【課題を解決するための手段】
【0006】
そこで、本発明者等は、上述のような観点から、Ti化合物層からなる下部層とAl
2O
3層からなる上部層の密着性を改善するとともに、上部層のAl
2O
3層に発生したクラックの伝播・進展を抑制し、もって、剥離、チッピング等の異常損傷の発生を防止するとともに、工具寿命の長寿命化を図るべく鋭意研究を行った結果、次のような知見を得たのである。
【0007】
即ち、Ti化合物層からなる下部層とAl
2O
3層からなる上部層とを被覆形成した被覆工具において、上部層を、層厚方向に縦長に成長した柱状結晶粒と、平均粒径50〜500nmの粒状結晶粒とから構成するとともに、さらに、上部層表層側は、柱状結晶粒同士が相互に隙間なく隣接して成長している実質的な柱状組織とし、かつ、下部層近傍の上部層は、隣接していない柱状結晶粒相互の間隙を埋めるように粒状結晶粒を形成した柱状−粒状混合組織として構成した場合には、切刃に断続的・衝撃的負荷が作用する高速断続切削に用いた場合でも、上部層と下部層の密着性が向上するとともに、上部層に発生したクラックの伝播・進展が、上部層の下部層近傍の柱状−粒状混合組織で抑制されることによって、剥離、チッピング等の異常損傷の発生を防止し得ることを見出したのである。
【0008】
この発明は、上記知見に基づいてなされたものであって、
「(1) 炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された工具基体の表面に、
(a)下部層が、Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上からなり、かつ、3〜20μmの合計平均層厚を有するTi化合物層、
(b)上部層が、3〜15μmの平均層厚を有し、かつ、α型の結晶構造を有するAl
2O
3層、
上記(a)および(b)
の蒸着層からなる硬質被覆層
が形成された表面被覆切削工具において、
(c)上記上部層は、層厚方向に縦長に成長した柱状結晶粒と、平均粒径50〜500nmの粒状結晶粒とから構成され、
(d)下部層直上及び下部層側の上部層においては、隣接していない柱状結晶粒相互の間隙に粒状結晶粒が存在する柱状−粒状混合組織が形成され、
(e)上部層表層側においては、柱状結晶粒同士が相互に隙間なく隣接して成長している実質的な柱状組織が形成されている、
ことを特徴とする表面被覆切削工具。
(2) 下部層と上部層の界面から、上部層側に1μmまでの深さ領域においては、該深さ領域の縦断面面積の30〜70面積%を粒状結晶粒が占める柱状−粒状混合組織が形成されていることを特徴とする前記(1)に記載の表面被覆切削工具。
(3) 上部層において、上部層の
平均層厚の60%以上の平均結晶粒長さと、アスペクト比(平均結晶粒長さ/平均結晶粒幅)2.5〜7.0を有する柱状結晶粒が、上部層表層側の縦断面面積の60面積%以上を占める実質的な柱状組織が形成されていることを特徴とする前記(1)または(2)に記載の表面被覆切削工具。」
に特徴を有するものである。
【0009】
以下に、この発明の被覆工具の硬質被覆層の構成層について詳細に説明する。
【0010】
下部層(Ti化合物層):
Ti化合物層(例えば、TiC層、TiN層、TiCN層、TiCO層およびTiCNO層)は、基本的にはAl
2O
3層の下部層として存在し、自身の具備するすぐれた高温強度によって硬質被覆層が高温強度を具備するようになるほか、工具基体、Al
2O
3層のいずれにも密着し、硬質被覆層の工具基体に対する密着性を維持する作用を有するが、その合計平均層厚が3μm未満では、前記作用を十分に発揮させることができず、一方その合計平均層厚が20μmを越えると、特に高熱発生を伴う高速重切削・高速断続切削では熱塑性変形を起し易くなり、これが偏摩耗の原因となることから、その合計平均層厚を3〜20μmと定めた。
【0011】
上部層(Al
2O
3層):
上部層は、3〜15μmの平均層厚を有し、かつ、α型の結晶構造を有するAl
2O
3層で構成するが、この発明では、上部層表層側と、下部層近傍の上部層(即ち、下部層直上と下部層側の上部層)とを、それぞれ異なる結晶粒組織構造として構成することによって、上部層と下部層の密着性の向上を図るとともに、上部層に発生したクラックの伝播・進展を抑える。
ただ、上部層の
平均層厚が3μm未満であると、長期の使用にわたってすぐれた高温強度および高温硬さを発揮することができず、一方、15μmを越えると、チッピングが発生し易くなることから、上部層の
平均層厚は3〜15μmと定めた。
【0012】
(a)下部層直上及び下部層側の上部層(下部層近傍の上部層)における柱状−粒状混合組織
図1の模式図に示すように、Ti化合物層からなる下部層の直上の上部層及び下部層側の上部層には、隣接していない柱状結晶粒相互の間隙を恰も埋めるように粒状結晶粒を形成することにより、柱状−粒状混合組織からなる組織構造とする。
粒状結晶粒の平均粒径は、50〜500nmとするが、粒状結晶粒の平均粒径が50nm未満では、50nmの粒状結晶粒が相互に隣接する箇所が多く存在し、その界面にクラックが進展し、上部層のAl
2O
3が剥離しやすくなり、一方、粒状結晶粒の平均粒径が500nmを超えると、柱状結晶粒間の界面にポアが形成され、そのポアが存在することで上部層のAl
2O
