(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
面内異方性の指標である次式(1)で表されるΔrが0.5以下であることを特徴とする請求項1記載の面内異方性が小さいフェライト・オーステナイト2相ステンレス鋼板。
Δr=|(r0+r90)/2−r45| ・・・・ 式(1)
ここで、r0は圧延方向と平行方向のr値、r90は圧延方向と直角方向のr値、r45は圧延方向と45°方向のr値である。
【背景技術】
【0002】
フェライト相とオーステナイト相から成る2相ステンレス鋼板は、耐食性に優れているとともに、微細組織であるため高強度で、かつ耐疲労特性に優れていることから、化学プラントなど広範囲に使用されているが、延性がオーステナイト系ステンレス鋼に比べて低いため、プレス成形時に割れが発生する場合が有り、加工性の向上が要望されている。
【0003】
従来の代表的な2相ステンレス鋼は、SUS329J4L(25%Cr−7%Ni−3%Mo−0.1%N)に代表される高Ni、Mo含有であったが、最近ではNi量を低減したり、Moを含有しない省合金フェライト・オーステナイト2相ステンレス鋼が開発され、種々の分野に適用されつつある(例えば、特許文献1参照)。この様な省Ni、Mo含有鋼は、MnやNを添加することでオーステナイト量の調整や耐食性の確保が成されており、SUS304(18%Cr−8%Ni)やSUS316(18%Cr−10%Ni−2%Mo)の代替としても期待されている。
【0004】
一方、薄鋼板を種々の形状に成形加工し、各種部品に適用する際、プレス成形性が課題となる。このプレス成形性の中で面内異方性と呼ばれる指標があり、面内異方性が大きい場合、成形品のフランジ残り部の形状が一定しなかったり、成形品端部の耳と呼ばれる部分が波打つ、所謂イヤリングが大きくなる問題が生じる。この問題が生じると、成形時の歩留まりが著しく悪くなる他、成形品の形状不均一性が生じ易くなるため、面内異方性は小さいことが望まれている。
【0005】
フェライト・オーステナイト2相ステンレス鋼板は、非特許文献1に記載されている様に、極めて面内異方性が大きく、薄鋼板の成形性に問題があった。尚、ここでの面内異方性はr値の面内異方性を示しており、次式(1)で表わされるΔrが指標となる。
Δr=|(r
0+r
90)/2−r
45| ・・・・ 式(1)
ここで、r
0は圧延方向と平行方向のr値、r
90は圧延方向と直角方向のr値、r
45は圧延方向と45°方向のr値で、JIS Z2254で準拠される方法で測定される。Δrが大きいと面内異方性が大きく、上記の観点からΔr値は小さい方が望まれる。
【0006】
特許文献1には、フェライト・オーステナイト2相ステンレス鋼の溶鋼を直接薄板鋳造し、圧延方向と幅方向とで機械的性質に差の無い異方性の無い鋼板を製造する方法が開示されている。これは、熱間圧延を省略して、溶鋼から直接薄板を製造するものであり、本発明の様に熱間圧延を経て製造される一般的な製造方法とは異なるものである。また、圧延方向と幅方向の強度や伸びの差を小さくするものであり、本発明の様にr値の面内異方性に関するものでは無かった。
【0007】
本発明では、特にフェライト相の結晶方位強度に着目し、r値の面内異方性が小さく、プレス成形性に優れたフェライト・オーステナイト2相ステンレス鋼板を提供することを目的とした。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、r値の面内異方性が小さいフェライト・オーステナイト2相ステンレス鋼板およびその製造方法を提供することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために、本発明者らは2相ステンレス鋼板のr値およびその面内異方性の発現性について詳細に調査した。そして、かかる目的を達成すべく種々の検討を重ねた結果、以下の知見を得た。
【0012】
