特許第5861246号(P5861246)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

5861246希土類薄膜磁石及びその製造方法並びに希土類薄膜磁石形成用ターゲット
<>
  • 5861246-希土類薄膜磁石及びその製造方法並びに希土類薄膜磁石形成用ターゲット 図000002
  • 5861246-希土類薄膜磁石及びその製造方法並びに希土類薄膜磁石形成用ターゲット 図000003
  • 5861246-希土類薄膜磁石及びその製造方法並びに希土類薄膜磁石形成用ターゲット 図000004
  • 5861246-希土類薄膜磁石及びその製造方法並びに希土類薄膜磁石形成用ターゲット 図000005
  • 5861246-希土類薄膜磁石及びその製造方法並びに希土類薄膜磁石形成用ターゲット 図000006
  • 5861246-希土類薄膜磁石及びその製造方法並びに希土類薄膜磁石形成用ターゲット 図000007
  • 5861246-希土類薄膜磁石及びその製造方法並びに希土類薄膜磁石形成用ターゲット 図000008
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5861246
(24)【登録日】2016年1月8日
(45)【発行日】2016年2月16日
(54)【発明の名称】希土類薄膜磁石及びその製造方法並びに希土類薄膜磁石形成用ターゲット
(51)【国際特許分類】
   H01F 1/057 20060101AFI20160202BHJP
   C23C 14/24 20060101ALI20160202BHJP
   C23C 14/58 20060101ALI20160202BHJP
   C23C 14/16 20060101ALI20160202BHJP
   H01F 10/14 20060101ALI20160202BHJP
   H01F 41/18 20060101ALI20160202BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20160202BHJP
   H01F 41/02 20060101ALI20160202BHJP
【FI】
   H01F1/04 H
   C23C14/24 E
   C23C14/58
   C23C14/16 D
   H01F10/14
   H01F41/18
   C22C38/00 303D
   H01F41/02 G
【請求項の数】4
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2014-115719(P2014-115719)
(22)【出願日】2014年6月4日
(65)【公開番号】特開2015-230944(P2015-230944A)
(43)【公開日】2015年12月21日
【審査請求日】2015年3月3日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 下記(1)〜(3)の刊行物 (1)平成25年12月11日(2013.12.11)に発行した「電気学会マグネティックス研究会資料」、Vol.MAG−13 No.122−140 Page.47−51(1/6−5/6)に発表、(表紙、目次、論文内容「高レーザエネルギー密度を用い作製したNb−Fe−B+α−Feナノコンポジット厚膜磁石の磁気特性」) (2)平成26年1月(2014.1)に発行した「IEEE TRANSACTIONS ON MAGNETICS」,VOL.50,NO.1,JANUARY 2014に発表、(表紙、目次、論文内容「Nanocomposite Thick−Film Magnets with Nb−Fe−B+α−Fe Phases Prepared under High Laser Energy Density」) (3)平成26年3月18日(2014.3.18)に発行した「平成26年電気学会全国大会資料」、講演番号2−138に発表、(表紙、目次、論文内容「等方性Nb−Fe−B+α−Fe系ナノコンポジット厚膜磁石の諸特性に及ぼすレーザ照射条件の影響」)
【早期審査対象出願】
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】502362758
【氏名又は名称】JX日鉱日石金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100173901
【弁理士】
【氏名又は名称】小越 一輝
(72)【発明者】
【氏名】中野 正基
(72)【発明者】
【氏名】福永 博俊
(72)【発明者】
【氏名】柳井 武志
(72)【発明者】
【氏名】板倉 賢
(72)【発明者】
【氏名】澤渡 広信
【審査官】 堀 拓也
(56)【参考文献】
【文献】 H.FUKUNAGA et al.,Effect of laser beam parameters on magnetic properties of Nd-Fe-B thick-film magnets fabricated by pulsed laser deposition,Journal of Applied Physics,米国,American Institute of Physics,2011年 4月13日,Volume 109/issue 7,pages 07A758-1 - 07A758-3,URL,http://scitation.aip.org/content/aip/journal/jap/109/7/10.1063/1.3566080
【文献】 佐藤 卓,ナノ結晶構造を持つ軟質および硬質磁性材料における保持力機構の解析,筑波大学大学院博士課程 数理物質科学研究科博士論文,日本,筑波大学大学院,2012年 2月,第91-98頁,URL,http://jairo.nii.ac.jp/0025/00031560/en
