(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、デュアルクラッチ式変速機の変速動作時間及びプレシフト動作時間は、変速機内部の摩擦(フリクション)に依存して変化する。例えば、変速機ケースの内部に封入された潤滑油の粘度は低温時に増加し、回転体が潤滑油を引き摺り上げる引き摺り抵抗や摺動部分の摩擦抵抗が増加して変速動作に影響を及ぼす。この変動要因により、変速動作時間やプレシフト動作時間が延びたり、変速動作やプレシフト動作の開始タイミングが遅延したりして、ドライバビリティの低下するおそれがある。例えば、発進直後のシフトアップ変速動作でプレシフト動作時間が延びて次の変速動作の開始に間に合わなくなると、結果的に変速動作が遅延することになり円滑な加速を行えなくなる。
【0008】
また、変速動作時間及びプレシフト動作時間に影響する変動要因は、変速機内の摩擦を左右する温度だけでなく、車両発進後の走行時間も該当する。すなわち、車両発進の直後には、潤滑油の温度が低いことに加え、変速機ケースの底部に滞留している潤滑油が変速機内の各部に行き渡っておらず、摩擦が大きい。そして、或る程度の走行時間が経過すると変速機が暖機され、潤滑油の温度が上昇して各部に行き渡り摩擦が小さくなる。さらには、車両の総走行距離も変動要因に該当する。つまり、経年使用による総走行距離の増加につれて変速機内の各部が摩耗し、摺動面に荒れが発生したり、ガタが生じたりして摩擦が大きくなる。このような変動要因の影響を低減することで、ドライバビリティを維持及び向上することができる。
【0009】
本発明は上記背景技術の問題点に鑑みてなされたものであり、変速機内の摩擦を左右する温度などの変動要因を考慮してプレシフト動作の実行タイミングを適正化することにより、ドライバビリティ(運転しやすさ、操縦性)を維持及び向上する車両用デュアルクラッチ式変速機を提供することを解決すべき課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の車両用デュアルクラッチ式変速機は、動力源の回転軸に回転連結された継合状態と前記動力源から切断された切断状態とを独立して切り替え可能である第1クラッチ及び第2クラッチと、前記第1クラッチにより前記動力源に継断可能に回転連結される第1入力軸と、前記第2クラッチにより前記動力源に継断可能に回転連結される第2入力軸と、駆動輪に回転連結された出力軸と、前記第1入力軸と前記出力軸との間に設けられて、複数の変速段を構成するとともに1組を選択的に噛合結合可能とする複数の歯車組を有する第1変速機構と、前記第2入力軸と前記出力軸との間に設けられて、複数の変速段を構成するとともに1組を選択的に噛合結合可能とする複数の歯車組を有する第2変速機構と、前記第1クラッチ、前記第2クラッチ、前記第1変速機構、及び前記第2変速機構を制御する制御部と、を備える車両用デュアルクラッチ式変速機であって、前記制御部は、車両の状態に基づいて適正な変速段を選択する変速段選択手段と、前記適正な変速段が選択されると、現在の変速段から前記適正な変速段に向けての変速動作を制御し、前記適正な変速段を構成する歯車組が噛合結合していないときにトルク伝達可能に噛合結合させ、前記適正な変速段に回転連結される前記第1または前記第2クラッチを前記継合状態とする変速実行手段と、プレシフト動作時間に影響する変動要因を検出し、検出した変動要因に基づいてプレシフト動作の実行タイミングを可変に前出しする前出し調整量を求めるプレシフト調整手段と、前記前出し調整量を考慮して前記第1変速機構及び前記第2変速機構のうち前記現在の変速段を含まない一方の変速機構に含まれる変速段のなかで次に適正となることが予測される変速段をプレシフト変速段として選択するプレシフト選択手段と、前記プレシフト変速段が選択されると、前記プレシフト変速段に回転連結される前記第1または前記第2クラッチを前記切断状態とし、前記プレシフト変速段を構成する歯車組をトルク伝達可能に噛合結合させるプレシフト実行手段と、を有
