特許第5869918号(P5869918)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5869918耐水素吸収性に優れた硫化水素環境用鋼材および鋼構造物
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5869918
(24)【登録日】2016年1月15日
(45)【発行日】2016年2月24日
(54)【発明の名称】耐水素吸収性に優れた硫化水素環境用鋼材および鋼構造物
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20160210BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20160210BHJP
【FI】
   C22C38/00 301F
   C22C38/60
【請求項の数】6
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2012-50612(P2012-50612)
(22)【出願日】2012年3月7日
(65)【公開番号】特開2013-185197(P2013-185197A)
(43)【公開日】2013年9月19日
【審査請求日】2014年9月1日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100131750
【弁理士】
【氏名又は名称】竹中 芳通
(74)【代理人】
【識別番号】100146112
【弁理士】
【氏名又は名称】亀岡 誠司
(74)【代理人】
【識別番号】100167335
【弁理士】
【氏名又は名称】武仲 宏典
(74)【代理人】
【識別番号】100164998
【弁理士】
【氏名又は名称】坂谷 亨
(72)【発明者】
【氏名】阪下 真司
(72)【発明者】
【氏名】衣笠 潤一郎
(72)【発明者】
【氏名】加藤 拓
(72)【発明者】
【氏名】今村 弘樹
【審査官】 小谷内 章
(56)【参考文献】
【文献】 特開2011−246793(JP,A)
【文献】 特開2012−012697(JP,A)
【文献】 特開2008−274379(JP,A)
【文献】 特開2009−120957(JP,A)
【文献】 特開2010−216005(JP,A)
【文献】 特開2012−001809(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.01〜0.20%、Si:0.01〜0.50%、Mn:0.1〜2.0%、P:0.015%以下(0%を含まない)、S:0.03%以下(0%を含まない)、Al:0.005〜0.10%、Cu:0.05〜1.0%を含有すると共に、Sn:0.001〜0.050%、および、Sb:0.001〜0.050%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、
[Cu]/([Sn]+[Sb])から求められる値が1.0〜30.0(但し、1.0を除く)であることを特徴とする耐水素吸収性に優れた硫化水素環境用鋼材。
但し、上式で[ ]は各元素の含有量(質量%)である。
【請求項2】
更に、質量%で、Mg:0.0005〜0.005%、Ca:0.0005〜0.010%、REM:0.0001〜0.020%の1種または2種以上を含有する請求項1記載の耐水素吸収性に優れた硫化水素環境用鋼材。
【請求項3】
更に、質量%で、Ni:0.01〜1.0%、Cr:0.01〜1.0%、Mo:0.01〜0.30%の1種または2種以上を含有する請求項1または2記載の耐水素吸収性に優れた硫化水素環境用鋼材。
【請求項4】
更に、質量%で、Nb:0.001〜0.1%、Ti:0.001〜0.1%、Zr:0.001〜0.1%、V:0.001〜0.1%、B:0.0001〜0.005%の1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の耐水素吸収性に優れた硫化水素環境用鋼材。
【請求項5】
ラインパイプ建造用材料として用いられることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載の耐水素吸収性に優れた硫化水素環境用鋼材。
【請求項6】
硫化水素雰囲気に曝される鋼構造物であって、請求項1乃至4のいずれかに記載の鋼材を用いて建造されていることを特徴とする鋼構造物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硫化水素(HS)を含有する原油や天然ガス等を輸送するラインパイプ、或いは、圧力容器等として用いるのに最適な耐水素吸収性に優れた硫化水素環境用鋼材、および前記鋼材を用いて建造されたラインパイプ、或いは、圧力容器等の硫化水素雰囲気に曝される鋼構造物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