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01F 1/057
C22C 38/00
C23C 14/16
C23C 14/24
C23C 14/58
H01F 10/14
H01F 41/02
H01F 41/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Nd、Fe、Bを必須成分とする希土類薄膜磁石であって、α−Fe相とNdFe14B相とが三次元的に交互に配列した組織からなり、各相の平均結晶粒径が10〜30nmであり、膜厚が5μm以上、残留磁化が0.99T以上、1.05T以下、保磁力が380kA/m以上、450kA/m以下、最大エネルギー積(BH)maxが90kJ/m以上、130kJ/m以下であることを特徴とする希土類薄膜磁石。
【請求項2】
NdFe14B(但し、Xは1.8〜2.7を満たす数)からなる希土類薄膜磁石形成用ターゲットを用い、パルスレーザーデポジション法により希土類薄膜を成膜する工程、成膜した希土類薄膜を熱処理して結晶化させる工程、結晶化した希土類薄膜を着磁して希土類薄膜磁石を作製する工程、とからなり、希土類薄膜を成膜する工程において、レーザービームを集光レンズを通してターゲット表面に集光させることで、ターゲット表面でのパルスレーザー強度密度を10〜1000J/cmとすることを特徴とする希土類薄膜磁石の製造方法。
【請求項3】
希土類薄膜を結晶化させる工程において、7〜9kW、時間が1〜5秒の条件で熱処理することを特徴とする請求項2記載の希土類薄膜磁石の製造方法。
【請求項4】
希土類薄膜を結晶化させる工程において、500〜800℃の条件で熱処理することを特徴とする請求項2記載の希土類薄膜磁石の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、パルスレーザーデポジション法(PLD法)によって形成した希土類薄膜磁石及びその製造方法並びに希土類薄膜磁石を作製するためのターゲットに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、電子機器の軽薄短小化に伴い、優れた磁気特性を有する希土類磁石の小型化、高性能化が進められている。中でも、ネオジム-鉄-ホウ素(Nd-Fe-B)系磁石は、現有の磁石の中で最も高い最大エネルギー積を有することから、MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)やエナジーハーベスト(環境発電)などのエネルギー分野や、医療機器分野などへの応用が期待されている。
【0003】
このような希土類磁石の薄膜は、スパッタリング法(特許文献1、非特許文献1)やパルスレーザーデポジション法(特許文献2、非特許文献2)などのPVD(Physical Vapor Deposition)法(非特許文献3)を用いて作製することが知られている。例えば特許文献2には、パルスYAGレーザーを用いたレーザーアブレーション法によって、ターゲットと膜との間に優れた組成転写性があり、また、成膜速度がスパッタリング法に比べて1桁以上も高いNd2Fe14B相を主とするNd-Fe-B系薄膜が得られることが記載されている。
【0004】
このような方法で作製した希土類薄膜の磁石は、保磁力:約1000kA/m、残留磁化:0.6T、最大エネルギー積(BH)max:60kJ/mの値をとることが報告されている(非特許文献4)。しかし、これらの数値の中でも残留磁化ならびに最大エネルギー積は、まだ実用化可能な磁気特性とは言えず、例えば小型のモーターを駆動するのに十分でないため、更なる磁気特性の改善が強く要求されている。
【0005】
薄膜特性の改善方法の一つとして、α−Fe軟磁性相とNdFe14B硬磁性相とを複合化したナノコンポジット構造化が有効である。この構造の薄膜磁石は、数nm〜数十nmの大きさの結晶粒をそれぞれ有する軟磁性相と硬磁性相を薄膜の組織内に共存させて両相の磁気特性を交換結合させることにより、低い磁界での軟磁性相の磁化反転が妨げられ、あたかも硬磁性相単相のように振る舞うことができる。
【0006】
ナノコンポジット膜の種類としては、α−Fe軟磁性相とNdFe14B硬磁性相を二次元的に交互に積層して、多層化した積層型ナノコンポジット膜と呼ばれるものと、膜内にα−Fe軟磁性相とNdFe14B硬磁性相を三次元的にランダムに分散させた分散型ナノコンポジット膜と呼ばれるものの2種類がある。前者については、パルスレーザーデポジション法でNdFe14B/α−Feを周期的に800層積層し、厚さが約10μmの多層膜を成膜すること、またそれにより、最大エネルギー積が90kJ/mを達成したことが開示されている(非特許文献5)。
【0007】
しかしながら、このような方法で作製したナノコンポジット膜は、パルスレーザーデポジション特有のドロップレットが膜表面に堆積して凹凸が生じるため、積層数が多くなるにつれて軟磁性相と硬磁性相の界面における組成変化の急峻性が次第に低下し、この結果、薄膜の磁気特性の劣化が懸念される。
【0008】
後者については、非特許文献6にマグネトロンスパッタリング法によりNdFe14B/α−Feの分散型ナノコンポジット膜の成膜、及び熱処理することが記載されている(非特許文献6)。しかし、この方法で作製した分散型ナノコンポジット膜はまだ十分な磁気特性は得られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2012−207274号公報
【特許文献2】特開2009−091613号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】N.M.Dempsey, A.Walther, F.May, D.Givord, K.Khlopkov O.Gutfeisch: Appl.Phys.Lett. 90( 2007) 092509-1-092509-3.
