(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明について詳細に説明する。
<微細繊維状セルロース>
微細繊維状セルロースとは、走査型電子顕微鏡(SEM)又は透過型電子顕微鏡(TEM)の観察により測定した幅(直径)が2nm〜1000nmであるセルロース分子の集合体のことであり、その結晶構造はI型(平行鎖)である。このような微細繊維状セルロースは、通常の紙製品に用いられるセルロース繊維に比して幅が著しく小さい繊維又は棒状粒子である。
微細繊維状セルロースの幅が2nm未満である場合には、セルロース分子として水に溶解するため、微細繊維としての物性(強度、剛性及び寸法安定性)が発現し難くなる。一方、幅が1000nmを超える場合には、微細繊維とは言えず、通常の紙製品に用いられるセルロース繊維と何ら違わないから、微細繊維としての物性(強度、剛性及び寸法安定性)を得ることができない。
【0019】
ここで、微細繊維状セルロースがI型結晶構造を有していることは、グラファイトで単色化したCuKα(λ=1.5418Å)を用いた広角X線回折写真により得られる回折プロファイルにおいて、2θ=14〜17°付近と2θ=22〜23°付近の2箇所の位置に典型的なピークを有することで同定することができる。
【0020】
また、微細繊維状セルロースの電子顕微鏡観察による繊維幅の測定は以下のようにして行う。
濃度0.05〜0.1質量%の微細繊維状セルロースの水系懸濁液を調製し、該懸濁液を親水化処理したカーボン膜被覆グリッド上にキャストしてTEM観察用試料とする。幅広の繊維を含む場合には、ガラス上にキャストした表面のSEM像を観察してもよい。構成する繊維の幅に応じて1000倍、5000倍、10000倍あるいは50000倍のいずれかの倍率で電子顕微鏡画像による観察を行う。但し、試料、観察条件や倍率は下記の条件を満たすように調整する。
(1)観察画像内の任意箇所に一本の直線Xを引き、該直線Xに対し、20本以上の繊維が交差する。
(2)同じ画像内で該直線と垂直に交差する直線Yを引き、該直線Yに対し、20本以上の繊維が交差する。
上記条件を満足する観察画像に対し、直線X、直線Yと交錯する繊維の幅を目視で読み取る。こうして少なくとも重なっていない表面部分の画像を3組以上観察し、各々の画像に対して、直線X、直線Yと交錯する繊維の幅を読み取る。このように少なくとも20本×2×3=120本の繊維幅を読み取る。本発明における繊維幅は、このように読み取った繊維幅の平均値である。
【0021】
本発明の微細繊維状セルロースの繊維長は、0.05μm〜50μmが好ましい。繊維長が0.05μm未満では、微細繊維状セルロースを樹脂に複合した際の強度向上効果を得難くなる。繊維長が50μmを超えると、微細繊維状セルロースのスラリー粘度が高くなり、扱い難くなる。繊維長は、TEMやSEM、AFM(原子間力電子顕微鏡)の画像解析より求めることができる。
【0022】
本発明による微細繊維状セルロースの軸比(一般に「アスペクト比」と呼ばれるもので、繊維幅に対する繊維長の比「繊維長/繊維幅」である。)は、5〜5000の範囲であることが好ましい。軸比がこの下限値以上であれば、微細繊維状セルロースを樹脂に配合した際の強度向上効果がより高くなり、軸比が前記上限値以下であれば、微細繊維状セルロースのスラリー粘度を低くできる。
【0023】
<微細繊維状セルロースの製造方法>
本発明の微細繊維状セルロースの製造方法は、パルプ調製工程と化学処理工程と解繊工程とを有する。
【0024】
[パルプ調製工程]
パルプ調製工程は、機械パルプを含むパルプを調製する工程である。
本発明に使用するパルプは、全量が機械パルプであることが好ましいが、本発明の効果を阻害しない範囲で、機械パルプ以外のセルロース含有物を少量含んでもよい。そのような機械パルプ以外のセルロース含有物を含む場合の含有量は、好ましくは全セルロース成分に対して7質量%以下、より好ましくは5質量%以下である。
【0025】
[機械パルプ]
パルプは原料の種類によって、木材を原料とした木材パルプ、木材以外の植物(わら、竹、亜麻、綿リンターなど)を原料とした非木材パルプ、古紙を原料とした古紙パルプの3種類に分けられる。これらのうち、木材パルプは原料となる木材を解す方法によってさらに分類される。具体的には、原料を機械的に摩砕して得た機械パルプ(mechanical pulp;略号MP)、原料を化学薬品で蒸煮するなどして化学的に得た化学パルプ(chemical pulp;略号CP)、原料に化学的処理を施した後に機械的処理を施すことによって得た半化学パルプ(semichemical pulp略号;SCP)に分類される。