硫化水素を含有する雰囲気で使用される鋼構造物、例えば、原油や天然ガス等を輸送するラインパイプ、石油精製装置(水素化精製装置、水素化脱硫装置、接触分解装置等)等では、水素誘起割れ(HIC)や硫化物応力腐食割れ(SSCC)等の水素脆化が発生することがあり、安全上等の問題となることが多い。
【0003】
これら水素誘起割れや硫化物応力腐食割れ等の鋼材の割れは、硫化水素に起因して水素が鋼材中に多量に吸収され、鋼材中のMnSなどの介在物等と母材との界面に集積した水素が、分子状水素になるときのガス圧が原因となって発生すると考えられている。これらの割れの発生は、硫化水素を含有する雰囲気で使用される鋼構造物から原油や天然ガス等が漏れだすという問題の発生につながり、大事故発生の原因となることも考えられる。よって、原油や天然ガス等を輸送するラインパイプ、圧力容器等の安全性確保という観点から、鋼材の割れの発生防止が非常に重要な技術課題となっている。
【0004】
このような水素誘起割れや硫化物応力腐食割れ等の水素脆化の発生を防止するための対策技術として、以下のような公知技術が従来からある。
【0005】
(1)鋼材中のSを低減することにより、割れ起点となる鋼材中のMnSの量を低減する。
(2)鋼材にCaを添加することにより、MnSなどの介在物の形態を制御して割れにくい介在物とする。
(3)制御圧延及び圧延後の加速冷却を行うことにより、鋼材の組織を均一化し、水素脆化に対する抵抗を増大させる。
【0006】
しかしながら、これらの対策を施したとしても、水素脆化の発生を防止するにはまだ十分とはいえず、依然、鋼材に水素誘起割れや硫化物応力腐食割れが発生することがあった。このような実情もあり、更にそれらの対策を図った技術として、特許文献1により、電縫溶接部の介在物を制御することで耐水素脆化特性を向上させる技術が、特許文献2により、鋼材中の特定成分(Mn、Nb、Ti)の偏析度を低下させることで中心偏析部の最高硬さの上昇を抑制させて耐水素脆化特性を向上する技術が、夫々提案されている。しかしながら、特許文献1記載の技術は溶接部のみの耐水素脆化特性の向上を図った技術であり、また、特許文献2記載の技術は制御が難しく実用的ではないという問題があった。
【0007】
また、鋼材の耐食性の向上という観点からだけで判断すると、特許文献3〜5により、鋼材にSnやSbを添加することで耐食性の向上を図る技術も提案されている。しかし、これら特許文献3〜5に記載された技術は、硫化水素を含有する雰囲気で使用される鋼構造物の水素脆化の発生を防止するという観点で開発された技術ではないため、成分調整等が不十分であり、硫化水素を含有する雰囲気で使用される鋼構造物の耐水素脆化特性の向上技術という観点からは十分といえる技術ではなかった。
【0008】
近年、油田開発やガス田開発においては、硫化水素をより多く含有する更に厳しい環境が増大する傾向にあり、前記従来からの技術のみで対策を施しても必ずしも十分とはいえなかった。また、パイプラインにおいて原油や天然ガス等をより効率よく輸送するためにはラインパイプ等の高圧化が有効であり、特にラインパイプでは高強度材料採用のニーズがある。しかし、鋼材を高強度化させることは、逆に鋼材の水素脆化感受性をより増大させることになってしまい、鋼材を高強度化させれば、水素誘起割れや硫化物応力腐食割れ等の水素脆化が発生しやすくなるという相矛盾する問題点を抱えていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2011−26695号公報
【特許文献2】特開2010−209461号公報
【特許文献3】特開2011−202215号公報
【特許文献4】特開2008−174768号公報
【特許文献5】特開2007−262558号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、上記従来の問題を解決せんとしてなされたもので、硫化水素を含有する原油や天然ガス等を輸送するラインパイプ、或いは、圧力容器等として好適に用いることができる耐水素吸収性に優れた硫化水素環境用鋼材、およびその硫化水素環境用鋼材を用いて建造される鋼構造物を提供することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
