特許第5860991号(P5860991)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】5860991
(24)【登録日】2015年12月25日
(45)【発行日】2016年2月16日
(54)【発明の名称】ステンレス鋼含有部材の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C25F 3/24 20060101AFI20160202BHJP
【FI】
   C25F3/24
【請求項の数】6
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2015-143835(P2015-143835)
(22)【出願日】2015年7月21日
【審査請求日】2015年7月21日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000190482
【氏名又は名称】新家工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】特許業務法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】藤田 裕嗣
(72)【発明者】
【氏名】今田 悠
【審査官】 宮本 靖史
(56)【参考文献】
【文献】 特開2008−274386(JP,A)
【文献】 特開平08−181103(JP,A)
【文献】 特開平05−278160(JP,A)
【文献】 特開平09−085888(JP,A)
【文献】 特開平10−000427(JP,A)
【文献】 特開2010−168655(JP,A)
【文献】 特開平11−226606(JP,A)
【文献】 特開2000−282300(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25F 1/00 − 7/02
B24C 1/00 − 11/00
B32B 1/00 − 43/00
B05D 1/00 − 7/26
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
長手方向及び短手方向を有し、ステンレス鋼で構成される表面を有する中空状の出発部材の前記表面にブラスト処理を施す工程と、
前記ブラスト処理された表面に電解研磨処理を施す工程と、
を含み、
前記電解研磨処理を施す工程において前記出発部材は、その長手方向が水平方向から傾いた状態で電解研磨液に浸漬される、ステンレス鋼含有部材の製造方法。
【請求項2】
前記電解研磨処理を施す工程において前記出発部材は、その長手方向が鉛直方向と実質的に平行となるように電解研磨液に浸漬される、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記電解研磨処理を施す工程において前記出発部材は、その上方端が支持部材に固定された状態で電解研磨液に浸漬される、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記電解研磨処理を施す工程において、前記電解研磨液には、前記電解研磨液内における位置を調整可能な電極が浸漬される、請求項1〜3のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項5】
前記電解研磨処理を施す工程の後に、前記電解研磨処理された表面上に被覆層を形成する工程をさらに含む、請求項1〜4のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項6】
前記被覆層が防錆剤を含む、請求項5に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステンレス鋼含有部材の製造方法及びステンレス鋼含有部材に関する。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼は、耐食性(防錆性)及び耐熱性に優れた材料であり、日用品用途から工業製品用途及び工業設備用途に至るまで幅広く使用されている。従来、各種用途に用いられるステンレス鋼部材は、意匠性や耐食性の観点から、研磨処理等によって表面を鏡面仕上げするのが通常であった。
【0003】
