(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
各種の産業機械や自動車等の分野で用いられている転がり軸受用の転動体(コロ、ニードル、玉等)には、ラジアル方向から高い繰り返し応力が付与される。そのため、軸受用の転動体には転動疲労特性に優れることが要求されている。こうした要求は、産業機械類の高性能化、軽量化に対応して、年々厳しいものになっており、軸受部品の更なる耐久性向上のため、軸受用鋼材にはより一層良好な転動疲労特性が求められている。
【0003】
従来、転動疲労特性は、主にAl脱酸鋼で生成するAl
2O
3のような硬質の酸化物系介在物の個数密度と相関関係があり、この酸化物系介在物の個数密度を低減することによって転動疲労特性が改善すると考えられてきた。こうしたことから、製鋼プロセスによって鋼中の酸素含有量を低減し、転動疲労特性の改善が試みられてきた。
【0004】
しかしながら近年では、転動疲労特性と酸化物系介在物の関係に関する研究が進み、酸化物系介在物の個数密度と転動疲労特性とは必ずしも相関関係があるわけではないことが判明している。即ち、転動疲労特性は、酸化物系介在物に代表される非金属系介在物のサイズ、例えば非金属系介在物の面積の平方根と相関関係があり、転動疲労特性を改善するには、非金属系介在物の個数密度を低減するよりも、非金属系介在物のサイズを小さくすることが有効であることが分かってきている。
【0005】
こうした状況の下で、転動疲労特性を改善する技術として、これまでにも様々なものが提案されている。例えば特許文献1には、C:0.15〜1.10%、Si:0.15〜0.70%、Cr:0.50〜1.60%、Mo:0.10〜1.00%、Mn:0.10%以下、O:8ppm以下を含み、更に必要に応じてNi:0.4〜5.0%を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなり、酸化物系介在物の粒子径が15μm以下であるような超清浄度軸受鋼を電子ビーム溶解法によって得る方法が開示されている。
【0006】
この技術は、通常の量産鋼の製造方法によって製造された鋼材を電子ビームによって再溶解させることで、Al
2O
3のような酸化物系介在物を低減する方法である。しかしながら、こうした技術では、製造コストが極めて高いものとなって、工業的な規模での量産には適用し難いものである。しかも、近年における転がり軸受の厳しい使用環境下では、その転動疲労特性は必ずしも十分といえるものではない。
【0007】
そこで、従来のようなAl脱酸鋼の軸受用鋼ではなく、Si脱酸鋼にすることで、介在物組成を低融点組成に制御し、介在物を圧延工程で進展させることで、非金属系介在物のサイズを低減する試みもなされている。
【0008】
こうした技術として、例えば特許文献2には、C:0.85〜1.2%、Si:0.1〜0.5%、Mn:0.05〜0.6%、P≦0.03%、S≦0.010%、Cr:1.2〜1.7%、Al≦0.005%、Ca≦0.0005%、O≦0.0020%を含有し、残部がFeと不純物からなる化学成分を有し、非金属介在物について、酸化物の平均組成が、CaO:10〜60%、Al
2O
3≦35%、MnO≦35%およびMgO≦15%で、残部がSiO
2と不純物からなると共に、鋼材の長手方向縦断面10箇所の100mm
2の面積中に存在する酸化物の最大厚さの算術平均の値と、硫化物の最大厚さの算術平均の値が、それぞれ、8.5μm以下で、更に鋼材の表面からR/2部位置(「R」は軸受鋼鋼材の半径)での平均断面硬さがビッカース硬さで290以下である軸受鋼鋼材が開示されている。
【0009】
しかしながらこの技術においても、介在物が延伸し、厚さを低減することにより、スラスト方向の荷重が付与される部材の転動疲労特性は改善されるものの、コロ、ニードル、玉等の転動体のように、ラジアル方向から荷重が付与される場合には、転動疲労特性は十分とはいえず、早期剥離が生じることが予想される。
【0010】
また特許文献3には、C:0.05%以上1.2%以下、Si:0.05%以上2.0%以下、Mn:0.10%以上2.0%以下、Al:酸可溶性濃度で0.0003%以下、Ti:酸可溶性濃度で0.0005%以下、およびZr:酸可溶性濃度で0.0003%以下を含有し、残部Feおよび不純物からなる高清浄度Si脱酸鋼材であって、圧延方向に平行な断面において観察される、長さ2μm以上、幅1μm以上の酸化物系介在物の平均組成が、SiO
