【実施例1】
【0039】
表1に示す化学成分を有する鋼を溶解した。溶製されたインゴットを熱間圧延により直径32〜70mmの丸棒鋼に調製し、得られた丸棒鋼に対し925℃で1時間保持後に室温まで空冷する焼準処理を実施した。
【0040】
焼準処理後の丸棒から、焼入れ歪量試験片,および小野式回転曲げ疲労試験片,ローラーピッチング試験片を採取した。焼入れ歪、各疲労試験片に対して
図1に示す条件で真空炉内で浸炭処理し、窒化処理後に焼入れし、焼戻し処理を施した後、小野式回転曲げ疲労試験片,ローラーピッチング試験片の半数はアークハイト0.6mmAのショットピーニングを行い、浸炭焼入れ歪量試験,回転曲げ疲労試験およびローラーピッチング試験を実施した。
【0041】
さらに、焼準後の32mm径の丸棒鋼について、浸炭焼入れ・焼戻し処理後に内部(非浸炭部)より衝撃試験片および硬さ試験片を採取し、内部硬さと内部靭性を調べた。
【0042】
浸炭条件は、No.1〜41のいずれの試験片においても、表1に示したとおり、(1)式を用いて浸炭の上限、下限温度を算出し、下限温度と上限温度のほぼ中央の温度:X℃にて浸炭を行った。
【0043】
その後、炉内に窒素を充眞させながら、鋼材を炉内で830℃まで冷却した後に30分〜2時間保持して窒化処理により侵入窒素量を調整し、焼入れを行った。但し従来例42,43については一般的な浸炭温度である920℃で浸炭を実施し、その後は本発明範囲ならびに比較例と同様の窒化処理・焼入れ・焼戻しを行った。
【0044】
【表1】
【0045】
尚、第1表に示すNo.1〜23(開発例)は本発明範囲であり、本発明の条件(成分範囲組成,焼戻し軟化抵抗パラメータ:HsiCrN≧80のいずれも)を満たしている。No.24〜41(比較例)は本発明の条件範囲外になるもので、本発明の条件(成分範囲組成,焼戻し軟化抵抗パラメータ:HsiCrN≧80)の少なくとも一つの条件を満たしておらず、比較例である。
【0046】
また、No.42,43は従来使用されている鋼材で、それぞれJISSCM822H,SCM420Hであり、焼戻し軟化抵抗パラメータ:HsiCrN≧80を満たしておらず、本発明範囲外である。各試験の詳細について説明する。
【0047】
[焼入れ歪量]
焼準された直径70mmの丸棒鋼からネイビーC試験片を加工した。
図2にネイビーC試験片の正面図を、
図3にその側面図を示す。ネイビーC試験片1は、両図に示したように、円盤状体に開口部2および円盤状空間3を有し、試験片各部の寸法は、次の通りである。
【0048】
試験片直径(a):60mm、厚さ(b):12mm、円盤状空間の直径(C):34.8mm、開口部間隔(d):6mm、試験片中心と開口部円中心との距離(p):10.2mm。
【0049】
浸炭焼入れ・焼戻しによる焼入れ歪量測定の試験は、上記のネイビーC試験片1を各鋼材当たり10個作製し、この試験片を浸炭焼入れ・焼戻しをした後にこの試験片の開口部間隔(d)の、浸炭焼入れ・焼戻し前後の変化率を測定し、この値を焼入れ歪量と定義した。
【0050】
ネイビーC試験片による浸炭焼入れ・焼戻し後の変形量が、2.0%を超えるような大きな値を示す鋼材を用いて浸炭歯車を作製した場合は、歯車の歯面表層近傍に存在する残留オーステナイトが、ショットピーニングや、歯車として稼動させた後の応力により、マルテンサイト変態をした時に、歯面の変形が大きくなり過ぎて、面圧疲労特性が悪化する。
【0051】
よって、焼入れ歪量は2.0%以下が望ましい。さらに、浸炭焼入れ・焼戻しによるオーステナイト組織からマルテンサイト組織への変態による変形と、歯車駆動での残留オーステナイト組織からマルテンサイト組織への変態による歯面の変形の両方を少なくし、浸炭焼入れ・焼戻し後に歯車の歯型修正研削をしなくても面圧疲労特性の良好な歯車を得るには、この試験による歪量が1.0%以下であることが望ましい。
