(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
請求項1または2に記載の鋼部材の製造方法であって、請求項1または2に記載の成分組成を満たす鋼片を熱間圧延後、焼入れを、加熱温度:900℃以上950℃以下、かつ該加熱温度での保持時間:60分以上の条件で行い、その後、溶接および溶接後熱処理(PWHT)を行うことを特徴とする鋼部材の製造方法。
【背景技術】
【0002】
石油精製をはじめとする化学工業で用いる中・高温圧力容器は、操業の高能率化を目的に、更なる耐高温高圧化が要求される傾向にある。よって、上記圧力容器等の鋼部材に使用される鋼板は、厚肉化や高強度化が求められている。また安全性の観点から、上記鋼部材に対し高レベルの靭性も要求されている。
【0003】
これら所望の強度等を得るべく、上記鋼板には、焼ならしや焼入れが施される。しかし上記鋼板の板厚が厚いと、焼ならしまたは焼入れ時の鋼板内部(特に板厚中央部)の冷却速度が小さく、所望の強度等が得られにくいといった問題がある。また上記圧力容器等の鋼部材は、上記鋼板を溶接した後、ひずみ除去のために応力除去焼なまし(溶接後熱処理:Post Welding Heat Treatment、以下「PWHT」という)が施されて得られる。上記鋼板として板厚の厚いものを用いると、ひずみ除去のためにPWHTを長時間とする必要があるが、長時間のPWHTが施された鋼部材は、靭性等が低下するといった問題もある。
【0004】
これらの問題を解消するため、従来、行われてきた焼ならしを、焼入れに変更して板厚内部の冷却速度を高めることが考えられる。しかし鋼板の板厚が厚い場合、該手段でも冷却速度を十分速めることができず、高強度化や高靭性化の要求に対し十分対応しきれない。
【0005】
また、高靭性を確保する方法として、合金元素量を高めることが挙げられる。上記圧力容器等の鋼部材には、合金元素としてCrおよびMoを含むCr−Mo鋼が用いられる。上記Cr−Mo鋼として、例えば2.25Cr−1.0Mo鋼を用いた場合には、靭性の確保が難しい、厚鋼板の板厚中央部でも良好な靭性が得られることが知られている。しかし近年は、省資源化やコストダウンの志向が高まっている。よって、上記2.25Cr−1.0Mo鋼よりも合金元素量を抑えたCr−Mo鋼(例えば1.25Cr−0.5Mo鋼)を用いることを前提に、板厚中央部の強度と靭性に優れた鋼部材を実現することが強く求められている。
【0006】
上記課題に対し、合金元素量を抑えつつ化学成分を適正に調整することによって、高強度や高靭性を達成する技術が提案されている。例えば特許文献1および2には、靭性確保の難しい1.25Cr−0.5Moレベルの成分組成の鋼を対象に、低温靭性を改善する技術が示されている。
【0007】
特許文献1には、NbおよびCaを添加することで、焼入れ性を確保し、かつSR(Stress Releif、応力除去焼鈍)時の特性低下の抑制を図った技術が示されている。しかしこの技術を、造塊法での鋳造が主となる極厚材に適用すると、前記Caが粗大な介在物を形成し、靭性に悪影響を及ぼす懸念がある。よって、板厚のより大きな鋼部材の板厚中央部の靭性を、安定して確保することは難しいと思われる。
【0008】
また特許文献2には、製造工程において、焼入れ前に制御圧延、または、制御圧延+加速冷却を施すことにより、オーステナイト粒径を微細化し、低温靭性を確保した技術が示されている。しかしこの技術では、100mmを超えるような極厚材を製造する場合、上記制御圧延は、圧延ラインの生産性を著しく低下させるため、実用的とは言い難い。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明者は、合金元素量が、前記2.25Cr−1.0Mo鋼よりも抑えられたCr−Mo鋼(例えば1.25Cr−0.5Moレベルの鋼)からなり、かつ板厚が90mm以上の厚鋼板(以下、単に「鋼板」ということがある)を用いることを前提に、該厚鋼板に対し、特に長時間のPWHTを施した場合であっても、板厚中央部の靭性(低温靭性)と強度に優れた鋼部材を得るべく、鋭意研究を重ねた。
【0019】
その結果、鋼部材の板厚中央部の高靭性を確保するには、特に、
