【実施例】
【0082】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明する。
【0083】
[実施例1]P6の探索
特許文献2で既に特定したペプチド9(=ProTα9)の誘導化を目指し、アミノ酸配列を前後させる、あるいはN末端およびC末端を欠損するなどした11種類のペプチドの効果を評価した。活性評価は網膜虚血モデルにおける一週間後のERGを指標とした。結果を
図2に示す。図中のP1-9はペプチド9を示し、+1N/-1Cはペプチド9の配列のN末端側に1アミノ酸付加、C末端側を1アミノ酸削除したことを示す。
ラットプロサイモシンαの50番目〜58番目のアミノ酸からなる9アミノ酸のペプチド(P+2N/-2C)及び51番目〜57番目のアミノ酸からなる7アミノ酸のペプチド(P+1N/-3C)も、51番目〜56番目のアミノ酸からなるペプチド(P+1N/-4C)と同等の活性を有するが、51番目〜55番目のアミノ酸からなる5アミノ酸のペプチド(P+1N/-5C)及び49番目〜57番目のアミノ酸からなる9アミノ酸のペプチド(P+3N/-3C)では活性が低下した。従って、最短でかつ活性を維持しているペプチド配列として配列番号1で表されるアミノ酸配列を有するペプチドP6(P+1N/-4C;即ちProTα6)を見出した。
【0084】
図1Bは,本発明と関連するペプチドを示す図である。
図1Bに記載されるラットプロサイモシンα(1−112)は,配列番号9で示される配列を有する全長ラットプロサイモンシンαである。C−端ラットプロサイモンシンαは,配列番号9で示されるアミノ酸配列を有する全長ラットプロサイモンシンαにおいて102番目から112番目のアミノ酸配列を有するペプチドである。P30は,配列番号10で示されるProTα30(配列番号9で示される配列を有する全長ラットプロサイモンシンαにおいて49番目から78番目のアミノ酸配列を有するペプチド)である。P1−9は,配列番号11で示されるアミノ酸配列を有するペプチド(P9ペプチド,ProTα9)である。ProTα9は,配列番号9で示されるアミノ酸配列を有する全長ラットプロサイモンシンαにおいて52番目から60番目のアミノ酸配列を有するペプチドである。P2−9は,ProTα9の2番目から9番目のアミノ酸配列を有するペプチドである。P3−9は,ProTα9の3番目から9番目のアミノ酸配列を有するペプチドである。P3−9は,ProTα9の3番目から9番目のアミノ酸配列を有するペプチドである。P1−8は,ProTα9の1番目から8番目のアミノ酸配列を有するペプチドである。P1−7は,ProTα9の1番目から7番目のアミノ酸配列を有するペプチドである。P1−6は,ProTα9の1番目から6番目のアミノ酸配列を有するペプチドである。P+1N/−1Cは,ProTα9に比べてN末端の方に1つ戻るとともにC末端の方も1つ戻った配列(配列番号9で示されるアミノ酸配列を有する全長ラットプロサイモンシンαにおいて51番目から59番目のアミノ酸配列)を有するペプチド(配列番号30で示されるペプチド)である。
P+2N/−2Cは,配列番号9で示されるアミノ酸配列を有する全長ラットプロサイモンシンαにおいて50番目から58番目のアミノ酸配列)を有するペプチド(配列番号31で示されるペプチド)である。P+3N/−3Cは,配列番号9で示されるアミノ酸配列を有する全長ラットプロサイモンシンαにおいて49番目から57番目のアミノ酸配列)を有するペプチド(配列番号13で示されるペプチド)である。P+1N/−3Cは,配列番号9で示されるアミノ酸配列を有する全長ラットプロサイモンシンαにおいて51番目から57番目のアミノ酸配列)を有するペプチド(配列番号32で示されるP7ペプチド)である。P+1N/−4Cは,配列番号9で示されるアミノ酸配列を有する全長ラットプロサイモンシンαにおいて51番目から56番目のアミノ酸配列)を有するペプチド(P6ペプチド:配列番号1で示されるペプチド)である。P+1N/−5Cは,配列番号9で示されるアミノ酸配列を有する全長ラットプロサイモンシンαにおいて51番目から55番目のアミノ酸配列)を有するペプチドである。
【0085】
これらの中で,P+1N/−1C(配列番号30),P+2N/−2C(配列番号31),P+1N/−3C(配列番号32),及びP+1N/−4C(配列番号1)が高い網膜虚血障害保護作用を有していた。
【0086】
[実施例2]網膜虚血誘発網膜機能障害に対するプロサイモシンα由来ペプチドの抑制効果
ERGでは、光照射から視神経(神経節細胞)に至る活動を評価することができる。角膜の後極に対する電位差は+2〜17mVであるが(網膜の静止電位)、光刺激後、15msecの潜時で内向きの電圧変化a−wave(a波)が生じ、その後外向きの電圧変化b−wave(b波)が生じる。a波は外顆粒層(視細胞)の働きを反映し、b波は内顆粒層から神経節細胞層までの機能を反映している。a波及びb波は、虚血処理の1週間後の時点ではほぼ完全に消失し、電位は平坦なものになる。a波及びb波の消失は、網膜虚血障害により網膜機能が低下したことを示す。神経保護タンパク質であるプロサイモシンα 1pmol(PBS溶液中)を虚血の24時間後に硝子体内に注入すると、その内向き、外向きの電流がほぼ完全に回復することが知られている(非特許文献4(Fujita et al.、Cell Death and Differ,2009))。
ERG(Electroretinogram;網膜電位図)を用いて、虚血処理後の網膜虚血障害に対する各プロサイモシンα由来ペプチド(即ち、ProTα30(ラットプロサイモシンαの49番目〜78番目のアミノ酸からなるペプチド;配列番号10)、ProTα9(ラットプロサイモシンαの52番目〜60番目のアミノ酸からなるペプチド;配列番号11)、ProTα6、及びProTα6のN末端をアセチル化しC末端をアミド化したペプチド(それぞれ、P30、P9、P6およびmP6と略記する)の効果を測定した。虚血処理は、マウス前眼房に130mmHgの水圧を45分間適用することにより行った。網膜電位の測定は、虚血処理の1週間後に行った。虚血処理の1週間後、マウスを3時間暗順応させた。その後光を短時間照射し、角膜に装置した電極を用いて静止電位の変化を測定した。
本実施例では、プロサイモシンαの部分ペプチドP30及びP9(特許文献2)、並びにP6及びP6の誘導体であるmP6(N−acetyl−P6−amide)を、虚血の24時間後に硝子体内に投与した。
結果を
図3に示す(左図:a波;右図:b波)。縦軸は電圧の変化分を示し、横軸は各ペプチドの投与量(pmol)を示す。
図3から明らかなように、P30とP6は、1〜10pmolの濃度範囲ではほぼ同等の優れた網膜虚血障害抑制効果を示した。P9の活性はP30及びP6よりむしろ弱く、同等の効果を得るのに6倍程度高い濃度が必要であった。さらに、P6ペプチドの末端修飾誘導体mP6は、P30やP6よりも高い効果を有しており、P6よりも4倍低い濃度でも同等の網膜虚血障害抑制効果を示した。
