(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
クランク軸は、ピストンの往復運動を回転運動に変換して動力を得るレシプロエンジンの基幹部品であり、鍛造によって製造されるものと、鋳造によって製造されるものとに大別される。乗用車や貨物車や特殊作業車などの自動車のエンジン、特に、気筒数が2以上の多気筒エンジンにおいては、クランク軸に高い強度と剛性が要求され、その要求に対して優位な鍛造クランク軸が多用されている。また、自動二輪車や農機や船舶などの多気筒エンジンでも鍛造クランク軸が用いられる。
【0003】
一般に、多気筒エンジン用の鍛造クランク軸は、断面が丸形または角形で全長にわたって断面積が一定のビレットを原材料とし、予備成形、型鍛造、バリ抜きおよび整形の各工程を順に経て製造される(例えば、特許文献1〜3参照)。予備成形工程は、ロール成形と曲げ打ちの各工程を含み、型鍛造工程は、荒打ちと仕上打ちの各工程を含む。
【0004】
図1は、従来の一般的な鍛造クランク軸の製造工程を説明するための模式図である。
図2は、従来の鍛造クランク軸の一例を模式的に示す図であり、
図2(a)は平面図、
図2(b)は側面図、
図2(c)は軸部を代表するジャーナル部の径方向断面図である。
【0005】
図1、
図2に例示するクランク軸1は、4気筒エンジンに搭載されるものであり、5つのジャーナル部J1〜J5、4つのピン部P1〜P4、フロント部Fr、フランジ部Fl、およびジャーナル部J1〜J5とピン部P1〜P4をそれぞれつなぐ8枚のクランクアーム部(以下、単に「アーム部」ともいう)A1〜A8から構成され、8枚の全てのアーム部A1〜A8にバランスウエイトを有する4気筒−8枚カウンターウエイトのクランク軸である。以下、ジャーナル部J1〜J5、ピン部P1〜P4、およびアーム部A1〜A8それぞれを総称するとき、その符号は、ジャーナル部で「J」、ピン部で「P」、アーム部で「A」と記す。これらのうちで、ジャーナル部J、ピン部P、フロント部Frおよびフランジ部Flは、いずれも円柱状の軸部である。
【0006】
図1に示す製造方法では、以下のようにして鍛造クランク軸1が製造される。先ず、予め所定の長さに切断した
図1(a)に示すビレット2を誘導加熱炉やガス雰囲気加熱炉によって加熱した後、ロール成形を行う。ロール成形工程では、例えば孔型ロールによりビレット2を圧延して絞りつつその体積を長手方向に配分し、中間素材となるロール荒地103を成形する(
図1(b)参照)。次に、曲げ打ち工程では、ロール成形によって得られたロール荒地103を長手方向と直角な方向から部分的にプレス圧下してその体積を配分し、さらなる中間素材となる曲げ荒地104を成形する(
図1(c)参照)。
【0007】
続いて、荒打ち工程では、曲げ打ちによって得られた曲げ荒地104を上下に一対の金型を用いてプレス鍛造し、クランク軸(最終鍛造製品)のおおよその形状が造形された鍛造材105を成形する(
図1(d)参照)。さらに、仕上打ち工程では、荒打ちによって得られた荒鍛造材105が供され、荒鍛造材105を上下に一対の金型を用いてプレス鍛造し、クランク軸と合致する形状が造形された鍛造材106を成形する(
図1(e)参照)。これら荒打ちおよび仕上打ちのとき、互いに対向する金型の型割面の間から、余材がバリとして流出する。このため、荒鍛造材105、仕上鍛造材106は、造形されたクランク軸の周囲にそれぞれバリ105a、106aが大きく付いている。
【0008】
バリ抜き工程では、仕上打ちによって得られたバリ106a付きの仕上鍛造材106を上下から金型で保持しつつ、刃物型によってバリ106aを打ち抜き除去する。これにより、
図1(f)、
図2に示すように、鍛造クランク軸1が得られる。整形工程では、バリを除去した鍛造クランク軸1の要所、例えば、ジャーナル部J、ピン部P、フロント部Fr、フランジ部Flなどといった軸部、場合によってはアーム部Aを上下から金型で僅かにプレスし、所望の寸法形状に矯正する。こうして、鍛造クランク軸1が製造される。
【0009】
図1に示す製造工程は、例示する4気筒−8枚カウンターウエイトのクランク軸に限らず、8枚のアーム部Aのうち、先頭の第1アーム部A1、最後尾の第8アーム部A8、および中央の2枚の第4、第5アーム部A4、A5にバランスウエイトを有する4気筒−4枚カウンターウエイトのクランク軸であっても、同様である。その他に、3気筒エンジン、直列6気筒エンジン、V型6気筒エンジン、8気筒エンジンなどに搭載されるクランク軸であっても、製造工程は同様である。なお、ピン部の配置角度の調整が必要な場合は、バリ抜き工程の後に、捩り工程が追加される。
【0010】
図2に示すように、鍛造クランク軸1は、上述した型鍛造工程でバリが発生し、そのバリをバリ抜き工程で除去されることから、その痕跡として、全周にわたりバリ線107が現れる。軸部であるジャーナル部J、ピン部P、フロント部Frおよびフランジ部Flの径方向断面形状は、バリ線107を挟んで対称の半円を組み合わせた概ね円形である(
図2(c)を参照)。その半円の部分は、それぞれ、仕上打ちで上下に一対の金型における半円形の型彫刻部により形成され、バリ線107の位置は、上下の金型の型割面の位置と一致する(
図2(c)中の破線を参照)。
【0011】
このような鍛造クランク軸1は、エンジンに搭載するクランク軸として機能させるため、種々の加工や熱処理が施される。例えば、軸部であるジャーナル部J、ピン部P、フロント部Frおよびフランジ部Flは、いずれも外周を切削加工され、所定の外径に仕上げられる(
図2(c)中の二点鎖線を参照)。特に、ジャーナル部Jおよびピン部Pの外周は、さらに研磨加工が施されて所定の外径と表面粗さに仕上げられる。外周を機械加工されたジャーナル部は、すべり軸受ブッシュを介してエンジンブロックに支持される。同じくピン部は、ピストンが連結されたコンロッドの端部に、すべり軸受ブッシュを介して連結される。
【0012】
また、ジャーナル部およびピン部は、すべり軸受ブッシュと摺動することから、耐摩耗性が要求される。このため、ジャーナル部およびピン部の外周には、切削加工の後、研磨加工の前に、高周波焼入れ(IH)が施されることが多い。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