請求項1記載の発明は、質量%で、C:0.01〜0.20%、Si:0.01〜0.50%、Mn:0.1〜2.0%、P:0.015%以下(0%を含まない)、S:0.03%以下(0%を含まない)、Al:0.005〜0.10%、Cu:0.05〜1.0%を含有すると共に、Sn:0.001〜0.050%、および、Sb:0.001〜0.050%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、[Cu]/([Sn]+[Sb])から求められる値が1.0〜30.0(但し、1.0を除く)であることを特徴とする耐水素吸収性に優れた硫化水素環境用鋼材である。
但し、上式で[ ]は各元素の含有量(質量%)である。
【0012】
請求項2記載の発明は、更に、質量%で、Mg:0.0005〜0.005%、Ca:0.0005〜0.010%、REM:0.0001〜0.020%の1種または2種以上を含有する請求項1記載の耐水素吸収性に優れた硫化水素環境用鋼材である。
【0013】
請求項3記載の発明は、更に、質量%で、Ni:0.01〜1.0%、Cr:0.01〜1.0%、Mo:0.01〜0.30%の1種または2種以上を含有する請求項1または2記載の耐水素吸収性に優れた硫化水素環境用鋼材である。
【0014】
請求項4記載の発明は、更に、質量%で、Nb:0.001〜0.1%、Ti:0.001〜0.1%、Zr:0.001〜0.1%、V:0.001〜0.1%、B:0.0001〜0.005%の1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の耐水素吸収性に優れた硫化水素環境用鋼材である。
【0015】
請求項5記載の発明は、ラインパイプ建造用材料として用いられることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載の耐水素吸収性に優れた硫化水素環境用鋼材である。
【0016】
請求項6記載の発明は、硫化水素雰囲気に曝される鋼構造物であって、請求項1乃至4のいずれかに記載の鋼材を用いて建造されていることを特徴とする鋼構造物である。
【発明の効果】
【0017】
本発明の耐水素吸収性に優れた硫化水素環境用鋼材によると、硫化水素を含有する原油や天然ガス等を輸送するラインパイプ、或いは、圧力容器等として用いても、硫化水素雰囲気での耐水素吸収性に優れるため、水素誘起割れや硫化物応力腐食割れ等の水素脆化が発生しにくく、硫化水素を含有する雰囲気で使用されるラインパイプ、圧力容器等の鋼構造物の材料として好適に用いることができる。
【0018】
また、本発明の鋼構造物は、硫化水素を含有する雰囲気での耐水素吸収性に優れるため、硫化水素を含有する原油や天然ガス等を輸送するラインパイプ、或いは、圧力容器等として用いても、水素誘起割れや硫化物応力腐食割れ等の水素脆化が発生しにくい。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明を実施形態に基づいて更に詳細に説明する。
【0020】
本発明者らは、鋼材の耐水素脆化特性を向上させるには、水素脆化の根本原因である鋼材中への水素吸収を抑制すれば良いということに着目し、鋼材の耐水素脆化特性を向上させるための技術検討を行った。
【0021】
硫化水素雰囲気に曝された鋼材表面では、腐食の反応として、水素イオンが水素ガスとなる電気化学反応が発生し、この中間過程で生成する吸着水素が鋼材中に吸収される。本発明者らは、鋼材に添加するCu、Sn、Sbの添加量(含有量)および添加量比(含有量比)を適切に制御すれば、水素イオンが水素ガスとなる電気化学反応が抑制され、鋼材中への水素吸収を大幅に抑制できることを知見した。このような鋼材中への水素吸収抑制効果は、硫化水素雰囲気において、Cu、Sn、Sbの化合物が鋼材表面に形成されて発現すると考えられる。すなわち、鋼材に添加するCu、Sn、Sbの添加量および添加量比を適切に制御することで、前記課題を解決できることを見出した。
【0022】
また、構造用材料として鋼材に必要な基本特性(機械的特性や溶接性)を確保させるためには、前記したCu、Sn、Sbに加えて、C、Si、Mn、Al、P、Sの添加量(含有量)を適切に調整することも必要である。以下に、これら必須添加元素の成分範囲の限定理由について説明する。尚、単位は全て%と記載するが、質量%のことを示す。次の必須添加元素以外の説明においても同様に%は質量%を示す。
【0023】
・C:0.01〜0.20%
Cは、鋼材の強度確保のために必要な基本的添加元素である。鋼材として必要な強度を得るためには、少なくとも0.01%以上は含有させる必要がある。しかし、Cを過剰に含有させると靭性が劣化する。このようなCの添加による悪影響を発生させないためには、Cの含有量は多くても0.20%に抑える必要がある。よって、Cの含有量の範囲は0.01〜0.20%とした。尚、Cの含有量の好ましい下限は0.02%であり、より好ましくは0.03%以上とするのが良い。また、Cの含有量の好ましい上限は0.19%であり、より好ましくは0.18%以下とするのが良い。