【0087】
[実施例3]網膜虚血誘発MMP活性上昇に対するP6およびP6誘導体の抑制効果
タイトジャンクションタンパク質オクルディンは、虚血により発現が上昇するメタロプロテアーゼ(MMP)によって分解されることが知られている(J Cereb Blood Flow Metab, 2007. 27(4): p. 697-709)。特にMMP−9は、虚血による血液臓器関門破綻において中心的な役割を担うと考えられている(J Cereb Blood Flow Metab, 2000. 20(12): p. 1681-9)。
MMP-9の発現レベルは通常低いが、虚血による様々な刺激により発現が誘導される。MMP-9の活性をゼラチンザイモグラフィーで評価したところ、網膜虚血により12時間後のproMMP-9の活性は著しく上昇するが、網膜虚血3時間後にP6 10 pmolを硝子体内投与した場合、虚血によるproMMP-9活性上昇を半分程度抑制した。
P6のC末端をアミド化したP6-NH
2も同様に10 pmolでproMMP-9活性を半分以下に抑制した。また、P6のN末端をアセチル化、C末端をアミド化したmP6は1 pmolでP6と同等の効果を示した。
MMP-2は恒常的に発現しているが、網膜虚血により著しく活性が上昇した。MMP-2に関してもproMMP-9と同様にP6誘導体ペプチドを投与した場合、活性は抑制された(
図4)。
【0088】
[実施例4]tMCAO(一過性中大脳動脈閉塞)虚血モデルマウスにおけるP30及びP6の効果
C57BL/J6マウスの左中大脳動脈を梗塞して作成した脳虚血モデルマウスを1時間維持し、次いで再灌流した。再灌流の1時間後にP30(1mg/kg又は3mg/kg)又はP6(1mg/kg)を尾静脈内投与し、その後24時間毎にマウスの経過を観察して運動機能及び生存を評価した。運動障害を表す臨床スコアは以下の5段階で評価した:1:右前肢を完全に伸長することができない、2:右方向への旋回行動、3:体勢を保てず右方向に傾く、4:自発運動の消失、5:死。
【0089】
図5中、白の四角で示したデータは、1h tMCAOの1h後に、PBS中0.1%のDMSO(ビヒクル)を尾静脈に100μL/10g投与した時の値を示す。マウスを14日間毎日評価したところ、平均して6日後にほぼ最大の臨床スコアの悪化を示し、ほぼ全てのマウスが死亡した(n=9)。上のグラフの黒丸及び黒の菱形は、それぞれ1mg/kg及び3mg/kgのP30の静脈内(i.v.)投与の結果を示し、下のグラフの黒丸は、1mg/kgのP6の静脈内(i.v.)投与の結果を示す。
図5から明らかなように、3mg/kgのP30投与では、有意な保護効果が観察され、臨床スコアは平均2程度に低下したが、1mg/kgでは保護効果が低く、8日目以降にはスコアが平均して4程度であった。これに対し、P6は1mg/kgでも臨床スコアが平均2程度に低下し、有意な保護効果を有することがわかる。1mg/kgのP6は、3mg/kgのP30とほぼ同等の有効性であった。
【0090】
図6の上段は、
図5の虚血後7日目の結果を棒グラフで示したものであり、下段左は14日間の臨床スコアの累積をAUC(Area Under Curve)として表したグラフである。
【0091】
図6の下段右は、P6(1mg/kg)の投与タイミングを変えたときの(1hのtMCAOの1時間後、2時間後、3時間後)、14日間の臨床スコアの累積をAUCとして示すグラフである。P6を2時間後に投与した場合には1時間後に投与した場合よりも保護効果が若干低くなったものの、同濃度のP30とほぼ同等の保護効果を示していた(下段左と比較されたい)。
1時間のtMCAO、再灌流の2時間後は、実際の脳卒中発生の3時間後に相当する。つまりP6は、脳卒中で倒れてから3時間後に投与しても、脳卒中に対する十分な保護効果を奏すると言える。
【0092】
[実施例5]P6ペプチドの血液脳関門障害改善効果
C57BL/J6マウス(雄性、体重21〜26g)の左中大脳動脈を梗塞による脳虚血を1時間維持し、次いで再灌流した。再灌流の0.5時間後及び3時間後の2回、vehicleまたはP6(0.1mg/kg)を静脈内投与(i.v.)し、さらに再灌流24時間後にペントバルビタール50
mg/kgを腹腔内投与することにより全身麻酔を施し、処置マウスを37℃に保温したベッドの上に静置し、PBSに溶解した1 mg/mLのビオチン化トマトレクチン(SIGMA、Lot番号048K3786)100μLを2〜3分かけてゆっくりと静脈内投与した。5分後パラホルムアルデヒド(PFA)により全身を灌流固定し、脳を取り出し、室温にてさらに3時間4%PFA処置した。その後25%蔗糖液に入れ4℃で一晩なじませた。脳はOCTコンパウンドにより凍結包埋し、大脳皮質知覚領S1(CS1)やS2(CS2)を含む面で50μmの厚さの切片を作製し、シランコーティングされたスライドガラス上で貼付し、一晩ヒーター上で乾燥させた。その後、Alexa Fluor488でラベルされたストレプトアビジン(2%BSA/PBST液にて300倍希釈)を用いてトマトレクチンの蛍光染色を行い、その後蛍光退色防止剤であるFluoromount(日本ターナー株式会社)で固定し、一晩暗所静置し、後に共焦点レーザー顕微鏡LSM5 PASCAL(Carl Zeiss)で観察した。蛍光シグナルはデコンボリューション法により、およそ30μmの範囲の蛍光全量を積算解析した。
【0093】
切片全体を観察したとき、P6投与群は対照群(Vehicle)と比較して組織損傷は軽微であった(
図7の上段左右)。上段の写真中、contra側(contralateral)(即ち動脈非梗塞側)の番号1〜3で示した部分とそれに対応するipsi側(ipsilateral)(即ち動脈梗塞側)の部分1〜3について、それぞれの拡大図をその下に示している。
対照群マウスでは、大脳皮質の虚血中心部コア(core)と線条体(striatum)の領域では、contraに比べipsiで血管密度が減少していたが、P6投与群では、core及びstriatumで血管密度の改善が見られ、ipsiでもcontraと同程度の染色結果が得られた。striatumでの血管保護作用が特に顕著であった。
【0094】
[実施例6]P6のtPA誘発性運動障害抑制効果
4時間のtMCAOを行い、1日後の臨床スコアと死亡率を評価した(
図8)。Vehicle、tPA 10 mg/kg、tPA+P6 1 mg/kgは再灌流直前に尾静脈投与した。4時間のtMCAOは、虚血性疾患の発症後3時間以降に相当する。tPA処置によりVehicle群と比較して運動障害は悪化したが、tPAとP6を併用すると有意に抑制された(左図)。
また、虚血1日後の死亡率を評価した結果、Vehicle投与群では8.3%しか死亡しないのに対し、tPA投与群では35.7%のマウスが死亡した。しかしながら、tPAとP6を併用すると全てのマウスが生存した。
【0095】
