(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】5869739
(24)【登録日】2016年1月15日
(45)【発行日】2016年2月24日
(54)【発明の名称】地熱発電用タービンロータ材及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20160210BHJP
C22C 38/46 20060101ALI20160210BHJP
C21D 9/00 20060101ALI20160210BHJP
F01D 5/02 20060101ALI20160210BHJP
F01D 5/28 20060101ALI20160210BHJP
F01D 25/00 20060101ALI20160210BHJP
【FI】
C22C38/00 301Z
C22C38/46
C21D9/00 N
F01D5/02
F01D5/28
F01D25/00 F
F01D25/00 L
F01D25/00 X
【請求項の数】4
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2015-542094(P2015-542094)
(86)(22)【出願日】2015年4月16日
(86)【国際出願番号】JP2015061702
【審査請求日】2015年9月7日
(31)【優先権主張番号】特願2014-89219(P2014-89219)
(32)【優先日】2014年4月23日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】590005715
【氏名又は名称】日本鋳鍛鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100090697
【弁理士】
【氏名又は名称】中前 富士男
(72)【発明者】
【氏名】八尋 由典
(72)【発明者】
【氏名】分島 泰
【審査官】
鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】
特開昭62−290849(JP,A)
【文献】
特開2012−225222(JP,A)
【文献】
特開昭58−133353(JP,A)
【文献】
特開2001−172737(JP,A)
【文献】
特開平10−088274(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 − 38/60
C21D 9/00
F01D 5/02
F01D 5/28
F01D 25/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:0.20〜0.30質量%、Si:0.01〜0.2質量%、Mn:0.5〜1.5質量%、Cr:2.0〜3.5質量%、V:0.15質量%を超え0.35質量%以下と所定量のNi、Moを含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる地熱発電用タービンロータ材であって、
前記Niを0を超え0.25質量%以下、前記Moを1.05〜1.5質量%としたことを特徴とする地熱発電用タービンロータ材。
【請求項2】
請求項1記載の地熱発電用タービンロータ材において、金属組織中にフェライトがなくベイナイト均一組織であることを特徴とする地熱発電用タービンロータ材。
【請求項3】
請求項1又は2記載の地熱発電用タービンロータ材において、直径が少なくとも1600mmであって、室温での0.2%耐力が685MPa以上で、室温でのシャルピー衝撃吸収エネルギーが20J以上、かつ延性−脆性遷移温度が80℃以下である胴部を備えていることを特徴とする地熱発電用タービンロータ材。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1記載の地熱発電用タービンロータ材の成分を有する鋼塊を、熱間鍛造した後、900〜950℃に加熱して800〜500℃間を1.0℃/分以上の冷却速度で冷却する焼入れ処理を行い、次に再加熱して610〜690℃に保持した後、冷却する焼戻し処理を行うことを特徴とする地熱発電用タービンロータ材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硫化水素等の腐食環境下で使用されるタービンロータ材に係り、特に、1600mm以上の大径の地熱発電用タービンロータ材及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