2:35%以上、CaO:5%以上40%以下、Al
2O
3:10%以上35%以下、MgO:2%以上30%以下、およびZrO
2:1.0%以上10%以下、並びに残部不純物であり、前記酸化物系介在物を形成する酸化物の非晶質相の割合が体積分率で20%以上である高清浄度Si脱酸鋼材が開示されている。
【0011】
この技術は、Si脱酸鋼で生成する非金属系介在物の微細化に対して、本質的な影響を及ぼす介在物の非晶質化のために、ZrO
2を含有させるものである。この技術は、非金属系介在物全体の微細化に主眼が置かれたものであり、実施例の評価においても、ASTM E45法のC系介在物評点の算術平均値で評価されている。しかしながら、こうした技術によって製造された鋼材が、必ずしも優れた転動疲労特性を発揮するとは限らない。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明者らは、ラジアル方向の荷重が繰り返し付与される軸受部品の転動疲労特性の向上を目指して、特に介在物制御を中心に検討した。その結果、鋼材の化学成分組成を適切に調整すると共に、Si脱酸によって酸化物系介在物の組成を制御して、介在物そのものを軟質化させて分断・破砕されやすいものとなるように制御すれば、転動疲労特性が極めて良好になることを見出し、本発明を完成した。
【0021】
本発明者らが、ラジアル転動疲労試験機を用いて、酸化物系介在物の形態と転動疲労特性の関係について検討したところによれば、酸化物系介在物を軟質化させ、熱間加工(以下、「熱間圧延」で代表することがある。)でよく延伸させた後、冷間加工(以下、「冷間圧延」で代表することがある。)で分断・破砕させることによって、酸化物系介在物の最大長径を短くすれば、転動疲労特性を向上させ得ることが判明した。
【0022】
特に、熱間圧延で酸化物系介在物をよく延伸させ、酸化物系介在物の短径を十分小さくしておくことで、その後の冷間圧延工程において、酸化物系介在物が分断・破砕しやすい状態となる。したがって、熱間圧延で延伸し易いように、酸化物系介在物の結晶化を抑制しておく必要があり、そのためには酸化物系介在物の組成を適切に制御する必要がある。
【0023】
尚、上記ラジアル転動疲労試験機とは、点接触転動疲労試験機の意味であり、コロ、ニードル等の軸受部品にラジアル方向からの荷重をかけて転動疲労を試験する装置である(例えば、「NTN TECHNICAL REVIEW」 No.71(2003),
図2)。
【0024】
酸化物系介在物の組成に関して、従来技術で示されているようなSi脱酸鋼の酸化物系介在物組成範囲では、少なからず酸化物系介在物が結晶化し、結晶化した部分は熱間圧延工程で延伸し難く、短径が小さくならず、その後の冷間圧延工程においても分断・破砕しにくいものとなり、最終製品においても介在物サイズ、特に長径(最大長径)の大きい介在物として残存してしまい、転動疲労特性を著しく低減することになる。
【0025】
そこで、本発明では、Si脱酸鋼中の酸化物系介在物組成において、特にZrO
2が所定の範囲内となるように適切に調整することで、熱間圧延時に酸化物系介在物の結晶化が抑制されることに着目し、酸化物系介在物の組成制御を行った。その結果、酸化物系介在物を所定の成分組成にした鋼では、熱間圧延によって酸化物系介在物が良好に延伸し、短径が十分に短く、その後の冷間圧延工程において分断・破砕し易くした。
【0026】
また、ZrO
2による結晶化抑制効果について更に検討したところ、MgOが一定量以上含まれている場合は、ZrO
2による結晶化抑制効果が発揮されにくく、熱間圧延工程で酸化物系介在物をよく延伸させるためには、MgOの含有量を所定範囲内に制御することが、酸化物系介在物の結晶化抑制に更に有効であることも判明した。
【0027】
上記の観点から、酸化物系介在物の成分組成(平均組成)を下記のように調整する必要がある。尚、この成分組成は、CaO,Al
2O
3,SiO
2,MnO,MgOおよびZrO
2の合計が100%となるときの、CaO,Al
2O
3,SiO
2およびZrO
2の夫々の割合を示すが、他の酸化物の存在を排除するものではない。例えば、微量の不純物(例えば、CuOやNiO等)を酸化物として含み得るものである。
