特許第5865946号(P5865946)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5865946
(24)【登録日】2016年1月8日
(45)【発行日】2016年2月17日
(54)【発明の名称】過渡吸収測定方法及び過渡吸収測定装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/27 20060101AFI20160204BHJP
【FI】
   G01N21/27 Z
【請求項の数】11
【全頁数】27
(21)【出願番号】特願2014-106109(P2014-106109)
(22)【出願日】2014年5月22日
(65)【公開番号】特開2015-222192(P2015-222192A)
(43)【公開日】2015年12月10日
【審査請求日】2015年5月12日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】596066574
【氏名又は名称】株式会社ユニソク
(74)【代理人】
【識別番号】100126675
【弁理士】
【氏名又は名称】福本 将彦
(72)【発明者】
【氏名】中川 達央
(72)【発明者】
【氏名】岡本 基土
(72)【発明者】
【氏名】花田 啓明
【審査官】 蔵田 真彦
(56)【参考文献】
【文献】 特表平11−511240(JP,A)
【文献】 特開2009−229247(JP,A)
【文献】 特開昭63−313036(JP,A)
【文献】 特開昭61−026842(JP,A)
【文献】 特開2007−212145(JP,A)
【文献】 特表2009−512848(JP,A)
【文献】 Bernhard Lang et al.,Broadband ultraviolet-visible transient absorption spectroscopy in the nanosecond to microsecond time domain with sub-nanosecond time resolution,Review of Scientific Instruments,2013年 7月11日,84,073107
【文献】 Andrew R. Cook et al.,Optical fiber-based single-shot picosecond transient absorption spectroscopy,Review of Scientific Instruments,2009年 7月17日,80,073106
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/00−21/01、21/17−21/61
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポンプ光パルスを繰り返し生成するポンプ光源と、前記ポンプ光パルス毎に当該ポンプ光パルスに対する遅延時間がずれるプローブ光パルスを、前記ポンプ光パルスよりも短い繰り返し時間間隔で生成するプローブ光源と、を用いることにより、前記ポンプ光パルスを試料に繰り返し照射するとともに、前記ポンプ光パルスの1回の照射毎に、前記プローブ光パルスを前記試料に繰り返し照射することと、
前記試料を通過したプローブ光パルスの強度を検出することと、
前記ポンプ光パルスに対する前記プローブ光パルスの遅延時間が、前記ポンプ光パルス毎にずれることにより、且つそのずれをポンプ光照射ごとに計測すること、により、前記プローブ光パルスの繰り返しの時間密度よりも緻密な時間密度で得られるプローブ光パルスの強度の検出データに基づいて、前記試料の過渡吸収測定データを得ることと、を含み、
前記ポンプ光源と前記プローブ光源とは、互いに独立した光源であり、前記ポンプ光パルスと前記プローブ光パルスとを互いに非同期で生成する過渡吸収測定方法。
【請求項2】
過渡吸収測定方法であって、
ポンプ光パルスを繰り返し生成するポンプ光源と、前記ポンプ光パルス毎に当該ポンプ光パルスに対する遅延時間がずれるプローブ光パルスを、前記ポンプ光パルスよりも短い繰り返し時間間隔で生成するプローブ光源と、を用いることにより、前記ポンプ光パルスを試料に繰り返し照射するとともに、前記ポンプ光パルスの1回の照射毎に、前記プローブ光パルスを前記試料に繰り返し照射することと、
前記試料を通過したプローブ光パルスの強度を検出することと、
前記ポンプ光パルスに対する前記プローブ光パルスの遅延時間が、前記ポンプ光パルス毎にずれることにより、且つそのずれをポンプ光照射ごとに計測すること、により、前記プローブ光パルスの繰り返しの時間密度よりも緻密な時間密度で得られるプローブ光パルスの強度の検出データに基づいて、前記試料の過渡吸収測定データを得ることと、を含み、
前記試料を通過したプローブ光パルスの強度の検出は、光の強度を検出する光強度検出器を用いて行われ、
前記過渡吸収測定方法は、
前記プローブ光パルスを遮断することなく、前記プローブ光パルスの繰り返しの隙間の時刻に繰り返し、前記光強度検出器が検出する光強度である背景光強度を検出することを、さらに含み、
前記過渡吸収測定データは、プローブ光パルスの強度の前記検出データから、対応する時刻における前記背景光強度の検出データを差し引く補正を加えた上で、得られる、過渡吸収測定方法。
【請求項3】
前記ポンプ光源と前記プローブ光源とは、互いに独立した光源であり、前記ポンプ光パルスと前記プローブ光パルスとを互いに非同期で生成する、請求項2に記載の過渡吸収測定方法。
【請求項4】
ポンプ光パルスを繰り返し生成するポンプ光源と、
前記ポンプ光パルス毎に当該ポンプ光パルスに対する遅延時間がずれるプローブ光パルスを、前記ポンプ光パルスよりも短い繰り返し時間間隔で生成し、それにより、1つの前記ポンプ光パルス毎にプローブ光パルスを繰り返し生成するプローブ光源と、
前記ポンプ光源が生成する前記ポンプ光パルスと、前記プローブ光源が生成する前記プローブ光パルスとを試料に導く導光部と、
前記ポンプ光パルスを検出するポンプ光パルス検出部と、
前記プローブ光パルスを検出するプローブ光パルス検出部であって、前記試料を通過した前記プローブ光パルスの強度を検出するプローブ光強度検出部を含む、プローブ光パルス検出部と、
前記ポンプ光パルス検出部により前記ポンプ光パルスが検出される毎に、当該ポンプ光パルスの検出時刻を原点時刻として、当該原点時刻の前後にわたるある期間にわたって、前記プローブ光強度検出部により検出された一連のプローブ光パルスの強度を、前記原点時刻を基準として、前記プローブ光検出部が前記一連のプローブ光パルスを検出する時刻を表現するプローブ光パルス時刻データに、関連づけて記録することを繰り返し、それによって、検出された前記プローブ光パルスの強度を、前記原点時刻の前後にわたるある期間にわたって、前記プローブ光パルスの前記繰り返し時間間隔よりも緻密な時間間隔で蓄積するプローブ光強度記録部と、を備え、
前記ポンプ光源と前記プローブ光源とは、互いに独立した光源であり、前記ポンプ光パルスと前記プローブ光パルスとを互いに非同期で生成する、過渡吸収測定装置。
【請求項5】
前記プローブ光源は、前記プローブ光パルスを一定の周波数で生成するものであり、
前記プローブ光パルス検出部は、前記プローブ光強度検出部よりも高い時間精度で、前記プローブ光パルスを検出する高速プローブ光パルス検出部を含んでおり、
前記ポンプ光パルス検出部は、前記プローブ光強度検出部よりも高い時間精度で、前記ポンプ光パルスを検出する高速ポンプ光パルス検出部であり、
前記プローブ光強度記録部は、前記高速ポンプ光パルス検出部による前記ポンプ光パルスの検出をトリガとして、その後に前記高速プローブ光パルス検出部が最初に前記プローブ光パルスを検出するまでの時間を計測する時間差計測器を含み、
前記プローブ光パルス時刻データは、当該時間差計測器が計測した前記時間と、前記プローブ光検出部が前記一連のプローブ光パルスを検出する順序とを含む、請求項4に記載の過渡吸収測定装置。
【請求項6】
前記プローブ光強度記録部が互いに関連づけて記録する、前記ポンプ光パルス毎の一連のプローブ光パルスの強度と前記プローブ光パルス時刻データとに基づき、時間軸と当該時間軸に交差するデータ軸とにより構成される座標系の上に、前記ポンプ光パルス毎の一連のプローブ光パルスの強度と前記原点時刻より前のプローブ光パルスの強度との差異または比率または比率の対数の時間変化を表す画像データを生成する、画像データ生成部を、さらに備える、請求項4又は5に記載の過渡吸収測定装置。