地熱発電用タービンロータ材として、特許文献1〜4に示すように、Cr、Moを含む低合金鋼(一般に「1Cr−1Mo鋼」と称される)が使用されている。この1Cr−1Mo鋼は、直径が1500mmまでは、焼入れも十分に可能で必要な靱性も有している。
【0003】
ところが、近年機器の大型化に伴い、直径が1600mm以上の地熱発電用タービンロータ材が必要とされている。従来の1Cr−1Mo鋼を使用すると、直径が大きいため、冷却速度が大きく低下し、フェライトの析出に伴い、靱性が低下するという問題がある。
【0004】
一方、火力発電用のタービンロータ材には、特許文献5、6に示すように、Crの量を増加させた通称2.25Cr−1Mo鋼が使用されている。このタービンロータ材を使用すると、1900mmの直径を有するタービンロータ材であっても、十分に内部まで焼きを入れることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開昭62−290849号公報
【特許文献2】特開昭63−35759号公報
【特許文献3】特開昭60−5853号公報
【特許文献4】特開昭52−30716号公報
【特許文献5】特開2001−221003号公報
【特許文献6】特開2002−339036号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、地熱発電用タービンロータ材は使用温度が最大250℃程度であって、火力発電用のタービンロータ材に要求される高温クリープ強度は必須の要件ではない。一方、地熱発電用タービンロータ材は硫化水素環境下で使用するので、応力腐食割れ(SCC)が問題となる。
【0007】
上述の地熱発電用タービンロータ材の従来鋼である1Cr−1Mo鋼と、火力発電用タービンロータ材の従来鋼である2.25Cr−1Mo鋼の耐SCC性を、NACE(米国腐食技術者協会)のTM0177−Method B試験法に準拠し、0.5質量%酢酸を添加した飽和H2S水溶液中の3点曲げ試験で評価した。試験には、67.3×4.57×1.52mmの試験片を用い、0.33σ〜0.70σの範囲で応力を負荷し、飽和H2S水溶液中に720時間浸漬し、破断の有無を評価した。1Cr−1Mo鋼、2.25Cr−1Mo鋼からなる試験片での試験結果を表1に示す。
【0008】
【表1】
【0009】
ここで、σは供試材の0.2%耐力である。また、表中の○は未破断を×は破断を示す。2.25Cr−1Mo鋼は1Cr−1Mo鋼に比べ耐SCC性が劣ることがわかる。すなわち2.25Cr−1Mo鋼は胴径1600mm以上でも中心部の焼入れ性を確保できるが、1Cr−1Mo鋼に比べ耐SCC性に劣る。
【0010】
本発明はかかる事情に鑑みなされたもので、胴部の直径が1600mm以上であっても焼入れ性が確保でき、硫化水素環境下でも応力腐食割れが発生しにくい地熱発電用タービンロータ材及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記目的に沿う第1の発明に係る地熱発電用タービンロータ材は、C:0.20〜0.30質量%、Si:0.01〜0.2質量%、Mn:0.5〜1.5質量%、Cr:2.0〜3.5質量%、V:0.15質量%を超え0.35質量%以下と所定量のNi、Moを含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる地熱発電用タービンロータ材であって、Niを0を超え0.25質量%以下、Moを1.05〜1.5質量%としている。
【0012】
第1の発明に係る地熱発電用タービンロータ材において、金属組織中にフェライトがなく、ベイナイト均一組織であるのが好ましく、これによって必要な強度及び靱性が確保できる。
【0013】
第1の発明に係る地熱発電用タービンロータ材において、直径が少なくとも1600mmであって、室温での0.2%耐力が685MPa以上で、室温でのシャルピー衝撃吸収エネルギーが20J以上、かつ延性−脆性遷移温度が80℃以下である胴部を備えているのが好ましい。なお、地熱発電用タービンロータ材は、ベイナイト均一組織を形成する必要があるので、直径の上限を2200mm(より好ましくは、2000mm)とするのがよい。
【0014】
第1の発明に係る地熱発電用タービンロータ材の合金組成について説明する。
C:0.20〜0.30質量%
