【実施例】
【0076】
以下、本発明を更に詳しく説明するため実施例を挙げる。しかし、本発明はこれら実施例等になんら限定されるものではない。
【0077】
[Mn酸化微生物の培養とBMOの合成]
本実施例で用いた微生物群は静岡県菊川水系から採取された河川床生物膜より調製されたマンガン酸化混合培養系であり、培養は宮田等の方法に即して行った(N. Miyata et al. J. Biosci. Bioeng. 103(5), 432-439 (2007))。35 Lのプラスチック製バケツに水道水20 L、NaCOOH・3H
2O (ナカライテスク:純度99%)を1000 mg、ソイペプトン(ナカライテスク)を400 mg、KH
2PO
4 (ナカライテスク:純度99%)を100 mg加えたものを基礎培地として用いた。基礎培地にMnSO
4水溶液(MnSO
4・5H
2O, ナカライテスク:純度99%)を添加し、培地中のMn濃度を5 ppmに調整した後に、上記の論文において培養されたバイオマット(培地及びマンガン酸化物)を1 L植菌した。酸素の供給にはエアーポンプ(4 L/min)を用いた。Mn
2+のパックテストを用いてMn濃度をモニタリングし、0 ppmとなったところで再びMn濃度が5 ppmになるようにMnSO
4水溶液を添加した。3ヶ月培養した後に、生成した黒色沈殿物を回収し、20倍量の蒸留水で洗浄し、乾燥した。得られた粉末を今後BMO粉末と呼ぶ。以下では当該BMOを使用し、実験を行った。
【0078】
[炭化水素の触媒的臭素化反応]
空気雰囲気下(1 atm)、バイオジナスマンガン酸化物(BMO、1 mg)、ヘキサン(1、1mL)、臭素(0.5 mmol)を試験管に加え、ねじ式のキャップを取り付けた。100℃で10分間加熱撹拌した後、未反応の臭素をチオ硫酸ナトリウム水溶液で処理し、ヘキサンで有機物を抽出した。蒸留により2-ブロモヘキサン(1′)及び3-ブロモヘキサン(1′′)を収率98%で得た(式(1))。
【0079】
【化11】
【0080】
表1に示すように、本触媒は人工的に合成された市販の酸化マンガン(MnO
2及びMn
2O
3)(和光純薬、99.5%)に比べて活性が高かった。
【0081】
【表1】
【0082】
表2に示されているように基質の適用範囲を調査した結果、シクロヘキサン(2)を原料に用いると、ブロモシクロヘキサン(2′)が91%で得られた。シクロオクタン(3)を原料に用いるとブロモシクロオクタン(3′)が定量的に得られた。トルエン(4)のベンジル位は容易に臭素化された。これらの結果から、本反応はラジカル的に進行していると考えられる。そのため、ベンゼン(5)の臭素化には長時間が必要であった。また、末端C-H結合は変換されにくく、tert-ブチルベンゼン(6)は、ベンゼン環のp-位のみが選択的に臭素化された。
【0083】
【表2】
【0084】
[BMOのキャラクタリゼーション]
BMOの形状観察を光学顕微鏡(OLYPUS BX-51)、走査型電子顕微鏡(Hitachi S-4300)及び透過型電子顕微鏡(JEOL JEM-2100F with CEOS C
s Corrector for STEM)、結晶構造解析をX線回折測定(Rigaku RINT-2000)及び電子回折測定(JEOL JEM-2100F)、組成分析をエネルギー分散型X線分析(JEOL JED-2300T)、化学状態をX線吸収分光法(PF BL9C)、比表面積を窒素吸着法(日本ベル(株)、BELSORP-mini II)により評価した。
【0085】
図1aにBMOの光学顕微鏡写真を示す。茶色味を帯びた直径10μm程度の中空球形粒子が多数凝集している様子が確認され(
図1a)、SEM画像からこの中空球形粒子には小さな口穴が空いていることも明らかとなった(
図1b)。更に詳細にSEM観察を行ったところ、中空球形粒子の口穴は粒子一つ当たり2つ存在することが明らかとなった(
図1c)。また、外側の表面形状は凹凸の多い鱗片状(
図1c)である一方、内側の表面は比較的スムースであった(
図1d)。観察された中空球形の構造物はSiderocapsa属の細菌が作ったMn酸化物に類似していることから、本実施例の培養系ではSiderocapsa属が優先種であると考えられる。中空球形粒子は細菌の周りにMn酸化物が形成された結果できた構造物であり、口穴は細菌が外に出るためにできた穴であると考えられるが、真偽の程は定かではない。BMO球形粒子及び口穴の直径は7.09±0.56μm (N = 57)、1.5±0.2μm (N = 57)であり、ばらつきの少ない数値であった。
【0086】
図1eのTEM像から、中空球形粒子はきわめて薄いシート(BMOナノシート)からなっており、表面の燐片形状はBMOナノシートのエッジ部分及びBMOナノシートにできた皺(Alホイルに皺ができるようなイメージ)によるものであることが明らかとなった。
