【実施例1】
【0050】
1.サージライン5の無次元化
電流I−吐出圧力Pdの動作線図は、季節の変化による気温、気圧の変動を補正しなければ、サージライン5が季節や運転場所によって変化してしまう。これらの条件による性能の変化は、電流I−吐出圧力Pdから流量Q−圧力比Πの動作線図(
図3参照)に変換することで、標準化することができる。圧力比Πは、吸入圧力Psと吐出圧力Pdによって求めることができ、流量は、数1の補正式(1)によって求めることができる。
【0051】
【数1】
【0052】
ただし、αは定数、Ps、Pdは絶対圧力、Tsは吸入温度である。遠心圧縮機12が空気圧縮機の場合には、Ps≒1、Ts=外気温度とすることができる。
αを適切に補正すれば、QはNm
3/hrに換算できる。
式(1)を毎スキャン時に行い、求められた流量Q、圧力比Πにてサージ防止制御(FIC)を行う。サージライン5は、流量Q−圧力比Πで表される。
【0053】
図3は、サージラインとサージ防止ラインの説明図である。
この図において、横軸は流量Q、縦軸は圧力比Πである。また図中の5はサージライン、6はサージ防止ライン、c1,c2は遠心圧縮機12の回転数一定ライン、dは設定圧力比、eは定格流量を示している。また図中の両矢印は、遠心圧縮機12の容量制御範囲を示している。
【0054】
サージ防止ライン6は、サージライン5に対し、大流量側にサージマージンを設けて設定されている。サージマージンは、流量換算で、従来は10〜15%程度、本発明では、0〜5%の範囲で設定される。
上述したように、遠心圧縮機12が空気圧縮機の場合には、Ps≒1とすることができ、この場合、設定圧力比dは、設定圧力を意味する。
【0055】
図3から、本発明によれば、従来のようにサージマージンを大きく設定する必要がないため、サージマージンを小さく設定して遠心圧縮機12の容量制御範囲を大幅に広げることができることがわかる。
【0056】
2.サージング発生点の記録、蓄積
図4(A)はサージ発生点の説明図であり、
図4(B)はサージデータの例である。
図4(A)において、×印はサージング発生時における流量と圧力比をプロットしたものである。理想的なサージライン5を形成するためには、サージング突入圧力を変化させながら、流量と圧力比を記録しなければならない。そこで、できるだけ少ないサージングでサージライン5を形成するために、
図4(B)に示すような、いくつかの流量と圧力比のデータから、線形補間によって近似直線を求める。
【0057】
図5は、サージング検出後の処理の流れを示す図である。
図5のS1の「サージング判定」においてサージングを検出する(true)と、S2において警報の発生、およびサージ防止の処理が行われ、次いでS3においてサージ発生点記録バッファの更新が行われる。この更新は、図に破線で示す枠内の(a)(b)に示すように、ポインタが指すサージ発生点記録バッファの番地へ、時刻・流量・圧力比を書き込み、ポインタの繰り上げによって行われる。
【0058】
図6は、サージ発生点の処理方法を示す図である。
流量および圧力比は、サージング発生時に、急激な変化が起きるため、サージングを検出した瞬間に発生点を記録する方法では、安定したデータを得ることができない。そこで、サージング発生以前の安定している状態を発生点とし、
図6のように、一定間隔(例えば1秒間隔)で流量Qおよび圧力比Πのサンプリングを行い、サージング検出時にサンプリングをストップさせ、最後のサンプリングデータを発生点とした。
【0059】
図7(A)(B)は、サージライン再構築時の有効データ抽出処理を示す図である。
サージライン再構築は、最小自乗法による直線近似であるため、記録された発生点が、各々接近している場合、近似の元データとしては、不十分である。そこで、新しく記録されたデータが圧力ベースである程度離れている場合に、サージライン再構築の有効データとする。
図7(A)(B)は、その有効データを判別するアルゴリズムを示している。
図7(A)に示すように、Π1,Π2,Π3を圧力比とするサージ発生点がそれぞれ順番に記録されたとすると、最初のデータΠ1は、比較するデータがないため、有効データと判別され、次のΠ2は、Π1から離れているため、これも有効データと判別される。しかし、Π3は、Π1とΠ2の間で、Π1からもΠ2からも近いので、
図7(B)に示すように、無効データと判別される。
【0060】
サンプルの収集方法としては、圧縮機12の使用時に自動的にサージングを起こし、運転中バックグラウンドでサージライン再構築の処理を行うのが理想である。しかし、サージ防止制御によってサージング時の大きな挙動が抑えられない場合、この方法の実現は困難である。その場合は、圧縮機12の劣化診断テストとして、サージングをいくつか起こすことで、収集することとする。
【0061】
3.サージライン推測
図8(A)(B)は、サージライン5の再構築を示す図であり、
図9(A)(B)は折れ線データの更新を示す図である。
サージライン5の再構築は、最小二乗法によって、近似直線を求める。
図9(A)(B)のように、サージライン5は、折線テーブルにて保存され、初期設定値は、圧縮機12の性能曲線によって求められる。