フェライト相とオーステナイト相が混在する2相ステンレス鋼のr値およびその面内異方性は、フェライト相の結晶方位強度(集合組織)が支配しており、従来の2相ステンレス鋼は圧延方位が顕著に発達するため、製品板の結晶方位強度が強くなり、特定方向(圧延方向に対して45°近傍)のr値が高く、圧延方向や幅方向のr値が低くなる。ここで結晶方位強度とは、結晶の配向がランダムな場合に対して何倍の回折強度であるかを示すものである。一方、成分および製法を調整することで冷延後および製品の結晶方位強度を弱めることにより、低面内異方性を実現した。具体的には、Niを低減し、NやMnを高めて第2相であるオーステナイト相を硬質化させ、かつオーステナイト相の分率を適正化させることで、冷延過程でフェライト相の方位強度を逆に弱めることを見出した。その際、冷延圧下率と焼鈍温度を調整することが有効であることを見出し、すなわち、冷延過程でフェライト相の結晶方位強度を弱めることが可能となる新知見から、その後の焼鈍においてもそれを維持させることを実現し、材質特性としてr値の面内異方性が小さい製品を提供することを可能とした。
【0013】
本発明は上記知見に基づいて完成したもので、その発明の要旨は、次の通りのものである。
【0014】
(1) 質量%にて、
C:0.001〜0.10%、
Si:0.01〜1.0%、
Mn:2〜10%、
P≦0.05%、
Ni:0.1〜3.0%、
Cr:15.0〜30.0%、
N:0.05〜0.30%
を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、オーステナイト相率が面積率で40〜90%、フェライト相の結晶方位の最大強度が10以下、フェライト相に対するオーステナイト相の硬度比が1.1以上であることを特徴とする面内異方性が小さいフェライト・オーステナイト2相ステンレス鋼板。
【0015】
(2) 面内異方性の指標である次式(1)で表されるΔrが0.5以下であることを特徴とする上記(1)記載の面内異方性が小さいフェライト・オーステナイト2相ステンレス鋼板。
Δr=|(r
0+r
90)/2−r
45| ・・・・ 式(1)
ここで、r
0は圧延方向と平行方向のr値、r
90は圧延方向と直角方向のr値、r
45は圧延方向と45°方向のr値である。
【0016】
(3) さらに、質量%にて、
Mo:0.1〜1.0%、
Cu:0.1〜3.0%、
B:0.0005〜0.0100%、
Al:0.01〜0.50%
の1種以上を含有することを特徴とする上記(1)または(2)記載の面内異方性が小さいフェライト・オーステナイト2相ステンレス鋼板。
【0017】
(4) さらに、質量%にて、
Ti:0.005〜0.30%、
Nb:0.005〜0.30%、
Zr:0.005〜0.30%、
Sn:0.05〜0.50%、
W:0.1〜2.0%
の1種以上を含有することを特徴とする上記(1)〜(3)のいずれかに記載の面内異方性が小さいフェライト・オーステナイト2相ステンレス鋼板。
【0018】
(5) さらに、質量%にて、
Mg:0.0002〜0.0100%、
Ca:0.0005〜0.0100%
の1種または2種を含有することを特徴とする上記(1)〜(4)のいずれかに記載の面内異方性が小さいフェライト・オーステナイト2相ステンレス鋼板。
【0019】
(6) 上記(1)〜(5)
の、オーステナイト相率が面積率で52〜90%であるフェライト・オーステナイト2相ステンレス鋼板を製造する方法であって、前記フェライト・オーステナイト2相ステンレス鋼板を冷延する際、圧下率を90%以下とし、その後の焼鈍温度を1000〜1100℃として500℃までの冷却速度を5℃/sec以上とし、400〜500℃の温度域で5sec以上
、60sec以下保持することを特徴とする面内異方性が小さいフェライト・オーステナイト2相ステンレス鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0020】
以上の説明から明らかなように、従来、面内異方性が大きくプレス成形性に問題があったフェライト・オーステナイト2相ステンレス鋼板に対して、面内異方性の小さい薄鋼板が得られ、家電、建築、自動車など種々の分野において成形用途として適用することで、環境対策や部品の低コスト化などに大きな効果が得られる。
【発明を実施するための形態】
【0023】
まず、本発明のフェライト・オーステナイト2相ステンレス鋼板の化学成分についての限定理由について説明する。ここで、成分についての「%」は質量%を意味する。
【0024】
