(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
ルチール系ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ(以下、フラックス入りワイヤという)は、全姿勢溶接において溶接作業性が優れるものであり、溶接を高能率に行うことができることから、特に造船分野において主に使用されている。
【0003】
この造船分野においては、近年において船体構造についての安全基準が見直され、これを受け、国際船級協会連合(IACS)は、共通構造規則(CSR=Common Structural Rules)を採択し、2006年4月より施行している。また、国際海事機関(IMO)では、すべてのタイプの船舶の専用海水バラストタンク及びばら積貨物船の二重船側部に対する塗装基準(PSPC=Performance Standard for Protective Coatings for dedicated seawater ballast tanks on all new shis and double−side skin spaces of bulk carriers)を採択しており、水平すみ肉溶接ビードの大脚長化、並びにスパッタ発生量低減が強く要望されている。特に長尺ロンジ材の製造現場では、高電流の溶接条件で水平すみ肉溶接が行なわれているため、高電流化に伴いスパッタ発生量が増加することが問題となっている。加えて、溶接対象鋼板が圧延のままでプライマ塗装されていない黒皮鋼板の場合は、
図1に示すように溶接させるべき鋼板1、2や、その接合部に形成される溶接ビード3に対して、溶接時に発生したスパッタ粒4が融着しやすくなってしまう。このような、鋼板1、2や溶接ビード3の表面に付着したスパッタ粒4の除去作業は相当の労力、時間を要するため、多大な作業能率の低下の原因となる。
【0004】
前記問題点を解決するために、例えば特許文献1には、Cの含有量とヒューム発生量とが鋭意検討され、鋼製外皮が外皮全質量に対してCを0.02質量%以下にしてスパッタの発生量を低減したフラックス入りワイヤが開示されている。
【0005】
また、特許文献2には、ZrO
2、Al
2O
3がスパッタの発生量を増加させる点を新たに見出し、フラックス入りワイヤのZrO
2、Al
2O
3の抑制によりスパッタを低減させる技術が開示されている。しかし、特許文献1及び特許文献2に開示されている低スパッタ化の手段のみでは、長尺ロンジ材の製造現場における高電流での溶接、特に水平すみ肉溶接におけるスパッタ粒の付着量低減は解消できない。
【0006】
また、前記特許文献2に記載のフラックス入りワイヤは、立向上進溶接での溶接作業性を改善したフラックス入りワイヤであるが、立向上進溶接とは相反する溶滴移行形態やスラグ凝固形態が好ましい立向下進溶接ではメタル垂れが発生しやすくビード形状が不良となるという問題点がある。
【0007】
さらに、特許文献3の開示技術には、全姿勢溶接用ワイヤとして耐高温割れ性を改善したフラックス入りワイヤの提案があるが、高電流の溶接条件で水平すみ肉溶接に適用した場合には、スパッタ粒の付着量が多くなるという問題があった。このため、各姿勢溶接において、さらなる溶接作業性の向上が要望されていた。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明者らは、前記課題を解決するために種々のフラックス入りワイヤを試作して、自動及び半自動溶接による溶接作業性とともにスパッタ発生量におよぼす各種成分組成の影響について詳細に検討した。
【0015】
その結果、C量の低い鋼製外皮を用いて、スラグ形成剤として作用するTiO
2、SiO
2、ZrO
2及びAl
2O
3、アーク安定剤として作用するNa化合物及びK化合物のNa
2O換算値とK