【0028】
[CaO:20〜45%]
酸性酸化物であるSiO
2を基本組成とする酸化物は、塩基性であるCaOを含むこと
により、酸化物の液相線温度が下がり、熱間圧延温度域で延伸しやすくなり、その後の冷間圧延において分断・破砕し易くなり、酸化物系介在物の長径が小さいものとなる。こうした効果は、酸化物の平均組成におけるCaO含有量が20%以上で得られる。しかしながら、CaO含有量が高すぎると、粗大な介在物となってしまうため、45%以下とする必要がある。尚、酸化物系介在物におけるCaO含有量の好ましい下限は22%以上(より好ましくは24%以上)であり、好ましい上限は43%以下(より好ましくは41%以下)である。
【0029】
[Al
2O
3:20〜45%]
両性酸化物であるAl
2O
3は、酸性酸化物であるSiO
2に含まれると、酸化物の液相線温度が下がり、熱間圧延時の変形抵抗が下がるため、酸化物系介在物の長径を小さくする効果がある。こうした効果を発揮させるためには、Al
2O
3含有量は20%以上とする必要がある。しかしながら、Al
2O
3含有量が45%を超えると、酸化物系介在物中にAl
2O
3結晶相や、MgO・Al
2O
3結晶相が晶出する。これらは、硬質で熱間圧延や冷間圧延時に変形にくく、粗大な介在物として存在し、転動疲労特性に悪影響を及ぼす。こうした観点から、酸化物の平均組成におけるAl
2O
3含有量は45%以下とする必要がある。尚、酸化物系介在物におけるAl
2O
3含有量の好ましい下限は22%以上(より好ましくは24%以上)であり、好ましい上限は43%以下(より好ましくは41%以下)である。
【0030】
[SiO
2:30〜50%]
SiO
2は、酸化物系介在物に含まれることで、酸化物系介在物を非晶質化させ、熱間圧延時に延伸し易くするために不可欠の成分である。また、酸化物の平均組成で30%以上含ませることで、酸化物の液相線温度を低下させ、熱間圧延の温度域において介在物の変形抵抗を著しく低下させ延伸し易くする効果がある。また、冷間圧延時に分断・破砕しやすい状態とすることで、転動疲労特性の改善に重要な役割を果たしている。こうした効果を発揮させるためには、酸化物系介在物中にSiO
2を30%以上含有させる必要がある。しかしながら、SiO
2含有量が50%を超えると、粘性が上昇して、硬質な介在物となり、その後の冷間圧延時に介在物が分断・破砕しにくくなる。尚、酸化物系介在物におけるSiO
2含有量の好ましい下限は32%以上(より好ましくは35%以上)であり、好ましい上限は45%以下(より好ましくは40%以下)である。
【0031】
[ZrO
2:2.0〜10%]
ZrO
2は、酸性酸化物であるSiO
2に含まれると、SiO
2を主体とした非晶質系の酸化物系介在物の結晶化を抑制する効果を発揮する。そのため、熱間圧延において延伸し易い非晶質の酸化物系介在物のまま維持され、短径が十分小さくなり、その後の冷間圧延において分断・破砕し易くなり、酸化物系介在物の長径を小さくする。こうした効果を発揮させるためには、ZrO
2は酸化物系介在物中に2.0%以上含有することが必要である。しかしながら、ZrO
2含有量が10%を超えると、硬質なZrO
2結晶相が生成し、転動疲労特性に悪影響を及ぼす。尚、酸化物系介在物におけるZrO
2含有量の好ましい下限は3%以上(より好ましくは4%以上)であり、好ましい上限は8%以下(より好ましくは6%以下)である。
【0032】
酸化物系介在物の成分組成(平均組成)を上記のように調整することによって、本発明の目的が達成されるが、必要によって酸化物系介在物の平均組成が、MnO:15%以下(0%を含まない)およびMgO:1〜8%(いずれもCaO,Al
2O
3,SiO
2,MnO,MgO,ZrO
2の合計100%に対する割合)を含むものであってもよい。これらの平均組成の限定理由は、下記の通りである。
【0033】
[MnO:15%以下(0%を含まない)]
MnOは酸化物としては塩基性を有し、酸性酸化物であるSiO
