(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0011】
[本発明の実施形態の説明]
最初に本発明の実施態様を列記して説明する。なお、本明細書の結晶学的記載においては、個別面を()で示す。また、本明細書において「X〜Y」という形式の表記は、範囲の上限下限(すなわちX以上Y以下)を意味しており、Xにおいて単位の記載がなく、Yにおいてのみ単位が記載されている場合、Xの単位とYの単位とは同じである。また本明細書において、「TiN」、「TiCN」等の化学式において特に原子比を特定していないものは、各元素の原子比が「1」のみであることを示すものではなく、従来公知の原子比が全て含まれるものとする。
【0012】
〔1〕本開示の一態様に係る表面被覆切削工具は、基材と、基材上に形成された被膜とを備える表面被覆切削工具であって、被膜は、複数のα−Al
2O
3の結晶粒を含むα−Al
2O
3層を有する。α−Al
2O
3層のうち、その表面に平行な面であって、表面から深さ方向に対して0.1μm以上0.5μm以下の領域に位置するα−Al
2O
3層を除去して得られる加工面に対し、電界放射型走査顕微鏡(FE−SEM)を用いた電子後方散乱回折像(EBSD)解析によって結晶粒のそれぞれの結晶方位を特定し、これに基づいた15μm四方のカラーマップを作成した場合に、カラーマップにおいて、粒径が1μm以上3μm以下であるα−Al
2O
3の結晶粒Aの占める面積A
1が50%以下であり、かつ、面積A
1のうち、(001)面の法線方向が加工面の法線方向に対して±10°以内となる結晶粒の占める面積A
2が90%以上であり、粒径が0.5μm以上1μm未満であるα−Al
2O
3の結晶粒Bの占める面積B
1が20%以上50%以下であり、かつ、面積B
1のうち、(001)面の法線方向が加工面の法線方向に対して±10°以内となる結晶粒の占める面積B
2が90%以上であり、粒径が0.05μm以上0.5μm未満であるα−Al
2O
3の結晶粒Cの占める面積C
1が10%以上50%以下であり、かつ、面積C
1のうち、(001)面の法線方向が加工面の法線方向に対して±10°以内となる結晶粒の占める面積C
2が50%以上であり、カラーマップ全体の面積に対する、面積A
1、面積B
1、および面積C
1の合計面積の割合が、95%以上である。このようなα−Al
2O
3層は、高い硬度を有することができる。したがって、上記〔1〕の表面被覆切削工具は、機械特性に優れ、もって寿命が長寿命化されたものとなる。
【0013】
〔2〕上記表面被覆切削工具において好ましくは、α−Al
2O
3層は1μm以上25μm以下の厚みを有する。これにより、上記の特性がより効果的に発揮される。
【0014】
〔3〕上記表面被覆切削工具において好ましくは、α−Al
2O
3層は4μm以上15μm以下の厚みを有する。これにより、上記の特性がより効果的に発揮される。
【0015】
〔4〕上記表面被覆切削工具において好ましくは、被膜は、基材とAl
2O
3層との間に第1中間層を含み、該第1中間層はTiCN層である。TiCN層は高硬度であるため、このような第1中間層を有する被膜を含む表面被覆切削工具は、耐摩耗性に優れることとなる。
【0016】
〔5〕上記表面被覆切削工具において好ましくは、被膜は、基材とα−Al
2O
3層との間に第2中間層を含み、第2中間層は、TiCNO層またはTiBN層であり、第2中間層の最大厚みと最小厚みとの差は、0.3μm以上である。このような第2中間層は、α−Al
2O
3層と第1中間層とを密着させるアンカーとしての効果を発揮することができるため、被膜の耐剥離性を高めることができる。したがって、このような第2中間層を有する被膜を含む表面被覆切削工具は、さらに耐欠損性に優れることとなる。
【0017】
〔6〕上記表面被覆切削工具において好ましくは、被膜は、最表面に位置する表面層を含み、表面層は、TiC層、TiN層またはTiB
2層である。これにより、被膜の靱性が向上する。
【0018】
[本発明の実施形態の詳細]
以下、本発明の一実施形態(以下「本実施形態」と記す)について説明するが、本実施形態はこれらに限定されるものではない。また、以下において「(001)面の法線方向がα−Al
2O
3層の表面の法線方向に対して±10°以内となる結晶粒」を、「(001)面配向性結晶粒」ともいう。
【0019】
〔表面被覆切削工具〕
図1を参照し、本実施形態の表面被覆切削工具10(以下、単に「工具10」と記す)は、すくい面1と、逃げ面2と、すくい面1と逃げ面2とが交差する刃先稜線部3とを有する。すなわち、すくい面1と逃げ面2とは、刃先稜線部3を挟んで繋がる面である。刃先稜線部3は、工具10の切刃先端部を構成する。このような工具10の形状は、後述する基材の形状に依拠する。