2O換算値及び弗素化合物のF換算値、溶接金属の機械的性質を確保するための合金剤及び強脱酸剤として作用するC、Si、Mn、Al及びMgをそれぞれ適量の組み合わせとした。これに加えて、Al原料として所定量以上のFe−Alを用いることによってアークの集中性が良好となり、溶融プールの揺れ動きがなく凝固形態も安定するようになり、スパッタ発生量の低減とともに各姿勢溶接における溶接作業性が向上することを見出した。
【0016】
さらに、片面継手溶接の耐高温割れ性はP、S、B及びBiを極力低減することにより確保できるので、従来のこの種のフラックス入りワイヤの溶接作業性を大幅に向上できることを知見した。
【0017】
即ち、本発明を適用したガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤは、軟鋼及び490N/mm
2級高張力鋼の溶接構造物を製造する際に使用されるフラックス入りワイヤであって、鋼製外皮内にフラックスを充填してなるガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤにおいて、鋼製外皮中のCが鋼製外皮全質量中に対する質量%で0.02質量%以下含有し、ワイヤ全質量に対する質量%で、フラックスに、TiO
2:5.0〜6.5%、SiO
2:0.5〜0.8%、ZrO
2:0.3〜0.6%、Al
2O
3:0.1〜0.3%、Na化合物及びK化合物のNa
2O換算値とK
2O換算値の合計:0.10〜0.20%、かつ、K
2O換算値/Na
2O換算値:2.0以上、弗素化合物のF換算値:0.02〜0.10%、Mg:0.1〜0.3%を含有し、さらに、鋼製外皮とフラックスの合計で、C:0.03〜0.06%、Si:0.3〜
0.58%、Mn:2.5〜3.5%、Al:0.4〜0.8%を含有し、かつ、前記Alはフラックスから0.1%以上をFe-Alで添加し、残部は鋼製外皮のFe分、合金鉄中のFe分、鉄粉及び不可避的不純物であることを特徴とする。
【0018】
このとき、ワイヤ全質量に対する質量%で、鋼製外皮とフラックスの合計で、P:0.015%以下、S:0.010%以下、B:0.001%以下、Bi:0.001%以下とされていてもよい。
【0019】
以下、本発明を適用したフラックス入りワイヤの成分組成の限定理由を述べる。
【0020】
[鋼製外皮全質量に対する鋼製外皮のC:0.02%以下]
CO
2ガスシールドアーク溶接において、鋼製外皮全質量に対する鋼製外皮のCの質量%が、0.02%以下では、懸垂溶滴の破裂現象が抑制され、スパッタ発生量が減少する。また、アーク状態はソフトになり、立向上進溶接で溶融プールの過剰な掘り込みがなくなるので、メタル垂れが発生しにくく良好なビード形状となる。一方、鋼製外皮中のCの質量%が0.02%を超えると、強めのアーク状態となりスパッタ発生量が増加して溶接ビード及び鋼板表面にスパッタ粒が付着する。また、立向上進溶接でメタル垂れが発生しやすくビード形状が不良となる。このため、鋼製外皮全質量に対する鋼製外皮のCの質量%は0.02%以下とする。
【0021】
以下、各成分の含有量は、フラックス入りワイヤ全質量に対する質量%で示す。
【0022】
[フラックスに含有するTiO
2:5.0〜6.5%]
ルチール、チタンスラグなどを原料として、TiO
2が5.0%未満では、溶融スラグの粘性及びスラグ量が不足して、高電流の溶接条件での水平すみ肉溶接でスラグ被包性が不十分でビード形状が不良となる。また、立向上進溶接でメタル垂れが発生しやすくビード形状が不良となり、立向下進溶接でスラグ剥離性が不良となる。一方、TiO
2が6.5%を超えると、水平すみ肉溶接でビード形状が不良となる。また、立向下進溶接でビードに未溶融スラグが原因の凝固割れが発生しやすく、片面継手溶接でスラグ巻き込みが発生しやすくなる。このため、フラックス中のTiO
2は5.0〜6.5%とする。
【0023】
[フラックスに含有するSiO
