(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記被膜は、IVa族元素、Va族元素、VIa族元素、Al、Si、Y、B、およびSからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素と、ホウ素、炭素、窒素、および酸素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素との化合物からなる、請求項1に記載の表面被覆切削工具(1)。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明について、詳細に説明する。なお、本発明において、層厚または膜厚は走査型電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)により測定するものとする。
【0018】
<表面被覆切削工具>
本発明の表面被覆切削工具は、基材とその上に形成された被膜とを備えたものである。このような基本的構成を有する本発明の表面被覆切削工具は、たとえばドリル、エンドミル、ドリル用刃先交換型チップ、エンドミル用刃先交換型チップ、フライス加工用刃先交換型切削チップ、旋削加工用刃先交換型切削チップ、メタルソー、歯切工具、リーマ、タップ等として極めて有用に用いることができる。
【0019】
図1は、切削加工時における表面被覆切削工具と被削材との接触状態を模式的に示した概略図である。本発明の表面被覆切削工具1は、
図1に示されるように、切削加工時において被削材5の切り屑6と接触するすくい面2と、被削材自体に接触する逃げ面3とを有する。そして、このすくい面2と逃げ面3とが交差する稜に対し、刃先処理を施した部分が面取り部4である。かかる面取り部4は、表面被覆切削工具1が被削材5と接触する部分であり、特に切削工具において極めて重要な部分である。
【0020】
図2は、すくい面が正方形の形状の表面被覆切削工具を模式的に示した概略図である。本発明の表面被覆切削工具1が刃先交換型切削チップである場合、
図2に示されるように、刃先交換型切削チップのすくい面2の中央の表裏を貫通する貫通孔20が形成されていてもよい。この貫通孔20は、工具に取り付ける固定孔として使用される。必要に応じ、この固定孔の他にまたはその代わりに、別の固定手段を設けることもできる。
【0021】
<面取り部>
図3は、曲面状に面取り加工された面取り部を示す概略断面図であり、
図4は、平面状に面取り加工された面取り部を示す概略断面図である。本発明において、面取り部4とは、
図3に示されるように、すくい面2と逃げ面3とが交差する稜に相当する部分に対し、刃先処理がされてアール(R)を有するように面取り加工された部分(ホーニング部)の他、
図4に示されるように、すくい面2と逃げ面3とが交差する稜に相当する部分を直線状に切り落として面取り加工された部分(ネガランド部)を意味することもある。さらに、これらの面取り加工が組み合わされて処理された部分も含むものとする。
【0022】
上記面取り部4は、すくい面2と逃げ面3とが交差する稜に対し、研削加工、ブラシ加工、バレル加工、ブラスト加工、バフ加工、ホーニング加工等を行なうことによって形成される。このような面取り部4は、表面被覆切削工具をすくい面方向または逃げ面方向から平面視したときに(
図4)、面取り部の幅が0.01mm以上0.2mm以下であることが好ましく、より好ましくは0.02mm以上0.1mm以下である。
【0023】
<基材>
本発明の表面被覆切削工具の基材としては、このような切削工具の基材として知られる従来公知のものを特に限定なく使用することができる。たとえば、超硬合金(たとえばWC基超硬合金、WCの他、Coを含み、あるいはさらにTi、Ta、Nb等の炭窒化物等を添加したものも含む)、サーメット(TiC、TiN、TiCN等を主成分とするもの)、高速度鋼、セラミックス(炭化チタン、炭化硅素、窒化硅素、窒化アルミニウム、酸化アルミニウム、およびこれらの混合体など)、立方晶型窒化硼素焼結体、ダイヤモンド焼結体、窒化硼素焼結体、または酸化アルミニウムと炭化チタンとからなる混合体等をこのような基材の例として挙げることができる。
