【実施例】
【0032】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0033】
図1は本発明の実施例を示す気液界面で共振するマイクロカンチレバーセンサの全体構成図、
図2は
図1のマイクロカンチレバーセンサのカンチレバーの裏面図、
図3は
図1のA部拡大図である。
【0034】
ここでは、バイオセンサ構造について説明する。
【0035】
これらの図において、1はPDMSからなるカバー、2はSOIウェハからなり、カンチレバー構造を有するデバイス、3はマイクロ流路、4は気体部、5はカンチレバーの共振周波数の監視装置であり、
図13に示したものと同様であるので、その説明は割愛する。
【0036】
マイクロ流路3に組み込んだカンチレバー2Aを、DRIE(Deep Reactive Ion Etching)プロセスを用いてシリコン・オン・インシュレーター(SOI、Si/SiO
2 /Si:5/2/400μm)ウェハ上に作製した。カンチレバー2Aは、
図2に示すように、メニスカス力によって液体を維持する数μm幅のスリット2Bを形成することによって、マイクロ流路3の底面に形成した。流体溶液の流入と流出を可能にするため、マイクロ流路3の上に厚さ2mmのPDMSカバー1を加工した。カンチレバー2Aの共振周波数を検出しながら、溶液をマイクロ流路3に流入させ、カンチレバー2Aの上面と接触させるようにした。なお、2CはSiO
2 膜である。
【0037】
カンチレバー2Aの固定端部の周辺で加熱強度を変化させることによって、光熱励振用レーザーでカンチレバー2Aを作動させた。最大振幅を有する自由端に位置付けたLDVのビームによって、共振周波数におけるその位相を計測した。位相の偏差は位相同期回路を用いて信号発生器に対して補償した。
【0038】
なお、
図2に示されるカンチレバーは、長さ80μm、幅20μm、厚さ5μmである。スリット2Bの幅は、
図3に示されるように、マイクロ流路3中の液体が漏れることなく維持される限り、適宜設定することができる。
【0039】
次に、カンチレバー周囲の環境が異なる場合の周波数特性の比較について説明する。
【0040】
図4は本発明に係るカンチレバー周囲の環境が異なる場合の周波数特性図であり、大気中〔
図4(a)〕、大気と純水との界面〔
図4(b)〕、および純水中〔
図4(c)〕という3種類の異なる条件でカンチレバーを共振させ、その共振周波数を測定した結果を示す。環境の影響を正確に把握するため、同じカンチレバーを異なる条件で共振させた。
【0041】
大気中では、
図4(a)に示すように、カンチレバーはその共振周波数において最も高いQ値を示し、1,191kHzで397であった。
【0042】
一方、カンチレバーを純水に浸漬させた状態では、
図4(c)に示すようにカンチレバー周辺の流体力学負荷(hydrodynamic loading)の影響によって、共振周波数およびQ値は788.5kHzおよび11まで大幅に低下した。さらに、片面が大気に晒されているカンチレバーの場合は、
図4(b)に示すように、他の条件の場合の中間である919.5kHzの共振周波数と少なくとも15のQ値を有していた。
【0043】
特に、本発明に係る気液界面におけるカンチレバーのSNRは液中環境のカンチレバーの8倍であるが、これは、カンチレバーが、レーザー検出器とカンチレバー表面との間の界面に、雑音を増加させる液体やガラスカバーなどの妨害層を有さないためである。そのため、その雑音レベルから、理論計算上では8.4×10
-12 g程度の低い付加質量を測定することができた。
【0044】
以下、本発明の実験例について説明する。
【0045】
(A)カンチレバーの作製
図5は本発明の実施例を示すカンチレバーの製造工程図である。
【0046】
寸法80μm×20μm×5μmのカンチレバーをDRIEプロセスによってSOIウェハ上に作製し、その親水性表面をSiO
2 層で覆った。カンチレバーは、厚さ400μmのシリコン最下層上に作製したマイクロ流路に組み込んだ厚さ5μmのシリコン層上に形成した。そのプロセスは次の通りである。
