特許第5873533号(P5873533)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5873533リチウムイオン電池用硫化物系固体電解質
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5873533
(24)【登録日】2016年1月22日
(45)【発行日】2016年3月1日
(54)【発明の名称】リチウムイオン電池用硫化物系固体電解質
(51)【国際特許分類】
   H01M 10/0562 20100101AFI20160216BHJP
   H01M 10/0525 20100101ALI20160216BHJP
   H01B 1/06 20060101ALI20160216BHJP
   H01B 1/10 20060101ALI20160216BHJP
【FI】
   H01M10/0562
   H01M10/0525
   H01B1/06 A
   H01B1/10
【請求項の数】6
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2014-146174(P2014-146174)
(22)【出願日】2014年7月16日
(65)【公開番号】特開2016-24874(P2016-24874A)
(43)【公開日】2016年2月8日
【審査請求日】2015年10月2日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006183
【氏名又は名称】三井金属鉱業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000707
【氏名又は名称】特許業務法人竹内・市澤国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】宮下 徳彦
(72)【発明者】
【氏名】筑本 崇嗣
(72)【発明者】
【氏名】松嶋 英明
(72)【発明者】
【氏名】松崎 健嗣
【審査官】 宮田 透
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2013/069243(WO,A1)
【文献】 特開2014−093260(JP,A)
【文献】 特開2012−048971(JP,A)
【文献】 特表2010−540396(JP,A)
【文献】 特開2002−109955(JP,A)
【文献】 特開2012−043646(JP,A)
【文献】 国際公開第2013/099834(WO,A1)
【文献】 特開2015−018726(JP,A)
【文献】 R.P.Rao and S.Adams,Studies of lithium argyrodite solid electrolytes for all-solid-state batteries,Physica Status Solidi (a),Wiley-VCH,2011年 7月 4日,Vol.208, No.8,p.1804-1807
【文献】 Sylvain Boulineau et al.,Mechanochemical synthesis of Li-argyrodite Li6PS5X(X=Cl,Br,I) as sulfur-based solid electrolytes for,Solid State Ionics,Elsevier B.V.,2012年 6月23日,Vol.221,p.1-5
【文献】 R. Prasada Rao et al.,Formation and conductivity studies of lithium argyrodite solid electrolytes using in-situ neutron di,Solid State Ionics,Elsevier B.V.,2012年10月 7日,Vol.230,p.72-76
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 10/05−10/0587
H01B 1/06
H01B 1/10