【0024】
これらの基材の中でも、超硬合金(WC基超硬合金)を用いることが好ましい。超硬合金は、高硬度なタングステンカーバイドを主体として、コバルトなどの鉄族金属を含有するため、硬度と強度とを併せ持ち、かつ極めてバランスのとれた合金だからである。このような基材として超硬合金を使用する場合、そのような超硬合金は、組織中に遊離炭素やη相と呼ばれる異常相を含んでいても本発明の効果は示される。
【0025】
なお、これらの基材は、その表面が改質されたものであっても差し支えない。たとえば、超硬合金の場合はその表面に脱β層が形成されていたり、サーメットの場合には表面硬化層が形成されていてもよく、このように表面が改質されていても本発明の効果は示される。
【0026】
<被膜>
本発明の表面被覆切削工具において、基材上に形成される被膜は、少なくとも第1被覆層を含むことを特徴とする。すなわち、本発明の被膜は、第1被覆層のみによって構成されていてもよいし(この場合は第1被覆層が基材に接して形成されることになる)、このような第1被覆層以外に1層または2層以上の他の層を含んでいてもよい。このような第1被覆層以外の層は、後述のように基材と第1被覆層との間に形成されていてもよいし、第1被覆層上に形成されていてもよい。ただし、第1被覆層以外の層が第1被覆層上に形成される場合であっても、切削加工に関与する面取り部においては、第1被覆層が最表面層(被膜表面を構成する層)であることを特徴とする。かかる第1被覆層が、部位によって異なる平均結晶粒径の結晶を含むことにより、その部位に適した残留応力を有し、耐摩耗性および耐チッピング性を高度に両立させることができる。なお、第1被覆層の結晶粒径および残留応力に関しては後述する。
【0027】
このような本発明の被膜は、基材上の全面を被覆する態様を含むとともに、部分的に被膜が形成されていない態様をも含み、さらにまた部分的に被膜の一部の積層態様が異なっているような態様をも含む。また、本発明の被膜は、その全厚が3μm以上50μm以下であることが好ましい。3μm未満であると耐摩耗性に劣る場合があり、50μmを超えると基材との密着性および耐チッピング性が低下する場合がある。このような被膜の特に好ましい膜厚は5μm以上25μm以下である。
【0028】
本発明の被膜は、この種の用途に使用される従来公知のものを特に限定なく使用することができるが、たとえば元素周期律表のIVa族元素(Ti、Zr、Hf等)、Va族元素(V、Nb、Ta等)、VIa族元素(Cr、Mo、W等)、アルミニウム(Al)、ケイ素(Si)、イットリウム(Y)、ホウ素(B)、および硫黄(S)からなる群から選ばれる少なくとも1種の元素と、ホウ素、炭素、窒素、および酸素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素との化合物(ただし、両元素がBの場合を除く)からなることが好ましい。当該化合物は、たとえば上記のIVa族元素(Ti、Zr、Hf等)、Va族元素(V、Nb、Ta等)、VIa族元素(Cr、Mo、W等)、アルミニウム(Al)、ケイ素(Si)、イットリウム(Y)からなる群より選ばれる元素の、炭化物、窒化物、酸化物、ホウ化物、炭窒化物、炭酸化物、窒酸化物、炭窒酸化物等が挙げられるとともに、これらの固溶体も含まれる。
【0029】
このような化合物としては、特に、Ti、Al、(Ti
1-xAl
x)、(Al
1-xZr
x)、(Ti
1-xSi
x)、(Al
1-xCr
x)、(Ti
1-x-ySi
xAl
y)または(Al
1-x-yCr
xV
