(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記CSL粒界は、Σ3型結晶粒界、Σ7型結晶粒界、Σ11型結晶粒界、Σ17型結晶粒界、Σ19型結晶粒界、Σ21型結晶粒界、Σ23型結晶粒界、およびΣ29型結晶粒界からなり、
前記長さLR3−29は、前記すくい面側のα−Al2O3層におけるΣ3型結晶粒界、Σ7型結晶粒界、Σ11型結晶粒界、Σ17型結晶粒界、Σ19型結晶粒界、Σ21型結晶粒界、Σ23型結晶粒界、およびΣ29型結晶粒界のそれぞれの長さの総計であり、
前記長さLF3−29は、前記逃げ面側のα−Al2O3層におけるΣ3型結晶粒界、Σ7型結晶粒界、Σ11型結晶粒界、Σ17型結晶粒界、Σ19型結晶粒界、Σ21型結晶粒界、Σ23型結晶粒界、およびΣ29型結晶粒界のそれぞれの長さの総計である、請求項1に記載の表面被覆切削工具。
【発明を実施するための形態】
【0011】
[本発明の実施形態の説明]
最初に本開示の実施態様を列記して説明する。
【0012】
[1]本開示の一態様に係る表面被覆切削工具は、すくい面および逃げ面を有する表面被覆切削工具であって、基材と、基材上に形成された被膜とを備える。被膜はα−Al
2O
3層を含み、α−Al
2O
3層は複数のα−Al
2O
3の結晶粒を含み、結晶粒の粒界はCSL粒界と一般粒界とを含む。すくい面側のα−Al
2O
3層は(001)配向を示し、すくい面側のα−Al
2O
3層において、CSL粒界のうちΣ3型結晶粒界の長さL
R3は、Σ3−29型結晶粒界の長さL
R3−29の80%超であり、かつ長さL
R3−29と一般粒界L
RGの長さとの和である全粒界の合計長さL
Rの10%以上50%以下である。逃げ面側のα−Al
2O
3層は(001)配向を示し、逃げ面側のα−Al
2O
3層において、CSL粒界のうちΣ3型結晶粒界の長さL
F3は、Σ3−29型結晶粒界の長さL
F3−29の80%超であり、かつ長さL
F3−29と一般粒界の長さL
FGとの和である全粒界の合計長さL
Fの10%以上50%以下である。長さL
R3と長さLR
3−29との比L
R3/LR
3−29は、長さL
F3と長さL
F3−29との比L
F3/L
F3−29よりも小さい。この表面被覆切削工具は、被膜の機械特性が向上し、寿命が長寿命化されたものとなる。
【0013】
[2]上記表面被覆切削工具において、CSL粒界は、Σ3型結晶粒界、Σ7型結晶粒界、Σ11型結晶粒界、Σ17型結晶粒界、Σ19型結晶粒界、Σ21型結晶粒界、Σ23型結晶粒界、およびΣ29型結晶粒界からなり、長さL
R3−29は、すくい面側のα−Al
2O
3層におけるΣ3型結晶粒界、Σ7型結晶粒界、Σ11型結晶粒界、Σ17型結晶粒界、Σ19型結晶粒界、Σ21型結晶粒界、Σ23型結晶粒界、およびΣ29型結晶粒界のそれぞれの長さの総計であり、長さL
F3−29は、逃げ面側のα−Al
2O
3層におけるΣ3型結晶粒界、Σ7型結晶粒界、Σ11型結晶粒界、Σ17型結晶粒界、Σ19型結晶粒界、Σ21型結晶粒界、Σ23型結晶粒界、およびΣ29型結晶粒界のそれぞれの長さの総計である。
【0014】
[3]上記α−Al
2O
3層は、2〜20μmの厚みを有することが好ましい。これにより、上記の特性が最も効果的に発揮される。
【0015】
[4]上記α−Al
2O
3層は、表面粗さRaが0.2μm未満であることが好ましい。これにより、被削材と工具刃先との凝着摩耗が抑制され、その結果として刃先の耐チッピング性が向上したものとなる。
【0016】
[5]上記α−Al
2O
3層は、上記被膜の表面側から2μm以内の領域に圧縮応力の絶対値が最大となる地点を含み、該地点における圧縮応力の絶対値は1GPa未満であることが好ましい。これにより、断続切削加工時に発生する機械的、熱的疲労による工具刃先の欠損が抑制され、その結果として刃先の信頼性が向上したものとなる。
【0017】
[6]上記被膜は、上記基材と上記α−Al
2O
3層との間にTiC
xN
y層を含み、該TiC
xN
y層は、0.6≦x/(x+y)≦0.8という関係の原子比を満たすTiC
xN
yを含むことが好ましい。これにより、基材とα−Al
2O
3層との密着性が向上する。
【0018】
[本発明の実施形態の詳細]
以下、本発明の実施形態(以下「本実施形態」とも記す)に係る表面被覆切削工具について、
図1〜
図3を用いながら、さらに詳細に説明する。
【0019】
<表面被覆切削工具>
図1を参照し、本実施形態の表面被覆切削工具10(以下、単に「工具10」と記す)は、すくい面1と、逃げ面2と、すくい面1と逃げ面2とが交差する刃先稜線部3とを有する。すなわち、すくい面1と逃げ面2とは、刃先稜線部3を挟んで繋がる面である。刃先稜線部3は、工具10の切刃先端部を構成する。このような工具10の形状は、後述する基材の形状に依拠する。
【0020】
図1には旋削加工用刃先交換型切削チップとしての工具10が示されるが、工具10はこれに限られず、ドリル、エンドミル、ドリル用刃先交換型切削チップ、エンドミル用刃先交換型切削チップ、フライス加工用刃先交換型切削チップ、メタルソー、歯切工具、リーマ、タップなどの切削工具として好適に使用することができる。
【0021】
また、工具10が刃先交換型切削チップ等である場合、工具10は、チップブレーカを有するものも、有さないものも含まれ、また、刃先稜線部3は、その形状がシャープエッジ(すくい面と逃げ面とが交差する稜)(
図1参照)、ホーニング(シャープエッジに対してアールを付与したもの)(
図3参照)、ネガランド(面取りをしたもの)、ホーニングとネガランドとを組み合せたもののいずれのものも含まれる。
【0022】
図2を参照し、上記工具10は、基材11と、該基材11上に形成された被膜12とを備えた構成を有する。工具10において、被膜12は、基材11の全面を被覆することが好ましいが、基材11の一部がこの被膜12で被覆されていなかったり、被膜12の構成が部分的に異なったりしていたとしても本実施形態の範囲を逸脱するものではない。