ところで、外周機械加工が施されたジャーナル部およびピン部には、研磨加工や高周波焼入れによってその外周面に生じた引張残留応力に起因し、研磨割れやIH割れといった割れ(以下、「加工表面割れ」ともいう)が発生することがある。従来、加工表面割れが発生した場合、研磨加工や高周波焼入れの諸条件を調整して対処している。しかし、これらの諸条件の調整は、極めて煩雑な作業であり、ジャーナル部およびピン部の外径寸法や外周面の面粗さ、焼入れ硬化層の特性を変動させるおそれもあることから、限界がある。このため、加工表面割れの発生を十分に抑制することができず、革新的な対応策が望まれている。
【0015】
本発明は、上記の問題に鑑みてなされたものであり、外周機械加工後にジャーナル部およびピン部で加工表面割れの発生を防止することができる鍛造クランク軸、およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、上記目的を達成するため、種々の試験を行い鋭意検討を重ねた結果、下記(a)〜(e)の知見を得た。
【0017】
(a)通常、鍛造クランク軸の原材料としては、S(硫黄)を含有する炭素鋼が用いられる。これは、鍛造クランク軸を機械加工するにあたり、良好な被削性を確保するためである。
【0018】
(b)従来の鍛造クランク軸の軸部で加工表面割れが発生したものを詳細に調査した。その結果、加工表面割れは、バリ線上に相当する位置、すなわち仕上打ち用金型の型割面に対応する位置に限定して発生し、それ以外のバリ線上から外れた位置、その中でも仕上打ち用金型の型彫刻部の底(以下、「型底」ともいう)に対応する位置では全く発生していないことが分かった。
【0019】
(c)このような加工表面割れの発生状況は以下の理由から説明することができる。鍛造クランク軸の原材料であるビレットの内部には各種の介在物が分散している。上記(a)のとおりにS含有炭素鋼を原材料として用いる場合、その介在物のほとんどはMnS(マンガン硫化物)である。鍛造クランク軸を製造する際の型鍛造工程においては、金型の型割面の近傍では鋼が著しく圧下され、鋼の流動も著しいことから、MnS介在物は、金型の型割面の間から流出するバリ中で伸長して集積するのは勿論のこと、鍛造クランク軸の軸部における型割面に対応する位置にも集積する。
【0020】
このため、鍛造クランク軸の軸部における型割面に対応する位置には、MnS介在物が密集して存在する。この密集したMnS介在物は割れ感受性が高く、外周機械加工後に軸部の表面に露出した場合、密集したMnS介在物を起点にして加工表面割れが発生し易い状況となる。
【0021】
一方、鍛造クランク軸の軸部におけるバリ線から外れた位置、とりわけ、型底に対応する位置では、型鍛造工程で鋼の流動が少ない。このため、MnS介在物は適度に分散した状態に維持されて割れ感受性が低く、外周機械加工後に軸部の表面に露出した場合でも、加工表面割れが発生し難い状況となる。
【0022】
(d)上記(b)、(c)に示すことから、鍛造クランク軸の軸部における型割面に対応する位置であっても、MnS介在物が密集することなく適度に分散した状態であれば、加工表面割れが発生し難いことがわかる。そのMnS介在物の分布状態は、一定の領域内でMnS介在物の占める面積率(以下、「硫化物面積率」ともいう)を指標にして整理することができる。そして、後述する実施例で実証するように、軸部の外周機械加工後の表面に相当する部分において、仕上打ち用金型の型割面に対応する位置での硫化物面積率がxで、仕上打ち用金型の型彫刻部の底に対応する位置での硫化物面積率がyであり、これらが同等で、その比x/yが1.5以下である鍛造クランク軸は、加工表面割れが発生しない。
【0023】
(e)上記(d)に示す鍛造クランク軸は、その製造過程でバリが生じないか、生じたとしても少ないものであればよい。このような鍛造クランク軸は、多気筒エンジン用である場合、後述する成形装置を用いた製造方法を適用することにより、製造することが可能である。
【0024】
本発明は、上記(a)〜(e)の知見に基づいて完成されたものであり、その要旨は下記の鍛造クランク軸、およびその製造方法にある。
【0025】
本発明の一実施形態である鍛造クランク軸は、Sを含有する炭素鋼からなり、軸部の外周機械加工後の表面に相当する部分において、仕上打ち用金型の型割面に対応する位置での硫化物面積率xと仕上打ち用金型の型彫刻部の底に対応する位置での硫化物面積率yとの比x/yが1.5以下である。
【0026】
上記の鍛造クランク軸は、質量%で、C:0.30〜0.60%、およびS:0.01〜0.30%を含有する炭素鋼からなることが好ましい。
【0027】
上記の鍛造クランク軸は、多気筒エンジン用であることが好ましい。
【0028】
上記の鍛造クランク軸が多気筒エンジン用である場合、当該鍛造クランク軸は、下記の第1予備成形工程、第2予備成形工程、および仕上打ち工程の、一連の工程を経て製造することができる。
【0029】
第1予備成形工程は、鍛造クランク軸のジャーナル部と軸方向の長さが同じ粗ジャーナル部、鍛造クランク軸のピン部と軸方向の長さが同じで軸方向と直角な偏芯方向の偏芯量が前記ピン部よりも小さい粗ピン部、および鍛造クランク軸のクランクアーム部よりも軸方向の厚みが厚い粗クランクアーム部がそれぞれ造形されたクランク軸形状の粗素材を成形する。
【0030】
第2予備成形工程は、固定ジャーナル型と、可動ジャーナル型と、ピン型と、を備えた成形装置を用いる。
固定ジャーナル型は、前記粗素材の粗ジャーナル部のうちの1つの粗ジャーナル部の位置に配置され、当該粗ジャーナル部を軸方向と直角な偏芯方向に沿って挟み込んで保持するとともに、当該粗ジャーナル部につながる粗クランクアーム部の側面に接触する。
可動ジャーナル型は、固定ジャーナル型で挟み込まれる粗ジャーナル部以外の粗ジャーナル部それぞれの位置に配置され、当該粗ジャーナル部を個々に軸方向と直角な偏芯方向に沿って挟み込んで保持するとともに、各々が当該粗ジャーナル部につながる粗クランクアーム部の側面に接触しつつ、固定ジャーナル型に向けて軸方向に移動する。
ピン型は、粗ピン部それぞれの位置に配置され、当該粗ピン部それぞれの偏芯中心側に宛がわれるとともに、各々が当該粗ピン部につながる粗クランクアーム部の側面に接触しつつ、固定ジャーナル型に向けた軸方向および軸方向と直角な偏芯方向に移動する。
