【実施例】
【0033】
<<実験例,糖尿病モデルラットにおけるアロディニア効果の確認>>
神経因性疼痛軽減を評価する実験系として適切かどうかを確認するため,文献記載の方法(T Ikedaら,Neurosci. Res,vol.63,p.42-46,2009)を参考に,糖尿病モデルラットによる実験系を構築し,確認を行った。
【0034】
1.実験方法
(1) 糖尿病モデルラットの作製方法
ストレプトゾトシン(STZ:シグマ社製)薬物投与により糖尿病モデルラットを作製した。すなわち,正常ラット(SDラット,オス,重量250-350g)の尾静脈から,STZの薬液を単回投与(50mg/kg)することにより作製した。
(2) アロディニア効果の確認方法
von Freyテストにより,アロディニア効果の確認を行った。すなわち,von Frey式感覚測定キット(ノースコーストメディカル社製)を用い,強さの違う数種類のフィラメントを用いて糖尿病モデルラットの足底へ刺激を与え,足引込め反射を引き起こす閾値の確認を行った。
【0035】
2.結果
(1) 結果を
図1に示す。
a.横軸・・・STZ投与からの経過時間を日単位で示す。“pre”は,投与直前を示す。
b.左縦軸・・・足引込め反射を引き起こしたフィラメント量の閾値をg単位で,また図中の折れ線で示す。閾値におけるg数が小さいほど,少ない刺激で引込め反射を引き起こすこととなり,アロディニアとしてはひどくなっていることを示す。
c.右縦軸・・・糖尿病モデルラットの血中グルコース濃度をmg/dL単位で,また図中の棒グラフで示す。血中グルコース濃度が高くなればなるほど,糖尿病モデルラットの糖尿病としての病態が顕著になっていることを示す。
(2) 糖尿病モデルラットの血中グルコース濃度は,STZ投与から1日後で顕著に増加し,その後も微増した。また,それに伴いvon Freyテストの閾値がSTZ投与後1日で有意(p≦0.05)に低下した。このことから,STZ投与後1日に糖尿病モデルラットにおいてアロディニアを示すことが確認され,アロディニア効果を確認する実験系として適切なことが確認された。
【0036】
<<実施例1,神経ペプチドのアロディニア軽減作用の確認>>
本発明にかかる神経ペプチドにおけるアロディニア軽減効果を確認するため,実験例と同様の実験を,比較例を用いて行った。
【0037】
1.実験方法
(1) APGWamide,PGWamide,GWamideは,ペプチド合成装置(アプライドバイオシステム社製)により,L体のアミノ酸を用いて合成した。これらを,生理食塩水を用いて所定の濃度に調製したものを投与液として用いた。また比較例として,SSRIである抗うつ薬剤のフルボキサミン(ソルベイ製薬社製)を用いた。
(2) 糖尿病モデルラットの作製,およびアロディニア効果の確認は,前述の方法(実験例,1−(1),(2))と同様の方法で行った。
(3) 前述の文献(T Ikedaら,Neurosci. Res,vol.63,p.42-46,2009)を参考に,脊髄髄腔内投与により,薬液の投与を行った。すなわち,ポリエチレンチューブに熱を加えて,細く引き伸ばしたカテーテルを作製した。前述の糖尿病モデルラットの後頭骨と第1頸椎の間の大槽の硬膜を切り開き,クモ膜下の髄腔内からカテーテル先端部が第4腰髄から第5腰髄の位置に来るように緩やかにカテーテルを挿入し,カテーテル他端を体外に出して傷口を縫合した。
図2から5に示す所定の濃度で調製された薬物は,すべてこのカテーテルから10μLで投与を行い,同量の生理食塩水でフラッシュを行った。
【0038】
2.結果
(1) 結果を
図2から5に示す。
a.横軸・・・各薬物投与からの経過時間を分単位で示す。
b.左縦軸・・・足引込め反射を引き起こしたフィラメント量の閾値をg単位で,また図中の折れ線で示す。
(2) APGWamide(
図2)およびPGWamide(
図3)は10
-6M以上で,GWamide(
図4)は10
-5M以上の濃度で,有為(p≦0.05)にアロディニアを軽減させ,いずれの神経ペプチドでも投与後60分で最大効果を示した。また,いずれの神経ペプチドでも有意差は投与後30分と投与後120分においても見られた。
(3) 一方,比較例であるフルボキサミン(
図5)では,10