し、前記プレシフト調整手段は、前記変動要因として前記第1変速機構及び前記第2変速機構の内部の摩擦を増減させる温度を含み、変速機の内部油温、内部気温、及び変速機の周囲温度のいずれかを検出し、予め把握されたプレシフト動作時間の温度依存性に基づいて、検出した温度におけるプレシフト動作時間を推定し、推定したプレシフト動作時間が標準的なプレシフト動作時間よりも大きくなったときの増加分に相当する前出し調整量を、変速線図に車速の変化量で表す。
【0013】
また、前記プレシフト調整手段は、前記変動要因として車両発進後の走行時間を含み、前記走行時間が短いほど前記前出し調整量を大きく設定するようにしてもよい。
【0014】
また、前記プレシフト調整手段は、前記変動要因として車両の総走行距離を含み、前記総走行距離が大きいほど前記前出し調整量を大きく設定するようにしてもよい。
【0015】
さらに、前記動力源はエンジンであり
、前記プレシフト選択手段は、前記車速の変化量を考慮して車速及び前記エンジンのスロットル開度の関数で表現される
前記変速線図のプレシフト線を補正し、補正に基づいて前記プレシフト変速段を選択することが好ましい。
【発明の効果】
【0016】
本発明の車両用デュアルクラッチ式変速機で、制御部は、変速段選択手段、変速実行手段、プレシフト調整手段、プレシフト選択手段、及びプレシフト実行手段を有している。そして、プレシフト調整手段は、
変動要因として温度を含み、変速機の内部油温、内部気温、及び変速機の周囲温度のいずれかを検出し、予め把握されたプレシフト動作時間の温度依存性に基づいて、検出した温度におけるプレシフト動作時間を推定し、推定したプレシフト動作時間が標準的なプレシフト動作時間よりも大きくなったときの増加分に相当する前出し調整量を、変速線図に車速の変化量で表す。したがって、
潤滑油が低温で変速機内の摩擦が大きいときのプレシフト動作時間の増加に応じて、
変速線図で前出し調整量が可変に調整され、プレシフト動作の実行タイミングが適正化される。これにより、プレシフト動作に続く変速動作が遅れたりするおそれが低減され、
温度の変動に影響されずにドライバビリティ(運転しやすさ、操縦性)を維持できる。
【0019】
また、変動要因として車両発進後の走行時間を含み、走行時間が短いほど前出し調整量を大きく設定する態様では、発進直後に変速機内の摩擦が大きい影響を抑制できる。加えて、潤滑油の温度に対する調整と併せて実施することにより、ドライバビリティを維持及び向上できる。
【0020】
また、変動要因として車両の総走行距離を含み、総走行距離が大きいほど前出し調整量を大きく設定する態様では、経年使用による変速機内の摩擦の増加の影響を抑制できる。加えて、潤滑油の温度に対する調整と併せて実施することにより、ドライバビリティを維持及び向上できる。
【0021】
さらに、動力源をエンジンとし
、車速の変化量を考慮して
変速線図のプレシフト線を補正する態様では、プレシフト動作の実行タイミングの前出し調整量を正確かつ簡易に設定することができる。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明を実施するための実施形態を、
図1〜
図9を参考にして説明する。
図1は、本発明の実施形態の車両用デュアルクラッチ式変速機1を示すスケルトン図である。車両用デュアルクラッチ式変速機1は、前進5速後進1速の変速段を選択して、エンジン91の出力トルクをデファレンシャル装置93へ継断可能に伝達する装置である。車両用デュアルクラッチ式変速機1は、第1クラッチ21及び第2クラッチ22、第1入力軸31、第2入力軸32、出力軸4、第1変速機構5、第2変速機構6、及び制御部7などにより構成されている。
【0024】
第1クラッチ21及び第2クラッチ22は、動力源であるエンジン91の出力軸92に回転連結された継合状態とエンジン91から切断された切断状態とを独立して切り替える部位である。第1クラッチ21及び第2クラッチ22には、クラッチアクチュエータ23によって駆動される摩擦クラッチを用いることができ、クラッチアクチュエータ23としてサーボモータや油圧駆動機構などを用いることができる。第1クラッチ21及び第2クラッチ22は、制御部7からの指令でクラッチアクチュエータ23が動作して摩擦継合力が調整され、伝達されるそれぞれのクラッチトルクTc1、Tc2が独立して制御されるようになっている。