【請求項7】
過渡吸収測定装置であって、
ポンプ光パルスを繰り返し生成するポンプ光源と、
前記ポンプ光パルス毎に当該ポンプ光パルスに対する遅延時間がずれるプローブ光パルスを、前記ポンプ光パルスよりも短い繰り返し時間間隔で生成し、それにより、1つの前記ポンプ光パルス毎にプローブ光パルスを繰り返し生成するプローブ光源と、
前記ポンプ光源が生成する前記ポンプ光パルスと、前記プローブ光源が生成する前記プローブ光パルスとを試料に導く導光部と、
前記ポンプ光パルスを検出するポンプ光パルス検出部と、
前記プローブ光パルスを検出するプローブ光パルス検出部であって、前記試料を通過した前記プローブ光パルスの強度を検出するプローブ光強度検出部を含む、プローブ光パルス検出部と、
前記ポンプ光パルス検出部により前記ポンプ光パルスが検出される毎に、当該ポンプ光パルスの検出時刻を原点時刻として、当該原点時刻の前後にわたるある期間にわたって、前記プローブ光強度検出部により検出された一連のプローブ光パルスの強度を、前記原点時刻を基準として、前記プローブ光検出部が前記一連のプローブ光パルスを検出する時刻を表現するプローブ光パルス時刻データに、関連づけて記録することを繰り返し、それによって、検出された前記プローブ光パルスの強度を、前記原点時刻の前後にわたるある期間にわたって、前記プローブ光パルスの前記繰り返し時間間隔よりも緻密な時間間隔で蓄積するプローブ光強度記録部と、を備え、
前記プローブ光強度記録部は、前記ポンプ光パルス毎の前記原点時刻以降の少なくとも初期のある期間内に、前記プローブ光パルスを遮断することなく、前記プローブ光パルスの繰り返しの隙間の時刻において繰り返し、前記プローブ光強度検出部が検出する背景光強度を、前記原点時刻を基準とした、前記ずれた時刻を表現する背景光検出時刻データに関連づけて、さらに記録し、
前記過渡吸収測定装置は、
前記プローブ光強度記録部が互いに関連づけて記録する、前記ポンプ光パルス毎の一連のプローブ光パルスの強度と前記プローブ光パルス時刻データ、及び前記プローブ光強度記録部が互いに関連づけて記録する、前記ポンプ光パルス毎の前記少なくとも初期のある期間の前記背景光強度と前記背景光検出時刻データ、に基づき、前記ポンプ光パルス毎の一連のプローブ光パルスの強度から、対応する時刻の前記背景光強度を差し引いた補正後の一連のプローブ光パルスの強度を得て、当該補正後の一連のプローブ光パルスの強度に基づいて、前記試料の過渡吸収測定データを得る演算部を、さらに備える、過渡吸収測定装置。
【請求項8】
前記ポンプ光源と前記プローブ光源とは、互いに独立した光源であり、前記ポンプ光パルスと前記プローブ光パルスとを互いに非同期で生成する、請求項7に記載の過渡吸収測定装置。
【請求項9】
前記演算部は、
前記プローブ光強度記録部が互いに関連づけて記録する、前記ポンプ光パルス毎の一連のプローブ光パルスの強度と前記プローブ光パルス時刻データ、及び前記プローブ光強度記録部が互いに関連づけて記録する、前記ポンプ光パルス毎の前記少なくとも初期のある期間の前記背景光強度と前記背景光検出時刻データ、に基づき、時間軸と当該時間軸に交差するデータ軸とにより構成される座標系の上に、前記ポンプ光パルス毎の一連のプローブ光パルスの強度から、対応する時刻の前記背景光強度を差し引いた補正後の一連のプローブ光パルスの強度と、前記原点時刻より前のプローブ光パルスの強度との、差異または比率または比率の対数の時間変化を表す画像データを生成する、画像データ生成部を備える、請求項7又は8に記載の過渡吸収測定装置。
【請求項10】
前記試料を通過する前の前記プローブ光パルスの強度を、参照プローブ光パルス強度として検出する参照プローブ光強度検出部を、さらに備え、
前記プローブ光強度記録部は、前記プローブ光強度検出部により検出された一連のプローブ光パルスの強度とともに、前記参照プローブ光強度検出部により検出された、対応する前記参照プローブ光パルス強度を、対応する前記プローブ光パルス時刻データに関連づけて、さらに記録する、請求項4、5、7及び8のいずれかに記載の過渡吸収測定装置。
【請求項11】
前記プローブ光強度記録部が互いに関連づけて記録する、前記ポンプ光パルス毎の一連のプローブ光パルスの強度と前記参照プローブ光パルス強度と前記プローブ光パルス時刻データとに基づき、時間軸と当該時間軸に交差するデータ軸とにより構成される座標系の上に、前記ポンプ光パルス毎の一連のプローブ光パルスの強度を、対応する前記参照プローブ光パルス強度により較正した強度と、前記原点時刻より前のプローブ光パルスの強度を、対応する前記参照プローブ光パルス強度により較正した強度との、差異または比率または比率の対数の時間変化を表す画像データを生成する、画像データ生成部を、さらに備える、請求項10に記載の過渡吸収測定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポンプ光及びプローブ光を用いる過渡吸収測定方法及び過渡吸収測定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
過渡吸収測定法は、試料にパルス光(ポンプ光と称される)を照射することにより、試料物質を励起し、生じた光反応を、モニター用の光(プローブ光と称される)の試料による吸収の変化により、高速に追跡する方法であり、フラッシュフォトリシス法、閃光分解法とも呼ばれることがある。その測定法には大きく分けて、ナノ秒より遅い領域で利用されるCW(連続光)プローブ法と、ピコ・フェムト秒領域で利用されるポンプ・プローブ法とがある。
【0003】
CWプローブ法は、定常光又は比較的発光時間の長いフラッシュランプ光を、プローブ光とするものである(例えば、特許文献1)。CWプローブ法では、検出器が有する応答時間あるいはゲート幅が、時間分解能の限界を決めている。一般的には、10ナノ秒〜50ナノ秒程度が限界であり、この時間領域より短い領域は、GHz帯のいわゆる高周波領域となるため、歪みの無い正確な過渡吸収信号を得ることが難しいという問題点があった。
【0004】
他方のポンプ・プローブ法は、パルス光をプローブ光とするものである。より詳細には、1つの光源から射出されたピコ秒以下のパルス幅のパルス光のビームが、まず2本のビームに分離される。分離された一方のパルス光は、ポンプ光として試料に照射され、それにより試料の光化学反応を誘起する。他方のパルス光は、光学的遅延ステージにより時間を遅らせて、プローブ光として試料を通過する。それによりポンプ光とプローブ光とに、任意の時間差が付与され、かつこの時間差を変化させることにより、時間分解過渡吸収データが得られる。
【0005】
ポンプ・プローブ法では、プローブ光にパルス光が用いられるので、ポンプ光パルス照射後に試料が高速に変化していても、その中の一瞬、すなわちパルス幅に相当する時間幅の情報のみが切り出され、検出器に捉えられるため、検出器や記録装置が低速であっても、得られた情報はパルス幅を反映したものとなる。パルス幅がフェムト秒であれば、時間分解能もフェムト秒となる。しかしながら、ポンプ光パルスに対するプローブ光パルスの遅延時間は、機械的遅延ステージによって作られるため、実際上の上限を有している。すなわち、光速に基づき5ナノ秒以上に対応する距離である1.5メートル以上の遅延ステージを実現するのは、実際上困難である。すなわち、ポンプ・プローブ法は、時間領域の長い方に限界があり、5ナノ秒よりも長い時間領域の測定には不適である。
【0006】
近年の過渡吸収測定法に要求されている性能は、CWプローブ法とポンプ・プローブ法のいずれもが不得意とする5ナノ秒〜50ナノ秒の時間領域(過渡吸収測定における「ギャップ領域」)を含み、100ピコ秒からミリ秒の時間領域をカバーするものである。これを実現するものの1つとして、CWプローブ法において、ストリークカメラを用いたものがあるが(例えば、特許文献2)、ストリークカメラは格別に高価な検出器であり、また一機種では広い時間範囲をカバーできないという問題があった。また別の方法として、ポンプ・プローブ法において、ポンプ光に対しプローブ光を同期させ、かつ能動的・電気的にミリ秒まで遅延させる方法が複数考案されているが(例えば、非特許文献1、2)、いずれも1つのポンプ光に対し1つのプローブ光を対応させており、広い時間領域の測定には非常に長い測定時間を要するという問題点があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2007−212145号公報