【0020】
図1には旋削加工用刃先交換型切削チップとしての工具10が示されるが、工具10はこれに限られず、ドリル、エンドミル、ドリル用刃先交換型切削チップ、エンドミル用刃先交換型切削チップ、フライス加工用刃先交換型切削チップ、メタルソー、歯切工具、リーマ、タップなどの切削工具として好適に使用することができる。
【0021】
また、工具10が刃先交換型切削チップ等である場合、工具10は、チップブレーカを有するものも、有さないものも含まれ、また、刃先稜線部3は、その形状がシャープエッジ(すくい面と逃げ面とが交差する稜)、ホーニング(シャープエッジに対してアールを付与したもの)、ネガランド(面取りをしたもの)、ホーニングとネガランドとを組み合せたもののいずれのものも含まれる。
【0022】
図2を参照し、上記工具10は、基材11と、該基材11上に形成された被膜12とを備えた構成を有する。工具10において、被膜12は、基材11の全面を被覆することが好ましいが、基材11の一部がこの被膜12で被覆されていなかったり、被膜12の構成が部分的に異なったりしていたとしても本実施形態の範囲を逸脱するものではない。
【0023】
〔基材〕
図2を参照し、本実施形態の基材11は、すくい面11aと、逃げ面11bと、すくい面11aと逃げ面11bとが交差する刃先稜線部11cとを有する。すくい面11a、逃げ面11b、および刃先稜線部11cは、工具10のすくい面1、逃げ面2、および刃先稜線部3を構成する。
【0024】
基材11としては、この種の基材として従来公知のものであればいずれのものも使用することができる。たとえば、超硬合金(たとえばWC基超硬合金、WCの他、Coを含み、あるいはTi、Ta、Nb等の炭窒化物を添加したものも含む)、サーメット(TiC、TiN、TiCN等を主成分とするもの)、高速度鋼、セラミックス(炭化チタン、炭化珪素、窒化珪素、窒化アルミニウム、酸化アルミニウムなど)、立方晶型窒化硼素焼結体、またはダイヤモンド焼結体のいずれかであることが好ましい。これらの各種基材の中でも、特にWC基超硬合金、サーメット(特にTiCN基サーメット)を選択することが好ましい。これは、これらの基材が特に高温における硬度と強度とのバランスに優れ、上記用途の表面被覆切削工具の基材として優れた特性を有するためである。
【0025】
〔被膜〕
本実施形態の被膜12は、以下に詳述するα−Al
2O
3層を少なくとも1層含む。被膜12は、このα−Al
2O
3層を含む限り、他の層を含むことができる。他の層の組成は特に限定されず、TiC、TiN、TiB、TiBN、TiAlN、TiSiN、AlCrN、TiAlSiN、TiAlNO、AlCrSiCN、TiCN、TiCNO、TiSiC、CrSiN、AlTiSiCOまたはTiSiCN等を挙げることができる。その積層の順も特に限定されない。
【0026】
このような本実施形態の被膜12は、基材11を被覆することにより、耐摩耗性や耐欠損性等の諸特性を向上させる作用を有するものである。
【0027】
被膜12は、3〜35μmの厚みを有することが好ましい。被膜12の厚みが3μm以上の場合、被膜12の厚みが薄いことに起因する工具寿命の低下を抑制することができる。被膜12の厚みが35μm以下の場合、切削初期における耐欠損性を向上させることができる。
【0028】
図3を参照し、本実施形態の被膜12の好ましい構成の一例として、基材側から被膜12の表面側に向かって(図中下方から上方に向かって)順に、下地層13、第1中間層14、第2中間層15、およびα−Al
2O
3層16が積層された被膜12について説明する。
【0029】
〔α−Al
2O
3層〕
本実施形態のα−Al
2O
3層16は、複数のα−Al
2O
3(結晶構造がα型である酸化アルミニウム)の結晶粒を含んだ層である。すなわち、この層は、多結晶のα−Al
2O
3により構成される。通常この結晶粒は、約0.01〜3.5μm程度の大きさの粒径を有する。
【0030】
また本実施形態のα−Al
2O
3層16は、α−Al
2O
3層16のうち、その表面に平行な面であって、表面から深さ方向に対して0.1μm以上0.5μm以下の領域に位置するα−Al
2O
3層を除去して得られる加工面に対し、FE−SEMを用いたEBSD解析によってα−Al
2O
3からなる結晶粒のそれぞれの結晶方位を特定し、これに基づいた15μm四方のカラーマップを作成した場合に、カラーマップにおいて、以下(1)〜(7)を満たすことを特徴とする。
(1)粒径が1μm以上3μm以下であるα−Al
2O
3の結晶粒Aの占める面積A
1が50%以下である。
(2)粒径が0.5μm以上1μm未満であるα−Al
2O
3の結晶粒Bの占める面積B
1が20%以上50%以下である。