y)の窒化物、炭化物、酸化物、炭窒化物、窒酸化物または炭窒酸化物等(さらにこれらにB、Cr等を含むものも含む)をその好適な組成として挙げることができる(なお、式中のx、yは1以下の任意の数を示す)。
【0030】
より好ましくは、TiCN、TiN、TiSiN、TiSiCN、TiAlN、TiAlCrN、TiAlSiN、TiAlSiCrN、AlCrN、AlCrCN、AlCrVN、TiBN、TiAlBN、TiBCN、TiAlBCN、TiSiBCN、AlN、AlCN、AlO、Al
2O
3、ZrO
2、(AlZr)
2O
3等を挙げることができる。以下、被膜を構成する第1被覆層をさらに詳細に説明する。
【0031】
<第1被覆層の残留応力>
本発明において、第1被覆層は、その残留応力が面取り部の深度ならびに面取り部と、面取り部以外の部分とで大きく異なり、以下の(1)〜(5)の条件を全て満たすことを特徴とする。
【0032】
(1)面取り部における第1被覆層が、その表面からの深さが2μm以内の深さとなる深さAにおいて、残留応力の極小値を有すること。
【0033】
(2)上記の残留応力の極小値が−7GPa以上−1GPa以下であること。
(3)深さAからさらに深さ方向に深くなるにつれて、連続的または段階的に残留応力が増加すること。
【0034】
(4)面取り部以外における第1被覆層は、面取り部における第1被覆層の残留応力の極小値よりも大きい残留応力を有すること。
【0035】
(5)面取り部以外における第1被覆層は、すくい面中心方向および逃げ面中心方向に進むにつれて、連続的または段階的に残留応力が増加して、基材側で0GPa以上2GPa以下の残留応力となること。
【0036】
上記の(1)〜(5)のうちの(1)〜(3)の条件を満たす第1被覆層の応力分布の一例を
図5および
図6に示す。
図5は、第1被覆層の深さAで極小値をとり、該深さAから深さ方向に深くなるにつれて、残留応力が連続的に増加する場合の応力分布を示すグラフであり、
図6は、残留応力の増加様態が段階的であることが異なる他は
図5と同一のグラフである。
【0037】
本発明の第1被覆層がこのような応力分布を有することにより、後述する第1被覆層の結晶構造と相俟って、耐摩耗性と耐チッピング性とが高度に両立されるとともに、基材と被膜との密着性が一層向上したものとなる。しかも、被膜(第1被覆層)の表面近傍で残留応力の極小値を持つことにより、切削加工時等に被膜表面に発生する亀裂の進展を抑制することができる。以下に、上記の(1)〜(5)の条件と、それによってもたらされる効果を説明する。
【0038】
(1)の条件を満たすことにより、耐摩耗性と耐チッピング性のバランスを保つことができる。残留応力の極小値となる深さAは、第1被覆層の表面からの深さが0.1μm以上1μm以下の位置にあることが好ましい。深さAが第1被覆層の表面から2μmを超える深さにあると、耐摩耗性と耐チッピング性とのバランスが崩れ、工具寿命が低下する場合がある。
【0039】
(2)の条件を満たすことにより、切削加工中に被膜の自己破壊が生じにくくなるとともに、耐チッピング性に優れた表面被覆切削工具とすることができる。かかる残留応力の極小値は、−5GPa以上−1.5GPa以下であることが好ましい。−7GPa未満であると、第1被覆層の圧縮応力が高すぎるため、自己破壊が生じてチッピングしやすくなる。一方、−1GPaを超えると、切削工具に要求される耐チッピング性を得ることができない。なお、本発明での「極小値」とは、数学的な意味での極小値を示すことはもちろん、たとえば後述する
図8に示されるように、残留応力が第1被覆層における厚み方向に連続して一定の数値を示す場合をも含む概念である。
【0040】
(3)の条件は、残留応力が局所的に高い値または低い値を含む場合を除外するために設けたものである。すなわち、残留応力が局所的に高い値または低い値を有する場合には、その部分を起点としてチッピングが発生しやすくなるが、本条件(3)を満たす(連続的または段階的に残留応力が変化する)ことにより、かかるチッピングの発生を抑制することができる。