第2予備成形工程は、このような構成の成形装置を用い、粗ジャーナル部を固定ジャーナル型および可動ジャーナル型で挟み込んで保持し、粗ピン部にピン型を宛がった状態から、可動ジャーナル型を軸方向に移動させるとともに、ピン型を軸方向と偏芯方向に移動させることにより、粗クランクアーム部を軸方向に挟圧してその厚みを鍛造クランク軸のクランクアーム部の厚みまで減少させるとともに、粗ピン部を偏芯方向に押圧してその偏芯量を鍛造クランク軸のピン部の偏芯量まで増加させた仕上打ち用素材を成形する。
【0031】
仕上打ち工程は、前記仕上打ち用素材を上下に一対の金型を用いて仕上打ちし、鍛造クランク軸の最終形状が造形された仕上材を成形する。
【発明の効果】
【0032】
本発明の鍛造クランク軸によれば、仕上打ち用金型の型割面に対応する位置での硫化物面積率xが、仕上打ち用金型の型彫刻部の底に対応する位置での硫化物面積率yと同等であるため、外周機械加工後にジャーナル部およびピン部で割れ感受性が低く、研磨加工や高周波焼入れに起因する加工表面割れの発生を防止することができる。
【発明を実施するための形態】
【0034】
以下に、本発明の鍛造クランク軸、およびその製造方法について、その実施形態を詳述する。
【0035】
1.鍛造クランク軸の特性
図3は、本発明の鍛造クランク軸の一例を模式的に示す図であり、
図3(a)は平面図、
図3(b)は側面図、
図3(c)は軸部を代表するジャーナル部の径方向断面図である。
図3(c)には、説明の便宜上、上下に一対の仕上打ち用金型の形状を破線で示し、軸部、すなわちジャーナル部J、ピン部P、フロント部Frおよびフランジ部Flの外周機械加工の表面を二点鎖線で示している。なお、
図3では、4気筒−8枚カウンターウエイトのクランク軸を例示している。
【0036】
図3に示すように、本発明の鍛造クランク軸1は、バリ線が現れていないか、現れていたとしても軽微なものであり、その製造過程でバリが生じないか、生じたとしても少ないものである。また、本発明の鍛造クランク軸1は、Sを含有する炭素鋼からなり、このS含有炭素鋼のビレットを原材料として製造されたものである。このS含有炭素鋼は、その代表的な組成として、質量%で、C:0.30〜0.60%、およびS:0.01〜0.30%を含有する。ここで、C含有量の範囲を0.30〜0.60%とする理由は、クランク軸の強度および焼入れ性を確保しつつ、靭性および被削性の低下を抑制するためである。C含有量の下限は、好ましくは0.35%以上であり、更に好ましくは0.37%以上である。一方、C含有量の上限は、好ましくは0.58%以下であり、更に好ましくは0.55%以下である。
【0037】
S含有量を0.01〜0.30%とする理由は、次のとおりである。S含有量が0.01%未満であると、鍛造クランク軸を機械加工するにあたり、良好な被削性を確保にすることができない。被削性の観点からすればSは多ければ多いほどよいが、S含有量が0.30%を超えて多過ぎると、加工表面割れが発生し易くなり、ビレットの製造(連続鋳造)も実質的に困難となる。したがって、S含有量の下限は、0.01%以上とする。より好ましくは0.03%以上であり、更に好ましくは0.05%以上である。一方、S含有量の上限は、0.30%以下とする。
【0038】
また、本発明の鍛造クランク軸1は、軸部の外周機械加工後の表面(
図3(c)中の二点鎖線を参照)に相当する部分において、次のような特性を有する。仕上打ち用金型の型割面に対応する位置(
図3(c)中の符号Xで示す太線で囲った位置)での硫化物面積率がxで、仕上打ち用金型の型底に対応する位置(
図3(c)中の符号Yで示す太線で囲った位置)での硫化物面積率がyであり、これらが同等で、その比x/yが1.5以下である。型割面に対応する位置Xは、従来の鍛造クランク軸ではバリ線上の位置に相当する。ここでいう硫化物面積率は、該当位置における軸方向断面上の一定の領域内でMnS介在物の占める面積率(%)を意味し、該当位置でのMnS介在物の分布状態の指標となる。すなわち、硫化物面積率が大きいほどMnS介在物がより密集していることを示し、硫化物面積率が小さいほどMnS介在物がより分散していることを示す。
【0039】
型割面に対応する位置Xでの硫化物面積率xが、型底に対応する位置Yでの硫化物面積率yと同等で、その比x/yが1.5以下である鍛造クランク軸1は、その軸部における型割面に対応する位置Xでも、型底に対応する位置Yと同程度にMnS介在物が密集することなく適度に分散した状態である。このため、外周機械加工後にジャーナル部およびピン部で割れ感受性が低く、研磨加工や高周波焼入れに起因する加工表面割れの発生を防止することができる。
【0040】
このような鍛造クランク軸1は、例えば、多気筒エンジン用である場合には、以下に示す製造方法を適用することにより、製造することが可能である。
【0041】
2.鍛造クランク軸の製造方法
本発明の鍛造クランク軸が多気筒エンジン用である場合、その製造過程で仕上打ちを行うことを前提とする。そして、仕上打ちの前工程で、その仕上打ちに供する仕上打ち用素材を粗素材から成形するために、後述する成形装置を用いる。
【0042】
2−1.被成形対象の粗素材と、成形された仕上打ち用素材
図4は、本発明の鍛造クランク軸を製造過程において、成形装置で被成形対象とする粗素材と、成形された仕上打ち用素材の各形状を模式的に示す平面図である。
図4では、4気筒−8枚カウンターウエイトのクランク軸を製造する場合の粗素材と仕上打ち用素材を例示している。
【0043】
図4に示すように、粗素材4は、
図1(f)、
図3に示す鍛造クランク軸1の形状に依拠しつつも全体として粗いクランク軸形状であり、5つの粗ジャーナル部J1’〜J5’、4つの粗ピン部P1’〜P4’、粗フロント部Fr’、粗フランジ部Fl’、および粗ジャーナル部J1’〜J5’と粗ピン部P1’〜P4’をそれぞれつなぐ8枚の粗クランクアーム部(以下、単に「粗アーム部」ともいう)A1’〜A8’から構成される。粗素材4にはバリはついていない。以下、粗素材4の粗ジャーナル部J1’〜J5’、粗ピン部P1’〜P4’、および粗アーム部A1’〜A8’それぞれを総称するとき、その符号は、粗ジャーナル部で「J’」、粗ピン部で「P’」、粗アーム部で「A’」と記す。
【0044】
