(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の好適な実施形態について説明する。なお、本発明の対象は以下の実施形態に限定されるものではない。また以下に記載した構成要素には、当業者が容易に想定できるもの、実質的に同一のものが含まれると共に、その構成要素は、適宜組み合わせることが可能である。また説明図は模式的なものであり、説明の便宜上、厚みと平面寸法との関係は、本実施形態の効果が得られる範囲内で実際の構造とは異なっていても良いこととする。
【0021】
なお、本実施形態におけるエピタキシャル膜とは、膜面内をX−Y面とし、膜厚方向をZ軸としたとき、結晶がX軸、Y軸およびZ軸方向にともにそろって配向しているものである。これを証明するために、2つの条件を満たす必要がある。すなわち、X線回折により、第1に配向位置でのピーク強度の確認と、第2に極点の確認が必要である。
【0022】
具体的には、第1にX線回折、すなわち、XRDによる測定を行ったとき、目的とする面以外の全ての反射のピーク強度が目的とする面の最大ピーク強度の10%以下、好ましくは5%以下である必要がある。例えば、(001)エピタキシャル膜、すなわちc面エピタキシャル膜では、膜の2θ−θXRDで(00L)面以外のピーク強度が、(00L)面の最大ピーク強度の10%以下、好ましくは5%以下である。
【0023】
第2に、極点測定において、極点が見えることが必要である。前述の第1の配向位置でのピーク強度の確認の条件においては、一方向における配向性を示しているのみであり、前述の第1の条件を得たとしても、面内において結晶配向がそろっていない場合には、特定角度位置でX線の反射強度が高まることはなく、極点は見られない。LiNbO3は三方晶の結晶構造であるため、面内においてそろっている場合、三方向からの角度位置においてX線反射強度が高まる。このため極点図においては三角形の3つの極点を示す。
【0024】
このため、前述の第1、第2の両方の条件が得られることにより、結晶がX軸、Y軸およびZ軸方向にともにそろって配向していることの証明になり、エピタキシャル膜になっているといえる。
【0025】
また、LiNbO3の結晶の場合、c軸において、180°回転させた結晶が対称的に結合した、いわゆる双晶の状態にてエピタキシャル成長することが知られている。この場合、三角形の極点が対称的に2つ結合した状態になるため、極点は6つとなる。
【0026】
また、本実施形態における配向膜とは、基板表面と平行に目的とする結晶面がそろっている結晶化膜のことを意味する。具体的には、例えば、(001)配向膜、すなわちc面配向膜は、膜の2θ−θX線回折、すなわち、XRDで(00L)面以外の反射強度が、(00L)面反射の最大ピーク強度の10%以下、好ましくは5%以下のものである。なお、本明細書において(00L)は、(001)や(002)などの等価な面を総称する表示であり、(L00)などについても同様である。
【0027】
なお、LiNbO
3の結晶構造は、擬イルメナイト型、イルメナイト類似型、変形イルメナイト型、LiNbO
3型などとして、その表記において、イルメナイト型とは区別する場合もあるが、本実施形態では、これらを総称して、イルメナイト型と定義する。擬イルメナイト型(LiNbO
3型)とイルメナイト型の違いは、2つの陽イオンが、c軸に沿った層の中で、一つの層に両イオンが入った状態で積層されるか、別の層で交互に積層されるかであるが、基本的なコランダム構造から導かれる結晶格子は同一であり、差異は小さい。
【0028】
本実施形態における双晶とは、イルメナイト結晶構造のc軸において、180°回転させた結晶が、対称的な状態で結合したものを意味する。このため、本来の三方晶のイルメナイトの単結晶構造は、XRDの極点測定において3極を示すが、本実施形態の双晶の場合では6極を示す。
【0029】