【特許文献2】特開2003−35665号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Rev. Sci. Instrum. 80, 026102 (2009)
【非特許文献2】Rev. Sci. Instrum. 84, 073107 (2013)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は上記の問題点に鑑みてなされたもので、簡素な構造で、従来技術におけるギャップ領域を含む幅広い時間領域において過渡吸収特性の測定を可能にし、かつ、短時間で多数時刻における過渡吸収特性の測定を可能にする、過渡吸収測定方法及び過渡吸収測定装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決し上記目的を達成するために、本発明のうち第1の態様によるものは、過渡吸収測定方法であって、以下の行為(a)〜(c)を含んでいる。(a)ポンプ光パルスを繰り返し生成するポンプ光源と、前記ポンプ光パルス毎に当該ポンプ光パルスに対する遅延時間がずれるプローブ光パルスを、前記ポンプ光パルスよりも短い繰り返し時間間隔で生成するプローブ光源と、を用いることにより、前記ポンプ光パルスを試料に繰り返し照射するとともに、前記ポンプ光パルスの1回の照射毎に、前記プローブ光パルスを前記試料に繰り返し照射すること。(b)前記試料を通過したプローブ光パルスの強度を検出すること。(c)前記ポンプ光パルスに対する前記プローブ光パルスの遅延時間が、前記ポンプ光パルス毎にずれることにより、且つそのずれをポンプ光照射ごとに計測すること、により、前記プローブ光パルスの繰り返しの時間密度よりも緻密な時間密度で得られるプローブ光パルスの強度の検出データに基づいて、前記試料の過渡吸収測定データを得ること。
【0011】
この構成によれば、プローブ光パルスの繰り返しの時間間隔(一定であれば周期)よりも長く、最長においては、ポンプ光パルスの繰り返しの時間間隔に相当する時間領域にわたって、かつプローブ光パルスの繰り返しの時間密度(一定であれば周波数)よりも緻密な時間密度で、プローブ光パルスの強度の検出データが得られ、当該検出データに基づいて、試料の過渡吸収測定データが得られる。このように、ポンプ光パルスの繰り返しの時間密度よりも高く、さらにプローブ光パルスの繰り返しの時間密度よりも高い時間密度で、過渡吸収特性データを取得することが、短時間で実現する。
【0012】
さらに、CW(連続光)プローブ法とは異なりプローブ光パルスを用いるため、従来のポンプ・プローブ法と同様に、プローブ光パルスのパルス幅に応じた時間分解能が得られる。一方、従来のポンプ・プローブ法とは異なり、ポンプ光パルスの繰り返しの時間間隔内にプローブ光パルスが繰り返し生成され、かつプローブ光パルス毎にポンプ光パルスの遅延時間がずれることから、過渡吸収特性データの所要の時間密度を維持しつつ、ポンプ光パルスの繰り返しの時間間隔に応じて計測の時間領域を長くすることができる。すなわち、従来技術におけるギャップ領域を含む幅広い時間領域において、過渡吸収特性を測定することが可能となる。
【0013】
また、ポンプ光パルス毎に当該ポンプ光パルスに対する遅延時間がずれるプローブ光パルスを生成するのに、格別に高価で複雑な装置を要しない。特に、ポンプ光パルスとプローブ光パルスとを互いに非同期で生成する、互いに独立のポンプ光源とプローブ光源とを用いることも可能である。非同期であれば、ポンプ光源とプローブ光源とがパルスを生成する時期を、互いに調整する機構すら要しない。
【0014】
本発明のうち第2の態様によるものは、第1の態様による過渡吸収測定方法であって、前記試料を通過したプローブ光パルスの検出は、光の強度を検出する光強度検出器を用いて行われる。また、前記過渡吸収測定方法は、前記プローブ光パルスが検出される時刻からずれた時刻に、前記光強度検出器が検出する光強度である背景光強度を検出することを、さらに含んでいる。さらに、前記過渡吸収測定データは、プローブ光パルスの強度の前記検出データから、対応する時刻における前記背景光強度の検出データを差し引く補正を加えた上で、得られる。
【0015】
この構成において、背景光強度は、プローブ光パルスが検出される時刻からずれた時刻に検出されることから、プローブ光の入射のないときに光強度検出器が検出する光強度に相当する。このため、ポンプ光パルスが試料に照射された後の短期間に、試料が付随的に発することのある散乱光、蛍光、燐光などの付随的発光の強度が、背景光強度として検出される。検出されたプローブ光パルス強度から、対応する時刻における背景光強度を相殺することにより、付随的発光の影響を排した真のプローブ光パルス強度が得られ、それに基づいて過渡吸収特性データが得られる。このように、本構成によれば、付随的発光の影響を排した過渡吸収特性データが得られる。また、従来の測定法においては、プローブ光パルス強度のデータから付随的発光の強度を取り除くために、「シャッター」又は「オプティカルチョッパー」等を用いることによりプローブ光を遮断して、付随的発光強度のみを測定することを別途に必要としていた。本構成によれば、かかる測定を要することなく、短時間でかつ簡素な構成で、付随的発光の影響を排した過渡吸収特性データが得られる。
【0016】
本発明のうち第3の態様によるものは、第1又は第2の態様による過渡吸収測定方法であって、前記ポンプ光源と前記プローブ光源とは、互いに独立した光源であり、前記ポンプ光パルスと前記プローブ光パルスとを互いに非同期で生成する。
【0017】
この構成によれば、ポンプ光源とプローブ光源とがパルスを生成する時期を、互いに調整する機構を要せず、簡単な構成により、ポンプ光パルスと、ポンプ光パルス毎にポンプ光パルスに対する遅延時間がずれるプローブ光パルスとを、繰り返し生成することができる。なお、光源が独立とは、一方の光源が生成する光を分離するなどにより、他方の光源が生成する光とするのではなく、各々が別個に光を生成することを意味する。また、パルスが非同期とは、同期していないこと、すなわち、パルス発生の時期が互いに調整されないこと、を意味する。
【0018】
本発明のうち第4の態様によるものは、過渡吸収測定装置であって、ポンプ光源と、プローブ光源と、導光部と、ポンプ光パルス検出部と、プローブ光パルス検出部と、プローブ光強度記録部と、を備えている。ポンプ光源は、ポンプ光パルスを繰り返し生成する。プローブ光源は、前記ポンプ光パルス毎に当該ポンプ光パルスに対する遅延時間がずれるプローブ光パルスを、前記ポンプ光パルスよりも短い繰り返し時間間隔で生成し、それにより、1つの前記ポンプ光パルス毎にプローブ光パルスを繰り返し生成する。導光部は、前記ポンプ光源が生成する前記ポンプ光パルスと、前記プローブ光源が生成する前記プローブ光パルスとを試料に導く。ポンプ光パルス検出部は、前記ポンプ光パルスを検出する。プローブ光パルス検出部は、前記プローブ光パルスを検出するものであって、前記試料を通過した前記プローブ光パルスの強度を検出するプローブ光強度検出部を含む。プローブ光強度記録部は、前記ポンプ光パルス検出部により前記ポンプ光パルスが検出される毎に、当該ポンプ光パルスの検出時刻を原点時刻として、当該原点時刻の前後にわたるある期間にわたって、前記プローブ光強度検出部により検出された一連のプローブ光パルスの強度を、前記原点時刻を基準として、前記プローブ光検出部が前記一連のプローブ光パルスを検出する時刻を表現するプローブ光パルス時刻データに、関連づけて記録する。
【0019】