・微細な組織とする。詳細には(a)焼戻ベイナイトおよび/または焼戻マルテンサイトとすると共に、(b)隣接する2つの結晶の方位差が15°以上の大角粒界で囲まれた結晶粒の平均円相当径(以下、単に「大角粒界サイズ」ということがある)を20μm以下とする;
・粗大化しやすく破壊の起点となりやすい粒界炭化物の微細化を図る。詳細には(c)粒界炭化物の最大径を0.8μm以下とする;および
・焼戻し脆化感受性の抑制(以下、「焼戻し脆化の抑制」「粒界破壊(粒界割れ)の抑制」ともいう)を図る。詳細には、後述する成分組成を満たすようにする;
ことが有効であることを見出した。
【0020】
また、鋼部材の板厚中央部の高強度を確保するには、特に、
・微細な組織とする。詳細には(a)焼戻ベイナイトおよび/または焼戻マルテンサイトとする;と共に、
・粒界炭化物の分率を制御する。詳細には(d)粒界炭化物の分率を1.0面積%以上とする;
ことが有効であることを見出した。
【0021】
以下では、本発明の鋼部材の、板厚中央部の組織(ミクロ組織)に関する上記(a)〜(d)についてまず説明する。
【0022】
尚、以下の説明では、「板厚中央部の組織」を、単に「組織」という。また、下記に示す特性、即ち、強度、靭性(低温靭性)は、鋼部材(即ち、厚鋼板に対して溶接およびPWHTを施した後)の少なくとも板厚中央部の各特性をいうものとする。
【0023】
[(a)組織が焼戻ベイナイトおよび/または焼戻マルテンサイトからなり、かつ(b)隣接する2つの結晶の方位差(結晶方位差)が15°以上の大角粒界で囲まれた結晶粒の平均円相当径が20μm以下]
上記焼戻ベイナイトおよび/または焼戻マルテンサイトは、微細な組織であり、特に極厚材の板厚中央部の強度および靭性を確保するのに有効な組織である。本発明の鋼部材は、組織が焼戻ベイナイトおよび/または焼戻マルテンサイトであり、その他の組織としてポリゴナルフェライト、残留オーステナイト、パーライト等は実質含まれない。ポリゴナルフェライトが存在する場合、結晶粒サイズの粗大な上部ベイナイト組織が主体となり、良好な靭性を確保することができない。
【0024】
板厚中央部の組織を、上述の通り、焼戻ベイナイトおよび/または焼戻マルテンサイトとすることで、組織の微細化を図ることができるが、本発明では、組織の確実な微細化により所望の靭性を得るべく、板厚中央部の組織(即ち、焼戻ベイナイトおよび/または焼戻マルテンサイト)の大角粒界サイズを20μm以下とする。
【0025】
焼戻ベイナイトと焼戻マルテンサイトの組織の場合、一般的には、隣接する2つの結晶の方位差(結晶方位差)が15°以上の、いわゆる大角粒界は、隣接する2つの結晶方位差が大きいため、脆性破壊の進展が湾曲され、脆性破壊の破面単位が小さくなり、靭性向上に寄与する。本発明では、一定領域あたりに占める大角粒界を増やして、靭性を十分に向上させるべく、上記の通り、大角粒界サイズ(上記大角粒界で囲まれた結晶粒の平均円相当径)を20μm以下とする。該大角粒界サイズは、後述する実施例に示す通り、EBSP(Electron Back Scattering Pattern)法を用いて測定できる。該大角粒界サイズは、好ましくは15μm以下、より好ましくは13μm以下である。大角粒界サイズの下限は、製造上、おおよそ10μm程度となる。
【0026】
[(c)粒界炭化物の最大径が0.8μm以下、かつ(d)粒界炭化物の分率が1.0面積%以上]
本発明の鋼部材は、上述の通り、PWHT(特には長時間のPWHT、更には高温長時間のPWHT)を受けたものである。鋼部材を構成するCr−Mo鋼は、PWHTを受けると、一般的にM
23C
6の粒界炭化物が生成する。このPWHTの条件が高温、長時間といった厳しい条件になると、上記粒界炭化物は粗大化して破壊の起点となりやすく、靭性劣化を招く。本発明では、鋼部材の板厚中央部において、粒界炭化物の最大径を0.8μm以下とすることによって、優れた靭性を確保する。該粒界炭化物の最大径は、好ましくは0.6μm以下、より好ましくは0.5μm以下である。尚、上記粒界炭化物の最大径の下限は、本発明で規定の成分組成および製造条件の範囲内において、おおよそ0.2μm程度である。
【0027】