本発明の方法では、上記パルプのうち機械パルプを主成分とする原料パルプを使用する。
【0026】
機械パルプは、水溶性成分が溶出する以外は、元の木材の化学成分(セルロース、ヘミセルロース、リグニン)をほとんどそのまま含んでいる点で化学パルプとは異なる。化学パルプは原料を化学薬品で蒸煮することから、リグニン成分がほとんど除去されている。
機械パルプは、製造方法によって、砕木パルプ(groundwood pulp;略号GP),リファイナー砕木パルプ(refiner groundwood pulp;略号RGP),サーモメカニカルパルプ(thermomechanical pulp;略号TMP)に分類される。
【0027】
(砕木パルプ;GP)
砕木パルプとは、水の存在下で回転する大きな砥石(グラインダーと呼ぶ)に丸太材を押し付け、丸太材を磨り潰して繊維状にすることによって得られるパルプのことである。
グラインダー装置には断続式と連続式の2種類があり、断続式としてはポケット型グラインダーとマガジン型グラインダーが主流となっており、連続式としてはポケット式、チェーン式、ロータリー式が主要なものとして挙げられる。
砕木パルプは、加圧条件下でやや高温にして丸太材を磨り潰すと、得られるパルプの強度が増大することが知られており、この方法で製造される砕木パルプを特に加圧式砕木パルプ(pressurized stone groundwood pulp;略号PGW)と呼んでおり、加圧式砕木パルプを本発明において使用することも勿論可能である。
【0028】
本発明において使用する砕木パルプの原料となる木材には特に制約はなく、アカマツ、クロマツ、トドマツ、エゾマツ、ベニマツ、カラマツ、モミ、スギ、ツガ、スギ、ヒノキ、シラベ、トウヒ、ヒバ、ダグラスファー、ヘムロック、ホワイトファー、スプルース、バルサムファー、シーダ、パイン、ラジアータパイン等の針葉樹、アスペン、ドロノキ、ハコヤナギ、シナノキ、ブナ、カバ、ハンノキ、ナラ、タブ、シイ、シラカバ、ポプラ、タモ、ドロヤナギ、ユーカリ、マングローブ、ラワン等の広葉樹を適宜選択して使用することができるが、材木密度と繊維長から、一般的には針葉樹の丸太を選択することが好ましいとされる。勿論、針葉樹に劣らない適性を持ったものであれば、広葉樹の丸太も好適に選択することができる。
【0029】
(リファイナー砕木パルプ;RGP)
リファイナー砕木パルプとは、磨砕用ディスク・ミルであるリファイナーを用いて木材チップを機械的に繊維化して得られるパルプのことである。
木材チップは放射状に溝が刻まれた2枚のリファイナーの間を通ることで磨砕され、リファイナー装置にはリファイナーの片方を回転、片方を固定させるシングルディスクリファイナーと、両方のリファイナーを逆方向に回転させるダブルディスクリファイナーとがある。リファイナー砕木パルプは砕木パルプに比して、長繊維分が多いこと、同一木材種においてパルプ諸強度が高いこと、といった特徴を有する。
本発明において使用するリファイナー砕木パルプの原料となる木材には特に制約はなく、アカマツ、クロマツ、トドマツ、エゾマツ、ベニマツ、カラマツ、モミ、スギ、ツガ、スギ、ヒノキ、シラベ、トウヒ、ヒバ、ダグラスファー、ヘムロック、ホワイトファー、スプルース、バルサムファー、シーダ、パイン、ラジアータパイン等の針葉樹、アスペン、ドロノキ、ハコヤナギ、シナノキ、ブナ、カバ、ハンノキ、ナラ、タブ、シイ、シラカバ、ポプラ、タモ、ドロヤナギ、ユーカリ、マングローブ、ラワン等の広葉樹を適宜選択して使用することができる。
【0030】
(サーモメカニカルパルプ;TMP)
サーモメカニカルパルプとは、木材チップを蒸気にて予備加熱した後、リファイナー装置で機械的に繊維化して得られるパルプのことである。木材チップを予備加熱することで、リグニンは軟化されるため、リファイナー砕木パルプと比べて少ないリファイナー動力で繊維を離解させることができる。サーモメカニカルパルプは砕木パルプとリファイナー砕木パルプに比して、表面に損傷の少ない長繊維分が遥かに多いといった特徴を有する。
本発明において使用するサーモメカニカルパルプの原料となる木材には特に制約はなく、アカマツ、クロマツ、トドマツ、エゾマツ、ベニマツ、カラマツ、モミ、スギ、ツガ、スギ、ヒノキ、シラベ、トウヒ、ヒバ、ダグラスファー、ヘムロック、ホワイトファー、スプルース、バルサムファー、シーダ、パイン、ラジアータパイン等の針葉樹、アスペン、ドロノキ、ハコヤナギ、シナノキ、ブナ、カバ、ハンノキ、ナラ、タブ、シイ、シラカバ、ポプラ、タモ、ドロヤナギ、ユーカリ、マングローブ、ラワン等の広葉樹を適宜選択して使用することができる。