【非特許文献2】H.Fukunaga, T.Kamikawatoko, M.Nakano,T. Yanai F.Yamashita: J.Appl.Phys. 109 (2011) 07A758-1-07A758-3.
【非特許文献3】G. Rieger, J. Wecker, W. Rodewalt, W. Scatter, Fe.-W. Bach, T.Duda and W.Unterberg: J.Appl.Phys. 87(2000) 5329-5331.
【非特許文献4】M.Nakano, S.Sato, F.Yamashita, T.Honda, J. Yamasaki, K.Ishiyama, M.Itakura, J.Fidler, T.Yanai, H.Fukunaga: IEEE Trans.Magn. 43(2007) 2672-2676.
【非特許文献5】H.Fukunaga, H.Nakayama, T.Kamikawamoto, T.Yanai, M.Nakano, F.Yamashita, S.Ohta, M.Itakura, M.Nishida: J. Phys. Conf. Ser. 266 (2011) 012027-1-012027-5.
【非特許文献6】石曽根, 野村, 加藤, 宮崎, 本河: 日本応用磁気学会誌 24(2000)423-426.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、良好な磁気特性を有し、量産性・再現性に優れた、α−Fe相とNdFe14B相とが三次元的に交互配列したナノコンポジット構造を有する希土類薄膜磁石及びその製造方法並びに希土類薄膜磁石を作製するためのターゲットを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記の課題を解決するために、本発明者らは鋭意研究を行った結果、パルスレーザーデポジション法による成膜で使用するターゲットの組成及びパルスレーザー強度密度を最適化することにより、単相からなる1枚のターゲットから、α−Fe相とNdFe14B相とが三次元的に交互配列したナノコンポジット構造を有する希土類薄膜を成膜できるとの知見を得た。本発明におけるナノコンポジット構造とは、磁化の高い軟磁性相であるα−Fe相と保磁力を発現する硬磁性相であるNdFe14B相が数十nmのオーダーの平均結晶粒径で三次元的に交互配列した構造を意味する。その構造の模式図を図1に示す。
【0013】
このような知見に基づき、本発明は、以下の手段を提供する。
1)Nd、Fe、Bを必須成分とする希土類薄膜磁石であって、α−Fe相とNdFe14B相とが三次元的に交互配列した組織からなり、各相の平均結晶粒径が10〜30nmであることを特徴とする希土類薄膜磁石。
2)膜厚が5μm以上であり、最大エネルギー積(BH)maxが90kJ/m3以上、130kJ/m3以下であることを特徴とする上記1)記載の希土類薄膜磁石。
3)NdFe14B(但し、Xは1.8〜2.7を満たす数)からなることを特徴とする希土類薄膜磁石形成用ターゲット。
4)Nd、Fe、Bを必須成分とし、α−Fe相とNdFe14B相とが三次元的に交互配列した組織からなり、各相の平均結晶粒径が10〜30nmである希土類薄膜磁石を、パルスレーザーデポジション法によって形成するための上記3)記載の希土類薄膜磁石形成用ターゲット。
5)上記3)又は4)に記載のターゲットを用いてパルスレーザーデポジション法により希土類薄膜を成膜する工程、成膜した希土類薄膜を熱処理して結晶化させる工程、結晶化した希土類薄膜を着磁して希土類薄膜磁石を作製する工程、とからなることを特徴とする希土類薄膜磁石の製造方法。
6)希土類薄膜を成膜する工程において、パルスレーザー強度密度を1〜1000J/cmとすることを特徴とする上記5)記載の希土類薄膜磁石の製造方法。