2:0.5〜0.8%]
珪砂、ジルコンサンドなどを原料として、SiO
2が0.5%未満では、高電流の溶接条件での水平すみ肉溶接でビード形状が不良となる。また、立向上進及び立向下進溶接でメタル垂れが発生しやすくビード形状が不良となる。一方、SiO
2が0.8%を超えるとアークが不安定でスパッタ発生量が増加して溶接ビード及び鋼板表面にスパッタ粒が付着する。このため、フラックス中のSiO
2は0.5〜0.8%とする。
【0024】
[フラックスに含有するZrO
2:0.3〜0.6%]
ジルコンサンド、酸化ジルコンなどを原料として、ZrO
2が0.3%未満では、高電流の溶接条件での水平すみ肉溶接でビード形状が不良となる。また、立向上進溶接でメタル垂れが発生しやすくビード形状が不良となる。一方、ZrO
2が0.6%を超えると、アークが不安定でスパッタ発生量が増加して溶接ビード及び鋼板表面にスパッタ粒が付着する。また、高電流の溶接条件での水平すみ肉溶接でビード形状が細く不良となり、立向下進及び片面継手溶接の初層パスでスラグ剥離性が不良となる。このため、フラックス中のZrO
2は0.3〜0.6%とする。
【0025】
[フラックスに含有するAl
2O
3:0.1〜0.3%]
アルミナを原料として、Al
2O
3が0.1%未満では、水平すみ肉及び立向上進溶接の高電流の溶接条件でビード形状が不良となる。一方、Al
2O
3が0.3%を超えると、アークが不安定でスパッタ発生量が増加して溶接ビード及び鋼板表面にスパッタ粒が付着する。また、立向下進溶接でメタル垂れが発生しやすくビード形状が不良となる。このため、フラックス中のAl
2O
3は0.1〜0.3%とする。
【0026】
[フラックスに含有するNa化合物及びK化合物のNa
2O換算値とK
2O換算値の合計:0.10〜0.20%]
チタン酸ソーダ、弗化ソーダ、珪弗化カリ、カリ長石及び氷晶石などNa、Kを含有する原料を用いて、Na
2O換算値とK
2O換算値の合計が0.10%未満では、アークが不安定でスパッタ発生量が増加して溶接ビード及び鋼板表面にスパッタ粒が付着する。一方、Na
2O換算値とK
2O換算値の合計が0.20%を超えると、立向下進溶接でアーク長が伸びてメタル垂れが発生しやすくビード形状が不良となる。このため、フラックス中のNa化合物及びK化合物のNa
2O換算値とK
2O換算値の合計は0.10〜0.20%とする。
【0027】
[K
2O換算値/Na
2O換算値:2.0以上]
K
2O換算値/Na
2O換算値が2.0未満では、アークが強めで立向上進及び立向下進溶接でメタル垂れが発生しやすくビード形状が不良となる。このため、K
2O換算値/Na
2O換算値は2.0以上とする。
【0028】
[フラックスに含有する弗素化合物のF換算値:0.02〜0.10%]
珪弗化カリ、弗化ソーダなどの弗素化合物を原料として、F換算値が0.02%未満では、集中性のない不安定なアーク状態となり、スパッタ発生量が増加して溶接ビード及び鋼板表面にスパッタ粒が付着する。また、立向下進溶接でメタル垂れが発生しやすくビード形状が不良となり、片面継手溶接の初層パスもビードが乱れて不良となる。一方、F換算値が0.10%を超えると、強いアーク感となりスパッタ発生量が増加して溶接ビード及び鋼板表面にスパッタ粒が付着する。また、立向上進及び立向下進溶接でスラグ粘性が低下してメタル垂れが発生しやすくビード形状が不良となる。このため、フラックス中の弗素化合物のF換算値は0.02〜0.10%とする。
【0029】
[フラックスに含有するMg:0.1〜0.3%]
金属Mg、Al−Mgなどを原料として、Mgを0.1%以上含有させることによって、溶接金属の酸素量を低くし衝撃靱性を向上させ、水平すみ肉及び立向下進溶接のビード形状を良好にすることができる。換言すれば、このMgが0.1%未満では、所望の衝撃靭性を確保することができず、また良好なビード形状とすることが困難となる。一方、Mgが0.3%を超えると、スパッタ発生量が増加して溶接ビード及び鋼板表面にスパッタ粒が付着するとともに、溶融スラグ中に脱酸生成物であるMg酸化物が増加し立向上進溶接でメタル垂れが発生しやすくビード形状が不良となる。このため、フラックス中のMgは0.1〜0.3%とする。