(3)粒径が0.05μm以上0.5μm未満であるα−Al
2O
3の結晶粒Cの占める面積C
1が10%以上50%以下である。
(4)面積A
1のうち(001)面配向性結晶粒の占める面積A
2が90%以上である。
(5)面積B
1のうち(001)面配向性結晶粒の占める面積B
2が90%以上である。
(6)面積C
1のうち(001)面配向性結晶粒の占める面積C
2が50%以上である。
(7)カラーマップ全体の面積に対する、面積A
1、面積B
1、および面積C
1の合計面積の割合が、95%以上である。
【0031】
ここで、上記のカラーマップの具体的な作成方法について説明する。まずα−Al
2O
3層16を後述の製造方法に基づき形成する。そして、形成されたα−Al
2O
3層16の表面(基材側に位置する面の反対側の面であり、本実施形態においては被膜12の表面を構成する)に平行な面であって、表面から深さ方向に対して0.1〜0.5μmの領域に位置するα−Al
2O
3層16を除去して得られる新たな表面である加工面を作製する。加工位置に関しては、α−Al
2O
3層16の任意の位置とすることができるが、後述のように、刃先稜線部近傍とすることが好ましい。
【0032】
上記の加工面の好適な作製方法としては、FIB(Focused Ion Beam)を用いたFIB加工が挙げられる。FIB加工の条件は以下の通りである。これにより、表面に平行であり、かつFE−SEMを用いたEBSD解析に適した測定面(加工面)が得られる。
加速電圧:30kV
イオン :ガリウム(Ga)イオン
加工範囲:20μm×20μm
加工深さ:0.1〜0.5μm(除去されるα−Al
2O
3層16の厚さ)
照射角度:5°
照射時間:1時間。
【0033】
加工面の作製方法はFIB加工に限られないが、少なくとも、FIB加工により作製される加工面に準じた測定面が作製可能な方法であることが好ましい。また、α−Al
2O
3層16上に表面層等の他の層が形成されている場合には、たとえば3000番の砥石を用いた研磨加工により他の層を除去してα−Al
2O
3層16を露出させた後に上記FIB加工を実施することが好ましい。
【0034】
次に、上記加工面をEBSDを備えたFE−SEM(製品名:「SU6600」、日立ハイテクノロジーズ社製)を用いて観察し、得られた観察像に対してEBSD解析を行う。該観察場所は、特に限定されないが、切削特性との関係を考慮すると刃先稜線部近傍を観察することが好ましい。
【0035】
またEBSD解析に関し、データは、集束電子ビームを各ピクセル上へ個別に位置させることによって順に収集する。サンプル面(FIB加工されたα−Al
2O
3層の加工面)の法線は、入射ビームに対して70°傾斜させ、解析は、15kVにて行なう。帯電効果を避けるために、10Paの圧力を印加する。開口径60μmまたは120μmと合わせて高電流モードを用いる。データ収集は、断面上、50×30μmの面領域に相当する500×300ポイントについて、0.1μm/ステップのステップにて行なう。
【0036】
上記EBSD解析結果を、市販のソフトウェア(商品名:「orientation Imaging microscopy Ver 6.2」、EDAX社製)を用いて分析し、上記カラーマップを作成する。具体的には、ソフトウェアを用いて各測定ピクセルの(001)面の法線方向と、α−Al
2O
3層16の表面(被膜表面側に位置する表面とする)の法線方向(すなわちFIB加工により作製されたα−Al
2O
3層の加工面の法線方向)とのなす角度を算出し、その角度毎に色彩を変化させたカラーマップを作成する。該カラーマップの作成には、上記ソフトウェアに含まれる「Cristal Direction MAP」の手法を用いることができる。
【0037】
また、上記カラーマップを用いて、各結晶粒を粒径毎に区分することにより、結晶粒A、結晶粒Bおよび結晶粒Cを区別することができる。具体的には、まず、上記カラーマップにおいて、色彩が一致し(すなわち面方位が一致し)、かつ周囲が他の色彩(すなわち他の面方位)で囲まれている領域を、各結晶粒の個別の領域とみなす。次に、各結晶粒に対して最も長く引ける仮想の対角線を引き、これを各結晶粒の粒径とする。そして、該粒径が1μm以上3μm以下のものを粗粒である結晶粒Aとし、粒径が0.5μm以上1μm未満のものを中粒である結晶粒Bとし、粒径が0.05μm以上0.5μm未満のものを微粒である結晶粒Cとして区別する。
【0038】
区別された結晶粒A、結晶粒Bおよび結晶粒Cに基づいて、カラーマップ中における各結晶粒の占める面積、および各結晶粒の占める面積のうち、(001)面配向性結晶粒の占める面積を求めることができる。カラーマップは、15μm四方(15μm×15μm)の加工面について作成される。
【0039】