[実施例7]
脳梗塞治療薬
配列番号1で表わされるアミノ酸配列,又は配列番号1で表わされるアミノ酸配列から1個又は2個のアミノ酸が欠失,付加,置換,又は挿入されたアミノ酸配列からなるペプチドまたはその塩を公知の方法により合成した。得られたペプチドは,22種類であった。22種類のペプチドには,配列番号1〜6で表わされるアミノ酸配列からなるペプチド及びその塩が含まれていた。tPAは,協和発酵キリン株式会社(東京,日本)より購入した。配列番号1〜6で表わされるアミノ酸配列からなるペプチド及びその塩を,それぞれP6,Aペプチド,Bペプチド,Cペプチド,Dペプチド及びEペプチドとした。
【0096】
実験動物
本実験で使用したC57/BL6J系雄性マウス6〜9週齢(19〜28g)は,恒温(22±2℃)の部屋で12時間毎の昼夜自然管理下において飼育し,水道水及び一般動物用固形飼料(MF, オリエンタル酵母,東京,日本)を自由に摂取させた。以下に示す全ての実験は,長崎大学動物実験指針で定める方法に準じて行った。
【0097】
網膜虚血モデル
ペントバルビタール75mg/kgをマウス腹腔内に投与し麻酔をかけた。37℃Cの恒温台の上にマウスを置き,体温を維持する。硝子体を1%の硫酸アトロピンで散瞳させ,無菌眼内潅流溶液(BSS PLUS dilution buffer; Alcon, Fort Worth, TX, USA)の容器を予め水面がマウスの眼より135.5 cm(100 mmHg)の高さになるようにつり上げておき,灌流溶液を小児用輸液セットに接続した33Gの注射針を針先から少し垂らしながら前眼房に刺入し固定した。前房に針を刺入した後,灌流系を解放することにより前眼房内に圧力(100 mmHg)を45分間負荷した(マウス正常眼圧は15 mmHg程度)。これらの操作は実体顕微鏡下で行い,眼圧の上昇により網膜虚血が惹起されていることを網膜内血流の遮断を指標に目視にて確認した。虚血負荷終了後に注射針を抜き,眼圧を低下させることにより網膜を再灌流させた。モデルは虚血-再灌流法を用いた一般的緑内障モデルであり,既存の緑内障治療薬であるアンジオテンシン変換酵素阻害薬の全身投与により神経保護効果を示すこと等が知られている。
【0098】
ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色による組織障害評価
標本作製:ペントバルビタール50 mg/kgをマウス腹腔内に投与し麻酔をかけた。心臓からK+ free PBS 40 mlを灌流して脱血し,4% PFA 30 mlを灌流して固定した。マウスから眼球を取り出し,室温で3時間,4% PFAで浸漬固定した。25%
スクロースに置換し,8時間以上組織が沈むまで4度Cでインキュベーションした。その後,組織表面の水分を拭き取った後,OCTコンパウンドで包埋した。凍結ミクロトームCM1900で10μM厚切り切片を作成し,シランコーティングしたスライドガラスに張り付けた。ヒーターの中で一晩乾燥させた。
【0099】
HE染色:検体の細胞核をギルヘマトキシリン液にて染色し,洗浄後0.2% 塩酸・70%エタノールにて分別を行う。分別液を洗浄し,95%エタノールにて検体を親和させる。組織をエオジン・フロキシン液にて対比染色する。エタノールにて分別・脱水を行った後,キシレンにて透徹した。検体は封入した後,BIOZERO顕微鏡(KEYENCE,大阪,日本)にて観察を行った。
【0100】
網膜電位図(Electroretinogram: ERG)による網膜機能の評価
マウスを暗室にて3時間暗順応させた後,ペントバルビタール50 mg/kgをマウス腹腔内に投与し麻酔をかけた。1% アトロピン点眼にて瞳孔を開かせた後,コンタクト電極(KE-S; Kyoto contact lenses, 京都,日本)を角膜先端に設置し,鉄電極を眼近傍に設置した。皮下プラチナ針電極は,腹部に設置した。ERGはSLS-3100 (日本光電,東京,日本)にて20Jの閃光にて誘発させ,MEB-9104
(日本光電) にて2分ごとに30分間計測した。バックグラウンド補正は,通常時の明時における反応を2分ごとに20分間計測したものを使用した。計測されるa波,b波の増幅は,Neuropack(日本光電)にて定量した。
【0101】
一過性中大脳動脈閉塞(tMCAO)モデル
マウスを3% イソフルラン(エスカイン(登録商標),マイラン製薬株式会社,東京,日本)で麻酔をかけた(Small animal anesthetizer MK-A100,室町機械株式会社,東京,日本)。摂氏37度の恒温台(池本理化学株式会社,東京,日本)の上で咽頭部位の皮膚を鋏で2 cmほど縦に切る。硬質絹糸(硬質8号,夏目製作所)で皮を右側に引っ張り,視野を確保した。実体顕微鏡を使い,結合組織,神経などを剥離しながら気管左に位置する左総頸動脈を硬質絹糸で確保する。総頸動脈を上方へ辿ると内頸動脈と外頸動脈に分かれるので,左手前側の外頸動脈を二か所,軟質絹糸で硬く結び,間を切る。内頸動脈から上部に伸びる細い血管を軟質絹糸で確保する。軟質絹糸と硬質絹糸を強く引っ張り血流を止めて,内頸動脈に鋏で切りこみを入れる。そこから塞栓子を1から1.5 cm挿入し,中大脳動脈を閉塞する。内頸動脈を塞栓子ごと軟質絹糸で結び,塞栓子を固定した。引っ張っている硬質絹糸の下に軟質絹糸を通し,硬質絹糸の手前で総頸動脈を結んでから硬質絹糸を外す。軟質絹糸で胸を2か所縫合する。本課題の一過性中大脳動脈閉塞モデル(tMCAO)の場合,1時間,または4時間後に再び摂氏37度の恒温台の上でマウスに3% イソフルランで麻酔をかけ,胸を縫合した軟質絹糸をほどき,胸を開ける。内頸動脈を結んでいた軟質絹糸を緩め,塞栓子を抜去し,すぐに再び内頸動脈を結んだ。
【0102】
血栓性脳梗塞(Photochemically-induced thrombosis:
PIT)モデル
マウスを3% イソフルラン(エスカイン(登録商標),マイラン製薬株式会社,東京,日本)で麻酔をかけた(Small animal anesthetizer MK-A100,室町機械株式会社,東京,日本)。術中は、2.5% イソフルランで麻酔効果の維持を行った。摂氏37度の恒温台(池本理化学株式会社,東京,日本)の上で左耳と左眼の間の皮膚を5-6 mm切開した。側頭筋縁に沿って眼科用ハサミを入れ、頭蓋骨と側頭筋の付着部を切開し、側頭筋下の中大脳動脈領域の頭蓋骨を露出した。軟質絹糸で四方向に皮膚および側頭筋を引っ張ることで視野を確保した後,実体顕微鏡下にて中大脳動脈領域の頭蓋骨にドリルで約1.5 mm径の小孔を開けた。ローズベンガル(Wako)30 mg/kgを尾静脈内投与し,直後にUVスポット光源(L-4887-13;浜松ホトニクス,静岡,日本)に接続したライトガイド(A4888;浜松ホトニクス,静岡,日本)の先端部を,硬膜下に確認される遠位中大脳動脈に垂直に充て緑色光を10分間照射した。その後,中大脳動脈が変化(細くなる or 血赤色が薄くなる)していることを確認した後,側頭筋を戻し,皮膚を軟質絹糸にて縫合した。
