(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記切欠き係数演算工程では、有限要素法による解析により、評価対象の切欠き形状での切欠きの深さ方向の応力分布を求め、求めた応力分布を用いて特性距離平均応力を求める
請求項1〜3いずれかに記載の切欠き係数の決定方法。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の実施の形態を添付図面にしたがって説明する。
【0024】
本発明の切欠き係数の決定方法は、例えば、航空機用ジェットエンジンの部品(動翼、静翼、ディスク)において、異物(Foreign Object Debriss)の吸い込み等により微小な傷が発生した場合に、その微少な傷による疲労寿命への影響を評価する際等に用いられるものである。
【0025】
図1は、本実施の形態に係る切欠き係数の決定方法を示すフローチャートである。
【0026】
図1に示すように、本実施の形態に係る切欠き係数の決定方法は、ステップS1の応力分布演算工程と、ステップS2の特性距離演算工程と、ステップS3の破壊プロセスゾーン設定工程と、ステップS4の切欠き係数演算工程と、からなる。以下、各ステップについて詳細に説明する。
【0027】
ステップS1の応力分布演算工程では、切欠き先端半径の異なる切欠きを形成した2つの試験片を用いて疲労試験を行い、両試験片で同じ疲労寿命となるときの切欠きの深さ方向の応力分布をそれぞれ求める。
【0028】
図2(a)〜(c)に示すように、本実施の形態で用いる試験片21は、円筒状で軸方向の中央に向かって外径のみが徐々に小さくなるように(内径は一定で、中央に向かって徐々に肉厚が薄くなるように)形成され、その中央部に、破壊を発生させる部分である試験部(この部分は一定の径に形成される)23が形成された丸棒試験片において、試験部23の表面に周方向に沿ってスクラッチ型の切欠き22を形成したスクラッチ型の丸棒試験片である。切欠き22は、試験部23の軸方向の中央に形成され、試験片21の外周に沿って一様に形成される。試験片21としては、評価対象の部材と同じ材料からなるものを用いる。
【0029】
ステップS1では、切欠き先端半径ρが異なる試験片21を作成して疲労試験を行い、両試験片21で疲労寿命が同じになるときの切欠き22の深さ方向の応力分布、すなわち、両試験片21で疲労寿命が同じになるときの公称応力に対する、試験片21の半径方向に沿った軸方向の応力の分布(Axial Stress distribution)をそれぞれ求める。両応力分布を求める際には、疲労試験の結果を基に有限要素法(Finite Element Method)による解析を行うか、あるいは、後述する公式(式(6))を用いる。ステップS1で得られる応力分布の一例を
図3に示す。
【0030】
ステップS2の特性距離演算工程では、ステップS1の応力分布演算工程で求めた2つの応力分布を用い、両応力分布における応力の切欠き先端からの積分値が等しくなる切欠き先端からの距離である特性距離(Critical Distance)を求める。
【0031】
図3に示すように、切欠き先端半径ρが異なる2つの応力分布は必ず交差する。この交差する位置での切欠き先端からの距離xをL
0としたとき、0≦x≦L
0の領域での両応力分布の曲線間の面積S
0と、L
0≦x≦L
1での両応力分布の曲線間の面積S1とが等しくなる切欠き先端からの距離L
1が、特性距離(両応力分布における応力の切欠き先端からの積分値が等しくなる切欠き先端からの距離)となる。
【0032】
ステップS3の破壊プロセスゾーン設定工程では、ステップS2の特性距離演算工程で求めた特性距離L
1に基づき、試験片21での破壊プロセスゾーン(Fracture Process Zone)を設定する。破壊プロセスゾーンとは、疲労破壊する際の初期のマイクロクラックなどが形成される領域のことであり、つまり破壊が発生する領域のことである。この領域での応力やひずみの大きさが破壊に影響を及ぼしているといえる。
【0033】
図4(a)に示すように、本実施の形態では、試験片21での破壊プロセスゾーンを、断面形状が特性距離L
1と等しい直径の円形状であるリング状に設定する。試験片21の破壊プロセスゾーンの体積V
notchは、直径L
1の円の面積を試験片21の周方向に積分することで求めることができ、下式(4)
V
notch=π
2L
12(D
o−L
1)/4 ・・・(4)
で表される。
【0034】
なお、