前述したとおり、SAWフィルタ等の高周波デバイスや光変調器等の光デバイスにおいては、良好な電気機械結合係数や電気光学係数等の材料特性により、ペロブスカイト構造ではなく、イルメナイト構造の膜を用いることが好ましい。つまり通常のペロブスカイト構造の膜は、圧電材料としてこれらのデバイスの応用したとき、イルメナイトの構造膜に比べて、これらの材料特性が不十分である。本実施形態はこの様な高周波対応のデバイスに対して有用となるイルメナイト膜を用いた誘電体積層薄膜である。
【0030】
図1を用いて、本実施形態の具体的な説明を行う。本実施形態の誘電体積層薄膜10の構造は、
図1に示す通り、Si基板111上に下地膜2を形成し、その上にイルメナイト構造膜3を形成させたものである。
【0031】
本実施形態の構成は、基板面にSi(111)配向を有する基板111を用いている。その上に形成される下地膜2は、少なくとも一層のZrO
2を含むエピタキシャル膜で、その上のイルメナイト構造膜3のエピタキシャル化を促進させる。イルメナイト構造膜3は、ペロブスカイト構造と結晶における原子配列が異なり、例えばニオブ酸リチウム(LiNbO
3)などである。
【0032】
ここで、従来技術においては、Si基板表面が(100)面に規定されている。Si(100)積層面での、a‐b軸が成す格子角度は90°の正方形である。
図1で基板111がSi(100)に置き換わったと考えればよい。
【0033】
一般的に、ペロブスカイト構造は化学式ABX
3で表される。ここで安定したペロブスカイト構造は、以下のShannonのイオン半径を用いた式で表されるトレランスファクタtの値が0.9〜1.1の範囲にて成り立つ。
t=(RA+RX)/√2(RB+RX)
t:トレランスファクタ(ペロブスカイト構造における許容度、理想は1)
RA:Aサイトにおけるイオン半径
RB:Bサイトにおけるイオン半径
RX:Xサイトにおけるイオン半径
ここでLiNbO
3などは、ペロブスカイトと同じ化学式のABX
3でありながら、トレランスファクタの値が0.75と小さいため、その結晶内での歪が大きくなり、イルメナイト構造という別の結晶構造になる。
【0034】
次に、ペロブスカイト構造とイルメナイト構造の違いについて説明する。
図3は従来構造のチタン酸バリウム(BTO)等のペロブスカイト構造の結晶構造を示している。31はa軸、32はb軸、33はc軸を示している。斜線丸Aは、ABX
3のAの原子を示しており、この場合はBaである、黒丸Bは、ABX
3のBの原子を示しており、この場合はTiである、白丸Xは、ABX
3のXの原子を示しており、この場合はOである。
【0035】
図3の原子におけるShannonのイオン半径はそれぞれ、Ba(Aイオン)=0.161nm、Ti(Bイオン)=0.061nm、O(Xイオン)=0.140nmで、トレランスファクタは1.06である。31はa軸、32はb軸、33はc軸を示している。その構造はBaのAイオンを格子枠とし、面心位置にOのXイオン、体心位置にTiのBイオンが入り、比較的に単純な構造である。
図3によると、積層面でのa−b軸が成す格子角度が90°の正方形であるため、Si(100)の格子面と同じ格子角度の正方形のため、格子整合は可能である。
【0036】
これに対し、
図4は本実施形態のLiNbO
3等のイルメナイト構造膜3の結晶構造を示している。斜線丸Aは、ABX
3のAの原子を示しており、この場合はLiである、黒丸Bは、ABX
3のBの原子を示しており、この場合はNbである、白丸Xは、ABX
3のXの原子を示しており、この場合はOである。
【0037】
図4の原子におけるShannonのイオン半径はそれぞれ、Li(Aイオン)=0.076nm、Nb(Bイオン)=0.064nm、O(Xイオン)=0.140nmで、AイオンのLiが先のBTOのBaに比べて小さく、その計算におけるトレランスファクタは0.75と、ペロブスカイト構造の理想とされる1に対して小さい。このため結晶内の歪は大きくなり、通常のペロブスカイトではない複雑な構造であるイルメナイト構造を有する。このため両者共にABX
3の化学式として表される誘電体であるが、その結晶形態は大きく異なっている。
【0038】
図4によると、a‐b軸が成す格子角度は60°又は120°のひし型となるため、Si(100)の格子面は平面上において整合しない。このため、この基板Si(100)の表面をもって、LiNbO