JSTPlus(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
立方晶系Argyrodite型結晶構造を有し、組成式(1):Li7-x-2yPS6-x-yClxで表され、且つ、前記組成式(1)において、0.8≦x≦1.7、0<y≦−0.25x+0.5を満足することを特徴とするリチウムイオン電池用硫化物系固体電解質。
【請求項2】
組成式(1)において、さらに1.0≦x≦1.4、及び、0<y≦−0.2x+0.4を満足することを特徴とする請求項1に記載のリチウムイオン電池用硫化物系固体電解質。
【請求項3】
組成式(1)において、さらに0.25≧[y/(2−x)]を満足することを特徴とする請求項1又は2に記載のリチウムイオン電池用硫化物系固体電解質。
【請求項4】
硫化リチウム(Li2S)粉末と、硫化リン(P25)粉末と、塩化リチウム(LiCl)粉末とを混合し、不活性雰囲気下、350〜500℃で焼成するか、又は、硫化水素ガスを含有する雰囲気下、350〜650℃で焼成するかして得られることを特徴とするリチウムイオン電池用硫化物系固体電解質の製造方法。
【請求項5】
請求項1〜の何れかに記載された固体電解質を備えたリチウムイオン電池。
【請求項6】
請求項1〜の何れかに記載された固体電解質と、炭素を含む負極活物質とを有するリチウムイオン電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン電池の固体電解質として好適に用いることができるリチウムイオン電池用硫化物系固体電解質に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン電池は、充電時には正極からリチウムがイオンとして溶け出して負極へ移動して吸蔵され、放電時には逆に負極から正極へリチウムイオンが戻る構造の二次電池である。リチウムイオン電池は、エネルギー密度が大きく、寿命が長いなどの特徴を有しているため、ビデオカメラ等の家電製品や、ノート型パソコン、携帯電話機等の携帯型電子機器、パワーツールなどの電動工具などの電源として広く用いられており、最近では、電気自動車(EV)やハイブリッド電気自動車(HEV)などに搭載される大型電池へも応用されている。
【0003】
この種のリチウムイオン電池は、正極、負極、及びこの両電極に挟まれたイオン伝導層から構成され、当該イオン伝導層には、ポリエチレン、ポリプロピレン等の多孔質フィルムからなるセパレータに非水系の電解液を満たしたものが一般的に用いられている。ところが、電解質として、このように可燃性の有機溶剤を溶媒とする有機電解液が使用されているため、揮発や漏出を防ぐための構造・材料面での改善が必要であったほか、短絡時の温度上昇を抑える安全装置の取り付けや短絡防止のための構造・材料面での改善も必要であった。
【0004】
これに対し、硫化リチウム(Li2S)などを出発原料として用いた固体電解質を用いて、電池を全固体化してなる全固体型リチウムイオン電池は、可燃性の有機溶媒を用いないので、安全装置の簡素化を図ることができ、しかも製造コストや生産性に優れたものとすることができるばかりか、セル内で直列に積層して高電圧化を図れるという特徴も有している。また、この種の固体電解質では、Liイオン以外は動かないため、アニオンの移動による副反応が生じないなど、安全性や耐久性の向上につながることが期待される。
【0005】
このような電池に用いられる固体電解質は、できるだけイオン導電率が高く、かつ化学的・電気化学的に安定であることが求められ、例えばハロゲン化リチウム、窒化リチウム、リチウム酸素酸塩又はこれらの誘導体などがその材料候補として知られている。
【0006】
この種の固体電解質に関しては、例えば特許文献1において、一般式Li2S−X(ただし、XはSiS2、GeS2、B23のうち少なくとも一種の硫化物を表わす)で表されるリチウムイオン伝導性硫化物ガラスに、リン酸リチウム(Li3PO4)からなる高温リチウムイオン伝導性化合物を存在させた硫化物系の固体電解質が開示されている。
【0007】
