【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するため、本発明者らは鋭意研究を重ねた結果、熱処理温度と雰囲気ガスを制御することで各種ステンレス鋼板に高濃度の窒素を迅速に固溶させる方法を見出し、本発明を完成するに至った。すなわち、窒素ガスと還元性ガスを含む高温の雰囲気ガス中にステンレス鋼板を通過させ、ステンレス鋼板表面に高濃度の窒素を迅速に固溶させて、優れた耐食性を付与できる、ステンレス鋼板表面の改質方法を見出した。本発明は、この知見に基づいて実験を重ね、最も望ましい条件を見出してなされたものである。
【0009】
特に、本発明のステンレス鋼板の表面改質方法の骨子は、ステンレス鋼がオーステナイト単相となる温度域で、かつ、窒素ガスと平衡する領域において処理を行うことにある。オーステナイト相は、窒素の溶解度が高く、窒素吸収に有利である。さらに、窒素分圧を的確に設定し、窒化物が形成されない温度域を使用することによって、ステンレス鋼表面の窒素原子を固溶状態に維持することが可能である。この領域は、本発明者らが鋭意研究を重ねて見出したものであり、この条件を満たすように熱処理を行うことにより、高濃度の窒素を迅速に固溶させることができ、かつ表面から十分に深くまで拡散させることができる。
【0010】
すなわち、本発明のステンレス鋼板の表面改質方法は、窒素の分圧が0.7気圧であり残部が還元性ガスからなる雰囲気の炉内で、1140〜1210℃の温度範囲において、板厚が0.5〜2.0mmで、Cr:18.0〜20.0mass%、Ni:9.0〜13.0mass%、残部Feおよび不可避的不純物からなる鋼板をオーステナイト単相と平衡する温度で30〜90秒間保持し、鋼板の表面にオーステナイト単相を形成させながら窒素を0.3mass%以上固溶させ、上記ガス雰囲気を保ちながら炉内にて鋼板を冷却し、鋼板の表面を窒素が固溶したオーステナイト単相に維持することを特徴とする
。
【0011】
本発明によれば、雰囲気ガスおよび熱処理温度を制御して鋼板の表面にオーステナイト単相を形成することによって、効率良く十分な深さまで高濃度の窒素を固溶させることができる。このステンレス鋼板表面のオーステナイト単相は、鋼板の板厚の中心よりも高い濃度の窒素を含有し、0.3mass%以上の窒素を含有しており、その厚みは10μm以上となる(以下、窒素富化層と表す)。また、オーステナイト単相となる温度域で、かつ、窒素ガスと平衡する領域において処理を行うため、ステンレス鋼表面の窒素原子を固溶状態に維持することができ、窒化物の生成を防ぐことができる。したがって、ステンレス鋼板表面の耐食性を効果的に向上させることができる。
【0012】
以下、本発明のステンレス鋼板の表面改質方法における数値限定理由を説明する。
窒素分圧:0.25〜0.7気圧
鋼板表面に窒素原子を固溶させるため、窒素ガスは必要不可欠なガスである。窒素分圧が0.25気圧未満では、窒素富化層を得難い。すなわち、鋼板表面からの窒素の拡散深さが10μm未満となったり、窒素濃度が0.3mass%未満となってしまう。一方、窒素分圧が0.7気圧を超えると、窒素の固溶状態を維持することができず、窒化物が形成され易くなる。このため、窒素分圧は0.25〜0.7気圧とする
。また、雰囲気ガスの残部は、鋼板の酸化を防ぐために還元性ガスとする必要がある。なお、通常の処理では、全圧1気圧で構わないが、窒素の分圧を0.25〜0.7気圧とすればよいため、全圧はこれに限定する必要はない。
【0013】
熱処理温度:1079〜1210℃
上記窒素雰囲気下において、ステンレス鋼板表面にオーステナイト単相を形成する。熱処理温度が1079℃未満では、窒素の固溶および拡散が不十分となって窒素富化層が得難く、あるいは、鋼種によってはオーステナイト単相とならず、窒素原子の固溶状態を維持することができないため、窒化物が形成され易くなる。一方、熱処理温度が1210℃を超えると、結晶粒が粗大化して靭性が低下するか、鋼種によってはフェライト相が形成されて窒素の溶解度が低減するため、高濃度の窒化富化層を得難い。したがって、熱処理温度は1079〜1210℃とする
。
【0014】
板厚:0.5〜2.0mm