【0024】
・Si:0.01〜0.50%
Siは、脱酸と強度確保のために必要な元素でもあり、少なくとも0.01%以上含有させないと構造用部材として用いる鋼材しての最低強度を確保できない。しかし、0.50%を超えて過剰に含有させると溶接性が劣化する。尚、Siの含有量の好ましい下限は0.03%であり、より好ましくは0.05%以上とするのが良い。また、Siの含有量の好ましい上限は0.45%であり、より好ましくは0.40%以下とするのが良い。
【0025】
・Mn:0.1〜2.0%
MnもSiと同様に、脱酸および強度確保のために必要な元素であり、0.1%に満たないと構造用部材として用いる鋼材しての最低強度を確保できない。しかし、2.0%を超えて過剰に含有させると靱性が劣化する。尚、Mnの含有量の好ましい下限は0.15%であり、より好ましくは0.2%以上とするのが良い。また、Mnの含有量の好ましい上限は1.9%であり、より好ましくは1.8%以下とするのが良い。
【0026】
・P:0.015%以下(0%を含まない)
Pは、鋼材の水素吸収量を増大させる元素であることに加えて、靭性も劣化させる元素であり、水素脆化の観点では好ましくない元素である。また、Pを過剰に含有させると溶接性も劣化する。よって、Pは極力含有されない方が好ましいが、許容される含有量の上限は0.015%である。Pの含有量のより好ましい上限は0.014%であり、更に好ましくは0.013%以下とするのが良い。しかし、工業的に鋼材中のPを0%にすることは困難である。
【0027】
・S:0.03%以下(0%を含まない)
Sも含有量が多くなると靭性を劣化させる元素であり、水素脆化の観点では好ましくない元素である。また、Sを過剰に添加すると溶接性も劣化する。よって、Sは極力含有されない方が好ましいが、許容される含有量の上限は0.03%である。Sの含有量のより好ましい上限は0.025%であり、更に好ましくは0.02%以下とするのが良い。しかし、工業的に鋼材中のPを0%にすることは困難である。
【0028】
・Al:0.005〜0.10%
Alも前記したSi、Mnと同様に脱酸および強度確保のために必要な元素である。こうした作用を有効に発揮させるためには、0.005%以上含有させることが必要である。しかし、0.10%を超えて含有させると溶接性を害するため、Alの含有量は0.10%までとする。尚、Alの含有量の好ましい下限は0.008%であり、より好ましくは0.010%以上とするのが良い。また、Alの含有量の好ましい上限は0.09%であり、より好ましくは0.08%以下とするのが良い。
【0029】
・Cu:0.05〜1.0%
Cuは、SnやSbとの共存により、鋼材中への水素吸収を抑制する効果を発揮する。このような水素吸収抑制効果を発揮させるためには、少なくとも0.05%以上含有させることが必要である。しかし、過剰に含有させると溶接性や熱間加工性が劣化させるので、Cuの含有量は1.0%以下とする必要がある。Cuの含有量の好ましい下限は0.06%であり、より好ましい下限は0.07%である。また、Cuの含有量の好ましい上限は0.95%であり、より好ましい上限は0.90%である。
【0030】
・Sn:0.001〜0.050%、および/または、Sb:0.001〜0.050%
SnとSbは、Cuと共に適量含有させることにより、鋼材中への水素吸収を抑制する効果を発揮する。このような水素吸収抑制効果を発揮させるには、夫々0.001%以上含有させることが必要である。しかし、SnとSbは、過剰に含有させると逆に鋼材中への水素吸収を促進させてしまい、また、溶接性や熱間加工性が劣化することから、夫々0.050%以下の含有量とする必要がある。Sn、Sbは、含有量の好ましい下限は共に0.002%であり、より好ましい下限は0.003%である。また、含有量の好ましい上限は共に0.048%であり、より好ましい上限は0.045%である。
【0031】
・[Cu]/([Sn]+[Sb])が1.0〜30.0
鋼材を、硫化水素を含有する雰囲気で使用されるラインパイプ、圧力容器等の鋼構造物の材料として好適に用いるには、更にCuの含有量とSn+Sbの含有量の比を適切に調整する必要がある。これらの元素は硫化水素雰囲気において水素吸収の電気化学反応を抑制する皮膜を形成する元素であるが、[Cu]/([Sn]+[Sb])比が1.0に満たない場合には、Sn+Sb過剰の皮膜となって水素吸収の電気化学反応を抑制する効果が得られない。一方、[Cu]/([Sn]+[Sb])比が30.0を超えると、Cu過剰の皮膜となって同様に水素吸収の電気化学反応を抑制する効果が得られない。このような理由から、[Cu]/([Sn]+[Sb])比は1.0から30.0とすることが必要である。尚、[Cu]/([Sn]+[Sb])比のより好ましい下限は1.2であり、より好ましい上限は28.0である。尚、前式で[ ]は各元素の含有量(質量%)である。