また、特許文献2においては、結晶質であり、かつ室温でのイオン導電率が6.49×10-5Scm-1という非常に高いイオン導電率を示す材料として、一般式LiS−GeS−X(ただし、XはGa23、ZnSの少なくとも一種を表す。)で表される複合化合物としてのリチウムイオン伝導性物質を含有することを特徴とする硫化物系の固体電解質が開示されている。
【0008】
特許文献3においては、リチウムイオン伝導性および分解電圧の高い硫化物セラミックスとして、Li2SとP25を主成分とし、モル%表示でLi2S=82.5〜92.5、P25=7.5〜17.5の組成を有する、中でも好ましはモル比でLi2S/P25=7の組成(組成式:Li7PS6)を有する特徴とするリチウムイオン伝導性硫化物セラミックスが開示されている。
【0009】
特許文献4においては、化学式:Li(12−n−x)n+2−(6−x)(Bn+はP、As、Ge、Ga、Sb、Si、Sn、Al、In、Ti、V、Nb及びTaから選択される少なくとも一種、X2−はS、Se、及びTeから選択される少なくとも一種、YはF、Cl、Br、I、CN、OCN、SCN及びNから選択される少なくとも一種であり、0≦x≦2)で表され硫銀ゲルマニウム鉱型結晶構造を有するリチウムイオン伝導性材料が開示されている。
【0010】
特許文献5においては、リチウムイオンの高流動性に加えて単層での調合が可能な固体化合物として、一般式(I)Li+(12-n-x)n+2-6-x-xによるリチウム硫銀ゲルマニウム鉱であって、本式において、Bn+は、P、As、Ge、Ga、Sb、Si、Sn、Al、In、Ti、V、NbおよびTaからなる群から選択され、X2-は、S、SeおよびTeからなる群から選択され、Y-はCl、Br、I、F、CN、OCN、SCN、N3からなる群から選択され、0≦x≦2であるリチウム硫銀ゲルマニウム鉱が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特許第3184517号公報
【特許文献2】特許第3744665号公報
【特許文献3】特開2001−250580号公報
【特許文献4】特開2011−96630号公報
【特許文献5】特開2010−540396号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明者は、リチウムイオン電池に用いる固体電解質材料として、立方晶系Argyrodite型結晶構造を有し、Li7-xPS6-xClxで表される化合物に着目した。
しかしながら、かかる化合物は、水分や酸素との反応性が極めて高いため、リチウムイオン電池の固体電解質として使用して全固体リチウムイオン電池を組み立てる際には、超低露点の不活性ガスが供給されるグローブボックスなどの環境内で全固体リチウムイオン電池の組立作業を行う必要があり、工業的に利用するには課題を抱えていた。
【0013】
そこで本発明は、立方晶系Argyrodite型結晶構造を有し、Li7-xPS6-xClxで表される化合物を含有するリチウムイオン電池用硫化物系固体電解質に関し、耐水性及び耐酸化性を改良し、例えばドライルームなどの超低露点の不活性ガスが供給されない環境内でも全固体リチウムイオン電池の組立作業を行うことができる、新たなリチウムイオン電池用硫化物系固体電解質を提案せんとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、立方晶系Argyrodite型結晶構造を有し、組成式(1):Li7-x-2yPS6-x-yClxで表され、且つ、前記組成式(1)において、0.8≦x≦1.7、0<y≦−0.25x+0.5を満足することを特徴とするリチウムイオン電池用硫化物系固体電解質を提案する。
【発明の効果】
【0015】
本発明が提案する硫化物系固体電解質は、Li7-xPS6-xClxで表される化合物を含有する硫化物系固体電解質に比べて、耐水性及び耐酸化性が格段に優れており、乾燥空気中で取り扱っても特性劣化が少ないため、例えばドライルームなどの超低露点の不活性ガスが供給されない環境内でも、全固体リチウムイオン電池の組立作業を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】実施例1、5及び9で得たサンプルのXRDパターンを示した図である。