しかし、清潔感・衛生感の高い環境での生活への欲求が高まっている近年、指紋を目立ちにくくする性質(本明細書では、この性質を「指紋隠蔽性」ともいう。)や耐汚れ付着性を付与するために、ステンレス鋼の表面に梨地加工(表面凹凸)を施すことが提案されている〔例えば、特開平11−226606号公報(特許文献1)、特開2010−168655号公報(特許文献2)〕。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平11−226606号公報
【特許文献2】特開2010−168655号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、ステンレス鋼で構成された表面凹凸を有する部材であって、表面凹凸形状の面内均一性に優れるステンレス鋼含有部材の製造方法、及び当該製造方法によって得られるステンレス鋼含有部材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、以下に示すステンレス鋼含有部材の製造方法及びステンレス鋼含有部材を提供する。
【0007】
[1] 長手方向及び短手方向を有し、ステンレス鋼で構成される表面を有する出発部材の前記表面にブラスト処理を施す工程と、
前記ブラスト処理された表面に電解研磨処理を施す工程と、
を含み、
前記電解研磨処理を施す工程において前記出発部材は、その長手方向が水平方向から傾いた状態で電解研磨液に浸漬される、ステンレス鋼含有部材の製造方法。
【0008】
[2] 前記電解研磨処理を施す工程において前記出発部材は、その長手方向が鉛直方向と実質的に平行となるように電解研磨液に浸漬される、[1]に記載の製造方法。
【0009】
[3] 前記電解研磨処理を施す工程において前記出発部材は、その上方端が支持部材に固定された状態で電解研磨液に浸漬される、[1]又は[2]に記載の製造方法。
【0010】
[4] 前記電解研磨処理を施す工程において、前記電解研磨液には、前記電解研磨液内における位置を調整可能な電極が浸漬される、[1]〜[3]のいずれかに記載の製造方法。
【0011】
[5] 前記電解研磨処理を施す工程の後に、前記電解研磨処理された表面上に被覆層を形成する工程をさらに含む、[1]〜[4]のいずれかに記載の製造方法。
【0012】
[6] 前記被覆層が防錆剤を含む、[5]に記載の製造方法。
[7] 前記出発部材が中空状である、[1]〜[6]のいずれかに記載の製造方法。
【0013】
[8] [1]〜[7]のいずれかに記載の製造方法により得られるステンレス鋼含有部材。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、ステンレス鋼で構成された表面凹凸を有する部材であって、表面凹凸形状の面内均一性に優れるステンレス鋼含有部材の製造方法、及び当該製造方法によって得られる表面凹凸形状の面内均一性に優れるステンレス鋼含有部材を提供することができる。
【0015】
本発明によれば、指紋隠蔽性や、耐食性、洗浄性等の特性がその表面の面内において均一なステンレス鋼含有部材を得ることができる。また本発明によれば、表面凹凸に起因するマット感によりステンレス鋼含有部材の意匠性を向上させることも可能である。
【0016】
なお、本明細書において「洗浄性」とは、表面への汚れ(微粒子、ウイルス、バクテリア等を含む。)の付着のしにくさ、又は表面に付着した汚れの除去容易性を意味する。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明に係るステンレス鋼含有部材の製造方法の一例を示すフローチャートである。
図2】本発明に係る電解研磨処理工程の一例を示す概略断面図である。
図3】本発明に従い、ブラスト処理後の部材を電解研磨処理する様子を示す模式図である。
図4】ブラスト処理後の部材をその長手方向が水平方向と平行になるように浸漬して電解研磨処理を実施する様子を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明に係るステンレス鋼含有部材の製造方法及びステンレス鋼含有部材について詳細に説明する。
【0019】
<ステンレス鋼含有部材の製造方法>
本発明に係るステンレス鋼含有部材の製造方法は、下記の工程:
ステンレス鋼で構成される表面を有する出発部材の当該表面にブラスト処理を施すブラスト処理工程S10;及び
ブラスト処理された表面に電解研磨処理を施す電解研磨処理工程S20
を含む。本発明に係るステンレス鋼含有部材の製造方法は、電解研磨処理工程S20の後に実施される、