【0041】
(4)および(5)の条件を満たすことにより、第1被覆層のすくい面中心方向または逃げ面の中心方向に向けて残留応力が徐々に増加し(圧縮応力を徐々に弱め)、もって被膜自身の応力による被膜の内部破壊を防止する。面取り部以外における第1被覆層は、最終的には0GPa以上2GPa以下の残留応力となることが好ましい。面取り部以外における第1被覆層の残留応力が2GPaを超えると、切削工具の形状によっては面取り部で被膜が剥離するため好ましくない。また、上記基材側での残留応力が0GPaより小さいと、十分な耐摩耗性が得られない。
【0042】
ここで、「すくい面中心方向」とは、面取り部である刃先稜線部のいずれか1点からすくい面の中心に向けたベクトル方向を意味する。同様に「逃げ面中心方向」とは、面取り部である刃先稜線部のいずれか1点から逃げ面の中心に向けたベクトル方向を意味する。
【0043】
ここで、本発明でいう圧縮応力とは、被膜中に存在する内部応力(固有ひずみ)の1種であり、「−」(マイナス)の数値(単位:GPa)で表されるものである。このため、圧縮応力(内部応力)が高いという表現は、上記数値の絶対値が大きくなることを示し、また圧縮応力(内部応力)が低いという表現は、上記数値の絶対値が小さくなることを意味している。因みに、上記数値が「+」(プラス)で表わされるものは引張応力である。
【0044】
ここで、本発明の第1被覆層の残留応力の分布は、以下のsin
2ψ法で測定される。X線を用いたsin
2ψ法は、多結晶材料の残留応力の測定方法として広く用いられている。この測定方法は、「X線応力測定法」(日本材料学会、1981年株式会社養賢堂発行)の54頁〜66頁に詳細に説明されている。
【0045】
本発明ではまず並傾法と側傾法とを組み合わせてX線の進入深さを固定し、測定する応力方向と測定位置に立てた試料表面法線とを含む面内で種々のψ方向に対する回折角度2θを測定して2θ−sin
2ψ線図を作成し、その勾配からその深さ(被膜表面からの距離)までの圧縮応力を求める。
【0046】
より具体的には、X線応力測定方法では、X線源からのX線を第1被覆層に所定角度で入射させ、第1被覆層で回折したX線をX線検出器で検出し、該検出値に基づいて内部応力を測定する。
【0047】
なお、このような被膜の厚み方向の残留応力を測定するためのX線源としては、X線源の質(高輝度、高平行度、波長可変性など)の点で、シンクロトロン放射光(SR)を用いることが好ましい。
【0048】
また、上記のように圧縮応力を2θ−sin
2ψ線図から求めるためには、被膜のヤング率とポアソン比を用いることが好ましい。該ヤング率はダイナミック硬度計を用いて測定することができ、ポアソン比は材料によって大きく変化しないことから0.2前後の値を用いればよい。なお、2θ−sin
2ψ線図から圧縮応力を求めるときには、必ずしもヤング率を用いる必要はなく、格子定数および格子面間隔を代用して圧縮応力を算出してもよい。
【0049】
<第1被覆層の組成>
上記第1被覆層は、元素周期律表のIVa族元素(Ti、Zr、Hf等)、Va族元素(V、Nb、Ta等)、VIa族元素(Cr、Mo、W等)、アルミニウム(Al)、ケイ素(Si)、イットリウム(Y)、ホウ素(B)、および硫黄(S)からなる群から選ばれる少なくとも1種の元素と、ホウ素、炭素、窒素、および酸素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素との化合物(ただし、両元素がBの場合を除く)からなることが好ましく、より好ましくはアルミナからなることであり、さらに好ましくはα型の結晶構造を有するアルミナである。
【0050】
<第1被覆層の結晶構造>
図7および
図8は、面取り部の近郊における第1被覆層の結晶構造を模式的に示す断面図である。なお、