2に含まれると、酸化物系介在物の液相線温度を下げ、熱間圧延時に非晶質系の酸化物系介在物の延伸を促進し、その後の冷間圧延時に分断・破砕しやすい状態とすることで、酸化物系介在物の長径を小さくする効果がある。しかしながら、MnO含有量が15%を超えると、酸化物系介在物の結晶化を促進し、熱間圧延において延伸し難い介在物を生成し、転動疲労特性に悪影響を及ぼす。また、冷間圧延において分断・破砕し難くなり、酸化物系介在物の長径を大きくする酸硫化物の生成を促進し、転動疲労特性に悪影響を及ぼす。更に、MnO含有量が高いと、鋼中のO(酸素)の含有量も高くなり、O含有量を0.0025%以下にできなくなる。したがって、酸化物の平均組成におけるMnO含有量は15%以下であることが好ましい。尚、酸化物系介在物におけるMnO含有量の好ましい下限は2%以上(更に好ましくは5%以上)であり、より好ましい上限は13%以下(更に好ましくは11%以下)である。
【0034】
[MgO:1〜8%]
MgOは塩基性酸化物であり、その含有量が少量であっても酸性酸化物であるSiO
2に含まれると、酸化物系介在物の液相線温度を下げる効果がある。その結果、SiO
2を主体とした非晶質系の酸化物系介在物は熱間圧延の温度域で延伸し易くなり、その後の冷間圧延において介在物が分断・破砕し易くなり、最大長径が小さくなる。こうした効果を発揮させるためには、MgOは酸化物系介在物中に1%以上含有することが好ましい。一方、MgOの含有量が8%を超えると、SiO
2を主体とした非晶質系の酸化部物系介在物の結晶化を促進し、熱間圧延において延伸し難い介在物を生成し、また冷間圧延において分断・破砕し難くなり、酸化物系介在物の長径を大きくする。その上、MgO自体も硬質のMgOの結晶相や、Al
2O
3とともにMgO・Al
2O
3結晶相を生成するため、転動疲労特性に悪影響を及ぼす。尚、酸化物系介在物におけるMgO含有量のより好ましい下限は2.5%以上(更に好ましくは3.0%以上)であり、より好ましい上限は7%以下(更に好ましくは6%以下)である。
【0035】
上記のように酸化物系介在物の成分組成を制御するためには、下記の手順に従えば良い。まず鋼材を溶製する際に、通常実施されるAl添加での脱酸処理を行なわずに、Si添加による脱酸を実施する。この溶製時には、CaO,Al
2O
3,MnOの組成制御のために、鋼中に含まれるCa,Al,Mnの夫々の含有量を所定の範囲に制御する。また、MgO含有量は、溶製時に、MgOを含む耐火物を溶解炉や精錬容器、搬送容器として用い、合金投入後の溶製時間を5〜30分に制御することにより制御できる。更に、SiO
2組成は、他の酸化物組成を上記にコントロールすることにより得られる。
【0036】
溶製時間を長時間にするほど、強脱酸元素であるAl,Mgが弱脱酸元素のMn,Siからなる酸化物を還元し、Al
2O
3,MgO濃度が上昇する(後記実施例の試験No.1、12参照)。一方で、溶製時間が短い場合は、弱脱酸元素のMnからなるMnO濃度が高く、耐火物の反応から混入するMgO濃度は低くなる(後記実施例の試験No.11参照)。また、Al,Mgと同程度の強脱酸元素であるZrからなるZrO
2は、含有されるZr濃度が低くZrO
2濃度も低い場合、ZrO
2の活量が非常に低くなり、Al,Mg等による還元反応が進むため、溶製時間を長くすることでZrO
2濃度が低くなる(後記実施例の試験No.5参照)。
【0037】
また酸化物系介在物中のZrO
2含有量を上記のように制御する方法は、例えば溶鋼へのFe−Zr等の合金添加だけでなく、ZrO
2耐火物を用いるなどして合金添加を行わずに、ZrO
2含有量を制御するようにしても良い。また、スラグ組成制御によって、溶鋼中Zr濃度を制御するようにしても良い。
【0038】
上記のように酸化物系介在物の組成を調整したものでは、熱間圧延および球状化焼鈍後に通常の冷間圧延を施すことによって、酸化物系介在物が分断・破砕され、長手方向断面の最大長径が短くなるが、この最大長径は20μm以下であることが好ましい。
【0039】
上記以外の製造条件(例えば、熱間圧延条件、球状化焼鈍条件等)は、一般的な条件に従えば良い(後記実施例参照)。
【0040】
本発明の軸受用鋼材は、球状化焼鈍されて球状セメンタイト組織を有するものであるが、鋼材の長手方向断面の酸化物系介在物の最大長径が20μm以下であることが好ましい。
【0041】
[長手方向断面の酸化物系介在物の最大長径:20μm以下]