図4は、α−Al
2O
3層16の上述の加工面に関するカラーマップの一例である。
図4において、実線で囲まれかつ斜線のハッチングで示される領域が(001)面配向性結晶粒であり、実線で囲まれかつ白抜きで示される各領域が、(001)面配向性結晶粒以外の結晶粒である。すなわち、
図4に例示されるカラーマップでは、α−Al
2O
3層16の表面の法線方向に対する(001)面の法線方向の角度が10°以下の結晶粒が斜線のハッチングで示されており、α−Al
2O
3層16の表面の法線方向に対する(001)面の法線方向の角度が10°超の結晶粒が白抜きで示されている。なお、
図4においては、結晶方位が特定されなかった領域を黒色で表示した。
【0040】
図5〜
図7に、
図4のカラーマップのうちの結晶粒A(粗粒)、結晶粒B(中粒)および結晶粒C(微粒)をそれぞれ区別したカラーマップを例示する。すなわち、
図4のカラーマップ中に示される結晶粒のうち、結晶粒Aのみが
図5のカラーマップに示される。
図4のカラーマップ中に示される結晶粒のうち、結晶粒Bのみが
図6のカラーマップに示される。
図4のカラーマップ中に示される結晶粒のうち、結晶粒Cのみが
図7のカラーマップに示される。特に
図7において、実線で囲まれかつハッチングが施された領域が、結晶粒Cのうちの(001)面配向性結晶粒であり、実線で囲まれかつハッチングが施されていない領域が、結晶粒Cのうちの(001)面配向性結晶粒以外の結晶粒である。なお、
図5および
図6を参照すれば、このカラーマップを呈するα−Al
2O
3層16においては、結晶粒Aのすべてが(001)面配向性結晶粒であり、結晶粒Bのすべてが(001)面配向性結晶粒であることが分かる。
【0041】
上記(1)〜(7)を満たすα−Al
2O
3層16を備える工具10は、従来の工具と比して機械特性に優れ、もって長寿命化されたものとなる。
【0042】
具体的には、上記(1)〜(3)および(7)を満たすα−Al
2O
3層は、粗粒の割合が従来と比して低く抑えられている。粗粒は微粒や中粒と比してα−Al
2O
3層から脱落し易い傾向があるが、本実施形態のα−Al
2O
3層16はこのような脱落が従来と比して抑制されるため、耐欠損性に優れることとなる。また、上記(4)〜(6)を満たすα−Al
2O
3層は、粗粒、中粒、微粒のそれぞれにおいて、(001)配向性結晶粒の占める割合が従来と比して高い。このため、本実施形態のα−Al
2O
3層16は耐摩耗性に優れることとなる。したがって、本実施形態のα−Al
2O
3層16は耐摩耗性および耐欠損性の両特性に優れるため、α−Al
2O
3層16を有する被膜12を備える工具10においては、その機械特性が従来と比して向上し、もって長寿命化されたものとなる。
【0043】
上記(1)に関し、面積A
1の割合が50%を超えると、α−Al
2O
3層16の耐摩耗性が著しく低下する。面積A
1の割合は好ましくは49%以下である。また、面積A
1の割合の下限値は特に制限されないが、耐欠損性の観点から、好ましくは10%以上であり、より好ましくは25%以上である。
【0044】
上記(2)に関し、面積B
1の割合が50%を超えると、耐摩耗性の低下が懸念される。また面積B
1の割合が20%を下回ると、耐欠損性の低下が懸念される。面積B
1の割合は好ましくは25〜48%である。
【0045】
上記(3)に関し、面積C
1の割合が50%を超えると、微粒の割合が増加し過ぎることによる耐欠損性の低下が懸念される。また面積C
1の割合が10%を下回ると、耐摩耗性の低下が懸念される。面積C
1の割合は好ましくは15〜40%であり、より好ましくは15〜37%である。
【0046】
上記(4)に関し、面積A
2の割合が90%未満の場合、α−Al
2O
3層16の硬度が著しく低下し、これに起因して耐摩耗性も低下する。面積A
2の割合は好ましくは92%以上である。また、面積A
2の割合の上限は特に限定されず、100%とすることができる。
【0047】
上記(5)に関し、面積B
2の割合が90%未満の場合、α−Al
2O
3層16の硬度が著しく低下し、これに起因して耐摩耗性も低下する。面積B
2の割合は好ましくは92%以上である。また、面積B
2の割合の上限は特に限定されず、100%とすることができる。
【0048】
上記(6)に関し、面積C
2の割合が50%未満の場合、α−Al
2O
3層16の硬度が著しく低下し、これに起因して耐摩耗性も低下する。面積C
2の割合は好ましくは52%以上である。また、面積C
2の割合の上限は特に限定されず、100%とすることができる。従来、面積C
2の割合を高めることは特に難しい傾向があったが、後述する製造方法によりこれが可能となったことは特筆すべきことである。
【0049】
