【文献】
SHIMIZU T. et al.,,Cell sheet engineering for myocardial tissue reconstruction.,Biomaterials, 2003, Vol.24, pp.2309-2316
【文献】
杉林 康、外4名、,生分解性ハイドロゲル挿入による積層化細胞シートへの血管様管腔構造の作製.,再生医療, 2010, Vol.9, Suppl., p.176, #O-10-5
【文献】
HAYASHI K. and TABATA Y.,Preparation of stem cell aggregates with gelatin microspheres to enhance biological functions.,Acta Biomaterialia, 2011, Vol.7, pp.2797-2803
【文献】
MASUMOTO H. et al.,,STEM CELLS, 2012, Vol.30, No.6, pp.1196-1205
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0017】
1.ハイドロゲル
本明細書中で使用される「ハイドロゲル」とは、水を大量に含むことができる物質であり、酸素、水、水溶性の栄養物、酵素やサイトカイン、等のポリペプチド、などの細胞生存に必要な物質、老廃物などを容易に拡散移動させることができる材料または形態であって、通常、生体適合性であるものを意味する。ハイドロゲルの形状もしくは形態としては、細胞シートに組み込むことができれば特に限定されないが、例えば、粒子状、顆粒状、フィルム状、チューブ状、ディスク状、網状、メッシュ状、多孔質状、懸濁状もしくは分散状、などの種々の形状もしくは形態のものが使用できる。その中でも、コロイド粒子を含有する水溶液が固相化した結果としてなるハイドロゲル粒子が好ましい。上記のハイドロゲルの性質をもつものであれば、いずれの材料からなる粒子でも利用することができる。例えば、ポリアクリルアミド、ポリアクリル酸、ポリヒドロキシエチルメタアクリレート、ポリビニルアルコール、ポリ乳酸、ポリグリコール酸などの水溶性、水親和性、もしくは水吸収性合成高分子、多糖、タンパク質、核酸などを化学架橋したハイドロゲルからなる粒子である。多糖としては、ヒアルロン酸やコンドロイチン硫酸などのグリコサミノグリカン、デンプン、グリコーゲン、アガロース、ペクチン、セルロース等が挙げられるが、これらに限定されない。また、タンパク質としては、コラーゲンおよびその加水分解物であるゼラチン、プロテオグリカン、フィブロネクチン、ビトロネクチン、ラミニン、エンタクチン、テネイシン、トロンボスポンジン、フォンビルブランド因子、オステオポンチン、フィブリノーゲン等が挙げられるが、これらに限定されない。好ましくは、生体適合性で、かつ、生体内で細胞により分解される材料からなる粒子が本発明には適しており、さらに好ましくはゼラチンからなる粒子である。従って、本発明において、好ましいハイドロゲル粒子は、ゼラチンハイドロゲル粒子である。
【0018】
本発明において、細胞の培養条件や増殖性を高めるために、上記のハイドロゲル、好ましくはハイドロゲル粒子、より好ましくはゼラチンハイドロゲル粒子の表面にコラーゲン、フィブロネクチン、ビトロネクチン、ラミニン、グリコサミノグリカンなどの細胞接着性タンパク質およびその活性ペプチド、あるいは生物機能をもつ糖、オリゴ糖、多糖などをコーティングあるいは固定化したものを用いることもできる。
【0019】
本発明で使用されるゼラチンハイドロゲル粒子は、ゼラチン分子間に化学反応、熱脱水処理、放射線、紫外線、あるいは電子線照射等を与えることによりゼラチン分子間に架橋を形成させて得られる微粒子状ゼラチンハイドロゲルである。化学的架橋剤としては、EDC等の水溶性カルボジイミド、プロピレンオキサイド、ジエポキシ化合物、水酸基、カルボキシル基、アミノ基、チオール基、イミダゾール基などの間に化学結合を作る縮合剤を用いることができる。
【0020】
本発明におけるゼラチンは、酸又はアルカリ、あるいは酵素処理等によりコラーゲンのペプチド連鎖間の塩類結合や水素結合が開裂して、非可逆的に水溶性蛋白質に変化した変性コラーゲンを意味し、コラーゲンは、動物や植物から採取してもよく、あるいは、遺伝子組換え型コラーゲンを用いてもよい。本発明で用いられるゼラチンは、酸性ゼラチン及び塩基性ゼラチンのいずれであってもよい。本明細書において「酸性ゼラチン」とは、コラーゲンをアルカリ処理して調製した等電点が7.0未満2.0以上のゼラチン、好ましくは約6.5以下約4.0以上、より好ましくは約5.5以下約4.5以上のものが意図される。また「塩基性ゼラチン」とは、コラーゲンを酸処理して調製した等電点が約7.0以上約13.0以下のゼラチン、好ましくは約7.5以上約10.0以下、より好ましくは約8.5以上約9.5以下のものが意図される。たとえば、「酸性ゼラチン」としては、新田ゼラチン社の試料等電点(IEP)約5.0等を使用することができ、塩基性ゼラチンとしては同じく新田ゼラチン社の試料IEP9.0等を使用することができる。より好ましくは、等電点約5.0の「酸性ゼラチン」である。
【0021】
ゼラチンの架橋度は、所望の含水率、すなわちハイドロゲルの生体吸収性のレベルに応じて適宜選択することができる。ゼラチンハイドロゲルを調製する際のゼラチンと架橋剤の濃度の好ましい範囲は、ゼラチン濃度約1〜約20w/w%、架橋剤濃度約0.01〜約1w/w%である。架橋反応条件は特に制限はないが、例えば、約0〜約160℃、約1〜約48時間で行うことができる。一般に、ゼラチンおよび架橋剤の濃度、架橋時間が増大するとともにハイドロゲルの架橋度は増加し、ゼラチンハイドロゲルの生体吸収性は低くなる。あるいは、減圧下、高温で熱脱水架橋してもよい。熱脱水架橋は、例えば0.1Torr程度の減圧下で、約80〜約160℃、好ましくは約120〜約140℃で約1〜約48時間で行うことができる。ハイドロゲル粒子の膨潤度合は、架橋程度で変わり、積層化細胞シートに用いる場合、ハイドロゲルの架橋の程度は特に限定される必要はなく実施可能である。架橋程度は、例えば、含水率(水膨潤状態のハイドロゲル重量/乾燥状態のハイドロゲル重量×100)で表すことができ、本発明で用いられるハイドロゲル粒子の含水率は、特に限定されないが約85〜約99%である。
【0022】