図1fの超薄切片の観察から、SEM観察では密に詰まっているように見えた中空球形粒子の壁面は粗であり、BMOナノシートの厚さは約1.6 nmであることが明らかとなった。また、平滑に見えたナノシートの表面には5 nm程度の多数の凸凹が存在することも明らかとなった(
図1g)。このような微細構造を有するBMOは大きな表面積を有すると予想される。そこで、窒素吸着法により、BMO粉末の細孔に関する情報を調査した。その結果、比表面積は120〜160 m
2/gである(一般的なMn酸化物の比表面積は10〜120 m
2/g)とともに半径50 nm以下のメソ孔が多数確認された。メソ孔はナノシートの絡まり合いの結果形成されたものや、ナノシート表面の凸凹に起因するものと考えられる。
【0087】
次に、BMOの組成を調べるためにSEMに付属のEDXによりBMOの組成分析を行った。その結果、主成分はMnとOであり、微量のCa、Mg、Pを含み、更に微量のAl、Si、S、Cl、Kを含むことが明らかとなった。これらの元素(酸素を除いた)の相対組成(at %)は、Mn:Ca:Mg:P:Al:Si:S:Cl:K = 84.9:5.5:2.3:3.0:0.8:0.8:1.1:0.6:0.9であった。STEM-EDXで分析した超薄切片の元素マッピング像を
図2に示す。Mn、O、Ca、MgはBMOナノシート中に極めて均一に分布していることが明らかとなった。測定時の電子線の径は0.3 nmでマッピング像の空間分解能は1.2 nmであることから、これらの元素がnmスケールで均一に分布していることが明らかとなった。燃焼法によってC、N、H量を調べたところそれぞれ14.0、2.7、2.8wt%であり、BMOには微生物由来の有機物成分が多量に含まれていることも明らかとなった。
【0088】
BMOのMnの価数及びMn周りの局所構造解析を行うためにXAFS測定を行った。
図3にBMO、標準試料であるMnO、Mn
2O
3、MnO
2のXANESスペクトルを示す。BMOの吸収端エネルギーはMnO
2とMn
2O
3の間であった。標準試料でMnの価数と吸収端エネルギーの検量線を引き、BMOのMnの価数を見積もったところ、平均価数は3.3であることが明らかとなった。この値は、一般的なマンガン酸化バクテリアであるLeptothrix discophora SP-6が作るBMOの値(3.8)よりも低価数であった。XAFSスペクトルからEXAFS振動を抽出してフーリエ変換により得られた動径構造関数は、MnO
6八面体を基本ユニットとするBirnessite (層状構造)やTodorokite (3×3トンネル構造)と類似しており、BMOの構造もMnO
6八面体が基本ユニットであることが明らかとなった。
【0089】
次に、BMOの結晶構造解析を粉末XRD測定及びTEMのED測定により行った。
図4にBMOのXRDパターンを示す。一般的にBMOの結晶構造は、MnO
6八面体が辺を共有して二次元的につながったシート(MnO
6八面体シート)が層状に連なったMn酸化物やトンネル状を形作ったMn酸化物に類似していることが知られている。そこで、結晶構造の比較のために、層状構造を有するBirnessite及びトンネル状構造を有するTodorokiteを作製し、BMOのXRDパターンと比較した。
【0090】
BirnessiteはQ. Feng等の方法に即して作製した(Birnessite : Q. feng, et al., Ceram. Soc. Jpn., 105, 564 (1997))。即ち、0.3 mol/LのMn(NO
3)
2水溶液100 mLを激しく撹拌しつつ、そこに3%のH
2O
2と0.6 mol/LのNaOHの混合溶液200 mLをできるだけ素早く加えた。10 min撹拌後、母液と共に60℃で1日間熟成させ、その後、濾過、水洗、乾燥させた。
【0091】
TodorokiteはX. J. Yang等の方法に即して作製した(X. J. Yang, et al., Chem. Lett., 2000, 1192)。即ち、上記の方法で作成したBirnessiteを0.5 mol/LのMgCl
2水溶液に加え、1日間撹拌した。沈殿物を濾過し、再度MgCl
2水溶液に加え、150℃で2日間水熱処理を行った。その後、沈殿物を濾過、水洗、乾燥させた。
【0092】
Birnessite及びTodorokiteとBMOのXRDパターンと比較すると、本実施例のBMOはd = 9.6, 4.8Åに回折線が確認された。これは、層状やトンネル状構造の(001)及び(002)面に対応している。また、d = 2.5, 1.4Åの回折線はMnO
6八面体シートの面内の回折線である(20l), (11l)面及び(02l), (31l)面を示していることから、BMOは確かにMnO