図2】比較例1、3及び4で得たサンプルのXRDパターンを示した図である。
図3】実施例2で得たサンプルを用いて全固体電池セルを作製して、電池評価した際の1サイクル目の充放電特性を示した図である。
図4】実施例6で得たサンプルを用いて全固体電池セルを作製して、電池評価した際の1サイクル目の充放電特性を示した図である。
図5】比較例1で得たサンプルを用いて全固体電池セルを作製して、電池評価した際の1サイクル目の充放電特性を示した図である。
図6】比較例5で得たサンプルを用いて全固体電池セルを作製して、電池評価した際の1サイクル目の充放電特性を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下に本発明の実施形態について詳細に述べる。但し、本発明の範囲が以下に説明する実施形態に限定されるものではない。
【0018】
本実施形態に係る硫化物系固体電解質(「本固体電解質」と称する)は、立方晶系Argyrodite型結晶構造を有し、組成式(1):Li7-x-2yPS6-x-yClxで表される硫化物系固体電解質である。
【0019】
上記組成式(1):Li7-x-2yPS6-x-yClxにおいて、Cl元素の含有量を示すxは0.8〜1.7であるのが好ましい。xが0.8〜1.7であれば、立方晶系Argyrodite型とすることが可能であり、かつLiPS及びLiClなどのArgyrodite型以外の相の生成を抑制することができるため、リチウムイオンの伝導性を高めることができる。
かかる観点から、xは0.8〜1.7であるのが好ましく、中でもxは1.0以上或いは1.6以下、その中でも1.2以上或いは1.4以下であるのが特に好ましい。
【0020】
また、上記組成式(1):Li7-x-2yPS6-x-yClxにおける「y」は、化学量論組成に対してLiS成分がどれだけ少ないかを相対的に示す値であり、0<y≦ −0.25x+0.5を満足するのが好ましい。
yが上記式を満足すると、乾燥空気暴露後の導電率維持率を50%以上に高めることができ、しかも、乾燥空気暴露後の導電率を1.0×10-3 S・cm-1以上に高めることができることが確かめられている。
【0021】
さらに上記組成式(1)において、1.0≦x≦ 1.4、及び、0<y≦ −0.2x+0.4を満足すると、乾燥空気暴露後の導電率維持率を70%以上に高めることができ、しかも、乾燥空気暴露後の導電率を2.0×10-3 S・cm-1以上に高めることができることが確かめられており、さらに好ましい。
【0022】
また、上組成式(1)において、0.25≧[y/(2−x)]であれば、耐水性及び耐酸化性をさらに向上させることができる。かかる観点から、0.25≧[y/(2−x)]であるのが好ましく、中でも0.25>[y/(2−x)]であるのがさらに好ましく、その中でも0.20≧[y/(2−x)]であるのがさらに好ましく、その中でも0.15≧[y/(2−x)]であれば、耐水性及び耐酸化性をさらに向上させることができる。
上組成式(1)において、「(2−x)」は、結晶構造内の骨格部(PS43-)の周辺に存在する結合の弱いLi2SにおけるSの数を相対的に示す指標となる値であると考えられ、「y」は、前記の結合の弱いLi2SのSが化学量論組成からどれだけ少ないかを示す値であると考えられる。よって、[y/(2−x)]は、化学量論組成に対し、結合力の弱いLi2Sをどれだけ減少させることができたのかを相対的に示す指標となると考えられ、[y/(2−x)]を調整することで、耐水性及び耐酸化性を調整することができるものと考えることができる。
【0023】
本固体電解質においては、硫化リチウム(LiS)または塩化リチウム(LiCl)からなる相を実質的に含まないものが好ましい。Li7-x-2yPS6-x-yClxの単一相であれば、電池を組んだ際の充放電効率やサイクル特性が良好になるため、より一層好ましい。
ここで、「硫化リチウム(LiS)および塩化リチウム(LiCl)からなる相を実質的に含まない」とは、XRDチャートにおいて、硫化リチウム(LiS)および塩化リチウム(LiCl)のピーク強度が、Li7-x-2yPS6-x-yClxのピーク強度の3%未満である場合を意味するものである。