【0025】
第1入力軸31は、第1クラッチ21によりエンジン91に継断可能に回転連結される軸部材である。また、第2入力軸は、第2クラッチ22によりエンジン91に継断可能に回転連結される軸部材である。第1入力軸31は棒状とされ、第2入力軸32は筒状とされて、同軸内外に配置されている。第1入力軸31の図中右端は第1クラッチ21の出力側部材に連結され、図中左端は第2入力軸32を通り抜けて突き出し、ボールベアリング36に軸支されている。第2入力軸2の図中右端は第2クラッチ22の出力側部材に連結され、中央部はボールベアリング37に軸支されている。
【0026】
出力軸4は、図略の駆動輪に回転連結された軸部材であり、第1入力軸31及び第2入力軸32の図中下側に平行に配置されている。出力軸4は、その両端をテーパードローラーベアリング46、47により軸支されている。出力軸4の一方のテーパードローラーベアリング46に近接して出力ギヤ48が固定して設けられ、出力ギヤ48はデファレンシャル装置93に噛合している。したがって、出力軸4は、デファレンシャル装置93を介して駆動輪にトルクを伝達出力するようになっている。
【0027】
第1変速機構5は、第1入力軸31と出力軸4との間に設けられて、第1速、第3速、及び第5速の奇数速変速段を構成するとともに1組を選択的に噛合結合可能とする3組の歯車組51、53、55を有する機構である。詳述すると、第1入力軸31の図中左側から順番に、第1速駆動ギヤ51Aが固設され、第3速駆動ギヤ53Aが遊転可能に設けられ、第5速駆動ギヤ55Aが遊転可能に設けられている。一方、出力軸4の対向する箇所には第1速従動ギヤ51Pが遊転可能に設けられ、第3速従動ギヤ53Pが固設され、第5速従動ギヤ55Pが固設されている。
【0028】
第1速駆動ギヤ51A及び第1速従動ギヤ51Pは常時噛合しており、第1速変速段を構成する第1速歯車組51となっている。第1速用シンクロメッシュ機構81(同期装置)のスリーブS1により第1速従動ギヤ51Pが出力軸4に対して回転連結されると、第1速歯車組51は噛合結合してトルクの伝達が可能となる。同様に、第3速駆動ギヤ53A及び第3速従動ギヤ53Pは常時噛合しており、第3速変速段を構成する第3速歯車組53となっている。第3−5速用シンクロメッシュ機構82のスリーブS35により第3速駆動ギヤ53Aが第1入力軸31に対して回転連結されると、第3速歯車組53は噛合結合してトルクの伝達が可能となる。さらに、第5速駆動ギヤ55A及び第5速従動ギヤ55Pは常時噛合しており、第5速変速段を構成する第5速歯車組55となっている。第3−5速用シンクロメッシュ機構82のスリーブS35により第5速駆動ギヤ55Aが第1入力軸31に対して回転連結されると、第5速歯車組55は噛合結合してトルクの伝達が可能となる。第1速歯車組51、第3速歯車組53、及び第5速歯車組55は、図略のインターロック機構によりいずれか1組のみが選択的に噛合結合されるようになっている。
【0029】
第2変速機構6は、第2入力軸32と出力軸4との間に設けられて、第2速及び第4速の偶数速変速段を構成するとともに1組を選択的に噛合結合可能とする2組の歯車組62、64を有する機構である。詳述すると、第2入力軸32の図中左側から順番に、第4速駆動ギヤ64及び第2速駆動ギヤ62Aが固設されている。一方、出力軸4の対向する箇所には第4速従動ギヤ64P及び第2速従動ギヤ62Pが遊転可能に設けられている。
【0030】
第4速駆動ギヤ64A及び第4速従動ギヤ64Pは常時噛合しており、第4速変速段を構成する第4速歯車組64となっている。第2−4速用シンクロメッシュ機構83のスリーブS24により第4速従動ギヤ64Pが出力軸4に対して回転連結されると、第4速歯車組64は噛合結合してトルクの伝達が可能となる。同様に、第2速駆動ギヤ62A及び第2速従動ギヤ62Pは常時噛合しており、第2速変速段を構成する第2速歯車組62となっている。第2−4速用シンクロメッシュ機構83のスリーブS24により第2速従動ギヤ62Pが出力軸4に対して回転連結されると、第2速歯車組62は噛合結合してトルクの伝達が可能となる。第4速歯車組64及び第2速歯車組62は、第2−4速用シンクロメッシュ機構83によりどちらか1組が選択的に噛合結合されるようになっている。
