特許第5874108号(P5874108)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社リガクの特許一覧

<>
  • 特許5874108-蛍光X線分析装置 図000002
  • 特許5874108-蛍光X線分析装置 図000003
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5874108
(24)【登録日】2016年1月29日
(45)【発行日】2016年3月2日
(54)【発明の名称】蛍光X線分析装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 23/223 20060101AFI20160218BHJP
【FI】
   G01N23/223
【請求項の数】2
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2012-71535(P2012-71535)
(22)【出願日】2012年3月27日
(65)【公開番号】特開2013-205080(P2013-205080A)
(43)【公開日】2013年10月7日
【審査請求日】2014年11月10日
(73)【特許権者】
【識別番号】000250339
【氏名又は名称】株式会社リガク
(74)【代理人】
【識別番号】100087941
【弁理士】
【氏名又は名称】杉本 修司
(74)【代理人】
【識別番号】100086793
【弁理士】
【氏名又は名称】野田 雅士
(74)【代理人】
【識別番号】100112829
【弁理士】
【氏名又は名称】堤 健郎
(72)【発明者】
【氏名】片岡 由行
(72)【発明者】
【氏名】原 真也
(72)【発明者】
【氏名】松尾 尚
【審査官】 田中 洋介
(56)【参考文献】
【文献】 特開平08−240543(JP,A)
【文献】 特開2002−340823(JP,A)
【文献】 松本義朗 他,ガラスビード法による鉄鉱石の鉄分の蛍光X線分析における共存元素補正,分析化学,1988年,Vol.37,pp.T50-T54
【文献】 望月平一,螢光X線分析による鉄鋼分析,鉄と鋼,1974年,Vol.60 No.13,pp.73-78
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 23/00−23/227
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料に1次X線を照射して発生する蛍光X線の強度を測定する蛍光X線分析装置であって、
組成を仮定した複数の試料から発生すべき蛍光X線の理論強度に基づいて、蛍光X線の吸収および励起に関する理論マトリックス補正係数を計算するとともに、組成が既知の標準試料中の成分から発生する蛍光X線の測定強度と、標準試料における成分の含有率とを記憶して、両者の相関関係を、前記理論マトリックス補正係数を用いて補正した検量線として求めて記憶し、分析対象試料中の成分から発生する蛍光X線の測定強度に前記検量線を適用して分析対象試料における成分の含有率を算出する算出手段と、
分析対象試料において含有率が不明として扱われる成分であって、分析対象成分にも加補正成分にもならない残分成分を指定するための残分成分指定手段とを備え、
前記算出手段が、前記残分成分指定手段で残分成分が指定された場合には、前記理論マトリックス補正係数を計算するにあたり、分析対象成分自身を含めて残分成分以外の成分を加補正成分とする蛍光X線分析装置。
【請求項2】
試料に1次X線を照射して発生する蛍光X線の強度を測定する蛍光X線分析装置であって、
組成を仮定した複数の試料から発生すべき蛍光X線の理論強度に基づいて、蛍光X線の吸収および励起に関する理論マトリックス補正係数を計算するとともに、組成が既知の標準試料中の成分から発生する蛍光X線の測定強度と、標準試料における成分の含有率とを記憶して、両者の相関関係を、前記理論マトリックス補正係数を用いて補正した検量線として求めて記憶し、分析対象試料中の成分から発生する蛍光X線の測定強度に前記検量線を適用して分析対象試料における成分の含有率を算出する算出手段と、
分析対象試料において含有率が不明として扱われる成分であって、分析対象成分にも加補正成分にもならない残分成分を指定するための残分成分指定手段と、
分析対象試料の代表組成を設定するための代表組成設定手段とを備え、
前記算出手段が、前記残分成分指定手段で残分成分が指定されていない場合には、前記代表組成設定手段で設定された代表組成における分析対象成分の含有率と20%以上80%以下である所定の含有率とを比較し、その結果、前記代表組成における分析対象成分の含有率が前記所定の含有率以下である場合には、前記理論マトリックス補正係数を計算するにあたり、分析対象成分自身を含めて最も含有率の大きい成分以外の成分を加補正成分とし、前記代表組成における分析対象成分の含有率が前記所定の含有率よりも大きい場合には、前記理論マトリックス補正係数を計算するにあたり、分析対象成分以外の成分を加補正成分とする蛍光X線分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、理論マトリックス補正係数を用いて補正した検量線に基づいて分析対象試料における各成分の含有率を求める蛍光X線分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、蛍光X線分析の検量線法において、共存元素の吸収および励起の影響、いわゆるマトリックス効果についてマトリックス補正を行うにあたっては、標準試料を用いてマトリックス補正係数を実験的に求める方法もあるが、FP法(ファンダメンタルパラメータ法)を用いて蛍光X線の理論強度を計算して理論マトリックス補正係数を求める方法、いわゆるSFP法(セミファンダメンタルパラメータ法)が、係数の信頼性の観点から広く用いられている(特許文献1参照)。