【0031】
本発明において、機械パルプとしては砕木パルプ、リファイナー砕木パルプ、サーモメカニカルパルプのいずれも使用することができるが、好ましくは砕木パルプ及びリファイナー砕木パルプであり、より好ましくは砕木パルプである。サーモメカニカルパルプの場合は、パルプ中の長繊維分の割合が高いことに起因して砕木パルプやリファイナー砕木パルプよりも繊維を微細化し難く、解繊処理装置の各部を詰らせてしまうものもあるので、そのような装置トラブルの発生のおそれのないものが選択される。
【0032】
本発明において、化学処理工程に供給するパルプの濾水度(JIS P8121に従って測定されるカナダ標準濾水度)は、特に制約されるものではないが、好ましくは40〜600mlであり、より好ましくは60〜500mlである。パルプの濾水度が40ml未満では、パルプを水や有機溶媒で洗浄する際の洗浄性が低下するおそれがあり、600mlを超えると、化学物質の浸透性が劣り、化学処理工程時の反応性が低下するおそれがある。
【0033】
[化学処理工程]
化学処理工程は、機械パルプを含むパルプに化学的処理を施す工程である。
本発明における化学的処理は下記(a)〜(d)のうちの少なくとも1種を含む処理である。
(a)オゾンによる処理
(b)カルボキシ基を有する化合物の酸無水物による処理
(c)リン酸基を有する化合物による処理
(d)酵素による処理
【0034】
化学的処理の程度としては、処理後のセルロースの置換度が0.005〜0.3の範囲になることが好ましく、0.01〜0.25になることがより好ましく、0.015〜0.2になることがさらに好ましい。ここで、置換度とは、セルロースのグルコース骨格内にある3つの水酸基のうち、化学的処理によって別の置換基に置換された数のことである。水酸基の別の置換基への置換ではカルボキシ基への置換が重要であるため、本発明では、処理後のセルロースの置換度は、TAPPI Test Method T−237に従ってカルボキシ基のモル数より換算して求めた。置換度が0.005未満では、解繊性が劣り、0.3を超えると、得られる微細繊維状セルロースの繊維長が短くなるおそれがある。
【0035】
なお、本発明において、パルプに化学的処理を施す前に、パルプを予め脱脂処理しておくことが好ましい。予めパルプに脱脂処理を施すことによって、化学的処理の効率を上げることができる。
脱脂処理の方法としては、炭酸ナトリウム等の炭酸塩、アルコール、アルコール−ベンゼンの1:2混合溶液であるアルベン、ベンゼン、脂肪酸のトリグリセリドを分解する酵素であるリパーゼ等を適宜用いることができ、常温で攪拌しながらあるいは高温高圧で処理する方法が挙げられる。このうち、薬剤としては安価で、しかも効率良く脱脂できることから、炭酸ナトリウムを用いる方法が好ましい。
【0036】
(オゾンによる処理)
オゾンによる処理では、セルロース、ヘミセルロースの一部の水酸基がカルボニル基やカルボキシ基に換わる。また、リグニンが除去される。これにより、繊維間の結合力が弱まり、解繊性が向上する。
オゾンによる処理は、特許文献2に開示されるTEMPO触媒存在化での化学処理と比して、特殊な薬品を使わず、また反応によって生じる分解物が酸素であるため、環境負荷が低い。
また、本発明に使用するパルプに対してオゾンによる処理を施すと、カルボキシ基の置換度が低い場合であっても解繊性に優れるといった特徴を有することが判明した。
オゾンは、空気、酸素ガス、酸素添加空気等の酸素含有気体を、公知のオゾン発生装置に供給することにより発生させることができる。
【0037】
オゾンによる処理は、オゾンが存在する閉じた空間/雰囲気中にパルプを曝すことで行われる。
オゾンが含まれる気体中のオゾン濃度は、250g/m
2以上であると、爆発するおそれがあるため、250g/m
2未満である必要がある。しかし、濃度が低いと、オゾン使用量が増えるため、50〜215g/m
2であることが好ましい。オゾン濃度が前記下限値以上であれば、オゾンの取り扱いが容易であり、しかも解繊工程での微細繊維状セルロースの収率の向上効果がより高くなる。
【0038】
オゾンによる処理を行うにあたっては、パルプの濃度は特に制約されるものではないが、好ましくは10〜60質量%であり、より好ましくは20〜50質量%である。パルプの濃度が10質量%未満では、パルプ中の水の層が厚くなり反応速度が低下してしまうおそれがあり、60質量%を超えると、反応に介在する水分量が少なく、化学処理工程時の反応性が低下するおそれがある。