【0031】
なお、図には省略されているが、後進変速段には従来の歯車組の構成を適宜用いることができる。
【0032】
制御部7は、第1クラッチ21、第2クラッチ22、第1変速機構5、及び第2変速機構6を制御する部位である。すなわち、制御部7は、エンジン91の動作状態や車速などの各種情報を取得し、クラッチアクチュエータ23及び3つのシンクロメッシュ機構81、82、83を関連付けて制御する。制御部7は、マイコンを内蔵してソフトウェアで動作する電子制御装置(ECU)を用いて構成することができる。また、制御部7は、複数の電子制御装置(ECU)が連携して協調制御を行うようにして構成することもできる。制御部7は、変速段選択手段71、変速実行手段72、プレシフト調整手段73、プレシフト選択手段74、及びプレシフト実行手段75の各機能手段を有しており、以下に詳述する。
【0033】
変速段選択手段71は、車両の状態に基づいて適正な変速段を選択する手段である。車両の状態としては、変速機1の現在噛合結合している変速段、車速、エンジン91のスロットル開度などを参照する。変速段選択手段71は、後述する変速線に基づいて適正な変速段を選択する。つまり、車両の状況を示す動作ポイントが或る変速段の変速線を横切ったときに、当該の変速段を選択する。
【0034】
変速実行手段72は、適正な変速段が選択されると、現在の変速段から適正な変速段に向けての変速動作を制御する手段である。変速実行手段72は、まず、適正な変速段を構成する歯車組が噛合結合していないときに、いずれかのシンクロメッシュ機構を制御して適正な変速段をトルク伝達可能に噛合結合させる。なお、この動作は、当該の歯車組がプレシフト実行手段75により既に噛合結合されていれば不要である。変速実行手段72は、次に、適正な変速段に回転連結される第1クラッチ21または第2クラッチ22を継合状態とする。そして通常、これに同期して他側のクラッチを切断状態とし、トルクの架け替え動作を行う。
【0035】
プレシフト調整手段73は、プレシフト動作時間に影響する変動要因を検出し、検出した変動要因に基づいてプレシフト動作の実行タイミングを可変に前出しする前出し調整量を求める手段である。変動要因としては第1変速機構5及び第2変速機構6の内部の摩擦を増減させる温度を考慮し、変速機1の内部油温、内部気温、及び変速機1の周囲温度のいずれかを検出する。温度を検出するために、変速機1の近傍あるいは内部に温度センサを設けることができる。
【0036】
例えば、変速ケースの底部の内面あるいは外面に油温センサを設けることができる。また、既存の温度センサの検出結果を流用し、あるいは検出結果に補正を加えて変速機1の温度を推定するようにしてもてもよい。例えば、エンジン91と変速機1が同じエンジンルーム内に配設されているときには、エンジン91に設けられている吸気温度センサの検出結果により、変速機1の周囲温度を推定できる。
【0037】
変速機1の温度が低いとき、内部に封入された潤滑油の粘度は大きく、各歯車組51、53、55、62、64における歯の噛み合い摩擦が増加し、各ベアリング36、37、46、47の軸受摩擦が増加する。また、シンクロメッシュ機構81〜83が動作するときに、同期に達するまでの同期所要時間が増加する。逆に、温度が高いとき、潤滑油の粘度が小さくなって、変速機1内の噛み合い摩擦や軸受摩擦が減少し、シンクロメッシュ機構81〜83の同期所要時間が減少する。
【0038】
この結果、
図2に示されるように、プレシフト動作時間tpが増減変化する。
図2は、プレシフト動作時間tpの温度依存性を定性的に示した図であり、横軸は変速機1の温度T、縦軸はプレシフト動作時間tpである。
図2に示される関係は、実験やシミュレーション、理論解析などによって把握することができる。図示されるように、変速機1の温度Tが低下するにつれて、プレシフト動作時間tpの増加が顕著になる。これに対してプレシフト調整手段73は、検出した温度Tが低いほど前出し調整量を大きく設定し、さらには、後述するように、プレシフト動作時間tpが増加する増加分に相当する前出し調整量を求めて設定する。
