(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
界磁(23)と電機子(21)とを有する同期電動機(2)へと、制御信号に基づいて交流電圧を印加し、交流電流(iu,iv,iw)を出力する駆動装置(1)を制御する制御装置(3)であって、
δc軸と前記δc軸に対して所定の進み方向に90度進むγc軸とを有する回転座標系の、固定座標系に対する回転角(θ)に基づいて、前記交流電流を、前記回転座標系におけるδc軸電流(iδc)およびγc軸電流(iγc)に、変換する座標変換部(34)と、
補償ゲイン(Km)と前記γc軸電流に依存する補償値との積で求まる補正量で、前記回転座標系の回転速度(ω1)の指令値(ω1*)を補正して、前記回転速度(ω1)を求める回転速度演算部と、
前記回転速度に基づいて前記回転角を算出する位相演算部(33)と、
前記界磁による前記電機子への鎖交磁束(Λ0)と、前記交流電流によって発生する電機子反作用の磁束との合成である一次磁束(λ)が、一次磁束指令値(λδ*)に一致して前記回転座標系において前記δc軸に沿うように、前記交流電圧についての前記回転座標系における電圧指令値([vδγ*])を生成する電圧指令演算部(35)と、
前記電圧指令値および前記回転角に基づいて、前記制御信号を生成する制御信号生成部(36)と、
前記同期電動機へと前記交流電圧を印加し始めてから前記回転速度が基準値を超えるままでの期間、または、前記同期電動機へと前記交流電圧を印加し始めてから所定時間が経過するまでの期間において、前記一次磁束指令値の下限を第1値に制限し、前記期間の以降において、前記一次磁束指令値の下限を、前記第1値よりも小さい第2値に制限する一次磁束指令制限部(39)と
を備える、電動機駆動装置の制御装置。
【発明を実施するための形態】
【0012】
実施の形態の詳細な説明に入る前に、この発明の前提について説明する。
【0013】
<1.前提>
図1は同期電動機(以下、単に「電動機」と称す。なお同期電動機の特殊なものとして、スイッチトリラクタンスモータのように界磁を有しないものもある。しかしここでは同期電動機とは界磁を有しているものを指す。)における空隙磁束[λ](記号[]はベクトル量を表す:以下同様)と、界磁による電機子への鎖交磁束[Λ0](以下、単に「鎖交磁束」と称す。)との関係を示すベクトル図である。鎖交磁束[Λ0]は例えば電動機が永久磁石を有している場合には当該永久磁石によって発生するし、電動機が界磁巻線を有している場合には当該界磁巻線に電流が流れることによって発生する。
【0014】
電動機の回転と同期する回転座標系としてd−q回転座標系を導入する。ここではd軸を鎖交磁束[Λ0]と同相に設定し、q軸はd軸に対して、電動機の制御によって回転させたい方向(以下、単に「回転方向」と称す)に向かって位相が90度進む。
【0015】
また回転座標系としてδ−γ回転座標系とδc−γc回転座標系とを導入する。δ軸はd軸に対して、γ軸はq軸に対して、それぞれ電動機の回転方向に向かって位相角φで位相が進む。δc軸はd軸に対して、γc軸はq軸に対して、それぞれ電動機の回転方向に向かって位相角φcで位相が進む。以下、説明の便宜上、δ軸のd軸に対する位相角φを実位相角φと称し、δc軸のd軸に対する位相角φcを推定位相角φcと称する。
【0016】
例えば、「一次磁束制御」として知られている電動機の制御方法では、空隙磁束[λ]と同相にδ軸を設定する。この場合、実位相角φは負荷角(鎖交磁束[Λ0]と空隙磁束[λ]との間の位相角)として把握される。
【0017】
さて、空隙磁束[λ]は周知のように、電動機(より詳細には電動機が備える電機子が有する電機子巻線)に供給される電圧及び電流と、電動機の機器定数(例えばインダクタンス、電機子巻線の抵抗成分、鎖交磁束)と、電動機の回転速度とで決定される。よって空隙磁束[λ]の推定値[λ^]は、上記の電圧及び電流、機器定数、回転速度の実測値(あるいは指令値、推定値)から得られる。上述の「一次磁束制御」では、指令値[λ
*]のγ軸成分は0である。
【0018】