ゼラチンハイドロゲル粒子は、公知の方法で作製することができる。例えば、一つの方法として、三口丸底フラスコに固定した攪拌用モーター(例えば、新東科学社製、スリーワンモーター、EYELA miniD.C.スターラー等)とテフロン(登録商標)用プロペラを取り付け、フラスコと一緒に固定した装置にゼラチン溶液を入れ、ここにオリーブ油等の油を加えて約200〜約600rpm程度の速度で攪拌し、W/O型エマルジョンとし、これに架橋剤水溶液を添加してゼラチン分子間に架橋を形成することにより作製することができる。あるいは、前記W/O型エマルジョンを冷却後、アセトン、酢酸エチル等を加えて攪拌し、遠心分離により未架橋ゼラチン粒子を回収する。回収したゼラチン粒子を、さらにアセトン、酢酸エチル等、次いで2−プロパノール、エタノール等で洗浄後、乾燥させる。この段階で、目的に応じて適宜必要なサイズの粒子をふるい分けてもよい。この乾燥ゼラチン粒子を架橋することにより作製してもよい。この他にも、ゼラチン水溶液を予めオリーブ油中にて前乳化(例えば、ボルテックスミキサーAdvantec TME−21、ホモジナイザー、polytron PT10−35等を用いて)しておいたものをオリーブ油中に滴下し、微粒子化したW/O型エマルジョンを調製し、これに架橋剤水溶液を添加して架橋反応させてもよい。このようにして得られるゼラチンハイドロゲル粒子を遠心分離により回収した後、アセトン、酢酸エチル等で洗浄し、さらに2−プロパノール、エタノール等に浸漬して架橋反応を停止させる。得られたゼラチンハイドロゲル粒子は、2−プロパノール、Tween80を含む蒸留水、蒸留水等で順次洗浄した後、細胞培養に用いる。ゼラチンハイドロゲル粒子が凝集する場合には、例えば、界面活性剤などの添加あるいは超音波処理(冷却下、1分以内程度が好ましい)等を行ってもよい。
【0023】
得られるゼラチンハイドロゲル粒子の平均粒径は、上述の粒子作製時におけるゼラチン濃度、ゼラチン水溶液とオリーブ油との体積比、および撹拌スピードなどにより変化する。一般には、粒径は約500nm〜約1000μmであり、目的に応じて適宜必要なサイズの粒子をふるい分けて使用すればよい。なお、本明細書において、「粒径」を「粒子サイズ」と記載する場合がある。「粒径」、「粒子サイズ」および「粒子径」は相互互換的に使用される。さらに、前乳化することによって、粒子サイズが約50nm〜約20μm以下の微粒子状のゼラチンハイドロゲル粒子を得ることができる。さらに、ゼラチンを水溶液状態から相分離を起こさせ、自己集合させることにより、約50nm〜約1μmのサイズの粒子を得ることもできる。相分離は、第2成分の添加、水溶液のpH、イオン強度などの変化など、公知の技術によって達成される。
【0024】
本発明において、ふるい分けによって得られる好ましい粒子サイズは、約50nm〜約1000μmであり、約500nm〜約1000μmであり、より好ましくは約1μm〜約200μmであり、さらに好ましくは約10〜約50μmでり、20〜32μmである。ここで、粒子サイズは、溶媒中において、膨潤することがあるため、乾燥状態での粒子サイズで表されることが、好ましい。
【0025】
この他にも、特に限定されないが、例えば、WO 2011/059112に記載の方法によって製造されることができる。
ゼラチンハイドロゲル粒子以外のハイドロゲル粒子についても類似の手法または公知の手法でハイドロゲルから作製しうる。また、種々の粒径のハイドロゲル粒子を用いて積層化細胞シートを作製したのち、後述の実施例1に記載のような手法で積層化細胞シートの生存細胞領域面積や壁厚を測定することによって最適な範囲の粒径を決定しうる。
【0026】
2.細胞シートを作製するために使用される細胞
細胞シートを作製するための細胞は、限定されないが、ヒトを含む哺乳動物の細胞であり、例えば体細胞、その前駆細胞またはそれらの混合細胞である。
本発明において細胞シートとは、細胞間結合により細胞同士が連結されたシート状の細胞集合体である。細胞の種類は特に問わないが、細胞は、ヒトを含む哺乳動物の細胞であり、例えば体細胞、その前駆細胞またはそれらの混合細胞である。具体的には、細胞として、非限定的に、心筋細胞、内皮細胞(例えば、血管内皮細胞およびリンパ管内皮細胞など)、壁細胞(例えば、周皮細胞など)、筋細胞(例えば、骨格筋細胞および平滑筋細胞など)、上皮細胞(例えば、表皮細胞、真皮細胞、消化管上皮細胞、呼吸器・気道上皮細胞、食道上皮細胞、腎盂上皮細胞、尿管上皮細胞,膀胱上皮細胞、尿道上皮細胞および前立腺導管上皮細胞など)、軟骨細胞、歯根膜細胞、神経系細胞(例えば、神経細胞およびグリア細胞など)、毛乳頭細胞、骨細胞、これらの前駆細胞およびこれらの混合細胞などが挙げられる。これらの細胞は、任意の方法で単離した組織に含有する細胞であってもよく、または組織から樹立された細胞株であってもよい。この他にも、多能性幹細胞から任意の方法で誘導された細胞であってもよい。この時用いる誘導方法は、当業者に周知の方法を用いることができ、特に限定されないが、例えば、特表2003-523766に記載されているように胚様体を形成させる方法が挙げられる。
【0027】
また、これらの細胞の混合物からなる細胞シート、あるいは異なる種類の細胞シートを積層化することも可能である。
【0028】
以下に、心臓細胞シートを作製するために使用される細胞について説明する。
【0029】
2.1.誘導多能性幹細胞から心筋細胞、内皮細胞および壁細胞を製造する方法
本明細書において「心筋細胞」とは、少なくとも心筋トロポニン(cTnT)またはαMHCを発現している細胞を意味する。cTnTは、ヒトの場合NCBIのaccession番号NM_000364が例示され、マウスの場合、NM_001130174が例示される。αMHCは、ヒトの場合NCBIのaccession番号NM_002471が例示され、マウスの場合、NM_001164171が例示される。
【0030】
本明細書において「内皮細胞」とは、PE-CAM、VE-cadherinおよびフォン-ウィルブラント因子(vWF)のいずれか一つを発現している細胞を意味する。また、壁細胞とは、Smooth muscle actin(SMA)を発現している細胞を意味する。ここで、PE-CAMは、ヒトの場合NCBIのaccession番号NM_000442が例示され、マウスの場合、NM_001032378が例示される。VE-cadherinは、ヒトの場合NCBIのaccession番号NM_001795が例示され、マウスの場合、NM_009868が例示される。vWFは、ヒトの場合NCBIのaccession番号NM_000552が例示され、マウスの場合、NM_011708が例示される。SMAは、ヒトの場合NCBIのaccession番号NM_001141945が例示され、マウスの場合、NM_007392が例示される。
【0031】
本発明で使用可能な多能性幹細胞は、生体に存在するすべての細胞に分化可能である多能性を有し、かつ、増殖能をも併せもつ幹細胞であり、それには、特に限定されないが、例えば胚性幹(ES)細胞、核移植により得られるクローン胚由来の胚性幹(ntES)細胞、精子幹細胞(「GS細胞」)、胚性生殖細胞(「EG細胞」)、誘導多能性幹(iPS)細胞、培養線維芽細胞や骨髄幹細胞由来の多能性細胞(Muse細胞)などが含まれる。好ましい多能性幹細胞は、製造工程において胚、卵子等の破壊をしないで入手可能であるという観点から、誘導多能性幹細胞(「iPS細胞」)である。
【0032】