清浄油環境(異物が混入していない潤滑油での環境)において、軸受は一定の繰り返し荷重を受けると、非金属系介在物(酸化物系介在物)に応力集中が生じ、亀裂発生、伝播を経て剥離に至る。圧延方向に対して、酸化物系介在物の最大長径が大きい場合には、疲労を受ける転走面に介在物が存在する確率が高まり、また高い応力集中を生じ、早期剥離しやすくなる。こうした現象を抑制するために、長手方向断面の酸化物系介在物の最大長径が20μm以下であることが好ましい。この最大長径は、より好ましくは18μm以下であり、更に好ましくは16μm以下である。
【0042】
本発明の鋼材は、軸受用鋼材としての基本成分を満足させると共に、酸化物系介在物の成分組成を適切に制御するために、その化学成分組成も適切に調整する必要がある。こうした観点から、鋼材の化学成分組成の範囲設定理由は次の通りである。
【0043】
[C:0.8〜1.1%]
Cは、焼入硬さを増大させ、室温および高温における強度を維持して耐磨耗性を付与するための必須の元素である。こうした効果を発揮させるためには、Cは少なくとも、0.8%以上含有させる必要がある。しかしながら、C含有量が1.1%を超えて過剰になると、軸受の芯部に巨大炭化物が生成し易くなり、転動疲労特性に悪影響を及ぼすようになる。C含有量の好ましい下限は0.85%以上(より好ましくは0.90%以上)であり、好ましい上限は1.05%以下(より好ましくは1.0%以下)である。
【0044】
[Si:0.15〜0.8%]
Siは、脱酸元素として有効に作用する他、焼入れ・焼戻し軟化抵抗を高めて硬さを高める作用を有している。こうした効果を有効に発揮させるためには、Si含有量は、0.15%以上とする必要がある。しかしながら、Si含有量が過剰になって0.8%を超えると、鍛造時に金型寿命が低下するばかりか、コスト増加を招くことになる。Si含有量の好ましい下限は0.20%以上(より好ましくは0.25%以上)であり、好ましい上限は0.7%以下(より好ましくは0.6%以下)である。
【0045】
[Mn:0.10〜1.0%]
Mnは、鋼材マトリックスの固溶強化および焼入れ性を向上させる元素である。Mn含有量が0.10%を下回るとその効果が発揮されず、1.0%を上回ると低級酸化物であるMnO含有量が増加し、転動疲労特性を悪化させる他、加工性や被削性が著しく低下する。Mn含有量の好ましい下限は0.2%以上(より好ましくは0.3%以上)であり、好ましい上限は0.8%以下(より好ましくは0.6%以下)である。
【0046】
[P:0.05%以下(0%を含まない)]
Pは、結晶粒界に偏析して転動疲労特性に悪影響を及ぼす不純物元素である。特に、P含有量が0.05%を超えると、転動疲労特性の低下が著しくなる。したがって、P含有量は0.05%以下に抑制する必要がある。好ましくは0.03%以下、より好ましくは0.02%以下とするのが良い。尚、Pは鋼材に不可避的に含まれる不純物であり、その量を0%にすることは、工業生産上、困難である。
【0047】
[S:0.01%以下(0%を含まない)]
Sは、硫化物を形成する元素であり、その含有量が0.01%を超えると、粗大な硫化物が残存するため、転動疲労特性が劣化する。したがって、Sの含有量は0.01%以下に抑制する必要がある。転動疲労特性の向上という観点からは、S含有量は低ければ低いほど望ましく、好ましくは0.007%以下、より好ましくは0.005%以下とするのが良い。尚、Sは鋼材に不可避的に含まれる不純物であり、その量を0%にすることは、工業生産上、困難である。
【0048】
[Cr:1.3〜1.8%]
Crは、焼入れ性の向上と安定な炭化物の形成によって、強度および耐磨耗性を向上させ、これによって転動疲労特性の改善に有効な元素である。こうした効果を発揮させるためには、Cr含有量は、1.3%以上とする必要がある。しかしながら、Cr含有量が過剰になって1.8%を超えると、炭化物が粗大化して、転動疲労特性および切削性を低下させる。Cr含有量の好ましい下限は1.4%以上(より好ましくは1.5%以上)であり、好ましい上限は1.7%以下(より好ましくは1.6%以下)である。
【0049】
[Zr:0.0010%以下(0%を含まない)]
Zrは、酸化物系介在物中のZrO
2含有量を制御し、酸化物系介在物を熱間圧延時に延伸しやすくし、且つ冷間圧延時に分断・破砕により微細化し易くし、転動疲労特性を改善するのに有効である。特に、Si脱酸鋼にZrO