【0032】
以上が、本発明の鋼材の必須添加元素の成分範囲の限定理由であり、残部はFeおよび不可避的不純物である。不可避的不純物としては、O、H等を挙げることができ、これらの元素は鋼材の諸特性を害さない程度で含有していても構わない。但し、これら不可避的不純物の合計含有量は、0.1%以下、好ましくは0.09%以下に抑えることによって、本発明による耐食性発現効果を極大化することができる。
【0033】
また、本発明の鋼材に、以下に示す元素を含有すれば更に有効である。これら元素を含有させる場合の成分範囲の限定理由について次に説明する。
【0034】
・Mg:0.0005〜0.005%、Ca:0.0005〜0.010%、REM:0.0001〜0.020%
Mg、CaおよびREMは、硫化水素雰囲気において、鋼材が腐食溶解した際に、表面のpHを上昇させて、水素吸収の原因となる水素イオン濃度を低下させる作用を有しており、耐水素吸収特性向上に有効な元素である。こうした作用は、MgとCaは0.0005%以上、REMは0.0001%以上含有させることによって有効に発揮される。しかしながら、これらの元素を過剰に含有させると加工性と溶接性を共に劣化させてしまう。加工性と溶接性を劣化させないためには、含有させる場合の上限を、Mgは0.005%、Caは0.010%、REMは0.020%とする必要がある。MgとCaを含有させる場合のより好ましい下限は夫々0.0006%であり、更に好ましい下限は夫々0.0008%である。REMを含有させる場合のより好ましい下限は0.0002%であり、更に好ましい下限は0.0003%である。一方、Mgの含有量のより好ましい上限は0.0048%であり、更に好ましい上限は0.0045%である。Caの含有量のより好ましい上限は0.0098%であり、更に好ましい上限は0.0095%である。REMの含有量のより好ましい上限は0.019%であり、更に好ましい上限は0.018%である。
【0035】
・Ni:0.01〜1.0%
Niは、フェライトに固溶してアノードの活性度を低下させることに加えて、鋼材表面に緻密な錆皮膜を形成する作用も有しており、水素吸収の反応を抑制する効果を発揮する。また、Niは母材靱性を向上させるのにも有効であり、更には、Cuによる赤熱脆性を防止するのにも必要な元素である。こうした効果を発揮させるためには0.01%以上含有させることが好ましい。しかし、含有量が過剰になると溶接性や熱間加工性が劣化することから、含有させる場合は1.0%以下とする。Niを含有させるときのより好ましい下限は0.02%であり、0.03%以上が更に好ましい。Niを含有させるときのより好ましい上限は0.95%であり、0.90%以下が更に好ましい。
【0036】
・Cr:0.01〜1.0%
Crは、フェライトに固溶して腐食反応を抑制するため、水素吸収の反応も抑制する効果を発揮する。これらの効果を発揮させるためには、0.01%以上含有させることが好ましいが、過剰に含有させると溶接性や熱間加工性を劣化させてしまう。このようなCr含有による悪影響を発現させないためには、含有量を1.0%以下とする必要がある。Crの含有量のより好ましい下限は0.03%であり、0.05%以上とすることが更に好ましい。Crの含有量のより好ましい上限は0.95%であり、0.90%以下とすることが更に好ましい。
【0037】
・Mo:0.01〜0.30%
Moも、NiやCrと同様に硫化水素雰囲気において腐食反応を抑制するため、水素吸収の反応も抑制する効果を発揮する。これらの効果を発揮させるためには、0.01%以上含有させることが好ましいが、過剰に含有させると溶接性や熱間加工性を劣化させてしまう。このようなMo含有による悪影響を発現させないためには、含有量を0.30%以下とする必要がある。Moの含有量のより好ましい下限は0.015%であり、0.02%以上とすることが更に好ましい。Moの含有量のより好ましい上限は0.28%であり、0.25%以下とすることが更に好ましい。
【0038】
・Nb:0.001〜0.1%、Ti:0.001〜0.1%、Zr:0.001〜0.1%、V:0.001〜0.1%、B:0.0001〜0.005%