また、粒界炭化物量が少なすぎると、鋼部材の強度確保が困難となる。よって、粒界炭化物の分率(後述する実施例に示す通り、板厚中央部の全組織に占める粒界炭化物の割合)は1.0面積%以上とする。該粒界炭化物の分率は、好ましくは2.0面積%以上である。尚、粒界炭化物の分率は、C量の増加に伴い増加するが、C量が増加すると炭化物が粗大になり、靭性の低下を招きやすい。よって靭性確保の観点から、下記に示す通りC量上限を規定しており、該C量の範囲内において、粒界炭化物の分率の上限は5.0面積%程度となる。
【0028】
本発明では、板厚中央部の組織を上記の通り制御する必要があるが、その他の部位(例えば板厚表層部等)の組織については特に限定されない。なお、板厚中央部より表層側の部分は、板厚中央部よりも一般的に焼入れ時の冷却速度が大きいので、板厚中央部よりも微細な組織が得られやすく、強度、靭性ともに板厚中央部よりも良くなる傾向にある。
【0029】
板厚中央部において、上記(a)および(b)の微細な組織を得るには、化学成分として特に、Bを所定量含有させ、フリーB(固溶B)として存在させることによって焼入れ性を高めることが必要であり、そのためには、フリーBを確保すべく、Bと結合してBNを形成しやすいNを、Alを適正量添加してAlNとして固定する(このAlNは、焼入れ時に旧オーステナイト(γ)粒の粗大化を抑制して、微細な組織を得るために有用である。)ことが重要である。更に製造条件として、後に詳述する通り、焼入れ時の加熱温度および加熱保持時間を適正に制御することが重要である。
【0030】
また上記(c)および(d)のとおりの粒界炭化物のサイズ・分率を達成するには、C量やCr量の制御が必要である。
【0031】
更に、焼戻し脆化感受性を抑制して靭性を確保するには、Si等の含有量の制御が必要である。
【0032】
以下ではまず、これら組織や特性の確保に必要な(化学)成分組成について説明する。
【0033】
[C:0.12%以上0.18%以下]
Cは、厚鋼板の焼入れ時に、冷却速度の小さい板厚中央部でも、焼戻ベイナイトおよび/または焼戻マルテンサイトを得るために必要な元素である。また、粒界炭化物を確保して、十分な母材強度を得るためにも必要な元素である。これらの効果を十分発揮させるため、C量を0.12%以上とする。C量は、好ましくは0.13%以上、より好ましくは0.15%以上である。しかしC量が過剰であると、長時間のPWHT後に、粒界炭化物の粗大化を招き、靭性が劣化する。また、鋼板の溶接時に溶接割れが生じやすくなる。よってC量は0.18%以下とする。C量は、好ましくは0.17%以下、より好ましくは0.16%以下である。
【0034】
[Si:0.50%以上0.80%以下]
Siは、鋼部材の母材強度(即ち、板厚中央部の強度)向上に有効な元素である。また脱酸材として用いられる元素でもある。これらの効果を発揮させるため、Si量は0.50%以上とする。Si量は、好ましくは0.55%以上、より好ましくは0.60%以上である。しかしながら、Si含有量が過剰になると、焼戻し脆化感受性が高まり、靭性が劣化するので、0.80%以下とする。Si量は、好ましくは0.75%以下、より好ましくは0.70%以下である。
【0035】
[Mn:0.40%以上0.70%以下]
Mnは、オーステナイトを安定化させ、変態温度を低温化させることで、焼入れ性を向上させ、微細な組織を得て、その結果、強度と靭性を確保する上で有効な元素である。こうした効果を発揮させるため、Mnは0.40%以上含有させる。Mn量は、好ましくは0.45%以上であり、より好ましくは0.48%以上である。しかしながらMnを過剰に含有させると、焼戻し脆化感受性が高まり、靭性が劣化する。よって、Mn量の上限を0.70%とする。Mn量は、好ましくは0.65%以下、より好ましくは0.60%以下である。
【0036】
[P:0.015%以下(0%を含まない)]
不可避的不純物であるPは、母材と溶接部の靭性に悪影響を及ぼすとともに、特に鋼部材の粒界に偏析し、粒界割れを招き、靭性を劣化させる。これらの不都合を招かないため、P量は0.015%以下に抑制する。P量は、好ましくは0.010%以下である。
【0037】
[S:0.005%以下(0%を含まない)]