なお、本固体電解質は、上記組成式(1)で示される化合物であればよく、不可避不純物を含有することを許容するものである。
【0024】
(耐湿性)
本固体電解質は、上述のように、乾燥空気暴露後の導電率維持率を50%以上、さらには70%以上に高めることができ、且つ、乾燥空気暴露後の導電率を1.0×10-3S・cm-1以上、さらには2.0×10-3S・cm-1以上に高めることができる。
なお、本明細書における「乾燥空気」とは、エアードライヤー等で水分濃度を100ppm以下(露点で約−42℃以下)まで除去した空気を意味する。
【0025】
(イオン伝導性)
硫化物系固体電解質はそもそもイオン伝導性に優れており、酸化物に比べて常温で活物質との界面を形成し易く、界面抵抗を低くできることが知られている。中でも、本固体電解質は、硫黄欠損が少なくて結晶性が高いため、電子伝導性が低く、リチウムイオン伝導性が特に優れている。
また、Li7-x-2yPS6-x-yClxと同じ骨格構造を有するLi7PS6は、リチウムイオン伝導性が低い斜方晶(空間群Pna2)と高い立方晶(空間群F−43m)の2つの結晶構造を有しており、約170℃付近がその相転移点であり、室温近傍の結晶構造はイオン伝導性が低い斜方晶である。従って、前記特許文献3に示されるように、イオン伝導性の高い立方晶を得るためには、通常は一度相転移点以上に加熱した後に、急冷処理が必要となる。しかし、上記組成式(1)の化合物の場合には、室温以上の温度において相転移点を有さず、結晶構造は室温においてもイオン伝導性の高い立方晶系を維持することができるため、急冷等の処理をしなくても、高いイオン導電率を確保することができ、この点で特に好ましい。
【0026】
(製造方法)
次に、本固体電解質の製造方法の一例について説明する。但し、ここで説明する製造方法はあくまでも一例であり、この方法に限定するものではない。
【0027】
本固体電解質は、例えば硫化リチウム(Li2S)粉末と、硫化リン(P25)粉末と、塩化リチウム(LiCl)粉末とをそれぞれ秤量して、ボールミル、ビーズミル、ホモジナイザー等で粉砕混合するのが好ましい。
この際、粉砕混合は、メカニカルアロイング法など、非常に強力な機械的粉砕混合により、原料粉末の結晶性を低下あるいは非晶質化、もしくは原料混合粉末を均質化させてしまうと、カチオンと硫黄との結合が切れてしまい、焼成時に硫黄欠損が生じ、電子伝導性を発現してしまう。そのため、原料粉末の結晶性を維持できる程度の粉砕混合が望ましい。
【0028】
前記のように混合した後、必要に応じて乾燥させ、次いで、不活性雰囲気もしくは硫化水素ガス(H2S)流通下で焼成し、必要に応じて解砕乃至粉砕し、必要に応じて分級することにより得ることができる。
【0029】
なお、硫化物材料は温度が上がると、硫黄欠損が生じやすいため、従来は石英サンプルなどで封入して焼成していた。しかし、それでは工業的に製造することが難しかった。また、封入した石英サンプルは密閉されているため、加熱することで石英サンプル内に含有するガスが膨張し、石英サンプル内の圧力が高まり、破裂するおそれがあった。従って、封入時にはできる限り真空状態にする必要があった。しかしながら、真空状態においては、硫化物材料内に硫黄欠損が生じやすくなる。
これに対し、本固体電解質は、200℃程度から結晶化が進むことから、比較的低温で焼成しても合成することができる。そのため、不活性雰囲気もしくは硫化水素ガス(H2S)流通下、350℃以上で焼成することによって、硫黄欠損がほとんど無い目的の化学組成の硫化物である本固体電解質を作製することができる。
【0030】
中でも、焼成時に硫化水素ガスを用いる場合、焼成時に硫化水素が分解して生成する硫黄ガスにより、焼成試料近傍の硫黄分圧を高めることができるため、高い焼成温度においても硫黄欠損は生成しにくく、電子伝導性を低くすることができる。よって、硫化水素ガスを含有する雰囲気下で焼成する場合には、焼成温度は350〜650℃とするのが好ましく、中でも450℃以上或いは600℃以下、その中でも500℃以上或いは550℃以下とするのが特に好ましい。