Nb、Ti、Zr、VおよびBは強度向上に有効な元素である。これらの元素を含有させて強度向上効果を発揮させるためには、Nb、Ti、Zr、Vの場合は0.001%以上、Bの場合は0.0001%以上含有させる必要がある。しかし、これらの元素を過剰に含有させると母材靭性が劣化するため、Nb、Ti、Zr、Vを含有させる場合には0.1%以下、Bを含有させる場合には0.005%以下とする必要がある。尚、Nb、Ti、Zr、Vを含有させる場合のより好ましい下限は0.002%であり、更に好ましい下限は0.003%である。また、Nb、Ti、Zr、Vを含有させる場合のより好ましい上限は0.095%であり、更に好ましい上限は0.090%である。Bを含有させる場合のより好ましい下限は0.0002%であり、更に好ましい下限は0.0003%である。また、Bを含有させる場合のより好ましい上限は0.0045%以下であり、更に好ましい上限は0.004%である。
【0039】
本発明の耐水素吸収性に優れた硫化水素環境用鋼材を確実に製造するには、例えば、以下に説明する方法により製造すれば良い。
【0040】
まず、転炉または電気炉から取鍋に出鋼した溶鋼に対して、RH真空脱ガス装置を用いて、本発明で規定する成分組成に調整すると共に、温度調整をすることで二次精錬を行う。その後、連続鋳造法、造塊法等の通常の鋳造方法で鋼塊とすれば良い。尚、構造用材料として鋼材に必要な基本特性(機械的特性や溶接性)を確保するために、脱酸形式としてはキルド鋼を用いることが好ましく、より好ましくはAlキルド鋼を用いることが推奨される。
【0041】
次いで、得られた鋼塊を1000〜1300℃の温度域に加熱した後、熱間圧延を行って、所望の寸法形状に加工することが好ましい。尚、熱間圧延の終了温度を650〜850℃に制御し、熱間圧延終了後から500℃までの冷却速度を0.1〜15℃/秒以下の範囲に制御することによって、所定の強度特性を得ることができる。
【実施例】
【0042】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含されるものである。
【0043】
[供試材の作製]
表1および表2に示す種々の成分組成の鋼材を真空溶解炉により溶製し、20kgの鋼塊とした。得られた鋼塊を1150℃に加熱した後、熱間圧延を行って、板厚10mmの鋼素材とした。このとき、熱間圧延終了温度は650〜850℃の範囲、熱間圧延終了後から500℃までの冷却速度を0.1〜15℃/秒以下の範囲で適宜調整した。
【0044】
鋼素材より30×30×4(mm)の大きさの供試片を切り出し、全ての供試片の表面全体を湿式回転研磨機でSiC#600まで研磨し、更に水洗およびアセトン洗浄を施したものを試験に用いた。また、試験時に吊り下げるために供試片の端部には3mmφの吊り下げ孔を形成した。
【0045】
[水素吸収試験方法]
硫化水素雰囲気における水素吸収試験を実施した。硫化水素ガスを通気した5%塩化ナトリウム+0.5%酢酸水溶液に供試片を浸漬後、供試片が吸収した水素量を測定した。尚、試験溶液の温度は30℃であり、供試片の浸漬時間は96時間である。また、通気する硫化水素ガスの流量は100mL/minとした。供試片の水溶液浸漬後の吸収水素量の測定は不活性ガス融解法により行った。
【0046】
[試験結果]
水素吸収試験の試験結果を表3に示す。評価はCu、SnおよびSbを含有しないNo.1の比較例の鋼材の測定結果を基準とし、測定された吸収水素量がNo.1の1/2以下で、10.0ppm以下のものを「○」、測定された吸収水素量がNo.1の1/4以下で、5.0ppm以下のものを「○〜◎」、測定された吸収水素量がNo.1の1/10以下で、2.0ppm以下のものを「◎」で示し、夫々耐水素吸収性に優れた硫化水素環境用鋼材であると評価した。
【0047】
No.1〜No.7の供試片が吸収した鋼中水素量は、何れもが10.0ppmを超えており、耐水素吸収性が十分ではない。その理由は、No.1の供試片は、Cu、SnおよびSbを含有しないためであり、No.2並びにNo.6の供試片は、夫々P、Snの含有量が多すぎるためである。また、No.3並びにNo.4、の供試片は、夫々Cu、Snの含有量が少なすぎるためであり、No.4,5,7の供試片は、[Cu]/([Sn]+[Sb])から求められる値が適正範囲を外れるためである。その結果、鋼材表面に好ましい皮膜が形成されず、水素吸収抑制効果が不十分であったと考えられる。
【0048】
これに対し、本発明で規定する要件を満足するNo.11,17,18,20,23,27,29,30,33,35の供試片が吸収した鋼中水素量は、何れもが10.0ppm以下であり、評価基準を満足し、耐水素吸収性に優れるという結果が得られた。これらの耐食性は、鋼材に添加するCu、Sn、Sbなどの添加量と添加量比を適切に制御することで、鋼材表面に好ましい形態の皮膜が形成されたと考えられる。このように、本発明で規定する要件を満足する鋼材は、耐水素吸収特性が優れており、硫化水素雰囲気において水素脆化特性に優れる構造用部材として好適に用いることができる。
【0049】
【表1】
【0050】
【表2】
【0051】
【表3】