電解研磨処理された表面上に被覆層を形成する被覆層形成工程S30
をさらに含んでいてもよい。
【0020】
(1)ブラスト処理工程S10
本工程は、出発部材が有するステンレス鋼で構成される表面にブラスト処理を施す工程である。これにより、当該表面に第1表面凹凸形状が付与される。ブラスト処理によれば、出発部材が複雑な形状の表面を有していても均一な表面凹凸加工が可能である。
【0021】
出発部材は、その表面(通常は表面全体又は表面の大部分)がステンレス鋼で構成される限り特に制限されず、ステンレス鋼のみからなる部材であってもよいし、ステンレス鋼と他の材料との複合材であってもよいが、好ましくはステンレス鋼のみからなる部材である。ステンレス鋼で構成される上記表面は、特段の表面処理や被覆層の形成がされていない無垢表面であってよい。
【0022】
ステンレス鋼としては、オーステナイト系ステンレス、フェライト系ステンレス、マルテンサイト系ステンレス、二相系ステンレス、析出硬化系ステンレスを挙げることができる。オーステナイト系ステンレスの具体例は、SUS301、301L、303、304、304L、305、310S、312L、316、316L、317を含む。フェライト系ステンレスの具体例は、SUS405、410L、430、436Lを含む。マルテンサイト系ステンレスの具体例は、SUS403、410を含む。二相系ステンレスの具体例は、SUS329J1、SUS329J3Lを含む。析出硬化系ステンレスの具体例は、SUS630、631を含む。中でも、電解研磨液中の酸性成分に侵されにくく、電解研磨処理後において光沢性が得られやすいことから、ステンレス鋼はニッケルを比較的多く含有していることが好ましく、従ってステンレス鋼は、好ましくはオーステナイト系ステンレス等の300番系列のSUS、析出硬化系ステンレス等の600番系列のSUSである。
【0023】
出発部材は、長手方向及び短手方向を有するものである。出発部材のサイズは特に制限されず、最大長さは例えば0.5〜5m程度であることができ、好ましくは0.7〜3m程度である。最大長さと最小長さとの比(最大長さ/最小長さ)は、本発明による効果を効果的に得るために、好ましくは1.5以上であり、より好ましくは2以上であり、さらに3以上(例えば5以上)である。「長手方向」とは、最大長さ方向を意味する。また、「短手方向」とは、最小長さ方向を意味する。
【0024】
出発部材の具体的形状は特に制限されないが、代表的な形状の一例は、長手方向を有する柱状である。出発部材は中空状(例えば中空状の柱状体)であってもよく、この場合、出発部材はステンレス鋼管のような管(パイプ)であることができる。当該管の断面形状は、例えば、円形のほか、長方形、正方形等の方形であることができる。出発部材は、曲線形状部や折れ曲がり部を有する形状を有していてもよい。出発部材は、例えば、ステンレス鋼で構成された表面を有する2以上の部材を結合してなる結合部材であってもよい。この場合、出発部材は、その表面に例えば溶接部を有していてもよい。
【0025】
ブラスト処理に用いるブラスト装置としては、エアーを用いてメディア(研削材)を投射するエアーブラスト装置(ブロワタイプ、コンプレッサータイプ等)、モーターによる回転運動によりメディアを投射するショットブラスト装置などを用いることができる。メディアの材質としては、例えば、アルミナ(褐色、白色)、炭化ケイ素、ガラス、鉄、銅、亜鉛、アルミニウム、ステンレス、珪砂、ガーネット、樹脂等が挙げられる。メディアの形状は特に制限されず、例えば球状又は略球状である。メディアの粒径(直径)は、例えば5μm〜2mmであることができる。
【0026】
得られるステンレス鋼含有部材の指紋隠蔽性や洗浄性の観点から、ブラスト処理は、それによって得られる第1表面凹凸形状のJIS B 0601:2001に規定される算術平均粗さRaが1.5μm以上となるように行われることが好ましく、Raが1.7μm以上となるように行われることがより好ましい。同様の理由で、ブラスト処理により得られる第1表面凹凸形状のRaは、好ましくは6.0μm以下であり、より好ましくは4.0μm以下である。第1表面凹凸形状のRaが過度に大きいと、電解研磨処理工程S20の条件にもよるが、ステンレス鋼含有部材の表面凹凸に付着した汚れが除去されにくくなり、洗浄性が低下する傾向にある。また第1表面凹凸形状のRaが過度に小さいと、指紋隠蔽性に悪影響を与え得る。算術平均粗さRa等の表面粗度は、レーザー顕微鏡や三次元形状測定機を用いて測定することができる。