【0047】
(1)
図5(a)に示すように、SOIウェハ11を準備する。
【0048】
(2)
図5(b)に示すように、熱蒸着プロセスを用いて厚さ100nmのAl層12をSOIウェハ11の底面に堆積させる。
【0049】
(3)
図5(c)に示すように、Al層12上にフォトレジスタS1818を4000rpmで30秒間スピン塗布し、90℃の熱板上で10分間焼成する。Al層12は、マイクロ流路のDRIEプロセス中のエッチングマスクとしての役割を果たす。
【0050】
(4)
図5(d)に示すように、フォトレジスタS1805を用いて厚さ5μmのシリコン層でカンチレバー13をパターニングし、薄いシリコン層上にパターニングしたカンチレバー13を、STS−ICPの「SOIプロセス」を用いて33サイクルで形成する。
【0051】
(5)
図5(e)に示すように、マイクロ流路が予定される領域15を、SiO
2 膜14膜まで、STS−ICPの「Tokyoプロセス」を用いて500サイクルで作製し、ピラニア溶液を用いてデバイスを120℃の熱板で15分間洗浄し、次いで純水で数回すすぎを行う。
【0052】
(6)
図5(f)に示すように、厚さ2μmの埋め込みSiO
2 膜14を、デバイスから7cm離したフィラメント光下で5分間、気相フッ酸(HF)によって除去し、最終的なマイクロ流路が予定される領域15′を形成する。
【0053】
さらに、カンチレバーの表面を官能基化するため、マイクロ流路側のカンチレバー表面にスパッタリングを施して厚さ130nmのSiO
2 を堆積させた。
【0054】
(B)共振周波数の安定化
カンチレバー周囲の様々なスリット幅に関して、静的および動的流動条件における漏れが研究されてきた。マイクロ流路からの溶液の漏れを検証するため、幅2μm〜10μmのスリットを使用した。静的条件では、スリット幅が10μmであっても、スリットはメニスカス力によって漏れを生じることなく溶液を維持した。さらに、動的条件では、純水をマイクロ流路に流したところ、流動速度が生体反応に対する流動速度としてはかなり高速である11,250mm/秒未満のとき、スリットからの漏れはなかった。
【0055】
しかしながら、流入口と流出口の圧送構造が非対称的であるため、マイクロ流路内で生体反応が十分に起こり得る1時間にわたって共振周波数を継続的にモニタしたところ、いくつかの問題が生じた。
【0056】
図6は本発明に係るカンチレバーの共振周波数を1時間計測した計測値を示す図であり、
図6(a)はプル型シリンジポンプを使用した場合、
図6(b)のaはプッシュプル型シリンジポンプを使用した場合であり、ピークは規則的に出現した。
図6(b)のbはマイクロ流路の流入口/流出口に向かうチューブの長さを調整した後にプッシュプル型シリンジポンプを使用した場合を示している。
【0057】
1つのシリンジポンプのみを適用して液体を注入すると、流体速度が高速になってマイクロ流路内の液圧が減少するため、カンチレバーが液圧の影響を受けやすくなった。共振周波数は1時間計測する間に約15kHz増加し、数時間後に初期レベルに戻った〔
図6(a)〕。これを最小限に抑え、マイクロ流路内のカンチレバーの共振周波数を安定させるため、反対の圧力を両方向に同時に印加することができるプッシュプル型シリンジポンプ(push/pull syringe pump)を利用することによって、マイクロ流路の両側で液圧を制御した〔
図6(b)のa〕。それに加えて、ポンプと流入口/流出口とを接続するチューブの長さを調整して、流体抵抗を平均化した。その結果、1時間以上にわたって共振周波数を安定させることに成功した〔
図6(b)のb〕。
【0058】
このように構成することにより、本発明のカンチレバーは、連続計測中の気液間の環境が非対称的であっても、スリットからの液体の漏れはなく、かつ共振周波数が安定していることが実証された。
【0059】