図4(b)に示すように、切欠き22を形成しない平滑な丸棒試験片41においては、肉厚が最も薄く形成された試験部23のどこかで破壊が発生するため、試験部23全体が破壊プロセスゾーンとなる。よって、試験部23の軸方向に沿った長さをl、外径をD
o、肉厚をL
1とすると、平滑な丸棒試験片での破壊プロセスゾーンの体積V
smoothは、下式(5)
V
smooth=π・l((D
o2−(D
o−2L)
2)/4) ・・・(5)
で表される。
【0035】
特性距離L
1は材料ごとに一定の値であり、破壊プロセスゾーンは特性距離L
1に応じて設定されるものであるから、一度特性距離L
1を取得し破壊プロセスゾーンを設定しておけば、以降はステップS1〜S3を省略することが可能である。
【0036】
ステップS4の切欠き係数演算工程では、評価対象の切欠き形状(深さd、切欠き先端半径ρ)での切欠き先端から特性距離L
1までの平均応力である特性距離平均応力(Critical Distance Stress)σ
CDを求め、[数4]に示す式(1)により、切欠き係数K
fを演算する。
【0038】
まず、特性距離平均応力σ
CDを求める方法を詳細に説明する。
【0039】
切欠き近傍の応力分布式は、[数5]に示す式(6)で表せることが知られている(非特許文献3参照)。なお、式(6)におけるrは、x軸を−ρ/2シフトした座標系を表している。また、応力集中係数K
tは、切欠き形状から求めることができる。切欠き形状から応力集中係数K
tを求める方法は公知であるため、ここでは説明を省略する。
【0041】
他方、特性距離平均応力σ
CDは、その定義より、[数6]に示す式(7)で表すことができる。
【0043】
よって、式(7)に式(6)を代入して式を整理すると、[数7]に示す式(3)のようになる。
【0045】
式(3)から分かるように、特性距離平均応力σ
CDはσ
notchの関数であり、この式(3)を上述の式(1)に代入すると、σ
notchが打ち消しあって消去される。つまり、上述の式(1)では見かけ上σ
notchが含まれているように見えるが、実際にはσ
notchはキャンセルされる。
【0046】
なお、本実施の形態では、式(6)の応力分布式を用いて特性距離平均応力σ
CDを求める場合を説明したが、これに限らず、有限要素法による解析により、評価対象の切欠き形状での切欠きの深さ方向の応力分布を求め、求めた応力分布を用いて特性距離平均応力σ
CDを求めることも勿論可能である。
【0047】
次に、切欠き係数K
fを求める式(1)について詳細に説明しておく。
【0048】
上述の式(1)は、最弱リンク理論(Weakest Link Failure Theory)に基づいて定式化されたものである。以下、式(1)をどのように導出したかを説明しておく。
【0049】
平滑な丸棒試験片の破壊プロセスゾーン(体積はV
smooth)がn個の体積V
0の微少ユニットからなるとしたとき、σ
iの応力下で微少ユニットに破壊が発生する確率p(σ
i)は、下式(8)
p(σ
i)=(σ
i/σ
u)
m ・・・(8)
で表される。なお、式(8)におけるσ
uは材料定数である。
【0050】
最弱リンク理論では、σ
iの応力下で微少ユニットが破壊されずに残る確率(1−p(σ
i))をn個の微少ユニットで掛け合わせたものが、破壊プロセスゾーン全体で破壊が発生しない確率P
sとなり、[数8]に示す式(9)のようになる。よって、破壊プロセスゾーン全体で破壊が発生する確率P
fは、[数8]に示す式(10)のようになる。
【0052】
式(8)の両辺の自然対数をとり、p(σ
i)が小さい値であると仮定すると、[数9]に示す式(11)となる。さらに、式(11)を連続形式に書き直すと、[数9]に示す式(12)となる。
【0054】
体積V
smoothの破壊プロセスゾーン全体が一定の応力σ=σ
iであると仮定すると、式(11),(12)より、[数10]に示す式(13)のようになる。よって、平滑な丸棒試験片の破壊プロセスゾーン全体での破壊が発生する確率(累積確率)P
fは、[数10]に示す式(14)のようになる。
【0056】
ここで、切欠き係数K
fを決定するために、切欠きを形成した試験片の均一でない応力状態と有限要素法による解析を考える。体積V
notchの破壊プロセスゾーンはn個の要素に分割される。このとき、各要素の体積dV
iは、応力勾配を無視できる程度に小さく設定される。各要素の破壊確率P
f,iは、[数11]に示す式(15)で表される。
【0058】