-4M以上の濃度で,有為(p≦0.05)にアロディニアを軽減させ,投与後60分で最大効果を示した。しかしながら,APGWamide等で有意差がみられた投与後30分および投与後120分いずれにおいても有意差がなかった。
(4) これらの結果から,フルボキサミンと比較して,APGWamideおよびPGWamideが100分の1,GWamideが10分の1の薄い薬物濃度でアロディニアを軽減させることが示された。加えて,いずれの神経ペプチドもフルボキサミンよりも,より速やかにかつ持続的にアロディニアを軽減させることが示された。
(5) 上記より,GWamideを基本骨格として,AやP等の疎水性アミノ酸をさらに1又は2個有していても,アロディニア軽減効果が期待できることが示された。
(6) なお,フルボキサミンも含めていずれの薬液も10μLの投与量であることから,APGWamideおよびPGWamideが10
-5μmol,GWamideが10
-4μmolの薬物量でアロディニア軽減効果を発揮したことになる。ラットの重量が250-350gであることから,APGWamideおよびPGWamideが28.6〜40.0pmol/kgで,GWamideが286〜400pmol/kgの最小量でアロディニア軽減効果を発揮したことになる。
【0039】
<<実施例2,APGWamideの薬理作用機序の検証>>
APGWamideが,どのような機序でアロディニア効果を軽減させるかについて調べるため,その一つの可能性としてセロトニン量に着目して検討を行った。
【0040】
1.実験方法
(1) APGWamide薬液の調製は,前述と同様の方法(実施例1,1−(1))で調製した。また,動物としては正常ラット(SDラット,オス,重量250-350g)を用いた。
(2) 公知の方法であるマイクロダイアライシス法(例えば,Ishida Yら,Neurosci. Lett.,253,p.45-48,1998)により,セロトニン量の測定を行った。すなわち,ラット大脳の前部帯状回に薬物投与ガイドチューブ付きの微小透析プローブを埋め込み,APGWamideを所定の濃度で2μL投与すると同時に,前部帯状回からの透析液を経時的に回収し,HPLCと電気化学検出器を用いてセロトニン量の解析を行った。
【0041】
2.結果
(1) 結果を,
図6に示す。
a. 横軸・・・薬液投与開始からの経過時間を,分単位で示す。
b. 縦軸・・・薬液投与開始前のセロトニン量を基準に,薬液投与後のセロトニン量の変化率を%で示す。つまり,(所定の経過時間でのセロトニン量)/(薬液投与開始前-60分におけるセロトニン量)×100で算出され,100%を基準に,それを超えるとセロトニン量が増加していることを,それを下回るとセロトニン量が減少していることを示す。
(2) APGWamideは,その投与により濃度依存的なセロトニン量の有意(p≦0.05)な増加を示した。すなわち,2×10
-3Mの濃度では投与後20分と40分,2×10
-4Mの濃度では,投与後20分に有意(p≦0.05)な増加を示した。いずれの濃度においても,投与後20分にそのピークを示した。
(3) APGWamideは,正常ラットにおける前部帯状回において,セロトニン量を増加させることが示された。この性質を利用して,脳内セロトニン量を増加させることにより抗うつ薬剤としての効果が期待される。また,その構造の類似性から,実施例1においてAPGWamideと同様の効果を示したPGWamide,GWamideについても同様の効果が発揮され得る。かかる効果は,APGWamideと同様の実験手法により,確認が可能である。
【0042】
<<実施例3,APGWamideの鎮痛効果の選択性の確認>>
本発明にかかる神経ペプチドが,神経因性疼痛に選択性があるかについて調べるため,疼痛のメカニズムが異なる熱痛覚を刺激する実験系を用いて確認を行った。
【0043】
1.実験方法
(1) 動物は正常ラット(SDラット,オス,重量250-350g)を,薬液の調製は,APGWamideを用いて,前述と同様の方法(実施例1,1−(1))により調製した。なお,薬液投与は,前述の方法(実施例1,1−(3))と同様,脊髄髄腔内投与により行った。