仕上打ち用素材5は、上記の粗素材4から、詳細は後述する成形装置によって成形されるものであり、5つの粗ジャーナル部J1”〜J5”、4つの粗ピン部P1”〜P4”、粗フロント部Fr”、粗フランジ部Fl”、および粗ジャーナル部J1”〜J5”と粗ピン部P1”〜P4”をそれぞれつなぐ8枚の粗クランクアーム部(以下、単に「粗アーム部」ともいう)A1”〜A8”から構成される。仕上打ち用素材5にはバリはついていない。以下、仕上打ち用素材5の粗ジャーナル部J1”〜J5”、粗ピン部P1”〜P4”、および粗アーム部A1”〜A8”それぞれを総称するとき、その符号は、粗ジャーナル部で「J”」、粗ピン部で「P”」、粗アーム部で「A”」と記す。
【0045】
仕上打ち用素材5の形状は、クランク軸(最終鍛造製品)の形状と概ね一致し、丁度、
図1(d)に示す荒鍛造材105のバリ105aを除いた部分に相当する。すなわち、仕上打ち用素材5の粗ジャーナル部J”は、最終形状の鍛造クランク軸のジャーナル部Jと軸方向の長さが同じである。仕上打ち用素材5の粗ピン部P”は、最終形状の鍛造クランク軸のピン部Pと軸方向の長さが同じで、軸方向と直角な偏芯方向の偏芯量も同じである。仕上打ち用素材5の粗アーム部A”は、最終形状の鍛造クランク軸のアーム部Aと軸方向の厚みが同じである。
【0046】
これに対し、粗素材4の粗ジャーナル部J’は、仕上打ち用素材5の粗ジャーナル部J”、すなわち鍛造クランク軸のジャーナル部Jと軸方向の長さが同じである。粗素材4の粗ピン部P’は、仕上打ち用素材5の粗ピン部P”、すなわち鍛造クランク軸のピン部Pと軸方向の長さが同じであるが、偏芯量が仕上打ち用素材5の粗ピン部P”よりも小さい。粗素材4の粗アーム部A’は、仕上打ち用素材5の粗アーム部A”、すなわち鍛造クランク軸のアーム部Aよりも軸方向の厚みが厚い。要するに、粗素材4は、仕上打ち用素材5(最終形状の鍛造クランク軸)と比較して、粗アーム部A’の厚みが厚い分だけ全長が長くて、粗ピン部P’の偏芯量が小さく、比較的緩やかなクランク軸形状となっている。
【0047】
もっとも、厳密に言えば、仕上打ち用素材5は、最終形状の鍛造クランク軸に対し、粗アーム部A”の厚みが僅かに薄くされ、その分だけ粗ジャーナル部J”および粗ピン部P”の軸方向長さが僅かに大きくされている。仕上打ちの際に仕上打ち用素材5を金型内に収容し易くし、かじり疵の発生を防止するためである。これに応じて、粗素材4も、最終形状の鍛造クランク軸に対し、粗ジャーナル部J’および粗ピン部P’の軸方向長さが僅かに大きくされている。
【0048】
2−2.製造工程
図5は、本発明の鍛造クランク軸の製造工程を示す模式図である。
図5に示すように、鍛造クランク軸の製造方法は、第1予備成形、第2予備成形、仕上打ちの各工程を含み、必要に応じて、バリ抜き、整形の各工程を含む。なお、ピン部の配置角度の調整が必要な場合は、バリ抜き工程の後に、捩り工程が追加される。
【0049】
第1予備成形工程は、上記の粗素材4を造形する工程である。第1予備成形工程では、断面が丸形の丸ビレットを原材料とし、この丸ビレットを誘導加熱炉やガス雰囲気加熱炉によって加熱した後に予備成形加工を施すことにより、粗素材4を造形することができる。例えば、孔型ロールにより丸ビレットを絞り圧延してその体積を長手方向に配分するロール成形を行い、これによって得られたロール荒地を長手方向と直角な方向から部分的にプレス圧下してその体積を配分する曲げ打ち(通称「平押し」ともいう)を繰り返し行えば、粗素材4を造形することが可能である。そのほかに、前記特許文献1、2に開示される技術を用いても、粗素材4の造形は可能である。また、クロスロールや閉塞鍛造を採用してもよい。
【0050】
第2予備成形工程は、下記の
図6に示す成形装置を用いることにより、上記の粗素材4から、上記の仕上げ打ち用素材5を成形する工程である。仕上打ち工程は、上記の仕上打ち用素材5が供され、上下に一対の金型を用いてプレス鍛造することにより、鍛造クランク軸1を得る工程である。
【0051】
2−3.仕上打ち用素材の成形装置
図6は、本発明の鍛造クランク軸の製造で用いられる成形装置の構成を示す縦断面図である。
図6には、4気筒−8枚カウンターウエイトのクランク軸を製造する場合の成形装置、すなわち前記
図2に示す粗素材4から仕上打ち用素材5を成形する成形装置を例示している。
【0052】
図6に示すように、成形装置は、プレス機を利用したものであり、基礎となる固定の下側ハードプレート20と、プレス機のラムの駆動に伴って下降する上側ハードプレート21を有する。下側ハードプレート20の真上には、弾性部材24を介して下側金型支持台22が弾性的に支持されており、この下側金型支持台22は、上下方向に移動が許容されている。弾性部材24としては、皿ばねやコイルばねや空気ばねなどを適用することができ、そのほかにも油圧ばねシステムを適用することができる。上側ハードプレート21の真下には、支柱25を介して上側金型支持台23が固定されており、この上側金型支持台23は、プレス機(ラム)の駆動により上側ハードプレート21と一体で下降する。
【0053】
図6に示す成形装置では、粗素材4を、粗ピン部P’の偏芯方向を鉛直方向に合わせ、第1、第4粗ピン部P1’、P4’を上に配置した姿勢、言い換えれば第2、第3粗ピン部P2’、P3’を下に配置した姿勢で金型内に収容し、仕上打ち用素材に成形する。このため、下側金型支持台22と上側金型支持台23には、粗素材4の軸方向に沿って分割され、それぞれ上下で対を成す固定ジャーナル型10U、10B、可動ジャーナル型11U、11B、並びにピン型12および補助ピン型13が取り付けられている。
【0054】
固定ジャーナル型10U、10Bは、粗素材4における粗ジャーナル部J’のうちの1つの粗ジャーナル部J’の位置、例えば
図6では、中央の第3粗ジャーナル部J3’の位置に配置され、上下のそれぞれが上側金型支持台23、下側金型支持台22に取り付けられている。特に、固定ジャーナル型10U、10Bは、上下のいずれも、上側金型支持台23、下側金型支持台22に対し完全に固定されている。
【0055】
固定ジャーナル型10U、10Bには、それぞれ、半円筒状の第1彫り込み部10Ua、10Baと、この第1彫り込み部10Ua、10Baの前後(
図6では左右)に隣接して第2彫り込み部10Ub、10Bbが形成されている。第1彫り込み部10Ua、10Baの長さは、仕上打ち用素材5における第3粗ジャーナル部J3”の軸方向の長さと同じである。第2彫り込み部10Ub、10Bbの長さは、仕上打ち用素材5におけるそのジャーナル部J3”につながる粗アーム部A”(第4、第5粗アーム部A4”、A5”)の軸方向の厚みと同じである。