【0103】
神経学的スコアリング
脳虚血に伴う運動機能障害の程度を評価するため,以下の定義による神経学的スコア(Clinical
Scores)を用いた。また,1〜4の各数値は2段階評価とした(スコア1と2を示すなら,1.5とした)。
1:右前肢の運動機能障害,2:一方向性の行動をとる,3:体勢を保てず傾く,4:自発運動の消失,5:死亡
【0104】
TTC染色による脳梗塞領域評価
PBS(phosphate-bufferd saline)をビーカーに全脳が浸かる程度,また24穴プレートに500 μLずつ分注し氷冷する。2% TTC(2, 3, 5-triphenyltetrazolium chloride)溶液を作成する。脳組織を摘出し,ビーカー内で氷冷しておいたPBSで洗浄する。予め氷冷しておいたブレインスライサー(室町機械株式会社,東京,日本)上に脳組織を設置し,剃刀を用いて厚さ1mmの冠状断面の脳切片を6枚作成する。作成した脳切片の範囲はBregmaから前方に2mmから後方に3mmの位置までとする。脳切片は速やかに24穴プレートに氷冷したPBS内に1枚ずつ浸し,2% TTC溶液に置換する。その後遮光して室温で15〜20分間インキュベートした後,4% PFAで固定し観察を行った。
【0105】
統計処理
独立した2群間については,F-testによる分散分析後にStudent’s t-testを用いて有意差検定を行った。多群間解析については,One-factor ANOVA,repeated measure ANOVAによる分散分析後にDunnett’s testを用いて有意差検定を行った。
【0106】
網膜虚血モデルにおける評価と活性ペプチドスクリーニング
網膜虚血モデルにおける硝子体内投与処置における評価は,眼内という閉鎖系であることから網膜の厚みを測定する組織化学的解析,網膜電位図 (ERG)による機能解析は,高い再現性と高感度性を有する。このことから,研究責任者らは,実際in vivo解析である本モデルをin vitro類似解析と位置づけ,プロサイモシンαアミノ酸配列を基に活性ドメインの探索を行い,6アミノ酸(基本ペプチドP6)までの絞り込みに成功した。
【0107】
基本ペプチドP6の保護効果
図9は,基本ペプチドP6の網膜虚血障害保護効果を示すための染色された網膜を示す図面に替わる写真である。
図10は,対照,DMSO投与,P6を1眼当たり1pmol,3pmol,及び10pmol投与した場合の網膜の厚さ及び網膜電位図である。
図10Aは,網膜の厚さを示すグラフである。
図10Bは,a−波を用いた網膜電位の値を示すグラフである。
図10Cは,b−波を用いた網膜電位の値を示すグラフである。
図9から,例えば,P6を3pmol/目以上投与した場合網膜虚血モデルにおいて組織障害を抑制し,P6に組織保護作用があることがわかる。なお,網膜虚血モデルにおいて,基本ペプチドP6(NEVDEE)は,10 pmol/eyeの硝子体内投与でほぼ完全な組織障害を抑制したERGによる機能解析においては3 pmol/eyeから用量依存的な保護効果を示すことが明らかとなった(
図9,
図10)。
【0108】
活性ペプチドスクリーニング
P6のアミノ酸配列を基に,アミノ酸改変体,N末端のアセチル化,C末端のアミド化等の修飾体スクリーニングペプチドを21サンプル作製し,網膜虚血モデルにおけるERG解析にて評価を行った。P6の10倍活性の高い1
pmol/eyeを目標値と設定しており,本用量でスクリーニングを行ったところ,14サンプルがP6と比較して高活性を示しポジティブとした(
図11)。
図11は,様々なペプチドの網膜電位の値を示すグラフである。
図11Aは,a−波を用いた網膜電位の値を示すグラフである。図中のアンダーラインを付けたペプチドは左からそれぞれ、基本ペプチドP6誘導体F,H,I, J, L, K, C, M, A, N, O, D, B, P,
Q, R, S, T, U, E, Gペプチドである。
図11Bは,b−波を用いた網膜電位の値を示すグラフである。
【0109】
高活性ペプチドセレクション
ポジティブペプチドから,より高活性のペプチドを抽出するため,用量0.1
pmol/eyeにおける保護効果をERG機能解析にて評価した(
図12)。
図12は,様々なペプチドの網膜電位の値を示すグラフである。図中1−14はそれぞれ基本ペプチドP6誘導体(C, M, A, N, O, B, P, Q, E, G, U, D, T,
S)ペプチドに相当する。
図12Aは,a−波を用いた網膜電位の値を示すグラフである。
図12Bは,b−波を用いた網膜電位の値を示すグラフである。
【0110】
図12から,1眼当たり0.1pmol投与において,14サンプル中5サンプルがほぼ完全な保護活性を有することがわかる。この投与量での保護効果はプロサイモシンαに比べ著しく高い。
【0111】
これら5種の高活性ペプチドを以降の脳虚血モデル解析における最優先ペプチドとして位置づけた。
【0112】
図12におけるA-Dのペプチドの配列と修飾は,P6と比較しても単純なものである。これらの配列を表1に示す。Bペプチド及びDペプチドは,N末端がリン酸化されており,EペプチドはC末端がアミド化されている。
【0113】
【表1】
【0114】
[実施例8]
tMCAOモデルにおける評価
基本ペプチドP6活性の運動障害保護効果
P6はtMCAOモデル(60 min虚血)において長急性期に相当する虚血1時間後静脈内投与で運動障害に対し保護効果を有することを評価した。
図13Aは,tMCAOモデルにおける評価工程を示す。
図13Bは,評価スコアを示す。
図13Cは,60分のtMCAOを行った後の評価スコアの変遷を示す。
図13Dは,対照,1時間のtMCAO後、それぞれさらに1,2,3時間後に1mg/kgのP6を投与し、1‐14日後の間の運動障害を評価したスコアを示す。虚血1時間後静脈内投与で運動障害に対し保護効果を有することは,例えばP6を1mg/kgで投与した場合について確認できた(
図13)。
【0115】
その結果,P6は,1時間虚血,1時間後1mg/kg投与において顕著な運動障害に対する改善作用が確認できた。
【0116】
活性ペプチドの運動障害保護効果
高活性プロトタイプペプチドの評価については,有効用量の低下,もしくは有効濃度域の拡大(用量依存性)について評価を行った。
図14Aは,tMCAOモデルにおける評価工程を示す。
図14Bは,Aペプチドを静脈内投与した場合のtMCAOモデルでの運動障害評価スコアの変遷を示す。
図14Cは,Bペプチドを静脈内投与した場合のtMCAOモデルでの運動障害評価スコアの変遷を示す。Aペプチド及びBペプチドは,虚血後1時間後処置にて,濃度依存的な運動障害保護効果を示した(1-10 mg/kg)。
【0117】
図14Bから,Aペプチドは,3mg/kgで最大保護効果を示すことがわかった。一方,