かかる制御においてδc−γc回転座標系を採用すると、推定位相角φcが実位相角φと一致することで、電動機の回転を適切に制御することができる。機器定数、回転速度、電動機に与えられる電圧及び電流が完全に把握されていれば、これらに基づいて得られる推定値[λ^]を指令値[λ
*]と等しくなるように制御することにより、空隙磁束[λ]が指令値[λ
*]と一致するからである。
【0019】
<2.電力変換装置の構成>
図2は上記の前提に基づいて、本実施の形態にかかる電動機制御装置3の構成及びその周辺装置を示すブロック図である。
【0020】
電動機2は三相の電動機であり、電機子21と、界磁23たる回転子を備える。技術的な常識として、電機子21は電機子巻線22を有し、回転子は電機子21と相対的に回転する。界磁23は例えば鎖交磁束を発生させる磁石を備える場合について説明される。
【0021】
電圧供給源1は例えば電圧制御型インバータ及びその制御部を備え、制御信号(ここでは例えば三相の電圧指令値[v
x*]=[v
u* v
v* v
w*]
t(括弧の後の上付の“t”は行列の転置を示す。以下同様))に基づいて、三相電圧v
u,v
v,v
wを電動機2に印加する。これにより、電動機2には三相電流[i
x]=[i
u i
v i
w]
tが流れる。但し、電圧指令値[v
x*]や三相電流[i
x]が有する成分は、例えばU相成分、V相成分、W相成分の順に記載されている。
【0022】
電動機制御装置3は、電動機2に対し、空隙磁束[λ]及び回転速度(以下の例では回転角速度)を制御する装置である。空隙磁束[λ]は一次磁束とも称され、鎖交磁束[Λ0]と、電機子21に流れる電機子電流(これは三相電流[i
x]でもある)によって発生する電機子反作用の磁束との合成である。
【0023】
電動機制御装置3は、一次磁束指令演算部38と、一次磁束指令制限部39と、座標変換部34と、制御信号生成部36と、電圧指令演算部35と、回転速度演算部32と、位相演算部33とを備えている。
【0024】
座標変換部34は、電流検出部5によって検出される三相電流[i
x]を、δc−γc回転座標系における電流[i
δγc]=[i
δc i
γc]
tに変換する。この変換には電動機2についての固定座標系(例えばUVW固定座標系またはα−β固定座標系)に対するδc−γc回転座標系の回転角θが用いられる。これらの変換は周知の技術で実現されるので、ここではその詳細を省略する。
【0025】
制御信号生成部36は、δc−γc回転座標系における電圧指令値[v
δγ*]と回転角θとに基づいて、制御信号を電圧供給源1に出力する。例えば制御信号生成部36は座標変換部であり、回転角θに基づいて、δc−γc回転座標系の電圧指令値[v
δγ*]を三相の電圧指令値[v
x*]に変換する。電圧供給源1の制御部は制御信号に基づいて、電圧制御型インバータを制御する。
【0026】
位相演算部33は回転速度ω1を積分して回転角θを計算する。回転速度ω1は回転速度演算部32の出力として得られる。回転速度演算部32については後に詳述する。
【0027】
電圧指令演算部35は、電流[i
δγc]、回転速度ω1および一次磁束指令値[λ
*]を入力し、電圧指令値[v
δγ*]を出力する。この電圧指令値[v
δγ*]は例えば電圧方程式に基づいて算出される。一般に、δc−γc回転座標系において次式の電圧方程式(1)が成立する。但し、[I],[J]及びそれらの要素を囲む記号[]は行列を示す。
【0029】
ここで、Rは電機子巻線22の抵抗成分の抵抗値を示し、sは微分演算子を示し、[λ
δγc]=[λ
δc λ
γc]
tは、δc−γc回転座標における一次磁束[λ]を示す。抵抗値Rは予め電圧指令演算部35内に格納しておくことができる。
【0030】
さて、定常状態においては微分演算子sによる演算結果は0となることから、定常状態における電圧方程式は式(1)から下式(2)として導かれる。
【0032】
電圧指令演算部35は式(3)で示すようにフィードフォワード量[F]とフィードバック量[B]とを加算し、電圧指令値[v
δγ*]を求める。フィードフォワード量[F]は、式(2)の右辺において、一次磁束[λ
δγc]を一次磁束指令値[λ