【0027】
ブラスト処理によって形成される第1表面凹凸形状の表面粗度は、メディアの粒径、形状、材質、投射速度、投射密度等の調整によって制御することができる。
【0028】
ブラスト処理後の部材は、続いて、後述する電解研磨処理工程S20に供されるのであるが、電解研磨処理工程S20の前に、例えば次のような工程を設けてもよい。
【0029】
〔a〕脱脂工程。表面に付着した、及び/又は表面から浸透した油分等を除去する又は低減させるための処理工程である。脱脂工程は、ブラスト処理後の部材を脱脂剤中に浸漬させる処理であることができる。脱脂剤には従来公知のものを用いることができる。脱脂処理の温度は、例えば40〜70℃、好ましくは50〜65℃である。
【0030】
〔b〕酸浸漬工程。この処理により、脱脂処理後の部材に付着した脱脂剤を除去する又は低減させることができる。酸として、電解研磨処理工程S20で用いる電解研磨液に含まれる成分の少なくとも1つを用いれば、電解研磨処理工程S20に供されるブラスト処理後の部材の表面に水分が付着している場合において、電解研磨液にこの水分が混入して電解研磨液が希釈される不具合を防止することができる。
【0031】
〔c〕水洗工程及び水切り工程。水洗処理により、ブラスト処理後の部材に付着した汚れ又は脱脂剤等を除去する又は低減させることができる。水洗工程は、ブラスト処理後の部材を水に浸漬する処理若しくは当該部材に水を吹き付ける処理、又はそれらの組み合わせ等であることができる。電解研磨液の希釈化を防止すべく、水洗工程後の部材を電解研磨処理工程S20に供する場合には、電解研磨処理工程S20の前に表面に付着した水を除去するための水切り工程を設けることが好ましい。水切り工程は、エアーの吹き付けにより水を除去する工程等であることができる。
【0032】
(2)電解研磨処理工程S20
本工程は、ブラスト処理された表面に電解研磨処理を施す工程である。図2を参照して、電解研磨処理は、電解研磨槽4に収容された電解研磨液3にブラスト処理後の部材1と電極2とを浸漬し、ブラスト処理後の部材1(以下、単に「部材1」ともいう。)をアノード電極(陽極)、電極2をカソード電極(陰極)としてこれらの間に直流電流を流すことで行うことができる。電解研磨液3に浸漬されるアノード電極を別途用意し、これに部材1を接触させることで部材1にアノード電極としての機能を持たせることもできる。電解研磨処理においては、アノード電極(部材1)にてステンレス鋼を構成する金属のイオン化反応(金属の溶解反応)が進行して酸素ガスが発生する一方、カソード電極では電解研磨液3の還元により水素ガスが発生する。
【0033】
電解研磨処理により、とりわけ第1表面凹凸形状の凸部の溶解が優先して進行する結果、第1表面凹凸形状が鈍され、より平滑化された第2表面凹凸形状が形成される。この第2表面凹凸形状によってステンレス鋼含有部材は、良好な指紋隠蔽性及び洗浄性を示すことができる。また電解研磨処理を施すことにより、電解研磨処理表面にCrに富む不動態被膜が形成されるため、耐食性を向上させることができる。また電解研磨処理を施すことにより、出発部材の表面に付着した、又は表面から内部に浸透した油分等を除去することもできる。
【0034】
電解研磨液3には電解液を用いる。電解研磨液3(電解液)の具体例は、硫酸系、リン酸系、過塩素酸系、硫酸−リン酸系、硫酸−リン酸−亜リン酸系の電解液(水溶液)を含む。電解研磨液3は、例えば界面活性剤等の添加剤を1種又は2種以上含むことができる。電解研磨処理中の電解研磨液3の濃度均一性を確保するために、エア撹拌、プロペラ撹拌等の撹拌装置を電解研磨槽4に付設し、電解研磨液3を撹拌しながら電解研磨処理を行うことが好ましい。電解研磨処理中の電解研磨液3の温度は、例えば40〜80℃であり、好ましくは55〜70℃である。電解研磨液3の温度が高いほど電解研磨の反応速度は大きくなる傾向にあるが、第2表面凹凸形状の制御性や作業環境に鑑み、上記温度範囲とすることが好ましい。
【0035】
電極2(カソード電極)は、電解研磨液3に侵されにくい材質からなることが好ましい。かかる材質としては、銅、ステンレス鋼、チタン、鉛、アルミニウム、黒鉛等を挙げることができる。電極2は、電解研磨処理に供される、電解研磨液3に浸漬された部材1に対向配置される。電解研磨処理は、電極2との間で電流がより流れやすい部材1の外表面で主に進行する。電解研磨処理における電流密度は、例えば1〜60A/dm2であり、好ましくは5〜30A/dm2である。