【0039】
パルプに対するオゾン添加量は特に制約されるものではないが、パルプの固形分100質量部に対して、0.1〜70質量部であることが好ましく、1.0〜50質量部であることがより好ましい。オゾン添加量が前記下限値以上であれば、解繊工程での微細繊維状セルロースの収率向上効果がより高くなる。しかし、前記上限値を超えると、解繊工程での微細繊維状セルロースの収率向上効果が頭打ちとなるばかりではなく、セルロース鎖の切断が進み、得られる微細繊維状セルロースの繊維長が短くなるおそれがある。
【0040】
オゾン処理温度としては特に制約されるものではなく、0〜50℃の範囲で適宜調整される。また、オゾン処理時間についても特に制約されるものではなく、1〜480分間の範囲で適宜調整される。
【0041】
パルプにオゾン処理を施した後、追酸化処理を施すことが好ましい。酸化処理工程を追加することによって、繊維中のホルミル基がカルボキシ基まで酸化され、解繊性がより向上するためである。追酸化処理に用いる酸化剤としては、二酸化塩素、亜塩素酸ナトリウム等の塩素系化合物が挙げられる。
【0042】
なお、オゾン処理を施したパルプあるいはオゾン処理後に追酸化処理を施したパルプは、水や有機溶媒で十分に洗浄することが好ましい。オゾン処理あるいはオゾン処理後に追酸化処理されたパルプをそのままの状態で保管すると、セルロースの結晶性が低下してしまい、樹脂に配合した際の線膨張係数が高くなるおそれがあるためである。
【0043】
(カルボキシ基を有する化合物の酸無水物による処理)
カルボキシ基を有する化合物の酸無水物による処理では、カルボキシ基を有する化合物の酸無水物によって、セルロースの水酸基の一部をカルボキシ基に化学修飾する。また、リグニンが除去される。これにより、セルロース繊維間の結合力が弱まり、解繊性が向上する。
カルボキシ基を有する化合物の酸無水物としては、無水マレイン酸、無水コハク酸、無水フタル酸、無水グルタル酸、無水アジピン酸、無水イタコン酸等のジカルボン酸化合物が挙げられる。これらは1種を単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。上記酸無水物のうち、工業的に利用しやすく、また、ガス化しやすいことから、無水マレイン酸、無水コハク酸が好ましい。
【0044】
カルボキシ基を有する化合物の酸無水物による化学的処理を行うにあたっては、予めパルプを乾燥させておくことが好ましく、具体的には、パルプの水分量を10質量%以下にすることが好ましく、5質量%以下がより好ましく、3質量%以下がさらに好ましい。パルプの水分量を下げておくと、アスペクト比の大きい微細繊維状セルロースが得られやすくなる。アスペクト比の大きい微細繊維状セルロースを樹脂に配合させると、強度がより向上し易くなる。
【0045】
パルプに対するカルボキシ基を有する化合物の酸無水物の質量割合は、特に制約されるものではないが、パルプの固形分100質量%に対して0.1〜500質量%であることが好ましく、1〜300質量%であることがより好ましい。カルボキシ基を有する化合物の酸無水物の質量割合が前記下限値以上であれば、解繊工程での微細繊維状セルロースの収率の向上効果がより高くなる。しかし、前記上限値を超えると、解繊工程での微細繊維状セルロースの収率向上効果が頭打ちとなるおそれがある。
【0046】
カルボキシ基を有する化合物の酸無水物による化学的処理を行う際には、加熱処理を施すことが好ましい。加熱処理時の温度は特に制約されるものではないが、セルロースの熱分解温度の点から、100〜250℃であることが好ましい。
【0047】
カルボキシ基を有する化合物の酸無水物により化学的処理を行った後には、パルプに対して、アルカリ溶液で処理するアルカリ処理工程を施すことが好ましい。アルカリ処理の方法としては特に制約されるものではないが、例えば、アルカリ溶液中に、カルボキシ基を有する化合物の酸無水物により化学的処理を行ったパルプを浸漬する方法が挙げられる。
アルカリ溶液に含まれるアルカリ化合物は、無機アルカリ化合物であってもよいし、有機アルカリ化合物であってもよい。無機アルカリ化合物としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム等が挙げられる。有機アルカリ化合物としては、アンモニア、脂肪族アミン、芳香族アミン等が挙げられる。
