【実施例】
【0042】
具体的な実施例により、本発明をさらに詳細に説明する。
1.試料の作製
(1)原材料の作製(準備工程)
図1に示す装置100を用い、Ti−6Al−4V(ASTM B348 Gr.5相当)を原料として平均線径60μmの原材料を作製した。
【0043】
(2)窒素含有原材料の作製(窒化工程)
原材料の一部に対し、窒化処理を行った。まず、原材料を真空炉に搬入し、真空排気した後に真空炉にN
2ガスを供給し、炉内圧力を80kPaとした。次いで、炉内温度を800℃まで昇温し、その状態で1.5時間保持し、窒化処理を行った。
【0044】
(3)窒素含有混合材料の作製(混合工程)
原材料と窒素含有原材料とを
図2に示す解繊装置200に供給し、両者を混合して窒素含有混合材料を得た。このときの、窒素含有原材料の混合重量割合(Wf)を表1に示す。
【0045】
(4)焼結チタン合金部材の作製(焼結工程)
窒素含有混合材料をカーボン製のモールドに充填し、真空HP装置を用いて厚さ28mmの焼結チタン合金部材を作製した。焼結は、真空容器内の真空度を1×10
−2Pa以下に排気した後、Arガスを導入して80kPaの雰囲気とし、昇温速度10℃/min、焼結温度1100℃、焼結時間1.5時間、プレス圧力40MPaとして、冷却方法は炉冷で行った。その際、カーボン製のモールドと、窒素含有混合材料およびその焼結体である焼結チタン合金部材は、上記高温下においては反応しやすい。そこで、カーボン製のモールドには、内張としてAl
2O
3(アルミナ、純度99.5%以上)製の離型板を予め配置した。
【0046】
(5)チタン合金部材試料の作製(熱間塑性加工工程)
機械加工により直径25mm×90mmに加工した焼結チタン合金部材を外炉によって加熱してから、
図3に示す押出装置300により熱間塑性加工を施し、チタン合金部材(試料101〜125)を作製した。外炉での焼結チタン合金部材の加熱温度(T
E)を700〜1200℃、コンテナ温度を300℃、パンチ推進速度を10mm/sとし、押出比(R)を1.5〜10とした。ここで、焼結チタン合金部材には加熱前に予め酸化防止兼潤滑剤(日本アチソン DeltaGlaze349)を塗布しておいた。焼結チタン合金部材の外炉取り出しからパンチ推進開始までの時間は約30sとし、押し出したチタン合金部材を下型直下において水冷した。
【0047】
押出結果を表1に併せて示す。表1において、記号「×」は押出加工中に破断し押出材であるチタン合金部材が得られなかったもの、記号「△」は押出後にチタン合金部材を得ることはできたがその表層に肌荒れやクラックが目視により確認されたもの、記号「○」は肌荒れやクラックのない良好なチタン合金部材が得られたものであることを示す。記号「○」のサンプルについては、さらに評価を行った。
【0048】
(6)比較材の作製
比較のため、Ti−6Al−4V(ASTM B348 Gr.5相当)の展伸材丸棒を用意した(比較材10)。また、この展伸材に上記と同じ条件で熱間塑性加工を施した比較材11を用意した。比較材11の押出結果も表1に併記する。
【0049】
【表1】
【0050】
2.評価項目と評価方法
以下に、評価項目と評価方法を述べる。また、評価結果は表2に示す。
(1)組織
各試料を適当な大きさに切り出し、軸方向と直交する断面の組織が観察できるように樹脂に埋め込んだ後、機械研磨で鏡面に仕上げた。その後、クロール液(2wt%フッ酸+4wt%硝酸)で腐食し、光学顕微鏡(NIKON ME600)を用いて組織を観察した。
図4に代表的な試料の顕微鏡写真を示す。なお、表2において、記号「A」はα−β相からなる微細変形組織を示し、記号「B」はα−β相からなる等軸組織を示す。
【0051】
(2)TiN化合物相の有無(TiN相)
X線回折装置(Rigaku X−ray Diffractometer RINT2000)を用いて、管球Cuターゲットで結晶構造を解析し、TiN化合物相ピークの有無を確認した。
【0052】
(3)気孔率
各試料を適当な大きさに切り出し、軸方向と直交する断面の組織が観察できるように樹脂に埋め込んだ後、機械研磨で鏡面に仕上げた。その後、電解放射型走査電子顕微鏡(FE−SEM、JEOL JSM−7000F)を用いて気孔を観察した。観察倍率は100倍(視野面積1.1mm