この構成によれば、プローブ光パルスの繰り返しの時間間隔(一定であれば周期)がポンプ光パルスよりも短く、1つのポンプ光パルス毎にプローブ光パルスが繰り返し生成されるので、プローブ光強度記録部には、1つのポンプ光パルスの検出毎に、原点時刻の前後にわたるある期間にわたって、一連のプローブ光パルス強度が記録される。さらに、ポンプ光パルスに対するプローブ光パルスの遅延時間が、ポンプ光パルス毎にずれるので、ポンプ光パルスを検出する毎に、一連のプローブ光パルス強度と対応する時刻データとの記録を繰り返すことによって、プローブ光強度記録部には、検出されたプローブ光パルスの強度が、原点時刻の前後にわたるある期間にわたって、プローブ光パルスの繰り返しの時間間隔よりも緻密な時間間隔で蓄積される。ポンプ光パルスの検出回数が大きくなるように記録時間を長くするだけで、時間間隔の緻密さが増す。プローブ光強度記録部には、プローブ光パルス強度が、プローブ光パルス時刻データに関連づけて記録されるので、これら記録されたデータに基づいて、過渡吸収曲線等の過渡吸収特性データを得ることができる。このように、ポンプ光パルスの周波数よりも高く、さらにプローブ光パルスの周波数よりも高い時間密度で、過渡吸収特性データを取得することが、短時間で実現する。さらに、本発明の第1の態様について述べたところと同様の理由により、従来技術におけるギャップ領域を含む幅広い時間領域において、過渡吸収特性を測定することが可能であり、しかも、計測の時間領域を長くしても、過渡吸収特性データを、所要の時間密度で取得することができる。また、本発明の第1の態様について述べたように、ポンプ光パルス毎に当該ポンプ光パルスに対する遅延時間がずれるプローブ光パルスを生成するのに、格別に高価で複雑な装置を要しない。
【0020】
なお、「時刻を表現する時刻データ」とは、時刻を直接に表現するデータに限定されず、時刻に対応付けられ、時刻を導くことを可能にするデータ、すなわち時刻を間接的に表現するデータをも包含する趣旨である。また、プローブ光強度記録部としてオシロスコープを用いて、ポンプ光パルスの検出をトリガとして、一連のプローブ光パルス強度を記録することは、一連のプローブ光パルスの強度を、原点時刻を基準としてプローブ光パルス時刻データに関連づけて記録することの一態様に他ならない。
【0021】
本発明のうち第5の態様によるものは、第4の態様による過渡吸収測定装置であって、前記プローブ光源は、前記プローブ光パルスを一定の周波数で生成するものであり、前記プローブ光パルス検出部は、前記プローブ光強度検出部よりも高い時間精度で、前記プローブ光パルスを検出する高速プローブ光パルス検出部を含んでおり、前記ポンプ光パルス検出部は、前記プローブ光強度検出部よりも高い時間精度で、前記ポンプ光パルスを検出する高速ポンプ光パルス検出部である。また、前記プローブ光強度記録部は、前記高速ポンプ光パルス検出部による前記ポンプ光パルスの検出をトリガとして、その後に前記高速プローブ光パルス検出部が最初に前記プローブ光パルスを検出するまでの時間を計測する時間差計測器を含んでいる。さらに、前記プローブ光パルス時刻データは、当該時間差計測器が計測した前記時間と、前記プローブ光検出部が前記一連のプローブ光パルスを検出する順序とを含むものである。
【0022】
この構成によれば、プローブ光パルスの周波数を、測定等により把握しておくことにより、プローブ光強度記録部が記録する、時間差計測器が計測した時間と、プローブ光検出部が一連のプローブ光パルスを検出する順序とから、原点時刻を基準とした一連のプローブ光パルスの検出時刻を、プローブ光強度検出部の時間精度よりも高い時間精度で、特定することが可能となる。すなわち、プローブ光パルスの周波数と、プローブ光強度記録部が記録するデータとにより、プローブ光強度検出部の時間精度よりも高い時間精度で、過渡吸収特性データを取得することが可能となる。
【0023】
本発明のうち第6の態様によるものは、第4又は第5の態様による過渡吸収測定装置であって、前記プローブ光強度記録部は、前記ポンプ光パルス毎の前記原点時刻以降の少なくとも初期のある期間内に、前記プローブ光パルスが検出される時刻からずれた時刻において、前記プローブ光強度検出部が検出する背景光強度を、前記原点時刻を基準とした、前記ずれた時刻を表現する背景光検出時刻データに関連づけて、さらに記録する。
【0024】
この構成によれば、プローブ光強度記録部には、原点時刻以降の少なくとも初期のある期間にわたって背景光強度が、プローブ光パルス強度と同じく、プローブ光パルスの繰り返しの時間間隔よりも緻密な時間間隔で蓄積される。背景光強度は、プローブ光パルスが検出される時刻からずれた時刻に検出されることから、プローブ光の入射のないときにプローブ光強度検出部が検出する光強度に相当する。このため、ポンプ光パルスが試料に照射された後の短期間に、試料が付随的に発することのある散乱光、蛍光、燐光などの付随的発光の強度が、背景光強度として記録される。検出されかつ記録されたプローブ光パルス強度から、対応する時刻における背景光強度を相殺することにより、付随的発光の影響を排した真のプローブ光パルス強度を得ることができる。このように、本構成によれば、プローブ光パルス強度と同等の時間密度で付随的発光の強度が記録され、それにより、付随的発光の影響を高い精度で排した過渡吸収特性データを取得することが可能となる。また、本発明の第2の態様について述べたところと同様の理由により、従来の方法が要していた、プローブ光を遮断して行われる測定を要することなく、短時間でかつ簡素な構成で、付随的発光強度のデータを、プローブ光パルス強度のデータと同時に得ることができ、かつプローブ光パルス強度のデータに重畳している当該付随的発光強度のデータを除去することが可能となる。
【0025】
本発明のうち第7の態様によるものは、第6の態様による過渡吸収測定装置であって、画像データ生成部をさらに備える。画像データ生成部は、前記プローブ光強度記録部が互いに関連づけて記録する、前記ポンプ光パルス毎の一連のプローブ光パルスの強度と前記プローブ光パルス時刻データ、及び前記プローブ光強度記録部が互いに関連づけて記録する、前記ポンプ光パルス毎の前記少なくとも初期のある期間の前記背景光強度と前記背景光検出時刻データ、に基づき、時間軸と当該時間軸に交差するデータ軸とにより構成される座標系の上に、前記ポンプ光パルス毎の一連のプローブ光パルスの強度から、対応する時刻の前記背景光強度を差し引いた補正後の一連のプローブ光パルスの強度と、前記原点時刻より前のプローブ光パルスの強度との、差異または比率または比率の対数の時間変化を表す画像データを生成する。
【0026】
この構成によれば、画像データ生成部により、補正後の一連のプローブ光パルスの強度と、原点時刻より前のプローブ光パルスの強度との、差異または比率または比率の対数の時間変化を表す画像データ、すなわち、付随的発光の影響を排した過渡吸収特性を表す画像データが生成される。画像データは、過渡吸収特性を、例えば、点の集合、又は点の集合を線分もしくは滑らかな曲線で繋いでなる折れ線もしくは曲線等で表すものである。生成される画像データは、例えば、記憶装置に記録すること、表示画面に表示すること、又はプリンター等により印刷することのできるものである。座標系は、例えば線形座標、片対数座標、両対数座標など、様々な形態を採り得る。
【0027】
本発明のうち第8の態様によるものは、第4から第6のいずれかの態様による過渡吸収測定装置であって、前記試料を通過する前の前記プローブ光パルスの強度を、参照プローブ光パルス強度として検出する参照プローブ光強度検出部を、さらに備えている。また、前記プローブ光強度記録部は、前記プローブ光強度検出部により検出された一連のプローブ光パルスの強度とともに、前記参照プローブ光強度検出部により検出された、対応する前記参照プローブ光パルス強度を、対応する前記プローブ光パルス時刻データに関連づけて、さらに記録する。
【0028】
この構成によれば、プローブ光強度記録部に記録されたプローブ光パルス強度を、対応する時刻における参照プローブ光パルス強度により較正することができ、それにより、試料に入射するプローブ光パルスの強度変動の影響を排したプローブ光パルス強度を得ることができる。すなわち、試料に入射するプローブ光パルスの強度変動の影響を排した過渡吸収特性データを取得することが可能となる。
【0029】