アルカリ溶液の溶媒としては、水又は有機溶媒のいずれであってもよいが、有機溶媒の場合は極性有機溶媒であることが好ましく、少なくとも水を含む水系溶媒がより好ましい。
【0048】
なお、アルカリ処理後には、取り扱い性を向上させるために、解繊工程の前にアルカリ処理済みパルプを水や有機溶媒によって洗浄することが好ましい。
【0049】
(リン酸基を有する化合物による処理)
リン酸基を有する化合物による処理では、リン酸基を有する化合物によって、セルロースの水酸基の一部をリン酸基に化学修飾する。また、このリン酸基を有する化合物による処理によってリグニンが除去されてセルロース繊維間の結合力が弱まり、解繊性が向上する。
リン酸基を有する化合物としては、リン酸、リン酸二水素ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸三ナトリウム、ピロリン酸ナトリウム、メタリン酸ナトリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸水素二カリウム、リン酸三カリウム、ピロリン酸カリウム、メタリン酸カリウム、リン酸二水素アンモニウム、リン酸水素二アンモニウム、リン酸三アンモニウム、ピロリン酸アンモニウム、メタリン酸アンモニウム等が挙げられる。これらは1種を単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。上記リン酸基を有する化合物のうち、工業的に利用しやすい点から、リン酸二水素ナトリウム、リン酸水素二ナトリウムが好ましい。
【0050】
パルプに対するリン酸基を有する化合物の質量割合は、特に制約されるものではないが、パルプの固形分100質量部に対して、リン元素に換算した添加量が0.1〜500質量部であることが好ましく、1〜400質量部であることがより好ましく、2〜200質量部であることがさらに好ましい。リン酸基を有する化合物の質量割合が前記下限値以上であれば、解繊工程での微細繊維状セルロースの収率の向上効果がより高くなる。しかし、前記上限値を超えると、解繊工程での微細繊維状セルロースの収率向上効果が頭打ち状態となり、コスト上昇に見合った効果が期待できない。
【0051】
リン酸基を有する化合物による化学的処理を行う際には、加熱処理を施すことが好ましい。加熱処理時の温度は特に制約されるものではないが、セルロースの熱分解温度の点から、100〜250℃であることが好ましい。
【0052】
リン酸基を有する化合物により化学的処理を行った後には、パルプに対して、アルカリ溶液で処理するアルカリ処理工程を施すことが好ましい。アルカリ処理の方法としては特に制約されるものではないが、例えば、アルカリ溶液中に、リン酸基を有する化合物により化学的処理を行ったパルプを浸漬する方法が挙げられる。
アルカリ溶液に含まれるアルカリ化合物は、無機アルカリ化合物であってもよいし、有機アルカリ化合物であってもよい。無機アルカリ化合物としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム等が挙げられる。有機アルカリ化合物としては、アンモニア、脂肪族アミン、芳香族アミン等が挙げられる。
アルカリ溶液の溶媒としては、水又は有機溶媒のいずれであってもよいが、有機溶媒の場合は極性有機溶媒であることが好ましく、少なくとも水を含む水系溶媒がより好ましい。
【0053】
なお、アルカリ処理後には、取り扱い性を向上させるために、解繊工程の前にアルカリ処理済みパルプを水や有機溶媒によって洗浄することが好ましい。
【0054】
(酵素による処理)
酵素による処理では、理由は定かではないが、セルロースの結晶部分が攻撃されて、結合が緩むことにより、解繊性が向上するものと考えられる。
【0055】
酵素としては、セルラーゼ系酵素やヘミセルラーゼ系酵素が好ましい。
セルラーゼ系酵素としては、トリコデルマ(Trichoderma、糸状菌)属、アクレモニウム(Acremonium、糸状菌)属、アスペルギルス(Aspergillus、糸状菌)属、ファネロケエテ(Phanerochaete、担子菌)属、トラメテス(Trametes、担子菌)属、フーミコラ(Humicola、糸状菌)属、バチルス(Bacillus、細菌)属、スエヒロタケ(Schizophyllum、担子菌)属、ストレプトミセス(Streptomyces、細菌)属、シュードモナス(Pseudomonas、細菌)属等が産生するセルラーゼ系酵素が挙げられる。これらのうち、糸状菌セルラーゼ系酵素が好ましく、糸状菌セルラーゼ系酵素の中でも、トリコデルマ菌(Trichoderma reesei、あるいはHyporea jerorina、糸状菌の一種である子嚢菌)が生産するセルラーゼ系酵素は種類が豊富であり、生産性も高いため、より好ましい。