【0036】
電極2としては、例えば平板状のものを用いることができる。部材1の表面全体において該表面と電極2との距離をできるだけ均一にし、部材1の表面全体に対してできるだけ均一な電解研磨処理を行うために、2以上の電極2(例えば平板状の電極板)を電解研磨液3に浸漬してもよく、又は、図2に示されるように、2以上の電極2(例えば平板状の電極板)を電解研磨液3に浸漬し、かつこれらの電極2の間に部材を浸漬するようにしてもよい。
【0037】
また、部材1の表面全体において該表面と電極2との距離をできるだけ均一にし、部材1の表面全体に対してできるだけ均一な電解研磨処理を行うために、部材1の形状に応じて電極2の形状を調整してもよい。例えば、部材1が図2に示されるような円柱状等である場合において電極2は、部材1の表面の曲面部に合わせた曲面部を有していてもよい。部材1が複雑な形状を有している場合には、部材1の表面全体において該表面と電極2との距離ができるだけ均一になるよう、電極2は、上記複雑な形状に合わせた形状を有していてもよい。
【0038】
電極2が、電解研磨液3内における位置を調整可能な電極であれば、部材1の形状に応じて電極2の浸漬位置を適切に変更できるので、部材1の表面を均一に電解研磨するうえで有利であり、また、異なる形状を有する2種以上の部材1を電解研磨処理する場合であっても、これらの部材の表面を均一に電解研磨することが可能となる。位置を調整可能な電極2は、水平方向、鉛直方向、又はこれらの両方向に位置移動可能であることが好ましい。
【0039】
本発明において部材1は、その長手方向が水平方向から傾いた状態で電解研磨液3に浸漬されて電解研磨される。これにより、第2表面凹凸形状の面内均一性に優れ、ひいては指紋隠蔽性や、耐食性、洗浄性等の特性がその表面の面内において均一なステンレス鋼含有部材を得ることができる。これは、上述のように電解研磨処理においては、反応の進行に伴って部材1の表面から酸素ガスが発生するところ、長手方向が水平方向から傾くように部材1を電解研磨液3に浸漬することにより、反応に伴って生じる酸素ガスの気泡が部材1の表面から脱離しやすくなり、当該表面への気泡付着による反応阻害が起こりにくいためであると考えられる(図3参照)。これに対して、長手方向が水平方向と平行になるように部材1を浸漬した場合には、当該部材の底部に酸素ガスの気泡が滞留し、これによって金属イオンの溶出が阻害されて、その部分において電解研磨処理が有効に施されなくなり、表面凹凸形状にムラが生じる(図4参照)。
【0040】
図3を参照して、得られる第2表面凹凸形状の面内均一性の観点から、部材1の長手方向と水平方向とがなす角度θは、好ましくは60〜90°であり、より好ましくは70〜90°であり、さらに好ましくは80〜90°である。特に好ましくは部材1は、その長手方向が鉛直方向と実質的に平行となるように浸漬される。「鉛直方向と実質的に平行」とは、角度θが85〜90°であることを意味する。なお、角度θは、部材1が水平方向と平行に配置される場合には0°となり、鉛直方向と平行に配置される場合には90°となり、採り得る最大値は90°である。角度θは、最も好ましくは90°である。
【0041】
長手方向が水平方向から傾いた状態で(望ましくは、長手方向が鉛直方向と実質的に平行となるように)部材1を電解研磨液3に浸漬する手段としては、電解研磨槽4の底面と部材1の下方端部とを固定する手段であることもできるが、好ましくは、部材1の上方端と支持部材とを固定する手段である。この支持部材は、例えば電解研磨槽4の上方に設けられた横方向に延びる(梁状の)部材であることができる。支持部材の固定具に部材1を取り付けることにより、部材1を吊った状態で電解研磨液3に浸漬することができる。固定具は、部材1の着脱が自在であることが好ましい。支持部材は、固定具の位置を調整可能なものであってもよい。また支持部材は、固定具を2以上有していてもよい。これにより、2以上の部材1を同時に電解研磨処理することもできる。
【0042】
本発明に従う、電解研磨液3への部材1の浸漬態様(浸漬配向)は、例えば次の点で有利である。
【0043】
〔a〕サイズの大きい部材1に対しても問題なく電解研磨処理を行うことができる。本発明に従えば、部材1のサイズが大きくても、電解研磨槽4の占有面積の増大を抑えながら、又は占有面積を増大させることなく電解研磨処理を実施することができる。
【0044】