2をある範囲内に制御するように加えることで、熱間圧延時に酸化物系介在物の結晶化が抑制され、熱間圧延により酸化物系介在物は良く延伸し、十分に短径が小さくなることが判明した。その結果、転動疲労特性が改善される。但し、Zr含有量が過剰になり、0.0010%を超えると、ZrO
2系酸化物が結晶相として単独で生成し、熱間圧延で延伸せず、酸化物系介在物の粗大化を招くため好ましくない。したがって、Zr含有量は0.0010%以下とした。尚、Zr含有量は、好ましくは0.0008%以下、より好ましくは0.0005%以下とするのが良い。
【0050】
本発明で規定する含有元素は上記の通りであって、残部は鉄および不可避不純物であり、該不可避不純物として、原料、資材、製造設備等の状況によって持ち込まれる元素(例えば、As,H,N等)の混入が許容され得る。また、必要によって、Al,CaおよびOについては、下記のように成分範囲を制御(調整若しくは抑制)することが好ましい。
【0051】
[Al:0.0002〜0.005%]
Alは、好ましくない元素であり、本発明の鋼材においては、Alは極力少なくすることが好ましい。したがって、酸化精錬後のAl添加による脱酸処理は行わない。Al含有量が多くなり、特に0.005%を超えてしまうと、Al
2O
3を主体とする硬質な酸化物の生成量が多くなり、しかも圧下した後も粗大な酸化物として残存するので、転動疲労特性が劣化する。したがって、Alの好ましい含有量を0.005%以下とした。尚、Al含有量は、0.004%以下とすることが好ましく、より好ましくは0.003%以下である。
【0052】
但し、酸化物系介在物中のAl
2O
3含有量を確保するという観点からすれば、Al含有量を0.0002%以上にすることが好ましい。また、Al含有量を0.0002%未満に制御するには、Alの混入を抑制するために、フラックスもAl
2O
3含有量の少ないものを使用する必要があるが、高炭素鋼である軸受鋼において、Al
2O
3含有量の少ないフラックスは非常に高価なものとなり経済的でない。したがって、Al含有量の下限は0.0002%以上(好ましくは0.0005%以上)とした。尚、0.0002%未満のAl含有量は、不可避不純物扱いとなる。
【0053】
[Ca:0.0002〜0.001%]
Caは、酸化物系介在物中のCaO含有量を制御し、酸化物系介在物を熱間圧延時に延伸しやすくし、且つ冷間圧延時に分断・破砕により微細化し易くし、転動疲労特性を改善するのに有効である。このような効果を発揮させるためには、Ca含有量は0.0002%以上とすることが好ましい。しかしながら、Ca含有量が過剰になって0.001%を超えると、酸化物組成におけるCaOの割合が高くなり過ぎて、粗大な酸化物となってしまう。したがって、Ca含有量は0.001%以下であることが好ましい。Ca含有量のより好ましい下限は0.0003%以上(更に好ましくは0.0005%以上)であり、より好ましい上限は0.0009%以下(更に好ましくは0.0008%以下)である。尚、0.0002%未満のCa含有量は、不可避不純物扱いとなる。
【0054】
[O:0.0025%以下(0%を含まない)]
Oは、好ましくない不純物元素である。Oの含有量が多くなって、特に0.0025%を超えると、粗大な酸化物が生成し易くなり、熱間圧延および冷間圧延後においても粗大な酸化物として残存し、転動疲労特性に悪影響を及ぼす。したがって、O含有量は0.0025%以下とする必要がある。O含有量の好ましい上限は0.0023%以下(より好ましくは0.0020%以下)である。
【0055】
本発明の軸受用鋼材は、所定の部品形状にされた後焼入れ・焼戻しされて軸受部品を製造するものであるが、鋼材段階の形状についてはこうした製造に適用できるような線状・棒状のいずれも含むものであり、そのサイズも、最終製品に応じて適宜決めることができる。
【0056】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で変更を加えて実施することは勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【実施例】
【0057】