【0056】
ヘミセルラーゼ系酵素としては、キシランを分解する酵素であるキシラナーゼ(xylanase)、マンナンを分解する酵素であるマンナーゼ(mannase)、アラバンを分解する酵素であるアラバナーゼ(arabanase)、ペクチンを分解する酵素であるペクチナーゼ(pectinase)が挙げられる。これらのうち、広葉樹由来のパルプに対してはキシラーゼが、針葉樹由来のパルプに対してはマンナーゼが好ましい。
【0057】
パルプに対する酵素の添加量は特に制約されるものではなく、酵素の種類、木材の種類(針葉樹か広葉樹か)、機械パルプの種類等によって適宜調整して添加する。
【0058】
セルラーゼ系酵素処理時のパルプのpHは、酵素反応の反応性の点から、弱酸性領域(pH=3.0〜6.9)であることが好ましい。一方、ヘミセルラーゼ系酵素処理時のパルプのpHは、弱アルカリ性領域(pH=7.1〜10.0)であることが好ましい。
【0059】
酵素処理時の温度は特に制約されるものではないが、30〜70℃が好ましく、35〜65℃がより好ましく、40〜60℃がさらに好ましい。酵素処理時の温度が前記下限値以上であれば、酵素活性が低下しにくく、処理時間の長期化を防止でき、前記上限値以下であれば、酵素の失活を防止できる。
【0060】
酵素処理時間は0.5〜24時間が好ましい。処理時間が前記下限値以上であれば、酵素処理の効果を充分に発揮させることができる。一方、前記上限値以下であれば、セルロース繊維の分解による繊維長の短小化を抑制でき、樹脂に配合した際の強度向上効果を充分に得ることができる。酵素処理時間は、酵素の種類、温度、pH等によって調整することができる。
【0061】
酵素処理した後には酵素を失活させることが好ましい。酵素を失活させれば、酵素反応を停止して繊維の糖化の進行が止まるため、収率低下を防止でき、繊維長の短小化を抑制できる。酵素を失活させる方法としては、アルカリ水溶液(好ましくはpH10以上、より好ましくはpH11以上)を添加する方法、80〜100℃の熱水を添加する方法が挙げられる。
【0062】
(化学処理工程数)
本発明における化学処理工程数は、パルプに対して1種の化学的処理を施す1段処理工程でもよく、2種以上の化学的処理を順に施す2段処理工程以上であってもよい。
解繊工程での微細繊維状セルロースの収率の向上効果がより高くなる点から、2種以上の化学的処理を順に施す2段処理工程以上が好ましく、得られる微細繊維状セルロースの形状(繊維長、繊維幅、軸比)を好適に調整することができる点から、パルプに対してオゾンによる処理を施した後に、カルボキシ基を有する化合物の酸無水物あるいはリン酸基を有する化合物による処理を施す2段処理工程がより好ましい。
【0063】
(解繊工程)
解繊工程は、化学的処理を施されたパルプに解繊処理を施す工程である。
解繊処理に用いる装置としては、高速解繊機、グラインダー(石臼型粉砕機)、高圧ホモジナイザー、超高圧ホモジナイザー、高圧衝突型粉砕機、ボールミル、ビーズミル、振動ミル、ディスク型リファイナー、コニカルリファイナー、二軸混練機、高速回転下でのホモミキサー、ビーター等、従来公知の解繊処理装置を適宜選択して使用することができる。
【0064】
(微細繊維状セルロースの利用)
上記製造方法により得た微細繊維状セルロースは、樹脂の強化繊維として使用することができる。微細繊維状セルロースを樹脂に混合すれば、強度、剛性等を向上させることができる。
微細繊維状セルロースを強化繊維として使用する際の混合方法としては、例えば、溶融させた樹脂に、固形状又はスラリー状の微細繊維状セルロースを添加し、溶融混練する方法、樹脂のエマルションとスラリー状の微細繊維状セルロースとを混合し、脱水する方法などが挙げられる。
【0065】
微細繊維状セルロースを混合する樹脂としては、熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂のいずれであってもよい。