Cは、0.10%超の添加で成形性と耐食性を著しく劣化させるため、上限を0.10%とした。しかしながら、オーステナイト相を安定的に生成させ、フェライト相との硬度差を大きくして結晶方位強度の上昇を抑制するために必要な元素であり、0.01%未満では2相組織が得られにくいため、下限を0.001%とすることが望ましい。更に、精錬コスト、溶接性を考慮すると0.02〜0.05%が望ましい。
【0025】
Siは、脱酸剤としても有用な元素であるが、1.0%超の添加により熱間加工性が劣化し、製造し難くなるため、1.0%以下とした。しかしながら、脱酸のためには0.01%以上必要なことから、下限を0.01%とした。更に、精錬コスト、耐酸化性、耐食性を考慮すると、0.3%〜0.8%が望ましい。
【0026】
Mnは、脱酸剤として添加される元素であるとともに、オーステナイト相を安定的に生成させ、フェライト相との硬度差を大きくして結晶方位強度の上昇を抑制するために2%以上添加する。但し、10%超の添加により耐食性が著しく劣化するため、上限を10%とした。更に、耐酸化性や製造時の酸洗性を考慮すると、3.0〜6.0%が望ましい。
【0027】
Pは、不純物として含有され製造時の熱間加工性を劣化させるため、上限を0.05%とした。但し、過度の低減は精錬コストの増加につながるため、0.02〜0.04%が望ましい。
【0028】
Niはオーステナイト相を安定的に生成させる元素であり、0.1%を下限とするが、合金コストが高いため、本発明では3.0%以下とした。但し、過度な低減は耐食性の劣化につながる場合があるため、0.5〜3.0%が望ましい。
【0029】
Crは耐食性や耐酸化性を確保するために15%以上添加する。一方、多量の添加は合金コストの増加につながるため、上限を30%とした。更に、製造性を考慮すると、17.0〜25.0%が望ましい。
【0030】
Nは2相ステンレス鋼の耐食性を向上させるとともに、オーステナイトを安定的に生成させ、フェライト相との硬度差を大きくして結晶方位強度の上昇を抑制するためにるため、0.05%以上添加する。一方、0.30%超の添加により著しく硬質化するとともに、鋳造性や熱間加工性が悪くなるため、上限を0.30%とした。更に、溶接性やフェライト相の集合組織の発達抑制を考慮すると0.10〜0.30%が望ましい。さらに好ましくは、0.15超〜0.30%である。
【0031】
Moは、耐食性や高温強度向上に寄与する元素であり、必要に応じて0.1%以上添加する。0.1%未満の添加では、耐食性と高温強度向上に効果がない。但し、フェライト生成元素であるため、1.0%以上の添加によりオーステナイト相が十分生成しないため、0.1〜1.0%とする。但し、合金コストや製造性を考慮すると、0.1〜0.5%が望ましい。
【0032】
Cuは、耐食性やオーステナイト相の相率制御のために必要に応じて0.1〜3.0%添加する。0.1%未満の添加では、耐食性向上に効果がない。3.0%超の添加では、耐食性の効果が飽和し、かつオースナイト相の相率制御に対する効果も飽和する。但し、熱間加工性を考慮すると0.1〜2.0%が望ましい。
【0033】
Bは、粒界に偏析して熱間加工性を向上させる元素であり、必要に応じて0.0005%以上添加する。0.0005%未満の添加では、熱間加工性の向上に効果がない。但し、フェライト生成元素であるため、0.0100%以上の添加によりオーステナイト相が十分生成しないため、0.0005〜0.0100%とする。更に、粒界腐食性を考慮すると、0.0005〜0.0030%が望ましい。
【0034】
Alは、脱酸剤として活用出来る他、耐酸化性や耐食性を向上させるため、必要に応じて0.01〜0.5%添加する。0.01%未満の添加では、耐酸化性や耐食性の向上に効果がない。0.5%超の添加では、耐酸化性や耐食性の向上が飽和する。但し、靭性を考慮すると、0.01〜0.10%が望ましい。
【0035】
Tiは、NとTiNを形成して溶接部および鋳造組織の組織微細化に有効な元素であるとともに耐食性を向上する元素であるため、必要に応じて0.005〜0.30%添加する。0.005%未満の添加では、溶接部および鋳造組織の組織微細化に対し効果が発現しない。0.30%超の添加で、その効果は飽和するとともに、鋼板の製造工程において表面疵の発生原因となる。但し、合金コストや靭性を考慮すると、0.005〜0.15%が望ましい。