〔b〕本発明に従えば、1つの電解研磨槽4で複数の部材を1度に処理する等の量産化が容易となる。また部材1の浸漬及び取り出しも容易となるので、この点でも量産化に有利である。
【0045】
〔c〕部材1が中空状であっても、その中空部に電解研磨液3を取り込むことなく電解研磨処理後の部材1を取り出することができる。これにより電解研磨液3の浪費を抑えることができる。
【0046】
上記〔a〕〜〔c〕等に起因して、ステンレス鋼含有部材の製造における製造効率、量産性、大型化、工業化、経済性に有利となる。
【0047】
得られるステンレス鋼含有部材の指紋隠蔽性や洗浄性の観点から、電解研磨処理は、それによって得られる第2表面凹凸形状のJIS B 0601:2001に規定される算術平均粗さRaが0.5μm以上となるように行われることが好ましく、Raが1μm以上(例えば2μm)以上となるように行われることがより好ましい。同様の理由で、電解研磨処理後の第2表面凹凸形状のRaは、好ましくは5μm以下であり、より好ましくは3.5μm以下である。第2表面凹凸形状のRaが過度に大きいと、ステンレス鋼含有部材の表面凹凸に付着した汚れが除去されにくくなり、洗浄性が低下する傾向にある。また第2表面凹凸形状のRaが過度に小さいと、指紋隠蔽性に悪影響を与え得る。
【0048】
得られるステンレス鋼含有部材の指紋隠蔽性や洗浄性の観点から、JIS B 0601:2001に規定される最大谷深さRvは、好ましくは5〜40μmであり、より好ましくは10〜30μmである。また同様の理由で、JIS B 0601:2001に規定される十点平均粗さRzJISは、好ましくは2〜20μmであり、より好ましくは5〜20μmである。
【0049】
電解研磨処理によって形成される第2表面凹凸形状の表面粗度は、電解研磨液3の種類、温度、電解研磨時間、電流密度等の調整によって制御することができる。
【0050】
本発明に係るステンレス鋼含有部材の製造方法は、電解研磨処理後の部材1の表面に付着した電解研磨液3を除去する工程等の付加的な工程を含むことができる。電解研磨液3を除去する工程は、電解研磨処理後の部材1を水に浸漬する処理若しくは部材1に水を吹き付ける処理、又はそれらの組み合わせ等であることができる。付加的な工程の他の一例は、硫酸等の酸に浸漬する工程である。電解研磨処理後の部材1を酸に浸漬することにより、表面に付着した電解研磨液3を希釈、除去することができる。付加的な工程の他の一例は、布等を用いたステンレス鋼含有部材の表面の拭き取り処理を行う工程である。
【0051】
(3)被覆層形成工程S30
電解研磨処理工程S20により得られるステンレス鋼含有部材は、そのまま各種用途の部材として好適に用いることができるが、電解研磨処理された表面上に被覆層を形成する被覆層形成工程S30を設けて、第2表面凹凸形状の上に被覆層を形成してもよい。
【0052】
被覆層は、所望の被覆物それ自体、又はそれを含有する液(溶液等)を従来公知の方法でコーティングすることよって形成することができる。コーティング液が溶剤を含む場合など、必要に応じてコーティング処理の後に乾燥工程を設けてもよい。コーティング層を熱又は光照射等により硬化させる工程を設けてもよい。
【0053】
被覆層の具体例は、防錆剤を含む層、界面活性剤を含む層を含む。これらの層は、必要に応じてバインダー樹脂を含有することができる。被覆層として熱可塑性樹脂や硬化性樹脂の硬化物で構成される層を設けてもよい。被覆層を形成することにより、ステンレス鋼含有部材の耐食性や表面の強度を高めることができる。界面活性剤を含む被覆層を設けると、表面の変色を防止したり、もらい錆を抑制したりすることができる。指紋隠蔽性を確保する観点から、被覆層は、透光性を有することが好ましく、光学的に透明であることがより好ましい。
【0054】
<ステンレス鋼含有部材>
本発明に係るステンレス鋼含有部材は、上述の本発明に係る製造方法によって得られるものであり、上述の第2表面凹凸形状を備えるものである。本発明に係るステンレス鋼含有部材は、それが有する第2表面凹凸形状の面内均一性に優れており、当該第2表面凹凸形状はおよそ一様の表面凹凸形状で構成されたものであり得る。
【0055】
この第2表面凹凸形状により、本発明に係るステンレス鋼含有部材は、表面全体にわたって均一又はおよそ均一で、かつ良好な指紋隠蔽性や洗浄性等を示し得る。また、表面全体にわたって均一又はおよそ均一で、かつ良好な耐食性を示し得る。さらに、本発明に係るステンレス鋼含有部材は、表面凹凸に起因するマット感により意匠性にも優れている。