【0052】
焼入れ歪量の試験結果を、試験繰り返し数n=10の平均値で表して、表2に示す。
【0053】
[残留オーステナイト量(体積率(%))]
次に浸炭焼入れ歪量測定済みの試験片を用いて、各供試鋼の試験片10個中の2個を抜き出し、そのうちの1個の試験片正面部分にアークハイト0.6mmAのショットピーニング(S/Pと略す場合もある。)を施した。
【0054】
そして、各供試鋼のショットピーニング実施試験片1個、ショットピーニング未実施試験片1個それぞれについて、正面部分の表層〜100μm深さ位置までの20μm深さごとに残留オーステナイト量を測定し、その平均値を求めた。尚、測定面の研磨には電解研磨を使用し、測定にはX線回折回折装置を使用した。
【0055】
[非浸炭部のフェライト量(体積率(%))]
浸炭焼入れ歪量、表層残留オーステナイト量測定済みの試験片の1個を切断して、各鋼材の浸炭焼入れ・焼戻しにおける内部(非浸炭部)のフェライトーマルテンサイト二相組織を検鏡試験で各鋼材ともに10視野づつ観察し、各視野中でフェライトの占める比率を画像処理装置にて測定し、その10視野の平均値を求め、フェライト体積率(%)と定義した。
【0056】
[回転曲げ疲労特性]
直径32mmの丸棒鋼から、平行部直径10mmの試験片を採取し、平行部にこれと直角方向の深さ3mmの切り欠き(切り欠き係数:1.4)を全周にわたってつけた回転曲げ疲労試験片を調製した。
【0057】
得られた試験片全数に対し、ネイビーC試験片に施した条件で浸炭焼入れ・焼戻し処理を行った。その後、各鋼の試験片について半数にショットピーニング処理(アークハイト:0.6mmA)を行った。そして、各鋼のショットピーニング実施品、未実施品について、小野式回転曲げ疲労試験機を使用して10
7回を疲労限度として回転曲げ疲労試験を行い、回転曲げ疲労強度を測定した。
【0058】
[ピッチング試験(面圧疲労特性)]
直径32mmの丸棒鋼から
図4に示す試験面の直径が26mm、幅が28mmの円筒部を有するローラー状試験片4を作製した。さらに直径70mmの丸棒鋼を用いて、鍛造により直径135mmとした後、焼準処理を行い、直径130mm、幅18mmの大ローラー5を作製した。
【0059】
次いでローラー状試験片4および大ローラー5をネイビーC試験片,回転曲げ疲労試験片と同じ条件で浸炭焼入れ・焼戻し処理を行った。その後、それぞれの半数について回転曲げ疲労試験片と同じ条件でショットピーニング処理(アークハイト:0.6mmA)を実施した。
【0060】
そして、各鋼のショットピーニング実施品(S/P材)、未実施品について、コマツエンジニアリング製ローラーピッチング試験機を使用して10
7回を疲労限度として試験を行った。試験条件は回転数:1500r.p.m、すべり率40%、潤滑剤:ミッショオイル、油温:120℃とした。
【0061】
[浸炭有効硬化層深さ、内部硬さおよび内部靭性]
浸炭焼入れ・焼戻し後の直径32mmの丸棒鋼について、垂直断面にて表層部分から所定ピッチにて試験荷重2.94Nでビッカース硬度を測定し、硬さが550Hvとなる深さを有効硬化層深さとした。次いで非浸炭部である内部のビッカース硬さを測定してその値で歯車芯部の強度を評価した。
【0062】
また、非浸炭部よりJIS3号衝撃試験片を調製し、衝撃試験を行いその結果により歯車芯部の靭性を評価した。同じ丸棒について部分的にショットピーニングを施し、ショットピーニング未実施部位と実施部位の各1断面について垂直断面内の表層の粒界酸化層を検鏡観察により調べた。以上の試験結果を表2に併せて示す。表2においてショットピーニングを行わなかった試験片を浸炭材、行った試験片をS/P材と表示した(以下の表も同様とする)。