*]=[λ
δ* 0(=λ
γ*)]
tと置くことで求められる。フィードバック量[B]は例えば一次磁束[λ
δγc]と一次磁束指令値[λ
*]との偏差に基づく量を採用できる。具体的には一次磁束指令値[λ
*]と一次磁束[λ
δγc]との偏差にフィードバックゲインGλを乗じる。フィードバックゲインGλは電圧指令演算部35に予め格納しておくことができる。
【0034】
式(3)においては、フィードバックゲインGλはスカラー量として示したが、一次磁束の偏差に対して作用する2行2列の非零行列であってもよい。
【0035】
理想的には、フィードバック量[B]が0となれば、δ軸成分λ
δ*とδc軸成分λ
δcが、γ軸成分λ
γ*とγc軸成分λ
γcが、それぞれ一致していることになり、式(2)で示される定常状態が、δc−γc回転座標系における制御で実現できていることになる。
【0036】
また、フィードバック量[B]を電流の偏差から求めてもよい。具体的には式(4)に従ってフィードバック量[B]を求める。但しフィードバックゲインGi(≠0)及び電流[i
δγc]の指令値[i
δγ*]=[i
δ* i
γ*]
tを導入した。フィードバックゲインGiは電流の偏差に対して作用する2行2列の非零行列であってもよい。
【0038】
このようにしてフィードバック量[B]を求める場合、電圧指令演算部35には電流指令値[i
δγ*]が入力される。なお電流と磁束の関係([λ]=[L・i]+[Λ0])に基づいて、電流指令値[i
δγ*]を一次磁束指令値[λ
*]から求めても良い。
【0039】
電圧指令値[v
δγ*]はフィードバック量[B]のみから求められてもよい。
【0040】
式(3)および式(4)において、一次磁束指令値λ
γ*は零である。一次磁束指令値λ
δ*は、特に限定されないものの、例えば最大トルク/電流制御を行なって決定する。最大トルク/電流制御では、電動機2が出力する出力トルクτeに対して、電流[i
δc,i
γc]の大きさ(交流電流の振幅)が最も小さくなるように、制御が行なわれる。一次磁束指令値λ
δ*は一次磁束指令演算部38によって生成される。
【0041】
なお一次磁束制御を行なわない場合、従来では最大トルク/電流制御を行なうために、例えば電流位相βを求めていた。この電流位相βは電流のq軸に対する位相角である。そして、この電流位相βを調整することで、最大トルク/電流制御を行なっていた。しかるに、一次磁束制御では電流位相βを直接に制御することはできない。そこで本実施の形態では、一次磁束指令値λ
δ*を適切に決定することで、一次磁束制御においても最大トルク/電流制御を行なう。
【0042】
このような一次磁束指令値λ
δ*の決定方法としては、例えば特願2012−240326号に記載された技術を流用することができる。例えば出力トルクτeは以下の式で表される。
【0044】
ここで、nは電動機2(界磁23)の極対数であり、iaは電流[i
δγ]の振幅である。
【0045】
一次磁束[λ]は電気子反作用による磁束と鎖交磁束[Λ0]との合成で表されることから、以下の式が成立する。
【0047】
ここで、id,iqはそれぞれ電流[i
x]のd軸成分およびq軸成分であり、Ld,Lqはそれぞれ電機子巻線22のインダクタンスのd軸成分およびq軸成分である。Λ0は鎖交磁束[Λ0]の大きさ(スカラー量)を示す。またiγ=iq・cosφ−id・sinφの関係も成立する。
【0048】
式(5)および式(6)を計算することにより、出力トルクτe毎に振幅iaを最小にする一次磁束λ
δcを求めることができる。なお出力トルクτeは検出された値を用いることができる。或いは推定値を採用しても良い。
【0049】
振幅iaを最小にする一次磁束指令値λ
δ*は出力トルクτeごとに決定されるので、出力トルクτeと一次磁束指令値λ
δ*との関係を予めテーブルで記憶し、このテーブルに基づいて一次磁束指令値λ
δ*を決定してもよい。
【0050】
或いは、一次磁束指令値λ
δ*を順次に変更しながら振幅ia(=√(i
δc2+i
γc2)を検出し、振幅iaが最も小さくなるように、一次磁束指令値λ