このように硫化水素ガス(H2S)流通下で焼成する際、350〜650℃で焼成することにより、硫化物中の硫黄を欠損させることなく焼成することができる。
【0031】
他方、不活性雰囲気下で焼成する場合は、硫化水素ガスの場合とは異なり、焼成時に焼成試料近傍の硫黄分圧を高めることができないため、高い焼成温度の場合、硫黄欠損が生成しやすく、電子伝導性が高くなってしまう。そのため、不活性雰囲気下で焼成する場合は、焼成温度は350〜500℃とするのが好ましく、中でも350℃以上或いは450℃以下、その中でも400℃以上或いは450℃以下とするのが特に好ましい。
【0032】
なお、通常は原料粉末を完全に反応させて未反応相を消失させるため、硫化水素ガスを流通させて500℃以上で焼成した方が好ましいが、粒径が小さく、反応性が高い原料粉末を用いる場合は、低温でも反応が促進することから、不活性雰囲気で焼成を行ってもよい。
また、上記の原料は、大気中で極めて不安定で、水分と反応して分解し、硫化水素ガスを発生したり、酸化したりするため、不活性ガス雰囲気に置換したグローブボックス等を通じて、原料を炉内にセットして焼成を行うのが好ましい。
【0033】
このように製造することにより、硫黄欠損の生成を抑制することができ、電子伝導性を低くすることができる。そのため、本固体電解質を用いて全固体リチウムイオン電池を作製すれば、電池特性である充放電特性やサイクル特性を良好にすることができる。
【0034】
<本固体電解質の用途>
本固体電解質は、全固体リチウムイオン電池又は全固体リチウム一次電池の固体電解質層や、正極・負極合材に混合する固体電解質等として使用できる。
例えば正極と、負極と、正極及び負極の間に上記の固体電解質からなる層とを形成することで、全固体リチウムイオン電池を構成することができる。
この際、本固体電解質は、耐水性及び耐酸化性に優れており、乾燥空気中で取り扱っても特性劣化が少ないため、例えばドライルームなどでも全固体リチウムイオン電池の組立作業を行うことができる。
【0035】
ここで、固体電解質からなる層は、例えば固体電解質とバインダー及び溶剤から成るスラリーを基体上に滴下し、ドクターブレードなどで擦り切る方法、スラリー接触後にエアーナイフで切る方法、スクリーン印刷法等で塗膜を形成し、その後加熱乾燥を経て溶剤を除去することで作製することができる。又は、固体電解質の紛体をプレス等により圧粉体を作製した後、適宜加工して作製することもできる。
【0036】
正極材としては、リチウムイオン電池の正極活物質として使用されている正極材を適宜使用可能である。
負極材についても、リチウムイオン電池の負極活物質として使用されている負極材を適宜使用可能である。但し、本固体電解質は、電気化学的に安定であることから、リチウム金属に匹敵する卑な電位(約0.1V vs Li/Li)で充放電する人造黒鉛、天然黒鉛、難黒鉛化性炭素(ハードカーボン)などの炭素系材料を使用することができる。そのため、炭素系材料を負極材に用いることで、全固体リチウムイオン電池のエネルギー密度を大きく向上させることができる。よって、例えば本固体電解質と、人造黒鉛、天然黒鉛、難黒鉛化性炭素(ハードカーボン)などの炭素を含む負極活物質と、を有するリチウムイオン電池を構成することができる。
【0037】
<用語の解説>
本発明において「固体電解質」とは、固体状態のままイオン、例えばLi+が移動し得る物質全般を意味する。
また、本発明において「X〜Y」(X、Yは任意の数字)と記載した場合、特にことわらない限り「X以上Y以下」の意と共に、「好ましくはXより大きい」又は「好ましくはYより小さい」の意も包含する。
また、「X以上」(Xは任意の数字)又は「Y以下」(Yは任意の数字)と記載した場合、「Xより大きいことが好ましい」又は「Yより小さいことが好ましい」旨の意図を包含する。
【実施例】
【0038】
以下、実施例に基づいて本発明を説明する。但し、本発明はこれらに限定されて解釈されるものではない。
【0039】
(実施例・比較例)