図7はプッシュプル型シリンジポンプを使用し、マイクロ流路の両側に向かうチューブの長さを調整して、逆方向の同じ圧力であるべき液圧P1およびP2を平衡させるための実験のセットアップ状態を示す図である。
【0060】
この図において、21はポンプ、22はポンプ21から送り出される第1の流れ、23は注入装置、24は注入装置23の出口に接続される第1のチューブ、25はマイクロ流路、26はマイクロ流路25への流入口、27はマイクロ流路25からの流出口、28は流出口27へ接続される第2のチューブ、29は第2のチューブ28を経てポンプ21に戻される第2の流れである。つまり、化学物質をマイクロ流路25に注入するため、ポンプ21と流入口26との間に注入装置23を採用した。溶液は注入装置23の閉回路に導入し、次いで第1のチューブ24に注入した。
【0061】
(C)異なる濃度の微小球に対する反応動態
直径450nmのカルボキシル化微小球を、アミノ基で官能基化したカンチレバーに連続的に暴露して、異なる濃度に対応する反応動態を確認した。アミノ官能基を表面上に均一に分布させるため、APTES(3−アミノプロピルトリエトキシシラン)溶液、すなわち、APTES5%、純水5%、およびエタノール90%、をカンチレバー上のSiO
2 層に30分間適用し、エタノールおよび純水を用いて慎重にすすぎを行った。デバイスは、60℃のオーブン内で一晩完全に乾燥させた。微小球上でアミノ基とカルボキシル基を結び付けるため、EDC〔1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド:水溶性カルボジイミド〕を2mg/mL添加してペプチド結合させた。
【0062】
3種類の異なる微小球懸濁濃度は、3×10
7 個/mL、3×10
6 個/mL、3×10
5 個/mLとし(順に濃度を10分の1ずつにした)、異なるマイクロ流路内の各カンチレバーにそれぞれ適用した。実験は、マイクロ流路内の平均流体速度を2mm/秒として1時間行った。この速度は、プッシュプル型シリンジポンプの体積速度に換算すると5μL/分であった。
【0063】
幅2μmのスリットを有する3つのカンチレバーを3つの異なるマイクロ流路内で用いた。EDC結合緩衝液中でのそれらの共振周波数はそれぞれ、559kHz、587.5kHz、および596.8kHz、Q値は18であった。各カンチレバーは、ロックインアンプを備えた位相同期回路を使用して共振条件で振動させた。共振周波数シフトは、位相のフィードバック電圧に感度30kHz/Vを乗算して計算した。
【0064】
図8は本発明に係るカンチレバーの3種類の微小球濃度に対する共振周波数の過渡応答を示す図であり、
図8(a)は微小球濃度が3×10
7 個/mL、
図8(b)は微小球濃度が3×10
6 個/mL、
図8(c)は微小球濃度が3×10
5 個/mLである(スケールバーは10分を示している)。
【0065】
この図に示すように、濃度が高いほど反応時間は短くなる。特に、
図8(a)に示すように、最も高い濃度では、共振周波数は最初の5分間で大幅に減少し、その後わずかだけ徐々に増加した。対照的に、
図8(b),
図8(c)に示すように、他の2つの低濃度では、共振周波数はそれぞれ減少し飽和した。
【0066】
図9は本発明に係るカンチレバーの3種類の異なる濃度における微小球の反応動態を示す図であり、
図9(a)は3つの条件における共振周波数シフトの正規化プロット図であり、この図において、Aは
図8(a)に示した共振周波数の過渡応答、Bは
図8(b)に示した共振周波数の過渡応答、Cは
図8(c)に示した共振周波数の過渡応答を示している。
図9(b)は微小球の濃度に応じて変わる時定数、および結果から導き出された方程式を示す図である。
【0067】
反応動態の方程式[f
r ]=[f
r0]exp(−kt),f
r (式中、f
r は共振周波数、f
r0は初期共振周波数、tは時間、kは速度定数)によって、kはそれぞれ、濃度の高い順に0.82、0.31、および0.11と算出された。結果として、微小球濃度が10倍になるとkは約2.62倍となる。これは、