iPS細胞は、任意の体細胞へ初期化因子を導入することによって製造され得る。ここで、初期化因子とは、例えば、Oct3/4、Sox2、Sox1、Sox3、Sox15、Sox17、Klf4、Klf2、c-Myc、N-Myc、L-Myc、Nanog、Lin28、Fbx15、ERas、ECAT15-2、Tcl1、beta-catenin、Lin28b、Sall1、Sall4、Esrrb、Nr5a2、Tbx3またはGlis1等の遺伝子または遺伝子産物が例示され、これらの初期化因子は、単独で用いても良く、組み合わせて用いても良い。初期化因子の組み合わせとしては、WO2007/069666、WO2008/118820、WO2009/007852、WO2009/032194、WO2009/058413、WO2009/057831、WO2009/075119、WO2009/079007、WO2009/091659、WO2009/101084、WO2009/101407、WO2009/102983、WO2009/114949、WO2009/117439、WO2009/126250、WO2009/126251、WO2009/126655、WO2009/157593、WO2010/009015、WO2010/033906、WO2010/033920、WO2010/042800、WO2010/050626、WO 2010/056831、WO2010/068955、WO2010/098419、WO2010/102267、WO 2010/111409、WO 2010/111422、WO2010/115050、WO2010/124290、WO2010/147395、WO2010/147612、Huangfu D, et al. (2008), Nat. Biotechnol., 26: 795-797、Shi Y, et al. (2008), Cell Stem Cell, 2: 525-528、Eminli S, et al. (2008), Stem Cells. 26:2467-2474、Huangfu D, et al. (2008), Nat Biotechnol. 26:1269-1275、Shi Y, et al. (2008), Cell Stem Cell, 3, 568-574、Zhao Y, et al. (2008), Cell Stem Cell, 3:475-479、Marson A, (2008), Cell Stem Cell, 3, 132-135、Feng B, et al. (2009), Nat Cell Biol. 11:197-203、R.L. Judson et al., (2009), Nat. Biotech., 27:459-461、Lyssiotis CA, et al. (2009), Proc Natl Acad Sci U S A. 106:8912-8917、Kim JB, et al. (2009), Nature. 461:649-643、Ichida JK, et al. (2009), Cell Stem Cell. 5:491-503、Heng JC, et al. (2010), Cell Stem Cell. 6:167-74、Han J, et al. (2010), Nature. 463:1096-100、Mali P, et al. (2010), Stem Cells. 28:713-720、Maekawa M, et al. (2011), Nature. 474:225-9.に記載の組み合わせが例示される。
【0033】
体細胞には、非限定的に、胎児(仔)の体細胞、新生児(仔)の体細胞、および成熟した健全なもしくは疾患性の体細胞のいずれも包含されるし、また、初代培養細胞、継代細胞、および株化細胞のいずれも包含される。具体的には、体細胞は、例えば(1)神経幹細胞、造血幹細胞、間葉系幹細胞、歯髄幹細胞等の組織幹細胞(体性幹細胞)、(2)組織前駆細胞、(3)リンパ球、上皮細胞、内皮細胞、筋肉細胞、線維芽細胞(皮膚細胞等)、毛細胞、肝細胞、胃粘膜細胞、腸細胞、脾細胞、膵細胞(膵外分泌細胞等)、脳細胞、肺細胞、腎細胞および脂肪細胞等の分化した細胞などが例示される。
【0034】
また、iPS細胞を移植用細胞の材料として用いる場合、拒絶反応が起こらないという観点から、移植先の個体のHLA遺伝子型が同一もしくは実質的に同一である体細胞を用いることが望ましい。ここで、「実質的に同一」とは、移植した細胞に対して免疫抑制剤により免疫反応が抑制できる程度にHLA遺伝子型が一致していることであり、例えば、HLA-A、HLA-BおよびHLA-DRの3遺伝子座あるいはHLA-Cを加えた4遺伝子座が一致するHLA型を有する体細胞である。
【0035】
次の工程(a)および(b)により、誘導多能性幹細胞(「iPS細胞」)から心筋細胞、内皮細胞および壁細胞を同時に製造することができる。
(a)誘導多能性幹細胞から心筋細胞を製造する工程
(b)工程(a)で得られた心筋細胞を血管内皮細胞成長因子(VEGF)の存在下で培養する工程
【0036】
また、具体的な説明をしないが、誘導多能性幹細胞に替えて胚性幹細胞(「ES細胞」)などの幹細胞からも同様にして心筋細胞、内皮細胞および壁細胞を製造することができる。
【0037】
誘導多能性幹細胞から心筋細胞を製造する方法として、例えばLaflamme MAらにより報告された多能性幹細胞から心筋細胞を製造することができる(Laflamme MA & Murry CE, Nature 2011, Review)。この他にも特に特定されないが、例えば、誘導多能性幹細胞を浮遊培養により細胞塊(胚様体)を形成させて心筋細胞を製造する方法、BMPシグナル伝達を抑制する物質の存在下で心筋細胞を製造する方法(WO2005/033298)、Activin AとBMPを順に添加させて心筋細胞を製造する方法(WO2007/002136)、カノニカルWntシグナル経路の活性化を促す物質の存在下で心筋細胞を製造する方法(WO2007/126077)および誘導多能性幹細胞からFlk/KDR陽性細胞を単離し、シクロスポリンAの存在下で心筋細胞を製造する方法(WO2009/118928)が挙げられる。
【0038】
本発明で使用される細胞シートの安全性を考慮して、さらに、上記の工程により作製された心筋細胞、内皮細胞および壁細胞を含む混合細胞から未分化な細胞を除去する工程を含むことができる。
【0039】
2.2.誘導多能性幹細胞から心筋細胞を含む混合細胞を製造する方法
心筋細胞を製造するための別の好ましい方法について、以下に説明する。
【0040】
すなわち、この方法は、次の工程を含む。
(i)誘導多能性幹細胞を、Activin Aを含む培地で培養する工程
(ii)工程(i)の後、さらに、BMP4とbFGFとを含む培地で培養する工程
【0041】
<Activin Aを含む培地で培養する工程>
本工程では、誘導多能性幹細胞を公知の方法で作製して分離し、浮遊培養、コーティング処理された培養皿を用いる接着培養などの方法、好ましくは接着培養、によって培養する。
【0042】
分離の方法としては、力学的、プロテアーゼ活性とコラゲナーゼ活性を有する分離溶液(例えば、Accutase(TM)およびAccumax(TM)が挙げられる)またはコラゲナーゼ活性のみを有する分離液を用いてもよい。好ましくは、コラゲナーゼ活性のみを有する分離液を用いて解離し、力学的に細かく分離する方法である。ここで、用いる誘導多能性幹細胞は、使用したディッシュに対して80%コンフルエントになるまで培養されたコロニーを用いることが好ましい。