3等、イルメナイト構造のエピタキシャル膜を製作することは困難であると言える。
【0039】
上記について詳細な説明を行う。
図5はSiの結晶構造、すなわち、ダイヤモンド構造である。31はa軸、32はb軸、33はc軸を示している。斜線丸は、Siの原子を示している。
【0040】
図6は、
図5のSiの結晶構造における(100)面の位置を示している。斜線丸は、Siの原子を示している。b軸とc軸で形成される斜線で示した平面部は、Si(100)面である。
【0041】
図7は、
図6のSiの結晶構造において、b軸とc軸で形成される斜線で示した平面部が実際に並んだ状態のSi(100)面の格子配列を示している。
図7によると、Si(100)面の格子配列は、角度90°の正方形の格子配列となる。
【0042】
図8は、
図3のペロブスカイト構造の結晶構造において、a軸とb軸で形成される平面上の、BTO(001)の格子配列を示している。斜線丸は、ABX
3のAの原子を示しており、この場合はBaである、白丸は、ABX
3のXの原子を示しており、この場合はOである。
図7のSi(100)面の格子配列に対して、BTO(001)等のペロブスカイト構造の格子配列は、
図8の通りSi(100)と同様の格子角度90°で正方形となるため、平面上において結晶整合を合わせることが可能である。
【0043】
図9は、a軸とb軸で形成される平面上の、イルメナイト構造の格子配列を示している。黒丸は、ABX
3のBの原子を示しており、この場合はNbである。LiNbO
3(001)等のイルメナイト構造においては、その格子配列が
図9の通り、格子角度60°又は120°のひし型となるため、
図7の様なSi(100)の正方形の格子面は平面上において整合しない。このため、Si(100)の結晶表面をもって、LiNbO
3等のイルメナイト構造のエピタキシャル膜を製作することは困難であると言える。
【0044】
LiNbO
3(001)面のひし型の結晶構造を、Si基板表面にて得る場合、Si基板の切断方向を変えることが有効である。ここで、
図10aは、Si基板において、図中の斜線部は、Si(111)面を出す方向にて切断したものである。斜線丸はSiである。その格子配列は、
図10bの通り、正三角形が2つ対向して重なった状態において、格子角度60°又は120°のひし形の形状を得ることができる。これにより、Si基板とLiNbO
3等のイルメナイト構造膜3において、結晶の整合性をとることが可能となる。
【0045】
ここで、Si(111)基板111面上に直接LiNbO
3を成膜した場合においては、良好なエピタキシャル膜は得られない。良好なLiNbO
3のエピタキシャル膜を得るためには、基板との間で格子整合の合った、エピタキシャル成長を促進させる下地膜が必要である。具体的には以下の様な下地膜構成を用いて、Si(111)基板111上に良好な(001)配向を示すLiNbO
3のエピタキシャル膜を得ることが可能となる。
【0046】
(1)下地膜
Si(111)基板111面上に形成された、少なくとも一層のZrを主成分とする酸化物のエピタキシャル膜2が下地膜2であり、その膜厚は100nm以下である。その上には結晶配向の安定化や、デバイスへの応用上の理由により別の酸化物、又は金属のエピタキシャル膜を追加して構成させることが可能である。これらの膜構成を合わせて下地膜2とする。格子整合の状態は、Si基板と下地膜2との結晶性のずれを示すmisfitとして、以下の計算式を用いて求められる。
misfit(%)=((上部膜a軸長−下部ベースa軸長)/下部ベースa軸長)×100
【0047】
ここで、Si基板111とZrO
2からなる下地膜2とのmisfitの値は、Si(111)のa軸長が0.384nm、ZrO
2のa軸長が0.364nmであるため、−5.2%となる。このmisfitは±15%以下の状態において、格子整合の取れた良好なエピタキシャル膜が得られる。その結晶配向性を示すZrO
2(111)面のロッキングカーブの値は、Si基板111上において1.6°以下である。