本発明のうち第9の態様によるものは、第8の態様による過渡吸収測定装置であって、画像データ生成部をさらに備えている。画像データ生成部は、前記プローブ光強度記録部が互いに関連づけて記録する、前記ポンプ光パルス毎の一連のプローブ光パルスの強度と前記参照プローブ光パルス強度と前記プローブ光パルス時刻データとに基づき、時間軸と当該時間軸に交差するデータ軸とにより構成される座標系の上に、前記ポンプ光パルス毎の一連のプローブ光パルスの強度を、対応する前記参照プローブ光パルス強度により較正した強度と、前記原点時刻より前のプローブ光パルスの強度を、対応する前記参照プローブ光パルス強度により較正した強度との、差異または比率または比率の対数の時間変化を表す画像データを生成する。
【0030】
この構成によれば、画像データ生成部により、試料に入射するプローブ光パルスの強度変動の影響を排した過渡吸収特性を表す画像データが生成される。画像データ及び座標系の一例は、上記の通りである。
【0031】
本発明のうち第10の態様によるものは、第4又は第5の態様による過渡吸収測定装置であって、画像データ生成部をさらに備えている。画像データ生成部は、前記プローブ光強度記録部が互いに関連づけて記録する、前記ポンプ光パルス毎の一連のプローブ光パルスの強度と前記プローブ光パルス時刻データとに基づき、時間軸と当該時間軸に交差するデータ軸とにより構成される座標系の上に、前記ポンプ光パルス毎の一連のプローブ光パルスの強度と前記原点時刻より前のプローブ光パルスの強度との差異または比率または比率の対数の時間変化を表す画像データを生成する。
【0032】
この構成によれば、画像データ生成部により、過渡吸収特性を表す画像データが生成される。画像データ及び座標系の一例は、上記の通りである。
【0033】
本発明のうち第11の態様によるものは、第4から第10のいずれかの態様による過渡吸収測定装置であって、前記ポンプ光源と前記プローブ光源とは、互いに独立した光源であり、前記ポンプ光パルスと前記プローブ光パルスとを互いに非同期で生成する。
この構成によれば、ポンプ光源とプローブ光源とがパルスを生成する時期を、互いに調整する機構を要せず、簡単な構成により、ポンプ光パルスと、ポンプ光パルス毎にポンプ光パルスに対する遅延時間がずれるプローブ光パルスとを、繰り返し生成することができる。なお、光源が独立、及びパルスが非同期、の意義については、既に述べた通りである。
【発明の効果】
【0034】
以上のように本発明によれば、簡素な構造で、従来技術におけるギャップ領域を含む幅広い時間領域において過渡吸収特性の測定を可能にし、かつ、短時間で多数時刻における過渡吸収特性の測定を可能にする、過渡吸収測定方法及び過渡吸収測定装置が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
図1】本発明の一実施の形態による過渡吸収測定装置の構成を示すブロック図である。
図2図1の装置の動作説明図である。
図3】検証実験において得られたオシロスコープの波形を示すグラフである。
図4】検証実験において得られたオシロスコープの波形から再構成した波形を示すグラフである。
図5】検証実験において得られたオシロスコープの波形から再構成した波形を示すグラフである。
図6】検証実験の結果と従来技術による結果とを対比して示すグラフである。
図7】本発明の別の実施の形態による過渡吸収測定装置の検証実験において得られたオシロスコープの波形を示すグラフである。
図8図7の波形から再構成した波形を示すグラフである。
図9】本発明のさらに別の実施の形態によるプローブ光源とポンプ光源の構成例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0036】
1.装置の構成と動作
図1は、本発明の一実施の形態による過渡吸収測定装置の構成を示すブロック図である。この装置101は、ポンプ光源1、プローブ光源3、分光器7、高速ポンプ光パルス検出器9、プローブ光強度検出器11、プローブ光強度記録・蓄積器13、高速プローブ光パルス検出器15、時間差計測器17、参照プローブ光強度検出器19、及び制御解析装置21を有している。装置101を使用する際には、試料保持部(図示略)に試料(サンプル)5が保持される。プローブ光源1から試料5へ至る光の経路、及びプローブ光源3から試料5へ至る光の経路は、本発明の導光部の一具体例に相当する。高速ポンプ光パルス検出器9は、本発明のポンプ光パルス検出部の一具体例に相当する。プローブ光強度検出器11は、本発明のプローブ光強度検出部の一具体例に該当する。プローブ光強度検出器11及び高速プローブ光パルス検出器15は、本発明のプローブ光パルス検出部の一具体例に該当する。プローブ光強度記録・蓄積器13及び時間差計測器17は、本発明のプローブ光強度記録部の一具体例に該当する。制御解析装置21は、本発明の画像データ生成部の一具体例に該当する。また、参照プローブ光強度検出器19は、本発明の参照プローブ光強度検出部の一具体例に該当する。
【0037】
ポンプ光源1は、例えばパルス幅が100ピコ秒であり、繰り返し周波数が1kHzのレーザー光源である。プローブ光源3は、ポンプ光源1とは独立かつ非同期であり、ポンプ光源1よりも周波数が十分に大きい光源であり、例えばパルス幅が10ピコ秒であり、繰り返し周波数が20MHzであるブロードバンド(白色)スーパーコンティニュアム光源である。ポンプ光は、試料5を通過する前にビームスプリッタBS1により2つに分けられる。分けられた1つは、高速ポンプ光パルス検出器9(帯域>500MHz)により検出される。その出力は時間差計測器17に入力され、時間差計測開始信号として用いられるとともに、プローブ光強度記録・蓄積器13の取り込み開始シグナルとして用いられる。もう1つは、試料5の中で、プローブ光と交差する。
【0038】
プローブ光は、分光器7を通過することにより単色化され、試料5を通過する前に、まずビームスプリッタBS2により2つに分けられる。分けられた1つは、試料5の中でポンプ光と交差し、その後、プローブ光強度検出器11(帯域 >14.6MHz。後述する。)に入力される。その出力は、プローブ光強度記録・蓄積器13のチャンネル1に入力される。もう1つは、別のビームスプリッタBS3により、さらに2つに分けられる。その一方は、高速プローブ光パルス検出器15(帯域>500MHz)により検出され、その出力は時間差計測器17に入力され、時間差計測終了信号として用いられる。もう一方は、参照プローブ光強度検出器19(帯域>14.6MHz)により検出され、その出力はプローブ光強度記録・蓄積器13のチャンネル2に入力される。
【0039】
図2は、過渡吸収測定装置101の動作説明図である。時間差測定器17は、高速ポンプ光パルス検出器9からの信号の立ち上がりと、高速プローブ光パルス検出器15からの信号の立ち上がりの時間差Δtを計測し、これを記録する。プローブ光強度記録・蓄積器13は、高速ポンプ光パルス検出器9からの信号の立ち上がりをトリガとして、参照プローブ光強度検出器19とプローブ光強度検出器11のそれぞれについて、トリガ直前およびトリガ以後の計n個のパルス列の強度、例えば各ピーク電圧値もしくは各パルス積分値を逐次記録する。このときメモリに記録されたn個のパルス列のポンプ光に対する遅延時間tは、プローブ光パルス列の繰り返し周波数をfとして、次の数式1により与えられる。
t = Δt-1/f, Δt, Δt+1/f, Δt+2/f, Δt+3/f, Δt+4/f,・・, Δt+(n-1)/f ・・(1)
ここで、最初のΔt-1/fは、トリガ直前の信号に対する遅延時間であり、負の値となる。これらの時間に対し、プローブ光強度検出器11から得られた信号をI_sam(t)、参照プローブ光強度検出器19から得られた信号をI_ref(t)とすると、過渡吸収データΔOD(t)は、ポンプ光入射前(すなわち、t=Δt-1/f)と入射後のプローブ光量の比の対数として、次の数式2により計算することができる。
ΔOD(t) = log[{I_sam(Δt-1/f) / I_ref(Δt-1/f)}/{I_sam(t) / I_ref(t)}] ・・(2)
【0040】
もしも、プローブ光源3の安定性が十分高いとき(すなわち I_ref(t) ≒ I_ref(Δt-1/f))には、過渡吸収データΔOD(t)は、参照プローブ光強度検出器19の出力により補正する必要はなく、次の数式3により計算することができる。
ΔOD(t) = log [ { I_sam(Δt-1/f) / I_sam(t) } ] ・・(3)
【0041】