Cは、熱処理時の焼入れ性を向上させるとともに、炭化物形成元素と炭化物を形成して、材料強度を高める効果がある。十分な材料強度を得るためには、少なくとも0.20質量%の添加が必要である。一方、C量が0.30質量%を超えると延性−脆性遷移温度が上昇し、靭性を低下させる。
【0015】
Si:0.01〜0.2質量%
Siは、脱酸材として添加するもので、0.01質量%未満ではその効果が十分でない。一方、多く添加すると脱酸による生成物であるSiO
2が溶鋼中に残存し、鋼の清浄度を低下させ、靱性を低下させる。従って、Siの含有量は0.01〜0.2質量%の範囲に限定する。
【0016】
Mn:0.5〜1.5質量%
Mnも、溶鋼の脱酸材として有効である。また焼入れ性を向上させ、焼入れ冷却時のフェライト析出を抑制するのに有効である。このため、少なくとも0.5質量%の添加が必要である。一方、Mnが1.5質量%を超えると焼戻し脆化を促進する作用があり、靭性を低下させる。このため、Mnの含有量は0.5〜1.5質量%の範囲とする。
【0017】
Ni:0を超え0.25質量%以下
Niは焼入れ冷却時のフェライト析出を抑制するのに有効な元素であるが、一般的にNiを過剰に含むと、硫化物応力腐食割れが発生しやすくなる事が知られている。このため、発明者らは地熱発電用タービンロータ材としての硫化物応力腐食割れ性を種々検討した結果、Niの含有量を極力減らして0.25質量%以下の範囲にすることにより硫化物応力腐食割れ性が低減できることを知見した。なお、Ni量を少なくしても、Crを2.0質量%以上、Moを1.05質量%以上含有することでフェライトの析出を防止し、ベイナイト均一組織を得ることができる。
【0018】
Cr:2.0〜3.5質量%
Crは焼入れ性を改善し、焼入れ冷却時のフェライト析出を抑制するのに有効な元素である。また、炭化物を形成して材料強度を向上させるのに有効であり、更に、耐食性を向上させるのにも有効な元素である。十分な焼入れ性、材料強度、耐食性を得るためには、少なくとも2.0質量%の添加が必要である。一方、Crが3.5質量%を超えると、靭性を低下させる。従って、Crの含有量は2.0〜3.5質量%の範囲とする。
【0019】
Mo:1.05〜1.5質量%
Moは、Crと同様焼入れ性を改善し、また、焼戻し脆化の改善や炭化物を形成して材料強度を向上させるのに有効である。このため、少なくとも1.05質量%の添加が必要であるが、多量に添加すると、その効果は飽和し靱性を低下させる。従って、Moの含有量は1.05〜1.5質量%の範囲とする。
【0020】
V:0.15質量%を超え0.35質量%以下
VはCと微細な炭化物を結晶粒内に多量に析出させ材料強度を向上させるのに有効な元素である。上記の効果を得るためには、Vは0.15質量%超必要である。一方、Vが0.35質量%を超えると靭性が低下する。従って、Vの含有量は0.15質量%を超え0.35質量%以下の範囲とする。
【0021】
次に、地熱発電用タービンロータ材としての機械的性質について説明する。
目標として、調質後の地熱発電用タービンロータ材の中心部は室温の0.2%耐力を685MPa以上とする。
【0022】
地熱発電では、蒸気温度が250℃以下であり、延性−脆性(破面)遷移温度が十分低いことが必要である。目標として延性−脆性遷移温度を80℃以下とし、室温のシャルピー衝撃吸収エネルギーを20J以上とする。
【0023】
また、第2の発明に係る地熱発電用タービンロータ材の製造方法は、第1の発明に係る地熱発電用タービンロータ材の成分を有する鋼塊の焼入れ冷却時のフェライト析出を抑制しベイナイト均一組織とし、目標の機械的特性を得るための好適な製造方法である。以下に、この地熱発電用タービンロータ材(低合金鋼)の製造方法について説明する。
【0024】
本低合金鋼の製造方法は、先ず鍛鋼部材となる合金原料を電気炉や真空誘導溶解炉などの溶解炉あるいは更に真空カーボン脱酸法あるいはエレクトロスラグ再溶解法などを経て目標の成分組成に精錬した溶鋼から、自由鍛造用などに適する形状の鋼塊を作製する。凝固後の鋼塊は、高温度の熱と過酷な鍛造圧(熱間鍛造)によって鋼塊内部の空隙を圧着するとともに、粗大化した鋼組織を改善し、成型加工を施して鍛鋼部材とする。次いでこの部材を900〜950℃に加熱して800〜500℃間を1.0℃/分以上の冷却速度で冷却する焼入れ処理を行い、次に再加熱して610〜690℃に保持した後、冷却する焼戻し処理を行う。
【0025】