図9(b)および図中に挿入した方程式で説明されている。
【0068】
上記したように、本発明によれば、バイオ応用向けのカンチレバーを用いて、それを気液界面に配置しその界面で共振させることで、カンチレバー表面の気体側における親水性負荷を取り除き、液中環境の場合の8倍のSNRが得られた。
【0069】
しかしながら、カンチレバー周囲の環境が非対称的であるため、液圧変化の影響を受けやすくなった。プッシュプル型シリンジポンプを利用し、ポンプとマイクロ流路を接続するチューブの長さを調整して、カンチレバーにおける液圧の摂動を補償した。カンチレバーの共振周波数は、大気に晒された表面から反射されるドップラーレーザーを用いてリアルタイムでモニタした。共振周波数は、表面上のアミノ基と微小球のカルボキシル基との間のペプチド結合による負荷質量によって変化した。3種類の異なる濃度は、周波数変化に対して対数関数的に比例することが示された。
【0070】
図10は本発明に係るカンチレバーのマイクロ流路内の流速による共振周波数の変化を示す図である。
【0071】
スリット付きカンチレバーを用いて、マイクロ流路内の送液圧力を測定するセンサに応用することができる。液体の送液により生じた流路内圧力をカンチレバーの共振周波数変化として
図10のように測定することができる。流速の増加に伴い、共振周波数はほぼ線形的に上昇した。これにより、共振周波数変化からカンチレバーに加わる圧力を計算すれば、マイクロ流路内の送液圧力を直接測定することができる。
【0072】
図11は本発明に係る原子間力顕微鏡用カンチレバーの模式図である。
【0073】
この図において、31はマイクロ流路、32はマイクロ流路への流入口、33はマイクロ流路からの流出口、34は液体中に配置された探針34Aを有するスリット34B付きのカンチレバー、35はサンプル、36は気体部、Aは励振用レーザー、Bは検出用レーザーである。
【0074】
このように構成したので、
図14に比べて、励起用レーザーAと検出用レーザーBの乱反射を生じることがなくなるので、高い信号雑音比の振動信号が得られ、またカンチレバーの気体に面する面の親水性負荷が除去され、カンチレバーの周波数特性が向上するので、マイクロ流路31中においても、カンチレバー34により、サンプル35の微小な凹凸情報を高精度に計測する原子間力顕微鏡としての応用が可能となる。
【0075】
図12は本発明の実施例を示す原子間力顕微鏡用カンチレバーの製造工程図である。
【0076】
(1)
図12(a)に示すように、SOIウェハ41の裏面にAl層42を蒸着する。
【0077】
(2)
図12(b)に示すように、裏面のAl層42をパターニングする。
【0078】
(3)
図12(c)に示すように、SOIウェハ41の表面に探針43A付きのAFMカンチレバー43のプローブをパターニングし、異方性エッチングを行う。
【0079】
(4)
図12(d)に示すように、表面にスリット43B付きのカンチレバー43の形をパターニングし、DRIEを行う。
【0080】
(5)
図12(e)に示すように、SOIウェハ41のSiO
2 膜44まで、裏面のDRIEを行い、マイクロ流路となる領域45を形成する。
【0081】
(6)
図12(f)に示すように、フッ酸でSiO
2 膜44をエッチングし、最終的なマイクロ流路となる領域45′を形成する。
【0082】
このようにして、原子間力顕微鏡用カンチレバーを作製することができる。
【0083】
また、カンチレバーセンサはカンチレバー表面に検出分子を吸着させた時に発生する、共振周波数や静的変位の変化を検出する装置であり、検出分子に特異的に結合するような分子(例えば抗体)であらかじめカンチレバーの表面を修飾しておくことで、分子識別能を付加させることができる。
【0084】
なお、本発明は上記実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨に基づき種々の変形が可能であり、これらを本発明の範囲から排除するものではない。