特許第5862573号(P5862573)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許58625731,3−ジメチルアダマンタンの製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5862573
(24)【登録日】2016年1月8日
(45)【発行日】2016年2月16日
(54)【発明の名称】1,3−ジメチルアダマンタンの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C07C 5/22 20060101AFI20160202BHJP
   C07C 13/615 20060101ALI20160202BHJP
   C07B 61/00 20060101ALN20160202BHJP
【FI】
   C07C5/22
   C07C13/615
   !C07B61/00 300
【請求項の数】5
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2012-542926(P2012-542926)
(86)(22)【出願日】2011年11月8日
(86)【国際出願番号】JP2011075694
(87)【国際公開番号】WO2012063809
(87)【国際公開日】20120518
【審査請求日】2014年9月30日
(31)【優先権主張番号】特願2010-254189(P2010-254189)
(32)【優先日】2010年11月12日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004466
【氏名又は名称】三菱瓦斯化学株式会社
(72)【発明者】
【氏名】松浦 豊
(72)【発明者】
【氏名】北村 光晴
【審査官】 水島 英一郎
(56)【参考文献】
【文献】 特公昭41−011613(JP,B1)
【文献】 米国特許第03128316(US,A)
【文献】 国際公開第2009/139319(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C 5/22
C07C 13/615
C07B 61/00
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
60〜110℃の反応温度の下、下記式(1)で表されるパーヒドロアセナフテン1重量部に対して、触媒として0.5〜1.5重量部のHFと0.1〜0.5重量部のBFを用いて骨格異性化反応を行い、下記式(2)で表される1,3−ジメチルアダマンタンを製造する方法。
【化1】
【請求項2】
反応生成液から回収したHFとBFを反応に再利用する、請求項1に記載の1,3−ジメチルアダマンタンの製造方法。
【請求項3】
ベンゼン、トルエン、ヘキサンおよびヘプタンからなる群より選択される少なくとも1つを還流させた蒸留塔に、反応生成液から液々分離された触媒層を供給することにより、BFおよびHFを回収し反応に再利用する、請求項1または2記載の1,3−ジメチルアダマンタンの製造方法。
【請求項4】
前記反応温度が60〜90℃である、請求項1から3のいずれかに記載の1,3−ジメチルアダマンタンの製造方法。
【請求項5】
前記反応温度が80〜105℃である、請求項1から3のいずれかに記載の1,3−ジメチルアダマンタンの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、HF・BF触媒を用いて下記式(1)で表されるパーヒドロアセナフテンから下記式(2)で表される1,3−ジメチルアダマンタンを工業的に有利に製造する方法に関するものである。
【化1】
【背景技術】
【0002】
1,3−ジメチルアダマンタンは医薬品をはじめ各種ファインケミカルの原料として、そのジカルボン酸やジオールは、高機能高分子原料として、その有用性が期待されている。
これまでに、下記式(3)で表されるアセナフテンを水素化により4種類の立体異性体を含む下記式(1)で表されるパーヒドロアセナフテン(以下、「PHA」と略す場合がある)を得ることが特許文献1に記載されている。
【化2】
【0003】