δ*を探索して決定してもよい。
【0051】
このようにして最大トルク/電流制御を行なうことで、出力トルクτeに応じて効率がよい動作点で電動機2を駆動することができる。
【0052】
一次磁束指令制限部39は、回転速度ω1と一次磁束指令値λ
δ*とを入力し、一次磁束指令値λ
δ*の下限値を制限する。より詳細には、起動開始(電動機2への交流電圧の印加の開始)から回転速度ω1が基準値ωref(>0)を超えるまでの起動期間においては、一次磁束指令値λ
δ*の下限値を第1値で制限する。また起動期間の後においては、一次磁束指令値λ
δ*の下限値を、第1値よりも小さい第2値で制限する。この点については後に詳述する。
【0053】
なお、一次磁束指令制限部39によって、一次磁束指令値λ
δ*が変更されると、一次磁束指令演算部38が意図する制御(例えば最大トルク/電流制御)は行なわれないことになる。
【0054】
回転速度演算部32は、回転速度指令値ω1
*に対して電流i
γcに基づく補正量を用いた補正を行なって回転速度ω1を算出する。かかる補正は非特許文献1,2にも記載されている。ここではまず、非特許文献1で示す回転速度ω1の補正について説明する。より詳細には、以下の式を用いて回転速度ω1を算出する。
【0056】
ここで、ωrm
*は電動機2の機械的な回転速度についての回転速度指令値を示し、nは界磁23の極対数を示し、ωcorrは補償量を示し、Kmはゲイン(以下、補償ゲインと呼ぶ)を示す。補償量ωcorrは、例えば定常状態において、電流i
γcと補償ゲインKmとの積である。簡単のため、電動機2の機械的負荷が正転している場合の回転方向と、機械的な回転速度指令値ωrm*、回転座標系の回転速度ω1および指令値ω1
*が正転している場合の回転方向は同一とする。言い換えれば、ここでは簡単のために、回転速度指令値ωrm
*、回転速度ω1および指令値ω1
*についての正転の方向を、機械的負荷の正転の方向と同じ方向に設定するのである。そして例えば正転のときに各値が正の値を採るものとする。
【0057】
式(7)によれば、電流i
γcが大きいほど回転速度指令値ω1
*を低減するように補正することになる。これにより、非特許文献1で説明されるように、制御をより安定化することができる。
【0058】
図2の例示では、回転速度演算部32は、速度指令補正部321と速度補償部322と減算器323とを有している。速度補償部322は電流i
γcを入力し、この電流i
γcに補償ゲインKmを乗じた値を補正量(Km・i
γc)として出力する。
【0059】
速度指令補正部321は回転速度指令値ωrm
*と補正量(Km・i
γc)とを入力する。ただし、
図2では、速度指令補正部321への補正量の入力を省略して示している。速度指令補正部321は、補正量(Km・i
γc)の平均値を算出して補償量ωcorrを算出し、さらに式(8)に基づいて回転速度指令値ω1
*を算出する。減算器323は回転速度指令値ω1
*と補正量(Km・iγc)とを入力し、回転速度指令値ω1
*から補正量を減算して回転速度ω1を算出する(式(7))。
【0060】
次に、非特許文献2の回転速度ω1の算出について説明する。より詳細には、以下の式を用いて回転速度ω1を算出する。
【0062】
ここで、Tmは、ハイパスフィルタの時定数を示す。「Tm・s/(1+Tm・s)」で示される要素は、時定数Tmを用いたハイパスフィルタ処理を示す。よって式(9)によれば、時定数Tmで抽出された電流i
γcの高調波成分と、補償ゲインKmとの積を用いて回転速度ω1を補正することになる。なお補償ゲインKmは、ハイパスフィルタ処理のゲインと把握することもできる。
【0063】
定常状態において電流i
γcがほぼ一定と考えられるので、「Tm・s/(1+Tm・s)・i
γc」はほぼ零となり、回転速度ω1が回転速度指令値ω1
*と等しくなる。一方で、電流i
γcが比較的高い周波数で変動すると、電流i
γcの高調波成分に基づいて回転速度ω1が補正される。これにより、非特許文献2で説明されるように、乱調を抑制した電動機2の安定な運転が実現される。
【0064】
この場合、速度指令補正部321は回転速度指令値ωrm