ここで、折線テーブルとは、入力信号をあらかじめ定義した数表を用いて読み替え、適切な値を出力する機能要素であり、JIS−Z8103における「変換器」に相当する。
この折れ線テーブルの圧力比を、最小二乗法によって求められた一次関数の係数により、全ての流量値に対して求め、更新する。この処理によって、
図8(B)のようにサージライン5を再構築する。
また、サージングの発生回数が1回の場合は、
図8(A)のように原点とその発生点を通る直線とする。
【0062】
4.サージング検出機能
本発明の方法では、
図2に示したように、移動平均値から標準偏差σの3倍を引いたものを、電流閾値Xとし、汎用性の高いサージング検出機能を実現している。
また、従来の方法では、サージングと他の急激な流量需要増や強制無負荷等の電流減少を明確に区別することが不可能であった。そこで、本発明の方法では、強制無負荷操作(排気弁18の開放)と同時にサージング判定機能を無効にすることと、駆動電流Iが電流閾値Xを下回った時に圧力がサージライン5方向に向かっていたか否か(上昇傾向か下降傾向か)をサージング判定に用いること、この二つを採用した。
【0063】
5. サージデータ収集
アナログ入出力値を対象として、サージングが発生した前後のリコールデータを、サージデータとして自動的に収集する。
サージングと判定すると、サンプリングしておいたサージング前の記録バッファから、サンプリングデータがサージング記録バッファの前半に書き込まれ、その次の
領域からデータ数N_log個までサンプリングを行う処理を開始する。サンプリングがデータ数N_log個に達すると、サンプリングを終了し、フラッシュメモリへの保存可能状態となる。
【0064】
ここで「N_log」は変数である。
サージングと判定した時に、正しいサージングの発生ポイントを推測するための手段として、計算機に一定時間毎に記録した計測値(測定値の母集団)を用いて、サージングの発生判定をした時点から一定時間(およそ1秒前後)遡ったデータを「サージング発生直前のデータ」として採用する。
サージデータの収集目的は、サージングが発生した時点の圧縮機運転状態を的確に把握し、データ解析の基礎資料とするためである。
「データ数N_logまでサンプリングを行う」とは、計算機の記録装置に標本を「N_log」個まで記録する行為となる。
記録できる標本数には限りがあるため、数量を限定する意味で上限設定の変数名として「N_log」を用いる。記録上限に到達した場合は、古い物から上書き消去するような処理を伴う。
【0065】
図10は、本発明の実施例を示す図である。
この図において、横軸は時間(秒)、左側の縦軸は電流(A)、右側の縦軸は圧力(MPa)である。また、図中の曲線は、吐出圧力Pd、駆動電流I、駆動電流Iの移動平均、標準偏差σ、及び電流閾値Xである。
また、この例におけるサンプリング周期tsは50m秒、サンプリング期間tpは25秒であった。
この例において、吐出圧力Pdを約0.86MPaから約0.25MPaまで徐々に減少させると、これに伴い駆動電流Iが低下し、移動平均と電流閾値Xも低下している。
【0066】
図11は、
図10のA部拡大図である。この範囲は、
図10では0.5〜1秒であり、計測時間における711.5〜712秒に相当する。
なおこの計測結果では、駆動電流Iの移動平均は約31.5A、標準偏差σの3倍(3σ)は約±0.2A、駆動電流Iの正常運転範囲は、31.5±0.2Aである。
図11において、駆動電流Iの低下は711.8秒から始まり、711.9秒のときに駆動電流Iが電流閾値Xを下回り、サージングとして判定されている。従って、駆動電流Iの低下開始からサージング判定(711.9秒近傍)までの時間は約0.1秒であった。
従って、本発明によれば、1秒以内の検出遅れで確実にサージング発生を検出できることがこの実施例により確認された。
【0067】
また、この例において、サージングに伴う騒音はなく、振動や圧力変動も検知されなかった。
【0068】
またこの実施例において、サージング検知を確実に行うために必要な条件として、下記が確認された。
サンプリング周期:200ms以下であること。サージングを正しく検出するために必要な時間である。
移動平均区間:6秒間以上2分間以下であること。圧縮機の動特性より十分遅いことが重要であり、6秒間以上必要である。また、プラントの動特性より十分早いことが重要であり2分以下であればあれば十分である。
標準偏差しきい値:3倍(3σ)。3σは、標準正規確率分布において99.865%相当に相当する。
【0069】
上述した本発明は、以下の特徴を有する。
(1)電動機14の駆動電流Iの落ち込み判定は、移動平均と移動平均計算区間の標準偏差σを用い、圧縮機12の運転状態に応じ、判定値(電流閾値X)を動的に変更している。
また、電動機14の駆動電流Iの落ち込みを検出し、圧縮機12の動作点と比較することによりサージングと判定している。
また、駆動電流Iの変動の継続時間は判断基準に採用していないため、サージング判定までの時間が極めて短い(約1秒以内)。
判定値(電流閾値X)の計算には統計的手法を用いているため、圧縮機12が正常に運転されている限りにおいて、サージングとして判定する確率が非常に高くなっている。