Sは、MnSを形成し、鋼板の溶接時に溶接割れを招きやすい元素である。よってSは、できるだけ少ない方が好ましく、S含有量は0.005%以下、好ましくは0.003%以下に抑える。
【0038】
[Al:0.040%以上0.080%以下]
Alは、上述の通り、本発明では非常に重要な元素であり、焼入れ時にNをAlNとして固定し、フリーBによる焼入れ性確保に必要な元素である。また、AlNは、焼入れ時の旧γ粒の粗大化を抑制し、微細な組織を得るために有用である。更にAlは脱酸に必要な元素でもある。これらの効果を発揮させるため、Al量を0.040%以上とする。Al量は、好ましくは0.045%以上、より好ましくは0.050%以上である。一方、Al量が過剰になると、アルミナ系の粗大な介在物が形成されて靭性が低下する。よってAl量は0.080%以下とする。好ましくは0.075%以下であり、より好ましくは0.071%以下である。
【0039】
[Cu:0.05%以上0.40%以下、およびNi:0.05%以上0.40%以下]
CuおよびNiは、靭性を大きく損なうことなく、強度を高めるのに有効な元素である。この効果を十分に発揮させるため、Cuを0.05%以上(好ましくは0.10%以上、より好ましくは0.11%以上、更に好ましくは0.20%以上)、かつNiを0.05%以上(好ましくは0.10%以上、より好ましくは0.15%以上、更に好ましくは0.16%以上)含有させる。ただし、これらの元素の多量の添加はコストアップを招くため、Cu、Niそれぞれの含有量の上限は0.40%以下とする。Cu量は、より好ましくは0.37%以下、更に好ましくは0.30%以下である。またNi量は、より好ましくは0.38%以下、更に好ましくは0.30%以下である。
【0040】
[Cr:1.25%以上1.50%以下]
Crは、PWHTによる炭化物の粗大化を抑制し、鋼部材の靭性を確保するのに有効な元素である。また、中・高温域における強度の確保、更には耐食性の向上にも有効な元素である。これらの効果を発揮させるため、Crを1.25%以上含有させる。Cr量は、好ましくは1.35%以上、より好ましくは1.39%以上である。一方、Crを過剰に含有させると、焼戻し脆化感受性が高まり、PWHT後に粒界破壊が生じやすく、靭性に悪影響を及ぼす。また過剰のCrは、加工性や溶接性の低下、更には製造コストの上昇を招く。よって、Cr量は1.50%以下とする。Cr量は、好ましくは1.45%以下、より好ましくは1.40%以下である。
【0041】
[Mo:0.45%以上0.65%以下]
Moは、焼入れ性を高めるとともに、焼戻し脆化の抑制に有効な元素である。これらの効果を得るには、Moを0.45%以上含有させる必要がある。Mo量は、好ましくは0.50%以上であり、より好ましくは0.55%以上である。一方、Mo量が0.65%を超えても効果の向上は小さく、製造コストの上昇につながるため、Mo量の上限は0.65%とする。Mo量は、好ましくは0.62%以下、より好ましくは0.60%以下である。
【0042】
[N:0.0030%以上0.0060%以下]
Nは、Alとともに本発明に重要な元素である。AlNを生成し、焼入れ時にNを固定することにより、フリーBによる焼入れ性向上効果を最大限発揮させることができる。またAlNは、焼入れ時の旧γ粒の粗大化を抑制し、微細な組織を得るために有用である。N量が0.0030%未満であると、AlNが不足し、旧γ粒が粗大になり、その結果、微細な組織が得られず靭性が劣化する。よって、N量は0.0030%以上とする。好ましくは0.0035%以上、より好ましくは0.0040%以上である。一方、N量が0.0060%を超えると、AlによるN固定効果が得られず、BNが生成してしまい、フリーBによる焼入れ性向上効果が阻害されて、組織が粗大化し、靭性が劣化する。よってN量は0.0060%以下とする。N量は、好ましくは0.0055%以下であり、より好ましくは0.0050%以下である。
【0043】
[B:0.0003%以上0.0010%以下]