【0048】
(2)イルメナイト構造膜
下地膜2を有するSi基板111上に形成された、イルメナイト構造のエピタキシャル膜3で、LiNbO
3の場合、a軸長は0.520nmである。ここで、
図11は、Si基板と下地膜の格子面上にイルメナイトの格子面をあわせた図である。白丸で示す原子は、下地膜の格子面8であり、Si基板と下地膜の格子面は、a軸長はほぼ同様の値であり、1:1で同じ格子面8となる。黒丸で示す原子は、イルメナイト格子面9である。
【0049】
図11の、太線で囲われたひし形の結晶格子8は、対向する三角形の下地膜の格子面8を2つ合わせたものに相当し、太い破線で囲われたひし形の結晶格子9は1つのイルメナイトの格子面9である。
図11によると、a軸上に沿って、下地膜3つのひし形の結晶格子に対し、イルメナイト2つのひし形の結晶格子の割合で形成されていることを示している。また、格子面は互いに、ひし形であるので当然、b軸上においても同様である。このときの下地膜2とのmisfitは−4.8%と良く整合する。またイルメナイト構造膜3であるLiNbO
3膜のXRD測定における(006)面のロッキングカーブは1.6°以下の良好な配向性を示す。
【0050】
Si基板111はその表面に(111)面を有する単結晶基板である。Si基板111の電気抵抗は、本実施形態においては主として10Ωcm以下の低抵抗のものを用いているが、高周波デバイス用途によく用いられる1kΩcm以上の高抵抗の基板においても、イルメナイト構造のエピタキシャル膜3は作製可能であり、基板の電気抵抗に限定されるものではない。
【0051】
またSi基板111における(111)の方位軸は、基板面に対して垂直であることが望ましいが、Si基板の切断において、数度程度傾斜した状態においても、これらのエピタキシャル膜は作製可能である。
【0052】
本実施形態における下地膜2は、ZrO
2を主成分とした、厚さ5〜50nmのエピタキシャル膜で、成膜時の基板温度が600〜1200℃の高温条件下で成膜される。ここで、
図2に示すように、ZrO
2の膜上に、別の酸化物、又は金属薄膜を形成させた場合においても、その上方においてイルメナイト構造を持ったエピタキシャル膜の作製は可能である。この場合、下地膜2は、ZrO
2からなる第1のエピタキシャル下地膜21を少なくとも含んだ、金属薄膜からなる第2のエピタキシャル下地膜22という構成になる。
【0053】
また、上記において、下地膜2として複合構成される第2のエピタキシャル下地膜22である金属薄膜としては、白金(Pt)、イリジウム(Ir)、レニウム(Re)、パラジウム(Pd)、ロジウム(Rh)、ルテニウム(Ru)などが挙げられる。これらの金属薄膜は、ニオブ酸リチウム(LiNbO
3)膜からなるイルメナイト構造膜3とSi基板1の間に成膜されるが、デバイスで用いる際において、電圧印加する場合の下部電極として用いることが可能である。
【0054】
本実施形態における、LiNbO
3のエピタキシャル膜であるイルメナイト構造膜3は、下地膜2上に、高温度条件下でスパッタリング法に成膜されることにより作製されているが、真空蒸着法や化学蒸着法(CVD)、ゾルゲル法を用いても作製は可能である。また本実施形態においてはLiNbO
3にて行われているが、同じ結晶形態であるタンタル酸リチウム(LiTaO
3)などのイルメナイト構造の材料においては、同様の方法にてエピタキシャル膜の作製が可能である。
【0055】
LiNbO
3等のイルメナイト構造膜3の成膜時の基板温度は、600〜1200℃にて良好なエピタキシャルを得ることが可能である。しかしながら基板温度で1000℃を超える高温の状態においては、装置上におけるヒータへの負荷も大きい上に、基板や下地膜との熱膨張差による膜剥がれやクラックが生じやすくなるため、基板温度として望ましくは600〜800℃である。
【0056】
またLiNbO
3等のイルメナイト構造膜3の単結晶は、通常、三方晶の単晶であるが、Si基板111上の下地膜2の場合、成膜時の膜応力が大きく、膜剥がれが生じやすくなる。このためこれを回避するためには、成膜時については結晶c軸に対して回転双晶のエピタキシャル膜として成膜し、成膜後の分極処理により圧電特性を得る方法が有効である。