【0023】
<基材>
本実施形態の基材11は、すくい面11aと、逃げ面11bと、すくい面11aと逃げ面11bとが交差する刃先稜線部11cとを有する。すくい面11a、逃げ面11b、および刃先稜線部11cは、工具10のすくい面1、逃げ面2、および刃先稜線部3を構成する。
【0024】
基材11としては、この種の基材として従来公知のものであればいずれのものも使用することができる。たとえば、超硬合金(たとえばWC基超硬合金、WCの他、Coを含み、あるいはTi、Ta、Nb等の炭窒化物を添加したものも含む)、サーメット(TiC、TiN、TiCN等を主成分とするもの)、高速度鋼、セラミックス(炭化チタン、炭化珪素、窒化珪素、窒化アルミニウム、酸化アルミニウムなど)、立方晶型窒化硼素焼結体、またはダイヤモンド焼結体のいずれかであることが好ましい。これらの各種基材の中でも、特にWC基超硬合金、サーメット(特にTiCN基サーメット)を選択することが好ましい。これは、これらの基材が特に高温における硬度と強度とのバランスに優れ、上記用途の表面被覆切削工具の基材として優れた特性を有するためである。
【0025】
<被膜>
本実施形態の被膜12は、α−Al
2O
3層を含む限り、他の層を含んでいてもよい。他の層としては、たとえばTiN層、TiCN層、TiBNO層、TiCNO層、TiB
2層、TiAlN層、TiAlCN層、TiAlON層、TiAlONC層等を挙げることができる。その積層の順も特に限定されない。
【0026】
なお、本実施形態において、「TiN」、「TiCN」、「TiC
xN
y」等の化学式において特に原子比を特定していないものは、各元素の原子比が「1」のみであることを示すものではなく、従来公知の原子比が全て含まれるものとする。
【0027】
このような本実施形態の被膜12は、基材11を被覆することにより、耐摩耗性や耐チッピング性等の諸特性を向上させる作用を有するものである。
【0028】
被膜12は、3〜30μm(3μm以上30μm以下、なお本願において数値範囲を「〜」を用いて表わす場合、その範囲は上限および下限の数値を含むものとする)、より好ましくは5〜20μmの厚みを有することが好適である。その厚みが3μm未満では、耐摩耗性が不十分となる場合があり、30μmを超えると、断続加工において被膜12と基材11との間に大きな応力が加わった際に被膜12の剥離または破壊が高頻度に発生する場合がある。
【0029】
<α−Al
2O
3層>
本実施形態の被膜12は、α−Al
2O
3層を含む。このα−Al
2O
3層は、当該被膜12中に一層または二層以上含まれることができる。
【0030】
このα−Al
2O
3層は、複数のα−Al
2O
3(結晶構造がα型である酸化アルミニウム)の結晶粒を含んだ層である。すなわち、この層は、多結晶のα−Al
2O
3により構成される。通常この結晶粒は、約100〜2000nm程度の大きさの粒径を有する。複数のα−Al
2O
3の結晶粒間には「結晶粒界」が存在する。
【0031】
結晶粒界は、結晶粒成長などの物質特性、クリープ特性、拡散特性、電気特性、光学特性、および機械特性に大きな影響を及ぼす。考慮すべき重要な特性としては、たとえば、物質中の結晶粒界密度、界面の化学組成、および結晶学的組織、すなわち結晶粒界面方位および結晶粒方位差である。特に、対応格子(CSL)結晶粒界が特殊な役割を果たしている。CSL結晶粒界(単に「CSL粒界」ともいう)は、多重度インデックス(multiplicity index)Σによって特徴付けられ、それは結晶粒界で接している2つの結晶粒の結晶格子部位密度と、両結晶格子を重ね合わせた場合に対応する部位の密度との比率として定義される。単純な構造の場合、低Σ値の結晶粒界は、低界面エネルギーおよび特殊な特性を有する傾向にあることが一般的に認められている。したがって、特殊結晶粒界の割合およびCSLモデルから推定される結晶粒方位差の分布の制御は、セラミック被膜の特性およびこれらの特性を向上させる方法にとって重要であると考えられる。
【0032】
近年、電子線後方散乱回折(EBSD)として知られる走査型電子顕微鏡(SEM)に基づく技術が出現し、セラミック物質中の結晶粒界の研究に用いられている。EBSD技術は、後方散乱電子によって発生する菊池回折パターンの自動分析に基づいている。
【0033】
対象とする物質の各結晶粒について、結晶学的方位は、対応する回折パターンのインデックス後に決定される。市販のソフトウェアにより、組織分析および結晶粒界性格分布(GBCD)の決定がEBSDを用いることによって比較的容易に行なわれる。EBSDを界面に適用することにより、界面の大きなサンプル集団について結晶粒界の方位差を決定することが可能である。通常、方位差分布は、物質の処理条件と関連付けられている。結晶粒界方位差は、オイラー角、角/軸対(angle/axis pair)、またはロドリゲスベクトルなどの通常の方位パラメータによって得ることができる。CSLモデルは、特性決定用のツールとして広く用いられている。
【0034】
本実施形態のα−Al
2O
3層中の結晶粒界は、上述のCSL粒界と一般粒界とを含む。CSL粒界は、Σ3型結晶粒界、Σ7型結晶粒界、Σ11型結晶粒界、Σ17型結晶粒界、Σ19型結晶粒界、Σ21型結晶粒界、Σ23型結晶粒界、およびΣ29型結晶粒界からなる。ただし、上記のEBSDで観察した場合に、Σ3型結晶粒界以外のいずれか1以上の結晶粒界が観察されない場合でも本実施形態の効果を示す限り本実施形態の範囲を逸脱するものではない。一般粒界は、CSL結晶粒界以外の結晶粒界である。よって、一般粒界とは、EBSDで観察した場合のα−Al
2O
3の結晶粒の全粒界からCSL粒界を除いた残余部分となる。