7)希土類薄膜を結晶化させる工程において、7〜9kW、時間が1〜5秒の条件で熱処理することを特徴とする上記5)又は6)に記載の希土類薄膜磁石の製造方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明は、パルスレーザーデポジション法により、α−Fe相とNdFe14B相とが三次元的に交互配列したナノコンポジット構造の希土類薄膜磁石を作製することができる。そして、得られる希土類薄膜磁石は、良好な磁気特性を示すという優れた効果を有する。また、本発明は、単相からなる1枚のターゲットから、前記ナノコンポジット構造の希土類薄膜磁石を安定して成膜することができるので、製造コストの点から生産性を向上できるという優れた効果を有する。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本発明の希土類薄膜磁石の組織を示す模式図である。
図2】実施例1の希土類薄膜磁石のM−H特性図である。
図3】実施例1の熱処理前後における希土類薄膜磁石のX線回折図である。
図4】実施例1の熱処理後の組織のTEM明視野像と対応するSAD(Selected area diffraction )図形である。
図5】実施例1の希土類薄膜磁石中のα−Fe結晶粒とNdFe14B結晶粒の分布図である。
図6】実施例2の希土類薄膜磁石のM−H特性図である。
図7】実施例3の希土類薄膜磁石のM−H特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の希土類薄膜磁石は、Nd(ネオジム)、Fe(鉄)及びB(ボロン)を必須成分として含有し、図1に示すようにα−Fe相(図1中で黒色部分)とNdFe14B相(図1中で灰色部分)が三次元的に交互配列した組織のナノコンポジット構造を有し、α−Fe相及びNdFe14B相の平均結晶粒径が10〜30nmであることを特徴とするものである。
【0017】
α−Fe相は、孤立粒子を仮定すると10nm未満になると超常磁性状態に近づく。一方、平均結晶粒径が30nmを超えると、NdFe14B相との交換結合が低下するとともに、磁化反転のピンニング効果の役目をする軟磁性相のα−Fe結晶粒同士の粒界の減少や、α−Fe結晶粒とNdFe14B結晶粒との粒界の存在比率が減少するため、保磁力が低下する。したがって、α−Fe相の平均結晶粒径は上記数値範囲とする。
また、NdFe14B相の単磁区結晶粒サイズが240nm程度であるため、単磁区結晶粒サイズ以下であることが前提であると共に、前述の通り、隣り合うα−Fe相の平均結晶粒径が10〜30nmであるため、これ以上の大きさの平均結晶粒径では、α−Fe相と不揃いが発生して交換結合が低下する。したがって、NdFe14B相の平均結晶粒径は上記の数値範囲とする。
【0018】
各相の平均結晶粒径は、パルスレーザーデポジション法によってα−Fe相とNdFe14Bアモルファス相を作製し、その後、熱処理によりNdFe14Bアモルファス相を結晶化させた組織について、透過電子顕微鏡(TEM:Transmission Electron Microscope)による観察を行い、そのTEM観察により得られた筋状組織の暗視野像の短い結晶軸方向の軸の長さを短軸径として分布を取り、該短軸径の長さを算術平均径(個数平均径)として、算出して求める。
【0019】
本発明の希土類薄膜磁石は、膜厚が5μm以上であって、最大エネルギー積(BH)maxが90kJ/m以上あることを特徴とする。膜厚5μm以上にする理由は、(1)小さな電子デバイスに応用した際にある程度の領域に磁界を発生する必要があるため、(2)面内方向長さと面直方向の長さ(膜厚)との寸法比が高くなると、反磁界の影響により、膜表面から垂直方向の外部に十分な磁界を取り出す事が困難となるためである。理想的な寸法比(アスペクト比)として1:1程度であることが知られている。本発明は、このような薄膜磁石において、微細なナノコンポジット構造を備えることにより、最大エネルギー積(BH)maxが90kJ/m以上を実現することができる。
【0020】
本発明の希土類薄膜磁石形成用ターゲットは、NdxFe14B(但し、Xは1.8〜2.7を満たす数)からなることを特徴とする。前記Xが1.8未満であると、残留磁化値は常に1.0 Tを超える高い値を示すものの、NdFe14B相の体積率が減少するため、α−Fe相との交換結合が低下して、保磁力が200kA/m未満に低下する。一方、前記Xが2.7を超えると、Fe相の体積率が減少すると共に、余剰の非磁性成分であるNdが残存し、残留磁化が低下するか、もしくは交換結合性が劣化する問題が生じる。したがって、前記Xは上記数値範囲とする。