6八面体のシート構造を有することが明らかとなった。しかし、層間やトンネル間に入るイオン種やその量によって(001)面及び(002)面の回折線の位置はシフトするため、XRDではMnO
6八面体シートが層状に連なっているかトンネル状を形作っているかは判断できなかった。
【0093】
BMOのナノシート部分の拡大像とEDパターンを
図4右側の挿入図に示す。EDパターンにはd = 2.5, 1.4Åの回折線のみが確認された。これらは、面内を示す(20l), (11l)面及び(02l), (31l)面の回折線を示しており、(001)や(002)回折線は確認されなかった。これは、BMOナノシートはMnO
6八面体シートに対応しており、面内がab面であり面直方向にMnO
6八面体シートが層として連なっていることを示している。もし、BMOがトンネル状構造であれば、電子回折パターンにはトンネル構造に起因する(h00)面が現れるが、それが現れていないということは大部分のMnO
6八面体シートが電子線の入射方向に沿って層状に連なっていることを意味している。つまり、本実施例のBMOは大部分がBirnessite様の層状構造を有することが明らかとなった。
【0094】
しかしながら、XRDで確認された(001), (002)の回折線は非常にブロードであるため、実際にはトンネル状構造も混ざっていると考えられる。また、BMOナノシート上に確認された格子縞から、結晶のドメインサイズを計測したところ、3.8±1.5 nm (N = 40)であった。これはMnO
6八面体シートのab面内の結晶子のサイズを反映しており、前述したBMOナノシートの厚さ(1.6 nm)はc軸方向の結晶の厚さを反映していると考えられる。
【0095】
以上の結果から、本実施例で得られたBMOは以下の特徴を有することが明らかとなった。
(I) BMOは、直径1.5μm程度の口穴が2つ開いた直径7.09μm程度の中空球形粒子が多数凝集したものである。
(II) 球形粒子の基本単位は厚さ1.6 nmのBMOナノシートであり、皺の入ったシートが複数枚複雑に絡みあっている。
(III) BMOナノシートは、幅3.8 nm程度、厚さ1.6 nm程度の結晶粒子が基本単位となり、それらが二次元的にランダムに繋がって構成されている。
(IV) 結晶粒子はMnO
6八面体シートを基本単位とした層状構造を有し、MnO
6八面体シートのab面がBMOナノシートの面内に対応し、面直方向に沿ってMnO
6八面体シートが積層した構造をとっている。
【0096】
比較例1(特開平10-128113号公報の実施例1の1/1000のスケール)
過マンガン酸カリウム2.486 mmolを水2.4 mlに溶解し、過マンガン酸カリウム水溶液を調製した。一方、硫酸マンガン1.657 mmolと硫酸5.427 mmolを水1.04 mlに溶解し、硫酸マンガン水溶液を調製した。55℃に加熱した前記過マンガン酸カリウム水溶液と硫酸マンガン水溶液とを、温水浴に浸して55℃に加熱したT字管(合流混合器)の左右の開口部から、それぞれ5分30秒かけて連続的に供給し、反応混合液(反応生成スラリー)を残りの開口部から流出させた。
【0097】
流出した反応生成スラリーを20 mLのビーカーに入れ、撹拌しながら90℃で1時間熟成した。熟成後、濾過、洗浄し、ケーキを得た。ケーキを110℃で20時間乾燥して二酸化マンガン触媒を得た。
【0098】
この合成によって得られた前記酸化マンガン(比表面積75 m
2 /g)を使用し、全く同じ条件で前記表2のシクロヘキサンの臭素化反応を行った。ブロモシクロヘキサンの収率は27%であった。
【0099】
比較例2(特開平10-128113号公報の比較例1の1/1000のスケール)
過マンガン酸カリウム2.2 mmolを水2.2 mlに溶解して、過マンガン酸カリウム水溶液を調製し、55℃に加熱した。一方、硫酸マンガン3.3 mmolと硫酸3.3 mmolを水1.3 mlに溶解して、硫酸マンガン水溶液を調製し、55℃に加熱した。前記過マンガン酸カリウム水溶液中に、撹拌しながら、前記硫酸マンガン水溶液を速やかに注加した。なお、硫酸マンガン水溶液注加時に発熱が見られた。得られた反応生成スラリーを、撹拌しながら90℃で熟成した。1時間熟成後、濾過、洗浄し、ケーキを得た。ケーキを110℃で20時間乾燥して二酸化マンガン触媒を得た。
【0100】
この合成によって得られた前記酸化マンガン(比表面積115 m
2 /g)を使用し、全く同じ条件で前記表2のシクロヘキサンの臭素化反応を行った。ブロモシクロヘキサンの収率は27%であった。
【0101】
これらの比較実験の結果から、本発明の多孔質マンガン酸化物は従来公知の合成酸化マンガンに比べて顕著に臭素化反応活性が高いことがわかる。また、比表面積は反応に大きな影響を与えないことがわかる。