*を入力し、式(10)を用いて回転速度指令値ω1*を算出する。速度補償部322は、電流i
γcを入力し、この電流i
γcに対してハイパスフィルタ処理を行なって直流成分を除去し、これに補償ゲインKmを乗じた値を補正量として出力する。減算器323は、回転速度指令値ω1*から補正量を減算して回転速度ω1を算出する。
【0065】
本実施の形態においても、非特許文献1,2と同様にして、電流i
γcに依存する値と補償ゲインKmとの積で求まる補償量で補正を行なって、回転速度ω1を算出する。さらに本実施の形態では、一次磁束指令値λ
δ*の設定方法により、回転速度制御の制御性を向上することを企図する。
【0066】
<3.一次磁束指令値[λ
*]の設定方法>
<3−1.式(9)および式(10)に基づく回転速度の補償>
回転速度制御の制御性を考慮するために、電動機2の負荷トルクτLに対する電動機2の出力トルクτeの伝達関数を考慮する。この伝達関数を算出するために要する式を、以下に列挙する。
【0068】
式(11)は電動機2の運動方程式であり、Jはイナーシャを示す。式(12)は、δc−γc回転座標系の回転速度ω1と、d−q回転座標系の回転速度(n・ωrm)との関係を示す式であり(
図1も参照)、回転速度ω1,(n・ωrm)の差が位相角φcの微分値と一致する。式(13)は、出力トルクτeを示す式である。式(14)は、一次磁束[λ]のγc軸成分λ
γcを示す式である。式(14)において、Lは電機子巻線22についてのインダクタンスを示し、ここでは非突極性を想定する。式(14)は、周知のように、一次磁束[λ]が電気子反作用による磁束[L・i
δc L・i
γc]と鎖交磁束[Λ0]との合成であることから導かれる式である。
【0069】
また、理想的な一次磁束制御が行なわれていると仮定すると、λ
γc≒0の近似式が成立する。また、非特許文献1,2にも記載されているように、通常、一次磁束制御では、位相角φcが小さい範囲で行なわれる。よって、sinφc≒φcの近似式が成立する。さらに定常状態では回転速度指令値ω1
*の時間変化(s・ω1
*)は零に近似される。
【0070】
式(9)および式(10)に示す回転速度ω1の算出式と、式(11)〜(14)と、上記の近似とを用いて、負荷トルクτLに対する出力トルクτeの伝達関数を導くと、伝達関数は以下の式で表される。
【0072】
図3は、式(15)の伝達関数の周波数特性における伝達ゲインと伝達位相との一例を示している。また
図3では、一次磁束λ
δcがそれぞれ値λ1〜λ6を採るときの伝達ゲインと伝達位相とが示されている。値λ1〜λ6は、その添え字が小さいほど小さい。よって値λ1が最も小さく、値λ6が最も大きい。
【0073】
伝達ゲインは負荷トルクτLの大きさ(振幅)に対する出力トルクτeの大きさ(振幅)の比であるので、伝達ゲインが1(零dB)から遠ざかると、負荷トルクτLと出力トルクτeとの差が増大する。式(11)からも理解できるように、負荷トルクτLと出力トルクτeとの差は回転速度ωrmの変動を生じさせる。したがって回転速度ωrmの変動を低減する観点からは、伝達ゲインは1(零dB)に近いことが望ましい。
【0074】
伝達位相は負荷トルクτLと出力トルクτeとの位相差であり、この位相差によっても負荷トルクτLと出力トルクτeとに差が生じる。したがって、伝達位相は零に近いほうが望ましい。なお伝達位相が負の範囲で低減することは、出力トルクτeの負荷トルクτLに対する位相遅れが大きくなることを意味する。なお位相遅れが大きくなると、回転速度指令値ω1*の変化に対して回転速度ω1の応答性が悪くなる。言い換えれば、回転速度ω1が回転速度指令値ω1*に一致するまでの期間が長くなる。
【0075】
さて、本実施の形態では、回転速度ω1に応じた値で、一次磁束指令値λ
δ*の下限値を制限するところ、まず一次磁束λ
δcの影響について
図3を参照して考慮する。なお