【0057】
イルメナイト型構造は、化学式ABX
3で表される。この時、A、及びBイオンは結晶構造における陽イオンであり、AイオンはLiを含む元素で、一部を他の元素で置き換えることが可能である。またBイオンはNb、Taから選ばれた1種類以上の元素で、さらにその一部を他の元素で置き換えることが可能である。Xは酸素(O)である。
【0058】
上記元素から選ばれた、イルメナイト構造膜3、すなわち、イルメナイト構造のエピタキシャル膜3としては、LiNbO
3、又はLiTaO
3が最も望ましいが、この両者の固溶体、又は他の元素を添加物として導入した状態においてもエピタキシャル膜の作製は可能である。
【0059】
また、化学式ABX
3においては、A、及びBイオンの一部を他の添加物元素に置き換えることが可能である。具体的にAイオンにて置き換えられる元素としては、K、Na、Rb、Cs、Be、Mg、Ca、Sr、Baなどが挙げられる。またBイオンにて置き換えられる元素としては、Ti、Zr、Hf、V、Cr、Mo、W、Fe、Co、Ni、Znなどが挙げられる。またXの一部をこれら列挙された一種以上の元素にて置き換えることも可能である。
【0060】
上記化学式ABX
3において、A/Bイオンのモル比は0.9〜1.1であり、さらには0.95〜1.05であることが好ましい。またXにおいては、3に限定されるものでなく、酸素欠陥、又は酸素過剰の状態下においても、エピタキシャル膜の作製は可能である。
【0061】
以下に、Si基板111上の、イルメナイト構造膜3としてのLiNbO
3の配向関係を示している。このような配向関係にすることで、最も安定したエピタキシャル膜を形成することができる。
水平面:Si(111)/ZrO
2(111)/LiNbO
3(001)
面直A:Si(112)/ZrO
2(112)/LiNbO
3(110)
面直B:Si(110)/ZrO
2(101)/LiNbO
3(100)
ここで、水平面は基板面と平行な面であり、面直Aは積層された基板を任意に垂直に切った一つの断面であり、面直Bは面直Aと垂直に交差する断面である。
【0062】
Si(100)基板上のペロブスカイト構造のエピタキシャル膜に比べ、イルメナイト構造膜3としての、Si(111)基板111上の、イルメナイト構造のエピタキシャル膜3の成膜の場合は、その結晶の原子配列の複雑さより、基板面内に一様に安定した膜を得ることは難しく、Si(100)基板1上のペロブスカイト構造のエピタキシャル膜と同様の成膜条件においては成し得ない。特に、成膜時の膜応力や、結晶面がひし形であること、Si(111)面を用いることは、イルメナイト構造のエピタキシャル膜を作製するにあたり、重要になる条件で、ペロブスカイトに比べ基板面に垂直のエピタキシャル膜を作製することは困難である。
【0063】
このため、イルメナイト構造膜3については、これまでペロブスカイト構造のエピタキシャル膜では考慮していなかった、膜応力等に関する成膜条件への考慮が必要である。具体的には以下の通りである。
【0064】
(1)下地膜
Si基板111の(111)面の結晶配向を継承して、下地膜2が酸化ジルコニウム(ZrO
2)からなる第1のエピタキシャル下地膜21である場合は、その表面に(111)面が得られる様に形成される。ZrO
2の(111)面は格子結晶においてSi(111)と同様で、傾斜を持って形成される。ここで下地膜2が厚いと、成膜途中で発生した結晶中に本来あるべき位置にその原子が欠損している、すなわち、格子欠陥等の影響が、表面において大きく現れるため、ペロブスカイト構造の膜の場合より薄い条件の方が良好である。その膜厚は2〜50nm、願わくは2〜20nmである。
【0065】
(2)イルメナイト構造膜
イルメナイト構造を持つエピタキシャル膜、すなわち、イルメナイト構造膜3についても、格子欠陥の観点より膜厚は200〜2000nmと比較的薄い方が良好であり、願わくは200〜1000nmである。
(3)成膜レート