式(15)におけるV
iは、σ
iの応力を受けるi番目の要素の体積である。上述の式(11)と同様に、切欠きを形成した試験片での破壊プロセスゾーン全体で破壊が発生しない確率P
sは、[数12]に示す式(16)で表される。さらに、式(16)を連続形式に書き直すと、[数12]に示す式(17)となる。
【0060】
よって、切欠きを形成した丸棒試験片の破壊プロセスゾーン全体での破壊が発生する確率(累積確率)P
fは、[数13]に示す式(18)のようになる。
【0062】
ここで、破壊プロセスゾーン内においては、σ
i≒σ
CDであるので、式(18)は[数14]に示す式(19)のようになる。
【0064】
他方、上述の式(14)より、平滑な丸棒試験片におけるσ
smoothの応力下での破壊が発生する確率P
fは、[数15]に示す式(20)のようになる。
【0066】
これら式(19),(20)でP
fの値が等しくなるとき、下式(21)
V
notch・σ
CDm=V
smooth・σ
smoothm ・・・(21)
の関係が得られる。式(21)を変形すると、下式(22)
σ
smooth=(V
notch/V
smooth)
1/m・σ
CD ・・・(22)
となる。
【0067】
切欠き係数K
fは、下式(23)
K
f=σ
smooth/σ
notch ・・・(23)
で表されるので、式(23)に式(22)を代入すると、上述の式(1)が得られることになる。式(1)における(V
notch/V
smooth)
1/mは、平滑な丸棒試験片と切欠きを形成した丸棒試験片との間の寸法効果(体積効果、表面積効果)を表しており、σ
CD/σ
notchは、破壊プロセスゾーンでの平均応力の集中を表すファクターを表している。
【0068】
さらに、式(1)に上述のσ
CDの式(3)を代入すると、[数16]に示す式(24)が得られる。本実施の形態では、この式(24)を用いて切欠き係数K
fを求めることになる。
【0070】
式(1)や式(24)中のワイブル係数(Weibull exponent)mは、平滑な丸棒試験片を用いた疲労試験の結果、及び切欠きを形成した丸棒試験片の疲労試験の結果を基に決定される値である。
【0071】
より詳細には、疲労試験によって得られる両試験片で同じ疲労寿命(サイクル数)となるときの疲労強度σ
smooth,σ
notchを基に、切欠き係数K
f0(=σ
smooth/σ
notch)を求め、[数17]に示す式(2)より、ワイブル係数mを求める。なお、式(2)におけるσ
notchは、疲労試験での最大の公称純断面応力である。
【0073】
式(2)において、切欠き係数K
f0はサイクル数によって変わる(つまり、高サイクル疲労と低サイクル疲労とではワイブル係数mが変わる)ので、切欠き係数K
f0を演算する際のサイクル数は、評価対象に応じて適宜設定すればよい。
【0074】
以上説明したように、本実施の形態に係る切欠き係数の決定方法は、切欠き先端半径ρの異なる切欠きを形成した2つの試験片を用いて疲労試験を行い、両試験片で同じ疲労寿命となるときの切欠きの深さ方向の応力分布をそれぞれ求める応力分布演算工程と、応力分布演算工程で求めた2つの応力分布を用い、両応力分布における応力の切欠き先端からの積分値が等しくなる切欠き先端からの距離である特性距離L
1を求める特性距離演算工程と、特性距離演算工程で求めた特性距離L
1に基づき、試験片での破壊プロセスゾーンを設定する破壊プロセスゾーン設定工程と、特性距離演算工程で求めた特性距離L
1に基づき、評価対象の切欠き形状での切欠き先端から特性距離L
1までの平均応力である特性距離平均応力σ
CDを求め、上述の式(1)により、切欠き係数K
fを演算する切欠き係数演算工程と、を備えている。
【0075】
つまり、本実施の形態では、2つの異なる切欠き先端半径ρを有する丸棒試験片の疲労試験結果から定める特性距離L
1を用いて切欠き底の疲労破壊プロセスゾーンを設定し、最弱リンク理論から定式化された式(1)を用いて疲労切欠き係数K
fを求めている。
【0076】
これにより、疲労試験が必要な特性距離L
1とワイブル係数mを予め求めておけば、疲労試験を行うことなく、簡便かつ低コストに切欠き係数K
fを求めることが可能になる。また、式(1)は、破壊プロセスゾーンの体積を考慮しているため、部材の疲労破壊に対する寸法効果(体積効果、表面積効果)も考慮した評価を行うことが可能になる。
【0077】