製造工程の熱処理時間中に迅速に窒素を鋼板に吸収させるため、鋼板を迅速に目的とする温度、すなわち、1079〜1210℃に到達させる必要がある。板厚が厚すぎると鋼板の昇温に時間が掛かってしまい、製造工程中の限られた熱処理時間内では鋼板の窒素吸収時間が実質的に短くなるため、窒素富化層を得難い。一方、板厚が薄すぎると、高温での処理時に鋼板が変形し易くなり、品質に問題が生じる。このため、板厚は0.5〜2.0mmとする。
【0015】
保持時間:30〜90s
各鋼種における窒素の固溶可能量は、熱処理の温度と窒素分圧によって決まる。適切な温度と窒素分圧の環境におけば、鋼板の表面に窒素が平衡濃度まで吸収され、鋼板内部へ拡散していく。たとえば、保持時間が十分長ければ、窒素を鋼板中心部まで拡散させ、板厚方向に均一に分布させることも可能である。しかしながら、BAラインのような連続雰囲気熱処理を考えた場合、熱処理の時間は数十秒しかない。本発明においては、製造コストを考慮し、このような短い時間内で窒素を鋼板表面から所定の深さまで拡散させる。このため、上記温度での保持時間を30〜90sに設定する。
【0016】
窒素濃度:0.3mass%以上
十分な耐食性を得るため、鋼板の表面に固溶させる窒素の濃度は0.3mass%以上とする。上述のような条件で熱処理を行うことにより、このような高窒素濃度で、かつ表面から10μm以上の窒素富化層が得られる。
【0017】
なお、本発明においては、十分な耐食性を付与するために、また傷など機械的な損傷に耐えるために、窒素富化層の厚みを10μm以上とするが、必要な耐食性が得られれば良いため、目的に応じた厚さとすればよく、10μm未満でも良い。
【0018】
本発明においては、具体的には、たとえば、フェライト系ステンレス鋼、オーステナイト・フェライト系ステンレス鋼およびオーステナイト系ステンレス鋼等を用いることができる。鋼種によって熱処理の温度範囲を適切に変えることにより、窒化物を形成せずに、効率良く高濃度の窒素を十分な深さまで拡散させることができる。
【0019】
以下、フェライト系ステンレス鋼、オーステナイト・フェライト系ステンレス鋼およびオーステナイト系ステンレス鋼を用いた場合の好適な組成成分範囲および熱処理温度範囲を説明する。
【0020】
1 フェライト系ステンレス鋼
1−1組成成分範囲
(Cr:24.0〜26.0mass%)
Crは、耐食性を向上させる元素であると共にフェライト形成元素でもあるので、必須元素である。母材の耐食性を十分に確保するためには24mass%以上が必要であるが、26mass%を超えて添加するとσ相などの金属間化合物が形成され、または窒素吸収処理の際にCr窒化物が形成されやすいため、鋼材の耐食性を低下させる。このため、Cr含有量を24.0〜26.0mass%とする。
【0021】
1−2熱処理温度範囲(1079〜1140℃)
オーステナイト単相が得られる温度領域は1079〜1140℃であり、この温度領域では窒化物(Cr窒化物)が生成しないため、効率的に窒素を固溶させることができる。熱処理温度が1079℃未満であると、Cr窒化物が形成される。また、熱処理温度が1140℃を超えると、フェライト相が形成されるため窒素を高濃度に固溶させ難く、窒化富化層を得難い。このため、熱処理温度範囲を1079〜1140℃とする。
【0022】
2 オーステナイト・フェライト系ステンレス鋼
2−1組成成分範囲
(Cr:24.0〜26.0mass%)
Crは、上記と同様の理由から添加する。母材の耐食性を確保するためには24mass%以上が必要であるが、26mass%を超えて添加するとσ相などの金属間化合物が形成され、または窒素吸収処理の際にCr窒化物が形成されやすいため、鋼材の耐食性を低下させる。一方、Cr含有量が24mass%を下回ると、窒素吸収処理の際に十分な量の窒素を固溶出来ないため、耐食性の向上効果が小さい。このため、Cr含有量を24.0〜26.0mass%とする。
【0023】
(Ni:5.0〜8.0mass%)
Niは、オーステナイト形成元素であり、CrやMoを多量に含有するステンレス鋼のオーステナイト・フェライト二相組織を維持するために、5.0mass%以上の添加が必要である。一方、8.0mass%を超えて添加すると、フェライト相が減少し、オーステナイト・フェライト二相組織を維持し難くなるため、Ni含有量を5.0〜8.0mass%とする。