【0021】
本発明の希土類薄膜磁石は、例えば、以下のようにして作製することができる。
Nd2.4Fe14B組成のターゲットをパルスレーザーデポジション装置に装着する。次に、チャンバー内を真空度が10−5Paとなるまで排気した後、前記ターゲットに集光レンズを通してレーザーを照射する。レーザーには、Nd:YAGレーザー(発振波長:355nm、繰り返し周波数30Hz)を使用することができる。レーザーの強度密度は1〜1000 J/cmとする。レーザー強度密度が1J/cm未満であると、レーザーがターゲットに照射した際、ドロプレットが大量発生して、密度の低下、ひいては磁気特性の劣化が生じる。一方、1000 J/cmを超えると、レーザー照射によるターゲットのエッチングが著しく生じ,アブレーション現象が停止するなどの好ましくない現象が生じる。
【0022】
上記のようにレーザー照射されたターゲット表面では、化学反応と溶融反応が起きて、プルームと呼ばれるプラズマが発生する。これが対向する基板上に到達することで、α−Fe相とNd―Fe―B系アモルファス相が三次元的に分散し、かつ交互に配列したナノコンポジット構造からなる薄膜を形成することができる。基板には、融点が高いTa、Ti、W、Mo、Zr、Nbを用いることができる。中でも酸素のゲッター効果の高いTaやTiが有効であると共に、Si基板や石英ガラス基板などには上記元素をバッファー層として利用することができる。さらには、ミリサイズモータへの応用を鑑みたFe、Co、Niならびにそれらの合金等の透磁率の高い金属基板も利用できる。
【0023】
このようにして成膜した薄膜は、Nd−Fe−B系アモルファス母相中にα−Fe微結晶粒が三次元的に分散配列した状態となっている。そのため、成膜後は、出力7〜9kW、時間1〜5秒の条件で熱処理を施し、Nd−Fe−B系アモルファス母相を結晶化させる必要がある。ここで、出力7kW未満、かつ時間1秒未満の熱処理では、膜中のNd−Fe−B系アモルファス相の結晶化が困難となる、もしくはアモルファス相が多く残存する。一方、出力9kWを超え、かつ時間5秒を超えた熱処理では、(1)膜中のNdFe14B結晶粒が粗大となり、さらにα-Fe結晶粒も粗大化する、もしくは(2)NdFe14B相やα-Fe相以外の異相が発現するため、磁気特性は劣化する。よって、熱処理条件は出力が7〜9kW、時間が1〜5秒の範囲となる。その後、この薄膜に対して、例えば磁界7Tでパルス着磁を施すことで、希土類薄膜磁石を作製することができる。なお、本発明においては着磁の方法に特に制限はなく、公知の着磁方法を用いることができる。これより、本発明のα−Fe相とNdFe14B相のナノコンポジット構造からなる希土類薄膜磁石を製造することができる。
【実施例】
【0024】
以下、実施例および比較例に基づいて説明する。なお、本実施例はあくまで一例であり、この例によって何ら制限されるものではない。すなわち、本発明は特許請求の範囲によってのみ制限されるものであり、本発明に含まれる実施例以外の種々の変形を包含するものである。
【0025】
(実施例1)
純度が99.9%(3N)、相対密度が99%のNd2.4Fe14Bターゲットをパルスレーザーデポジション装置に装着し、チャンバー内を真空に排気した。次に、10−5Paの真空度に到達したことを確認した後、約6.5rpmで回転させたターゲットに繰り返し周波数30HzのNd:YAGレーザー(発振波長:355nm)を照射し、ターゲット物質をアブレーションして、Ta基板上に筋状のα−Fe結晶相とNd−Fe−B系アモルファス母相とからなるコンポジット膜を厚さ10μm以上とし成膜した。このときターゲットと基板との距離を10mm、レーザー強度を4Wとし、レーザービームを集光レンズを通してターゲット表面に集光させることで、ターゲット表面でのレーザー強度密度を10 J/cm程度とした。次に、出力8kW、約2秒間パルスアニーリング処理(熱処理温度500〜800 ℃程度)を行って、Nd−Fe−B系アモルファス相を結晶化させた。その後、磁界7Tでパルス着磁を施して、希土類薄膜磁石を作製した。なお、膜厚評価にはマイクロメーターを使用し、組成分析にはEDX(Energy Dispersive X-ray spectroscopy)を用いた。