【0043】
ここで浮遊培養とは、細胞を培養皿へ非接着の状態で培養することであり、特に限定はされないが、細胞との接着性を向上させる目的で人工的に処理(例えば、細胞外マトリックス等によるコーティング処理)されていないもの、もしくは、人工的に接着を抑制する処理(例えば、ポリヒドロキシエチルメタクリル酸(poly-HEMA)によるコーティング処理)したものを使用して行うことができる。
また、接着培養においては、コーティング処理された培養皿にて、任意の培地中で培養する。コーティング剤としては、例えば、マトリゲル(BD)、コラーゲン、ゼラチン、ラミニン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、またはエンタクチン、およびこれらの組み合わせが挙げられる。好ましくは、マトリゲルである。より好ましくは、マトリゲルでコーティング処理された培養皿へ誘導多能性幹細胞を接着させ、さらにマトリゲルを添加することで、誘導多能性幹細胞全体をマトリゲルでコーティングするマトリゲルサンドイッチ法による接着培養である。
【0044】
本工程における培地は、動物細胞の培養に用いられる培地を基礎培地として調製することができる。基礎培地としては、例えばIMDM培地、Medium 199培地、Eagle’s Minimum Essential Medium (EMEM)培地、αMEM培地、Doulbecco’s modified Eagle’s Medium (DMEM)培地、Ham’s F12培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地、およびこれらの混合培地などが包含される。好ましくは、RPMI 1640培地である。培地には、血清が含有されていてもよいし、あるいは無血清でもよい。必要に応じて、例えば、アルブミン、トランスフェリン、Knockout Serum Replacement(KSR)(ES細胞培養時のFBSの血清代替物)、N2サプリメント(Invitrogen)、B27サプリメント(Invitrogen)、脂肪酸、インスリン、コラーゲン前駆体、微量元素、2-メルカプトエタノール、3’-チオールグリセロールなどの1つ以上の血清代替物を含んでもよいし、脂質、アミノ酸、L-グルタミン、Glutamax(Invitrogen)、非必須アミノ酸、ビタミン、増殖因子、抗生物質、抗酸化剤、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類などの1つ以上の物質も含有しうる。好ましい増殖因子としては、Wnt1、Wnt3、Wnt3a、Wnt4、Wnt7a、TGF-β、Activin A、Nodal、BMP2、BMP4、BMP6、BMP7、GDF、bFGFおよびVEGFが挙げられる。少なくとも、本工程ではActivin A(例えば、(組換え)ヒトActivin A)を増殖因子として用いることが望ましい。
【0045】
好ましい培地として、L-グルタミン、B27サプリメントおよびActivin Aを含有するRPMI培地が例示される。
【0046】
培地に添加されるActivin Aの濃度は、例えば、10ng/mL、25ng/mL、50ng/mL、60ng/mL、70ng/mL、80ng/mL、90ng/mL、100ng/mL、110ng/mL、120ng/mL、130ng/mL、140ng/mL、150ng/mL、175ng/mLまたは、200ng/mLであるがこれらに限定されない。好ましくは、培地に添加されるActivin Aの濃度は、100ng/mLである。
【0047】
培養温度は、以下に限定されないが、約30〜40℃、好ましくは約37℃であり、CO
2含有空気の雰囲気下で培養が行われ、CO
2濃度は、好ましくは約2〜5%である。培養時間は、例えば1日から5日間の培養であり、好ましくは1日である。
【0048】
<BMPおよびbFGFを含む培地で培養する工程>
本工程では、前工程が浮遊培養で行われた場合、得られた細胞集団をそのままコーティング処理された培養皿にて、任意の培地中で培養してもよい。コーティング剤としては、例えば、マトリゲル(BD)、コラーゲン、ゼラチン、ラミニン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、またはエンタクチン、およびこれらの組み合わせが挙げられる。好ましくは、マトリゲルである。または、前工程が接着培養で行われた場合、培地の交換により培養を続けてもよい。
【0049】
本工程で用いる培地は、動物細胞の培養に用いられる培地を基礎培地として調製することができる。基礎培地としては、例えばIMDM培地、Medium 199培地、Eagle’s Minimum Essential Medium (EMEM)培地、αMEM培地、Doulbecco’s modified Eagle’s Medium (DMEM)培地、Ham’s F12培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地、およびこれらの混合培地などが包含される。好ましくは、RPMI 1640培地である。培地には、血清が含まれていないことが望ましい。必要に応じて、例えば、アルブミン、トランスフェリン、亜セレン酸ナトリウム、ITS-X(Invitrogen)(インスリン、トランスフェリン、亜セレン酸ナトリウム含有)、Knockout Serum Replacement(KSR)(ES細胞培養時のFBSの血清代替物)、N2サプリメント(Invitrogen)、B27サプリメント(Invitrogen)、脂肪酸、インスリン、コラーゲン前駆体、微量元素、2-メルカプトエタノール、3’-チオールグリセロールなどの1つ以上の血清代替物を含んでもよいし、脂質、アミノ酸、L-グルタミン、Glutamax、非必須アミノ酸、ビタミン、増殖因子、抗生物質、抗酸化剤、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類などの1つ以上の物質も含有しうる。本発明において好ましい増殖因子とは、Wnt1、Wnt3、Wnt3a、Wnt4、Wnt7a、TGF-β、Activin A、Nodal、BMP2、BMP4、BMP6、BMP7、GDF、bFGFおよびVEGFが挙げられる。少なくとも、本工程ではBMP4(例えば、(組換え)ヒトBMP4)およびbFGF(例えば、(組換え)ヒトbFGF)を増殖因子として用いることが望ましい。
【0050】
本工程において好ましい培地として、L-グルタミン、B27サプリメント、BMP4およびbFGFを含有するRPMI培地が例示される。
【0051】