イルメナイト構造膜3の成膜レートは、格子欠陥や膜応力増加の観点より0.5〜30.0nm/minが好ましい。
【0066】
(4)膜厚分布
成膜レートと共にその膜面における分布は、面内における応力の分布につながる。すなわち、膜の厚い部分は相対的に膜応力が大きくなり、また、その膜厚は一般的に基板中央から外側に向けて薄くなるため、膜応力は中央から外側に向かって開放される方向に向かう。このため膜厚分布は出来る限り抑制する必要があり、願わくは(MAX−MIN)/MAXの計算式において10%以下である。
【0067】
(5)基板温度分布
Si基板111の熱膨張係数が2.6×10
−7〔m/K〕に対して、LiNbO
3からなるイルメナイト構造膜3は15〜16×10
−7〔m/K〕とLiNbO
3の熱膨張係数は基板のSiに対して一桁大きい。このため成膜時の基板温度の差は、内部応力として分布を持つことになり、安定したエピタキシャル成長の妨げとなる。また温度分布は酸化等の化学的な安定性への影響もあり、基板面における温度分布は(MAX−MIN)/MAXの計算式において10℃以下、願わくは5℃以下の制御が好ましい。
【0068】
(6)膜応力
Si基板111面上に成膜されたイルメナイト構造膜3の、成膜における応力は、膜剥がれの起きていない状態において、200MPa以下であることが望ましい。このためには、成膜レート、成膜分布、基板温度分布を上記の設定にすると共に、基板温度の設定は1000℃以下、望ましくは600〜800℃とすることが望ましい。
【0069】
(7)雰囲気制御
イルメナイト構造膜3の成膜においては、成膜の時間と共に、結晶内でのLiなどの軽元素とNb、Taなどの元素の比率や、Oの欠損、過剰の状態が変化していくため、成膜中にスパッタガスの圧力やO2ガス分圧などの雰囲気を調節する必要がある。具体的な調整の範囲はガス圧力で0.1〜1.5Pa、O2分圧で20〜50%の範囲にて調整される事が好ましい。
【0070】
LiNbO
3等のイルメナイト構造膜3の単結晶は三方晶の単晶であるが、この単晶のエピタキシャル膜は成膜時の膜応力が大きく、剥がれやクラックが生じやすいため、成膜時においては双晶であることが望ましい。双晶のエピタキシャル膜の成膜は上記の成膜条件にて制御されることにより、作製が可能である。
【実施例】
【0071】
(実施例1)
以下に、実施形態に基づいた実施例1について、実際に試作を作製し、評価を行ったので、具体的に説明する。
【0072】
酸化物薄膜をエピタキシャル成長させる基板として、その表面が(111)面となる様に切断、及び鏡面研磨したSi単結晶基板111を用いた。Si基板111は基板抵抗を下げるために添加物元素をドープしたP型の3インチ基板で、その電気抵抗値は10Ωcm以下の低抵抗基板であるが、特に添加物元素やその基板抵抗値を規定するものではなく、基板表面にSi(111)面が出ているものであれば良い。
【0073】
図1に基づく、下地膜2の成膜のため、真空チャンバー内に設置された加熱機構を備えるホルダーに、上記基板111の一方を固定し、チャンバー内を真空ポンプにて1×10
−4〔Pa〕以下まで排気した後、酸素ガスを導入しながら、基板温度を600〜1200℃に加熱し、Si基板111表面に5nm以下のSi酸化物を形成させる。
【0074】
その後、金属Zrを、基板面に向けて蒸発させることにより、Si(111)基板111面上に下地膜2としての良質な、ZrO
2の第1のエピタキシャル下地膜21を形成した。実施例1における設定膜厚は10nmとしたが、5〜50nmにて同様の下地膜の効果が可能である。下地膜2は、ZrO
2からなる第1のエピタキシャル下地膜21の1層である。
【0075】
このZrO2の第1のエピタキシャル下地膜21が形成されたSi(111)基板111と、下記に示す比較例1〜3としての、比較用のSi基板を、スパッタリング装置の加熱装置を備える基板ホルダーに固定して、真空チャンバー内で1×10