【0056】
固定ジャーナル型10U、10Bは、プレス機の駆動に伴う上側金型支持台23の下降、すなわちプレス機の圧下により、第1彫り込み部10Ua、10Baで第3粗ジャーナル部J3’を上下から挟み込んで保持する。これと同時に、固定ジャーナル型10U、10Bは、第2彫り込み部10Ub、10Bbの第1彫り込み部10Ua、10Ba側の面が、第3粗ジャーナル部J3’につながる第4、第5粗アーム部A4’、A5’における第3粗ジャーナル部J3’側の側面に接触した状態にされる。
【0057】
可動ジャーナル型11U、11Bは、固定ジャーナル型10U、10Bで挟み込まれる粗素材4における粗ジャーナル部J’以外の粗ジャーナル部J’それぞれの位置、例えば
図6では、第1、第2、第4、第5粗ジャーナル部J1’、J2’、J4’、J5’それぞれの位置に配置され、上下のそれぞれが上側金型支持台23、下側金型支持台22に取り付けられている。特に、可動ジャーナル型11U、11Bは、上下のいずれも、上側金型支持台23、下側金型支持台22に対し、固定ジャーナル型10U、10Bに向けての軸方向に移動が許容されている。
【0058】
可動ジャーナル型11U、11Bには、それぞれ、半円筒状の第1彫り込み部11Ua、11Baと、この第1彫り込み部11Ua、11Baの前後(
図6では左右)に隣接して第2彫り込み部11Ub、11Bbが形成されている。第1彫り込み部11Ua、11Baの長さは、仕上打ち用素材5における第1、第2、第4および第5粗ジャーナル部J1”、J2”、J4”、J5”の軸方向の長さと同じである。第2彫り込み部11Ub、11Bbの長さは、仕上打ち用素材5におけるそれらの粗ジャーナル部J1”、J2”、J4”、J5”につながる粗アーム部A”の軸方向の厚みと同じである。
【0059】
可動ジャーナル型11U、11Bは、プレス機の駆動に伴う上側金型支持台23の下降、すなわちプレス機の圧下により、第1彫り込み部11Ua、11Baで各粗ジャーナル部J’を個々に上下から挟み込んで保持する。これと同時に、可動ジャーナル型11U、11Bは、第2彫り込み部11Ub、11Bbの第1彫り込み部11Ua、11Ba側の面が、各粗ジャーナル部J’につながる粗アーム部A’における各粗ジャーナル部J’側の側面に接触した状態にされる。
【0060】
ここで、両端の第1、第5粗ジャーナル部J1’、J5’の位置に配置された可動ジャーナル型11U、11Bの端面は、傾斜面14U、14Bとなっている。これに対し、下側ハードプレート20上には、それらの第1、第5粗ジャーナル部J1’、J5’の可動ジャーナル型11U、11Bの傾斜面14U、14Bの位置に対応して、個々に、第1楔26が立設されており、各第1楔26は、下側金型支持台22を貫通して上方に突き出している。第1、第5粗ジャーナル部J1’、J5’の可動ジャーナル型11U、11Bのうち、下側の可動ジャーナル型11Bの傾斜面14Bは、初期状態で第1楔26の斜面に接触している。一方、上側の可動ジャーナル型11Uの傾斜面14Uは、プレス機の駆動に伴う上側金型支持台23の下降、すなわちプレス機の圧下により、第1楔26の斜面に接触した状態にされる。
【0061】
また、中央寄りの第2、第4粗ジャーナル部J2’、J4’の位置に配置された可動ジャーナル型11U、11Bには、第1彫り込み部11Ua、11Baおよび第2彫り込み部11Ub、11Bbから外れた側部(
図6では紙面の手前と奥)に、傾斜面15U、15Bを有する図示しないブロックが固定されている。これに対し、下側ハードプレート20上には、それらの第2、第4粗ジャーナル部J2’、J4’の可動ジャーナル型11U、11Bの傾斜面15U、15Bの位置に対応して、個々に、第2楔27が立設されており、各第2楔27は、下側金型支持台22を貫通して上方に突き出している。第2、第4粗ジャーナル部J2’、J4’の可動ジャーナル型11U、11Bのうち、下側の可動ジャーナル型11Bの傾斜面15Bは、初期状態で第2楔27の斜面に接触している。一方、上側の可動ジャーナル型11Uの傾斜面15Uは、プレス機の駆動に伴う上側金型支持台23の下降、すなわちプレス機の圧下により、第2楔27の斜面に接触した状態にされる。
【0062】
そして、プレス機の圧下の継続に伴って、上側の可動ジャーナル型11Uが下側の可動ジャーナル型11Bと一体で押し下げられる。これにより、第1、第5粗ジャーナル部J1’、J5’の可動ジャーナル型11U、11Bは、上下のいずれも、その傾斜面14U、14Bが第1楔26の斜面に沿って摺動することから、第3粗ジャーナル部J3’の固定ジャーナル型10U、10Bに向けて軸方向に移動するようになる。これと同時に、第2、第4粗ジャーナル部J2’、J4’の可動ジャーナル型11U、11Bは、上下のいずれも、その傾斜面15U、15Bが第2楔27の斜面に沿って摺動することから、第3粗ジャーナル部J3’の固定ジャーナル型10U、10Bに向けて軸方向に移動するようになる。要するに、可動ジャーナル型11U、11Bは、個々に楔機構により軸方向に移動することができる。
【0063】
上下で対を成すピン型12と補助ピン型13は、粗素材4における粗ピン部P’それぞれの位置に配置され、上下のそれぞれが上側金型支持台23、下側金型支持台22に取り付けられている。ピン型12は、粗ピン部P’それぞれの偏芯中心側に配置されるものであり、他方の補助ピン型13は、粗ピン部P’それぞれの偏芯中心側とは反対の外側に配置されるものである。例えば、第1粗ピン部P1’の位置では、第1粗ピン部P1’の配置が上側であることから、ピン型12が下側金型支持台22に取り付けられるとともに、補助ピン型13が上側金型支持台23に取り付けられる。
【0064】
特に、ピン型12と補助ピン型13は、上下のいずれも、上側金型支持台23、下側金型支持台22に対し、固定ジャーナル型10U、10Bに向けての軸方向に移動が許容されている。さらに、ピン型12に限っては、粗ピン部P’に向けての偏芯方向にも移動が許容されている。
【0065】
ピン型12、補助ピン型13には、それぞれ、半円筒状の彫り込み部12a、13aが形成されている。彫り込み部12a、13aの長さは、仕上打ち用素材5における粗ピン部P”の軸方向の長さと同じである。
【0066】
ピン型12は、プレス機の駆動に伴う上側金型支持台23の下降、すなわちプレス機の圧下により、彫り込み部12aが各粗ピン部P’の偏芯中心側に宛がわれ、ピン型12の両側面が、各粗ピン部P’につながる粗アーム部A’における各粗ピン部P’側の側面に接触した状態にされる。