【0035】
そして、本実施形態のα−Al
2O
3層は、以下(1)〜(4)を満たすことを特徴とする。
(1)すくい面側のα−Al
2O
3層、および逃げ面側のα−Al
2O
3層は各々(001)配向を示す;
(2)すくい面側のα−Al
2O
3層において、Σ3型結晶粒界の長さL
R3は、Σ3−29型結晶粒界の長さL
R3−29の80%超であり、かつL
R3−29と一般粒界の長さL
RGとの和である全粒界の合計長さL
Rの10%以上50%以下である;
(3)逃げ面側のα−Al
2O
3層において、Σ3型結晶粒界の長さL
F3は、Σ3−29型結晶粒界の長さL
F3−29の80%超であり、かつL
F3−29と一般粒界の長さL
FGとの和である全粒界の合計長さL
Fの10%以上50%以下である;
(4)長さL
R3と長さL
R3−29との比L
R3/L
R3−29は、長さL
F3と長さL
F3−29との比L
F3/L
F3−29よりも小さい。
【0036】
上記(1)について説明する。本明細書において各面側のα−Al
2O
3層が「(001)配向を示す」とは、(001)面に対する法線方向がα−Al
2O
3層表面(被膜の表面側に位置する表面とする)の法線方向に対して±20°以内となる結晶粒(α−Al
2O
3)の割合(面積割合)がα−Al
2O
3層中で50%以上となる場合を言うものとする。具体的には、EBSDを備えたSEMを用いてすくい面側および逃げ面側の各α−Al
2O
3層の垂直断面(上記α−Al
2O
3層表面の法線方向に平行な断面)を観察し、それをカラーマッピングによる画像処理をした場合、画像処理後の各観察像において、α−Al
2O
3層に占める上記の結晶粒の面積比率が50%以上となる場合をいうものとする。
【0037】
なお、α−Al
2O
3層のカラーマッピングされる領域は、厚さ方向においてはα−Al
2O
3層の全ての範囲である。すなわち、α−Al
2O
3層の被覆表面側に位置する表面から、α−Al
2O
3層の基材側に位置する表面までの全ての領域について、カラーマッピングされる。マイクロオーダーの厚さを有するα−Al
2O
3層は、1つの観察像によって厚さ方向の全ての範囲を確認することができる。一方、α−Al
2O
3層の面内方向(厚さ方向に直交する方向)においては、任意の範囲がカラーマッピングされればよい。
【0038】
一般的に、α−Al
2O
3層の(001)配向性が高まるほど、α−Al
2O
3層の硬度が向上することから、上記(1)を満たす本実施形態のα−Al
2O
3層によれば、加工時の衝撃によるクラックの発生を抑えることができ、切削工具の靭性を大幅に向上させることができ、以って高い耐摩耗性を有することができる。
【0039】
なお「被膜の表面側」とは、α−Al
2O
3層の厚み方向において、基材側とは反対側のサイドを意味し、α−Al
2O
3層上に他の層が形成されない場合はα−Al
2O
3層の表面を意味する。
【0040】
上記(2)および(3)について説明する。Σ3型結晶粒界は、α−Al
2O
3のCSL結晶粒界の中で最も低い粒界エネルギーを有するものと考えられ、以って全CSL結晶粒界に占める割合を高くすることにより機械特性(特に耐塑性変形性)を高めることができると考えられる。このため、本実施形態では、全CSL結晶粒界をΣ3−29型結晶粒界という表記で表わし、すくい面側のα−Al
2O
3層におけるΣ3型結晶粒界の長さL
R3を、すくい面側のα−Al
2O
3層におけるΣ3−29型結晶粒界の長さL
R3−29の80%超として規定し、逃げ面側のα−Al
2O
3層におけるΣ3型結晶粒界の長さL
F3を、逃げ面側のα−Al
2O
3層におけるΣ3−29型結晶粒界の長さL
R3−29の80%超として規定したものである。
【0041】
長さL
R3は、すくい面側のα−Al
2O
3層をEBSDを備えたSEMで観察した場合に、観察される視野中のΣ3型結晶粒界の合計長さを示し、長さL
R3−29は、すくい面側のα−Al
2O
3層をEBSDを備えたSEMを用いて観察した場合に、観察される視野中の、Σ3型結晶粒界、Σ7型結晶粒界、Σ11型結晶粒界、Σ17型結晶粒界、Σ19型結晶粒界、Σ21型結晶粒界、Σ23型結晶粒界、およびΣ29型結晶粒界のそれぞれの長さの総計を示す。同様に、長さL
F3とは、逃げ面側のα−Al
2O
3層をEBSDを備えたSEMで観察した場合に、観察される視野中のΣ3型結晶粒界の合計長さを示し、長L
F3−29さとは、逃げ面側のα−Al
2O
3層をEBSDを備えたSEMを用いて観察した場合に、観察される視野中の、Σ3型結晶粒界、Σ7型結晶粒界、Σ11型結晶粒界、Σ17型結晶粒界、Σ19型結晶粒界、Σ21型結晶粒界、Σ23型結晶粒界、およびΣ29型結晶粒界のそれぞれの長さの総計を示す。
【0042】
長さL
R3は、より好ましくは長さL
R3−29の83%以上であり、さらに好ましくは85%以上である。長さL
F3についても同様であり、より好ましくは長さL
F3−29の83%以上であり、さらに好ましくは85%以上である。このように、その数値は、高くなればなる程好ましく、その上限を規定する必要はないが、多結晶薄膜であるという観点からその上限は99%以下である。
【0043】
一方、このΣ3型結晶粒界は、低い粒界エネルギーを有していることからも明らかなように高い整合性を有する結晶粒界であることから、Σ3型結晶粒界を粒界とする2つの結晶粒は単結晶または双晶類似の挙動を示し、粗粒化する傾向を示す。結晶粒が粗粒化すると、耐チッピング性等の被膜特性が低下するため、粗粒化を抑制する必要がある。そのため、本実施形態では、すくい面および逃げ面のいずれの面に位置するα−Al
2O
3層においても、Σ3型結晶粒界の長さL
R3,L
F3のそれぞれを全粒界の合計長さL
R,L
Fの10%以上50%以下と規定し、上記の抑制効果を担保したものである。