図14Cから,Bペプチドは,10 mg/kgで最大保護効果を有することをがわかった。Cペプチド,Dペプチド及びEペプチドも同様に運動障害保護作用を検討した。その結果,これらのペプチドは,Aペプチド及びBペプチドほどの運動障害保護作用を示さないことがわかった。
【0118】
網膜虚血において高活性を有していたAペプチド〜Eペプチドが,脳虚血においては保護活性が高いA及びBペプチドと保護活性の高くないC〜Eペプチドに大別された。更に,AペプチドとBペプチドにも活性差が認められたこのため,この差異が硝子体内投与と静脈内投与という投与方式の差であると予想し,網膜虚血においてAペプチドとBペプチドの静脈内投与による保護効果を検討した(
図15)。
図15は,ERG機能解析の結果を示すグラフである。
図15Aは,Aペプチド又はBペプチドを網膜虚血後24時間に10mg/kg静脈内したときのa−波を用いた網膜電位の値を示すグラフである。
図15Bは,Aペプチド又はBペプチドを網膜虚血後24時間に10mg/kg静脈内したときのb−波を用いた網膜電位の値を示すグラフである。
図15A及び
図15Bから,ERG機能解析にて評価したところ,予想通りAペプチドが高活性を有することが明らかとなった。
【0119】
[実施例9]
tPA副作用:脳出血に対する活性ペプチドの抑制効果
次に,P6の血管系に対する効果について着目した。脳梗塞治療薬として使用される血栓溶解剤tPAは,急性期における処置では梗塞自体を消失させることから有用である。しかし,副作用として脳出血を惹起することから,tPAを投与する際に画像診断が必要であり,更に虚血後3時間以内に投与する必要がある。そこで,P6,及びペプチド5サンプル(A-E)のtPA誘発性の副作用抑制効果の有無について解析を行った。tPAによる脳出血を有意に誘発させることを目的として,虚血4時間処置後に10 mg/kg tPAを処置し,再還流を行う系を用いた。
【0120】
図16Aは,MCAO虚血4時間後にP6単独あるいはP6とtPAの併用時の大脳皮質および線条体における出血作用を示す写真である。
図16Aには,対照,P6を1mg/kg投与,3mg/kg投与,10mg/kg投与,tPAのみ(対照),tPAとP6を1mg/kg投与,3mg/kg投与,10mg/kg投与した際の写真が示されている。
図16B,16cは,tPA併用によるプロトタイプペプチド5サンプルの多様な活性を示すグラフである。
図16Bは,tMCAO虚血4時間後にP6単独あるいはP6とtPAの併用時の虚血後24時間での運動障害評価スコア (Clinical Score)を定量的解析したものである。
図16Bは対照(Vehicle)、P6を、1,3,10 mg/kg投与、tPA単独対照、tPAとP6を1,3,10mg/kg同時投与した際のスコアを示す。
図16Cは,16Cは,tMCAO虚血4時間後にP6単独あるいはP6とtPAの併用時の大脳皮質および線条体における出血作用を定量的解析したものである。
図16Cは対照、P6を、1,3,10 mg/kg投与、tPA単独対照、tPAとP6を1,3,10mg/kg同時投与した際のスコアを示す。
図16Cから,tPA誘発性の運動障害の増悪と脳出血については,1mg/kgのP6の併用により抑制するが,用量を増加するとその抑制効果は濃度依存的に減少した。
【0121】
[実施例10]
P6の結果を基に10mg/kg投与において,tPAの副作用を抑制するか否かをプロトタイプペプチド5サンプル(A〜Eペプチド)について解析を行った。
図17Aは,tMCAO虚血4時間後にA,B,C,D,Eペプチド単独あるいはそれぞれとtPAの併用時の大脳皮質および線条体における出血作用を示す写真である。Dペプチド及びEペプチドを投与した場合はマウスが死亡した。これは,Dペプチド及びEペプチドの適正量が10mg/kgより小さな値であったことによると考えられる。
【0122】
図17Bは,tMCAO虚血4時間後にA,B,C,D,EペプチドとtPAの併用時の虚血後24時間後の運動障害評価スコアを定量的解析したものである。
図17Bは対照、A,B,C,D,Eペプチドを10mg/kgとtPAと静脈内同時投与した際のスコアを示す。
図17Cは,tMCAO虚血4時間後にA,B,C,D,EペプチドとtPAの併用時の大脳皮質および線条体における出血作用を定量的解析したものである。
図17Cは対照、tPA単独対照、tPAとA,B,C,D,Eペプチドを10mg/kg同時投与した際のスコアを示す。。Aペプチドは,tPA誘発性の副作用である運動障害増悪と脳出血のいずれも有意に抑制した。Bペプチドは,運動障害を抑制する傾向にあったが,脳出血については無影響であった。Cペプチドは,いずれの副作用にも効果を示さなかった。Dペプチド及びEペプチドは,体全てのマウスが死亡した。P6が血管系に作用を有することから,Dペプチド及びEペプチドは,血管系への何らかの作用が増強している可能性が示された。
【0123】
[実施例11]
tPAのいずれの副作用も抑制したAペプチドについて,本抑制効果の用量依存性について検討を行った。4時間の中大脳動脈閉塞によるtMCAOモデルを作成し,再灌流直後にmodified
P6: A(Aペプチド)の溶媒であるPBSをi.v.投与したVehicle投与群、Aペプチドを1, 3, 10 mg/kg (i.v.)投与したAペプチド単独投与群、10 mg/kgのtPAをi.v.投与したtPA単独投与群、10 mg/kgのtPAとともにAペプチドを1, 3, 10 mg/kg (i.v.)投与した併用投与群の計8群におけるtMCAO処置24時間後の運動障害、ならびに虚血処置24時間後に凍り非やPBSを用いた還流により血液を序去し、灌流により除去できなかった脳組織内の血液を脳血管の破綻による出血とし、脳出血評価を実施した。
【0124】
図18Aは,tMCAO虚血4時間後に1,3,10mg/kgのAペプチド単独あるいはそれぞれとtPAの併用時の大脳皮質および線条体における出血作用を示す写真である。
図18Aには,対照,Aペプチドを1mg/kg投与,3mg/kg投与,10mg/kg投与,tPAのみ(対照),tPAとAペプチドを1mg/kg投与,3mg/kg投与,10mg/kg投与した際の写真が示されている。
【0125】
図18Bは,tMCAO虚血4時間後に1,3,10mg/kgのAペプチド単独あるいはそれぞれとtPAの静脈内併用投与時の虚血後24時間での運動障害評価スコア (Clinical Score)を定量的解析したものである。
図18Bは,対照,Aペプチドを1mg/kg投与,3mg/kg投与,10mg/kg投与,tPAのみ(対照),tPAとAペプチドを1mg/kg投与,3mg/kg投与,10mg/kg投与した際の評価スコアを示す。
図18Cは,tMCAO虚血4時間後に1,3,10mg/kgのAペプチド単独あるいはそれぞれとtPAの併用時の大脳皮質および線条体における出血作用を定量的解析したものである。
図18Cは,対照,Aペプチドを1mg/kg投与,3mg/kg投与,10mg/kg投与,tPAのみ(対照),tPAとAペプチドを1mg/kg投与,3mg/kg投与,10mg/kg投与した際の出血面積を示す。