下記表1に示す各種化学成分組成の鋼材(鋼種)を、小型溶解炉(150kg/1ch)において、通常実施されるAl添加での脱酸を行わず、Si添加での脱酸処理を行って溶製し(但し、試験No.18はAl添加での脱酸処理)、φ245mm×480mmの鋳片を作製した。このとき、MgO含有量は、溶製時にMgOを含む耐火物を溶解炉や精錬容器、搬送容器として用いることによって調整した。また合金投入後の溶製時間を調整すると共に(下記表1)、鋼中に含まれるAl含有量、Ca含有量、Mn含有量を下記表1のように制御した。各鋼材中の酸化物系介在物の平均組成を下記表2に示す(測定方法は後述する)。また、溶鋼に添加するCa源、Zr源などについては、特に制限はなく、Ca源としてNi−Ca合金、Zr源としてFe−Zr合金を用いた。
【0058】
【表1】
【0059】
【表2】
【0060】
得られた鋳片を、加熱炉において1100〜1300℃に加熱した後、900〜1200℃で分塊圧延を実施した。その後、830〜1100℃で圧延し、所定の径(φ20mm)まで熱間圧延または熱間鍛造を実施した。
【0061】
上記熱間圧延材または熱間鍛造材を、760〜800℃の温度範囲で2〜8時間加熱した後、10〜15℃/時の冷却速度で(Ar
1変態点−60℃)の温度まで冷却してから大気放冷することにより(球状化焼鈍)、球状化セメンタイトを分散させた球状化焼鈍材を得た。
【0062】
上記球状化焼鈍材を、冷間加工率(減面率)2%で冷間加工を施し、線材とした(φ19.8mm:冷間加工後線径)。その後、φ12mm、長さ22mmの試験片を切り出し、840℃で30分間加熱後に油焼入れを実施し、160℃で120分間焼戻しを行った。次いで、仕上げ研磨を施して表面粗さ:0.04μmRa以下のラジアル転動疲労試験片を作製した。尚、冷間加工率は、加工前の鋼材断面積をS
0、加工後の鋼材断面積をS
1としたとき、下記(1)式のように表される値(減面率:RA)である。
冷間加工率={(S
0−S
1)/S
0}×100(%) …(1)
【0063】
上記各試験片における酸化物系介在物の組成(平均組成)、および長手方向断面の酸化物系介在物の最大長さの測定は、下記の方法に従った。
【0064】
[酸化物系介在物の平均組成の測定]
各試験片の直径Dの1/2の位置における鋼材の長手方向(圧延方向に相当)に、20mmL(圧延方向長さ)×5mm(表層からの深さ)のミクロ試料(組織観察用試料)を1個切り出し、断面を研磨した。この断面中に観察される無数の酸化物系介在物の平均組成は、日本電子データム製の電子線マイクロプローブX線分析計(Electron Probe X−ray Micro Analyzer:EPMA 商品名「JXA−8500F」)を用いて観察し、短径が1μm以上の酸化物系介在物100個について成分組成を定量分析した。このとき、観察面積を100mm
2(研磨面)とし、介在物の中央部での成分組成を特性X線の波長分散分光により定量分析した。分析対象元素は、Ca,Al,Si,Mn,Mg,ZrおよびOとし、既知物質を用いて各元素のX線強度と元素濃度の関係を予め検量線として求めておき、分析対象とする上記介在物から得られたX線強度と上記検量線から各試料に含まれる元素量を定量し、その結果を算術平均することで平均の介在物組成を求めた。
【0065】
[酸化物系介在物の最大長さの測定]
各試験片の直径Dの1/2の位置における鋼材の長手方向(圧延方向に相当)に、20mmL(圧延方向長さ)×5mm(表層からの深さ)のミクロ試料(組織観察用試料)を10個切り出し、断面を研磨した。各試料の研磨面(100mm
2)において、光学顕微鏡によって酸化物系介在物の最大長径を測定し、1000mm
2中で最も大きい長径を最大長径とした。尚、測定面積が少ない場合には、極限統計法により、1000mm
2当たりの予測最大長径を求めてもよい。
【0066】
上記で得られたラジアル転動疲労試験片を用い、ラジアル転動疲労試験機(「点接触型寿命試験機」商品名 NTN社製)にて、繰り返し速度:46485cpm、面圧:5.88GPa、中止回数:3億回(3×10
8回)の条件でラジアル転動疲労試験を実施した。このとき各鋼材で15個ずつの試験片で実施し、疲労寿命L
10(累積破損確率10%における疲労破壊までの応力繰り返し数:以下「L
10寿命」と呼ぶことがある)を評価し、従来鋼を用いて行ったときのL
10寿命(試験No.18)との比(寿命比)が2.5以上(L