【0044】
Σ3型結晶粒界の長さL
R3,L
F3が、各面側における全粒界の合計長さL
R,L
Fの50%を超えると結晶粒が粗粒化するため好ましくなく、また10%未満では上記の優れた機械特性が得られなくなる。Σ3型結晶粒界の長さL
R3,L
F3のより好ましい範囲は、20〜45%、さらに好ましい範囲は30〜40%である。
【0045】
なお全粒界とは、CSL結晶粒界以外の一般粒界とCSL結晶粒界とを加算したものである。したがって、すくい面側における「全粒界の合計長さL
R」は、「Σ3−29型結晶粒界の長さL
R3−29と一般粒界の長さL
RGの和」として表わすことができ、逃げ面側における「全粒界の合計長さL
F」は、「Σ3−29型結晶粒界の長さL
F3−29と一般粒界の長さL
FGの和」として表わすことができる。
【0046】
上記(4)について説明する。上記(4)を満たすα−Al
2O
3層は、すくい面側のα−Al
2O
3層において、CSL粒界のうちΣ3型結晶粒界の占める割合が比較的大きく、逃げ面側のα−Al
2O
3層において、CSL粒界のうちΣ3型結晶粒界の占める割合が比較的小さいこととなる。したがって、上記(2)および(3)を満たし、さらに上記(4)を満たすα−Al
2O
3層は、逃げ面側においては特に耐塑性変形性に優れ、すくい面側においてはΣ3型結晶粒界が多すぎることに起因する耐チッピング性等の被膜特性の低下を十分に抑制することができる。
【0047】
高速条件および低送り条件下での切削加工(以下、「高速・低送り切削加工」とも記す)においては、逃げ面側での熱による負荷が大きく、逃げ面の摩耗が増大する傾向がある。これに対し、上記(2)〜(4)を満たすα−Al
2O
3層であれば、逃げ面側に加えられる負荷に耐えることができるため、特に逃げ面側において過酷な切削条件となる高速・低送り切削加工においても、長寿命を維持することができる。
【0048】
比L
R3/L
R3−29と比L
F3/L
F3−29との差{(L
R3/L
R3−29)−(L
F3/L
F3−29)}は、−1〜−10であることが好ましい。この場合、すくい面側の耐チッピング性の向上と、逃げ面側の耐塑性変形性の向上とのバランスに優れる。上記差は、より好ましくは−4〜−9である。このような差を満たすためには、Σ3型結晶粒界の長さL
R3は、Σ3−29型結晶粒界の長さL
R3−29の80〜95%であることが好ましく、83〜95%であることがより好ましく、80〜90%であることが特に好ましく、Σ3型結晶粒界の長さL
F3は、Σ3−29型結晶粒界の長さL
F3−29の90〜99%であることが好ましく、91〜99%であることがより好ましい。
【0049】
本実施形態において、α−Al
2O
3層が上記(1)を満たすか否かは次のようにして確認することができる。
【0050】
まず、α−Al
2O
3層を後述の製造方法に基づいて基材上に形成する。そして、形成されたすくい面側のα−Al
2O
3層を(基材なども含め)α−Al
2O
3層に垂直な断面が得られるように切断する(すなわち、α−Al
2O
3層の表面に対する法線を含む平面でα−Al
2O
3層を切断した切断面が露出するように切断する)。その後、その切断面を耐水研磨紙(研磨剤としてSiC砥粒研磨剤を含むもの)で研磨する。
【0051】
なお、上記の切断は、たとえばα−Al
2O
3層表面(α−Al
2O
3層上に他の層が形成されている場合は被膜表面とする)を十分に大きな保持用の平板上にワックス等を用いて密着固定した後、回転刃の切断機にてその平板に対して垂直方向に切断する(該回転刃と該平板とが可能な限り垂直となるように切断する)ものとする。この切断は、このような垂直方向に対して行なわれる限り、α−Al
2O
3層の任意の部位で行なうことができる。
【0052】
また、上記の研磨は、当該耐水研磨紙#400、#800、#1500を順に用いて行なうものとする(耐水研磨紙の番号(#)は研磨剤の粒径の違いを意味し、数字が大きくなるほど研磨剤の粒径は小さくなる)。
【0053】
引続き、上記の研磨面をArイオンによるイオンミーリング処理によりさらに平滑化する。イオンミーリング処理の条件は以下の通りである。
加速電圧:6kV
照射角度:α−Al
2O
3層表面の法線方向(すなわち該切断面におけるα−Al
2O
3層の厚み方向に平行となる直線方向)から0°
照射時間:6時間。
【0054】
また、上記切断の位置は少なくとも刃先稜線部3近傍を避けて設定される。具体的には、
図3を参照し、すくい面1に接する面(
図3中左右に延びる点線で示される)とすくい面1とが接する領域の外縁A
1と、逃げ面2に接する面(
図3中上下に延びる点線で示される)と逃げ面2とが接する領域の外縁A
2とを繋ぐ領域を、刃先稜線部3とみなし、少なくとも刃先稜線部3の端部である外縁A
1から0.2mm以上離れた位置(
図3において外縁A
1から左側へ離れた位置)を、断面の作製位置として適用する。α−Al
2O
3層の逃げ面2側の断面においても同様に、刃先稜線部3の端部である外縁A
2から0.2mm以上離れた位置(
図3において外縁A
2から下側へ離れた位置)を、断面の作製位置として適用する。
【0055】
そして、上記の平滑化された研磨面を、EBSDを備えたSEMで観察する。SEMは、HKL NL02 EBSD検出器を備えたZeiss Supra 35 VP(CARL ZEISS社製)を用いる。EBSDデータは、集束電子ビームを各ピクセル上へ個別に位置させることによって順に収集する。
【0056】
サンプル面(平滑化処理したα−Al
2O
3層の断面)の法線は、入射ビームに対して70°傾斜させ、分析は、15kVにて行なう。帯電効果を避けるために、10Paの圧力を印加する。開口径60μmまたは120μmと合わせて高電流モードを用いる。データ収集は、研磨面上、50×30μmの面領域に相当する500×300ポイントについて、0.1μm/ステップのステップにて行なう。