上記(7)に関し、カラーマップ全体の面積に対する、面積A
1、面積B
1、および面積C
1の合計面積の割合が、95%未満の場合、加工面において、粒径が3μm超の特に粗大な結晶粒や、粒径が0.05μm未満の特に微細な結晶粒が存在したり、結晶粒の欠落部分が存在したりすることを意味する。このようなα−Al
2O
3層16は、耐摩耗性および耐欠損性ともに著しく低下する。
【0050】
〔α−Al
2O
3層の厚み〕
本実施形態において、α−Al
2O
3層16は、好ましくは3〜25μmの厚みを有する。これにより、上記のような優れた効果を発揮することができる。その厚みは、より好ましくは4〜15μmであり、さらに好ましくは5〜15μmである。
【0051】
α−Al
2O
3層16の厚みが3μm未満の場合、α−Al
2O
3層16の存在に起因する耐摩耗性の向上の程度が低い傾向がある。25μmを超えると、α−Al
2O
3層16と他の層との線膨張係数の差に起因する界面応力が大きくなり、α−Al
2O
3の結晶粒が脱落する場合がある。このような厚みは、走査型電子顕微鏡(SEM)等を用いて基材11と被膜12の垂直断面観察により確認することができる。
【0052】
〔第1中間層〕
図3に戻り、本実施形態に係る被膜12は、基材11とα−Al
2O
3層16との間に第1中間層14としてのTiCN層を有する。TiCN層は耐摩耗性に優れているため、これにより被膜12の耐摩耗性をさらに向上させることができる。
【0053】
〔第2中間層〕
図3を参照し、本実施形態に係る被膜12は、第1中間層14とα−Al
2O
3層16との間に第2中間層15を有する。
図8に示されるように、第2中間層15は針状結晶から構成されることが好ましい。
【0054】
針状結晶とは、その結晶成長方向が一方向であるために針のように細長い形状を有する結晶である。針状結晶からなる層は、
図8に示されるように、その厚みが大きくばらつき、表面形状が複雑になるという特徴を有するため、接する層に対してアンカーとしての効果を発揮することができる。したがって、基材11とα−Al
2O
3層16との間にこのような第2中間層15を有することにより、α−Al
2O
3層16を基材11から剥離し難くすることができ、もって被膜12を含む工具10の耐欠損性がさらに優れることとなる。
【0055】
第2中間層15は、TiCNO層またはTiBN層であることが好ましい。TiCNOおよびTiBNは針状結晶を構成し易いためである。また、第2中間層15の最大厚みd
1と最小厚みd
2との差は、0.3μm以上であることが好ましい。この場合、上記特性が効果的に発揮される。また、上記差は1.0μm以下であることが好ましい。上記差が1.0μmを超えると、第2中間層15の形状が被膜12の形状に悪影響を及ぼす恐れがあるためである。なお、上記差は、上記のEBSDを備えたFE−SEMを用いて確認することができる。
【0056】
〔下地層〕
図3を参照し、本実施形態に係る被膜12は、基材11と接する下地層13を有する。下地層13として、たとえばTiN層を用いることにより、基材11と被膜12との密着性をさらに高めることができる。
【0057】
〔その他の層〕
本実施形態に係る被膜12は、α−Al
2O
3層16上に、表面層を有していてもよい。表面層は、TiC層、TiN層、またはTiB
2層であることが好ましい。α−Al
2O
3層16は、(001)面の高い配向性を有するが、このようなα−Al
2O
3層16上に形成されたTiC層、TiN層、およびTiB
2層は、断続切削時時の亀裂伝搬抑制に特に効果がある。したがって、このような組成の表面層を有する被膜12は、靭性向上の点で有利である。なかでも、TiN層は色彩が明瞭な金色を呈するため、切削使用後の刃先の識別が容易であり、経済性の観点で有利である。
【0058】
〔製造方法〕
上述の本実施形態に係る工具10は、基材11の表面に被膜12を作製することにより製造することができる。被膜12は、
図9に例示する化学気相蒸着(CVD)装置を用いたCVD法により形成することができる。
【0059】
図9を参照し、CVD装置30は、基材11を保持するための基材セット治具31の複数と、基材セット治具31を覆う耐熱合金鋼製の反応容器32とを備えている。また、反応容器32の周囲には、反応容器32内の温度を制御するための調温装置33が設けられている。反応容器32にはガス導入口34を有するガス導入管35が設けられている。ガス導入管35は、基材セット治具31が配置される反応容器32の内部空間において、鉛直方向に延在するように配置されており、またガスを反応容器32内に噴出するための複数の噴出孔36が設けられている。このCVD装置30を用いて、次のようにして各層を形成することができる。
【0060】