さらにPHAをHおよびHClの存在下、CaおよびLaでイオン交換し、さらにPtおよびReを含有するゼオライト触媒を用いることにより、1,3−ジメチルアダマンタンを得る方法が特許文献2により知られていた。しかし、PHAから1,3−ジメチルアダマンタンを得る反応での収率は38.7%と低く、また触媒中のPtおよびReは高価であるため問題があった。
置換基のないアダマンタン製造については、テトラヒドロジシクロペンタジエンを原料として、HF・BF触媒を用いて製造する技術が知られていた(例えば、特許文献3、4参照。)。しかしながら、HF・BF触媒を用いて1,3−ジメチルアダマンタンを高収率で選択的に製造する方法はこれまで知られていなかった。
【0004】
また、酸触媒を用いた1,3−ジメチルアダマンタンの製造方法として塩化アルミニウムを用いた例はあるが、高収率で1,3−ジメチルアダマンタンを得るには触媒成分として高価な1,2−ジクロルエタンの使用も不可欠であり、さらに塩化アルミニウムの再使用も不可能で、塩化アルミニウムに由来する廃棄物が多量に生成することから、工業的に有利な方法ではなかった。(特許文献5)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開昭62−265238号公報
【特許文献2】特公昭52−2909号公報
【特許文献3】特公昭55−38935号公報
【特許文献4】特開2001−151705公報
【特許文献5】特公平4−37052号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、従来技術における上記したような問題点を解決し、高価な触媒が不要で、かつ触媒の回収も可能であり、高収率で1,3−ジメチルアダマンタンを製造する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、パーヒドロアセナフテンを原料として、1,3−ジメチルアダマンタンを得る異性化反応について鋭意研究を重ねた結果、HF・BF触媒が有効で、限定された反応条件により、触媒回収でき、溶媒不要で、さらに高収率で1,3−ジメチルアダマンタンを製造できるという工業的に有利な方法を見いだし本発明に到達した。
すなわち、本発明は、
<1> 60〜110℃の反応温度の下、下記式(1)で表されるパーヒドロアセナフテン1重量部に対して、触媒として0.5〜1.5重量部のHFと0.05〜0.5重量部のBFを用いて骨格異性化反応を行い、下記式(2)で表される1,3−ジメチルアダマンタンを製造する方法である。
【化3】


<2> 反応生成液から回収したHFとBFを反応に再利用する、上記<1>に記載の1,3−ジメチルアダマンタンの製造方法である。
<3> ベンゼン、トルエン、ヘキサンおよびヘプタンからなる群より選択される少なくとも1つを還流させた蒸留塔に、反応生成液から液々分離された触媒層を供給することにより、BFおよびHFを回収し反応に再利用する、上記<1>または<2>記載の1,3−ジメチルアダマンタンの製造方法である。
<4> 前記反応温度が60〜90℃である、上記<1>から<3>のいずれかに記載の1,3−ジメチルアダマンタンの製造方法である。
<5> 前記反応温度が80〜105℃である、上記<1>から<3>のいずれかに記載の1,3−ジメチルアダマンタンの製造方法である。
【発明の効果】
【0008】
本発明方法によれば、溶媒を用いないことから、溶媒やその変質物を除去する工程が不要となり、また高価な触媒が不要で、かつ触媒の回収も可能であり、1,3−ジメチルアダマンタンを高収率で得ることができて、環境負荷を低減しつつコスト的に有利に製造できる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下に、本発明について詳しく説明する。本発明の製造方法は、パーヒドロアセナフテンを原料とし、HF・BFを触媒として、溶媒なしで1,3−ジメチルアダマンタンを製造する方法である。ここで、本願明細書において「HF・BF」とは、反応系においてHF及びBFが共存する状態を指し、HF-BF、HF/BFあるいはHF:BFと記載されることもある。超強酸研究の第一人者であるGeorge A. Olahらによる著書「SUPERACIDS」の51頁には、反応系中のHF・BFの状態は、以下のような平衡にあるとの記述がある。
【化4】