【0024】
(Mo:3.0〜4.0mass%)
Moは、フェライト形成元素であると共に耐食性を向上させる元素である。Mo含有量が3.0mass%未満では、母材の耐食性を確保し難い。一方、 4.0mass%を超えて添加すると、σ相などの金属間化合物や、窒素吸収時にCrと反応して窒化物を生成するため、耐食性を低下させる。このため、Mo含有量を3.0〜4.0mass%とする。
【0025】
2−2熱処理温度(1193〜1208℃)
オーステナイト・フェライト系ステンレス鋼においては、その二相組織をオーステナイト単相組織に変えるためには、1193〜1208℃の温度領域で熱処理する必要がある。本鋼種では、熱処理温度が1193℃未満では、窒素の溶解速度が極端に遅くなり、10μm以上の窒素富化層を得難い。また、熱処理温度が1208℃を超えると、フェライト相が形成されるため、窒素の溶解度が低下してしまう。
【0026】
3 オーステナイト系ステンレス鋼(1)
3−1組成成分範囲
(Cr:18.0〜20.0mass%)
Crは前述のように、耐食性を向上させる元素である。母材の耐食性を確保するため、18.0mass%以上のCrが必要である。ただし、20.0mass%を超えるとσ相などの金属間化合物が形成されるため、耐食性が低下する。このため、Cr含有量を18.0〜20.0mass%とする。
【0027】
(Ni:9.0 〜13.0mass%)
Niは、オーステナイト形成元素であり、ステンレス鋼のオーステナイト単相組織を維持するため、9.0mass%以上が必要である。ただし、13.0mass%を超えるとコストが上昇するだけではなく、窒素の固溶限を下げてしまうため、窒素固溶可能量が低下する。このため、Ni含有量を9.0 〜13.0mass%とする。
【0028】
3−2熱処理温度(1140〜1210℃)
オーステナイト系ステンレス鋼(1)においては、1140〜1210℃の温度範囲で窒素吸収処理を行う。熱処理温度が1140℃未満では、窒素の溶解速度が極端に遅くなり、10μm以上の窒素富化層を得難い。一方、1210℃を超えると、結晶粒が粗大化しやすい。
【0029】
4 オーステナイト系ステンレス鋼(2)
4−1組成成分範囲
(Cr:16.0〜18.0mass%)
Crは前述のように、耐食性を向上させる元素である。母材の耐食性を確保するため、Mo同時添加の場合、Cr含有量は16mass%以上が必要である。しかしながら、18.0mass%を超えると、σ相などの金属間化合物が形成されるため、耐食性が低下する。このため、Cr含有量を16.0〜18.0mass%とする。
【0030】
(Ni:12.0〜15.0mass%)
Niは、オーステナイト形成元素であり、フェライト形成元素であるMoやCrを多量に含有するステンレス鋼においては、オーステナイト単相組織を維持するためにその含有量をより多くする必要がある。Ni含有量が12.0mass%未満では、オーステナイト単相組織を維持し難い。一方、15.0mass%を超えるとコストが上昇するだけではなく、窒素の固溶限を下げてしまうため、窒素固溶可能量が低下する。このため、Ni含有量を12.0〜15.0mass%とした。
【0031】
(Mo:2.0〜3.0mass%)
Moは、フェライト形成元素であると共に耐食性を向上させる元素である。その効果を得るため、Mo含有量を2.0〜3.0mass%とする。Mo含有量が2.0mass%未満では、母材の耐食性を確保し難い。一方、3.0mass%を超えると、オーステナイト単相組織を維持できなくなり、さらに、σ相などの金属間化合物や、窒素吸収時にCrと反応して窒化物を生成するため、耐食性を低下させる。
【0032】
4−2熱処理温度(1139〜1210℃)
オーステナイト系ステンレス鋼(2)では、熱処理温度を1139〜1210℃とする。この温度範囲では、窒化物を生成することなくオーステナイト単相組織を形成できるため、効率的に窒素を固溶させることができる。熱処理温度が1139℃未満であると、Cr窒化物が形成される。また、熱処理温度が1210℃を超えると、フェライト相が形成されるため窒素を高濃度に固溶させ難く、窒化富化層を得難い。