【0030】
[フラックスと鋼製外皮の合計でC:0.03〜0.06%]
Cは、鋼製外皮とFe−Si、Fe−Mn及びFe−Si−Mn等の鉄合金が微量含有するCから添加される。フラックスと鋼製外皮の合計で、Cが0.03%未満では、溶接金属の酸素量が高く衝撃靭性が低下する。一方、Cが0.06%を超えると、溶接金属の衝撃靱性が低下する。このため、フラックスと鋼製外皮の合計でCは0.03〜0.06%とする。
【0031】
[フラックスと鋼製外皮の合計でSi:0.3〜
0.58%]
Siは、鋼製外皮、金属Si、Fe−Si及びFe−Si−Mn等から添加される。フラックスと鋼製外皮の合計で、Siが0.3%未満では、高電流の溶接条件での水平すみ肉溶接でビード形状が不良となる。また、立向上進溶接でメタル垂れが発生しやすくなりビード形状が不良なる。一方、Siが
0.58%を超えると、溶接金属の衝撃靱性が低下する。このため、フラックスと鋼製外皮の合計でSiは0.3〜
0.58%とする。
【0032】
[フラックスと鋼製外皮の合計でMn:2.5〜3.5%]
Mnは、鋼製外皮、金属Mn、Fe−Mn及びFe−Si−Mn等から添加される。フラックスと鋼製外皮の合計で、Mnが2.5%未満では、溶接金属の衝撃靱性が低下する。一方、Mnが3.5%を超えると、立向上進及び立向下進溶接でメタル垂れが発生しやすくビード形状が不良となる。このため、フラックスと鋼製外皮の合計でMnは2.5〜3.5%とする。
【0033】
[フラックスと鋼製外皮の合計でAl:0.4〜0.8%]
Alは、鋼製外皮、金属Al、Fe−Al及びAl−Mgから添加される。フラックスと鋼製外皮成分の合計で、Alが0.4%未満では、高電流の溶接条件における水平すみ肉溶接でビード形状が不良となり、立向上進溶接のメタル垂れも発生しやすくビード形状が不良となる。また、溶接金属の酸素量が高くなって衝撃靱性が低下する。一方、Alが0.8%を超えると、溶接金属中に歩留まるAl量が増加し衝撃靱性が低下する。このため、フラックスと鋼製外皮の合計でAlは0.4〜0.8%とする。
【0034】
[フラックスにFe−AlからのAl:0.1%以上]
前記Alの内、0.1%以上のAlをフラックスからFe−Alで添加することによって、アークの集中性が良好となり溶融プールの揺れ動きがなく溶融プールの凝固形態も安定して、スパッタ発生量の低減とともに各姿勢溶接におけるビード形状が良好になる。この効果はFe−AlからのAlの添加を0.1%未満とし、低融点原料の金属AlやAl−MgでAlを添加した場合には得られない。このため、フラックスからFe−AlでAlを0.1%以上添加する。
【0035】
[フラックスと鋼製外皮の合計でP:0.015%以下、S:0.010%以下、B:0.001%以下、Bi:0.001%以下]
フラックスと鋼製外皮成分の合計でP:0.015%以下、S:0.010%以下、B:0.001%以下及びBi:0.001%以下となるように鋼製外皮及びフラックス原料を選定することにより、片面継手溶接の初層パスで問題となる耐高温割れ性が向上する。
【0036】
以上、本発明のフラックス入りワイヤの成分限定理由を述べた。その他の成分として、鉄粉はアーク安定性を向上させるが、6%を超えるとワイヤ製造の伸線工程での断線が問題となる。
【0037】
なお、ミルスケール、赤鉄鉱、チタンスラグなどの原料からの鉄酸化物は、水平すみ肉溶接のビード形状を良好にするが、FeO換算値で0.3%を超えると立向上進及び立向下進溶接でメタル垂れが発生しやすくビード形状が不良となる。
【0038】