図18Bに示されるとおり,強度な処置である虚血4時間に対して,Aペプチド単独投与では,いずれの用量(1〜10mg/kg静脈内投与)でも有意な保護効果を示すには至らなかった。しかしながら,
図18Cに示されるとおり,Aペプチドは,tPA処置より誘発される運動障害の増悪,脳出血を用量依存的に抑制することが確認された。
【0126】
図18Cから,4時間の中大脳動脈閉塞によるtMCAOモデルに対し、modifiedP6:Aの溶媒であるPBSをi.v.投与したVehicle投与群(0.1±0.1 mm
2)およびmodifiedP6:Aを1,3,10 mg/kg (i.v.)投与したmodifiedP6:A単独投与群では、大脳皮質領域にわずかに出血が確認された(1mg/kg:0.09±0.01mm
2,3mg/kg:0.06±0.01mm
2,10mg/kg:0.08±0.01mm
2)。しかしながら、tPA単独投与群では、Clinical scoreの悪化傾向ならびに出血領域の有意な拡大が確認され(0.7±0.2 mm
2)、さらにmodifiedP6:AをtPAと併用することにより用量依存的なClinical
scoreの改善ならびに出血領域の縮小を示したことから(tPA + modifiedP6:A
1mg/kg:0.7±0.2mm
2,tPA +
modifiedP6:A 3mg/kg:0.4±0.1mm
2, tPA + modifiedP6:A10 mg/kg:
0.2±0.1mm
2)、modifiedP6: AがtPA誘発性の脳出血を抑制することが示唆された。
【0127】
[実施例12]
PITモデルにおける評価
tPA治療時間の遅延による保護効果の減弱
生体内での脳梗塞発症原理に近似した血栓性脳梗塞PITモデルにおける評価を行った。第一にPITモデルに対するtPAの保護について検討したところ,血栓形成(梗塞)後,超急性期に相当する1時間後処置では,有意な梗塞領域の減少が確認された。この保護効果はtPA処置時間を遅延(2〜4時間)させることで減弱した。また,虚血6時間後にtPAを投与したものについては,保護効果が認められなかった。しかしながら,虚血6時間後にtPAを投与したものであっても,副作用といえる障害の増悪を認められなかったことから,より処置時間を遅延させた系で検討する必要もあると考えられる。運動障害を評価するクリニカルスコアについては,PITモデルは適さないことが明らかとなり,ローターロッド法等の行動学的手法で評価することとした。
【0128】
AペプチドとtPAの併用によるtPA有効治療時間の拡大
tMCAOモデルにおいて,tPA副作用抑制効果を有したAペプチドを虚血後4時間後にtPAのPITモデルにおけるtPAとの併用効果について解析を行った。
図19は,PITモデルにおけるAペプチド及びtPAの投与計画を示す。
図20Aは,ローズベンガル投与後すぐに光照射し、中大脳動脈に血栓を生じさせ、その後5時間に対照あるいはAペプチド10,30mg/kgを静脈内投与、さらにその後1時間にtPAを投与し、最終的に光化学的血栓形成後24時間に認められる大脳皮質と線条体領域の脳梗塞を示した写真を示す。
図20Aでは対照、tPA単独対照、10, 30mg/kg Aペプチド併用、30mg/kg Aペプチド単独による結果を示す。
図20Bは,
図20Aの梗塞領域を定量化したものである。
図20Cは,ローズベンガル投与後すぐに光照射し、中大脳動脈に血栓を生じさせ、その後5時間に対照あるいはAペプチド10,30mg/kgを静脈内投与、さらにその後1時間にtPAを投与し、最終的に光化学的血栓形成後24時間に認められる運動障害評価スコアをもとめたものである。
図20Cでは対照、tPA単独対照、110,30mg/kg Aペプチド併用、30mg/kg Aペプチド単独による結果を示す。
図20A,
図20B及び
図20Cから,AペプチドをtPA投与の1時間前(虚血5hr後)に投与したところ,組織化学的解析において保護効果が認められた。また,そのAペプチドの効果は用量依存的であった(10mg/kg及び30mg/kg)。一方,Aペプチドの単独投与では保護効果が認められなかった。本保護効果はtPAとAペプチドの相乗効果であると考えられる。
【0129】
PIT処置単独では,TTC染色による障害脳領域は42±2.5%で,PIT処置6時間後にtPAを単独投与した群で40±1.8%を示し,両群に有意な変化は見られなかった。また,Clinical scoreにおいてもPIT処置単独(1.3±0.2),tPA単独投与群(1.5±0.2)に有意な変化は見られなかった。
以上の結果より,虚血後期でのtPA単独投与は運動機能障害の増悪,ならびに出血を誘導するものの脳障害領域の拡大には影響しないことが明らかになった。
【0130】
さらに,Aペプチド単独投与群では,TTC染色による障害脳領域は40±4.8%で,Clinical scoreにおいても1.3±0.4であったことから,PIT処置単独と比較し変化は見られなかった。しかしながら,PIT処置後にtPAとAペプチドの併用投与した群では,10mg/kgおよび30mg/kg投与群では用量依存的な脳障害領域の改善傾向を示し(10mg/kg: 37±2.7%, 30mg/kg: 29±2.1%),Aペプチド 30 mg/kg投与群は有意に脳障害領域の減少を示すことが明らかになった。しかしながら,Clinical scoreについてはtPAとAペプチドの併用投与した群についても改善効果は認められなかった(10mg/kgg: 1±0,30mg/kg: 1±0)。
【0131】
先の実施例で基本ペプチドP6が10pmol/eyeの硝子体投与で最大保護効果を示した。このため,Aペプチド〜Eペプチドを含むプロトタイプペプチドについては,この用量の1/10である1pmol/eyeを目標値とした。作製21サンプル中14サンプルがP6と比較して1pmol/eyeで高活性であった。さらに,5サンプル(Aペプチド〜Eペプチド)が0.1pmol/eye,すなわちP6より100倍高活性であることを見出した。
【0132】
動物モデルでの2次評価
tMCAOモデル(60分虚血-再還流)において,P6は虚血1時間後の1回1mg/kgの尾静脈投与で運動障害を抑制した。しかしながら,本保護効果は3mg/kg,10mg/kg投与といった高用量では,1回1mg/kgの投与ほどの抑制効果が認められなかった。本実施例では,目標値として用量0.1mg/kgと用量依存的な保護効果を示す活性ペプチドを見出すことを目的とした。高活性5ペプチドについて検討したところ,2種のペプチドがそれぞれ3mg/kg(Aペプチド) と10mg/kg(Bペプチド) で保護効果を示すと共に,用量依存性を有していることを明らかとした。活性差とその他3種のペプチドにおいて活性が認められなかったのは,静脈内投与による生体内安定性と脳移行性の問題であると考えられる。
【0133】