まず、基材11を基材セット治具31に配置し、反応容器32内の温度および圧力を所定の範囲に制御しながら、下地層13用の原料ガスをガス導入管35から反応容器32内に導入させる。これにより、基材11の表面に下地層13が作製される。同様に、第1中間層14用の原料ガス、第2中間層15用の原料ガスを順に反応容器32内に導入させることにより、下地層13上に、第1中間層14および第2中間層15が順に形成される。
【0061】
たとえば、TiN層を製造する場合、原料ガスとして、TiCl
4およびN
2を用いることができる。TiCN層を製造する場合、TiCl
4、N
2およびCH
3CNを用いることができる。TiCNO層を製造する場合、TiCl
4、N
2、COおよびCH
4を用いることができる。
【0062】
各層を形成する際の反応容器32内の温度は、1000〜1100℃に制御されることが好ましく、反応容器32内の圧力は0.1〜1013hPaに制御されることが好ましい。また、上記の原料ガスとともにHClを導入してもよい。HClの導入により、各層の厚みの均一性を向上させることができる。なお、キャリアガスとしては、H
2を用いることが好ましい。また、ガス導入時、不図示の駆動部によりガス導入管35を回転させることが好ましい。これにより、反応容器32内において各ガスを均一に分散させることができる。
【0063】
さらに、上記層のうち、少なくとも1層を、MT(Medium Temperature)−CVD法で形成してもよい。MT−CVD法は、1000℃〜1100℃の温度で実施されるCVD法(以下、「HT−CVD法」ともいう)とは異なり、反応容器32内の温度を850〜950℃といった比較的マイルドな温度に維持して層を形成する方法である。MT−CVD法は、HT−CVD法と比して比較的低温で実施されるため、加熱による基材11へのダメージを低減することができる。特に、TiCN層をMT−CVD法で形成することが好ましい。
【0064】
次に、第2中間層15上にα−Al
2O
3層16を形成する。本実施形態に係るα−Al
2O
3層16は、以下の第1工程および第2工程を含むCVD法を実施することによって形成することができる。以下、各工程について順に説明する。
【0065】
第1に、第2中間層15上に、第1のα−Al
2O
3層を形成する(第1工程)。原料ガスとしては、AlCl
3、N
2、CO
2、およびH
2Sを用いる。このとき、CO
2とH
2Sとの流量(l/min)に関し、CO
2/H
2S≧2を満たすような流量比とする。これにより、第1のα−Al
2O
3層が形成される。なおCO
2/H
2Sの上限値は特に制限されないが、層の厚みの均一性の観点から、5以下が好ましい。また、本発明者らは、第1工程におけるCO
2およびH
2Sの好ましい各流量は、0.4〜2.0l/minおよび0.1〜0.8l/minであり、最も好ましくは1l/minおよび0.5l/minであることを確認した。
【0066】
第2に、第1のα−Al
2O
3層上に第2のα−Al
2O
3層を形成する(第2工程)。原料ガスとしては、AlCl
3、N
2、CO
2、およびH
2Sを用いる。このとき、CO
2ガスとH
2Sガスとの流量(l/min)に関し、0.5≦CO
2/H
2S≦1を満たすような流量比とする。
【0067】
第1工程および第2工程において、反応容器32内の温度は1000〜1100℃に制御されることが好ましく、反応容器32内の圧力は0.1〜100hPaに制御されることが好ましい。また、上記に列挙の原料ガスとともにHClを導入してもよく、キャリアガスとしてはH
2を用いることができる。なお、ガス導入時、ガス導入管35を回転させることが好ましいことは、上記と同様である。
【0068】
第1工程および第2工程を経て形成された、第1のα−Al
2O
3層および第2のα−Al
2O
3層からなるα−Al
2O
3層16に対し、表面側からブラスト処理を実施してもよい。CVD法によって形成された層は、全体に引張残留応力を有する傾向があるが、本工程により、α−Al
2O
3層16の表面側に圧縮残留応力を付与することができ、もって、α−Al
2O
3層16の硬度を高めることができる。
【0069】
なお、被膜12が、α−Al
2O
3層16上に形成された表面層を有する場合、該表面層が形成された後に、ブラスト処理を実施することが好ましい。ブラスト処理を実施した後に表面層を形成するためには、CVD装置30の停止、反応容器32内からの基材11の取り出し等が必要となり、製造工程が煩雑となるためである。この表面層は、工具10の表面の一部に残存していれば足りるため、上記ブラスト処理によって表面層が部分的に除去されてもよい。
【0070】
上述の製造方法により、被膜12を製造することができ、もって被膜12を含む工具10を製造することができる。このような製造方法によって、上記(1)〜(7)を満たすα−Al