【0036】
Nbは、Tiと類似の作用があるとともに強度を向上させる元素であり、必要に応じて0.005〜0.30%添加する。0.005%未満の添加では、溶接部および鋳造組織の組織微細化に対し効果が発現しない。0.30%超の添加で、その効果は飽和する。但し、合金コストや靭性を考慮すると、0.005〜0.15%が望ましい。
【0037】
Zrも、TiやNbと類似の作用があるとともに耐酸化性を向上させる元素であり、必要に応じて0.005〜0.30%添加する。0.005%未満の添加では、溶接部および鋳造組織の組織微細化に対し効果が無く、耐酸化性の効果を発現しない。0.30%超の添加で、その効果は飽和する。但し、合金コストや靭性を考慮すると、0.005〜0.15%が望ましい。Zr添加量が0.15%を超えると靱性が低下する傾向にある。
【0038】
Snは、耐食性を向上させる元素であり、必要に応じて0.05〜0.50%添加する。0.05%未満の添加では、耐食性の向上効果が無い。0.50%超の添加で、その効果は飽和する。但し、熱間加工性や溶接性を考慮すると、0.05〜0.20%が望ましい。
【0039】
Wは、耐食性や耐熱性を向上させる元素であり、必要に応じて0.1〜2.0%添加する。0.1%未満の添加では、耐食性や耐熱性の向上効果が無い。2.0%超の添加で、その効果は飽和する。但し、合金コストや靭性を考慮すると、0.1〜1.0%が望ましい。
【0040】
Mgは、脱酸剤として活用する他、溶接部および鋳造組織の組織微細化に有効な元素であるため、必要に応じて0.0002〜0.0100%添加する。0.0002%未満の添加では、溶接部および鋳造組織の組織微細化に対し効果がない。0.0100%超の添加で、その効果は飽和する。但し、製造性を考慮すると、0.0002〜0.0020%が望ましい。
【0041】
Caは、Sと結合して熱間加工性を向上させるため必要に応じて0.0005〜0.0100%添加する。0.0005%未満の添加では、熱間加工性に対し効果がない。0.0100%超の添加で、その効果は飽和する。但し、耐食性を考慮すると、0.0005〜0.0010%が望ましい。
【0042】
次に、本発明のポイントとなるフェライト相の結晶方位強度について説明する。
【0043】
フェライト相およびオーステナイト相は、圧延および熱処理によって、特性に影響する結晶方位の強度が変化する。結晶方位強度は種々の測定があるが、本発明ではX線回折によって得られる結晶方位強度を規定する。
図1に異なる面内異方性を有する2相ステンレス鋼板(1.0mm厚の冷延・焼鈍板、冷延圧下率78%、焼鈍温度1050℃)のフェライト相の集合組織を示す。ここで、集合組織については、X線回折装置(理学電機工業株式会社製)を使用し、Mo−Kα線を用いて、板厚中心領域(機械研磨と電解研磨の組み合わせで中心領域を現出)の(200)、(310)および(211)正極点図を得、これらから球面調和関数法を用いて3次元結晶方位密度関数を得た。
【0044】
図1は、Bunge法と呼ばれる3次元集合組織の表記であり、結晶方位強度(ランダムサンプルとの強度比率)が等高線で見ることが出来る断面(φ2=45°断面)である。これより、比較鋼はフェライト相の圧延方位である{100}<011>、{211}<011>が顕著に発達しており、最大強度は18と高く、r値の面内異方性を示すΔrが1.34と高く、プレス成形性が劣る。
【0045】
一方、本発明鋼は、上記の方位の発達が抑制されており、結晶方位の最大強度が8と比較鋼よりも低く、Δrも0.38と低異方性を示す。これは、r値の面内異方性は母相であるフェライト相が支配的であり、特定の集合組織の発達を抑制することで低異方性が有効であると言える。
図2にフェライト相の結晶方位強度とΔrの関係を示す。最大強度が10以下でΔrが0.5以下となるため、本発明におけるフェライト相の結晶方位強度は10以下とした。下限値はランダム状態の1である。Δrは、低い方が望ましいが、0.5以下であれば、プレス時の形状に関する問題は生じないことから、本願ではΔrを0.5以下としたが、更に望ましくは0.4以下が良い。
【0046】