表1に示した組成式となるように、硫化リチウム(Li2S)粉末と、硫化リン(P25)粉末と、塩化リチウム(LiCl)粉末とを用い、全量で5gになるようにそれぞれを秤量し、ボールミルで15時間粉砕混合して混合粉末を調製した。この混合粉末をカーボン製の容器に充填し、これを管状電気炉にて硫化水素ガス(H2S、純度100%)を1.0L/min流通させながら、昇降温速度200℃/hにて500℃で4時間焼成した。その後、試料を乳鉢で解砕し、目開き53μmの篩いで整粒して粉末状のサンプルを得た。
この際、上記秤量、混合、電気炉へのセット、電気炉からの取り出し、解砕及び整粒作業は全て、十分に乾燥されたArガス(露点−60℃以下)で置換されたグローブボックス内で実施した。
【0040】
<組成の測定>
実施例・比較例で得られたサンプルについて、組成をICP発光分析法で測定した。
【0041】
<生成相の特定>
実施例・比較例で得られた粉末状のサンプルをX線回折法(XRD)で分析し、生成相を特定した。
【0042】
<初期導電率の測定>
実施例・比較例で得たサンプルを、十分に乾燥されたArガス(露点−60℃以下)で置換されたグローブボックス内で200MPaの圧力にて一軸加圧成形して直径10mm、厚み2〜5mmのペレットを作製し、更にペレット上下両面に電極としてのカーボンペーストを塗布した後、180℃で30分熱処理を行い、イオン導電率測定用サンプルを作製した。イオン導電率測定は、室温(25℃)にて交流インピーダンス法にて行った。
【0043】
<乾燥空気曝露後の導電率の測定>
実施例・比較例で得たサンプルを、平均露点−45℃の乾燥空気で置換されたグローブボックス内に入れて6時間放置した。その後、サンプルを再び十分に乾燥されたArガス(露点−60℃以下)で置換されたグローブボックス内に入れ、初期導電率の測定と同様にイオン導電率を測定した。
【0044】
表1中の「x」「y」はそれぞれ、組成式:Li7-x-2yPS6-x-yClxのxyを示し、「LiS過少割合」は当該組成式におけるxyの関係、すなわち[y/(2−x)]を示し、「初期」は初期導電率を示し、「乾燥空気曝露6h」は6時間乾燥空気曝露後の導電率を示し、「導電率維持率」は初期導電率に対する6時間乾燥空気曝露後の導電率の維持割合(%)を示す。
また、表1の生成相の項目において、「A」は立方晶系Argyrodite型結晶構造のLi7-x-2yPS6-x-yClx相を示し、「A+LiPS」とは、該Li7-x-2yPS6-x-yClx相とLiPS相の混合相を示す。また、「A+LiPS(小)」とは、XRDチャートにおいて、LiPSが確認されたものの、そのピーク強度が、Li7-x-2yPS6-x-yClxのピーク強度の3%未満であることを示している。
【0045】
【表1】
【0046】
上記表1の結果及びこれまで行ってきた試験結果から、組成式:Li7-x-2yPS6-x-yClxで表される化合物において、0.8≦x≦1.7であり、0<y≦−0.25x+0.5を満足すれば、乾燥空気暴露後の導電率維持率を50%以上に高めることができ、しかも、乾燥空気暴露後の導電率を1.0×10-3S・cm-1以上に高めることができることが分かった。
【0047】
さらに、1.0≦x≦1.4、及び、0<y≦−0.2x+0.4を満足すれば、乾燥空気暴露後の導電率維持率を70%以上に高めることができ、しかも、乾燥空気暴露後の導電率を2.0×10-3S・cm-1以上に高めることができることも分かった。
【0048】
また、上組成式(1)において、0.25≧[y/(2−x)]であれば、耐水性及び耐酸化性がさらに向上させることができることも分かった。そして、かかる観点から、0.25>[y/(2−x)]であるのがさらに好ましく、その中でも0.20≧[y/(2−x)]であるのがさらに好ましく、その中でも特に0.15≧[y/(2−x)]であれば、耐水性及び耐酸化性をさらに向上させることができることも分かった。
【0049】
<全固体電池セルの作製と評価>
実施例2、6及び比較例1、5で得られたサンプルを固体電解質として用いて正極合材、負極合材を調製し、全固体電池を作製して、電池特性評価(1サイクル目充放電容量、効率及びレート特性)を行った。
【0050】
(材料)
正極活物質として、三元系層状化合物であるLiNi0.5Co0.2Mn0.3(NCM)にZrO膜をコートした粉末を用い、負極活物質としてグラファイトを用い、固体電解質粉末として実施例及び比較例で得たサンプルを用いた。