図3において横軸は負荷トルクτLの周波数を示しているが、これを回転速度ω1とみなすことができる。なぜなら、負荷トルクτLが回転位置に応じて変化するとき、負荷トルクτLの主たる周波数成分は回転速度ωrmと正の相関関係を有するからである。例えば、電動機2が1シリンダの圧縮機を駆動している場合には、回転速度ωrmと同じ周波数成分が、主として負荷トルクτLに含まれる。よって回転速度ωrmが小さいときには、負荷トルクτLの主たる周波数成分の周波数は小さくなる。なおもちろん、負荷トルクτLには、この主たる周波数成分を基本とした高次の高調波成分も含まれる。
【0076】
図3のグラフから理解できるように、一次磁束λ
δcが大きいほど、低周波領域において、伝達ゲインはより広い周波数範囲で零に近づく。また一次磁束λ
δcが大きいほど、低周波数領域において、伝達位相はより広い周波数範囲で零に近づく。
【0077】
そこで本実施の形態では、電動機2へと交流電圧を印加し始めてから回転速度ω1が基準値ωrefを超えるまでの起動期間(負荷トルクτLの低周波領域に相当)において、一次磁束指令値λ
δ*の下限値を第1値に制限する。そして、起動期間の後では、一次磁束指令値λ
δ*の下限値を、第1値よりも小さい第2値に制限する。換言すると、起動期間においては、一次磁束指令値λ
δ*が第1値よりも小さいときに、一次磁束指令値λ
δ*を第1値に制限し、起動期間の後においては、一次磁束指令値λ
δ*が第2値よりも小さいときに、一次磁束指令値λ
δ*を第2値に制限する。
【0078】
以上のように、起動期間において、一次磁束指令値λ
δ*の下限値が比較的大きいので、より零に近い伝達ゲイン、かつ、より位相遅れの小さい伝達位相で、電動機2を制御することができる。よって、より確実に電動機2を起動して回転させることができる。
【0079】
その一方で、起動期間の後では、一次磁束指令値λ
δ*の下限値をより小さい第2値に制限する。これにより、一次磁束指令演算部38によって生成された一次磁束指令値λ
δ*がそのまま電圧指令演算部35に採用されやすい。例えば最大トルク/電流制御によって決定された一次磁束指令値λ
δ*が第1値を下回っていても、第2値よりも大きい場合には、この一次磁束指令値λ
δ*がそのまま採用される。よって、最大トルク/電流制御が行われやすい。これにより、起動後の通常運転において、効率的な運転を行なうことができる。
【0080】
第2値としては、出力トルクτeの全範囲において、最大トルク/電流制御によって決定された一次磁束指令値λ
δ*のうち、最小値以下の値を採用することができる。これにより、起動期間の後の通常運転では、最大トルク/電流制御を確実に行なうことができる。
【0081】
以上のように本実施の形態では、起動期間の後において、より小さい伝達位相での運転よりも、一次磁束指令演算部38による一次磁束指令値を採用した運転を優先する。これは以下の理由による。
【0082】
回転速度ω1の変動によって負荷角φが変動する。
図4は、回転速度ω1の変動Δω1を正弦波で与えたときの、変動Δω1と負荷角φの変動とを模式的に示している。
図4では、変動Δω1が1Hzで変動する場合の波形を実線で示し、変動Δω1が10Hzで変動する場合の波形を破線で示している。
図4に示すように、変動Δω1が1Hzで変動する場合の負荷角φの変動の振幅が、変動Δω1が10Hzで変動する場合の負荷角φの変動の振幅に比して大きい。つまり、低周波数領域における負荷角φの変動の振幅が大きくなる。負荷角φが大きくなると脱調を招く恐れがあるので、この観点では、低周波領域における回転速度ω1の変動が、高周波領域に比べて小さいほうが望ましい。よって、低周波領域ではより零に近い伝達ゲイン・伝達位相で制御を行っているのである。
【0083】
他方、起動期間の後では、負荷トルクτLの周波数成分も高くなるので、負荷角φの変動は小さい。よって、高周波領域では脱調が生じにくいので、一次磁束指令演算部38による一次磁束指令値を採用した運転を優先するのである。
【0084】
これにより、電動機2をより確実に起動しつつも、高い制御性で電動機2の回転速度を制御することができる。
【0085】
<3−2.式(7)及び式(8)に基づく回転速度の補償>