以上により、1回のポンプ光照射により、n個のサンプリング時間における試料5の過渡吸収信号を測定することができる。ポンプ光照射を繰り返すと、プローブ光とポンプ光が、互いに独立かつ非同期である光源により生成されるので、ポンプ光照射ごとに 0 < Δt < 1/f の異なったΔt が得られ、多数回のポンプ光照射により 0 〜 1/f を埋め尽くすΔtを得ることができる。その結果、次の数式4が示す時間範囲において、時間差計測器の分解能で反応カーブ(過渡吸収曲線)を再構成することができる(図2(d)参照)。
-1/f 〜 0 〜 1/f 〜 2/f 〜 ・・・ 〜 (n-1)/f ・・(4)
【0042】
例えば f = 20 MHz、 n = 10000 とすると、-50 nsec 〜 499500 nsec (= 499.5 μsec)の時間範囲の過渡吸収曲線が得られることになる。時間分解能は、時間差計測の精度、ポンプ光源パルス幅、及びプローブ光源パルス幅の、2乗和平方根におおむね相当する。したがって、もしも時間差計測器17の精度に比べ光源1,3のパルス幅が十分長ければ、光源1,3のパルス幅により時間分解能が決まる。逆に光源1,3のパルス幅が十分短ければ、時間差計測器17の精度により、時間分解能が決まることになる。時間差計測の精度は、既知の定比率波高弁別回路技術などを用いることにより2つの高速パルス検出器9、15の帯域Bsから決まる時定数τ=1/(2πBs) の 1/5 にすることも可能であり、例えば Bs=1GHz とすると、次の数式5で与えられる時間分解能を実現することが可能である。記号「*」は掛け算を表す。
1/(2π*1*10) * (1/5)sec = 33psec ・・(5)
【0043】
プローブ光強度検出器11、参照プローブ光強度検出器19の帯域Brは、周波数f(Hz)のプローブパルス列を、高精度にかつ分離して測定できるものである。帯域から決まる検出器の出力波形は、数式 y(t) = A * exp { - t * 2πBr } に従うので、次のパルスが来る時点で振幅が 1% 以下、つまりy( t = 1/f ) < 0.01*A である、という条件から、次の数式6により帯域 Br が定まる。
y ( 1/f ) = A * exp { - (1/f) * 2πBr } < 0.01 * A;
Br > - ln (0.01) * f / 2π = 0.73 * f ・・(6)
【0044】
例えばプローブ光の周波数fが f = 20MHz のときには、Br > 0.73 * 20 * 10Hz= 14.6 MHz、となり、帯域は 14.6MHz以上が望ましいことが理解される。一方、帯域が高いほど高周波ノイズが増加するので、不必要に高くしないことが望ましい。
【0045】
2.検証実験
次に、本発明の実効性を検証した実験の方法及び結果について説明する。検証実験では、ポンプ光源1にはTEEM PHOTONICS社製PowerChip PNV-001525-100を用いた。繰り返し周波数は 1kHzに固定され、パルス幅はカタログ値 350psecであり、波長は355nm である。この光をレンズで集光して試料5に照射するとともに、同レンズからの反射光を高速ポンプ光パルス検出器9に入射させた。
【0046】
プローブ光源3にはFianium社製のスーパーコンティニュアム光源SC-450を用いた。繰り返し周波数fは 20MHz(すなわち周期は 50nsec)であり、シード光のパルス幅は6psecであり、射出波長は 450nmから2000nmである。SC-450からの白色光を、ユニソク製分光器MD-200を通して前分光し、ビームスプリッタで2つに分け、一方は高速プローブ光パルス検出器15に集光させ、もう一方は試料5を透過させてプローブ光強度検出器11に集光させた。なお参照プローブ光強度検出器19は、上記の高速プローブ光パルス検出器15に兼用させた。
【0047】
2つの高速パルス検出器9、15は、アンプなしのHAMAMATSU製シリコンフォトダイオードS5973であり、その帯域Bsは1GHzである。光強度検出器11には、ユニソク製アンプ(帯域Br=20MHz)付HAMAMATSU製SiピンフォトダイオードS1722-02を用いた。
【0048】
プローブ光強度記録・蓄積器13としては、オシロスコープを用いた。使用したオシロスコープであるLecroy 社製HDO-4022(帯域200 MHz, 立ち上がり1.7 nsec、サンプリング速度最大 2.5 GS/s、トリガ&インタポレータ・ジッタ 4.5psec)は、シーケンスモードを有し、トリガごとの測定データを別々に記録することができる。このオシロスコープは、サンプリング間隔は最高で 400psec であるが、トリガ端子に入力された信号の立ち上がりに対する最初の内部クロックの立ち上がり時間を、10psec 以下の精度でトリガごとに記録する機能を備えており、この機能を時間差計測器17の代わりに使用することができる。
【0049】
プローブ光強度検出器11と高速プローブ光パルス検出器15との2つの検出器の出力は、オシロスコープのチャンネル1、チャンネル2に入力した。高速ポンプ光パルス検出器9の出力を、Extチャンネルに入力してトリガとした。オシロスコープの時間スケールは、プローブパルス列(周期50nsec)が40個入るように2000 nsec = 2μsとし、最大2500個のトリガに対しその40個のパルス波形を2500回分別々に記録した。
【0050】
図3は、オシロスコープによる測定波形を示すグラフであり、横軸は時間、下段の縦軸はチャンネル1の入力電圧、上段の縦軸はチャンネル2の入力電圧である。図3(a)は、1回のトリガに対するデータ(ただし最初のパルス10個分)を示し、図3(b)はトリガ10回分に対するデータを重ね描きしたものである。このように、ポンプ光に対しプローブパルス列は非同期であるので、ランダムなタイミングで、隙間を埋めるように波形が次々と記録される。検証に使用したスーパーコンティニュアム光源SC-450が、たまたま安定性が悪い状態であったため、図3のようにパルスごとに光強度が大きく変動したが、図2に示したようにパルスごとの光強度を一定にすることは可能である。
【0051】
試料5は、ベンゾフェノンのアセトニトリル溶液とした。光路長1mmのセルを用い、355nmにおける吸光度が約1となるように試料5を調製した。測定波長は T-T吸収が観測できる520nmとした。ベンゾフェノンは励起一重項から三重項への項間交差が30psec以下と極めて速く、また三重項の寿命が数百nsec程度あるため、100psec以上かつ数10nsec以下の観測では、過渡吸収信号変化はほぼ理想的なステップ状と見なすことができる。このため、再構成曲線の立ち上がりから、検証システムにおける時間分解能を評価することができる。
【0052】
図3に示すように得られた信号に対し、各トリガごとの40個のパルスそれぞれについて、チャンネル2のパルス波形がピーク値の50%まで立ち上がる時間を求めて、そのパルスに対するΔt とした。前述のように、オシロスコープの性能としてΔtを10psec以下の精度で求めることができ、パルスの立ち上がりの精度としても、数式5のように33psec以下で求めうる。このチャンネル2の40個の各パルスのピーク値を参照信号値I_ref(t)とし、さらに対応するチャンネル1の各パルスのピーク付近の5点分のサンプリングデータの平均値をサンプル信号値I_sam(t)とし、パルス列40個の各パルスについて I_sam(t) / I_ref(t)(数式2参照)によって強度のふらつきを補正した。これらの値を、先に求めた Δt に対し、t=10ns までは100 psecごとのビン(区間)に、20nsまでは200 psec ごとのビンに、50nsまでは500psecごとのビン、それ以降は1nsecごとのビンに割り振った。トリガごとのデータについてこの操作を繰り返し、同じビンに入ったデータについて平均して、その区間のI(t)とした。
【0053】
このようにして得られた I(t) に対し、数式2にしたがって各時間tのΔODを計算し、過渡吸収曲線を再構成した。図4は、2,500回のトリガに対するΔOD(t) を示すグラフである。スーパーコンティニュアム光源が不安定であったこと、参照信号として参照プローブ光強度検出器19の代わりに高速パルス検出器15を用いたことにより、SN比に難があったにも拘わらず、高い時間分解能(図4の内枠に、−5ns〜10nsの時間領域を拡大して示す)と、パルス40個分の測定時間(50nsec * 40 = 2000 nsec=2μs)が同時に達成されていることが分かる。