Bは、上述した通り、フリーB(固溶B)として存在させることで、焼入れ性を高め、特に、焼入れ時の冷却速度が遅い厚鋼板の板厚中央部においても、微細な組織を得ることができ、その結果、上記板厚中央部においても優れた靭性を確保することができる。この様な効果を得るには、前述のAlおよびNの含有量と後述する焼入れ条件を制御することを前提としても、Bは0.0003%以上必要である。B量は、好ましくは0.0005%以上であり、より好ましくは0.0007%以上である。一方、Bを過度に含有させると、かえって焼入れ性が低下する場合や、溶接割れ等を招くことがあるため、B量の上限は0.0010%とする。B量は、好ましくは0.0009%以下であり、より好ましくは0.0008%以下である。
【0044】
本発明鋼材の成分は上記の通りであり、残部は鉄および不可避不純物からなるものである。上記元素に加えて更に、下記に示す通りVを適量含有させてもよい。
【0045】
[V:0.005%以上0.030%以下]
Vは、炭化物、窒化物を形成して強度向上に寄与するとともに、焼入れ性を高めて微細な組織を得るのにも有効な元素である。これらの効果を得るには、V量を0.005%以上含有させることが好ましい。より好ましくは0.010%以上である。一方、Vの過剰な添加は、コストの上昇を招くため、上限は0.030%とすることが好ましい。V量は、より好ましくは0.028%以下、更に好ましくは0.020%以下である。
【0046】
次に、本発明の鋼部材の製造方法について説明する。
【0047】
上記の成分組成を有する鋼片を、常法により熱間圧延して厚鋼板を得た後、該厚鋼板に対し、焼入れ(必要に応じて更に焼戻し)を行う。上記厚鋼板の板厚は、90mm以上(更には100mm以上、特には120mm以上)である。
【0048】
鋼部材の上記(a)および(b)で規定の微細な組織を得るには、製造工程において、該鋼部材に用いられる厚鋼板に対し、下記の条件で焼入れを行う必要がある。
【0049】
[焼入れ時の加熱温度:900〜950℃、加熱保持時間:60分以上]
焼入れ時の加熱温度を900〜950℃(特に900℃以上とすること)、かつ加熱保持時間を60分以上とすることによって、旧γ粒をある程度成長させることができ、その結果、焼入れ性が向上し、微細な組織を得ることができる。
【0050】
焼入れ時の加熱温度が900℃を下回ると、焼入れ時の旧γ粒が微細なままであるため、厚鋼板の板厚中央部のように冷却速度の遅い部分では、微細な組織が得られず、優れた靭性を確保することができない。よって、焼入れ時の加熱温度は900℃以上とする。好ましくは910℃以上である。一方、加熱温度が950℃を超えると、AlNとして固定していたNが一部固溶し、Bと結合してBNとなり、フリーBによる焼入れ性向上効果が得られない。その結果、微細な組織が得られず、靭性が劣化する。よって、焼入れ時の加熱温度は950℃以下とする。好ましくは940℃以下である。
【0051】
また、加熱温度が所定の範囲内にあっても、該加熱温度での保持時間(加熱保持時間)が60分より短いと旧γ粒が微細なままであるため、所定量のBを含んでいても十分な焼入れ性が得られず、その結果、組織が粗大化して靭性が劣化する。よって加熱保持時間は60分以上とする。好ましくは80分以上である。加熱保持時間の上限は、生産性等の観点から150分程度である。
【0052】
尚、上記の通り焼入れ時の条件を制御して、旧γ粒径を50〜100μm程度の範囲内とすれば、所望の微細な組織が容易に得られるため好ましい。
【0053】
前記焼入れに続いて焼戻しを行う場合、焼戻しは、下記の条件で行うことが推奨される。
【0054】
[焼戻し温度:620℃以上A
C1点以下]
前記焼入れでは、板厚によらず表層近傍は冷却速度が大きく、表層の硬さが硬くなりやすいため、焼入れ後、焼戻しを行うことにより鋼板の曲げ加工等の加工性を向上させることができる。よって、鋼部材の製造工程において、該鋼板の加工性を向上させる観点からは、表層の硬さを減じるために焼戻しを行うことが好ましい。焼戻しの条件としては、焼戻し温度を620℃以上A
C1点以下とすることが好ましい。焼戻し温度を620℃以上とすることによって、表層の硬さが十分低減されて、良好な加工性を確保することができる。焼戻し温度は、より好ましくは700℃以上である。一方、焼戻し温度がA