2)であり、その倍率で観察できる気孔の数を、各試料について任意の30箇所で測定し、単位面積当たりの気孔数を気孔率として算出した(気孔率(個/mm
2)=全気孔数/(視野面積×30))。
【0053】
(4)窒素含有量(窒素量)
不活性ガス融解−熱伝導度法・ソリッドステート型赤外線吸収法(LECO TC600)を用いて窒素含有量を分析した。
【0054】
(5)結晶粒内方位差平均3°以上の結晶粒面積率(GOS
≧3°)
FE−SEM/EBSD(Electron Back Scatter Diffraction)法(JEOL JSM−7000F、TSLソリューションズ OIM−Analysis Ver.4.6)を用いて、観察倍率1000倍でGOS(Grain Orientation Spread:各結晶粒内における全ピクセル間の方位差の平均値)マップを作成し、GOSが3°以上の結晶粒が占める観察視野全体に対する面積率(GOS
≧3°)を算出した。
【0055】
(6)硬さ(HV)
ビッカース硬さ試験機(FUTURE−TECH FM−600)を用いて、軸方向と直交する断面における表面近傍と中心の硬さを測定した。試験荷重は10gfとし、表面近傍硬さについては、外周表面から1mm深さの位置において、中心硬さについては断面の中心およびその近傍において、それぞれ10点測定してその平均値を算出した。
【0056】
(7)曲げ強度(σ
b)・0.2%曲げ耐力(σ
b0.2)
300kN万能試験機(INSTRON 5586型)を用いて3点曲げ試験を実施した。このとき、試験片の寸法は幅6mm、長さ17mm、厚さ1mmであり、支点間距離は15mmである。そして、試験速度6mm/minにおいて、各試料について3本試験を行い、曲げ強度(最大曲げ応力)および0.2%曲げ耐力について、平均値を算出した。
【0057】
【表2】
【0058】
3.結果
(1)加熱温度
試料104および109〜116より、加熱温度の影響が分かる。表1、2より、押出加工における押出比が4のとき、焼結チタン合金部材の加熱温度を750〜1200℃とすることにより、チタン合金部材の作製が可能であると分かる。加熱温度は、低い方が大きなひずみを導入できるため、高強度かつ高耐力化に対して好適である。しかしながら、加熱温度が750℃の試料110については、導入されるひずみが大き過ぎたため部材表面にクラックが発生した。このことから、焼結チタン合金部材の加熱温度を800℃以上とすることが好適であると分かる。なお、加熱温度が1200℃を超えた場合には、粒界における粗大α相の析出や、押出比条件によっては動的再結晶による等軸組織の形成を招き、延性や強度が低下する。
【0059】
ただし、試料104および117〜125より、加熱温度が1100℃でも、押出比が大き過ぎるとチタン合金部材の作製が困難となることが分かる。また、試料101〜108より、加熱温度1100℃、押出比4においては、窒素含有量を変化させても良好にチタン合金部材を作製できることが分かる。このように、押出加工における加熱温度や押出比といった条件は、チタン合金部材の材料組成や含まれる窒素量の影響も含めた複雑な関係にある。したがって、本発明のチタン合金部材においては、加熱温度を800〜1200℃として、押出比を調節して押出加工することが、高強度かつ高耐力化に対して好適である。
【0060】
(2)組織
試料101〜108、111〜122は、押出加工上がりであり、その組織はα−β相からなる微細変形組織である。この微細変形組織の一例を
図4(写真1、試料104)に示す。また、比較材11も押出加工上がりであり、
図4(写真3、比較材11)に示す通り、その組織も同様にα−β相からなる微細変形組織である。一方、比較材10は一般的に流通している展伸材であり、
図4(写真2、比較材10)に示すように、その組織はα−β相からなる等軸組織である。チタン合金は加工性が悪いため、通常、熱間加工により最終製品形状まで加工される。このため、市販の展伸材を使用した比較材10では、
図4(写真2、比較材10)となる。
【0061】
(3)TiN化合物相