本発明のフラックス入りワイヤは、鋼製外皮内にフラックスを充填後、ダイス伸線やローラ圧延加工により所定のワイヤ径(1.0〜1.6mm)に縮径して製造される。ワイヤの断面構造は特に限定するものでないが、外皮部に隙間のないシームレスタイプのものは、縮径の中間段階の脱水素処理により極低水素で、またワイヤ表面にCuめっきも可能で耐チップ摩耗性がよく安定したアーク状態が長時間継続できる。
【実施例】
【0039】
以下、本発明の実施例についてさらに詳細に説明する。
【0040】
表1に示す成分の鋼管及び帯鋼にフラックスを充填後、縮径して、表2に示すワイヤ径1.4mmのフラックス入りワイヤを各種試作した。ちなみに、この表1における、鋼管及び帯鋼は、いずれも鋼製外皮を構成するものであって、表1中の数値%は、何れも鋼製外皮全質量に対する質量%を意味するものである。なお、ワイヤ全質量に対するフラックスの割合(フラックス充填率)は14質量%とした。なお、鋼管を用いた試作ワイヤは縮径の中間で焼鈍処理(600℃)を行い、さらに、一部の試作ワイヤにはCuめっき(厚さ約0.5μm)を施した。
【0041】
【表1】
【0042】
【表2】
【0043】
これら試作ワイヤを用いて、まず、スパッタ発生量の測定を行った。スパッタ発生量は、銅製の補修箱を用いて、表3に示す下向ビードオンプレートの溶接条件で30秒×5回溶接を行い、1分間当たりのスパッタ発生量を算出した。1分間当たりのスパッタ発生量が1.5g以下を良好とした。
【0044】
【表3】
【0045】
水平すみ肉溶接は、
図1に示した形状と同様なT字型試験体(鋼種:KA36鋼、板厚:12mm、幅100mm、長さ:1000mm、黒皮材)に、表3に示す溶接条件で、水平すみ肉溶接を行い、アークの安定性及びビード形状を評価した。
【0046】
次に、T字型すみ肉試験体(鋼種:KA36鋼、板厚:12mm、幅100mm、長さ:500mm、無機ジンクプライマー塗装)に、表3に示す溶接条件で、立向上進及び立向下進ですみ肉溶接を行い、アークの安定性、ビード形状及びスラグ剥離性などを評価した。
【0047】
さらに、
図2に示す形状の片面継手溶接試験体5(鋼種:KD36鋼、板厚:20mm、幅400mm、長さ400mm、開先角度θ:35°、ルート間隔G:5mm、裏面の拘束:3箇所)に、セラミック裏当材6(SiO
2−Al
2O
3−MgO系)を当てて、表3に示す溶接条件で、下向姿勢で順次積層してアークの安定性、ビード形状、スラグ剥離性、割れの有無及び溶接金属の衝撃試験を行った。割れの有無は初層パス溶接後に目視及び全パス溶接後にX線透過試験を行って調べた。目視及びX線透過試験で欠陥のなかった試験体の裏面から7mmを中心に衝撃試験片(JIS Z2242 Vノッチ試験片)を採取して溶接金属の衝撃試験を実施した。なお、衝撃試験は0℃におけるシャルピー吸収エネルギーが5本の平均値で54J以上を良好とした。それらの結果を表4にまとめて示す。
【0048】
【表4】
【0049】
表2及び表4中のワイヤ記号W1〜W10が本発明例、ワイヤ記号W11〜W26は比較例である。
【0050】
本発明例であるワイヤ記号W1〜W10は、フラックス入りワイヤの成分がいずれも適正であるので、スパッタ発生量が少なく、水平すみ肉、立向上進、立向下進及び片面継手溶接のいずれの試験においても、アークが安定し、ビード形状及びスラグ剥離性などの溶接作業性が良好であった。また、片面継手溶接の初層パスで問題となる高温割れは認められず、溶接金属の吸収エネルギーも良好な結果であった。なお、水平すみ肉溶接後の溶接ビード及び鋼板表面に付着したスパッタ粒は何れも2個以下で、極めて満足な結果であった。
【0051】
比較例中、ワイヤ記号W11は、鋼製外皮全質量に対する鋼製外皮のCが高いのでアークが強くスパッタ発生量が多く、立向上進溶接ではメタルが垂れてビード形状が不良であった。また、TiO