【0010】
PHAには4種類の立体異性体が存在するが、異性体はそれぞれ単独でも混合物でも原料に使用できる。背景技術の欄に示した公知の方法によりPHAは用意できる。
【0011】
触媒であるHFは、原料のPHAの1重量部に対して0.5〜1.5重量部の範囲で用いるが、好ましくは0.5〜0.7重量部である。HFを0.5重量部未満とした場合、1,3−ジメチルアダマンタンの収率が低下する。HFを1.5重量部超に用いると、収率良く1,3−ジメチルアダマンタンが得られるが、多すぎるとHFの分離・回収に負荷が掛かるため工業的に実用的でない。
【0012】
またBFは、原料のPHAの1重量部に対して0.05〜0.5重量部の範囲で用いるが、好ましくは0.1〜0.2重量部である。BFを0.05重量部未満とした場合、異性化反応が十分に進まず1,3−ジメチルアダマンタンの選択性・収率が低下する。BFを0.5重量部超で用いると、アダマンタンの収率が向上するが、高沸点化合物も多く生成し、分離精製工程の負荷を考えると工業的に実用的でない。さらに反応圧が高くなり過ぎて工業的に問題がある。
また、反応中間体である1−エチルアダマンタンを回収・再使用することにより、1,3−ジメチルアダマンタンの実質収率を高くすることができる。
【0013】
本骨格異性化反応には、溶媒は不要である。
【0014】
反応温度は60℃以上、70℃以上あるいは80℃以上が好ましい。また、反応温度は110℃以下、105℃以下あるいは90℃以下が望ましい。例えば、60〜110℃の間、60〜90℃の間、80〜105℃の間などが好ましいが、これらの温度範囲の組み合わせに限定されるものではない。60℃未満では反応が極めて遅く、また110℃を超えると反応速度は大きくなるが、反応制御が困難になり、高沸点化合物が増加するため、収率、選択率が悪くなり、好ましくない。
【0015】
反応時間はPHAの仕込み量、反応温度にもよるが、2〜10時間で行われる。
【0016】
分離・精製工程で得られた未反応の1−エチルアダマンタンを反応槽へ再度供給する設備があることが好ましい。また反応終了後、静置することでアダマンタンを含む有機層と副生する高沸点化合物を含む触媒層の2層が分離することから、液々分離する設備があることがより好ましいが、触媒回収工程が兼ねることでも構わない。ここで、本願明細書において触媒回収工程とは、異性化反応後の反応液からHFおよびBFを回収する工程であり、反応液全量または触媒層を、炭化水素を還流させた蒸留塔に供給することにより、塔頂凝縮器より沸点20℃のHFを液体として、塔頂凝縮器で液化しない沸点が−100℃のBFを気体として、塔底部より1,3−ジメチルアダマンタンを含む炭化水素溶液を回収する工程である。
【0017】
反応生成液は、1,3−ジメチルアダマンタン、反応中間体である1−エチルアダマンタン、副生物、並びにHF・BFを含む液体として得られる。反応生成液は、静置すると1,3−ジメチルアダマンタンを含む有機層と副生する高沸点化合物を含む触媒層の2層に分離するので、液々分離により有機層を取得することができる。分離した触媒層は、例えばベンゼン、トルエン、ヘキサン、ヘプタン等から選択される1又は2以上の炭化水素を還流させた蒸留塔に供給することにより、塔頂よりBF、塔頂凝縮器よりHFを回収でき触媒として再利用できる。得られた有機層は、中和・水洗後に蒸留等の常套的手段により1,3−ジメチルアダマンタンを精製・取得することができる。
【0018】
また、1,3−ジメチルアダマンタンを含む有機層と副生する高沸点化合物を含む触媒層とを静置して二相分離させずに、反応生成液全量を、上述した炭化水素が還流している蒸留塔に供給することで、塔頂よりBF、塔頂凝縮器よりHFを回収し、触媒として再利用でき、かつ、塔底部より1,3−ジメチルアダマンタンを含む炭化水素溶液を得られる。ここで用いられる炭化水素の量は、生成した1,3−ジメチルアダマンタン1重量部に対して1.5〜3重量部である。
得られた1,3−ジメチルアダマンタンの炭化水素溶液は、中和・水洗後蒸留等の常套的手段により1,3−ジメチルアダマンタンを精製・取得することができる。
【実施例】
【0019】
次に実施例によって、本発明を具体的に説明する。なお、本発明は、これらの実施例により制限されるものではない。反応生成物を以下の条件にてガスクロマトグラフィー装置(GC装置)で分析した。