−4〔Pa〕以下まで排気した後、基板温度を600〜1000℃に加熱する。その後、20〜50%のO2とArを混合させたスパッタガスを導入し、ガス圧力を調整するためのスパッタ装置に付属する部品であるオリフィスを用いて、ガス圧力を0.1〜1.0Paに調整した後、ターゲット基板間に電圧をかけて放電させ、500nm程度の膜を積層させた。
【0076】
実施例1で用いるターゲットは、Li
2CO
3とNb
2O
5を主原料とする、Li/Nbのモル比が1.0で作製されたLiNbO
3で、純度は2N以上のものである。
【0077】
LiとNbの分子量は、Liの6.94に対してNbが92.91とその差が大きく、スパッタリングによる成膜時の直進性等の差異により、組成ズレが懸念されるところであったが、分子量を測定する装置であるICP−AESによるLiとNbの組成比の確認の結果、ターゲット組成に対して大きな組成ズレはなく、膜の状態においても、ほぼLi/Nbモル比は1.0で形成されることを確認した。すなわち、ターゲットのLi/Nbモル比と、成膜後であって製品完成時のLi/Nbモル比は、同等であるということである。
【0078】
また、実施例1に用いられるターゲットの作製においては、粉材の焼結体を粉砕して調合をするために、耐磨耗性の高いZrO
2材のボールミルを用いて、粉砕調合が行われることが望ましい。この際、ターゲット粉材には、粉砕時にボールミルが削れて若干のZrが混入されるが、0.002〜0.1wt%の少量のZrの混入したLiNbO
3ターゲットにおいて成膜されたLiNbO
3膜においても、エピタキシャル成長は可能である。
【0079】
実施例1における成膜の構成は、
図1の通り、上から、イルメナイト構造膜3/ZrO
2からなる第1のエピタキシャル下地膜21/Si(111)基板111の構成である。下地膜2は、ZrO
2からなる第1のエピタキシャル下地膜21の1層である。
【0080】
Si基板111上の、イルメナイト構造膜3としてのLiNbO
3の実施例1の配向関係は以下のように作られている。
水平面:Si(111)/ZrO
2(111)/LiNbO
3(001)
面直A:Si(112)/ZrO
2(112)/LiNbO
3(110)
面直B:Si(110)/ZrO
2(101)/LiNbO
3(100)
ここで、水平面は基板面と平行な面であり、面直Aは積層された基板を任意に垂直に切った一つの断面であり、面直Bは面直Aと垂直に交差する断面である。
【0081】
これに対し、
図12aに、比較例1の膜構成を示す。比較例1として、上から、LiNbO
3からなるイルメナイト構造膜3/ZrO
2からなる下地膜21/Si(100)基板100、の構成の試作を用意した。下地膜21は、ZrO
2からなる第1のエピタキシャル下地膜21の1層である。
【0082】
図12bに、比較例2の膜構成を示す。比較例2として、下地膜2のない、LiNbO
3からなるイルメナイト構造膜3/Si(111)基板111の構成の試作を用意した。
【0083】
図12cに、比較例3の膜構成を示す。比較例3として、ZrO
2からなる下地膜21/Si(111)基板111の構成の試作を用意した。下地膜21は、ZrO
2からなる第1のエピタキシャル下地膜21の1層である。
【0084】
図13aと
図13bは、実施例1における膜構成を、X線回折、すなわち、XRDによるLiNbO
3のエピタキシャル膜3の結晶性の状態をθ−2θの回折ピークについて、比較例1〜3と共に、測定を行ったものである。以後、図中においては、LiNbO3のことを、略して、LNと示す。図中の、LN(***)は、LiNbO3の結晶面を示している。
【0085】
θ−2θの回折ピークにおいて、c軸配向となる38.9°のLiNbO3(006)のピーク位置において、高いピークがあり、本来の主ピークである23.6°付近のLN(012)を含め、他の結晶位置において、回折ピークはないか、十分に小さいと、エピタキシャルと言えるのであるが、実施例1の膜構成を示す曲線11は、
図1のLiNbO
3/ZrO
2/Si(111)の構成で、
図13aによると、LiNbO
3のc軸方向となる(006)の38.9°の位置において高い回折ピークが得られている。ここでLiNbO