なお、ここでの面内異方性はr値の面内異方性を示しており、公知の次式(1)で表わされるΔrが指標となる。
Δr=|(r
0+r
90)/2−r
45| ・・・・ 式(1)
ここで、r
0は圧延方向と平行方向のr値、r
90は圧延方向と直角方向のr値、r
45は圧延方向と45°方向のr値で、JIS Z2254で準拠される方法で測定される。Δrが大きいと面内異方性が大きく、上記の観点からΔr値は小さい方が望まれる。
【0047】
本発明では、フェライト・オーステナイト2相ステンレス鋼のオーステナイト相率(面積率)についても面内異方性を低減する要素となる。オーステナイト相は、第2相として熱延工程にて析出し温度によってその析出量は変化する。本発明では、フェライト相の結晶方位強度を冷間圧延にて制御し、冷間圧延後の焼鈍後もその結晶方位特性を維持し、低面内異方性を発現させるという新しい技術思想を見出した。オーステナイト相が無い場合、またはオーステナイト相とフェライト相の硬度差が小さい場合、フェライト相は圧延変形により急激に特定の結晶方位が発達してしまい(圧延集合組織の発達)、その後の熱処理によっても結晶方位の強度は強くなる(再結晶集合組織の発達)。
【0048】
一方、本発明の鋼組成の場合、母相のフェライト相は、第2相のオーステナイト相に比べて軟質であるため、冷延工程でロールにより拘束された状態で変形を受ける場合、硬質なオーステナイト相から極めて不均一な変形を受ける。本発明では、オーステナイト相とフェライト相の硬度をナノインデンテーション法で詳細に測定した結果、オーステナイト相の硬度がフェライト相の硬度の1.1倍以上の場合に低異方性が発現することを見出した。これは、変形過程で硬質なオーステナイト相から母相のフェライト相に不均一歪が多く導入されるため、結晶方位回転が局所的に不均一になり、特定の結晶方位の発達を抑制するためである。低面内異方性の安定化のためには、硬度比は1.2以上が望ましい。硬度比の上限が2.0超になると、オーステナイト相が著しく硬化した状態となり、成形加工時にフェライト相とオーステナイト相の界面で割れが生じるため、上限は2.0が望ましい。
【0049】
この作用は、オーステナイト相の相分率(面積分率)が影響することを見出し、
図3に示す様に40%以上90%以下の相率があればΔrが0.5以下となるため、下限を40%、上限を90%とした。
【0050】
なお、
図1の本発明鋼に対し、オーステナイト相率を変化させるため、冷延板の焼鈍温度を950℃から1150℃に変化させた。オーステナイト相の40%は1100℃の焼鈍温度の条件に対応する。一方、オーステナイト相率が過度に増加すると冷延過程でオーステナイト相から過度な不均一変型を受け、冷延焼鈍後のフェライト相の集合組織が発達するため、異方性が大きくなる。よって、オーステナイト相率は40〜90%とした。なお、オーステナイト相の90%は、1000℃の焼鈍温度の条件に相当する。ここで、オーステナイト相の分率(面積分率)は、フェライトメーターで測定したが、画像解析装置やEBSP解析装置などにより求めても良い。更に安定的に面内異方性を小さくし、かつ強度や延性も考慮すると、50〜80%の相率が望ましい。さらに60〜80%が好適である。
【0052】
本発明の鋼板の製造方法は、製鋼−熱間圧延−酸洗−冷間圧延−焼鈍・酸洗の各工程よりなる。製鋼においては、前記必須成分および必要に応じて添加される成分を含有する鋼を、転炉あるいは電炉溶製し、続いて2次精錬を行う方法が好適である。溶製した溶鋼は、公知の鋳造方法(連続鋳造)に従ってスラブとする。スラブは、所定の温度に加熱され、所定の板厚に連続圧延で熱間圧延される。熱間圧延は複数スタンドから成る熱間圧延機で圧延された後に巻き取られる。本発明では、鋳造および熱間圧延条件には特に規定せず、成分に応じて適宜選択すれば良い。
【0053】
熱間圧延後は、熱延板焼鈍を施しても省略しても良く、酸洗処理後、冷間圧延に供される。冷間圧延においては、冷延の圧下率を90%以下とする。
図4に圧下率とΔrの関係を示した様に、90%を超えるとΔrが0.5超になり、面内異方性が大きくなる。これは、冷延での歪が過度に大きくなるため、フェライト相の結晶方位強度が急激に高くなるためである。更に、延性や生産性を考慮すると、30〜80%が望ましい。冷間圧延における他の条件(ロール径、パス数、圧延温度等)は特に規定せず、生産性に応じて適宜選択すれば良い。