培地に添加されるBMP4の濃度は、例えば、0.1ng/mL、0.5ng/mL、1ng/mL、2.5ng/mL、5ng/mL、6ng/mL、7ng/mL、8ng/mL、9ng/mL、10ng/mL、11ng/mL、12ng/mL、13ng/mL、14ng/mL、15ng/mL、17.5ng/mL、20ng/mL、30ng/mL、40ng/mLまたは50ng/mLであるがこれらに限定されない。好ましくは、培地に添加されるBMP4の濃度は、10ng/mLである。
【0052】
培地に添加されるbFGFの濃度は、例えば、0.1ng/mL、0.5ng/mL、1ng/mL、2.5ng/mL、5ng/mL、6ng/mL、7ng/mL、8ng/mL、9ng/mL、10ng/mL、11ng/mL、12ng/mL、13ng/mL、14ng/mL、15ng/mL、17.5ng/mL、20ng/mL、30ng/mL、40ng/mLまたは50ng/mLであるがこれらに限定されない。好ましくは、培地に添加されるbFGFの濃度は、10ng/mLである。
【0053】
培養温度は、以下に限定されないが、約30〜40℃、好ましくは約37℃であり、CO
2含有空気の雰囲気下で培養が行われ、CO
2濃度は、好ましくは約2〜5%である。培養時間は、例えば1日から10日間の培養であり、好ましくは4日である。
【0054】
<VEGFの存在下で心筋細胞を培養する方法>
本工程では、前述した方法で得られた心筋細胞をさらにVEGFの存在下で培養することにより、心筋細胞、内皮細胞および壁細胞が所望の構成比率から成る混合細胞を製造することができる。
【0055】
例えば、得られた心筋細胞は、前工程が、浮遊培養後の細胞集団の場合、コーティング処理された培養皿にて、任意の培地中で培養してもよい。コーティング剤としては、例えば、マトリゲル(BD)、コラーゲン、ゼラチン、ラミニン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、またはエンタクチン、およびこれらの組み合わせが挙げられる。好ましくは、マトリゲルである。または、本工程では前述の工程で接着培養により得られた細胞を、培地の交換により培養を続けてもよい。
【0056】
本工程で用いる培地は、動物細胞の培養に用いられる培地を基礎培地として調製することができる。基礎培地としては、例えばIMDM培地、Medium 199培地、Eagle’s Minimum Essential Medium (EMEM)培地、αMEM培地、Doulbecco’s modified Eagle’s Medium (DMEM)培地、Ham’s F12培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地、およびこれらの混合培地などが包含される。好ましくは、RPMI 1640培地である。培地には、血清が含まれていないことが望ましい。必要に応じて、例えば、アルブミン、トランスフェリン、亜セレン酸ナトリウム、ITS-X(Invitrogen)(インスリン、トランスフェリン、亜セレン酸ナトリウム含有)、Knockout Serum Replacement(KSR)(ES細胞培養時のFBSの血清代替物)、N2サプリメント(Invitrogen)、B27サプリメント(Invitrogen)、脂肪酸、インスリン、コラーゲン前駆体、微量元素、2-メルカプトエタノール、3’-チオールグリセロールなどの1つ以上の血清代替物を含んでもよいし、脂質、アミノ酸、L-グルタミン、Glutamax、非必須アミノ酸、ビタミン、増殖因子、低分子化合物、抗生物質、抗酸化剤、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類などの1つ以上の物質も含有しうる。好ましい増殖因子としては、Wnt1、Wnt3、Wnt3a、Wnt4、Wnt7a、TGF-β、Activin A、Nodal、BMP2、BMP4、BMP6、BMP7、GDF、bFGFおよびVEGFが挙げられる。少なくとも、本工程ではVEGFを増殖因子として用いることが望ましい。
【0057】
好ましい培地として、L-グルタミン、B27サプリメントおよびVEGFを含有するRPMI 1640培地が例示される。
【0058】
培地に添加されるVEGFの濃度は、例えば、10ng/mL〜500ng/mL、25ng/mL〜300ng/mL、40ng/mL〜200ng/mL、50ng/mL〜100ng/mL、60ng/mL〜90ng/mLまたは65ng/mL〜85ng/mLの範囲内であり得る。好ましくは、培地に添加されるVEGFの濃度は、50ng/mL〜100ng/mLである。また、培地に添加されるVEGFの濃度は、10ng/mL、25ng/mL、50ng/mL、55ng/mL、60ng/mL、65ng/mL、70ng/mL、75ng/mL、80ng/mL、85ng/mL、90ng/mL、95ng/mL、100ng/mL、110ng/mL、120ng/mL、130ng/mL、140ng/mL、150ng/mLまたは200ng/mLであってもよいがこれらに限定されない。好ましくは、培地に添加されるVEGFの濃度は、75ng/mLである。
【0059】
培養温度は、以下に限定されないが、約30〜40℃、好ましくは約37℃であり、CO
2含有空気の雰囲気下で培養が行われ、CO
2濃度は、好ましくは約2〜5%である。培養時間は、例えば4日から20日間(例えば、5〜15日間)の培養であり、好ましくは10日である。
【0060】
上記の方法により作製された、FACS分析により測定された全細胞数あたりの、心筋細胞、内皮細胞および壁細胞の細胞構成比は、以下のものに限定されないが、心筋細胞40〜80%、内皮細胞1〜20%、壁細胞1〜45%、未分化細胞0.1〜10%未満である。少なくとも、内皮細胞は、3〜12%程度含有していることが好ましい。心筋細胞、内皮細胞および壁細胞の構成比は、心筋細胞62.7%、内皮細胞7.9%、壁細胞18.3%、未分化細胞2.7%の構成比の混合細胞、あるいは、心筋細胞45.6±3.8%、内皮細胞9.9±1.7%、壁細胞41.8±3.3%の構成比の混合細胞、などが例示される。本発明による心筋細胞、内皮細胞および壁細胞の細胞構成比は、VEGFの濃度およびその他の種々の培養条件により、任意に変化させることが可能であり、細胞をシート化した際に適度な強度を保つことができる範囲内で任意に変化し得る。
【0061】
<未分化な細胞(TRA-1-60陽性細胞)を除去する工程>
さらに、上記の工程により作製された心筋細胞、内皮細胞および壁細胞の混合細胞から未分化な細胞を除去することが好ましい。
【0062】
本工程は、混合細胞中の心筋細胞、内皮細胞および壁細胞と未分化な細胞を分離し得る任意の方法を採用することができる。心筋細胞、内皮細胞および壁細胞と未分化な細胞の分離は、未分化な細胞の指標をもとに混合細胞から未分化な細胞のみを取り出す方法であってもよく、または心筋細胞、内皮細胞および壁細胞の指標をもとに混合細胞から心筋細胞、内皮細胞および壁細胞を取り出す方法であってもよい。好ましくは、本工程において前者の方法が用いられる。
【0063】