焼入れ処理は、その温度を900℃以上に加熱しないと炭化物の固溶が進まないため、焼入れ性が低下し、冷却時のフェライト析出により靱性が低下する。一方、950℃を超えて加熱すると結晶粒が粗大化して靱性が低下する。よって、焼入れ温度は900〜950℃が望ましい。また、大型の鍛鋼部材では表層部と中心部が均熱となる時間が異なるため、加熱時間は鍛鋼部材の大きさに応じた時間に設定できる。焼入れ時の冷却では、冷却速度を大きくすることで、フェライトの析出を抑制し、靱性を向上できるが、大型の鍛鋼部材では中心部の冷却速度が大きく低下する。この低合金鋼は、大型の鍛鋼部材の中心部を想定した成分であり、800〜500℃間の冷却速度が1.0℃/分以上であればフェライトの析出がなく、靱性を低下させない。この冷却条件が満足されている限りは、いかなる冷却方法も採用できる。
【0026】
焼戻し処理は、その温度が610℃未満の低い温度ではその効果が十分でなく、目標の靱性が得られず、690℃を超える過剰な温度では、炭化物が粗大化し目標の材料強度が得られない。よって、焼戻し温度は610〜690℃が望ましい。また、大型の鍛鋼部材では表層部と中心部が均熱となる時間が異なるため、加熱時間は鍛鋼部材の大きさに応じた時間に設定できる。
【発明の効果】
【0027】
本発明に係る地熱発電用タービンロータ材及びその製造方法においては、Crを2.0〜3.5質量%含む低合金鋼において、Niの量を0.25質量%以下にして、Moを1.05〜1.5質量%としているので、タービンロータ材の胴部の直径が1600mm以上(更には1900mm以上)であっても、フェライトの発生を防止して内部に焼きが入り、更に、硫化水素環境下であっても、耐SCC性が強くなる。
【0028】
更に、0.2%耐力が685MPa以上で、室温でのシャルピー衝撃吸収エネルギーを20J以上、かつ延性−脆性遷移温度を80℃以下とすることが可能であるので優れた靱性を有する地熱発電用タービンロータ材となる。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下に、本発明の一実施例に係る地熱発電用タービンロータ材及びその製造方法を説明する。本実施例に係る地熱発電用タービンロータ材に使用される低合金鋼は、C:0.20〜0.30質量%、Si:0.01〜0.2質量%、Mn:0.5〜1.5質量%、Cr:2.0〜3.5質量%、V:0.15質量%超0.35質量%以下と所定量のNi、Moを含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、Niを0を超え0.25質量%以下、Moを1.05〜1.50質量%としている。この成分を有する鋼塊(インゴット)を電気炉又はその他の溶解炉によって溶製する。その溶製方法が特に限定されるものではない。得られた鋼塊(低合金鋼)には、鍛造等の熱間加工が施される。熱間加工後には、熱間加工材に対し、焼準し処理を行って組織の均一化を図る。焼準しは、例えば炉温1000℃〜1100℃で加熱を行い、その後炉冷することにより行うことができる。
【0030】
この後、焼入れ処理と焼戻し処理を行うが、焼入れは、例えば、900〜950℃に加熱し、噴水冷却する(800〜500℃間を1.0℃/分以上の冷却速度)ことにより行うことができる。焼入れ後は、例えば、610〜690℃に加熱した後冷却する焼戻しを行うことができる。焼戻し時間として、材料の大きさ、形状などに応じて、適宜の時間を設定する。
以上のようにして製造される低合金鋼は、上記の熱処理によって、室温の0.2%耐力を685Mpa以上で、室温でのシャルピー衝撃吸収エネルギーが20J以上、かつ延性−脆性遷移温度が80℃以下である胴部(直径が1600mm以上)を備えることができる。ここで、低合金鋼は金属組織中にフェライトがなくベイナイト均一組織となる。
【0031】
続いて、本発明の実験例について説明する。真空誘導溶解炉にて50kg試験鋼塊を溶製し、1000℃以上で熱間鍛造して地熱発電用タービンロータ材を想定した鍛造材を製造し、焼入れ、焼戻し処理を施した。焼入れ処理は920℃まで加熱した後、胴径1900mmを想定して800〜500℃間を1.0℃/分で冷却した。焼戻し処理は610〜690℃の範囲で設定した。上記より得られた供試材に対して引張試験、衝撃試験、ミクロ組織観察を実施し、0.2%耐力、室温のシャルピー衝撃吸収エネルギー、延性−脆性遷移温度、フェライト析出の有無を評価した。結果を表2に示す。供試番号の1〜5は本発明鋼の実験例を示し、6〜18は比較鋼の実験例を示す。
【0033】