【0020】
装置:GC-17A(株式会社島津製作所製)
使用カラム:HR-1(信和化工株式会社製)
分析条件:Injection Temp. 310℃、Detector Temp. 310℃
カラム温度:100℃、0分保持 → 5℃/分で300℃まで昇温 → 300℃、5分保持
検出器:水素炎イオン化検出器(FID)
方法:反応生成液を蒸留水の入ったポリプロピレン製受器に抜き出す。その際、蒸留水の量は仕込んだHFに対して充分な量であれば構わない。その後、静置し液々分離することで有機層を分取し、2%水酸化ナトリウム水溶液(水酸化ナトリウムは和光純薬工業株式会社製、水は蒸留水)で1回、蒸留水で1回洗浄する。得られた有機層0.2gに対し、内標のジベンジル(和光純薬工業株式会社製)0.1gを加えヘプタンにて希釈した後にGC注入する。
【0021】
<実施例1>
電磁攪拌装置、加熱装置、ガス及び液供給口、反応物排出口を備えた内容積0.5Lのハステロイ製オートクレーブを用いてPHAの異性化反応を行った。反応器に森田化学工業株式会社製のHF 50g(2.5mol)、PHA 100g(0.6mol)を仕込み、ステラケミファ株式会社製のBFを16g(0.24mol)供給した。ついで、溶媒を加えないまま、加熱装置によって100℃まで昇温し、その温度を保ったまま4時間撹拌した。反応生成液をサンプリングしたところ、1,3−ジメチルアダマンタンは原料のPHA基準で収率77%であった。また、中間体である1-エチルアダマンタンは原料のPHA基準で収率15%であったが高沸点化合物は観測されなかった。その後静置することにより,1,3−ジメチルアダマンタンを含む有機層と触媒層の2層に分離したので、液々分離により触媒層を取得した。分離した触媒層は、ヘプタンを還流させた蒸留塔に供給することにより、塔頂よりBF、塔頂凝縮器よりHFをほぼ全量回収した。
【0022】
<実施例2>
実施例1において回収したHFとBFを使用した以外は同様の条件で反応させたところ、1,3−ジメチルアダマンタンの収率は75%であり,触媒の失活は観測されなかった。また、高沸点化合物も実施例1と同様に観測されなかった。
【0023】
<実施例3>
電磁攪拌装置、加熱装置、ガス及び液供給口、反応物排出口を備えた内容積0.5Lのハステロイ製オートクレーブを用いてPHAの異性化反応を行った。反応器に森田化学工業株式会社製のHF 50g(2.5mol)、PHA 100g(0.6mol)を仕込み、ステラケミファ株式会社製のBFを16g(0.24mol)供給した。ついで、溶媒を加えないまま、加熱装置によって80℃まで昇温し、その温度を保ったまま4時間撹拌した。反応生成液をサンプリングしたところ、1,3−ジメチルアダマンタンは原料のPHA基準で収率51%であった。また、中間体である1-エチルアダマンタンは原料のPHA基準で収率42%であったが高沸点化合物は観測されなかった。その後静置することにより,1,3−ジメチルアダマンタンを含む有機層と触媒層の2層に分離したので、液々分離により触媒層を取得した。分離した触媒層は、ヘプタンを還流させた蒸留塔に供給することにより、塔頂よりBF、塔頂凝縮器よりHFをほぼ全量回収した。
【0024】
<実施例4>
実施例3において回収したHFとBFを使用した以外は同様の条件で反応させたところ、1,3−ジメチルアダマンタンの収率は51であり、触媒の失活は観測されなかった。また、高沸点化合物も実施例3と同様に観測されなかった。
【0025】
<比較例1>
実施例1において反応温度を50℃とした以外は同様の条件で反応させたところ、1,3−ジメチルアダマンタンの収率は32%に過ぎなかった。
【0026】
<比較例2>
実施例1において反応温度を130℃とした以外は同様の条件で反応させたところ、1,3−ジメチルアダマンタンの収率は63%であるものの、高沸点化合物が15%生成したため好ましくなかった。
【産業上の利用可能性】
【0027】
本発明によれば、溶媒を用いないことから溶媒やその変質物を除去する工程が不要となり、また高価な触媒が不要で、かつ触媒の回収・再利用も可能であり、さらに1,3−ジメチルアダマンタンを高収率で得ることができて、環境負荷を低減させつつコスト的に有利に1,3−ジメチルアダマンタンを製造できる。