【実施例】
【0056】
1.α-Klotho/FGF23複合体形成及びα-Klotho/FGF23シグナル伝達におけるFGF23のThr
178の重要性
[FGF23
QQ,T178Aは腎臓集積が減少する]
ヒトFGF23タンパク質は、C末端側にfurin様コンバンターゼ認識配列(R
176XXR
179)を有し、生体内において179位のアルギニン(Arg
179)で切断され不活性化される。そのため、本実験においては、ヒトFGF23タンパク質のArg
176及びArg
179がグルタミン(Gln/Q)に置換され、前記切断に対して抵抗性の変異体(FGF23
Arg176Gln,Arg179Gln、以下、「FGF23
QQ」と表す。)を使用した。なお、Arg
176及び/又はArg
179のグルタミンへの変異は、常染色体低リン酸血症性クル病(ADRH)の患者に見られる変異である。また、O−結合型グリコシル化が行われるヒトFGF23タンパク質のThr
178、Ser
180、及びThr
200の1つ又は全部をアラニンに置換したFGF23
QQ,T178A、FGF23
QQ,S180A、FGF23
QQ,T200A、及び、FGF23
QQ,T178A,S180A,T200Aの各タンパク質を作製して使用した。
【0057】
FGF23
QQ、FGF23
QQ,T178A、FGF23
QQ,S180Aの各タンパク質を1μg/20g体重の量でマウスに静脈注射投与し(それぞれn=4)、前記投与10分後の血漿及び腎臓におけるFGF23変異体の集積を比較した。具体的には、心臓から採取した血液サンプル及び腎臓のホモジネート中のFGF23変異体の濃度をELISAにて測定した。その結果を
図1に示す。
図1において、エラーバーは標準偏差を示し、**p<0.01である。
図1に示すとおり、腎臓におけるFGF23
QQ,T178Aタンパク質の濃度だけが有意に低かった。したがって、Thr
178のグリコシル化がFGF23タンパク質の腎臓集積に重要な役割を担っていることが示された。
【0058】
〔FGF23変異体の調製〕
上記実験及び下記実験に用いたFGF23
QQ、FGF23
QQ,T178A、FGF23
QQ,S180A、FGF23
QQ,T200A、及び、FGF23
QQ,T178A,S180A,T200Aの遺伝子は、ヒトFGF23-Hisの形態でPCR特異的変異導入によって調製した。また、各FGF23変異体タンパク質は、CHO細胞に前記遺伝子を導入して発現させ、細胞培養液の上清から回収した。具体的には、10kDaカットオフのサイズ排除ろ過により濃縮した後に、HisTrap(商品名、GE Helthcare社製)カラムで精製し、Superose(商品名、GE Helthcare社製)S-300カラムでゲルろ過した。
【0059】
[α-KlothoノックアウトマウスにおいてFGF23の腎臓集積が減少する]
FGF23
QQタンパク質をvdr欠損マウス(α-Kloto
+/+/vdr
-/-, n=7、α-Kloto
-/-/vdr
-/-, n=5)に1μg/20g体重の量でマウスに静脈注射投与し、前記投与10分後の血漿及び腎臓におけるFGF23
QQタンパク質の集積を比較した。具体的には、心臓から採取した血液サンプル及び腎臓のホモジネートの濃度をELISAにて測定した。その結果を
図2に示す。
図2において、エラーバーは標準偏差を示し、**p<0.01である。
図2に示すとおり、α-Kloto
-/-/vdr
-/-の腎臓におけるFGF23
QQタンパク質の濃度がα-Kloto
+/+/vdr
-/-の腎臓におけるFGF23
QQタンパク質の濃度に比べて有意に低かった。
図1及び
図2の結果により、FGF23タンパク質のThr
178のグリカンがFGF23タンパク質のα-Klothoタンパク質への結合を手助けしていること、及び、FGF23タンパク質のThr
178のグリカンにより促進されたFGF23タンパク質とα-Klothoタンパク質との相互作用によって循環するFGF23タンパク質が腎臓へ効率的に捕捉(集積)されること、が示された。
【0060】
なお、上記実験においてFGF23
QQタンパク質を投与したマウスとして、α-Klotho及びvitamin D受容体(以下、vdrとも表す。)のダブル欠損マウスを使用した。このダブル欠損マウスを使用すると、α-Klothoノックアウトマウスにおいて過剰発現されるFGF23の量を検出限界以下まで減少させることができる。なお、α-Kloto
+/+/vdr
-/-及びα-Kloto
-/-/vdr
-/-の同腹子は、ダブルヘテロ接合体(α-Kloto
+/-/vdr