図7および
図8は、被膜が第1被覆層のみからなるものを示している。本発明の第1被覆層8は、それを構成する化合物の平均結晶粒径が微小である微細結晶組織領域10と該平均結晶粒径が粗大である粗大結晶組織領域9とを含む層である。このような第1被覆層は、化合物の結晶粒子が集合して構成されるものであるが、その結晶粒子の平均結晶粒径が10〜200nmとなる結晶粒子が集合した領域を微細結晶組織領域とし、該微細結晶組織領域における結晶よりも大きい結晶粒子が集合した領域を粗大結晶組織領域とする。
【0051】
そして、該微細結晶組織領域は、
図7および
図8に示されるように、面取り部4における第1被覆層8の表面から深さAまでの領域を占める。すなわち、面取り部4における第1被覆層8は、厚み方向において2つの領域から構成され、基材7側には粗大結晶組織領域9が存在し、表面側には微細結晶組織領域10が存在する構成となっており、かつ微細結晶組織領域10の厚みが第1被覆層8の表面から深さAまでの領域を占める。
【0052】
本発明は、第1被覆層8をこのような構成としたことにより、耐摩耗性と耐チッピング性とを高度に両立させることに成功したものである。すなわち、第1被覆層8の表面に微細結晶組織領域10を形成することによって、被膜が破壊される単位が小さくなり、以って耐摩耗性が向上する。しかも、結晶粒子が微小化することで結晶粒界が増加し、これにより被膜表面側で発生した亀裂が基材側に向かって進展せず耐チッピング性が向上する。さらに、被膜中に結晶粒径の異なる界面が設けられることによって、亀裂の進展が微細結晶組織領域と粗大結晶組織領域との界面で抑制され、靱性の向上も期待できる。一方、基材側に粗大な結晶粒子を集合させたのは、これにより基材7を構成している結晶と倣って第1被覆層8の結晶が成長することによって、第1被覆層8と基材7との密着性を向上させるためである。このようにして、本発明の第1被覆層8は、耐摩耗性と耐チッピング性を高度に両立するとともに、基材7との密着性をも向上させる作用を有するものである。
【0053】
上記効果を奏するためには、微細結晶組織領域における結晶粒子の平均結晶粒径を10nm以上200nm以下にすることが必要であり、より好ましくは15nm以上80nm以下である。10nm未満であると、第1被覆層8を構成する結晶組織を構成する粒子間の結合力が弱くなるため、耐摩耗性が低下する。一方、200nmを超えると、切削表面の被膜の結晶組織が粗すぎて、被削材に対し凝着摩耗が発生して、耐摩耗性が低下する。
【0054】
一方、粗大組織領域の結晶粒子の平均結晶粒径は、微細結晶組織領域における結晶粒子の平均結晶粒径の大きさによって最適な範囲は異なるが、基本的には、微細結晶組織領域における結晶粒子の平均結晶粒径よりも大きいものであればよく、より好ましくは200nm以上であり、さらに好ましくは300nm以上1500nm以下である。
【0055】
本発明において、結晶粒子の平均結晶粒径は以下のようにして求めることができる。すなわち、基材と基材上に形成された被膜(第1被覆層)とをFIB加工材にて断面が見えるように加工し、その断面をFE−SEM(電解放出型走査型電子顕微鏡)によって観察する。その際、反射電子像として観察することによって、同じ結晶方位を有した部分は同じコントラストで観察され、この同一コントラスト部分を一つの結晶粒子とみなす。
【0056】
次いで、このようにして得られた画像に対して、第1被覆層の任意の箇所において基材表面に対して平行な任意長さ(好ましくは400μm相当)の直線を引く。そして、その直線に含まれる結晶粒子の個数を測定し、その直線の長さを結晶粒子の個数で除したものを、第1被覆層のその部分における平均結晶粒径とする。
【0057】