さらに、切欠きの深さ方向の応力分布として上述の式(6)を用いることで、有限要素法による解析も省略可能となり、さらなる簡便化、低コスト化が可能となる。
【0078】
本実施の形態では、切欠き係数K
fを簡便に求めることができるので、切欠き先端半径ρを一定として切欠きの深さdごとに切欠き係数K
fを求め、
図5に示すような切欠き深さdと切欠き係数K
fの逆数の関係を求め、切欠き係数K
fの逆数が1、すなわちK
f=1となる切欠き深さdから最大無害スクラッチ深さd
maxを求めることができる。
【0079】
この最大無害スクラッチ深さd
maxは、K
f=1、すなわちσ
notch=σ
smoothとなる切欠き深さdであるから、切欠き深さdが最大無害スクラッチ深さd
max以下であれば、疲労強度が平滑な状態と変わらないことになり、その切欠きは疲労強度に影響を及ぼさず無害であると判断することができる。例えば、航空エンジンのファンブレードに異物等が接触して傷が付いた場合に、その傷(切欠き)の先端半径ρから最大無害スクラッチ深さd
maxを演算し、傷の深さが最大無害スクラッチ深さd
max以下であればそのまま無視して運用でき、最大無害スクラッチ深さd
maxより大きければ補修が必要(安全率等を考慮してもよい)、と判断することができ、傷の補修の要否を簡単に判断できるようになる。従来は、補修の要否は経験により判断するしかなかったが、本発明によれば、補充の要否を根拠をもって判断できるようになり、メリットは大きい。
【0080】
本発明は上記実施の形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々の変更を加え得ることは勿論である。
【0081】
例えば、上記実施の形態では、試験片21での破壊プロセスゾーンを、断面形状が特性距離L
1と等しい直径の円形状であるリング状に設定したが、これに限らず、例えば、断面形状を一辺の長さが特性距離L
1と等しい正方形状としてもよい。
【0082】
また、上記実施の形態では、切欠き先端半径ρの異なる切欠きを形成した2つの試験片の疲労試験結果を基に特性距離L
1を求めたが、複数ペアの試験片を用いて各ペアについてそれぞれ特性距離L
1を求め、その平均値を用いるようにしてもよい。
【0083】
さらに、上記実施の形態では言及しなかったが、本発明は、航空エンジンディスクのダブテール等の接触端部にも適用可能である。ダブテール等の接触端部での応力分布は、切欠底の応力分布とほぼ同じになることが証明されており、接触端部の応力分布に対しても本発明と同じ考えで評価すること(すなわち切欠き係数K
fを求めて接触端部での疲労強度を評価すること)が可能である。これにより、ダブテールの耐久性に及ぼす寸法効果を定量的に予測できるようになる。
【実施例】
【0084】
チタン合金であるTi−6Al−4V合金(ρ=0.05mm,0.2mm)と、ニッケル基合金であるインコネル(登録商標)718合金(ρ=0.05mm,0.2mm,0.6mm)について、10
7の高サイクル時における切欠き係数K
fを求め、実測値との比較を行った。結果をそれぞれ
図6(a),(b)に示す。
【0085】
なお、Ti−6Al−4V合金では、d=0.3mm、ρ=0.05mmとしたときのワイブル係数mが7.7であり、d=0.3mm、ρ=0.2mmとしたときのワイブル係数mが7.8とほぼ同じ値であったため、m=7.7を切欠き係数K
fの演算に用いた。
【0086】
また、インコネル718合金では、d=0.3mm、ρ=0.05mmとしたときのワイブル係数mが15.3であり、d=0.3mm、ρ=0.2mmとしたときのワイブル係数mが17.0であり、d=0.3mm、ρ=0.6mmとしたときのワイブル係数mが14.4であったため、これらの平均値であるm=15.6を切欠き係数K
fの演算に用いた。
【0087】
図6(a),(b)に示すように、本発明により求めた切欠き係数K
fの予測値は実測値とよく一致しており、本発明により精度よく切欠き係数K
fを求められることが確認できた。
【0088】
また、
図6(a),(b)より、Ti−6Al−4V合金では、ρ=0.05mmのとき最大無害スクラッチ深さd
maxが0.080mm、インコネル718合金では、ρ=0.05mmのとき最大無害スクラッチ深さd
maxが0.025mmであることも確認できた。このように、切欠き先端半径ρが同じであっても材料が異なれば最大無害スクラッチ深さd
maxは変わるので、簡便に切欠き係数K
fを求めることができ、簡便に最大無害スクラッチ深さd
maxを予測できる本発明のメリットは大きい。