+/-)を掛け合わせて作製した。
【0061】
[FGF23
QQ,T178Aはα-Klothoへの結合親和性が低下する]
FGF23変異体のα-Klothoタンパク質への結合特性を、表面プラズモン共鳴(SPR)アッセイにより測定した。FGF23変異体として、上述のFGF23
QQ、FGF23
QQ,T178A、FGF23
QQ,S180A、FGF23
QQ,T200A、及び、FGF23
QQ,T178A,S180A,T200Aの各タンパク質をセンサーチップに固定化し、異なる濃度のα-Klothoタンパク質を2分間前記チップにロードした。その結果のセンサーグラムの一例を
図3に示す。
図3の縦軸RUは、resonace unitである。
図3に示すとおり、FGF23
QQ,T178Aタンパク質の結合能は、FGF23
QQタンパク質と比べて著しく減少していた。FGF23
QQ,T178Aタンパク質のα-Klothoタンパク質への解離定数Kdは10.7nMであり、FGF23
QQタンパク質のKd(4.3nM)と比べて2.5倍高かった。また、トリプル変異体FGF23
QQ,T178A,S180A,T200Aタンパク質のα-Klothoタンパク質への結合能の減少の程度は、FGF23
QQ,T178Aタンパク質と同程度であった(
図3)。これらの結果は、大腸菌で合成された(すなわち、糖鎖付加のない)nakedFGF23タンパク質におけるα-Klothoタンパク質への低結合能(データ示さず)と一致した。また、これらの結果は、FGF23タンパク質のThr
178のグリカンが、FGF23タンパク質のα-Klothoタンパク質への結合能を強化するために重要であることを明確に示している。したがって、α-Klothoタンパク質は、FGF23タンパク質と2つのモードで相互作用していると考えられる。第1のモードが、Thr
178のグリカンがとりわけ重要な役割を果たすタンパク質−グリカン相互作用であり、第2のモードが、従来から示唆されるFGF23タンパク質のC末端側領域とのタンパク質−タンパク質相互作用である。
【0062】
〔表面プラズモン共鳴測定の条件〕
装置:Biacore(商品名、GE Helthcare社製)3000及びT100
Running Buffer:HBS-EP buffer
センサーチップ:Biacore(商品名、GE Helthcare社製)CM5
固定化:EDC(1-ethyl-3-(3-dimethylaminopropyl)carbodiimide)によるアミンカップリング
装置:ProteOn(商品名、Bio-RAD社製)XPR36
Running Buffer:PBST buffer
センサーチップ:ProteOn(商品名、Bio-RAD社製)GLC(アミンカップリング)
固定化:EDCによるアミンカップリング
【0063】
[FGF23
QQ,T178Aはα-Klotho/FGF23シグナル伝達能が低下する]
FGF23変異体のα-Klotho/FGF23シグナル伝達能をin vivoで測定した。前記測定は、下記のin vivo ERKリン酸化アッセイにより行った。すなわち、α-Klotho/FGF23シグナル伝達の結果としてリン酸化されるERK(extracellular signal-regulated kinase)タンパク質を、リン酸化ERK(pERK)及びトータルERK(ERK)のそれぞれに対する抗体を用いたウエスタンブロッティングにより検出した。その結果の一例を
図4に示す。FGF23
QQタンパク質及びFGF23
QQ,S180Aタンパク質であれば静脈注射後10分で十分にα-Klotho/FGF23シグナルが伝達していることが確認された(
図4a)。一方、FGF23
QQ,T178Aタンパク質の場合、FGF23
QQタンパク質及びFGF23
QQ,S180Aタンパク質の等量、2倍量、及び3倍量の投与ではシグナル伝達は確認できず、10倍量を投与してようやくシグナル伝達が確認された(
図4b)。これらの結果は、大腸菌で合成されたnakedFGF23タンパク質におけるFGF23シグナル伝達に高容量が必要であるという従来のデータと一致した(Goetz et al. Mol Cell Biol 27, 3417-3428, 2007)。また、これらの結果は、FGF23タンパク質のThr
178のグリカンが、α-Klotho/FGF23シグナル伝達能に重要であることを明確に示している。
【0064】
〔in vivo ERKリン酸化アッセイ〕