なお、微細結晶組織領域と粗大結晶組織領域との界面は、たとえば透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて被膜(第1被覆層)の断面を観察することにより、基材表面に対して垂直な方向の結晶の配向性が変化する地点とする。またあるいは、そのような結晶の配向性がある地点を境として明確な変化を示さず、ある程度の幅(基材表面に対する垂直な方向の長さ)をもって変化する場合は、その幅の中間点を微細結晶組織領域と粗大結晶組織領域との界面とする。
【0058】
<第1被覆層の位置>
本発明において、被膜が複数層からなる場合には、第1被覆層は、被膜の基材側に形成されていてもよいし、被膜の表面側に形成されていてもよいが、最表面層であることが好ましい。これにより第1被覆層が被削材と接することとなり、切削初期における欠損を抑制し、切削性能の向上と長寿命化を図ることができるからである。なお、面取り部においては、第1被覆層が被膜の最表面層であることが必須である。
【0059】
<第1被覆層の層厚>
本発明において、第1被覆層は、2μm以上30μm以下の層厚を有することが好ましい。さらにその厚みの上限は20μm、より好ましくは10μmであり、その下限は3μm、より好ましくは5μmである。その厚みが2μm未満であると、圧縮残留応力が付与される場合その効果が十分ではないため、耐チッピング性向上にあまり効果がなく、30μmを超えると基材または第1被覆層の内側に位置する層との密着性が低下する場合がある。
【0060】
<第1被覆層以外の層>
本発明の被膜は、上記第1被覆層以外に1層または2層以上の層を含むことができる。このような層としては、基材と第1被覆層との間に形成される中間層や第1被覆層上に形成される最外表面層を挙げることができる。これらの層は、上記第1被覆層が上記のような効果を示すのに対して、耐酸化性や潤滑性等の他の作用を付与するために形成する。
【0061】
特に、上記中間層は、耐摩耗性を向上させたり、基材との密着性を向上させることを目的として形成されるものであり、1層または2層以上形成することができる。このような中間層は、たとえばTiC、TiN、TiCN、TiCNO、TiSiN、TiAlN、TiZrCN、TiAlCrN、TiAlSiN、TiAlCrSiN等により構成することができる。なお、これらの組成中、各原子比は従来公知のものを特に限定することなく採用することができる。このような中間層は、0.2μm以上1μm以下の厚みとして形成することが好ましく、−1GPa以上−0.1GPa以下の残留応力を有していることが好ましい。
【0062】
上記最外表面層は、使用済み刃先部の識別のための色付性等を目的として形成されるものであり、1層または2層以上形成することができる。このような最外表面層は、たとえばCr、CrN、TiN、TiCN等により構成することができる。なお、これらの組成中、各原子比は従来公知のものを特に限定することなく採用することができる。このような最外表面層は、0.1μm以上0.3μm以下の厚みとして形成することが好ましい。
【0063】
<製造方法>
まず、基材のすくい面と逃げ面とが交差する稜に対し、研削処理、ブラシ処理、バレル処理、ブラスト処理などを施すことにより、面取り部を形成する。そして、面取り部を形成した基材に対し、被膜を成膜する。
【0064】
本発明の被膜の製造方法は、従来公知の方法を特に限定することなく採用することができるが、化学蒸着法(CVD法)により形成されたものであることが好ましい。CVD法を用いて被膜を形成することにより、被膜の各層は引張残留応力を有したものとなり、基材との密着性が非常に高いものとすることができる。
【0065】
そして、上記で形成した被膜の特に第1被覆層の面取り部に対し、局所的にブラスト処理を行なうことを特徴とする。これにより面取り部における第1被覆層の表面側に圧縮応力を付与するとともに、面取り部における第1被覆層の表面から深さAの位置までの結晶粒子の平均結晶粒径が10nm以上200nm以下に微細化される。
【0066】