C1点を超えると、組織の一部が逆変態し、その後空冷されるため、ポリゴナルフェライトが混在するようになり、強度低下を招き、かつ逆変態部は組織が粗いため、靭性低下も招く。よって、焼戻し温度の上限はA
C1点とすることが好ましい。より好ましくは750℃以下である。
【0055】
尚、上記A
C1点は、A
C1点=723−14×[Mn]+22×[Si]−14.4×[Ni]+23.3×[Cr](但し、[Mn],[Si],[Ni]および[Cr]は、夫々Mn,Si,NiおよびCrの含有量(質量%)を示す)の式から算出される。
【0056】
本発明の鋼部材は、上記焼入れ(更には必要に応じて焼戻し)を行って得られた厚鋼板に対し、一般的に行われている方法で溶接、更には、上述した通りひずみを除去するためにPWHTを施して得られる。PWHTの条件として、加熱温度:600〜690℃、加熱時間:5時間〜22時間とすることが挙げられるが、本発明は特に、下記式(1)で示されるP値(Hollomon−Jaffeパラメータと呼ばれる値)が20以上となる高温長時間の厳しい条件(例えば、温度:680℃以上かつ加熱時間20時間以上の場合、P値は20.3)のPWHTを施した場合に、本発明の効果が十分に発揮される。
P値=T×(20+logt)×10
−3 …(1)
[式中、T:加熱温度(K)、t:加熱時間(hr)]
【0057】
本発明は、PWHT(特には高温長時間のPWHT)後に、板厚中央部の強度および靭性の確保が難しい厚肉材を対象とするものである。よって、上記厚鋼板を用いて得られる鋼部材も、板厚が90mm以上(更には100mm以上、特には120mm以上)のものを対象とする。
【0058】
本発明の鋼部材は、例えば石油精製をはじめとする化学工業で用いる中・高温圧力容器等として用いることができる。
【実施例】
【0059】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0060】
表1に示す(化学)成分組成(残部は鉄および不可避不純物である。表1中の空欄は元素を添加していないことを示している。)を満たす鋼片に対し、常法により熱間圧延を施した後、表2に示す条件で焼入れを行い、表2に示す板厚(この板厚は、鋼部材を模擬した試験片の板厚でもある)の鋼板を得た。下記表2および表3における鋼No.A1−13以外の例では、更に、表2または表3に示す条件で焼戻しを行った。尚、焼入れ時および焼戻し時の加熱温度は、鋼板の板厚中心部の温度であり、熱処理炉の炉内雰囲気温度と在炉時間から差分法により計算するか、実験炉を用いた場合は同板厚のダミー材に熱電対を差し込んで実測した温度である。
【0061】
更に、溶接後のPWHTを模擬して、台車型電気炉(大気雰囲気)で、加熱温度:690℃で加熱保持時間:22時間(現状実施されている条件の中でも著しく厳しい条件。この場合、P値は20.6である)の条件で熱処理を行って、鋼部材を模擬した試験片を得た。室温から上記加熱温度までの昇温速度と、上記加熱温度から室温までの降温速度は、いずれも55℃/hr以下とした。
【0062】
尚、鋼部材を製造する際、前記鋼板を溶接してからPWHTを施すが、該溶接として例えば多層溶接が実施される後、該溶接は、鋼部材(溶接熱影響部も含む)の特性(特に靭性)に悪影響を及ぼすことは少ないため、本実施例では、溶接に関する熱処理は施さずに試験片を作製した。
【0063】
上記の様にして得られた試験片を用い、金属組織の評価、引張試験、およびシャルピー衝撃試験を下記の要領で実施した。また、鋼板の加工性(鋼部材の製造工程で要求されうる特性)を評価するため、前記PWHT実施前の鋼板を用いて表層硬さの測定を行った。
【0064】
[金属組織の観察]
金属組織の観察は以下のようにして実施した。
(1)圧延方向に平行でかつ鋼板表面に対して垂直な、鋼板表裏面を含む板厚断面を観察できるよう上記鋼板からサンプルを採取する。
(2)湿式エメリー研磨紙(#150〜#1000)での研磨、またはそれと同等の機能を有する研磨方法(ダイヤモンドスラリー等の研磨剤を用いた研磨等)により、観察面の鏡面仕上を行う。
(3)研磨されたサンプルを、3%ナイタール溶液を用いて腐食し、結晶粒界を現出させる。