4〜5週齢オスC57BL/6マウス(n≧2)に1μg/20g体重の量でFGF23変異体をマウスに静脈注射投与し、前記投与10分後に腎臓を摘出してホモジネートを調製した。ホモジネートサンプルをSDS-PAGEで展開し、抗pERK抗体(マウスモノクローナル E-4, sc-7383, Santa Cruz社製)及び抗ERK抗体(ラビットポリクローナル K-23, sc-94, Santa Cruz社製)を用いたウエスタンブロットにより前記サンプル中のpERK及びトータルERKを検出した。
【0065】
2.FGF23のThr
178のグリカンの構造決定
FGF23変異体をトリプシン処理したペプチドを親水性相互作用クロマトグラフィー(HILIC)で分離し、MALDI-TOF質量スペクトロメトリーで分析した。そのうち、糖化ペプチドについて、さらに、CID(collision-induced dissociation)MS-MS分析を行った。その結果、FGF23
QQ、FGF23
QQ,S180A、及び、FGF23
QQ,T200Aのトリプシンペプチドからは同定されるが、FGF23
QQ,T178Aのトリプシンペプチドからは同定されないイオンとして質量電荷比(m/z)が843であるイオンが同定された。前記m/z843イオンのスペクトルを
図5に示す。
【0066】
〔質量分析法の条件〕
MALDI-TOF-MSは、LIFT-MS/MS設備が付いたUltaraflex(商品名、Bruker Daltonik社製)TOF/TOF質量分析計で行った。前記装置は、CCA(alpha-cyano-4-hydoroxy-cinnamicacid)をマトリクスとして使用する陽イオンモードで操作した。CIDのスペクトルは、ペプチドイオンの選択と断片化のためのLIFTデバイスを用いたUltaraflex(商品名、Bruker Daltonik社製)TOF/TOF III装置を使用して得た。
【0067】
さらに、FGF23タンパク質のThr
178のグリカンについては下記(i)〜(iii)の知見が得られた。
(i)α-Klothoタンパク質は、表面プラズモン共鳴(SPR)アッセイによると、ヘパリン及びヘパラン硫酸には結合するが、ケラタン硫酸には結合しない。ヘパリン及びヘパラン硫酸は、硫酸基が付加したD-グルクロン酸を繰り返し単位に含むが、ケラタン硫酸は含まない(データ示さず)。
(ii)α-Klothoタンパク質は、グルクロン酸(GlcA)に対して特異的に酵素活性(β-グルクロニターゼ活性)を示すが、他の単糖、例えば、D-グルコース、D-ガラクトース、N-アセチルグルコサミン、N-アセチルガラクトサミン、D-フコース、D-マンノース、及び、D-キシロース等には酵素活性を示さない(特許文献2)。
(iii)後述するように、エストロン3-(β-D-グルクロニド)(Estrone-GlcA)は、α-Klothoタンパク質のグリコシダーゼ様ドメインに結合し、FGF23
QQタンパク質のα-Klothoタンパク質への結合を競合的に阻害する。
【0068】
図5に示すスペクトルの分析及び上記(i)〜(iii)の知見から、前記m/z843イオンの構造は下記式の通りであり、FGF23のThr
178のグリカンは、HSO
3-GlcA-GalNAc-という構造であると結論できる。
【0069】
【化9】
【0070】
[実施例1]Estrone-GlcAによるα-Klotho/FGF23複合体形成及びα-Klotho/FGF23シグナル伝達の阻害
[Estrone-GlcAによるα-Klotho/FGF23複合体形成阻害]
in vitroにおけるEstrone-GlcAによるα-Klotho/FGF23複合体形成の阻害をプルダウンアッセイ(
図6a)及び表面プラズモン共鳴(SPR)アッセイ(
図6b)により明らかにした。プルダウンアッセイは、100ngのFGF23
QQタンパク質を100〜200ngのマウスα-Klotho-GFP融合タンパクと混合し、3.33mMのEstrone-GlcA(Sigma社製)の存在/非存在下で抗GFP抗体でプルダウン(PDed)することにより行った。また、SPRアッセイは、FGF23
QQタンパク質をセンサーチップに固定化し、図示する濃度のEstrone-GlcAの存在下で、10nMのα-Klothoタンパク質を2分間前記チップにロードすることにより行った。
図6a及びbに示す通り、Estrone-GlcAはin vitroにおいてα-Klotho/FGF23複合体形成を阻害した。なお、Estrone-GlcAは、α-Klothoタンパク質とnakedFGF23タンパク質との結合には何ら影響を与えなかった。また、Estrone-GlcAは、basic FGF (bFGF)の活性には影響を与えなかった。
【0071】