【0039】
プレシフト選択手段74は、前出し調整量を考慮して第1変速機構5及び第2変速機構6のうち現在の変速段を含まない一方の変速機構に含まれる変速段のなかで次に適正となることが予測される変速段をプレシフト変速段として選択する手段である。プレシフト選択手段74は、後述するように、変速線と同じ座標軸上に表現されるプレシフト線に基づくとともに、前出し調整量による補正を考慮してプレシフト変速段を選択する。つまり車両の状況を示す動作ポイントが或る変速段の補正後のプレシフト線を横切ったときに、当該の変速段をプレシフト変速段として選択する。
【0040】
プレシフト実行手段75は、プレシフト変速段が選択されると、プレシフト変速段に回転連結される第1クラッチ21または第2クラッチ22を切断状態とし、いずれかのシンクロメッシュ機構を制御してプレシフト変速段をトルク伝達可能に噛合結合させる手段である。換言すれば、プレシフト実行手段75は、現在トルクを伝達していない側のクラッチを切断状態にしておいて、次に適正となることが予測される変速段の歯車組を予め噛合結合させる手段である。これにより、次の変速動作では、直ちに2つのクラッチ21、22によるトルクの架け替え動作を行えて、変速動作時間を大幅に短縮できる。
【0041】
次に、変速線及びプレシフト線について説明する。
図3の(1)は、一般的な車両用デュアルクラッチ式変速機の変速線及びプレシフト線を例示した図であり、(2)はプレシフト線の求め方を説明する図である。また、
図4は、実施形態の車両用デュアルクラッチ式変速機1で行うプレシフト線の前出し補正の方法を説明する図である。
図3及び
図4には、第2速で走行していて第3速にシフトアップ変速動作を行う場合が例示されており、他の変速段への変速動作についても同様の考え方を適用する。
【0042】
図3の(1)で横軸は車速ω、縦軸はエンジン91のスロットル開度Aである。図中に第2速から第3速への変速動作の開始を判定する2→3変速線が実線で示され、第1速から第3速へのプレシフト動作の開始を判定する1→3プレシフト線が一点鎖線で示されている。2→3変速線は、図示されるように2箇所で折れ曲がる折れ線で表現されている。すなわち、スロットル開度Aが小さい領域で、車速ωは小さな一定値とされ、2→3変速線は垂直線で示される。スロットル開度Aが中程度の領域で、車速ωはスロットル開度Aの増加につれて漸増し、2→3変速線は右上がりの斜線で示される。スロットル開度Aが大きい領域で、車速ωは大きな一定値とされ、2→3変速線は垂直線で示される。このような変速線は、1つのクラッチのみを有する自動変速機にも用いられるものであり、エンジン91や変速機1の特性に基づき、良好な燃費やドライバビリティの向上などを目的として設定される。
【0043】
一方、プレシフト線は、1つのクラッチのみを有する自動変速機では用いられず、デュアルクラッチ式変速機で用いられる。
図3の(1)に示されるように、1→3プレシフト線は、2→3変速線よりも低車速側に偏移し、2箇所で折れ曲がる類似した形状の折れ線で示されている。例えば、スロットル開度A1を想定したとき、1→3プレシフト線上のP1点の車速ω2は、2→3変速線上のQ1点の車速ω1よりも変化量Δω1だけ低車速側に偏移して設定される。この車速ω2及び変化量Δω1の求め方が、
図3の(2)に示されている。
【0044】
図3の(2)で横軸は共通の時間t、グラフは上から順番に第2速で走行中における車速ω、エンジン91の出力トルクTe及びスロットル開度Aである。図示されるように、スロットル開度A=A1で一定かつ出力トルクTe=Te1で一定の条件下で、車両は一定の加速性能を有し時間tの経過とともに車速ωは増加する。ここで、車速ωがQ1点に相当する車速ω1に到達するタイミングを時刻t2とすると、時刻t2よりもプレシフト動作時間tp1だけ早い時刻t1における車速ω2を以って1→3プレシフト線のスロットル開度A1におけるP1点の値とする。つまり、プレシフト動作時間tp1中(時刻t1〜t2)の車速の変化量Δω1(=ω1−ω2)だけ、P1点はQ1点よりも低車速側に位置する。
【0045】