3の本来の主ピークである(012)の23.6°付近を含め、他の結晶位置での回折ピークは全く見られないか、又は極度に低くなっており、c軸の(006)に優先配向されていることが分かる。
【0086】
また、
図13b上の曲線12は、
図12aの比較例1の、LiNbO
3/ZrO
2/Si(100)の構成における回折ピークであるが、実施例1の曲線11に見られるような38.9°付近のLiNbO
3(006)の高いピークは見られない。このため、イルメナイト構造のエピタキシャル膜3を得るためには、結晶形状を合わせた基板のSi(111)面が必要であることが分かる。
【0087】
更に、
図13a上の曲線13は、
図12bの比較例2の、直接LiNbO
3膜をSi(111)基板111面上に成膜したものであるが、実施例1の曲線11においても、38.9°付近のLiNbO
3(006)のピークは見られない。このためイルメナイト構造のエピタキシャル膜を得るためには、エピタキシャル成長を促進させるための、良好な下地膜2が必要であることが分かる。
【0088】
図13b上の曲線14は、
図12cの比較例3の、LiNbO
3膜の無い下地膜2のみの状態で、ZrO
2/Si(111)の測定結果である。本結果においてはLiNbO3膜がないため、38.9°付近を含め、全てのLiNbO3の回折ピークは見られず、実施例1の結果が、ZrO
2/Si(111)の構成によるものではなく、LiNbO
3膜によるものであることが分かる。
【0089】
図14は、実施例1の、LiNbO
3の結晶方向(014)からの、φスキャン測定による極点図で、明瞭な6つの極点4が見られる。これにより、LiNbO
3膜の結晶構造において、c軸を回転軸とした双晶の状態であると共に、基板表面におけるエピタキシャル膜としての、良好な配向性が得られていることが分かる。
【0090】
(実施例2)
次に、スパッタリングターゲットにおけるLi/Nbのモル比を変更した後、上記と同様の方法、同様の膜厚構成にて成膜し、その膜の組成比に対する結晶性の違いを確認した。
【0091】
図15に、Li/Nbモル比に対するロッキングカーブおける半値幅の結果を示す。これによると、Li/Nbモル比は0.9〜1.1の範囲にかけて良好な結晶の配向性を示し、1.0付近において、最も良好である。つまりこの組成範囲にて、Si(111)基板111上にLiNbO
3膜のエピタキシャル膜を形成することにより、高周波領域において良好な圧電特性を有する、電子デバイスや光デバイスを作製することによりが可能になる。
【0092】
(実施例3)
次に、下地膜2の構成において、第2のエピタキシャル下地膜22である、金属薄膜を複合させた形態について、試作し、評価を行った。
【0093】
図2は、実施例3として、下地膜2の構成において、第1のエピタキシャル下地膜21の上に、第2のエピタキシャル下地膜22として、エピタキシャル成長させたPt膜を複合させ、2層にしたものである。この、上から、Pt/ZrO
2/Si(111)の下地構成においても、LiNbO
3膜のエピタキシャル膜の作製は可能である。下地膜に下部電極として機能する、Pt金属膜を複合させる事により、分極処理のほか、本実施例による基板が様々なデバイスに向けて活用が可能になる。
【0094】
図16aは、実施例3の、LiNbO
3/Pt/ZrO
2/Si(111)の成膜構造におけるXRDの回折ピークである。前記のPt膜が構成されない場合と同様に、その測定結果においては、38.9°のLiNbO
3(006)に高いピーク15が見られ、LiNbO
3に関する他の結晶ピークは見られないことから、c軸に優先配向していることが分かる。
【0095】
また、
図16bは、実施例3の、LiNbO
3/Pt/ZrO
2/Si(111)の成膜構造におけるイルメナイト構造膜3であるLiNbO
3(014)からの極点図である。前記のPt膜が構成されない場合と同様に、その測定結果においては、6つの極点4が観察されており、その結晶構造において、c軸を回転軸とした双晶の状態であると共に、表面における良好なエピタキシャル膜としての配向性が得られていることを確認した。