式(9)において時定数Tmを無限大に近づけたときの、「Tm・s/(1+Tm・s)」の極限値は1である。この極限値を用いれば式(9)は式(7)と一致する。したがって、簡単のために補償量ωcorrを無視すると、式(15)の伝達関数において、Tmを無限大に近づけることで、式(7)および式(8)の速度補償を用いた場合の伝達関数を導出することができる。式(7)および式(8)の速度補償を用いた伝達関数は以下のように導かれる。
【0087】
図5は、この伝達関数の周波数特性における伝達ゲインと伝達位相との一例を示している。また
図5では、一次磁束λ
δcがそれぞれ値λ1〜λ6を採るときの伝達ゲインと伝達位相とが示されている。値λ1〜λ6は、その添え字が小さいほど小さい。
図5のグラフから理解できるように、一次磁束λ
δcが大きいほど、低周波領域において、伝達ゲインはより広い周波数範囲で零に近づく。また一次磁束λ
δcが大きいほど、低周波数領域において、伝達位相はより広い周波数範囲で零に近づく。
【0088】
そこで、式(7)および式(8)の回転速度の補償を用いた場合にも、起動期間において、一次磁束指令値λ
δ*の下限値を第1値に設定し、起動期間の後では、一次磁束指令値λ
δ*の下限値を、第1値よりも小さい第2値に設定する。
【0089】
これにより、電動機2をより確実に起動しつつも、高い制御性で電動機2の回転速度を制御することができる。
【0090】
なお起動期間が終了したか否かは、回転速度ω1と基準値ωrefとの比較に基づいて行なわれてもよい。或いは、起動開始時点から所定時間経過が経過したか否かに基づいて、起動期間の終了を判定してもよい。
【0091】
起動開始時点は電動機制御装置3が電動機2の運転を開始する時点であればよく、例えば外部からの起動指令を受け取る場合には、当該起動指令の受け取り時点を起動開始時点とみなしても良い。
【0092】
またここでいう起動は、電圧供給源1が電動機2へと交流電圧を印加していないにも拘わらず、電動機2が例えば外力或いは慣性によって回転(自然回転と呼ぶ)している状態において、電動機2へと交流電圧を印加して、所望の回転速度で回転させる場合を含む。このような起動は公知の任意の方法によって実現される。例えば電動機2の自然回転によって生じる誘導起電力に基づいて、電動機2の回転位置を検出し、当該回転位置に応じて適切な交流電圧を電動機2に印加することで、電動機2を回転させることができる。
【0093】
また、電動機2の機械的負荷が正転している場合の回転方向と、回転座標系の回転速度ω1が正転している場合の回転方向が異なる場合についても考慮する。つまり、機械的負荷の正転の方向と、回転速度指令値ωrm*、回転速度ω1および指令値ω1*の正転の方向とを互いに反対に設定した場合についても考慮する。この場合、機械的負荷の回転方向と同一となるように(−1)を乗じた回転速度(−ω1)と基準値ωrefとの比較に基づいて、起動期間の終了を判定してもよい。
【0094】
上記の種々の実施の形態は、互いの機能を損なわない限り、適宜に組み合わせることができる。
【0095】
上記のブロック図は模式的であり、各部はハードウェアで構成することもできるし、ソフトウェアによって機能が実現されるマイクロコンピュータ(記憶装置を含む)で構成してもよい。各部で実行される各種手順、あるいは実現される各種手段又は各種機能の一部又は全部をハードウェアで実現しても構わない。
【0096】
マイクロコンピュータは、プログラムに記述された各処理ステップ(換言すれば手順)を実行する。上記記憶装置は、例えばROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)、書き換え可能な不揮発性メモリ(EPROM(Erasable Programmable ROM)等)、ハードディスク装置などの各種記憶装置の1つ又は複数で構成可能である。当該記憶装置は、各種の情報やデータ等を格納し、またマイクロコンピュータが実行するプログラムを格納し、また、プログラムを実行するための作業領域を提供する。なお、マイクロコンピュータは、プログラムに記述された各処理ステップに対応する各種手段として機能するとも把握でき、あるいは、各処理ステップに対応する各種機能を実現するとも把握できる。