プレシフト動作時間tp1は実際には各種の変動要因の影響によって変化し得るが、従来技術では通常、標準的なプレシフト動作時間を設定してプレシフト線を画一的に確定していた。
【0046】
一方、本実施形態では、プレシフト動作時間tp2が大きくなったときに、プレシフト線を前出し補正する。つまり、
図4の(1)に例示されるように、スロットル開度A1において、1→3プレシフト線上のP1点でなく、低車速側に前出ししたP2点でプレシフト動作の開始を判定する。
図4の(1)における2→3変速線及び1→3プレシフト線は、
図3の(1)と同一であり、P1点とP2点との間の車速の変化量Δω3の求め方が、
図4の(2)に示されている。
【0047】
図4の(2)で横軸は共通の時間t、グラフは上から順番に第2速で走行中における車速ω、エンジン91の出力トルクTe及びスロットル開度Aであり、グラフの形状は
図3の(2)と同じである。ただし、図示されるように、プレシフト動作時間tp2が
図3の(2)のプレシフト動作時間tp1よりも長くなっている点が異なる。このため、時刻t2よりもプレシフト動作時間tp2だけ早い時刻t3は、
図3の(2)の時刻t1よりも早くなる。ここで、プレシフト動作時間tp2中(時刻t3〜t2)の車速の変化量Δω2(=ω1−ω3)だけ、P2点はQ1点よりも低車速側に位置する。また、P1点とP2点との間の車速の変化量Δω3は、Δω3=Δω2−Δω1で求められる。
【0048】
前述のプレシフト調整手段73は、
図2の関係を用いて変速機1の温度Tからプレシフト動作時間tpを求める。本実施形態で、プレシフト調整手段73は、
図2に示される変速機1の温度Tとプレシフト動作時間tpとの関係を一覧表に整理したプレシフト動作時間マップを保持し、マップを用いてプレシフト動作時間tpを求める。なお、プレシフト動作時間マップに限定されず、推定計算式などの別法を用いてもよい。さらに、プレシフト調整手段73は、
図4の関係を用いてプレシフト動作時間tpの増加分に相当する前出し調整量を車速の変化量で表す。例えば、プレシフト調整手段73は、
図4のプレシフト動作時間tp2に対応して、前出し調整量を車速の変化量Δω3で表す。
【0049】
また、前述のプレシフト選択手段74は、前出し調整量を表す車速の変化量を考慮してプレシフト変速段を選択する。例えば、プレシフト選択手段74は、
図4の変化量Δω3を考慮し、車両の状況を示す動作ポイントがP2点を図の左方から右方に横切ったときに、第3速をプレシフト変速段として選択する。
【0050】
ところで、
図4の(1)における2→3変速線及び1→3プレシフト線は確定しているが、P2点の位置は車両の状況に応じて変化する。したがって、プレシフト調整手段73及びプレシフト選択手段74は、走行中に逐次プレシフトの制御演算を行う。
図5は、制御部7が行うプレシフトの制御演算フローを示すフローチャートである。
【0051】
図5のステップS1で、制御部7は、エンジン91の出力トルクTeに変速機1の現在の変速ギヤ比Gを乗算して車軸トルクTdを演算する。なお、出力トルクTeは実測されていない場合が多いので、スロットルバルブの開度などの情報から推定する。次にステップS2で、プレシフト動作時間マップを用いてプレシフト動作時間tpを推定する。次にステップS3で、プレシフト動作時間tpが長引いたことによる車速の変化量Δω3を演算する。変化量Δω3は、車軸トルクTdに長引いた時間(=プレシフト動作時間tp−標準動作時間tp0)を乗算し、車両慣性Jで除算して求める。
【0052】
次にステップS4で、プレシフト動作時間tpが長引いていないときの標準のプレシフト車速ω2をプレシフト線から読み取る。次にステップS5で、標準のプレシフト車速ω2から変化量Δω3を減算して実際のプレシフト車速ω3を演算する。次のステップS6で、プレシフト動作の開始の判定(プレシフト判定)を行う。すなわち、現在の車速ωがプレシフト車速ω3以上になっているか否か調査し、条件が満たされるとステップS7に進んでプレシフト動作を実行する。その後、プレシフトの候補となる変速段などの条件を設定変更してステップS1に戻る。また、ステップS6で条件が満たされないときには直ちにステップS1に戻る。これでプレシフトの制御演算の1サイクルが終了し、以降繰り返される。