ここで、ブラスト処理は、砥粒を直接または水などの溶媒に分散させた分散溶媒を準備し、それを第1被覆層の表面に衝突させることにより実施する。本発明においては、分散溶媒に含まれる液体の濃度を連続的または段階的に増やして、砥粒濃度を徐々に薄めながら、分散溶媒に占める砥粒の体積比率を5体積%以上40体積%以下の範囲で変動させてブラスト処理を行なう。なお、上記砥粒は、比重および硬さが異なる2種以上の粉末を混合させたものを用いることが好ましい。たとえば、高硬度で比重の低いダイヤモンド、窒化ホウ素、炭化珪素等からなる粉末と、低硬度で比重の高いジルコニア、タンタルカーバイド、タングステンカーバイド等からなる粉末との2種を混合させたものを用いることが好ましい。また、ブラスト処理を2段階に分けて、それぞれ異なる粉末を用いて処理を行なってもよい。
【0067】
また、砥粒の衝突の条件は、被膜の構成や付与する圧縮残留応力の大きさ等により適宜調節することができるが、投射圧0.01MPa以上0.5MPa以下であり、かつ投射距離が0.5mm以上50mm以下であり、投射角度が面取り部に対して直角に投射することが好ましい。粒子の衝突の強度が十分でない場合には、所望の圧縮残留応力を付与することができないため、適度な強さで衝突させることが好ましい。
【0068】
なお、本発明は、上記のブラスト処理を行なうことによって、面取り部における第1被覆層の残留応力および結晶粒径を変化させることを特徴とするものであるが、面取り部以外の第1被覆層の一部が、面取り部における第1被覆層と同等の残留応力および結晶粒径を有する場合や、面取り部における第1被覆層において、部分的に上記の残留応力および結晶粒径を満足していない場合であっても、本発明の効果が損なわれない限り、本発明の範囲を逸脱するものではないことは言うまでもない。
【実施例】
【0069】
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。なお、実施例および比較例中の被膜の化合物組成はXPS(X線光電子分光分析装置)によって確認した。
【0070】
まず、86質量%のWCと、8.0質量%のCoと、2.0質量%のTiCと、2.0質量%のNbCと、2.0質量%のZrCとを配合した原料粉末をボールミルを用いて72時間湿式混合した。続いて、その混合物を乾燥させた後に、プレス成形し、真空雰囲気中で1420℃の温度で1時間の焼結を行なうことにより、WC基超硬合金製のスローアウェイチップ(形状:住友電工ハードメタル(株)製CNMG120408)の基材を作製した。
【0071】
かかる基材の切れ刃に対し、SiC砥粒を含んだナイロン性ブラシによって面取り加工を行ない、面取り部として丸ホーニングを形成した。その後、基材の表面を洗浄した。
【0072】
次に、基材の表面に対し、従来公知の熱CVD法を用いて、基材上に表1の「層構造」の欄に示した被膜の各層を形成した(表1の「層構造」の欄中の右側に示される組成の層から順に基材上に形成した)。たとえば実施例3では、基材側から順に0.3μmの層厚のTiN層、10μmの層厚のTiCN層を形成した後、0.5μmの層厚のTiCNO層、および4μmの層厚のκ−Al
2O
3層を形成した。なお、各実施例における第1被覆層は、最表面層である。
【0073】
そして、第1被覆層の面取り部に対し、被膜より硬度が低く比重の大きいジルコニアと、高硬度で比重の低いダイヤモンド砥粒とを用いて、ブラスト処理を行なった。具体的には、液体の濃度を連続的または段階的に増やしながら、砥粒濃度を徐々に薄め、0.01〜0.5MPaの投射圧で、0.5〜50mmの投射距離で調整することにより、被膜の面取り部のブラスト処理を行なった。このようにして第1被覆層が下記の表1に示す残留応力と微細な組織となるように異なる2種類のメディアで処理した。また、表1の「増加態様」の欄に、その残留応力の増加の態様が「連続的」であるか、「段階的」であるかを示した。比較例においては、第1被覆層の残留応力の増加の様態が一定であるため、「一定」と記した。