未分化な細胞の指標は、例えば、未分化な細胞に特異的に発現している遺伝子またはタンパク質であり得る。これらの遺伝子またはタンパク質は、当分野において十分に知られており(Cell., 2005 Sep 23;122(6):947-56, Stem Cells., 2004;22(1):51-64, Mol Biol Cell., 2002 Apr;13(4):1274-81)、例えば、Oct3/4、Nanog(以上、転写因子)、SSEA-3、SSEA-4、TRA-1-60、TRA-1-81(以上、細胞表面抗原)などが挙げられるがこれらに限定されない。本工程における指標は、好ましくは、細胞表面抗原が用いられ、特に好ましくは、TRA-1-60が指標として用いられる。
【0064】
心筋細胞、内皮細胞および壁細胞それぞれの指標としては、例えば、cardiac troponin-T (cTnT)(心筋細胞)、VE-cadherin(内皮細胞)、PDGFRb(壁細胞)などが用いられるがこれらに限定されない。
【0065】
本工程における未分化な細胞の除去は、上記の指標をもとに、例えば、フローサイトメトリー (FACS)、磁気細胞分離法 (MACS)などの方法を用いて行われる。好ましくは、MACSが用いられる。
【0066】
好ましい態様において、混合細胞から未分化な細胞を除去する工程は、TRA-1-60抗体により未分化な細胞を捕捉し、捕捉した未分化な細胞(TRA-1-60陽性細胞)を免疫磁性的な方法(MACS)で除去することにより行われる。
【0067】
未分化な細胞を除去する工程を行った後の混合細胞は、心筋細胞、内皮細胞および壁細胞のみで構成されていてもよく、または心筋細胞、内皮細胞および壁細胞に加えて任意の細胞が含まれていてもよい。任意の細胞の中には、未分化な細胞が含まれていることもあり得る。
【0068】
3.細胞シートの積層化
<細胞シート>
本発明において、上記の細胞をシート化するためには、例えば、細胞を(メタ)アクリルアミド化合物、N-(若しくはN,N-ジ)アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体(特開2010-255001)、又はビニルエーテル誘導体を重合させた温度応答性ポリマーを被覆した培養器材を用いて培養し、温度を変化させることにより、細胞をシート状にて取り出すことができる。ここで好ましい培養器材として、ポリ-N-イソプロピルアクリルアミドを固定した培養器材が例示される。尚、本培養器材は、UpCellとしてセルシード社より購入することもできる。この他にも、温度応答性のコーティング剤として、Chen CH, et al, Biomacromolecules. 7:736-43, 2006に記載のメチルセルロースをコーティングした培養器材またはTakamoto Y, et al, J. Biomater. Sci. Polymer Edn, 18:1211-1222, 2007に記載の2-エトキシエチルビニルエーテル(2-ethoxyethyl vinyl ether)および2-フェノキシエチルビニルエーテル(2-phenoxyethyl vinyl ether)から成るブロック共重合体をコーティングしたポリ(エチレンテレフタレート)(poly(ethyleneterephthalate); PET)フィルムを有する培養器材が例示され、細胞をシート化するにあたり、適宜、これらの培養器材を用いることができる。
【0069】
<心臓細胞シート>
本発明において、細胞シートが、心筋細胞を含む場合、心筋細胞、内皮細胞および壁細胞を含む混合細胞からなる「心臓細胞シート」であることが望ましい。このとき、心筋細胞を主として(例えば全細胞数あたり80%超)含むようなとき便宜的に上記の「心臓細胞シート」と区別して「心筋細胞シート」と称する。このような心臓細胞シートを多能性幹細胞から製造する方法は、WO2012/133945に記載された方法のように、心筋細胞、内皮細胞および壁細胞を個々に作製し、作成後、混合させることによって行われてもよく、PCT/JP2013/058460に記載された方法(上記の2.)のように、各分化誘導方法を合わせて、同時に3種誘導することによって行われてもよい。
【0070】
本発明において心筋細胞は、心筋トロポニン(cTnT)またはαMHCを発現している細胞をいう。cTnTは、ヒトの場合NCBIのaccession番号NM_000364が例示され、マウスの場合、NM_001130174が例示される。αMHCは、ヒトの場合NCBIのaccession番号NM_002471が例示され、マウスの場合、NM_001164171が例示される。
【0071】
本発明において内皮細胞は、PE-CAM、VE-cadherinおよびフォン-ウィルブラント因子(vWF)のいずれか一つを発現している細胞をいう。また、壁細胞とは、Smooth muscle actin(SMA)を発現している細胞を意味する。ここで、PE-CAMは、ヒトの場合NCBIのaccession番号NM_000442が例示され、マウスの場合、NM_001032378が例示される。VE-cadherinは、ヒトの場合NCBIのaccession番号NM_001795が例示され、マウスの場合、NM_009868が例示される。vWFは、ヒトの場合NCBIのaccession番号NM_000552が例示され、マウスの場合、NM_011708が例示される。SMAは、ヒトの場合NCBIのaccession番号NM_001141945が例示され、マウスの場合、NM_007392が例示される。
【0072】
<細胞シートの積層化>
本発明において、細胞シートを積層化させる方法として、上述の方法で得られた細胞シートを重ねることで積層化することができる。細胞シートを重ねる方法として、任意の培養液中で重ねて、培養液を除去することによって行われ得る。この時、細胞シートの重ねる面に対して、上記のハイドロゲル、例えばゼラチンハイドロゲル、好ましくはハイドロゲル粒子、例えばゼラチンハイドロゲル粒子、をリン酸バッファー溶液(PBS)あるいは培養液に分散させた状態で添加(例えば一部もしくは全面への塗布を包含する。)する。この際、ハイドロゲル、好ましくはハイドロゲル粒子は、乾燥状態でも、PBSあるいは培養液で膨潤させた状態でもよい。ハイドロゲル、例えばゼラチンハイドロゲル、好ましくはハイドロゲル粒子、例えばゼラチンハイドロゲル粒子の添加後、10分以上、好ましくは30分程度、37℃にて静置することが好ましい。この時用いるハイドロゲル、例えばゼラチンハイドロゲル、好ましくはハイドロゲル粒子、例えばゼラチンハイドロゲル粒子は、任意の濃度により等張溶液に溶解させて用いても良い。ここで用いられる等張溶液は、生理的食塩水やPBSなどが例示される。添加もしくは塗布されるハイドロゲル、例えばゼラチンハイドロゲル、好ましくはハイドロゲル粒子、例えばゼラチンハイドロゲル粒子、の量は、例えば、細胞シートの単位面積(cm
2)あたり、100μg〜6000μg、200μg〜5000μg、300μg〜4000μg、400μg〜3000μg、または500μg〜2000μg程度であり、好ましくは、細胞シートの単位面積(cm
2)あたり500μg/cm
2から2000μg/cm