【0051】
(合材調製)
正極合材粉末は、正極活物質粉末、固体電解質粉末及び導電助剤(アセチレンブラック)粉末を、質量比で60:38:2の割合でボールミル混合することで調製した。
負極合材粉末は、負極活物質粉末、固体電解質粉末を、質量比で50:50の割合でボールミル混合することで調製した。
【0052】
(全固体電池セルの作製)
実施例・比較例で得たサンプル(固体電解質粉末)を用いた正極合材粉末を金型に充填し、500MPaで一軸成形してφ10mmの正極合材ペレットを作製した。その後、φ13mmの密閉セル用絶縁筒内に、正極側の電極となるφ13mmのSUS製円柱を入れ、その上の中心に正極合材ペレットを置いた。更にその上に実施例・比較例で得たサンプル(固体電解質粉末)を充填し、200MPaで一軸成形して固体電解質−正極合材の積層ペレットを作製した。続けて固体電解質−正極合材の積層ペレットの上に負極合材粉末充填し、500MPaで一軸成形することで負極合材−固体電解質−正極合材からなる積層ペレット形状の全固体電池素子を作製した。その後、負極の電極となるφ13mmのSUS製円柱を絶縁筒内の積層ペレットの負極合材側から入れ、絶縁筒内に入った全固体電池素子をSUS製の密閉型電池セルに入れて全固体電池セルとした。
この際、上記全固体電池セルの作製においては、全固体電池素子の作製まで平均露点−45℃の乾燥空気で置換されたグローブボックス内で行い、その後の全固体電池セルの作製は十分に乾燥されたArガス(露点−60℃以下)で置換されたグローブボックス内で行った。
【0053】
(電池特性測定)
電池特性測定は、25℃に保たれた環境試験機内に全固体電池セルを入れて充放電測定装置に接続して評価した。この際、上限電圧を4.2VとしたCC−CV方式で充電し、放電は下限電圧を2.5VとしたCC方式で行った。1サイクル目を0.064mA/cm(0.05C)、2サイクル目を0.13mA/cm(0.1C)で充電及び放電した。以後のサイクルは0.13mA/cm(0.1C)で充電し、4サイクル目を0.25mA/cm(0.2C)、5サイクル目を0.64mA/cm(0.5C)、6サイクル目を1.27mA/cm(1C)、7サイクル目を2.54mA/cm(2C)、8サイクル目を3.82mA/cm(3C)、9サイクル目を6.37mA/cm(5C)、及び10サイクル目で12.7mA/cm(10C)で放電した。レート特性は、2サイクル目の放電容量を100%として、各サイクルの放電容量をもとに容量維持率を算出した。表2には1サイクル目の充放電容量及びレート特性の結果を示す。
【0054】
【表2】
【0055】
NCMなどの層状構造を有する正極活物質を用いると、不可逆容量を有するため、1サイクル目の充電容量に対して、(1サイクル目の)放電容量が低くなることが知られている。しかし、実施例2及び6のサンプルを用いた全固体電池は、1サイクル目の放電容量が高く、またレート特性も非常に良好であり、12.7mA/cm(10C)でも放電可能であった。これらの全固体電池用いた固体電解質は、イオン導電率が高く、かつ耐水性及び耐酸化性が高いため、乾燥空気雰囲気で全固体電池を作製しても固体電解質が劣化せず、高いイオン導電率が維持できたため、電池特性としても高い性能を発現しているものと考えられる。
一方、比較例1及び5のサンプルを用いた全固体電池は、実施例2及び6のサンプルで作製した全固体電池と比較すると、1サイクル目の放電容量が低くなった。またレート特性も6.37mA/cm(5C)以上では放電しなかった。
これらの全固体電池で用いた固体電解質は、耐水性及び耐酸化性が低いため、乾燥空気雰囲気で全固体電池を作製すると劣化し、イオン導電率が低下してしまう。このような固体電解質を全固体電池に用いると、作製した全固体電池の内部抵抗は高くなってしまう。このような全固体電池を放電しても電圧降下が大きいことから、すぐに下限電圧に達してしまう。そのため、低いレートにおいても放電容量が小さく、更に高いレートにおいては放電できないものと考えられる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6