2O
3層16が形成される理由は明確ではないが、本発明者らは次のように推察する。
【0071】
α−Al
2O
3層と組成の異なる層(本実施形態では第2中間層15)上にα−Al
2O
3層を形成するにあたって、α−Al
2O
3の結晶粒の配向性を揃えるのは難しい傾向がある。これは、α−Al
2O
3と組成の異なる層との適合性がα−Al
2O
3の結晶粒の配向性に影響するためである。このため、仮に、第2中間層15上に、(001)面配向性結晶粒が少ないままにα−Al
2O
3層の成膜を進めた場合、(001)面配向性結晶粒の少ないα−Al
2O
3層が形成されてしまう。
【0072】
これに対し、上述のような第1工程および第2工程を実施することにより、仮に、第1工程によって形成された第1のα−Al
2O
3層において(001)面配向性結晶粒が少なかったとしても、従来のようにα−Al
2O
3層の成膜がそのまま進められることがないため(すなわち第2工程に切り替えられるため)、上記のような(001)面配向性結晶粒の少ないα−Al
2O
3層の成膜を防ぐことができる。特に、第1工程によって他の層上に第1のα−Al
2O
3層が形成されていることにより、続く第2工程によって形成される第2のα−Al
2O
3層は、上述のような適合性に左右されることがなく、むしろ適合性の高い(相性の良い)第1のα−Al
2O
3層に形成されるため、結果的に(001)面配向性に優れることとなる。
【0073】
上記製造方法に関し、CVD法の各条件を制御することによって、各層の態様が変化する。たとえば、反応容器32内に導入する原料ガスの組成によって、各層の組成が決定され、実施時間(成膜時間)により、各層の厚みが制御される。また、第2中間層15は針状結晶であることが好ましいが、これは、原料ガスの流量と成膜温度とを制御することによって、結晶の形状を針状結晶とすることができる。また、成膜時の圧力の制御により、各針状結晶の長さを不均一にすることができ、もって、上述のような最大厚みd
1と最小厚みd
2との差を生じさせることができる。なかでも、α−Al
2O
3層16における粗粒の割合を低下させたり、(001)面配向性を高めるためには、原料ガスのうち、CO
2ガスとH
2Sガスとの流量比(CO
2/H
2S)の制御が重要である。
【実施例】
【0074】
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。試料No.1〜12が実施例に該当し、試料No.13〜17は比較例である。
【0075】
〔試料の作製〕
まず、試料No.1の作製について説明する。基材として、TaC(2.0質量%)、NbC(1.0質量%)、Co(10.0質量%)およびWC(残部)からなる組成(ただし不可避不純物を含む)の超硬合金製切削チップ(形状:CNMG120408N−UX、住友電工ハードメタル株式会社製、JIS B4120(2013))を準備した。準備した基材に対し、CVD装置を用いて、下地層、第1中間層、第2中間層、α−Al
2O
3層および表面層をこの順に形成させて、基材の表面に被膜を作製した。各層の形成条件を以下に示す。なお、各ガス組成に続く括弧内は、各ガスの流量(l/min)を示す。
【0076】
(下地層:TiN層)
ガス:TiCl
4(5)、N
2(15)、H
2(45)
圧力および温度:130hPaおよび900℃。
【0077】
(第1中間層:TiCN層)
ガス:TiCl
4(10)、N
2(15)、CH
3CN(1.0)、H
2(80)
圧力および温度:90hPaおよび860℃(MT−CVD法)。
【0078】
(第2中間層:TiCNO層)
ガス:TiCl
4(0.002)、CH
4(2.5)、N
2(6.0)、CO(0.5)、HCl(1.2)、H
2(40)
圧力および温度:180hPaおよび1010℃。
【0079】
(α−Al
2O
3層)
(1)第1工程におけるCVD条件
ガス:AlCl
3(2.5)、CO
2(1.3)、H
2S(0.4)、H
2(40)
圧力および温度:80hPaおよび1000℃
(2)第2工程CVD条件
ガス:AlCl
3(3.0)、CO
2(1.2)、H
2S(1.4)、H
2(32)
圧力および温度:80hPaおよび1000℃。
【0080】
(表面層:TiN層)
ガス:TiCl
4(5)、N
2(15)、H
2(45)
圧力および温度:130hPaおよび900℃。
【0081】
次に、被膜が形成された基材である旋削加工用刃先交換型切削チップに対し、以下のブラスト処理を行った。すなわち、チップを100rpmで回転させながら、刃先稜線部の45°方向から、すくい面、逃げ面に均等に、平均粒径50μmの酸化アルミニウム製のボールを0.1MPaの圧縮空気で5秒間衝突させた。