【0054】
次に、測定精度を高めてその時間分解性能を評価するため、さらに同条件の測定を繰り返しては平均した。図5は、100,000回のトリガに対し、ビンの幅を50psecとして再構成したデータを示すグラフである。信号の立ち上がり(10%から90%まで)は 400psec を下回っていた。この値は、時間差計測の精度、ポンプ光源、プローブ光源のパルス幅のうち、最も大きいポンプ光源のパルス幅 350nsec に近い。ポンプ光のパルス波形がガウシアンであると仮定すると、ステップ状に変化する真の過渡吸収信号に対し実測されうる信号の立ち上がりは 350psec * 1.1 = 385psec を下回ることはないことが数値計算で示される。従って、図5より得られた時間分解能は、構築したシステムで達成しうる最大限のものであると言うことができる。そしてこのことから、時間差計測の精度も400psecより十分小さかったと見ることができる。
【0055】
使用したオシロスコープの帯域は200MHzであるので、通常のCWプローブ法であれば(0.35 / 帯域)で計算される立ち上がり時間は 1.7 nsec となり、これを上回る時間分解能を得ることは不可能であるが、本発明の検証に用いたシステムによれば、その約5倍の時間分解能が得られたことになる。検証システムでは、パルス幅 350psec のポンプ光源によって時間分解能が制限されたが、より短いパルス幅のポンプ光源を使用すれば、さらに高い時間分解能が得られる。
【0056】
図6は、検証システムの測定データに、市販の一般的なCWプローブ方式の過渡吸収システム(ユニソク製 TSP-1000、帯域20MHz、立ち上がり時間16nsec)で同じ試料5を測定して得られるデータを重ね描きした結果を示すグラフである。図6には、一般的なポンプ・プローブ方式で得られる時間領域も併せて示している。ポンプ・プローブ法では測定できない時間領域よりも長時間側において、2つの波形が重なっていない時間領域がギャップ領域である(この例では 5 nsec 〜 20 nsec)。検証システムから得られた実証データだけを見ても、その立ち上がり時間は、市販品に比べ 16nsec / 400psec = 40 倍も短く、立ち上がりが著しく速い。また従来のポンプ・プローブ法では測定できない長時間領域(5 nsec 〜)も、同時に測定できており、本発明の有効性が明瞭に示されている。
【0057】
3.別の実施の形態(発光信号の除去)とその検証実験
過渡吸収測定では、試料へのポンプ光照射による光散乱(レイリー散乱、ラマン散乱)、蛍光、燐光信号が、検出されたプローブ光パルス強度に混入し問題となることがある。以下、これらをまとめて発光信号と呼ぶ。発光信号が入ると、速い時間領域でΔODが負となる偽の過渡吸収信号を与え、特にCWプローブ方式においては、結果的にギャップ領域を広げてしまうということがしばしば生じる。従来の過渡吸収測定では、この発光信号の影響を弱めるために、プローブ光を遮断して発光だけの測定を行い、数式2や数式3によりΔODを計算する前に、I_sam(t) から発光信号を減算する、という方法が採られている。しかし発光信号に比べてプローブ光強度が相対的に小さいCWプローブ法では、発光信号で検出器が飽和するなどして、事実上減算処理が不可能であることも少なくない。
【0058】
これに対し、本発明によれば、シャッターやオプティカルチョッパーなどによりプローブ光を遮断しなくても、発光信号を含む生データの集合から発光信号を除去することが可能である。また本発明はプローブ光パルスを利用する方法であり、発光信号に比べプローブ光強度が相対的に大きいので、検出器のゲインは低めに設定でき、したがって検出器を飽和させることなく発光信号を正確に得ることができ、減算処理を正しく行うことができる。上記の検証システムを用いることにより、発光信号を精密に抽出し、ほぼ完全に除去できることを検証した。以下に、図7のグラフを参照しつつ、検証システムを用いた発光信号の除去の過程と結果について説明する。
【0059】
図7(a)は、蛍光の強いサンプル(アセトン溶液中のテトラフェニルポルフィリン、以下 TPP)における、プローブ光強度検出器11によるトリガ3回分の生データである。横軸は時間を表し、縦軸はオシロスコープのチャンネル1の入力信号の強さ(電圧)を表す。3本の曲線のうち2本は、便宜上、それぞれ400mV、800mVにゼロ電圧レベルをシフトさせて表している。各データに時間0nsecから数10nsec にわたって、プローブ光パルスとは異なる信号が混入しており、これがTPPからの蛍光である。蛍光はポンプ光によってのみ発生するので、プローブ光パルスの位置とは無関係に、常に同じ時間位置に現れる。ここで、プローブ光の各パルスの立ち上がりの直前の信号レベルはベースライン(図7(a)の白丸)であるべきことから、その時間における現実の信号値(同黒丸)は、発光信号による値であることが理解される。そこでこの信号をピックアップし、この処理を複数回のトリガに対して行うと、発光信号波形もまたランダムに隙間を埋めるようにして、ほぼ完全に再現される。
【0060】
図7(b)の実線は、実際にこのようにして生成した発光信号波形であり、トリガ回数を十分多くすることにより(図7(b)では500回分)、非常に滑らかな波形が得られた。図7(c)は、図7(a)の波形の1つを約−40nsec〜約80nsecの時間範囲について時間軸に沿って拡大し、かつ蛍光除去の様子を示したものである。また、図7(d)は、図7(a)の波形から発光信号を除去した後のプローブパルス列の波形を示している。図7(d)が示すように、プローブ光を遮断することなく、ポンプ光もプローブ光も照射することにより得られた測定データ自体から、発光信号を得ることができ、そして除去できることが検証された。このことは、ハードウェア面、測定時間、そして発光信号除去の精度という点で、大きな価値がある。図8のグラフは、このことを端的に示している。
【0061】
図8は、蛍光を除去した図7(d)の波形から再構成した過渡吸収波形を黒線で、市販のCWプローブ方式のシステム(ユニソク製TSP-1000)によって得られた信号波形を白黒の多重線で、互いに重ねて示した波形図である。横軸は時間を表し、縦軸はΔODを表している。白黒の多重線の波形が示すように、CWプローブ方式では、50nsec以降においては、三重項の減衰に対応すると思われる数100nsecオーダーの正の過渡吸収信号が正常に観測されているものの、50 nsec付近まで非常に大きな負の信号、すなわち発光信号が偽の過渡吸収信号として混入しており、この時間領域の情報は全く得ることができない(つまり、このCWプローブ方式のデータでは50 nsec までがギャップ領域となっている)。一方、本発明の検証システムでは、図7(a)の波形が示すように、採取されたデータには大きな発光が混入していたにも関わらず、図8の黒線の波形が示すように、蛍光除去後の再構成波形には50nsec 以下の時間領域において、0.5nsec以内での急峻な立ち上がりと8nsの時定数で減衰する正の信号が得られた。TPPでは別の実験によって数nsecの寿命成分が観測されているので、この正の信号は、TPPのS1 − Sn吸収とその減衰、つまりTPPの、蛍光を伴う励起一重項から基底状態への戻り、かつ励起三重項への項間交差が観測されているものと理解される。以上の通り、上記の検証システムを用いることにより、発光信号を精密に抽出し、ほぼ完全に除去できることが検証された。
【0062】
4.別の実施の形態(記録部の構成)
