後、イオンプレーティング法により、窒化クロムで構成されるセミインレイド型の硬質皮膜をバレルフェイス部上に形成した。硬質皮膜の形成後、外周面の突起部を除去した。そして、外周面をバレルフェイスラップ仕上げした。これにより、粗面を有する硬質皮膜が設けられたバレルフェイス型のピストンリングを作成した。なお上記粗面は、バレルフェイス部の表面粗さが大きい領域上に形成された。各実施例において、粗面の幅W1、本体部の幅W2、及び外周面の側面側の端部において露出している本体部の幅W3を表1に示す。また、各実施例において、外周面の側面側の端部において露出している本体部の幅W3に対する粗面の幅W1の比率(W1/W3)と、本体部の幅W2に対する粗面の幅W1の比率(W1/W2)も表1に示す。
【0033】
(比較例1)
ピストンリングのバレルフェイス部の一部にショットブラストを実施しないことを除いて、実施例1〜9と同様の手法によりバレルフェイス型のピストンリングを作成した。このため、比較例1におけるピストンリングの硬質皮膜には、粗面が形成されていない。比較例1において、本体部の幅W2及び外周面の側面側の端部において露出している本体部の幅W3を表1に示す。
【0034】
(表面粗さ)
実施例1〜9のそれぞれの硬質皮膜について、粗面が形成されている部分と、粗面が形成されていない部分との表面粗さRa及びRzの測定を行った。表面粗さRa及びRzの測定は、表面粗さ・輪郭形状測定機(株式会社東京精密製、サーフコム1800D)を用いて、JIS B 0601 2001に記載される手法に基づいて測定した。表面粗さの測定条件は、カットオフ値0.8mm、評価長さ4.0mm、測定速度0.3mm/s、60°円錐型の触針の先端半径2μmとした。表面粗さの測定方向は、ピストンリング外周面における周方向とした。実施例1〜9の硬質皮膜の各部分についての表面粗さを5点測定し、各部分の平均値を算出した。実施例1〜9において、粗面が形成されている部分の表面粗さの平均値をRa(α)又はRz(α)とし、粗面が形成されていない部分の表面粗さの平均値をRa(β)又はRz(β)とした。表1に、実施例1〜9それぞれにおける、Ra(α)/Ra(β)及びRz(α)/Rz(β)を示す。
【0035】
(オイル消費量)
実施例1〜9及び比較例1のピストンリングをそれぞれ、排気量2.4L、直列4気筒のガソリンエンジンにおけるピストンのトップリング溝に装着した。そして、回転数6800rpm、全負荷(WOT:Wide Open Throttle)条件にて、所定時間ガソリンエンジンを運転した場合におけるオイル消費量の測定をそれぞれの実施例及び比較例に対して行った。なお、実施例1〜9及び比較例1において、セカンドリング及びオイルリングを共通のリングとした。オイル消費量は、ガソリンエンジン運転前に収容されていたオイル量と、ガソリンエンジン運転後に収容されていたオイル量とをそれぞれ測定することによって算出した。実施例9のオイル消費量を100%とした場合における他の実施例と比較例1とのオイル消費量を表1に記載した。
【0036】
(往復動摩耗試験)
実施例1〜9及び比較例1として用いたピストンリングとシリンダボアとの摺動特性を評価するため、以下に説明する往復動摩耗試験を行った。
図6は、往復動摩耗試験を説明するための図である。
図6に示されるように、往復動摩耗試験では、シリンダボアと同一材質からなるテストピース31と、各実施例又は比較例1のピストンリングの一部を切り出して形成した試料32と、潤滑油を供給する油供給部33とを用いた。テストピース31は、一定の方向に沿って駆動可能に固定されており、テストピース31における試料32と対向する面31aは、試料32の形状に沿って窪んでいる。試料32は、テストピース31の面31aと垂直な方向に沿って一定の荷重が加えられており、当該面31aに押し当てられて固定されている。ピストンリングの外周面に相当する試料32の面は、テストピース31の面31aに接触している。油供給部33は、テストピース31の面31a上に潤滑油を供給するように配置される。
【0037】
上記往復動摩耗試験では、試験温度120℃の条件下で、ストロークを100mmとし、平均移動速度を2.0m/sとして、
図6に示される矢印の方向に沿ってテストピース31を10時間往復動作させた。この際、荷重200Nにてテストピース31の面31aに試料32を押し当てると共に、油供給部33から潤滑油を当該面31a上に滴下していた。潤滑油の滴下量は0.15ml/minとした。テストピース31の往復動作が終了した後、各テストピース31の摩耗量の測定、及び面31aの状態を確認した。実施例8のテストピース31の摩耗量を100%とした場合における他の実施例と比較例1との摩耗量を表1に示す。また、実施例1〜9及び比較例1の面31aの状態の確認結果についても表1に示す。ここでは、テストピース31の面31aの状態は肉眼にて傷の有無を確認することにより判定し、面31aに傷が確認されない場合を「A」、面31aに傷が確認される場合を「B」とした。
【0038】
【表1】
【0039】
表1に示されるように、実施例1〜9ではテストピース31の面31aに傷が確認されなかった。一方、比較例1ではテストピース31の面31aに傷が確認された。つまり、実施例1〜9のピストンリングの硬質皮膜において粗面が形成されている場合、シリンダ傷及びスカッフの発生を抑制できると考えられる。しかしながら、例えば幅W1が幅W3に比べて大幅に短い場合(例えば、W1/W3が0.25未満の場合)、又は幅W1が幅W2に比べて大幅に短い場合(例えば、W1/W2が0.08未満の場合)、硬質皮膜における粗面の占める部分が小さく、該粗面による効果が十分に奏されなくなることにより、シリンダ傷が発生する可能性が高くなると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明の一態様に係るピストンリングは、例えば自動車用エンジンのピストンリングとして用いることができる。
【符号の説明】
【0041】
1…ピストンリング、2…本体部、2b…側面(一面)、2d…外周面、11…硬質皮膜、12…粗面、D…境界部分、W1…粗面の幅、W2…本体部の幅、W3…外周面の端部で露出している本体部の幅。
【要約】
外周面の耐摩耗性を確保できると共に、シリンダ傷及びスカッフの発生を抑制できるピストンリングを提供する。ピストンリング(1)では、本体部(2)における外周面(2d)に硬質皮膜(11)が形成され、ボア内周面(21a)に対する耐摩耗性が確保されている。また、硬質皮膜(11)には、本体部(2)の側面(2b)側に偏在して硬質皮膜(11)の他の部分よりも表面粗さの大きい粗面(12)が本体部(2)の周方向に沿って形成されている。粗面(12)は、オイル(23)との親和性が硬質皮膜(11)の他の部分よりも高く、オイルポケット(P)として機能する。このため、ピストンの上昇時にオイルポケット(P)にオイル(23)が厚く溜まり、ピストンの下降時にオイル(23)が厚く溜まった状態でピストンリング(1)がシリンダ(21)のボア内周面(21a)を掻き下げるので、ボア内周面(21a)への傷及びスカッフの発生を抑制できる。。