3の耐チッピング性が低下するため、粒状結晶粒の平均粒径は100〜500nmと定めた。
上記の柱状−粒状混合組織からなる組織構造とすることにより、特に、下部層のTi化合物層と上部層の粒状結晶粒との間での密着性向上が図られ、さらに、上部層に発生したクラックの伝播・進展が、下部層近傍の上記粒状結晶粒によって抑えられ、その結果、硬質被覆層の耐剥離性が向上する。
下部層近傍の上記柱状−粒状混合組織は、下部層と上部層の界面から、上部層側に1μmまでの深さ領域の縦断面を、例えば、走査型電子顕微鏡で観察・測定した場合、該深さ領域の縦断面面積の30〜70面積%を粒状結晶粒が占める柱状−粒状混合組織が形成されていることが好ましい。該深さ領域における粒状結晶粒の占有面積割合が30面積%未満の場合には下部層と上部層の界面における隣接していない柱状結晶粒相互の間隙を埋めるように粒状結晶粒が形成されず、上部層で発生したクラックの伝播・進展が抑制されず、上部層のAl
2O
3の耐剥離性が低下し、一方、70面積%を超える場合には、相対的に上部層のAl
2O
3の柱状組織が低下し、Al
2O
3の耐摩耗性が低下するため、
下部層近傍の上部層における柱状−粒状混合組織に占める粒状結晶粒の占有面積割合は、測定した縦断面面積の30〜70面積%であることが好ましい。
【0013】
(b)上部層表層側における実質的に単一の柱状組織
図1の模式図に示すように、上部層表層側においては、柱状結晶粒同士が相互に隙間なく隣接して成長している実質的な柱状組織を形成するが、このような柱状組織構造によって、上部層のAl
2O
3層は、すぐれた耐熱性と高温硬さを維持することができ、その結果、長期の使用に亘ってすぐれた耐摩耗性を発揮することができる。
上部層について、電界放出型走査電子顕微鏡と電子後方散乱回折像装置を用い、断面研磨面の測定範囲内に存在する上部層酸化アルミニウム層の六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、工具基体表面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である(0001)面および(10−10)面の法線がなす傾斜角を測定し、この結果得られた測定傾斜角から、それぞれ隣接する結晶粒相互間の界面における(0001)面の法線同士、および(10−10)面の法線同士の交わる角度を求め、さらに、前記(0001)面の法線同士、および(10−10)面の法線同士の交わる角度が2度以上の場合を結晶粒として定義することで識別し、その結果得られた結晶粒で測定した場合、柱状結晶粒の平均長さは、上部層の
平均層厚の60%以上であり、かつ、そのアスペクト比(平均結晶粒長さ/平均結晶粒幅)2.5〜7.0である柱状結晶粒が、相互に隙間なく隣接して成長している実質的な柱状組織であることが好ましい。
ここで、柱状結晶粒の平均長さが、上部層の
平均層厚の60%未満である場合には実験結果より上部層Al
2O
3の特定面、例えば(0001)面の配向性が低下し、それに伴い耐摩耗性および耐チッピング性が低下するため、柱状結晶粒の平均長さは、上部層の
平均層厚の60%以上であることが望ましい。また、柱状結晶粒のアスペクト比(平均結晶粒長さ/平均結晶粒幅)が2.5未満であると、Al
2O
3の柱状結晶粒間の粒界強度が低下することによって上部層Al
2O
3の高温強度が低下し、一方、そのアスペクト比(平均結晶粒長さ/平均結晶粒幅)が7.0を超えると、柱状結晶粒間の界面が増え、クラックの伝播・進展を抑制できないため、柱状結晶粒のアスペクト比(平均結晶粒長さ/平均結晶粒幅)は、2.5〜7.0であることが望ましい。
また、実質的な柱状組織とは、上部層の縦断研磨面を前記記載の手法にてAl
2O
3結晶粒を識別し、上部層Al
2O
3全体の面積に対する柱状結晶粒の面積を求めた場合、60面積%以上を柱状結晶粒が占めている組織状態をいう。
【0014】
(c)上部層(Al
2O
3層)の形成
下部層近傍では柱状−粒状混合組織であり、一方、上部層表層側では実質的な柱状組織である上部層(Al
2O
3層)は、例えば、以下に示す化学蒸着によって形成することができる。
まず、第1段階として、
反応ガス組成(容量%):AlCl
3 1〜5%、CO
2 0.1〜0.5%、残部H
2、
反応雰囲気温度:900〜950℃、
反応雰囲気圧力:6〜10kPa、
時間:10〜60min、
という蒸着条件で、しかも、同時に、反応ガス中に、H
2S 0.05−0.1vol%とBCl
3 0.01−0.05vol%を2min間毎に交互に添加して成膜することにより、柱状結晶粒の成長と粒状結晶粒の形成を同時に行うことができ、その結果、下部層の直上の上部層及び下部層側の上部層に、隣接していない柱状結晶粒相互の間隙を恰も埋めるように粒状結晶粒が存在する柱状−粒状混合組織からなる組織構造を形成することができる。
次いで、第2段階として、
反応ガス組成(容量%):AlCl
3 1〜5%、CO
2 5〜15%、HCl 1〜5%、H
2S 0.5〜1%、残部H
2、
反応雰囲気温度:960〜1040℃、
反応雰囲気圧力:6〜10kPa、
の条件で目標とする上部層層厚になるまで蒸着することにより、少なくとも上部層表層側には、柱状結晶粒同士が相互に隙間なく隣接して成長している実質的な柱状組織を形成することができる。