【0067】
そして、ピン型12と補助ピン型13は、プレス機の圧下の継続に伴って一体で押し下げられる。これにより、ピン型12と補助ピン型13は、上記したように可動ジャーナル型11U、11Bが軸方向に移動するのに連れて、第3粗ジャーナル部J3’の固定ジャーナル型10U、10Bに向けて軸方向に移動する。また、ピン型12の偏芯方向への移動は、各ピン型12に連結された油圧シリンダ16の駆動により行われる。
【0068】
なお、ピン型12と補助ピン型13の軸方向への移動は、可動ジャーナル型11U、11Bと同様の楔機構や、油圧シリンダや、サーボモータなどの別途の機構を用いて、強制的に行ってもよい。補助ピン型13は、隣接する一対の可動ジャーナル型11U、11Bのうちの一方と一体化されていても構わない。
【0069】
図6に示す初期状態では、個々に軸方向に連なる固定ジャーナル型10U、10Bおよび可動ジャーナル型11U、11Bと、ピン型12および補助ピン型13との間に、可動ジャーナル型11U、11B、並びにピン型12および補助ピン型13の軸方向への移動を許容するために、隙間が確保されている。これらの各隙間の寸法は、仕上打ち用素材5における粗アーム部A”の厚みと粗素材4における粗アーム部A’の厚みの差である。
【0070】
次に、このような構成の成形装置による仕上打ち用素材の成形方法について説明する。
図7および
図8は、
図6に示す成形装置による仕上打ち用素材の成形方法を説明するための縦断面図であり、
図7は成形初期の状態を、
図8は成形完了時の状態をそれぞれ示す。
【0071】
前記
図6に示す下側の固定ジャーナル型10B、可動ジャーナル型11B、並びにピン型12および補助ピン型13に粗素材4を収容し、プレス機の圧下を開始する。すると、先ず、
図7に示すように、上側の固定ジャーナル型10Uおよび可動ジャーナル型11Uが、それぞれ、下側の固定ジャーナル型10Bおよび可動ジャーナル型11Bに当接する。
【0072】
これにより、粗素材4は、各粗ジャーナル部J’が固定ジャーナル型10U、10Bおよび可動ジャーナル型11U、11Bによって上下から保持され、各粗ピン部P’の偏芯中心側にピン型12が宛がわれた状態になる。この状態のとき、粗素材4の各粗アーム部A’における粗ジャーナル部J’側の側面には、固定ジャーナル型10U、10Bおよび可動ジャーナル型11U、11Bが接触し、各粗アーム部A’における粗ピン部P’側の側面には、ピン型12が接触している。また、この状態のとき、第1、第5粗ジャーナル部J1’、J5’の可動ジャーナル型11U、11Bの傾斜面14U、14Bが第1楔26の斜面に接触し、第2、第4粗ジャーナル部J2’、J4’の可動ジャーナル型11U、11Bの傾斜面15U、15Bが第2楔27の斜面に接触している。
【0073】
この状態から、そのままプレス機の圧下を継続する。すると、第1、第5粗ジャーナル部J1’、J5’の可動ジャーナル型11U、11Bは、各々の傾斜面14U、14Bが第1楔26の斜面に沿って摺動し、この楔機構により、第3粗ジャーナル部J3’の固定ジャーナル型10U、10Bに向けて軸方向に移動する。これと同時に、第2、第4粗ジャーナル部J2’、J4’の可動ジャーナル型11U、11Bは、各々の傾斜面15U、15Bが第2楔27の斜面に沿って摺動し、この楔機構により、第3粗ジャーナル部J3’の固定ジャーナル型10U、10Bに向けて軸方向に移動する。このように可動ジャーナル型11U、11Bが個々に楔機構により軸方向に移動するのに伴って、ピン型12と補助ピン型13も、第3粗ジャーナル部J3’の固定ジャーナル型10U、10Bに向けて軸方向に移動する。
【0074】
これにより、固定ジャーナル型10U、10Bおよび可動ジャーナル型11U、11Bと、ピン型12および補助ピン型13との隙間が次第に狭まり、終にはそれらの各隙間がなくなる。その際、粗素材4は、固定ジャーナル型10U、10B、可動ジャーナル型11U、11Bおよびピン型12により、粗ジャーナル部J’および粗ピン部P’の軸方向の長さが維持されながら、粗アーム部A’が軸方向に挟圧され、粗アーム部A’の厚みが仕上打ち用素材5の粗アーム部A”の厚みまで減少させられる(
図8参照)。
【0075】
また、可動ジャーナル型11U、11B、並びにピン型12および補助ピン型13の軸方向への移動に応じ、各ピン型12の油圧シリンダ16を駆動する。すると、各ピン型12は、個々に、粗素材4の粗ピン部P’を偏芯方向に押圧する。これにより、粗素材4の粗ピン部P’は偏芯方向にずれ、その偏芯量が仕上打ち用素材5の粗ピン部P”の偏芯量まで増加させられる(
図8参照)。
【0076】
このようにして、バリのない粗素材4から、アーム部Aの厚みが薄い鍛造クランク軸(最終鍛造製品)の形状と概ね一致した形状で、バリのない仕上打ち用素材5を成形することができる。そして、このようなバリなしの仕上打ち用素材5を仕上打ちに供して仕上打ちを行えば、多少のバリは発生するが、アーム部の輪郭形状を含めて鍛造クランク軸の最終形状を造形することができる。したがって、多気筒エンジン用の鍛造クランク軸を歩留り良く、しかも、その形状を問わずに高い寸法精度で製造することが可能になる。もっとも、粗素材の段階でアーム部にバランスウエイトに相当する部分を造形しておけば、バランスウエイトを有する鍛造クランク軸の製造も可能である。
【0077】
前記
図6〜
図8に示す成形装置では、第1粗ジャーナル部J1’の可動ジャーナル型11U、11Bの傾斜面14U、14Bおよびこれと接触する第1楔26の斜面と、第5粗ジャーナル部J5’の可動ジャーナル型11U、11Bの傾斜面14U、14Bおよびこれと接触する第1楔26の斜面とは、傾斜角度が鉛直面を基準に正反対とされている。また、第2粗ジャーナル部J2’の可動ジャーナル型11U、11Bの傾斜面15U、15Bおよびこれと接触する第2楔27の斜面と、第4粗ジャーナル部J4’の可動ジャーナル型11U、11Bの傾斜面15U、15Bおよびこれと接触する第2楔27の斜面とは、傾斜角度が鉛直面を基準に正反対とされている。さらに、第1楔26の斜面の角度(第1、第5粗ジャーナル部J1’、J5’の可動ジャーナル型11U、11Bの傾斜面14U、14Bの角度)は、第2楔27の斜面の角度(第2、第4粗ジャーナル部J2’、J4’の可動ジャーナル型11U、11Bの傾斜面15U、15Bの角度)よりも大きくされている。このように、各可動ジャーナル型11U、11Bを軸方向に移動させる楔機構の楔角度を可動ジャーナル型11U、11Bごとに異ならせている理由は、粗アーム部A’を軸方向に挟圧して厚みを減少させる変形速度をすべての粗アーム部A’で一定にするためである。