(4)t(板厚)/2部位において、現出させた組織を400倍の倍率で写真撮影する(本実施例では6cm×8cmの写真として撮影)。次に、撮影した写真にて、旧オーステナイト粒界にポリゴナルフェライトが生成しているものを判別し、黒く塗りつぶす。次に、前記写真を画像解析装置に取り込む(前記写真の領域は400倍の場合、150μm×200μmに相当する)。画像解析装置への取り込みは、いずれの倍率の場合も、領域の合計が1mm×1mm以上となるよう取り込む(即ち、400倍の場合、上記写真を少なくとも35枚取り込む)。
(5)画像解析装置において、写真毎に黒色の面積率を算出し、全ての写真の平均値をポリゴナルフェライト(PF)分率とし、全体から差し引いたものを焼戻ベイナイトおよび/または焼戻マルテンサイト(B+M)の分率とする。
【0065】
尚、ここでいう焼戻ベイナイトは、上部ベイナイト、下部ベイナイト、ベイニティックフェライトなどが焼戻された組織をいうが、一般的に焼戻マルテンサイトも含め、これらの組織を選別することは難しいこと、またPWHT後は組織が十分焼き戻されていることから、ポリゴナルフェライト以外の組織を、焼戻ベイナイトおよび/または焼戻マルテンサイト(B+M)とした。尚、本実施例で使用したいずれの試験片にも、パーライト組織は含まれていないことも確認した。
【0066】
[EBSP法による大角粒界サイズの測定]
EBSP法を用いて、隣接する2つの結晶の方位差(結晶方位差)が15°以上の大角粒界で囲まれた結晶粒の平均円相当径(大角粒界サイズ)を求めた。その測定要領は以下の通りである。
(1)圧延方向に平行でかつ鋼板表面に対して垂直な、鋼板表裏面を含む板厚断面を、観察できるよう上記鋼板からサンプルを採取する。
(2)湿式エメリー研磨紙(#150〜#1000)での研磨、またはそれと同等の機能を有する研磨方法(ダイヤモンドスラリー等の研磨剤を用いた研磨等)により、観察面の鏡面仕上を行う。
(3)TexSEM Laboratories社製のEBSP装置を使用し、板厚方向のt/2部において測定範囲:200×200μm、0.5μmピッチで、結晶方位差が15°以上の境界を結晶粒界とし、該結晶粒界で囲まれた結晶粒(大傾角粒)のサイズを測定した。この時、測定方位の信頼性を示すコンフィデンス・インデックスが0.1よりも小さい測定点は解析対象から除外した。
(4)このようにして求められる大角粒界で囲まれた結晶粒のサイズの平均値を算出して、本発明における「(焼戻ベイナイトおよび/または焼戻マルテンサイトの)隣接する2つの結晶の方位差が15°以上の大角粒界で囲まれた結晶粒の平均円相当径」とした。尚、大角粒界で囲まれた結晶粒のサイズが1.0μm以下のものについては、測定ノイズと判断し、平均値計算の対象から除外した。
【0067】
[粒界炭化物のサイズと分率の測定]
粒界炭化物のサイズと分率は下記のとおり測定した。
(1)圧延方向に平行でかつ鋼板表面に対して垂直な、鋼板表裏面を含む板厚断面を観察できるよう上記鋼板からサンプルを採取する。
(2)湿式エメリー研磨紙(#150〜#1000)での研磨、またはそれと同等の機能を有する研磨方法(ダイヤモンドスラリー等の研磨剤を用いた研磨等)により、観察面の鏡面仕上を行う。
(3)研磨されたサンプルを、3%ナイタール溶液を用いて腐食し、結晶粒界を現出させる。
(4)t(板厚)/2部位において、現出させた組織を1000倍の倍率で写真撮影する(本実施例では6cm×8cmの写真として撮影)。次に、前記写真を画像解析装置に取り込む(前記写真の領域は、1000倍の場合、60μm×80μmに相当する)。画像解析装置への取り込みは、領域の合計が0.4mm×0.4mm以上となるよう取り込む(即ち、1000倍の場合は上記写真を少なくとも35枚取り込む)。
(5)画像解析装置において、写真毎に粒界炭化物のサイズ(短軸長さ)および面積率を算出し、全ての写真の粒界炭化物サイズの最大値を算出し、かつ該粒界炭化物の面積率の平均値を粒界炭化物の分率とする。
【0068】
[引張試験(引張特性の評価)]
t(板厚)/2の部位から圧延直角方向に丸棒引張試験片を採取して、ASTM A370の要領で引張試験を行い、降伏強度および引張強度を測定した。そして、降伏強度が310MPa以上、かつ引張強度が515MPa以上のものを、高強度である(引張特性が優れている)と評価した。