血栓溶解剤tPAの主たる副作用である脳出血に対する保護効果の検討を行った。tMCAOモデル(4時間虚血)に10mg/kgtPAを処置した後に再還流を行うと,1日後の運動障害は悪化し(スコア2から3.5へ),脳出血を誘発した。本増悪効果に対し,AペプチドをtPAと同時に処置することで保護されることを明らかとした。また,基本P6ペプチドについても検討したところ,P6は脳出血をより増悪化する傾向にあることを認めた。以上より,脳梗塞治療薬プロトタイプとしてAペプチドを最優先サンプルとするに至った。
【0134】
脳梗塞の急性期において血栓溶解剤であるtPA(組織プラスミノーゲンアクティベーター)が臨床において活用されているが,治療有効時間が脳梗塞発症後4.5時間以内と,tPAの使用には時間的制限がある。本実施例では,脳梗塞動物モデルであるtMCAOモデルを用いた検証により,脳虚血6時間後におけるtPA投与が脳出血を誘導し,また,PIT モデルにおいては,ミトコンドリアの活性を検討するTTC染色において,脳保護効果が見られないということを明らかにしている。さらに,運動行動学的にもRota rodを用いた運動協調性評価試験において,PIT虚血単独時よりも運動機能が増悪することを見出した。
【0135】
[実施例13]
プロトタイプペプチドの処置時間・濃度変更によるtPAとの相乗的保護効果解析(運動機能解析については,ローターロッド試験適用)
【0136】
アクセレイテッドロータロッドテスト(Accelerated Rota rod test)は,運動協調性(motor coordination)および運動学習機能の解析に特化した手法である。運動協調性は,主に線条体領域に存在する神経細胞の機能障害によって低下することが知られている。また,運動学習は主に小脳で制御されており,小脳神経細胞の機能障害によって運動学習機能は低下する。
【0137】
脳梗塞動物モデルであるPITモデルは,尾静脈投与により光感受性色素であるローズベンガルを投与することで,緑色光を照射した場所特異的に活性酸素種を発生させることが可能な方法である。産生された活性酸素種は,血管内皮細胞を傷害し,血栓を形成させることで血管閉塞を引き起こす。中大脳動脈における緑色光の照射により,その血流支配下にある大脳皮質,線条体で虚血傷害を引き起こすことが可能である。そのため,PITモデルで見られる運動機能障害は,運動協調性を制御する線条体が主な病態責任領域であると考えられる。
【0138】
神経保護ペプチドとして見出されたAペプチドが,PITモデルにおけるtPAの治療有効時間延長に寄与することができるか,運動協調性の観点から検討することを目的とし,Accelerated Rota rod testを実施した。
【0139】
アクセレイテッドロータロッドテスト(Accelerated Rota rod test)はROTA-ROD TREADMILL FOR RATS & MICE (MK-610A, 室町機械)を用いて行った。この実験では,ロッドの回転は5分間で4.5 rpmから45 rpmまで加速する条件とした。体重20〜25gの雄性マウス(C57BL/J6)をロッドに乗せ,ロッド上からマウスが落下するまでの時間(落下潜時)を測定することにより行った。本試行は1日4試行,1試行につき1時間の間隔をあけて3日連続で実施し「Training」(トレイニング)とした。
【0140】
その後PIT手術を行い,1週間後に運動機能障害を4試行/日することで評価し,「Test」値とした。ただし,回転するRota rodからマウスが落下せず,ロッドにしがみついたまま一緒に回転する場合は,連続して2回回転した時点で歩行不可と判定し,測定を終了,落下時間として判定した。
【0141】
AペプチドによるtPA治療有効時間の延長効果の判定試験では,PIT虚血終了5時間後にAペプチドを3,10,30mg/kg 尾静脈投与(i.v.)し,続いて虚血後6時間に10mg/kg (i.v.) tPAを投与した。効果検定は1週間後に行った。なお,ローズベンガルをi.v.投与し緑色光を照射しない群をSham群とし,ローズベンガルのi.v.投与および緑色光照射を行い,5時間後に溶媒PBS(100μL/10g, i.v.),6時間後に生理的食塩水(i.v. 100μL/10g)処置したものをVehicle群とした。5時間後に溶媒PBS(100L/10g, i.v.),6時間後にtPA (10mg/kg,
i.v.)処置したものをtPA単独群とし,5時間後に溶媒Aペプチド (100 μL/10g,
i.v.),6時間後にtPA (10 mg/kg, i.v.)処置したものをAペプチド+tPA処置群とした。
【0142】
統計学的解析は,試行毎にsham群 (n=6), vehicle群 (n=8), tPA単独投与群 (n=10), Aペプチド+tPA処置群,Aペプチド (3
mg/kg) (n=6), Aペプチド (10 mg/kg) (n=6), Aペプチド (30 mg/kg) (n=6)の各群間をone-way ANOVA post hoc
Tukey-Kramer methodを用いて解析した。
【0143】
参考文献:Jung-Kil Lee et al. Photochemically induced
cerebral ischemia in a mouse model.Surgical Neurology
67 (2007) 620〜625
【0144】
図21は,アクセレイテッドロータロッドテスト(Accelerated Rota rod test)の結果を示す,走行不可能となるまでの時間を示す折れ線グラフである。
図21中,AはAペプチドを示す。
図22は,トレイニング期間の平均値及び7日後の平均値を示す棒グラフである。
【0145】
図21及び
図22から,tPAのみを投与した場合,運動能力の低下が見られる。一方,Aペプチドを3mg/kg投与した径では,運動能力がわずかに回復し,Aペプチドを10mg/kg及び30mg/kg投与した系では,運動能力が大きく回復することがわかる。
【0146】
PIT処置前日までの3日連続で実施したTrainingでは,全ての群で変化は認められなかったが,PIT処置後それぞれの薬物を投与した7日後の運動機能は,Sham群と比較しPIT処置のみ実施したVehicle群で有意な運動機能の低下を示し(167±13秒),さらにtPA単独投与群でさらなる増悪傾向を示すことが明らかになった(127±15秒)。また,PIT処置後にtPAとmodified
P6: Aの併用投与した群では,modified P6: A 3 mg/kg投与では有意な改善傾向は認められなかったものの(132±15秒),10 mg/kgおよび30
mg/kg投与群では用量依存的な運動機能の改善効果を見出すことができた(10 mg/kg: 192±21秒, 30 mg/kg: 246±16秒)。以上の結果より,PIT処置6時間後にtPAを投与することで誘発される運動機能障害増悪が,modified P6: Aを前処置することで改善することから,modified P6:
AがtPA誘発性の運動障害抑制に有効であることが示唆された。
【0147】
統計処理は,One-factor ANOVAによる分散分析後にDunnett’s testを用いて有意差検定を行った。また,sham群に対し有意であった各群間のp<0.05を*で,p<0.01を**で示し,tPA単独投与群に対し,有意であったmodified P6: Aの併用投与群間のp<0.05を#で,p<0.01を##で示した。
【0148】
図23は,P6,Aペプチド〜Eペプチドの配列を示す参考図である。
【0149】
その結果,Aペプチドは,tPAによる副作用を抑制する作用があることが確認された。
【0150】
図24は,P6,Aペプチド〜Uペプチドの配列を示す参考図である。図中,
PEは,ピログルタミン酸を示し,
Ac−Nは,アセチルアスパラギンを示し,
E-NH
2は,グルタミン酸アミド(イソグルタミン)を示し,
Nvaは,ノルバリンを示し,
Nleは,ノルロイシンを示す。
【0151】
[実施例13]
PITモデルにおけるAペプチド以外のペプチド効果の検討(Clinical scoreとTTC染色による脳障害領域の評価)
【0152】
用いたペプチドを変えた以外は,先に説明した実施例と同様にしてAペプチド以外のペプチドB−Gを評価した。
図25は,虚血5時間後に適宜ペプチド及びtPAを投与した際の線条体のTTC染色結果を示す図面に替わる写真である。
図26Aは,梗塞体積(%)を示すグラフである。
図26Bは,評価スコアを示すグラフである。
【0153】
PIT処置単独では、TTC染色による障害脳領域は48±2.5%で、PIT処置6時間後にtPAを単独投与した群で44±2.6%を示し、modified P6: FをtPAと併用した場合に改善傾向が確認された(tPA + F: 37±3%)。また、modified P6: B, C, D, E, Gの併用は以下のとおりであった(tPA + B: 42±6.1%, tPA + C: 42±4.5%, tPA + D: 52±7.2%, tPA + E: 50±2.6%, tPA + G: 60±3%)。
また、Clinical scoreについては、PIT処置単独では1.5±0.1、PIT処置6時間後にtPAを単独投与した群で1.4±0.1を示した。また、modified P6をtPAと併用した場合においても変化は見られなかった(tPA + B: 1±0, tPA + C: 1.5±0.4, tPA + D: 1±0, tPA + E: 1.2±0.2, tPA + F: 1.2±0.2, tPA + G: 1.2±0.2)。
【0154】
用いたペプチドを変えた以外は,先に説明した実施例と同様にしてAペプチド以外のペプチドH−Lを評価した。
図27は,虚血5時間後に適宜ペプチド及びtPAを投与した際の線条体のTTC染色結果を示す図面に替わる写真である。
図28Aは,梗塞体積(%)を示すグラフである。
図28Bは,評価スコアを示すグラフである。
【0155】
PIT処置単独では、TTC染色による障害脳領域は48±2.5%で、PIT処置6時間後にtPAを単独投与した群で44±2.6%を示した。また、ペプチド: H, I, J, K, Lを併用した場合は以下のとおりであった(tPA + H: 51±8.3%, tPA + I: 48±7.8%, tPA + J: 51±4.1%, tPA + K: 53±1.7%, tPA + L: 46±5.6%)。クリニカルスコアについては、PIT処置単独では1.5±0.1、PIT処置6時間後にtPAを単独投与した群で1.4±0.1を示した。また、modified
P6をtPAと併用した場合においてもClinical
scoreの変化は見られなかった(tPA + H: 1.3±0.2,
tPA + I: 1.3±0.3, tPA + J: 1.3±0.3,
tPA + K: 1.1±0.2, tPA + L: 1.3±0.2)。
【0156】
用いたペプチドを変えた以外は,先に説明した実施例と同様にしてAペプチド以外のペプチドM−Qを評価した。
図29は,虚血5時間後に適宜ペプチド及びtPAを投与した際の線条体のTTC染色結果を示す図面に替わる写真である。
図30Aは,梗塞体積(%)を示すグラフである。
図30Bは,評価スコアを示すグラフである。
【0157】
PIT処置単独では、TTC染色による障害脳領域は48±2.5%で、PIT処置6時間後にtPAを単独投与した群で44±2.6%を示した。また、ペプチドM, N, O, P, Qを併用した場合は以下のとおりである(tPA + M: 50±5.9%, tPA + N: 43±4.9%, tPA + O: 54±5.8%, tPA + P: 47±5.1%, tPA + Q: 55±1.4%)。
【0158】
また、Clinical scoreについては、PIT処置単独では1.5±0.1、PIT処置6時間後にtPAを単独投与した群で1.4±0.1を示した。また、modified P6をtPAと併用した場合においてもclinical scoreの変化は見られなかった(tPA + M: 1.1±0.2, tPA + N: 1.1±0.1, tPA + O: 1±0, tPA + P: 1.1±0.1, tPA + Q: 1.7±0.5)。
【0159】
用いたペプチドを変えた以外は,先に説明した実施例と同様にしてAペプチド以外のペプチドR−Uを評価した。
図31は,虚血5時間後に適宜ペプチド及びtPAを投与した際の線条体のTTC染色結果を示す図面に替わる写真である。
図32Aは,梗塞体積(%)を示すグラフである。
図32Bは,評価スコアを示すグラフである。
【0160】
PIT処置単独では、TTC染色による障害脳領域は48±2.5%で、PIT処置6時間後にtPAを単独投与した群で44±2.6%を示した。また、modified P6: R, S, T, Uを併用した場合は以下のとおりである(tPA + R: 54±4.5%, tPA + S: 51±5.7%, tPA + T: 41±9.4%, tPA + U: 41±6.3%)。
【0161】
また、Clinical scoreについては、PIT処置単独では1.5±0.1、PIT処置6時間後にtPAを単独投与した群で1.4±0.1を示した。また、modified P6をtPAと併用した場合においてもClinical scoreの変化は見られなかった(tPA + R: 1.1±0.1, tPA + S: 1.1±0.2, tPA + T: 1.4±0.4, tPA + U: 1.1±0.1)。
【0162】
上記からP6誘導体の中では,ペプチドAが最も優れており,次いでペプチドFが優れていると考えられる。
【0163】
本明細書中で述べられた全ての刊行物に記載された内容は、ここに引用されたことによって、その全てが明示されたと同程度に本明細書に組み込まれるものである。