[Estrone-GlcAによるα-Klotho/FGF23シグナル伝達阻害]
培養細胞及びマウスにおけるEstrone-GlcAによるα-Klotho/FGF23シグナル伝達阻害を確認した。
図7aは、培養細胞を用いたEgr-1プロモータールシフェラーゼアッセイの結果であり、
図7bは、マウスを用いたin vivo ERKリン酸化アッセイの結果である。
図7a及びbに示すとおり、Estrone-GlcAは培養細胞及び生体内においてα-Klotho/FGF23シグナル伝達を阻害した。
【0072】
〔Egr-1プロモータールシフェラーゼアッセイの条件〕
HEK293細胞を、下流にルシフェラーゼが発現可能に配置されたEgr-1プロモーターを含むベクターと、全長ヒトα-Klothoタンパク質が挿入されたpDNR-CMV(Clontech社製)とでトランスフェクションを行った。トランスフェクション後の細胞を、図示する濃度のEstrone-GlcAの存在下、図示する濃度のFGF23
QQで刺激した。培養24時間後に、ルシフェラーゼ活性を測定した(
図7a)。
【0073】
〔in vivo ERKリン酸化アッセイの条件〕
4〜5週齢オスC57BL/6マウス(n≧2)に、まず、眼窩からEstrone-GlcAを静脈注射投与し、その1分後、108ng/20g体重の量でFGF23
QQタンパク質を尾部から静脈注射投与し、前記投与10分後に腎臓を摘出してホモジネートを調製した。ホモジネートサンプルをSDS-PAGEで展開し、抗pERK抗体(マウスモノクローナル E-4, sc-7383, Santa Cruz社製)及び抗ERK抗体(ラビットポリクローナル K-23, sc-94, Santa Cruz社製)を用いたウエスタンブロットにより前記サンプル中のpERK及びトータルERKを検出した。
【0074】
[実施例2]
【化10】
上記化合物(1)を合成した。得られた生成物の
1H−NMRスペクトルと
13C−NMRスペクトルとを
図8に示す。
1H−NMRの結果より、δ2.03ppm (NAc), 4.21ppm (H-2a), 4.25ppm (H-4a), 4.34 (H-3b), δ4.77 and 4.99ppm (H-1a and H-1b), 6.93-7.05ppm (Ph)であると考えられる。したがって、得られた生成物は、上記化合物(1)であると同定した。なお、
1H−NMR及び
13C−NMRの測定は、日本電子社製NMR測定器(400MHz)を用い、溶媒として重水、内部標準としてt−BtOHを使用した。
【0075】
[実施例3]
in vitroにおける化合物(1)によるα-Klotho/FGF23複合体形成の阻害をSPRアッセイにより明らかにした。SPRアッセイは、FGF23
QQタンパク質の糖鎖をセンサーチップに固定化し、図示する濃度の化合物(1)の存在下で、3nMのα-Klothoタンパク質(α-KL)を2分間前記チップにロードすることにより行った。SPR測定の条件は、上記のとおりである。なお、化合物(1)としては下記式で表される化合物(1)のナトリウム塩を使用した。その結果を
図9に示す。
図9に示す通り、化合物(1)はin vitroにおいてα-Klotho/FGF23複合体形成を阻害した。
【化11】
【0076】
[参考例]
化合物(1)に替えて下記の化合物(2)〜(5)を使用した以外は、実施例3と同様にしてSPRアッセイを行った。その結果を
図10に示す。化合物(2)〜(5)は、いずれも市販品(Heparin disaccharide IV-A sodium salt(α-ΔUA-[1→4]-GlcNAc)、Heparin disaccharide IV-H sodium salt(α-ΔUA-[1→4]-GlcN)、Heparin disaccharide III-H sodium salt(α-ΔUA-[1→4]-GlcN)、及びHeparin disaccharide I-A sodium salt(α-ΔUA-2S-[1→4]-GlcNAc−6S)(いずれも商品名、シグマ製))を使用した。化合物(2)〜(5)のグルコシド結合はいずれもβ1→4結合である。なお、ΔUAは4-deoxy-L-threo-hex-4-enopyranosyluronic acid、GlcNはD-glucosamine、AcはAcetyl、2Sは2-sulfate、6S=6-sulfateをそれぞれ表す。
【化12】
【0077】
図9及び
図10に示すとおり、結合阻害活性は硫酸基に依存しており、特にグルクロン酸の3位の硫酸化がα-Klotho/FGF23複合体形成の阻害に重要であることが確認できた。