【0069】
[シャルピー衝撃試験(衝撃特性の評価)]
t(板厚)/2の部位から圧延直角方向にフルサイズのVノッチ試験片を採取して、ASTM A370の要領で試験温度−10℃にてシャルピー衝撃試験を行い、吸収エネルギーを測定した。なお、吸収エネルギーは3本の試験片の平均値を採用した。そして、吸収エネルギーが100J以上のものを、靭性に優れている(衝撃特性が優れている)と評価した。
【0070】
[表層硬さの測定(鋼板の加工性の評価)]
鋼板の加工性を評価するため、PWHT実施前の鋼板を用い、表面から1mm深さの位置にて、ASTM 370の要領でブリネル硬さ試験を行った。そして、HB250以下の場合、加工性に優れる(○)と評価し、HB250超の場合、加工性は通常レベル(△)と評価した。
【0071】
これらの結果を表2および表3に示す。
【0072】
【表1】
【0073】
【表2】
【0074】
【表3】
【0075】
表1〜3から次のことがわかる。即ち、A1−1、A1−2、A1−4、A1−5、A1−8、A1−9、A1−11〜A1−13、およびA2〜A14の本発明例は、規定の成分組成を満たす鋼を用い、規定の条件で製造しているため、得られた鋼部材は、規定の組織を満たしており、鋼部材の板厚が厚いにもかかわらず、板厚中央部において優れた強度と靭性が得られている。
【0076】
尚、A1−13と、その他の本発明例との対比から、優れた加工性を得るには、規定の条件で焼戻しを行うのが好ましいことがわかる。
【0077】
これに対し、上記以外のNo.は、成分組成・製造条件のいずれかが外れているため、板厚中央部における引張特性と衝撃特性の少なくともいずれかが劣っている。
【0078】
即ち、A1−3は、焼入れ時の加熱保持時間が短すぎるため、旧オーステナイト粒径が微細なままであり、十分な焼入れ性が得られず、その結果、組織が粗大化して靭性が劣化した。
【0079】
A1−6は、焼戻し温度が高すぎるため、ポリゴナルフェライトが形成され、また組織の軟化が生じて、強度と靭性のどちらも劣る結果となった。
【0080】
A1−7は、焼入れ温度が低すぎるため、焼入れ時の旧γ粒のサイズが微細なままであり、その結果、微細な組織が得られず、靭性を確保できなかった。
【0081】
A1−10は、焼入れ温度が高すぎるため、AlNとして固定していたNが一部固溶し、Bと結合して、フリーBによる焼入れ性向上効果が得られず、その結果、微細な組織が得られず、靭性が劣化した。
【0082】
B1〜B15は、下記に詳述する通り、成分組成が外れている例である。
【0083】
B1は、C量が不足しているため、組織として、焼戻ベイナイトおよび/または焼戻マルテンサイトが得られず、かつ粒界炭化物も十分確保できず、強度が不足した。またB2は、C量が過剰であるため、粗大な粒界炭化物が形成され、靭性が劣化した。
【0084】
B3は、P量およびS量が過剰であるため、粒界割れが生じて、靭性が劣化した。B4は、B量が不足しているため、焼入れ性が十分でなく、その結果、微細な組織が得られず、靭性が低下した。
【0085】
B5は、Cr量が不足しているため、粗大な粒界炭化物が形成され、靭性が劣化した。B6は、Al量が不足しているため、焼入れ時に、AlNによる旧γ粒の粗大化抑制効果が得られず、微細な組織が得られなかった。その結果、靭性が劣化した。B7は、Cr量が過剰であるため、焼戻し脆化による粒界破壊が生じて、優れた靭性を確保できなかった。
【0086】
B8は、Si量が不足しているため、所望の強度を確保できなかった。B9は、Al量が過剰であるため、粗大な介在物が形成され、靭性が低下した。またB10は、N量が過剰であるため、AlによるN固定効果が得られず、BNが生成してフリーBによる焼入れ性向上効果が阻害され、その結果、組織が粗大化して靭性が劣化した。
【0087】
B11は、N量が不足しているため、焼入れ時に、AlNによる旧γ粒の粗大化抑制効果が得られず、微細な組織が得られなかった。その結果、靭性が劣化した。
【0088】
B12はSi量が過剰であるため、B13はMn量が過剰であるため、B14はMo量が不足しているため、また、B15はB量が過剰であるため、いずれも焼戻し脆化感受性が高まり、靭性が劣化した。