【0053】
次に、実施形態の車両用デュアルクラッチ式変速機1の変速動作及びプレシフト動作について、従来技術と比較しながら説明する。
図6は、実施形態における第2速から第4速までのシフトアップ変速動作のタイムチャートを例示した図であり、(1)は変速機1の温度Tが低い場合、(2)は変速機1の温度Tが高い場合を示している。また、
図7は、従来技術における第2速から第4速までのシフトアップ変速動作のタイムチャートを例示した図であり、(1)は変速機の温度が低い場合、(2)は変速機の温度が高い場合を示している。
【0054】
図6の(1)及び(2)、
図7の(1)及び(2)は共通の様式で表示されており、横軸は共通の時間軸、チャートは上側から順番に変速段、第1及び第2変速機構5、6のプレシフト変速段、エンジン91の出力軸92の回転数Neならびに第1及び第2入力軸31、32の回転数Ni1、Ni2をそれぞれ示している。変速段及びプレシフト変速段のチャートは、変速段が選択された時点では破線で表示され、実際に切り替わった時点で実線に変更表示されている。
【0055】
また、エンジン91の出力軸92の回転数Neは実線で示され、第1及び第2入力軸31、32の回転数Ni1、Ni2は破線で示されている。したがって、実線の回転数Neが破線のNi1、Ni2の一方に重なっているときは、第1及び第2クラッチ31、32の一方が継合状態とされ、他方が切断状態とされた状態である。また、実線の回転数Neが2つの破線のNi1、Ni2の中間に位置するときは、第1及び第2クラッチ31、32の両方が継合状態とされて、トルクの架け替え動作が行われている状態である。
【0056】
変速機1の温度Tが高いときの
図6の(2)において、時刻t10で、第1クラッチ21が切断状態とされ、第2クラッチ22が継合状態とされ、第2速歯車組62が噛合結合されて、第2速で走行している。そして、時刻t11でプレシフト変速段として第3速が選択されると、プレシフト動作時間tp3をかけて第3速歯車組53が噛合結合され、時刻t12でプレシフト動作が終わる。次に、時刻t13で変速段として第3速が選択されると、第2クラッチ22から第1クラッチ21へトルクの架け替え動作が行われ、時刻t14で変速動作が終わる。
【0057】
その後、時刻t15でプレシフト変速段として第4速が選択されると、プレシフト動作時間tp4をかけて第4速歯車組64が噛合結合され、時刻t16でプレシフト動作が終わる。次に、時刻t17で変速段として第4速が選択されると、第1クラッチ21から第2クラッチ22へトルクの架け替え動作が行われ、時刻t18で変速動作が終わる。
【0058】
また、変速機1の温度Tが低いときの
図6の(1)において、プレシフト調整手段73の機能により、プレシフト動作時間tp5が増加した分だけプレシフト動作の実行タイミングが前出しされる。したがって、
図6の(2)の時刻t11よりも早い時刻t11fでプレシフト変速段として第3速が選択される。これにより、長いプレシフト動作時間tp5をかけて第3速歯車組53が噛合結合され、プレシフト動作が終わる時刻t12は
図6の(2)と同じになる。
【0059】
さらに、第4速へのプレシフト動作も同様であり、プレシフト動作時間tp6が増加した分だけ前出しされた時刻t15fでプレシフト変速段として第4速が選択される。そして、長いプレシフト動作時間tp6をかけて第4速歯車組64が噛合結合され、プレシフト動作が終わる時刻t16は
図6の(2)と同じになる。
【0060】
一方、従来技術で変速機の温度が高いときの
図7の(2)は
図6の(2)に一致し、温度の低いときの
図7の(1)が
図6の(1)と異なっている。
図7の(1)において、従来技術ではプレシフト線の補正を行わないので、
図7の(2)と同じ時刻t11でプレシフト変速段として第3速が選択される。これにより、長いプレシフト動作時間tp5をかけて第3速歯車組53が噛合結合され、プレシフト動作が終わる時刻t12rは
図7の(2)の時刻t12から遅延する。この遅延は以降の動作に影響し、変速段として第3速が選択される時刻t13rや、変速動作が終わる時刻t14rも