2の量である。
【0073】
本発明において、積層化される細胞シートは、積層化された細胞シート同士を重ねて行われていても良く、積層化された細胞シートへ単層の細胞シートを重ねることによって行われても良い。このとき当該シート間に上記ハイドロゲル、好ましくはハイドロゲル粒子、より好ましくはゼラチンハイドロゲル粒子が添加される。あるいは、本発明において、上記ハイドロゲル、好ましくはハイドロゲル粒子、より好ましくはゼラチンハイドロゲル粒子を第1の細胞シートもしくは積層細胞シートと第2の細胞シートもしくは積層細胞シートとの間に添加する。このとき、当該積層細胞シートは、好ましくは2もしくは3枚の細胞シートとしうる。上記背景技術の欄に記載したように、通常、ハイドロゲルが組み込まれていない4枚以上の積層化細胞シートは、細胞への酸素や栄養等の補給ができ難いため、生着する細胞数が増加せず細胞死滅も起こる。これに対し、本発明の積層化細胞シートは、細胞シートを4枚以上積層化しても細胞数が増加し積層化細胞シートの壁厚が増加するという有利な特徴を有する。
【0074】
上記ハイドロゲル、好ましくはハイドロゲル粒子、より好ましくはゼラチンハイドロゲル粒子を細胞シート間に添加する量は、細胞シート面の一部(例えば、全面の10〜30%もしくはそれ以上、好ましくは40〜70%もしくはそれ以上)または全面に広がる程度の量であり、例えば、細胞シートの単位面積あたりの量は、上記例示のとおりである。
【0075】
積層化される細胞シートの枚数は、使用目的によって適宜変更されてもよく、4枚以上、5枚以上、6枚以上、7枚以上、8枚以上、9枚以上、10枚以上、15枚以上、または20枚以上が例示される。心筋細胞シートまたは心臓細胞シートの場合、例えば、積層化後のシートの厚さが500μm以上、600μm以上、700μm以上、800μm以上、900μm以上、または1mm以上程度になることが望ましい。
【0076】
4.積層化細胞シートを含む医薬組成物
本発明において、上述の方法で得られた積層化細胞シートは、疾患や障害により欠損した部分へ直接貼付することによって、治療に用いることができる。従って、本発明では、積層化細胞シートを含む医薬組成物を提供できる。積層化細胞シートは、疾患の対象となる動物種、疾患の治療部位の大きさ、疾患の治療方法などに応じて任意の細胞数もしくは任意の大きさまたは数のシートを用いることができる。
【0077】
細胞の種類によって、治療対象となる疾患は適宜選択されるが、例えば、角膜上皮細胞シートまたは口腔粘膜上皮細胞シートを用いた角膜上皮疾患用治療剤、心筋細胞シートまたは心臓細胞シートを用いた心不全、慢性心不全、重症心不全、虚血性心疾患、心筋梗塞、急性心筋
梗塞、慢性心筋梗塞、心筋症、虚血性心筋症、心筋炎、肥大型心筋症、拡張相肥大型心筋症、拡張型心筋症用の治療剤、食
道上皮細胞シートまたは口腔粘膜上皮細胞シートを用いた、食道上皮の再建、炎症反応の抑制、食道狭窄の防止のための治療剤、歯根膜細胞シート、歯髄幹細胞シートを用いた、歯周組織の再生用治療剤、ならびに軟骨細胞を含む軟骨シートを用いた、変形性関節症の治療剤などが挙げられる。
【0078】
以下の実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明の範囲はそれらの実施例によって制限されないものとする。すなわち、以下の実施例では積層化心臓細胞シートを具体例として説明するが、これは単なる一例にすぎないものであって、本発明により他の種類の細胞についても同様に積層化細胞シートを作製することが可能であるし、また生体への良好な細胞生着を可能とすることに留意されるべきである。
【実施例】
【0079】
[実施例1]積層化心臓細胞シートの作製
<マウスES細胞株>
Yamashita JKら, FASEB J. 19:1534-6, 2005に記載のaMHCプロモーターによりEGFPの発現が制御されるよう操作されたマウスES細胞株(EMG7)およびTFPを恒常的に発現するようにZambrowicz BPら, Proc Natl Acad Sci USA, 94:3789-3794, 1997記載の方法で改変されたES細胞株(TFP-ROSA)を用いた。
【0080】
<Flk+細胞>
Flk+細胞は、これまでに報告された方法により作製した(Yamashita J, et al. Nature. 408:92-6, 2000またはYamashita JK, et al. FASEB J. 19:1534-6, 2005)。簡潔には、EMG7またはTFP-ROSAを、分化培地(10%ウシ胎児血清および5x10
5mol/Lの 2-mercaptoethanolを添加したαMEM)を用いて、ゼラチンコーティングディッシュ上で4日間培養した後、FACSによりFlk陽性細胞を純化することで作製した。
【0081】
<内皮細胞および壁細胞の混合細胞>
上述の方法で得られたTFP-ROSA由来のFlk+細胞からこれまでに報告された方法を用いて内皮細胞および壁細胞の混合細胞を作製した(Yamashita J, et al. Nature. 408:92-6, 2000またはYurugi-Kobayashi T, et al. Arterioscler ThrombVasc Biol. 26:1977-84, 2006)。簡潔には、50 ng/mlのVEGFと0.5 mmol/Lの8-bromo-cAMPを添加した分化培地を用いて、ゼラチンコーティングディッシュ上で3日間培養することにより得られた。
【0082】
<心筋細胞>
上述の方法で得られたEMG7由来のFlk+細胞からこれまでに報告された方法を用いて心筋細胞を作製した(WO2009/118928またはYan P, et al. Biochem Biophys Res Commun. 379:115-20, 2009)。簡潔には、1〜3μg/mLのCyclosporin-Aを添加した分化培地を用いて、mitomycin C処理をしたOP9細胞上で4日間培養した後、GFP陽性分画を分離することにより得られた。
【0083】
<心臓細胞シート>
上記のFlk+細胞、内皮細胞および壁細胞の混合細胞ならびに心筋細胞を用いて、
図1に示したMasumoto H, et al, Stem Cells. 301196-205, 2012に記載の方法により作製された。簡潔には、2.5×10
4から4.0×10
4のTFP-ROSA由来のFlk+細胞を12 wellの温度感受性培養皿(UpCell、セルーシード社)上に播種し、培養開始4日目に、5.0×10
5の上述の内皮細胞および壁細胞の混合細胞ならびに5.0×10
5の上述の心筋細胞を同培養皿へ播種し、VEGFを添加した分化培地を用いて37℃にて培養した。心筋細胞添加4日後(培養開始7日目)に室温に戻すことで培養皿より細胞をシート状に剥離させ、心臓細胞シートを得た。尚、2種の細胞混合後2日目に培地の交換を行った。
【0084】
<ゼラチンハイドロゲル粒子>
三つ口1L容フラスコにオリーブ油(和光純薬工業株式会社製) 600 mlを加え、プロペラで攪拌しながら、40 ℃の湯浴中で1時間加熱した。次に、40 ℃に加熱したゼラチン(牛骨由来、等電点5.0、重量平均分子量1.0×10