2が多いので水平すみ肉溶接のビード形状が不良で、立向下進溶接で割れが生じ、片面継手溶接ではスラグ巻き込みが発生した。
【0052】
ワイヤ記号W12は、TiO
2が少ないので水平すみ肉溶接のビード形状が不良で、立向上進溶接においてもメタルが垂れてビード形状が不良で、立向下進溶接ではスラグ剥離性が不良であった。また、Mgが少ないので、片面継手溶接金属の吸収エネルギーが低値であった。
【0053】
ワイヤ記号W13は、SiO
2が少ないので水平すみ肉溶接のビード形状が不良で、立向上進及び立向下進溶接においてもメタルが垂れてビード形状が不良であった。また、Cが少ないので片面継手溶接金属の吸収エネルギーが低値であった。
【0054】
ワイヤ記号W14は、SiO
2が多いのでアークが不安定でスパッタ発生量が多かった。また、Na化合物及びK化合物のK
2O換算値/Na
2O換算値が低いので立向上進及び立向下進溶接でメタルが垂れてビード形状が不良であった。
【0055】
ワイヤ記号W15は、ZrO
2が少ないので水平すみ肉溶接のビード形状が不良で、立向上進及び立向下進溶接においてもメタルが垂れてビード形状が不良であった。また、Cが多いので片面継手溶接金属の吸収エネルギーが低値であった。
【0056】
ワイヤ記号W16は、ZrO
2が多いのでアークが不安定でスパッタ発生量が多かった。また、水平すみ肉溶接のビード形状が不良で、立向下進及び片面継手溶接のスラグ剥離性も不良であった。さらに、Siが多いので片面継手溶接金属の吸収エネルギーが低値であった。
【0057】
ワイヤ記号W17は、Al
2O
3が少ないので水平すみ肉及び立向上進溶接のビード形状が不良であった。また、Pが多いので片面継手溶接の初層パスで高温割れが発生した。
【0058】
ワイヤ記号W18は、Al
2O
3が多いのでアークが不安定でスパッタ発生量が多かった。また、立向下進溶接でメタルが垂れてビード形状が不良であった。さらに、Mnが少ないので片面継手溶接金属の吸収エネルギーが低値であった。
【0059】
ワイヤ記号W19は、Na化合物及びK化合物のNa
2O換算値とK
2O換算値の合計が小さいのでアークが不安定でスパッタ発生量が多かった。また、Mnが多いので立向上進及び立向下進溶接でメタルが垂れてビード形状が不良であった。
【0060】
ワイヤ記号W20は、Na化合物及びK化合物のNa
2O換算値とK
2O換算値の合計が多いので立向下進溶接でメタルが垂れてビード形状が不良であった。また、Alが多いので片面継手溶接金属の吸収エネルギーが低値であった。
【0061】
ワイヤ記号W21は、弗素化合物のF換算値が小さいのでアークが不安定でスパッタ発生量が多かった。また、立向下進溶接でメタルが垂れてビード形状が不良で、片面継手溶接では初層のビードが乱れた。
【0062】
ワイヤ記号W22は、弗素化合物のF換算値が高いのでアークが強くスパッタ発生量が多かった。また、立向上進及び立向下進溶接ではメタルが垂れてビード形状が不良であった。さらに、Sが多いので片面継手溶接の初層パスで高温割れが発生した。
【0063】
ワイヤ記号W23は、Mgが多いのでスパッタ発生量が多かった。また、立向上進溶接ではメタルが垂れてビード形状が不良であった。さらに、Bが多いので片面継手溶接の初層パスで高温割れが発生した。
【0064】
ワイヤ記号W24は、Siが少ないので水平すみ肉溶接のビード形状が不良で、立向上進溶接もメタルが垂れてビード形状が不良であった。また、Biが多いので片面継手溶接の初層パスで高温割れが発生した。
【0065】
ワイヤ記号W25は、Alが低いので水平すみ肉溶接のビード形状が不良で、立向上進溶接もメタルが垂れてビード形状が不良であった。また、片面継手溶接金属の吸収エネルギーが低値であった。
【0066】
ワイヤ記号W26は、フラックスのFe−AlからのAlの添加量が少ないのでスパッタ発生量が多かった。また、水平すみ肉、立向上進及び立向下進溶接のビード形状が不良であった。