(2) 公知の方法であるHargreaves testにより行った(例えば,Endo Dら,Neurosci Lett,392,p.114-117,2006)。すなわち,ガラス板の下から足底に赤外線による熱痛覚刺激を与え,その刺激を与えてから痛みを回避するために足を引っ込める行動(足引込め反射)が起こるまでの時間(潜時)を測定し,薬物投与後の潜時をコントロールと比較することによって,痛み刺激に対する薬物の効果を調べた。
【0044】
2.結果
(1)
図7に結果を示す。
a.横軸・・・熱痛覚刺激を与えてから足を引込めるまでの時間を,秒単位で示す。
b.縦軸・・・各濃度の薬液を投与してからの時間を示す。
(2) APGWamide髄腔内投与後の足引込め反射の潜時は生理食塩水投与後と有意差はなかった。したがって,APGWamideは正常ラットにおける「正常な痛み」刺激の伝達には影響を与えない,すなわち,神経因性疼痛に選択的な鎮痛効果を発揮することが示された。さらに,その構造の類似性から,PGWamide,GWamideについても同様の選択性が発揮され得る。かかる選択性は,APGWamideと同様の実験手法により,確認が可能である。
【0045】
<<実施例4,糖尿病モデルラットにおけるAPGWamideのc-Fosタンパク発現への影響>>
神経興奮のマーカーとして利用されているcFosタンパクの発現に,APGWamideが影響を及ぼすかについて検討を行った。
【0046】
1.実験方法
(1) ラットの左後肢に 46℃,2 分間(熱傷を起こさない程度の刺激)恒温槽で温熱刺激を加え,刺激 2 時間後に灌流固定を行った。灌流固定後,脊髄を取り出し,厚さ50マイクロメートルの凍結切片を作製し,cFosの免疫染色を行った。
(2) なお,ラットのうち,A群,B群,C群はSTZ(50mg/ml)を尾静脈より投与し,糖尿病モデルラットで,allodyniaを示す個体である。A群には生理食塩水,B群にはAPGWamide,C群にはFluvoxamineを,温熱刺激の 1 時間前に髄腔内へ投与を行った。D群は糖尿病モデルのコントロールとして,STZ溶液の溶媒であるクエン酸バッファーのみを静注したラットで,糖尿病は示さない正常なラットである。A群,B群,C群と同様,温熱刺激の 1 時間前に髄腔内へ生理食塩水の投与を行った。
【0047】
2−1.免疫染色の結果
(1) 免疫染色の結果を
図8に示す。図中,黒いドットがcFos陽性細胞である。
(2) 生理食塩水を投与した糖尿病モデルラットは,後角のI/II 層にcFos陽性細胞が顕著に見られた(
図8,A)。これと比較して,APGWamideを投与した糖尿病モデルラットは,cFos陽性細胞の数が明らかに減少した(
図8,B)。抗うつ薬の陽性コントロールであるFluvoxamine も,APGWamideと同程度にcFos陽性細胞数を減少させた(
図8,C)。D の正常ラットではcFos陽性細胞が確認されるが,同様に生理食塩水を投与したA群の糖尿病モデルラットに比べると明らかに少なかった(
図8,D)。
【0048】
2−2.免疫染色の解析の結果
(1)
図9に,脊髄後角の各層毎にcFos陽性細胞数を計測したグラフを示す。なお計測には,各群において1匹当たり最もcFos陽性細胞の発現数の多い連続した10切片の平均を算出し,6匹分を統計処理して算出を行った。縦軸は,切片当たりのcFos陽性細胞の数を示し,横軸は,左からA群,B群,C群,D群の結果を示す。
(2)
図9中,上から脊髄後角I/II層,III/IV層,V/VI層,X層のcFos陽性細胞数を計測したグラフを示す。I/II層のcFos陽性細胞数にグループ間で差が見られた(*p<0.05)。
(3) 糖尿病モデルラットの場合,APGWamideの投与によって,cFos陽性細胞が有為に減少した。また,Fluvoxamineでも同様の効果が認められた。
(4) STZではなくVehicleを静注した,正常ラットでは糖尿病モデルラットよりcFos陽性細胞数が有為に少なく,糖尿病モデルラットにAPGWamideを投与したグループとほぼ同じであった。
(5) このことから,cFosを用いた免疫組織化学的な方法でも,APGWamideは糖尿病モデルラットの神経因性疼痛を軽減する効果を持つことが示された。