5、新田ゼラチン株式会社から供与)の10 wt%水溶液 20 mlをフラスコに加え、回転速度400 rpmで10分間攪拌することでW/Oエマルジョンを形成させた。このエマルジョンを0 ℃まで冷却し、回転速度400 rpmで1時間攪拌することで、ゼラチン水溶液をゲル化させた。続いて、冷却したアセトン200 mlを加え、回転速度200 rpmで15分間攪拌することで脱水処理を行った。その後、フラスコ内の溶液を50 mlファルコンチューブに回収し、4 ℃中、回転速度5000 rpmで5分間遠心分離した。上清を除去した後、冷却アセトンで洗浄し、ホモジナイザー(回転速度10000 rpm)で1分間攪拌した。続いて、4℃中、回転速度5000 rpmで5分間遠心分離した。再び上清を除去し、洗浄、遠心、この操作を3回繰り返した。冷却アセトンで洗浄しながら、ゼラチン粒子を篩(20, 32, および53 μmオープニング)により分画、粒径別に回収し、真空乾燥することにより乾燥粒子を得た。次に、未架橋ゼラチン粒子を真空オーブンで減圧下、140 ℃で48時間熱脱水処理することによって、ゼラチン粒子を化学架橋することで、ゼラチンハイドロゲル粒子を得た。乾燥状態の粒子径が20μm以下、20〜32μm、および32-53μmのものを用いた。
【0085】
<心臓細胞シートの積層化>
上述の方法において、全ての細胞量を半量にして、24wellプレートを用いて作製された心臓細胞シートをゼラチンコート培養皿に広げた状態で静置し、培地を吸引し培養皿とシートを固定した。この時、心臓
細胞シートとしては直径約6mm程度であった。この上に0.1mg/μlの濃度でPBS溶液中へ分散させた乾燥状態の粒子径が20〜32μmのゼラチンハイドロゲル粒子を2.5μl(約885μg/cm
2)(low dose)または7.5μl(約2654μg/cm
2)(high dose)を滴下し、37℃にて30分インキュベートした。続いて、別の心臓細胞シートを分化培地と共に加え、ゼラチンハイドロゲル粒子処理した心臓細胞シートの上に重ね、培地を除去した。同様の操作を繰り返し、心臓細胞シート5枚を積層化させた(
図2)。この時、2,3,4,5層目は少しずつ位置をずらして重ねた。最後に、ピペットマンを用いて培養皿底面を沿わせるように分化培地を流し、積層化された心臓細胞シートを培養皿からはがした。
【0086】
得られた積層化心臓細胞シートを対照群と比較してゼラチンハイドロゲル粒子群ではより持続する自己拍動を認めた。この時、対照として、ゼラチンハイドロゲル粒子を添加しないで積層化した心臓細胞シートを用いた。
【0087】
得られた積層化心筋細胞シートを染色像にて検証するため4%PFAを用いて固定し、脱水・脱脂・脱アルコールののち、パラフィン浸透ののち包埋した。6μmにて切片作成の後、ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色を行った(
図3A)。その結果、積層化シートの壁厚および生存細胞領域面積は対照群および高用量(high dose)群に比し、低用量(low dose)群で有意に大きかった(
図3B)。 (壁厚; ctrl(対照群): 250.9 ± 17.7
μm, n=7
vs. low dose群: 597.1 ± 24.0
μm, n=10 vs. high dose群: 449.2 ± 25.6μm, n=5, p < 0.0001, HE染色陽性細胞領域面積; ctrl(対照群): 0.03511 ± 0.009244
mm2, n=5, low dose群: 0.4746 ± 0.04162
mm2, n=3 vs. high dose群: 0.1211 ± 0.007000 mm
2, n=4, p=0.0090)。
【0088】
また、12ウエルプレートを用いて作製された心臓細胞シート(直径約1cm程度)についても、同様に0.1mg/μlの濃度でPBS溶液へ溶解させた乾燥状態の粒子径が20〜32μmのゼラチンハイドロゲル粒子を5μl(約637g/cm
2)または15μl(約1911μg/cm
2)を滴下することで、5層の積層化心臓細胞シートを得ることができた。
【0089】
さらに、同様の工程により、15層においても積層化した心臓細胞シート(壁厚約1mm)が得られることが確認できた。
【0090】
<ゼラチンハイドロゲル粒子の粒径による効果の検討>
上述した心臓細胞シートの積層化において、乾燥状態の粒子径が20μm以下、20〜32μm、および32〜53μmのゼラチンハイドロゲル粒子をそれぞれ用いて、心臓細胞シートを積層化させたところ、積層化シートの壁厚および生存細胞領域面積はctrl群(対照群)、20μm以下群、20〜32μm群、32〜53μm群の4群中で20〜32μm群において最も大きかった(
図4AおよびB)。 (壁厚; ctrl: 204.7 ± 9.5
μm, n=5 vs. 20μm以下群: 389.1 ± 7.6
μm, n=3 vs. 20-32μm群: 597.1 ± 24.0μm, n=10 vs. 32-53μm群: 333.5 ± 5.7μm, n=3, p < 0.0001, HE染色陽性細胞領域面積; ctrl: 0.03446 ±0.005362
mm2, n=3 vs. 20μm以下群: 0.2051 ±0.004676
mm2, n=3 vs. 20-32μm群: 0.4746 ±0.04162
mm2, n=3 vs. 32-53μm群: 0.1487 ±0.003894
mm2, n=3, p < 0.0001)。
【0091】
[実施例2]心筋梗塞モデルラットへの積層化心臓細胞シートの移植試験
胸腺欠損ヌードラット(雄、10〜12週齢)から公知の手法(Masumoto H, et al., Stem
Cell 30: 1196-1205 (2012); Nishina T, et al., Circulation 104:
I241-
I245 (2001); Sakakibara Y., et al., Circulatio
n 106:
I193-
I197 (2002))で作製した心筋梗塞モデルラットの心臓前壁表面に、Masumotoらの方法(上記)により、実施例1で作製された積層化心臓細胞シート(5層)を移植し、心エコー検査を、結紮前(ベースライン)、心筋梗塞後6日目(pre TX)、1週間後、2週間後、4週間後、8週間後、および12週間後に行い、左心室の拡張期径(LVDd)と収縮期径(LVDs)、ならびに、左心室の梗塞壁および非梗塞壁の拡張期壁厚(LVWTd)と収縮期壁厚 (LVWTs)を測定し、左心室(LV)短縮率(FS(%))の経時変化を以下の式から算出した。
FS(%)=(LVDd-LVDs)/LVDd
結果を、
図5に示した。図から、ゼラチンハイドロゲル粒子を用いて積層化した心臓細胞シート群が無処置群だけでなくゼラチンハイドロゲル粒子を用いずに積層化した心臓細胞シート群よりも、統計的有意差をもって、心機能を改善させたことが分かる。