【0078】
前記
図6〜
図8に示す成形装置で用いる粗素材4は、粗ジャーナル部J’の断面積が、仕上打ち用素材5の粗ジャーナル部J”、すなわち鍛造クランク軸のジャーナル部Jの断面積と同じであるか、それよりも大きい。同様に、粗素材4の粗ピン部P’の断面積は、仕上打ち用素材5の粗ピン部P”、すなわち鍛造クランク軸のピン部Pの断面積と同じであるか、それよりも大きい。粗素材4の粗ジャーナル部J’の断面積が仕上打ち用素材5の粗ジャーナル部J”の断面積よりも大きく、粗素材4の粗ピン部P’の断面積が仕上打ち用素材5の粗ピン部P”の断面積よりも大きい場合であっても、固定ジャーナル型10U、10Bおよび可動ジャーナル型11U、11Bによる粗ジャーナル部J’の挟み込み保持、およびこれに続く可動ジャーナル型11U、11Bの軸方向への移動に伴い、粗ジャーナル部J’の断面積を仕上打ち用素材5の粗ジャーナル部J”の断面積まで減少させることができ、ピン型12の軸方向への移動および偏芯方向への移動に伴い、粗ピン部P’の断面積を仕上打ち用素材5の粗ピン部P”の断面積まで減少させることができる。
【0079】
以上説明した仕上打ち用素材の成形で留意すべき点として、局部的な噛み出しの発生がある。以下に、噛み出しの発生原理とその対応策について説明する。
【0080】
図9は、本発明の成形装置による仕上打ち用素材の成形で噛み出しが発生する状況を説明するための図であり、
図10は、その対応策を施した場合の状況を説明するための図である。
図9および
図10中、(a)は成形初期の状態を、(b)は成形途中の状態を、(c)は成形完了時の状態を、(d)は成形完了後に成形装置から取り出した仕上打ち用素材をそれぞれ示す。
【0081】
図9(a)に示すように、成形が開始されると、可動ジャーナル型11U、11Bが軸方向へ移動するとともに、ピン型12および補助ピン型13が軸方向と偏芯方向へ移動する。その後、
図9(b)に示すように、可動ジャーナル型11U、11B、並びにピン型12および補助ピン型13の軸方向への移動が完了する前に、すなわち、固定ジャーナル型10U、10Bおよび可動ジャーナル型11U、11Bと、ピン型12および補助ピン型13との隙間が閉ざされる前に、偏芯変形する粗ピン部P’が補助ピン型13に到達すると、この補助ピン型13と、固定ジャーナル型10U、10Bおよび可動ジャーナル型11U、11Bとの隙間に、粗ピン部P’の肉が流入してしまう。この流入した肉は、成形の進行に伴って薄く延ばされていくものの、
図9(c)に示すように、成形完了時にも残存する。こうして、
図9(d)に示すように、仕上打ち用素材5の粗ピン部P”の外側には、隣接する粗アーム部A’との境界に局所的な噛み出し部5aが現れる。
【0082】
噛み出し部5aは、次工程の仕上打ちで製品に打ち込まれてかぶり疵となる。したがって、製品品質を確保する観点から、噛み出しの発生を防止する必要がある。
【0083】
噛み出しの発生を防止する対応策としては、固定ジャーナル型10U、10Bおよび可動ジャーナル型11U、11Bと、ピン型12および補助ピン型13との隙間が閉ざされた後に、偏芯変形する粗ピン部P’が補助ピン型13に到達するように、ピン型12の偏芯方向への移動を制御すればよい。具体的には、可動ジャーナル型11U、11B、並びにピン型12および補助ピン型13の軸方向への移動が完了した後に、ピン型12の偏芯方向への移動を完了させればよい。例えば、ピン型12の偏芯方向への総移動距離を100%としたとき、そのピン型12に隣接する可動ジャーナル型11U、11Bの軸方向への移動が完了した時点で、ピン型12の偏芯方向への移動距離が総移動距離の90%以下(より好適には83%以下、さらに好適には60%以下)であり、この後にピン型12の偏芯方向への移動が完了することが好ましい。
【0084】
すなわち、
図10(a)に示すように、成形を開始し、その後、
図10(b)に示すように、ピン型12の偏芯方向への移動距離が総移動距離の90%に達するまでに、可動ジャーナル型11U、11B、並びにピン型12および補助ピン型13の軸方向への移動を完了させる。そうすると、この時点では、固定ジャーナル型10U、10Bおよび可動ジャーナル型11U、11Bと、ピン型12および補助ピン型13との隙間が閉ざされているものの、偏芯変形する粗ピン部P’が補助ピン型13に到達していない。そして、ピン型12の偏芯方向への移動に伴って粗ピン部P’が補助ピン型13に到達し、その移動が完了すると、
図10(c)に示すように、成形が完了する。このため、補助ピン型13と、固定ジャーナル型10U、10Bおよび可動ジャーナル型11U、11Bとの隙間に、粗ピン部P’の肉が流入する事態は起こらない。こうして、
図10(d)に示すように、噛み出しのない高品位の仕上打ち用素材5を得ることができる。
【0085】
可動ジャーナル型の軸方向への移動が完了するまでのピン型の偏芯方向への移動過程は、任意に変更することが可能である。例えば、ピン型の偏芯方向への移動は、可動ジャーナル型の軸方向への移動開始と同時に開始してもよいし、それよりも前に開始してもよく、又は可動ジャーナル型の軸方向への移動がある程度進行してから開始してもよい。また、ピン型の偏芯方向への移動は、開始後、一定量移動した位置で一旦停止させ、可動ジャーナル型の軸方向への移動が完了した後に再開してもよい。
【0086】
その他本発明は上記の実施形態に限定されず、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、種々の変更が可能である。例えば、前記
図6に示す成形装置において、可動ジャーナル型を軸方向へ移動させる機構としては、上記の実施形態ではプレス機を利用した楔機構を採用しているが、これに限らず、リンク機構を採用してもよいし、プレス機の利用に代えて油圧シリンダやサーボモータを利用しても構わない。また、ピン型を偏芯方向へ移動させる機構としては、油圧シリンダに限らず、サーボモータであってもよい。
【0087】
また、前記