【0057】
そして、市販のソフトウェア(商品名:「orientation Imaging microscopy Ver 6.2」、EDAX社製)を用いて各測定ピクセルの(001)面の法線方向と、α−Al
2O
3層表面(被膜表面側に位置する表面とする)の法線方向(すなわち該切断面におけるα−Al
2O
3層の厚み方向に平行となる直線方向)とのなす角度を算出し、その角度が±20°以内となるピクセルが選択されるようなカラーマップを作成する。
【0058】
具体的には、上記ソフトウェアに含まれる「Cristal Direction MAP」の手法を用いて、α−Al
2O
3層表面の法線方向と各測定ピクセルの(001)面の法線方向とのTolerance20°(方向差が±20°以内となるもの)のカラーマップを作成する。そして、このカラーマップに基づいて上記ピクセルの面積比を算出することにより、その面積比が50%以上となる場合に「すくい面側のα−Al
2O
3層が(001)配向を示す」ものとする。
【0059】
同様にして、逃げ面側のα−Al
2O
3層が(001)配向を示すか否かを確認する。そして、いずれの面側のα−Al
2O
3層においても(001)配向を示す、すなわち、(001)面に対する法線方向がα−Al
2O
3層表面(被膜の表面側に位置する表面とする)の法線方向に対して±20°以内となる結晶粒(α−Al
2O
3)の割合が50%以上であることが確認された場合、α−Al
2O
3層が上記(1)を満たすことになる。
【0060】
また、本実施形態において、すくい面側のα−Al
2O
3層および逃げ面側のα−Al
2O
3層の各々が上記(2)および(3)を満たし、さらにこれらが上記(4)を満たすか否かは、次のようにして確認することができる。
【0061】
まず、上記と同様にしてα−Al
2O
3層に垂直な断面が得られるように、すくい面側のα−Al
2O
3層を切断した後、同じく同様にして研磨および平滑化処理を行なう。そしてこのようい処理された切断面に対して、上記と同様のEBSDを備えたSEMで観察する。
【0062】
サンプル面(平滑化処理したα−Al
2O
3層の断面)の法線は、入射ビームに対して70°傾斜させ、分析は、15kVにて行なう。帯電効果を避けるために、10Paの圧力を印加する。開口径60μmまたは120μmと合わせて高電流モードを用いる。データ収集は、研磨面上、50×30μmの面領域に相当する500×300ポイントについて、0.1μm/ステップのステップにて行なう。
【0063】
データ処理は、ノイズフィルタリング有りおよび無しで行なう。ノイズフィルタリングおよび結晶粒界性格分布は、市販のソフトウェア(商品名:「orientation Imaging microscopy Ver 6.2」、EDAX社製)を用いて決定する。結晶粒界性格分布の分析は、Grimmer(H.Grimmer,R.Bonnet,Philosophical Magazine A 61(1990),493-509)から入手可能であるデータに基づいて行なう。ブランドンの条件(Brandon criterion)(ΔΘ<Θ
0(Σ)
-0.5、ここで、Θ
0=15°)を用いて、実験値の理論値からの許容誤差を考慮に入れる(D.Brandon Acta metall.14(1966),1479-1484)。任意のΣ値に対応する特殊結晶粒界を計数し、全結晶粒界に対する比として表すことによって確認することができる。
【0064】
以上により、すくい面側のα−Al
2O
3層における、Σ3型結晶粒界の長さL
R3、Σ3−29型結晶粒界の長さL
R3−29、および全粒界L
Rの合計長さを求めることができる。同様にして、逃げ面側のα−Al
2O
3層におけるΣ3型結晶粒界の長さL
F3、Σ3−29型結晶粒界の長さL
F3−29、および全粒界L
Fの合計長さを求めることができる。求めた値から、すくい面側のα−Al
2O
3層、逃げ面側のα−Al
2O
3層が上記(2)および(3)を満たすか否かを確認することができ、さらに、α−Al
2O
3層が上記(4)を満たすか否かを確認することができる。
【0065】
<α−Al
2O
3層の厚み>
α−Al
2O
3層は、2〜20μmの厚みを有することが好ましい。これにより、上記のような優れた効果を発揮することができる。その厚みは、2〜15μmであることがより好ましく、2〜10μmであることがさらに好ましい。
【0066】
上記厚みが2μm未満である場合、上記のような優れた効果を十分に発揮できない場合があり、20μmを超えると、α−Al
2O
3層と下地層等の他の層との線膨張係数の差に起因する界面応力が大きくなり、α−Al
2O
3の結晶粒が脱落する場合がある。このような厚みは、走査型電子顕微鏡(SEM)等を用いて基材と被膜の垂直断面観察により確認することができる。
【0067】
<α−Al
2O
3層の表面粗さ>
α−Al
2O
3層は、表面粗さRaが0.2μm未満であることが好ましい。これにより、切りくずと工具刃先との間の摩擦係数が低減し、耐チッピング性が向上するだけでなく、安定した切りくず排出性を発揮できる。表面粗さRaは、0.15μm未満であることがより好ましく、0.10μm未満であることがさらに好ましい。このように表面粗さRaは、低くなればなる程好ましく、その下限を規定する必要はないが、被膜は基材の表面性状の影響を受けるという観点からその下限は0.05μm以上である。
【0068】
なお、本願において表面粗さRaは、JIS B 0601(2001)の算術平均粗さRaを意味するものとする。
【0069】
<α−Al
2O
3層の圧縮応力>
α−Al
2O