X線回折の結果、全試料についてTiN化合物相をはじめとする窒素化合物のピークは認められなかった。このことは、含有された窒素は窒素化合物を形成せず、基地に固溶されていることを示している。基地との硬度(あるいは弾性歪)差が大きい窒素化合物の存在は、その窒素化合物相と基地との界面が破壊起点と成り易いことから疲労強度の低下を招くため不適である。したがって、本発明のチタン合金部材は、破壊起点と成り易い窒素化合物相と基地との大きな硬度差のある界面が存在しないため、繰返し応力が掛かる疲労に対して好適である。
【0062】
(4)気孔率
気孔観察の結果、試料117以外の試料では、気孔が観察されなかった。このことは、焼結後に僅かに残存していた気孔が、押出加工により消滅し、皆無またはそれに近い状態であることを示している。押出比が小さかったため気孔が残存した試料117については気孔率が0.65個/mm
2であり、0.2%曲げ耐力の低下を招いている。また、試料117において、気孔を更に高倍率で詳細に観察した結果、それら気孔の気孔径(円でない場合は長径を測定)は6.5〜23.6μmであり、すなわち、観察倍率100倍において気孔が観察されなかった試料117以外の試料には、気孔径6.5μm以上の気孔が存在しないことが示されている。気孔径が10μmを超えるような気孔は繰り返し応力が掛る疲労において破壊起点となりやすく、気孔径6.5μm以上の気孔が存在しないことは、高疲労強度化に対して好適である。
【0063】
(5)窒素含有量
窒素量と曲げ強度および0.2%曲げ耐力との関係を
図5に示す。窒素を0.022%含有する試料101では、曲げ強度が比較材11と比べ若干低い。しかしながら、0.2%曲げ耐力については比較材11と比べ高く、疲労環境下における部品としてはより高応力下で使用できることから好適である。そして、窒素含有量の増加に伴い曲げ強度および0.2%曲げ耐力は共に増加し、窒素を0.089%含有する試料105までその傾向は続く。しかしながら、窒素を0.105%含有する試料106では、0.2%曲げ耐力は更に増加するものの、延性の低下から曲げ強度は低下し、比較材11と同等となる。窒素含有量が0.105%以上で見られるこの傾向は窒素の増加とともに顕著となり、窒素を0.138%含有する試料108では、0.2%曲げ耐力到達前に破断に至る。ここで、窒素含有量が0.02%未満では、比較材11に対する高強度かつ高耐力化の効果が十分ではない。したがって、本発明のチタン合金部材においては、窒素を固溶した状態で0.02〜0.13%含有していることが好ましい。
【0064】
(6)結晶粒内方位差平均3°以上の結晶粒面積率(GOS
≧3°)
押出加工を行った試料において、ひずみの蓄積量を示す指標であるGOS
≧3°は、等軸組織である比較材10と比べはるかに大きい値であった。このことは、微細変形組織がひずみの蓄積による加工硬化を伴っていることを示唆しており、更に、その微細変形組織は、き裂の進展に対し直交、あるいは、湾曲した結晶粒界が多く存在することから、き裂停留やき裂屈曲によるき裂進展抑制効果が大きく、耐疲労性を向上することができる。また、表2の試料104、117〜122が示す通り、押出比が大きいほど、GOS
≧3°は大きくなり、また、GOS
≧3°と曲げ強度および0.2%曲げ耐力との関係を示した
図6から分かる通り、GOS
≧3°が大きくなるほど、曲げ強度および0.2%曲げ耐力、即ち、耐疲労性が向上する。そして、比較材11を超える1600MPa以上の0.2%曲げ耐力が得られた試料のGOS
≧3°は、30%以上である。
【0065】
(7)硬さ
表2に示す通り、試料101〜108、111〜122の全試料について、表面と中心の硬さは同等である。そして、同様な押出加工を施した比較材11と比較して、同等以上の硬さが得られている。また、
図7に示す通り、窒素含有量と硬さは密接な関係が認められ、窒素含有量の増加に伴い硬さは向上する。これらのことから、本発明によって、チタン合金部材の内部まで、全体に亘って高強度化することができるとともに、所望の強度を得ることが可能である。
【0066】
なお、焼結や押出加工における条件は、本実施例の範囲に限定されず、高強度かつ高耐力化を主眼として適切な範囲で設定すればよい。すなわち、焼結における緻密性や窒素の拡散性、また、塑性加工におけるひずみの導入量については、材料組成、温度、加工率等の複雑な関係に影響され、理論、経験、実験により条件を適切に設定することで導かれるものである。