【0074】
各実施例の表面被覆切削工具も、これと同様の方法により作製した。なお、各比較例においては、上記のブラスト処理を行なわなかったことが異なる他は、各実施例と同様の方法により作製した。
【0075】
上記で作製した表面被覆切削工具に対し、上述したsin
2ψ法によって第1被覆層の残留応力の分布を測定した。また、第1被覆層の平均結晶粒径については上述した方法で被膜の断面観察を行なうことによって実施した。
【0076】
また、sin
2ψ法による測定において、使用したX線のエネルギーは10keVであり、回折線のピークはα型Al
2O
3の(166)面とした。そして、測定した回折ピーク位置をガウス関数のフィッティングにより決定し、2θ−sin
2ψ線図の傾きを求め、ヤング率としてはダイナミック硬度計(MST製ナノインデンター)を用いて求めた値を採用し、ポアソン比にはAl
2O
3(0.2)の値を用いた。
【0077】
【表1】
【0078】
表1中の各層の「膜厚」には、被膜の膜厚を示し、被膜を構成する各層の層厚は、表1中の各層の横に括弧書きで示した。これらの膜厚および層厚は、表面被覆切削工具の表面に対する法線を含む平面で切断し、該切断面をSEMで観察して得られた値を採用した。
【0079】
また、表1中の「深さA」の欄には、第1被覆層の表面から残留応力が極小値となるまでの距離を示し、該残留応力の極小値を表1の「極小値」の欄に示した。また、「増加様態」の欄には、そのすくい面中心方向および逃げ面中心方向に進むにつれて増加する残留応力の態様が「連続的」であるか、「段階的」であるかを示した。
【0080】
また、「平均粒径」の「微細」の欄には、面取り部における第1被覆層の表面から深さAまでの結晶粒径(微細結晶組織領域)の平均結晶粒径を示し、「粗大」の欄には、上記の微細結晶組織領域以外の部分の第1被覆層の結晶粒径(粗大結晶組織領域)の平均結晶粒径を示した。
【0081】
<切削試験>
各実施例および各比較例の表面被覆切削工具を用いて、以下の条件で旋削切削加工試験を行なった。
【0082】
被削材:FCD700溝付き丸棒
切削速度:230m/min
送り速度:0.15mm/rev
切り込み:1.0mm
切削油:あり
切削試験を開始してから表面被覆切削工具にチッピングが生じるまでの時間を表2の「チッピング発生時間」の欄に示した。チッピング発生時間が長いほど、切削工具にチッピングが生じにくいことを示している。
【0083】
また、切削試験を開始してから1分ごとに表面被覆切削工具をノギスで測定することにより、逃げ面の摩耗減少幅を算出し、摩耗減少幅が平均で0.25mmを超えるまでの時間を表2の「工具寿命」の欄に示した。工具寿命が長いほど、表面被覆切削工具の寿命が長いことを示している。
【0084】
【表2】
【0085】
表2に示される結果から、各実施例の表面被覆切削工具は、各比較例のそれに比して、逃げ面摩耗量が少なく、かつチッピングが生じにくいことが明らかである。この結果から、各実施例の表面被覆切削工具は、各比較例のそれに比し、耐摩耗性および耐チッピング性に優れたものであると言える。このように各実施例の表面被覆切削工具の耐摩耗性および耐チッピング性が向上したのは、面取り部における第1被覆層の結晶を微細化し、その部分の残留応力を局所的に小さくしたことによるものと考えられる。
【0086】
以上の結果から、実施例の表面被覆切削工具は、比較例の表面被覆切削工具に比して、耐摩耗性および耐チッピング性に優れたものであることが示された。
【0087】
以上のように本発明の実施の形態および実施例について説明を行なったが、上述の各実施の形態および実施例の構成を適宜組み合わせることも当初から予定している。
【0088】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。