3層は、被膜の表面側から2μm以内の領域に圧縮応力の絶対値が最大となる地点を含み、該地点における圧縮応力の絶対値は1GPa未満であることが好ましい。これにより、断続切削加工時に発生する工具刃先の機械的、熱的疲労に伴う刃先の突発欠損が抑制され、省人/省エネルギー効果を発揮できる。該絶対値は、より好ましくは0.9GPa未満であり、さらに好ましくは0.8GPa未満である。上記絶対値の下限は、特に限定されないが、耐摩耗性と耐欠損性のバランスという観点からその下限は0.2GPa以上である。
【0070】
なお、本実施形態における圧縮応力は、従来公知のX線を用いたsin
2ψ法、侵入深さ一定法等により測定することができる。
【0071】
<TiC
xN
y層>
本実施形態の被膜は、基材とα−Al
2O
3層との間にTiC
xN
y層を含むことができる。このTiC
xN
y層は、0.6≦x/(x+y)≦0.8という関係の原子比を満たすTiC
xN
yを含むことが好ましい。これにより、基材とα−Al
2O
3層との密着性が向上する。
【0072】
該原子比は、より好ましくは0.65≦x/(x+y)≦0.75であり、さらに好ましくは0.67≦x/(x+y)≦0.72である。x/(x+y)が0.6未満の場合、耐摩耗性が不十分となることがあり、0.8を超えると耐チッピング性が不十分となることがある。
【0073】
<製造方法>
本実施形態の表面被覆切削工具は、基材上に被膜を化学気相蒸着(CVD)法により形成することによって製造することができる。被膜のうち、α−Al
2O
3層以外の層が形成される場合、それらの層は化学気相蒸着装置を用いて従来公知の条件で形成することができる。一方、α−Al
2O
3層は、以下のようにして形成することができる。
【0074】
原料ガスとして、AlCl
3、HCl、CO
2、H
2S、O
2、およびH
2を用いる。配合量は、AlCl
3を3〜5体積%、HClを4〜6体積%、CO
2を0.5〜2体積%、H
2Sを1〜5体積%、O
2を0.0001〜0.01体積%とし、残部はH
2とする。さらに、0.1≦CO
2/H
2S≦1、0.1≦CO
2/AlCl
3≦1、0.5≦AlCl
3/HCl≦1という体積比を採用する。
【0075】
原料ガスは、化学気相蒸着装置の反応容器内に配置された基材に対して吹き付けられるが、このときの原料ガスの噴出方向は、基材の逃げ面が原料ガスの噴出方向に対して略垂直となり、基材のすくい面が原料ガスの噴出方向に対して略平行となるように調整される。また、化学気相蒸着法の諸条件は、温度が950〜1050℃であり、圧力が1〜5kPaであり、ガス流量(全ガス量)が50〜100L/minである。また、原料ガスの反応容器内への導入速度を、1.7〜3.5m/secとする。
【0076】
そして、上述の条件下での化学気相蒸着法によりα−Al
2O
3層を一旦形成した後、アニールを行なう。アニールの条件は、温度が1050〜1080℃であり、圧力が50〜100kPaであり、時間が120〜300分である。またこのアニールの雰囲気は、20〜30L/minの流量のH
2とAr(アルゴン)とを流すことにより行なわれる。
【0077】
このようにして、所望の厚みの本実施形態のα−Al
2O
3層を形成することができる。とりわけ、原料ガスにおけるO
2の配合量を上記範囲とし、かつ基材の逃げ面が原料ガスの噴出方向に対して略垂直となり、基材のすくい面が原料ガスの噴出方向に対して略平行となるように、原料ガスの噴出方向が調整されることにより、上記(2)〜(4)を満たすα−Al
2O
3層を形成することができる。その理由は、次のように推察される。
【0078】
O
2は、CO
2等の他のガスと比較して反応性が高く、α−Al
2O
3の核数を増加させたり、成膜速度を高めたりする作用を有する。また、O
2は、CSL結晶粒界におけるΣ3型結晶粒界の割合を低下させる作用をも有し得る。これは、成膜速度が速すぎる場合、高い整合性を有する結晶粒界であるΣ3型結晶粒界が生成され難くなるためである。
【0079】
ところで、原料ガスの噴出方向に対して略平行となるすくい面側においては、原料ガスの流速密度が比較的高くなる傾向があり、原料ガスの噴出方向に対して略垂直となる逃げ面側においては、原料ガスの流速密度が比較的低くなる傾向がある。すなわち、すくい面側においては、原料ガスの滞留時間が短くなり、逃げ面側においては、原料ガスの滞留時間が長くなる傾向があり、換言すれば、すくい面側は、逃げ面側と比してより頻繁に原料ガスが供給される傾向がある。
【0080】
したがって、見かけ上、すくい面側におけるO
2の吸着・拡散が、逃げ面側におけるO
2の吸着・拡散よりも頻繁に起こることになり、これにより、すくい面側において、O
2の作用に起因するΣ3型結晶粒界の減少が引き起こされ、結果的に、逃げ面側におけるΣ3型結晶粒界の割合が、すくい面側と比して大きくなる。
【0081】
また成膜後に上記のようなアニールを行なうことによりα−Al
2O
3層中に硫黄等の不純物が残存することを防止できるため、本実施形態のα−Al
2O
3層の製造方法として特に優れたものとなる。
【実施例】
【0082】
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0083】
<基材の調製>
以下の表1に記載の基材Pおよび基材Kの2種類の基材を準備した。具体的には、表1に記載の配合組成からなる原料粉末を均一に混合し、所定の形状に加圧成形した後、1300〜1500℃で1〜2時間焼結することにより、形状がCNMG120408NUX(住友電気工業製)の超硬合金製の基材を得た。
【0084】
【表1】
【0085】
<被膜の形成>
上記で得られた各基材に対してその表面に被膜を形成した。具体的には、基材を化学気相蒸着装置内にセットすることにより、基材上に化学気相蒸着法により被膜を形成した。基材は、すくい面がガスの噴出方向に略平行となり、逃げ面がガスの噴出方向に略直交となるように反応容器内に配置した。