検証システムにおいて採用したように、時間差計測器17とプローブ光強度記録・蓄積器13を、ともにオシロスコープで代用させることができる。しかし高速パルス検出器15の出力信号から立ち上がり時間を計測するためには、高速にサンプリングしなければならないので(検証実験は400psecでサンプリング)、パルス列40個分、2000nsecまでの信号を得るために各チャンネルで5,000点ものサンプリングを行っており、これを2,500 個のトリガに対して別々に記録すると、大量のデータとなってしまう。したがって、プローブ光源3のプローブ光パルスに同期して動作するA/Dコンバータを用い、必要最小限の信号値をメモリに記録することが、長時間領域データを測定する上では望ましい。プローブ光源3のプローブ光パルスに同期させたA/Dコンバータを用いる場合には、プローブ光強度検出器11のパルス波形出力信号について、ピーク、ならびに上記3.に述べたパルス波形の立ち上がりの直前部分、の2点だけをA/D変換して記録できるようにする。例えば、出力信号を2つに分岐し、早い時間領域はオシロスコープで、比較的長い時間領域はプローブ光源3のプローブ光パルスに同期させたメモリ付A/Dコンバータを用いて、それぞれデータを記録・解析し、これらを後で結合して過渡吸収波形を再構築してもよい。
【0063】
5.さらに別の実施の形態
図9は、本発明のさらに別の実施の形態によるプローブ光源とポンプ光源の構成例を示す図であり、図9(a)、(b)は別の実施の形態による構成、図9(c)は比較例としての上述の実施の形態による構成を示すブロック図であり、図9(d)は、図9(b)の場合のポンプ光パルスとプローブ光パルスとの間の時間的関係を模式的に例示する波形図である。なお、図9(a)、(b)における遅延発生器は、本発明のポンプ光源又はプローブ光源の一構成要素に該当する。
【0064】
図9(a)に示す構成は、ポンプ光源1を元に遅延を発生してプローブ光源3を同期させている。図9(b)に示す構成は、プローブ光源3を元に遅延を発生してポンプ光源1を同期させている。図9(c)に示す構成は、プローブ光源3とポンプ光源1を独立・非同期としている。双方の光源1,3の周波数の大きさや周波数の比率の違いなどにより、いずれが適切であるかが検討されうる。図9(d)の波形図は、図9(b)の場合の一例であり、プローブ光源3を元に遅延を発生させたときの各パルスや遅延の様子を表している。この例では、あるプローブ光パルスから、そのプローブ光源3の周期T に対し T - Δt の遅延を発生させてポンプ光パルスを発生させることにより、そのポンプ光パルスと次のプローブ光パルスの間で、所望する Δt+δt の遅延を実現している。ここでδtは、ポンプ光源、プローブ光源または遅延発生器のジッタであり、このジッタにより、ポンプ光パルス毎に遅延時間がずれる。このように同期させる構成は、プローブ光源3の周波数 f_probe がポンプ光源1の周波数 f_pump に対してあまり大きくないとき、ポンプ光とプローブ光を、図9(c)の構成のように非同期なまま利用する構成に比べて有効である。例えば f_probe = 10kHz, f_pump = 1kHz のとき、1つのポンプ光パルスに対し最大 10 個のプローブ光パルスが使用されうるが、図9(c)のように非同期な構成とすると、プローブ光の周期が 100 μsec であるので、0 から 100 μsec の間を緻密な時間密度とするにはやや長い測定時間を必要とする。そこで上記のようにしてポンプ光源1とプローブ光源3を同期させ、遅延を制御し、また通常は問題となるジッタを逆に利用することによってポンプ光パルスごとに遅延時間をずらし、任意の時間領域(例えばギャップ領域)の時間密度を任意に高めることができる。ジッタを小さくすることは一般に困難であるが、ジッタを大きくすることは、特に遅延発生器において容易に実現できるので(例えば、遅延回路として代表的なワンショットマルチバイブレータにおいて、高精度な74HC4538でなく、むしろ精度のより悪い74LS123を用いる、など)、図9(a)の場合であれ、図9(b)の場合であれ、遅延を制御するのに、格別に複雑で高価な制御装置は要しない。
【0065】
6.本発明の利点
以上に説明したことから、本発明は以下の特筆すべき利点を有することが理解される。
(1)ポンプ光源1とプローブ光源3を独立とすることができ、それにより両光源の選択の幅が広がる。例えば、ポンプ光源1として、サブナノ秒マイクロチップレーザー、ダイオードレーザー励起ピコ秒Nd:YAGレーザー、窒素レーザー、再生増幅器付フェムト秒レーザー+波長変換装置、などが利用できる。また、プローブ光源3として、ブロードバンド(白色)スーパーコンティニュアム光源、ピコ秒レーザーダイオード、モードロックチタンサファイアレーザー、チタンサファイアレーザー+波長可変装置などが利用できる。ポンプ光源1とプローブ光源3の組み合わせは問わない。
【0066】
(2)ポンプ光源1とプローブ光源3を独立とし、かつパルス生成の時期を非同期とすることができ、それにより、両光源1,3を能動的に同期させるように制御するディレイジェネレータといった機器を必要とせず、受動的にポンプ光と最初のプローブ光の時間差を計測、記録すれば足りる。時間差を受動的に測定する方式であるので、周波数の低いポンプ光の方に多少のジッタがあっても、測定上問題とならない。
【0067】
(3)上記3.にて述べたように、プローブ光を遮断することなしに、蛍光などの発光信号を効果的に除去し、純粋な過渡吸収波形を得ることができる。
【0068】
(4)100psec 以下からmsec領域までを同時に測定することができる。
本発明は、従来のCWプローブ方式とポンプ・プローブ法のギャップ領域を埋める技術である。また、ポンプ光の繰り返し周期に相当する時間領域までを測定できる。したがって、上述の発光信号の高い除去性能と相まって、これまでCWプローブ方式では見えなかった多くの励起一重項の寿命測定に加え、それに引き続く光化学的過程をも一つの装置で追跡できるようになる。
【0069】
(5)単色(一波長)測定における測定時間を大幅に短縮できる。
本発明によれば、1個のポンプ光パルスに対し、例えば10個、100個、1000個、10000個、あるいはそれ以上など、多数のプローブ光パルスを、試料5に照射することができる。このことは特に、単色(一波長)測定において測定時間を従来よりも大幅に短縮できることを意味する。なお本発明は、プローブ光を前分光しない複数波長の同時測定にも適用可能であり、前分光・単一波長測定に限定されるものではない。それには、例えば、周波数fのプローブパルス列を複数チャンネル同時に分別測定できるマルチチャンネル検出器を用いるとよい。
【0070】
(6)プローブ光の適用波長範囲が広い。
プローブ光源3としてサブナノ秒かつMHzオーダーの光パルスを生成するものが従来から知られており、この光パルスを分離し測定することのできる検出器とともに、このプローブ光源3を本発明に適用することができる。例えば、モードロックピコ秒レーザーから波長変換した赤外光、及び高速MCT検出器を用いることにより、本発明は、中赤外領域の測定にも適用することができ、更にはXAFSなどX線領域の測定にも対応可能である。この点、波長領域の限定されたストリークカメラ(CWプローブ法に用いられる)とは好対照をなしている。
【0071】
(7)コストやサイズが従来技術より抑えられる。
本発明の過渡吸収測定技術は、ギャップ領域を埋めるとともに、CW(連続光)プローブ法とポンプ・プローブ法との双方の時間領域をカバーするものであるため、幅広い時間領域での測定を行うのに両者を併用する必要が無い。また、上記の通り、ギャップ領域での測定を可能にするために、格別に複雑で高価な装置を要しない。さらに、上記の通り、ポンプ光源1とプローブ光源3のパルス生成を非同期とすることができ、その場合にはタイミングを調整する装置を、そもそも要しない。このように、本発明の過渡吸収測定技術によれば、装置のコストやサイズを節減することが可能である。
【符号の説明】
【0072】
1 ポンプ光源
3 プローブ光源
5 試料
7 分光器(導光部)
9 高速ポンプ光パルス検出器(高速ポンプ光パルス検出部)
11 プローブ光強度検出器(プローブ光強度検出部;プローブ光パルス検出部;光強度検出器)
13 プローブ光強度記録・蓄積器(プローブ光強度記録部)
15 高速プローブ光パルス検出器(高速プローブ光パルス検出部)
17 時間差計測器(プローブ光強度記録部)
19 参照プローブ光強度検出器(参照プローブ光強度検出部)
21 制御解析装置(画像データ生成部)
BS1〜BS3 ビームスプリッタ(導光部)
L1 レンズ(導光部)
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
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図9