10寿命で3000万回以上に相当)のものを転動疲労寿命に優れるとした。
【0067】
これらの測定結果[ラジアル転動疲労試験評価結果(L
10寿命、寿命比)]を、酸化物系介在物の最大長径と共に、下記表3に示す。
【0068】
【表3】
【0069】
これらの結果から、次のように考察することができる。即ち、試験No.2〜4、10は、本発明で規定する化学成分組成(鋼材の化学成分組成および酸化物系介在物組成)および、好ましい要件である酸化物系介在物の最大長径の要件を満たしており、いずれも転動疲労寿命が優れていることが分かる。
【0070】
これに対して、試験No.1、5〜9、11〜18は、本発明で規定する要件(または好ましい要件)のいずれかを満足しない例であり、良好な転動疲労寿命が得られていないことが分かる。
【0071】
このうち、試験No.1は、Al濃度が比較的高い状態で溶製時間が40分と長時間であったため、溶鋼中のAlと酸化物介在物中のSiO
2の酸化還元反応が進み、SiO
2含有量が不足し、酸化物系介在物の最大長径が大きくなっており、転動疲労特性が悪化している。試験No.5は、溶製時間が35分と長時間であったために、酸化物系介在物中のZrO
2含有量が不足し(好ましい要件である酸化物系介在物の最大長径も大きくなっている)、転動疲労特性が悪化している。
【0072】
試験No.6は、酸化物系介在物中のCaO含有量が不足し(好ましい要件である酸化物系介在物の最大長径も大きくなっている)、転動疲労特性が悪化している。試験No.7は、Ca含有量が多くなっており、酸化物系介在物中のCaO含有量が過剰になっており(好ましい要件である酸化物系介在物の最大長径も大きくなっている)、転動疲労特性が悪化している。
【0073】
試験No.8は、酸化物系介在物中のAl
2O
3含有量が不足し、酸化物系介在物の最大長径が大きくなって、転動疲労特性が悪化している。試験No.9は、Zr含有量が多いために、酸化物系介在物中のZrO
2含有量が過剰になり(好ましい要件である酸化物系介在物の最大長径も大きくなっている)、転動疲労特性が悪化している。
【0074】
試験No.11は、Mn含有量が多く、また溶製時間が3分と短時間であったために、酸化物系介在物中のMnO含有量が多く、且つMgO含有量が少なくなっており(好ましい要件である酸化物系介在物の最大長径も大きくなっている)、転動疲労特性が悪化している。試験No.12は、溶製時間が45分と長時間であったために、耐火物中のMgOが混入してMgO含有量が高くなり(好ましい要件である酸化物系介在物の最大長径も大きくなっている)、転動疲労特性が悪化している。
【0075】
試験No.13は、Al含有量が多いために、酸化物系介在物中のAl
2O
3含有量が過剰になり(好ましい要件である酸化物系介在物の最大長径も大きくなっている)、転動疲労特性が悪化している。試験No.14は、SiおよびPの含有量が所定の範囲を外れるため、強度低下によって転動疲労特性が悪化している。
【0076】
試験No.15は、Mnの含有量が少ないために強度低下を招き、またCr含有量が少ないために球状化組織が得られず、転動疲労特性が悪化している。試験No.16は、CおよびCrの含有量が多いために、粗大な炭化物が生成し、しかもS含有量も多いためにMnS量が増加し、転動疲労特性が悪化している。
【0077】
試験No.17は、C含有量が少ないために、球状化組織が得られず、転動疲労特性が悪化している。試験No.18は、従来鋼(Alが多く、CaおよびZrを含まない)を用いた例であり、酸化物系介在物中の成分組成が適切に調整されておらず、良好な転動疲労特性が得られていない。
【0078】
これらのデータに基づいて、酸化物系介在物の最大長径(単に「最大長径」と表示)とL
10寿命との関係を
図1に示す。尚、
図1において、「●」は、本発明例(試験No.2〜4および10)、「×」は、酸化物系介在物の組成が本発明で規定する範囲(および好ましい範囲)を外れる比較例(試験No.1、5〜9、11〜13)、「□」は、鋼材の化学成分組成が本発明で規定する範囲を外れる比較例(試験No.14〜17)、「◇」は従来鋼を用いたもの(試験No.18)を、夫々プロットしたものである。この結果から、最大長径を20μm以下とすることによって、良好な転動疲労特性(L
10寿命)が発揮できることが分かる。