【0086】
被膜の形成条件は、以下の表2および表3に記載した通りである。表2はα−Al
2O
3層以外の各層の形成条件を示し、表3はα−Al
2O
3層の形成条件を示している。なお、表2中のTiBNOとTiCNOは後述の表5の中間層であり、それ以外のものも表5中のα−Al
2O
3層を除く各層に相当することを示す。また、TiC
xN
y層は、原子比x/(x+y)が0.7であるTiC
xN
yからなるものである。
【0087】
また、表3に示すように、α−Al
2O
3層の形成条件はA〜GとX〜Zの10通りであり、このうちA〜Gが実施例の条件であり、X〜Zが比較例(従来技術)の条件である。α−Al
2O
3層の形成において、原料ガスの導入速度は2m/secとし、基材を固定しつつ、原料ガスを噴出されるためのガス管を2rpmで回転させた。なお、A〜Gの条件で形成した実施例のα−Al
2O
3層のみについて、表3に記載したアニール時間の間、1050℃、50kPa、H
2の流量を20L/min、Arの流量を30L/minの条件でアニールを行なった。
【0088】
たとえば、形成条件Aは、3.2体積%のAlCl
3、4.0体積%のHCl、1.0体積%のCO
2、2体積%のH
2S、0.003体積%のO
2、そして残部H
2からなる組成の原料ガスを化学気相蒸着装置へ供給し、圧力3.5kPaおよび温度1000℃の条件下、流量(全ガス量)70L/minの条件で化学気相蒸着法を実行し、その後、上記の条件で180分間アニールすることによってα−Al
2O
3層が形成されることを示している。
【0089】
なお、表2に記載したα−Al
2O
3層以外の各層についても、アニールを行なわないことを除き、同様に化学気相蒸着法により形成した。なお、表2中の「残り」とは、H
2が原料ガスの残部を占めることを示している。また、「全ガス量」とは、標準状態(0℃、1気圧)における気体を理想気体とし、単位時間当たりに化学気相蒸着装置に導入された全体積流量を示す(表3のα−Al
2O
3層についても同じ)。また、各層の厚みは、成膜時間を適宜調節することにより調整した(各層の成膜速度は約0.5〜2.0μm/時間である)。
【0090】
【表2】
【0091】
【表3】
【0092】
<表面被覆切削工具の作製>
上記の表2および表3の条件により基材上に被膜を形成することにより、以下の表4および表5に示した実施例1〜15および比較例1〜6の表面被覆切削工具を作製した。
【0093】
表4および表5に関し、各被膜の組成および厚みは、SEM−EDX(走査型電子顕微鏡−エネルギー分散型X線分光)により確認し、α−Al
2O
3層のΣ3型結晶粒界の長さ、Σ3−29型結晶粒界の長さ、および全粒界の合計長さを、上述の方法により確認した。また、すくい面側および逃げ面側のα−Al
2O
3層に関し、上述の方法により、(001)面に対する法線方向がα−Al
2O
3層表面(被膜表面側に位置する表面とする)の法線方向に対して±20°以内となる結晶粒(α−Al
2O
3)の割合(%)を確認した。
【0094】
たとえば表4を参照し、実施例1の表面被覆切削工具は、基材として表1に記載の基材Pを採用し、その基材Pの表面に下地層として厚み1.2μmのTiN層を表2の条件で形成し、その下地層上に厚み13.0μmのTiC
xN
y層を表2の条件で形成し、そのTiC
xN
y層上に中間層として厚み0.7μmのTiBNO層を表2の条件で形成し、その中間層上に厚み8.6μmのα−Al
2O
3層を表3の形成条件で作成し、その後、最外層として厚み0.9μmのTiN層を表2の条件で形成することにより、基材上に合計厚み24.3μmの被膜を形成した構成であることを示している。なお、表4中の空欄は、該当する層が形成されていないことを示す。
【0095】
また、表5を参照し、実施例1に関し、すくい面側のα−Al
2O
3層において、Σ3型結晶粒界の長さL
R3は、Σ3−29型結晶粒界の長さL
R3−29の89%であり、かつ全粒界の合計長さL
Rの17%である。また逃げ面側のα−Al
2O
3層において、Σ3型結晶粒界の長さL
F3は、Σ3−29型結晶粒界の長さL
F3−29の94%であり、かつ全粒界の合計長さL
Fの20%である。また、(L
R3/L
R3−29)の比(%)から(L
F3/L
F3−29)の比(%)を除した値が「(L
R3/L
R3−29)−(L
F3/L
F3−29)」の欄に示されるが、この値が「−」であることから、比L
R3/L
R3−29が、比L
F3/L
F3−29よりも小さいことが分かる。さらに、このα−Al
2O
3層は、すくい面側および逃げ面側において、(001)配向を示す。
【0096】
なお、比較例1〜6のα−Al
2O
3層は全て本発明の方法に従わない従来技術の条件で形成されているため、それらのα−Al
2O
3層は、本発明のような特性を示さない結晶組織により構成されることになる(表5参照)。
【0097】
【表4】
【0098】
【表5】
【0099】
<切削試験>
上記で得られた表面被覆切削工具を用いて、以下の2種類の切削試験を行なった。以下の切削試験は、高速・低送り切削加工に類する。
【0100】
<切削試験1>
以下の表6に記載した実施例および比較例の表面被覆切削工具について、以下の切削条件により逃げ面摩耗量(Vb)が0.20mmとなるまでの切削時間を測定するとともに刃先の最終損傷形態を観察した。その結果を表6に示す。切削時間が長いもの程、耐摩耗性に優れ、工具寿命が長くなっていることを示す。
【0101】
<切削条件>
被削材:SCM435丸棒外周切削
周速:400m/min
送り速度:0.1mm/rev
切込み量:1.0mm
切削液:あり。
【0102】
【表6】
【0103】