本発明の実験例に係る鋼(No.1〜5)はフェライトの析出は確認されず、0.2%耐力、室温のシャルピー衝撃吸収エネルギー、延性−脆性遷移温度の目標を十分に満足している。一方、比較例に係る鋼(No.6、8〜10、12、14〜18)はフェライトの析出は無く焼入れ性は確保できているものの、0.2%耐力、室温のシャルピー衝撃吸収エネルギー、延性−脆性遷移温度のいずれか1又は2の目標を満足できていない。更に、比較例に係る鋼(No.11、13)はフェライトが析出し、0.2%耐力、室温のシャルピー衝撃吸収エネルギーを低下させ、延性−脆性遷移温度を高めている。すなわち本発明鋼は目標のフェライトの析出がなく強度及び靱性共に優れた鋼質を実証するものである。
【0034】
次に、NACE(米国腐食技術者協会)のTM0177−Method B試験法に準拠し、耐SCC性を、0.5質量%酢酸を添加した飽和H2S水溶液中の3点曲げ試験で評価した。試験には、67.3×4.57×1.52mmの試験片を用い、0.33σ〜0.70σの範囲で応力を負荷し、飽和H2S水溶液中に720時間浸漬し、破断の有無を評価した。本発明鋼(No.1)、比較例に係る鋼(No.7、13)からなる試験片での試験結果を表3に示す。ここで、σは供試材の0.2%耐力である。また、表中の○は未破断を×は破断を示す。
【0036】
本発明の実験例に係る鋼(No.1)は比較例に係る鋼(No.7)よりも良好な耐SCC性を示した。一方、比較例に係る鋼(No.13)は本発明の実験例に係る鋼と同等の耐SCC性を示したが、強度及び靱性は目標を満足していない。すなわち本発明の実験例に係る鋼は必要な特性をすべて満足しており、大型の地熱発電用タービンロータ材として好適なものであることを実証するものである。
【0037】
次に、強度及び靱性に及ぼす焼入れ、焼戻し条件の影響について調査した実験例について述べる。真空誘導溶解炉にて供試材No.1の成分を有する50kg試験鋼塊を溶製し、1000℃以上で熱間鍛造して地熱発電用タービンロータ材を想定した鍛造材を製造し、表4に示す焼入れ、焼戻し処理を施した。焼入れの冷却速度は、胴径1900mmを想定して800〜500℃間を1.0℃/分で冷却した。上記より得られた供試材に対して引張試験、衝撃試験、ミクロ組織観察、結晶粒度測定を実施し、0.2%耐力、室温のシャルピー衝撃吸収エネルギー、延性−脆性遷移温度、フェライト析出の有無、結晶粒度を評価した。
【0039】
表4に示すように、焼入れ温度が1000℃まで上昇すると920℃、950℃と比べ結晶粒が粗大化し、室温のシャルピー衝撃吸収エネルギーが低下し、延性−脆性遷移温度を高めている。また、焼戻し温度が600℃では室温のシャルピー衝撃吸収エネルギー、延性−脆性遷移温度が目標を満足せず、700℃では0.2%耐力の目標を満足できない。一方、焼入れ温度が920℃、950℃で焼戻しを635℃、660℃で実施した供試材は0.2%耐力、室温のシャルピー衝撃吸収エネルギー、延性−脆性遷移温度の目標をすべて満足しており、他の熱処理条件で実施した供試材よりも優れている。すなわち適正な熱処理条件を選定することで、優れた強度及び靱性が得られる事を実証するものである。
【0040】
本発明は前記実施例、実験例で説明した範囲に限定されず、本発明の要旨を変更しない地熱発電用タービンロータ材及びその製造方法に対しても適用される。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明に係る地熱発電用タービンロータ材及びその製造方法は、胴部の直径が1600mm以上であっても、焼入れが可能であるので、大型の地熱発電所で使用するロータとして最適である。また、応力腐食割れに対しても十分な耐性を有するので、単に地熱発電用だけでなく、同様な環境のその他のロータとしても使用可能である。
【要約】
C:0.20〜0.30質量%、Si:0.01〜0.2質量%、Mn:0.5〜1.5質量%、Cr:2.0〜3.5質量%、V:0.15質量%を超え0.35質量%以下と所定量のNi、Moを含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる地熱発電用タービンロータ材であって、前記Niを0を超え0.25質量%以下、前記Moを1.05〜1.5質量%とした。これによって、胴部の直径が1600mm以上であっても焼入れが可能で、硫化水素環境下でも応力腐食割れが発生しにくい地熱発電用のタービンロータ材及びその製造方法を提供できる。