図7の(2)から遅延する。
【0061】
その後、時刻t15rでプレシフト変速段として第4速が選択されると、長いプレシフト動作時間tp6をかけて第4速歯車組64が噛合結合されるので、プレシフト動作が終わる時刻t16rは一層顕著に遅延する。この顕著な遅延は以降の動作に影響し、変速段として第4速が選択される時刻t17rや、変速動作が終わる時刻t18rも
図7の(2)から一層顕著に遅延する。
【0062】
以上説明したように、本実施形態で、変速機1の温度Tが高いときには従来技術と同じ変速動作及びプレシフト動作を行い、変速機1の温度Tが低いときにプレシフト動作時間tpの増加分に相当するだけプレシフト線を前出し補正して、プレシフト動作の実行タイミングを前出しする。
【0063】
実施形態の車両用デュアルクラッチ式変速機1によれば、プレシフト動作時間ptに影響する変動要因として変速機1の温度Tを考慮し、プレシフト動作時間ptの増加分だけプレシフト動作の開始タイミングを可変に前出しするので、終了タイミングが適正化される。これにより、プレシフト動作に続く変速動作が遅れたりするおそれがなくなり、ドライバビリティ(運転しやすさ、操縦性)を維持できる。
【0064】
さらに、動力源をエンジン91とし、前出し調整量を車速の変化量Δω3で表し、車速の変化量Δω3を考慮してプレシフト線を補正するので、プレシフト動作の実行タイミングの前出し調整量を正確かつ簡易に設定することができる。
【0065】
次に、実施形態を応用した応用形態の車両用デュアルクラッチ式変速機について説明する。プレシフト動作時間に影響する変動要因は、変速機内の摩擦を左右する温度だけでなく、車両発進後の走行時間や車両の総走行距離も該当する。応用形態は、実施形態と同じ装置構成を備えつつ、温度に加えてこれらの変動要因も考慮してプレシフト動作時間の増加分を推定し、プレシフト実行タイミングの前出し調整量を設定する。
【0066】
図8は、応用形態で考慮する変動要因である車両発進後の走行時間trとプレシフト動作時間tpの増加分Δtp1との関係を示した図である。図示されるように、車両発進の直後は、潤滑油の温度が低いことに加え変速機ケースの底部に滞留している潤滑油が変速機内の各部に行き渡っていないので、増加分Δtp1が大きい。そして、図示されるように、或る程度の走行時間tr1が経過すると変速機が暖機され、潤滑油の温度が上昇して各部に行き渡り、増加分Δtp1が概ね無くなる。
【0067】
また、
図9は、応用形態で考慮する変動要因である車両の総走行距離Lとプレシフト動作時間tpの増加分Δtp2との関係を示した図である。
図9の(1)に示されるように、経年使用による総走行距離Lの増加につれて、変速機内の各部が摩耗するため、プレシフト動作時間tpの増加分Δtp2が大きくなる。なお、増加分Δtp2は、
図9の(2)に示されるように、段階的な変化で近似するようにしてもよい。
【0068】
図8及び
図9に示されるプレシフト動作時間tpの増加分Δtp1、Δtp2は、実験やサンプル調査、シミュレーションや理論解析などによって把握することができる。応用形態において、プレシフト調整手段73は、変速機1の温度Tの影響を考慮することに加えて、車両発進後の走行時間tr及び車両の総走行距離Lの少なくとも一方を考慮し、増加分Δtp1及び増加分Δtp2の少なくとも一方を加算してプレシフト動作時間tpを推定する。
【0069】
応用形態の車両用デュアルクラッチ式変速機によれば、変動要因として車両発進後の走行時間や車両の総走行距離を考慮してプレシフト動作の前出し調整量を設定する。したがって、変速機の暖機の影響や経年使用の影響を抑制でき、潤滑油の温度に対する調整と併せて実施することにより、ドライバビリティを維持及び向上できる。
【0070】
なお、実施形態で説明したように、第1及び第2変速機構5、6の一方に奇数速変速段を構成し、他方に偶数速変速段を構成することが好ましいが、限定はされない。また、第1及び第2入力軸31、32や出力軸4以外にカウンタ軸や副軸などを備えて変速段を構成した変速機でも、本発明を実施することができる。その他、本発明は様々な応用や変形が可能である。