【0063】
【表2】
【0064】
表1および表2から下記事項が明らかである。比較例No.24はC量が本発明範囲よりも低いために内部の硬さが低下しすぎており、そのため内部起点の破壊であるスポーリングが発生して面疲労強度が低下した。比較例25はC量が本発明範囲よりも高くなってしまい、そのために靭性が低下しすぎており、そのために回転曲げ疲労強度および面疲労強度が低下した。
【0065】
比較例26はSi量が本発明範囲よりも低いために焼戻し軟化抑制効果が小さすぎて面疲労強度が低下した。比較例27はSi量が本発明範囲よりも高いために靭性が劣化して、疲労試験において亀裂の進展が促進されたために回転曲げ疲労強度および面疲労強度が低下した。
【0066】
比較例28はMn量が本発明範囲よりも低いために焼入れ性が不足し、有効硬化層が浅くなり、内部硬さも低くなっており、そのために回転曲げ疲労強度および面疲労強度が低下した。比較例29はNi添加量が本発明範囲よりも低いために焼入れ性が不足し、有効硬化層が浅くなり、内部硬さも低くなっており、そのために回転曲げ疲労強度および面疲労強度が低下した。
【0067】
比較例30はNi添加量が本発明範囲よりも高いために内部硬度が高くなりすぎており、靭性が不足して面疲労強度が低下した。比較例31はCr添加量が本発明範囲よりも低いために焼入れ性が不足するとともに焼戻し軟化抑制効果が得られず、内部硬度が低くなり、硬化層深さも浅くなり、回転曲げ疲労強度および面疲労強度が低下した。
【0068】
比較例32はCr添加量が本発明範囲よりも高いために粗大なCrNが多く析出して靭性が低下し、回転曲げ疲労強度および面疲労強度が低下した。比較例33はMo添加量が本発明範囲よりも高くなっており、内部硬度が高くなり、靭性が低下した。そのため回転曲げ疲労強度および面疲労強度が低下した。
【0069】
比較例34はMo添加量が本発明範囲より低くなったおり、焼入れ性が不足したために回転曲げ疲労強度および面疲労強度が低下した。比較例35はAl添加量が本発明範囲よりも低くなっており、脱酸が不足したために介在物による破壊が発生して回転曲げ疲労強度が低下した。
【0070】
比較例36はAl添加量が本発明範囲よりも高くなっており、そのために結晶粒が粗大化して回転曲げ疲労強度および面疲労強度が低下した。比較例37はNb添加量が本発明範囲よりも高くなっており、そのために結晶粒が粗大化して回転曲げ疲労強度および面疲労強度が低下した。
【0071】
比較例38はV添加量が本発明範囲よりも高くなっており、そのために靭性が低下して回転曲げ疲労強度および面疲労強度が低下した。比較例39はTi添加量が本発明範囲よりも高くなっており、粗大なTiNが多く存在して、疲労の起点や亀裂進展を促進して回転曲げ疲労強度が低下した。
【0072】
比較例40はB添加量が本発明範囲よりも低くなっており、焼入れ性が不足したために、有効硬化層が浅くなっており、そのために回転曲げ疲労強度および面疲労強度が低下した。比較例41の各種成分は本発明範囲内であるものの、焼戻し軟化パラメータであるH
SiCrNが本発明範囲よりも低くなっており、そのために面疲労強度が低下した。
【0073】
従来鋼の42,43はSi添加量、H
SiCrNが本発明範囲よりも低くなっており、そのために面疲労強度が低下した。
【0074】
一方、本発明鋼であるNo.1〜23は従来鋼No.42、43に比べて、内部衝撃値、内部硬度、γ粒度は同等の値が得られており、そのため、回転曲げ疲労強度は同等以上であるが、焼戻し軟化パラメーター(HSiCr)が高く、非浸炭部のフェライトによる熱変形量が少ないために、面疲労強度は著しく上昇した。