(2)サージング発生時のデータは、移動平均を計算するために蓄積していたデータバッファを用い、規定時間前の運転状態を採用している。
この方法を用いることによって、サージング発生点を正確に記録できる。
(3)電動機14の駆動電流Iは流量と相関関係にあるが、圧縮機12の運転状態(吸入温度Ts、吸入圧力Ps、吐出圧力Pdなど)の影響を受けるため、必ずしも1年を通じて電流と流量の関係が安定しているとの保証はない。
このため、駆動電流Iを流量Qに換算する式(1)を用いるので、圧縮機12の運転状態が変化しても、駆動電流Iと流量Qの関連性が変化しない。
(4)サージング発生点をデータベース(統計学の用語では集団)を制御装置内部の記録装置に保存し、最小二乗法の手法を用い、サージライン5を集団から適当に抽出した標本を用い、相関関数を算出する手法で推測している。
集団から標本を抽出する手法が適切であれば、サージ試験を実施してサージライン5を求めるのと同じ確からしさを自動で求められる。
(5)サージライン5と
サージ防止ライン6間のマージンについて、サージングが長期間発生していない場合、サージングマージンは余裕を持っていると評価できるため、マージンの削減調整は可能で、上述したシフト周期を例えば1時間、シフト量を例えば1時間あたり0.001%等とすれば、自動化可能である。
サージマージンを削減した結果、サージングが発生した場合は、サージマージンの削減量が課題と考えられるので、マージンを+1%加算するなどの手法でマージンを自動的に元に戻す仕組みを設けることは可能である。
この方法により、サージマージンを自動で最適値に調整することが可能になる。この場合、サージマージンは例えば3〜7%の変動幅になると推測される。
(6)制御に使用するサージライン5は、圧縮機12のサージング発生点について運転状態変化を補正した値として求められているため、単純に駆動電流Iと流量Qを用いたサージライン5よりも無次元化度合いが高く、サージライン5の信頼性は高い。
さらに、サージング発生検出の応答速度と確実性により、サージライン5が仮に間違っていたとしても、サージングは安全に回避可能である。
故に、従来はサージライン5とサージ防止ライン6間に設けていた流量マージン10〜15%を極限(0〜5%)まで狭めることが可能になる。
この結果、従来手段と比較して、圧縮機12の絞り限界は5%以上拡大することが可能になり、低圧+ON/OFF制御動作を行った場合の負荷/無負荷運転回数の削減と、省エネ運転が可能になる。
【0070】
上述した本発明により、以下のa〜eの効果が得られる。
a.圧縮機12のサージングは、ほぼ1秒以内(人が認知するより早く)に検出できる。
この結果、サージングを検出後、速やかに放風制御に移行することが可能になり、サージング発生と共に発生する軸振動の増加を引き起こすことなく安全にサージング現象から回避できる。
【0071】
言い換えると、これまではサージングが発生しても確実に回避できる手段が無かったため、サージライン5とサージ防止ライン6間のマージンを10〜15%程度確保し、計測誤差が発生しても、サージングには絶対に入らないような運用を行っていた。
これに対し、本発明の方法によれば、サージマージンを極限の0としても、圧縮機12に悪影響を与えること無く安定運用させられることが可能になるので、従来に比べ5%以上絞り制御することが可能になり、低流量側における制御安定性の向上と省エネが両立できる。
【0072】
b.空気需要急増(強制無負荷操作を含む)とサージングを区別できる。
制御装置内部の信号のみならず、需要先の設備側で外乱が与えられても適切にサージング判定が行われるため、圧縮機12の安定運用が可能になる。
【0073】
c.サージライン推測が正確にできる。
サージング発生点が正確に特定できるため、サージング発生点のデータベースから標本抽出して最小二乗法で求めたサージライン5の信頼性が高い。
【0074】
d.サージライン5を徐々に低流量側に移動するアルゴリズムと確実なサージング判定アルゴリズムを実装することによって、仮にサージライン5が変化してもサージ防止ライン6を常にサージライン5に漸斤させることが可能となり、従来10〜15%は必要だったサージライン5からサージ防止ライン6までの余裕代(サージマージン)は0〜5%まで削減できることとなり、従来に比べ5〜15%程度の幅で減量運転範囲を拡大することが可能になる。
この結果、大幅な減量範囲の拡大が可能になり、圧縮機12の省エネと圧力制御の安定性向上がもたらされる。
【0075】
e.圧縮機12の運転条件変化への対応が可能になる。
サージ防止ライン6はほぼ正確に自動で更新できることから、電動機14の駆動電流Iを流量に換算し、流量と圧力比を用いて圧縮機12のサージ防止制御を行うことが可能になった。
この結果、単純に電動機14の駆動電流Iと吐出圧力を用いた制御方式に比べると無次元化の度合いが高まり、サージング判定の確実性と相まって、サージ防止制御の信頼性が高まった。
【0076】
なお、本発明は上述した実施形態に限定されず、特許請求の範囲の記載によって示され、さらに特許請求の範囲の記載と均等の意味および範囲内でのすべての変更を含むものである。