表6より明らかなように実施例の表面被覆切削工具は、比較例の表面被覆切削工具に比し、耐摩耗性および耐チッピング性の両者に優れており、工具寿命が長期化していることは明らかである。すなわち、実施例の表面被覆切削工具の被膜の機械特性が向上していることが確認できた。
【0104】
<切削試験2>
以下の表7に記載した実施例および比較例の表面被覆切削工具について、以下の切削条件によりクレーター摩耗量(Kt)が0.20mmとなるまでの切削時間を測定した。その結果を表7に示す。切削時間が長いもの程、耐摩耗性に優れ、工具寿命が長くなっていることを示す。
【0105】
<切削条件>
被削材:S55C丸棒外周切削
周速:300m/min
送り速度:0.05mm/rev
切込み量:2.0mm
切削液:あり。
【0106】
【表7】
【0107】
表7より明らかなように実施例の表面被覆切削工具は、比較例の表面被覆切削工具に比し、耐欠損性に優れており、工具寿命が長期化していることは明らかである。すなわち、実施例の表面被覆切削工具の被膜の機械特性が向上していることが確認できた。
【0108】
<α−Al
2O
3層の表面粗さRaの効果確認>
実施例1、実施例2、および実施例11の表面被覆切削工具に対して、α−Al
2O
3層の表面粗さRaをJIS B 0601(2001)に従って測定した。その結果を表10に示す。
【0109】
次いで、上記の各表面被覆切削工具のα−Al
2O
3層に対して以下の条件のエアロラップ処理を行なうことによって、それぞれ実施例1A、実施例2A、および実施例11Aの表面被覆切削工具を作製した。そして、これらの各表面被覆切削工具に対して、α−Al
2O
3層の表面粗さRaを上記と同様にして測定した。その結果を表10に示す。
【0110】
<エアロラップ処理の条件>
メディア:平均粒径0.1μmのダイヤモンド砥粒を含んだ直径1mm程度の弾性ゴムメディア(商品名:「マルチコン」、ヤマシタワークス社製)
投射圧力:0.5bar
投射時間:30秒
湿式/乾式:乾式。
【0111】
そして、これらの実施例1、1A、2、2A、11、および11Aの表面被覆切削工具について、以下の切削条件により逃げ面摩耗量(Vb)が0.20mmとなるまでの切削時間を測定した。その結果を表8に示す。切削時間が長いもの程、切りくずと工具刃先との間の摩擦係数が低減し、安定した切りくず排出性を発揮できることを示す。
【0112】
<切削条件>
被削材:SS400丸棒外周切削
周速:300m/min
送り速度:0.1mm/rev
切込み量:1.0mm
切削液:なし。
【0113】
【表8】
【0114】
表8より明らかなように、0.2μm未満の表面粗さRaを有するα−Al
2O
3層を備えた実施例1A、2A、11Aの表面被覆切削工具は、0.2μm以上の表面粗さRaを有するα−Al
2O
3層を備えた実施例1、2、11の表面被覆切削工具に比し、切りくずと工具刃先との間の摩擦係数が低減し、安定した切りくず排出性を発揮できることが確認できた。
【0115】
<α−Al
2O
3層の圧縮応力付与の効果確認>
実施例1、実施例2、および実施例11の表面被覆切削工具に対して、α−Al
2O
3層において被膜の表面側から2μm以内の領域に応力の絶対値が最大となる地点があることを確認し、その地点における応力の絶対値を測定した。その結果を表11(「応力値」の項)に示す。なお、応力の測定はX線を用いたsin
2ψ法により実行し、表11の「応力値」の項において、数値は絶対値を示し、引張応力は「引張」、圧縮応力は「圧縮」と表記した。
【0116】
次いで、上記の各表面被覆切削工具のα−Al
2O
3層に対して以下の条件の湿式ブラスト処理を行なうことによって、それぞれ実施例1B、実施例1C、実施例2B、実施例2C、および実施例11Bの表面被覆切削工具を作製した。そして、これらの各表面被覆切削工具に対して、上記と同様にしてα−Al
2O
3層において被膜の表面側から2μm以内の領域に応力の絶対値が最大となる地点があることを確認し、その地点における応力の絶対値を測定した。その結果を表11(「応力値」の項)に示す。なお、実施例1Bと実施例1C、および実施例2Bと実施例2Cの応力の差異は、湿式ブラスト処理の投射圧力の差異によるものである。
【0117】
<湿式ブラスト処理の条件>
メディア:アルミナメディア(φ50μm)
投射圧力:1〜2bar
投射時間:10秒
湿式/乾式:湿式。
【0118】
そして、これらの実施例1、1B、1C、2、2B、2C、11、および11Bの表面被覆切削工具について、以下の切削条件により工具が欠損するまでの切削時間を測定した。その結果を表9に示す。切削時間が長いもの程、断続切削加工時に発生する機械的、熱的疲労による工具刃先の欠損が抑制され、その結果として刃先の信頼性が向上したものとなっていることを示す。
【0119】
<切削条件>
被削材:SUS304(60°×3溝外周切削)
周速:250m/min
送り速度:0.05mm/rev
切込み量:1.0mm
切削液:なし。
【0120】
【表9】
【0121】
表9より明らかなように、α−Al
2O
3層において被膜の表面側から2μm以内の領域に応力の絶対値が最大となる地点を含み、その地点における応力が引張応力であるよりも、その絶対値が1GPa未満の圧縮応力である方が断続切削加工時に発生する機械的、熱的疲労による工具刃先の欠損が抑制され、その結果として刃先の信頼性が向上したものとなっていることが確認できた。
【0122】
以上のように本発明の実施の形態および実施例について説明を行なったが、上述の各実施の形態および実施例の構成を適宜組み合わせたり、様々に変形することも当初から予定している。
【0123】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した実施の形態ではなく請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。