【0054】
冷間圧延後の焼鈍は、オーステナイト相量の調整のために施され、オーステナイト相を40%以上とするために、加熱温度を1100℃以下とし、90%以下とするために1000℃以上とする。但し、過度に高温焼鈍は、逆にオーステナイト相量の減少、結晶粒の粗大化、フェライト相の結晶方位強度の増加をもたらすことから、加熱温度は1000〜1100℃とする。更に、延性や靭性の観点から、1020〜1075℃が望ましい。また、加熱後の冷却速度が遅すぎると、冷却過程でCr炭窒化物が析出し、靭性や耐食性が劣化することから、500℃までの冷却速度を5℃/sec以上とする。500℃/sec超の冷却速度にすると鋼板形状が著しく劣化するため上限を500℃/secとした。なお、生産性や酸洗性を考慮すると冷却速度は10〜50℃/secが望ましく、冷却方法は気水冷却、水冷など適宜選択すれば良い。
【0055】
オーステナイト相の硬度をフェライト相の硬度の1.1倍にするためには、Nをオーステナイト中に濃化させてオーステナイト相を硬質化する必要があり、本発明では冷却過程の400〜500℃の温度域において5sec以上保持することでオーステナイト相にNを濃化させる。但し、500sec超の保持は、生産性を著しく劣化させるため、上限を500secとした。更に、生産性を考慮すると保持時間は60sec以下が望ましい。
【0056】
他工程の製造方法については特に規定しないが、熱延板厚、冷延板焼鈍雰囲気などは適宜選択すれば良い。また、冷延・焼鈍後に調質圧延やテンションレベラーを付与しても構わない。更に、製品板厚についても、要求部材厚に応じて選択すれば良い。
【実施例】
【0057】
表1に示す成分組成の鋼を溶製してスラブに鋳造し、スラブを熱間圧延して3.5mm厚の熱延コイルとした。その後、熱延コイルを焼鈍・酸洗し、圧下率78%で冷間圧延し、1050℃に加熱後、500℃までの冷却速度を10℃/secとして焼鈍後、酸洗を施して製品板とした。このようにして得られた製品板から、先述した方法でΔr、結晶方位強度およびオーステナイト相率の測定を行なった。
【0058】
【表1】
【0059】
鋼No.1〜10は本発明範囲の鋼成分であり、オーステナイト相率、フェライト相の結晶方位の最大強度が本発明範囲を満足し、異方性の指標であるΔrが0.5以下であり、面内異方性が小さいフェライト・オーステナイト2相ステンレス鋼板が得られている。 一方、鋼No.11はSUS329J4Lに相当する鋼であり、Ni、Moが本発明範囲から外れておりオーステナイト相率およびフェライト相の結晶方位の最大強度が著しく高いため、Δrが0.5超と異方性が大きい。
【0060】
鋼No.12、14および17は、それぞれオーステナイト生成元素であるC、Mn、Nが本発明範囲の下限外れであるため、オーステナイト相率とフェライト相の結晶方位強度が本発明範囲外となりΔrが大きい。
【0061】
鋼No.13、16、18、20、21、25、26は、それぞれSi、Cr、Mo、B、Al、Sn、Wというフェライト生成元素が本発明範囲の上限外れであり、フェライト相率が多くなるためフェライト相の結晶方位が顕著に発達し、Δrが大きい。
【0062】
鋼No.15と18は、オーステナイト生成元素であるNi、Cuが上限外れであり、オーステナイト相率が過度に多くなることでフェライト相の結晶方位強度が外れΔrが大きい。鋼No.22〜24は、Ti、Nb、Zrが上限外れであり、オーステナイト生成元素であるCやNと結合することで、オーステナイト相率を下げてしまいΔrを大きくする。
【0063】
表2には、本発明の鋼No.1〜4について、冷延圧下率と冷延板焼鈍条件を変えて製造した場合の先述した方法でΔr、結晶方位強度およびオーステナイト相率の測定結果を示す。
【0064】
表2に示すように、本発明範囲で製造した本発明例の鋼No.1〜4は、Δrが小さく、面内異方性が小さくプレス成形性は良好であった。これに対して、冷延圧下率、冷延板焼鈍温度および冷却速度が本発明範囲から外れる比較例の鋼No.1〜4の場合は、Δrが大きくなり、面内異方性が大きくプレス成形性に問題があった。
【0065】
【表2】