熱可塑性樹脂としては、ポリエチレン(高圧法低密度ポリエチレン、直鎖状低密度ポリエチレン、高密度ポリエチレン)、ポリプロピレン(ホモポリマー、ランダムポリマー、ブロックポリマー)、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデン、ポリスチレン、スチレン−アクリル共重合体、アクリル樹脂、ABS樹脂、ポリ乳酸、ポリブチレンサクシネート、ポリヒドロキシブチレート、ポリエチレンアジペート、ポリカプロラクトン、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリアミド、ポリカーボネート、ポリアセタール、ポリフェニレンオキシド、フッ素樹脂などが挙げられる。
【0066】
熱硬化性樹脂としては、エポキシ樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、フェノール樹脂、ウレタン樹脂、ジアリルフタレート樹脂、メラミン樹脂などが挙げられる。
上記樹脂は、1種単独でもよいし、2種以上の併用でもよい。
【0067】
高い透明性が要求される場合には、微細繊維状セルロースを分散させる樹脂として透明樹脂(例えば、ポリスチレン、アクリル樹脂、ポリカーボネート、ポリエチレンテレフタレート等)を用い、上記解繊工程の後に遠心分離等により沈殿物を除去した微細繊維状セルロースを用いることが好ましい。
【0068】
本発明において原料として使用する機械パルプは、元の木材とほとんどそのままの組成比率でセルロース、ヘミセルロース、リグニンを含有する。従来の製造方法ではリグニンを含むと、リグニンが繊維同士を接着する接着剤の役割を果たすため、解繊工程での収率が低下したが、本発明では、パルプに解繊処理を施す前に化学的処理を施すことによって、解繊工程での微細繊維状セルロースの収率低下を防いでいる。
さらに、本発明の製造方法により得た微細繊維状セルロースは、繊維長が長い。繊維長が長い理由は定かではないが、化学的処理時にパルプに含まれるリグニン成分が優先的に反応することにより、セルロース鎖の切断が抑制されていることが一つの理由として考えられる。
【実施例】
【0069】
以下に、具体的な製造例を挙げて本発明を説明するが、本発明は以下の具体例の製造方法に限定されるものではない。なお、実施例及び比較例に記載された「%」及び「部」は、いずれも、「質量%」及び「質量部」のことである。
【0070】
また、各実施例及び各比較例において、微細繊維状セルロースが得られたことは以下の方法により確認した。
すなわち、後述の解繊セルロース懸濁液の上澄み液を濃度0.05〜0.1%に水で希釈し、親水化処理したカーボングリッド膜に滴下した。乾燥後、酢酸ウラニルで染色し、TEM(日本電子社製、JEOL−2000EX)によりセルロース繊維の幅を観察した。その幅に基づき、微細繊維状セルロースが含まれているか否かを判断した。
【0071】
<オゾンによる化学的処理>
(実施例1)
[オゾン処理]
原料パルプとして砕木パルプ(GP、パルプ濃度20%、カナダ標準濾水度100ml)を使用した。上記パルプに水を加え、パルプ濃度4%に調製した後、硫酸を加えてpHを2に調整し、室温で30分静置した。遠心脱水機を用いて脱水を行い固形分濃度30%のパルプを得た。得られたパルプをフラッフ化した後、容積3Lのポリフッ化ビニリデン製のテドラバッグに入れ、そこに酸素を放電して生成させたオゾンガス(200g/m
3)を、セルロース懸濁液の固形分100部に対して5部添加した。
次いで、オゾンを添加し終えたテドラバッグを、パルプとオゾンが充分に反応するように手で2分間振とうさせた後、室温で2時間放置した。反応後、パルプを取り出し、5倍量のイオン交換水で懸濁洗浄し、洗浄水のpHが6以上になるまで懸濁洗浄を繰り返した。ろ紙を用いて減圧ろ過し、固形分濃度20%のオゾン酸化パルプを得た。
【0072】
[追酸化処理]
上記オゾン酸化パルプ150g(固形分30g)に対し、塩酸により水溶液pHを4〜5に調整した2%濃度の亜塩素酸ナトリウム水溶液を450g(セルロース繊維の絶乾質量に対して、亜塩素酸ナトリウムとして3%相当)添加し、70℃で3時間処理して最終酸化処理を行った。反応終了後、イオン交換水で懸濁洗浄し、洗浄水のpHが6以上になるまで懸濁洗浄を繰り返した。ろ紙を用いて減圧ろ過し、固形分濃度20%のパルプを得た。
【0073】
[解繊処理]
追酸化処理したオゾン酸化パルプにイオン交換水を加え、濃度0.5%に調整した後、高速解繊機(エムテクニック社製、クレアミックス−2.2S)を用いて、21500回転/分の条件で30分間解繊して、解繊セルロース懸濁液を得た。
【0074】
(実施例2)
オゾンの添加量を15.0部とした以外は、実施例1と同様にして、解繊セルロース懸濁液を得た。なお、オゾン添加量は、オゾンの添加時間によって調整した(以下の例も同様である。)。