【0082】
以上のようにして、試料No.1の工具を作製した。試料No.2〜17に関しても、同様の基材上に、下地層、第1中間層、第2中間層、α−Al
2O
3層および表面層からなる被膜を形成することにより、各工具を作製した。各試料において、第2中間層および表面層の成膜に用いる原料ガスを変更することにより、第2中間層および表面層の組成を適宜変更した。各試料において被膜を構成する各層の組成および厚みを表1に示す。なお、各層の厚みは、成膜時間を適宜調節することにより調整した。
【0083】
【表1】
【0084】
また、第2中間層およびα−Al
2O
3層については、原料ガス、成膜時間以外の他の条件についても適宜変更した。具体的には、第2中間層においては、成膜時の圧力を表2に示すように変更した。これにより、各試料において、針状結晶からなる第2中間層の最大厚みと最小厚みとの差は、表2に示すように異なっていた。
【0085】
【表2】
【0086】
また、α−Al
2O
3層については、導入するガスのうち、CO
2とH
2Sとの流量比(CO
2/H
2S)を表3に示すように変更させた。試料No.1〜12において、第1工程用のガスを30分間導入した後、第2工程用のガスを導入した。一方、試料No.13〜17においては、第1工程を実施せず、第2工程のみを実施した。
【0087】
そして、基材の表面に被膜が設けられた工具のすくい面側であって刃先稜線部近傍において上述のFIB加工を実施し、α−Al
2O
3層の表面から深さ方向に対して0.2μmの領域に位置するα−Al
2O
3層を除去した。これにより、加工面が作製された。作製された加工面をEBSDを備えたFE−SEMを用いて観察することにより、15μm×15μmの加工面に関して上述のカラーマップを作成した。そして、各カラーマップを用いて、結晶粒A、結晶粒Bおよび結晶粒Cの占める各面積A
1、B
1、C
1、ならびに各面積に占める(001)面配向性結晶粒の面積の割合A
2、B
2、C
2、を求めた。その結果を表3に示す。また、表3から明らかなように、各カラーマップにおいて、カラーマップ全体の面積に対する、面積A
1、面積B
1、および面積C
1の合計面積の割合は100%であった。
【0088】
【表3】
【0089】
〔評価1:耐欠損性〕
各試料のチップを、型番PCLNR2525−43(住友電気工業株式会社製)のバイトにセットし、これを用いて合金鋼の繰り返し旋削加工による耐欠損性の評価を行った。
【0090】
切削加工の条件は、以下のとおりである。試料毎に20個のチップを用い、20秒間旋削加工を行い、全20個のチップのうち、破損が生じたチップの割合(数)を破損率(%)として算出した。その結果を表4に示す。表4において破損率(%)が低いほど、耐欠損性に優れることを示す。
【0091】
被削材:SCM440(6本溝入り、φ350mm)
切削速度:120m/min
切り込み量:2.0mm
切削油:なし。
【0092】
〔評価2:耐摩耗性〕
各試料のチップを、型番PCLNR2525−43(住友電気工業株式会社製)のバイトにセットし、これを用いて合金鋼の繰り返し旋削加工による耐摩耗性の評価を行った。
【0093】
旋削加工の条件は、以下のとおりである。試料毎に20個のチップを用い、15分間旋削加工を行い、全20個のチップの逃げ面側の摩耗量Vb(mm)を測定し、各試料の平均値を算出した。その結果を表4に示す。表4においてVbmm)の値が小さいほど、耐摩耗性に優れることを示す。
【0094】
被削材:SCr420H(φ250mm)
切削速度:280m/min
切り込み量:2.0mm
送り量:0.2mm/rev
切削油:水溶性油。
【0095】
【表4】
【0096】
表4を参照し、試料No.1〜12においては、試料No.13〜17と比較して、高い耐欠損性と高い耐摩耗性が確認された。試料No.1〜12は、上記(1)〜(7)を満たしており、一方、試料No.13〜17はこれを満たしていなかった。これらの結果から、本実施形態の一例となる試料No.1〜12のチップは、高い耐欠損性と高い耐摩耗性とを有し、故に機械特性に優れ、もって、安定した長寿命を有することが確認された。
【0097】
なお、試料No.13、15および17においては、α−Al
2O
3層16の成膜時に、原料ガスの流量を制御することによって、粗粒の割合を低下させることはできたものの、その(001)面の配向性を高めることはできなかった。
【0098】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した実施の形態ではなく請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。