図6に示す成形装置では、上側金型支持台を上側ハードプレートに固定するとともに、下側金型支持台を下側ハードプレートで弾性的に支持し、当該下側ハードプレートに楔を設置して、この楔で上下の可動ジャーナル型を移動させるようにした構成であるが、これとは上下を反転させた構成でも構わない。上下の各金型支持台をそれぞれのハードプレートで弾性的に支持し、ハードプレートにそれぞれ楔を設置して、各楔で上下の各可動ジャーナル型を移動させるように構成することもできる。
【0088】
また、前記
図6に示す成形装置では、補助ピン型は、軸方向にのみ移動が許容されているが、これに加えて偏芯方向とは逆方向にも移動が許容される構成とし、これにより、ピン型と補助ピン型が各粗ピン部P’を個々に上下から挟み込んで保持しながら、互いに連動して偏芯方向に移動するようにしてもよい。
【実施例】
【0089】
本発明の効果を確認するため、直径が61mmで長さが600mmの丸ビレットを原材料とし、前記
図6に示す成形装置を用いた予備成形工程を含む前記
図5に示す製造工程を経ることにより、ジャーナル部の外径が49mmでピン部の外径が46mmの4気筒−8枚カウンターウエイトの鍛造クランク軸を製造した。また、比較のために、前記
図1に示す製造工程を経ることにより、バリ線を有する鍛造クランク軸を製造した。このとき、本発明例では、下記表1に示す鋼種AのS含有炭素鋼を原材料として用い、比較例では同表に示す鋼種B、Cの2種類のS含有炭素鋼を原材料として用いた。
【0090】
【表1】
【0091】
製造した鍛造クランク軸からジャーナル部とピン部を切り出して各々の外周を切削加工し、各々の仕上がり外径に相当する44mmの外径で、厚さが10mmの試験体を作製した。そして、以下に示す2つの評価試験を行った。
【0092】
1つ目の評価試験として、ジャーナル部とピン部の各試験体の型割面に対応する位置(前記
図3(c)中の符号Xで示す位置)、および型底に対応する位置(前記
図3(c)中の符号Yで示す位置)それぞれの外周面から20mm角の試片を採取し、各試片の表面を研磨した後、その表面のミクロ観察を行った。このミクロ観察より、各位置での硫化物面積率x、yを算出した。このとき、400倍の倍率で試片表面の全域にわたってミクロ観察を行い、個々の視野ごとに画像解析によりMnS介在物の占める領域を認識して硫化物面積率を算出し、その硫化物面積率の高いほうから8視野分を選定し、その平均値を各位置での硫化物面積率x、yとした。そして、得られた硫化物面積率x、yから各位置での硫化物面積率の比x/yを算出した。
【0093】
2つ目の評価試験として、ジャーナル部とピン部の各試験体を用い、各々の外周を高周波焼入れし、その後に各試験体を濃度が4.1%の塩酸に24時間浸漬させた。そして、得られたジャーナル部とピン部の各試験体の型割面に対応する位置(前記
図3(c)中の符号Xで示す位置)、および型底に対応する位置(前記
図3(c)中の符号Yで示す位置)それぞれの外周面を蛍光磁粉探傷(MT)により観察し、割れの発生有無を調査した。この2つ目の評価試験は、加工表面割れの発生をより過酷な条件で想定した試験である。
【0094】
下記表2に、これらの2つの試験結果をまとめて示す。また、
図11に、実施例での試験結果の一例として、ジャーナル部の型割面に対応する位置における本発明例および比較例それぞれのミクロ観察写真を示す。
図11中、点在する黒色の部分がMnS介在物である。
【0095】
【表2】
【0096】
表2および
図11に示す結果から次のことが示される。表2に示すとおり、試験No.1〜4は本発明例であり、試験No.5〜10は比較例である。
【0097】
本発明例の試験No.1〜4では、表2に示すように、型割面に対応する位置での硫化物面積率xは0.09〜0.21%であり、型底に対応する位置での硫化物面積率yは0.14〜0.17%であり、両者の比x/yは最大でも1.31であった。そして、いずれでも割れは発生しなかった。また、型割面に対応する位置では、
図11に示すように、MnS介在物が適度に分散した状態になっていた。
【0098】
一方、比較例の試験No.5〜10では、表2に示すように、型割面に対応する位置での硫化物面積率xは0.34〜0.53%であり、型底に対応する位置での硫化物面積率yは0.14〜0.23%であり、両者の比x/yは最小でも1.90であった。そして、型底に対応する位置では全てで割れが発生しなかったが、型割面に対応する位置では全てで割れが発生した。また、型割面に対応する位置では、
図11に示すように、MnS介在物が密集して存在する状態になっていた。
【0099】
したがって、硫化物面積率x、yの比x/yが、ばらつきを見越しても1.5以下であれば、MnS介在物が密集することなく適度に分散した状態であり、割れ感受性が低く、加工表面割れが発生しないことがわかった。
【符号の説明】
【0101】
1:鍛造クランク軸、 J、J1〜J5:ジャーナル部、
P、P1〜P4:ピン部、 Fr:フロント部、
Fl:フランジ部、 A、A1〜A8:クランクアーム部、
2:ビレット、
4:粗素材、 J’、J1’〜J5’:粗素材の粗ジャーナル部、
P’、P1’〜P4’:粗素材の粗ピン部、
Fr’:粗素材の粗フロント部、 Fl’:粗素材の粗フランジ部、
A’、A1’〜A8’:粗素材の粗クランクアーム部、
5:仕上打ち用素材、
J”、J1”〜J5”:仕上打ち用素材の粗ジャーナル部、
P”、P1”〜P4”:仕上打ち用素材の粗ピン部、
Fr”:仕上打ち用素材の粗フロント部、
Fl”:仕上打ち用素材の粗フランジ部、
A”、A1”〜A8”:仕上打ち用素材の粗クランクアーム部、
5a:噛み出し部、
10U、10B:固定ジャーナル型、
11U、11B:可動ジャーナル型、
12:ピン型、 12a:彫り込み部、
13:補助ピン型、 13a:彫り込み部、
10Ua、10Ba:固定ジャーナル型の第1彫り込み部、
10Ub、10Bb:固定ジャーナル型の第2彫り込み部、
11Ua、11Ba:可動ジャーナル型の第1彫り込み部、
11Ub、11Bb:可動ジャーナル型の第2彫り込み部、
14U、14B:第1、5粗ジャーナル部の可動ジャーナル型の傾斜面、
15U、15B:第2、4粗ジャーナル部の可動ジャーナル型の傾斜面、
16:油圧シリンダ、
20:下側ハードプレート、 21:上側ハードプレート、
22:下側金型支持台、 23:上側金型支持台、
24:弾性部材、 25:支柱、
26:第1楔、 27:第2楔