【0026】
このようにして作製した希土類薄膜磁石について、VSM(Vibrating Sample Magnetometer)を用いて、磁気特性を評価した。図2に実施例1の希土類薄膜磁石のM−H特性を示す。図1に示す通り、残留磁化は1.04T、保磁力は426kA/m、(BH)maxは108kJ/mと良好な結果が得られた。次に、熱処理前後の希土類薄膜のX線回折図を図3に示す。図3に示すように、成膜後のα−Fe相は結晶化しているが、NdFe14B相はアモルファス相となっている。また、熱処理によってNdFe14B相が結晶化しているのが確認された。次に、熱処理後の希土類薄膜についてTEMを用いて組織を観察した。その結果を図4に示す。図4右図において、白のコントラストと黒のコントラストを示す部分がα−Fe結晶粒、灰色のコントラストを示す母相部分がNdFe12B結晶粒である。このTEM画像から、α−Fe結晶粒とNdFe12B結晶粒とが島状に三次元的に交互配列したナノコンポジット構造を有することを確認した。図5には、α-Fe結晶粒とNdFe12B結晶粒の分布を示す。前者はN数が1044個、後者はN数が339個の測定結果である。この図からα−Fe相の平均結晶粒径は約17nm、NdFe12B相の平均結晶粒径が約14nmであった。
【0027】
(実施例2)
純度が99.9%(3N)、相対密度が99%のNd1.8Fe14Bターゲットをパルスレーザーデポジション装置に装着し、チャンバー内を真空に排気した。次に、10−5Paの真空度に到達したことを確認した後、約6.5rpmで回転させたターゲットに繰り返し周波数30HzのNd:YAGレーザー(発振波長:355nm)を照射し、ターゲット物質をアブレーションして、Ta基板上にNd−Fe−B系アモルファス膜を厚さ10μm以上で成膜した。このときターゲットと基板との距離を10mm、レーザー強度を4Wとし、レーザービームを集光レンズを通してターゲット表面に集光させることで、ターゲット表面でのレーザー強度密度を10J/cmとした。次に、出力8kW、約2秒間パルスアニーリング処理(熱処理温度500〜800 ℃程度)を行って、Nd−Fe−B系アモルファス相を結晶化させた。その後、磁界7Tでパルス着磁を施して、希土類薄膜磁石を作製した。なお、膜厚評価にはマイクロメーターを使用し、組成分析にはEDXを用いた。
このようにして作製した希土類薄膜磁石について、VSMを用いて、磁気特性を評価した。図6に実施例2の希土類薄膜磁石のM−H特性を示す。図6に示す通り、残留磁化は0.99T程度、保磁力は386kA/m、(BH)maxは91 kJ/mと良好な結果が得られた。次に、熱処理後の希土類薄膜についてTEMを用いて組織を観察した。実施例1と同様の方法を用いて結晶粒径を測定した結果、α−Fe相の平均結晶粒径は約16nm、NdFe14B相の平均結晶粒径は約14nmであった。
【0028】
(実施例3)
純度が99.9%(3N)、相対密度が99%のNd2.6Fe14Bターゲットをパルスレーザーデポジション装置に装着し、チャンバー内を真空に排気した。次に、10−5Paの真空度に到達したことを確認した後、約6.5rpmで回転させたターゲットに繰り返し周波数30HzのNd:YAGレーザー(発振波長:355nm)を照射し、ターゲット物質をアブレーションして、Ta基板上にNd−Fe−B系アモルファス膜を厚さ10μm以上で成膜した。このときターゲットと基板との距離を10mm、レーザー強度を4Wとし、レーザービームを集光レンズを通してターゲット表面に集光させることで、ターゲット表面でのレーザー強度密度を10J/cmとした。次に、出力8kW、約2秒間パルスアニーリング処理(熱処理温度500〜800 ℃程度)を行って、Nd−Fe−B系アモルファス相を結晶化させた。その後、磁界7Tでパルス着磁を施して、希土類薄膜磁石を作製した。なお、膜厚評価にはマイクロメーターを使用し、組成分析にはEDXを用いた。