【0056】
本発明に係るステンレス鋼含有部材は、人の手が触れる可能性のあるステンレス部材や、衛生的な外観が求められる器具・部品などとして好適に用いることができる。人の手が触れる可能性のあるステンレス部材の具体例は、手摺;欄干;ドアノブ;窓枠等の各種フレーム;取手;電源やボタン等の外装カバー;柵;フェンス;ハンドル;ステンレス製日用品(食器類等)を含む。衛生的な外観が求められる器具・部品の具体例は、医療器具、医療機器用の部品を含む。
【実施例】
【0057】
以下、実施例及び比較例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。以下の実施例及び比較例において、表面凹凸の算術平均粗さRa、最大谷深さRv及び十点平均粗さRzJISは、JIS B 0601:2001に準拠し、株式会社キーエンス製の「形状測定レーザマイクロスコープ VK−8700」を用いて測定した。
【0058】
<実施例1>
SUS304からなる角パイプを用意した。この角パイプは、断面が長方形の中空状のステンレス鋼管であり、長さ(縦)39.5cm、幅5cm、厚み0.2cmであった〔最大長さ(縦)/最小長さ(厚み)=197.5〕。
【0059】
角パイプが有する両方の主面に対して、コンプレッサータイプのエアーブラスト装置を用いて、球状のアルミナをメディアとするブラスト処理を行った。ブラスト処理後の角パイプにおける第1表面凹凸形状(一方の主面の任意の1点)について、算術平均粗さRa、最大谷深さRv及び十点平均粗さRzJISを測定したところ、それらはそれぞれ、1.96μm、19.32μm、16.24μmであった。主面とは、縦方向の辺と幅方向の辺とで構成される面をいう。
【0060】
次に、硫酸−リン酸系水溶液からなる電解研磨液に浸漬することにより、電解研磨処理を行った。電解研磨処理は、電解研磨液を撹拌しながら、電解研磨液の温度60℃、電流密度8A/dm2(印加電圧8V)、電解研磨時間8分で行った。カソード電極には銅板を2枚用い、これらの対向配置させて電解研磨液に浸漬した。角パイプは、その主面が銅板に対向するように2枚の銅板の間に配置・浸漬した。電解研磨処理の際、角パイプは、その長手方向(縦方向)が鉛直方向と平行になるように浸漬した(θ=90°)。以上により、表面凹凸を有するステンレス鋼含有部材を得た。ステンレス鋼含有部材における第2表面凹凸形状(2つの主面それぞれについて3点)について、算術平均粗さRa、最大谷深さRv及び十点平均粗さRzJISを測定した。結果を表1に示す。上記2つの主面を表1では第1主面、第2主面と記載している。上記の3点は、長さ方向の中央部、一方端部付近、及び他方端部付近である。
【0061】
<比較例1>
電解研磨処理において、その長手方向(縦方向)が水平方向と平行になるように角パイプを浸漬した(θ=0°)こと以外は実施例1と同様にして、表面凹凸を有するステンレス鋼含有部材を得た。電解研磨処理の際、第1主面を上に向け、第2主面を下に向けて角パイプを浸漬した。ステンレス鋼含有部材における第2表面凹凸形状(2つの主面それぞれについて3点)について、算術平均粗さRa、最大谷深さRv及び十点平均粗さRzJISを測定した。結果を表1に示す。なお、比較例1において、ブラスト処理後の角パイプにおける第1表面凹凸形状(一方の主面の任意の1点)について、算術平均粗さRa、最大谷深さRv及び十点平均粗さRzJISを測定したところ、それらはそれぞれ、実施例1と同等であった。上記の3点は、長さ方向の中央部、一方端部付近、及び他方端部付近である。
【0062】
【表1】
【符号の説明】
【0063】
1 ブラスト処理後の部材、2 電極、3 電解研磨液、4 電解研磨槽。
【要約】
【課題】ステンレス鋼で構成された表面凹凸を有する部材であって、表面凹凸形状の面内均一性に優れるステンレス鋼含有部材の製造方法、及び当該製造方法によって得られるステンレス鋼含有部材を提供する。
【解決手段】長手方向及び短手方向を有し、ステンレス鋼で構成される表面を有する出発部材の当該表面にブラスト処理を施す工程と、ブラスト処理された表面に電解研磨処理を施す工程とを含み、電解研磨処理を施す工程において出発部材は、その長手方向が水平方向から傾いた状態で電解研磨液に浸漬されるステンレス鋼含有部材の製造方法、及び当該製造方法によって得られるステンレス鋼含有部材が提供される。
【選択図】図1
図1
図2
図3
図4