【0075】
(実施例3)
オゾンの添加量を30.0部とした以外は、実施例1と同様にして、解繊セルロース懸濁液を得た。
【0076】
(実施例4)
[脱脂処理]
オゾン処理を施す前に、砕木パルプ(GP)を2%炭酸ナトリウム水溶液中で攪拌しながら90℃で2時間処理した。処理後の原料は10倍量の蒸留水で洗浄し、ブフナーで脱水した後、イオン交換水を加えて濃度を調整した。
その後、実施例1と同様にして、オゾン処理、追酸化処理、解繊処理を施し、解繊セルロース懸濁液を得た。
【0077】
(実施例5)
オゾンの添加量を15.0部とした以外は、実施例4と同様にして、解繊セルロース懸濁液を得た。
【0078】
(実施例6)
オゾンの添加量を30.0部とした以外は、実施例4と同様にして、解繊セルロース懸濁液を得た
【0079】
(比較例1)
オゾン処理及び追酸化処理を施さなかったこと以外は、実施例1と同様にして、解繊セルロース懸濁液を得た。
【0080】
(比較例2)
実施例1の砕木パルプ(GP)の代わりに針葉樹晒クラフトパルプ(NBKP)を用いたこと以外は、実施例3と同様にして、解繊セルロース懸濁液を得た。
【0081】
(比較例3)
実施例1の砕木パルプ(GP)の代わりに亜硫酸パルプ(SP)を用いたこと以外は、実施例3と同様にして、解繊セルロース懸濁液を得た。
【0082】
〔評価〕
実施例1〜6及び比較例1〜3で各々得た解繊セルロース懸濁液に含まれるセルロースをTEMにより観察したところ、幅4nm程度の微細繊維状セルロースが含まれていることが確認された。
また、X線回折により、各例のセルロースはセルロースI型結晶を維持していることが確認された。
【0083】
また、上記実施例1〜6及び比較例1〜3の解繊セルロース懸濁液について、遠心分離した後の上澄み収率を以下に記載の方法により測定した。
また、微細繊維状セルロースの重合度、繊維長、繊維幅、軸比を以下に記載の方法により測定した。
各測定結果及び評価結果を表1に示す。
【0084】
[遠心分離後の上澄み収率の測定]
解繊セルロース懸濁液にイオン交換水を添加してスラリー固形分濃度を0.2%に調整し、冷却高速遠心分離機(コクサン社、H−2000B)を用い、12000Gの条件で遠心分離し、得られた上澄み液を回収し、上澄み液の固形分濃度を測定した。下記式に基づいて、微細繊維状セルロースの上澄み収率を求めた。
上澄み収率(%)=(遠心分離後の上澄み液の固形分濃度)÷(解繊セルロース懸濁液の固形分濃度)×100
なお、遠心分離後の上澄み収率は、微細繊維状セルロースが凝集した凝集物及び繊維幅が太い非微細繊維状のものを排除して求めた微細繊維状セルロースの収率であり、上澄み収率が高い程、より微細な微細繊維状セルロースの収率が高い。
【0085】
[重合度]
微細繊維状セルロース(遠心分離後の上澄み液、濃度約0.5%)を500メッシュのポリエステルメッシュ上で減圧しながらウェットシートを作成し、105℃条件にて乾燥した後、ドライシートを得た。得られたドライシートを0.5Mの銅エチレンジアミン溶液に溶解させ、粘度法にて重合度を求めた。0.5Mの銅エチレンジアミン溶液に溶解させたセルロースの粘度から、セルロースの重合度を求める式については、以下の文献1を参考にした。
なお、比較例1で得られた微細繊維状セルロースは、作成したドライシートが銅エチレンジアミン溶液に溶解しなかったため、重合度を測定することができなかった。
文献1:Isogai,A.,Mutoh,N.,Onabe,F.,Usuda,M.,“Viscosity measurements of cellulose/SO
2−amine−dimethylsulfoxide solution”, Seni Gakkaishi,45,299−306(1989)。
【0086】
[繊維長、繊維幅、軸比]
微細繊維状セルロース(遠心分離後の上澄み液、濃度約0.1%)を親水化処理したカーボン被覆グリッド上にキャストしてTEM観察用試料とし、得られたTEM画像から観察された繊維長、繊維幅、軸比の範囲を求めた。
なお、実施例3で得られた微細繊維状セルロースのTEM観察画像を
図1に、比較例2で得られた微細繊維状セルロースのTEM観察画像を
図2に示す。
【0087】
【表1】
【0088】
表1より、本発明の製造方法によって得られた実施例1〜6の微細繊維状セルロースは、解繊収率に優れ、繊維長が長く、アスペクト比も高かった。
また、
図1及び
図2からも、本発明の製造方法によって得られた微細繊維状セルロースは、繊維長が長く、アスペクト比が高いことが判る。