このようにして作製した希土類薄膜磁石について、VSMを用いて、磁気特性を評価した。図7に実施例3の希土類薄膜磁石のM−H特性を示す。図7に示す通り、残留磁化は1.05T程度、保磁力は446kA/m、(BH)maxは128 kJ/mと良好な結果が得られた。次に、熱処理後の希土類薄膜についてTEMを用いて組織を観察した。実施例1と同様の方法を用いて結晶粒径を測定した結果、α−Fe相の平均結晶粒径は約18nm、NdFe14B相の平均結晶粒径は約15nmであった。
【0029】
(比較例1)
純度が99.9%(3N)、相対密度が99%のNd1.4Fe14Bターゲットをパルスレーザーデポジション装置に装着し、チャンバー内を真空に排気した。次に、10−5Paの真空度に到達したことを確認した後、約6.5rpmで回転させたターゲットに繰り返し周波数30HzのNd:YAGレーザー(発振波長:355nm)を照射し、ターゲット物質をアブレーションして、Ta基板上にNd−Fe−B系アモルファス膜を厚さ10μm以上で成膜した。このときターゲットと基板との距離を10mm、レーザー強度を4Wとし、レーザービームを集光レンズを通してターゲット表面に集光させることで、ターゲット表面でのレーザー強度密度を1J/cmとした。次に、出力8kW、約2秒間パルスアニーリング処理(熱処理温度500〜800 ℃程度)を行って、Nd−Fe−B系アモルファス相を結晶化させた。その後、磁界7Tでパルス着磁を施して、希土類薄膜磁石を作製した。なお、膜厚評価にはマイクロメーターを使用し、組成分析にはEDXを用いた。
このようにして作製した希土類薄膜磁石について、VSMを用いて、磁気特性を評価した。その結果、残留磁化は0.8T程度、保磁力は300kA/m、(BH)maxは最大60 kJ/mと実施例と比べて劣る結果となった。次に、熱処理後の希土類薄膜についてTEMを用いて組織を観察した。その結果、α−Fe相とNdFe14B相が数10 nm〜100nmを超える範囲で分散した状態で存在する事を確認した。加えて、実施例1に比べ、ターゲットより放出されるドロプレットが著しく多く、表面平滑性ならびに密度の劣化などが生じる事も確認された。
【0030】
(比較例2)
純度が99.9%(3N)、相対密度が99%のNd2.6Fe14Bとα−Feを組み合わせた1枚のターゲットをパルスレーザーデポジション装置に装着し、チャンバー内を真空に排気した。次に、10−5Paの真空度に到達したことを確認した後、約6.5rpmで回転させたターゲットに繰り返し周波数30HzのNd:YAGレーザー(発振波長:355nm)を照射し、ターゲット物質をアブレーションして、Ta基板上にα−Fe相とNd−Fe−B系アモルファス相とからなるコンポジット膜を厚さ10μm以上で成膜した。このときターゲットと基板との距離を10mm、レーザー強度を4Wとし、レーザービームを集光レンズを通してターゲット表面に集光させることで、ターゲット表面でのレーザー強度密度を1J/cm程度とした。次に、出力8kW、約2秒間パルスアニーリング処理(熱処理温度500〜800 ℃程度)を行って、Nd−Fe−B系アモルファス相を結晶化させた。その後、磁界7Tでパルス着磁を施して、希土類薄膜磁石を作製した。なお、膜厚評価にはマイクロメーターを使用し、組成分析にはEDXを用いた。
このようにして作製した希土類薄膜磁石について、VSMを用いて、磁気特性を評価した。その結果、残留磁化は0.9T、保磁力は400kA/m、(BH)maxは100kJ/mと実施例1と比べ同程度であるものの、その角型性は実施例1に比べ著しく劣る事を確認した。加えて、実施例に比べ、ターゲットより放出されるドロプレットが著しく多く、表面平滑性ならびに密度の劣化などが生じる事も確認された。
【0031】
本発明のパルスレーザーデポジション法で作製されるα−Fe相とNdFe14B相が三次元的に交互配列したナノコンポジット構造の希土類薄膜磁石は、良好な磁気特性を有することから、MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)、エナジーハーベスト(環境発電)などのエネルギー分野や医療機器分野などに応用される磁気デバイスに有用である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7