ここで、理論マトリックス補正係数に関しては、どのような成分をマトリックス補正項に加補正成分として加えるかによって、複数の補正モデルがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平8−240543号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、分析対象試料の組成とその試料を分析するための適切な補正モデルとの関係については明確でないため、従来の蛍光X線分析装置では、補正モデルが1つしか設定されていないか、複数の補正モデルが搭載されていてもどれに設定するかは操作者に委ねられており、分析対象試料に対して不適切な補正モデルに基づいて正確でない分析が行われるおそれがある。
【0005】
本発明は前記従来の問題に鑑みてなされたもので、分析対象試料に対して適切な補正モデルが設定されて正確な分析ができる蛍光X線分析装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記目的を達成するために、本発明の第1構成は、試料に1次X線を照射して発生する蛍光X線の強度を測定する蛍光X線分析装置であって、算出手段と、分析対象試料における含有率が不明な残分成分を指定するための残分成分指定手段とを備える。前記算出手段は、組成を仮定した複数の試料から発生すべき蛍光X線の理論強度に基づいて、蛍光X線の吸収および励起に関する理論マトリックス補正係数を計算するとともに、組成が既知の標準試料中の成分から発生する蛍光X線の測定強度と、標準試料における成分の含有率とを記憶して、両者の相関関係を、前記理論マトリックス補正係数を用いて補正した検量線として求めて記憶し、分析対象試料中の成分から発生する蛍光X線の測定強度に前記検量線を適用して分析対象試料における成分の含有率を算出する。
【0007】
ここで、前記算出手段は、前記残分成分指定手段で残分成分が指定された場合には、前記理論マトリックス補正係数を計算するにあたり、分析対象成分自身を含めて残分成分以外の成分を加補正成分とする。
【0008】
第1構成の蛍光X線分析装置では、分析対象試料について残分成分が指定された場合に、分析対象成分自身を含めて残分成分以外の成分を加補正成分とすることにより、分析対象試料に対して適切な補正モデルが設定されて正確な分析ができる。
【0009】
本発明の第2構成は、試料に1次X線を照射して発生する蛍光X線の強度を測定する蛍光X線分析装置であって、算出手段と、分析対象試料における含有率が不明な残分成分を指定するための残分成分指定手段と、分析対象試料の代表組成を設定するための代表組成設定手段とを備える。前記算出手段は、組成を仮定した複数の試料から発生すべき蛍光X線の理論強度に基づいて、蛍光X線の吸収および励起に関する理論マトリックス補正係数を計算するとともに、組成が既知の標準試料中の成分から発生する蛍光X線の測定強度と、標準試料における成分の含有率とを記憶して、両者の相関関係を、前記理論マトリックス補正係数を用いて補正した検量線として求めて記憶し、分析対象試料中の成分から発生する蛍光X線の測定強度に前記検量線を適用して分析対象試料における成分の含有率を算出する。
【0010】
ここで、前記算出手段は、前記残分成分指定手段で残分成分が指定されていない場合には、前記代表組成設定手段で設定された代表組成における分析対象成分の含有率と20%以上80%以下である所定の含有率とを比較し、その結果、前記代表組成における分析対象成分の含有率が前記所定の含有率以下である場合には、前記理論マトリックス補正係数を計算するにあたり、分析対象成分自身を含めて最も含有率の大きい成分以外の成分を加補正成分とし、前記代表組成における分析対象成分の含有率が前記所定の含有率よりも大きい場合には、前記理論マトリックス補正係数を計算するにあたり、分析対象成分以外の成分を加補正成分とする。
【0011】
第2構成の蛍光X線分析装置では、分析対象試料について残分成分が指定されない場合に、分析対象試料の代表組成における分析対象成分の含有率と所定の含有率とを比較した結果に基づいて、分析対象成分自身を含めて最も含有率の大きい成分以外の成分を加補正成分とするか、分析対象成分以外の成分を加補正成分とするかを決めることにより、分析対象試料に対して適切な補正モデルが設定されて正確な分析ができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明の一実施形態の蛍光X線分析装置を示す概略図である。
図2】種々の補正モデルに基づく検量線を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の一実施形態の蛍光X線分析装置について、図にしたがって説明する。図1に示すように、この装置は、試料3にX線管などのX線源1から1次X線2を照射して発生する蛍光X線4の強度を検出手段9で測定する蛍光X線分析装置であって、算出手段10と、分析対象試料3Bにおける含有率が不明な残分成分を指定するための残分成分指定手段11と、分析対象試料3Bの代表組成を設定するための代表組成設定手段12とを備える。算出手段10、残分成分指定手段11および代表組成設定手段12は、具体的には、コンピューターおよびそれに接続された入出力機器で構成される。
【0014】
検出手段9は、試料3から発生する2次X線4を分光する分光素子5と、分光された2次X線6ごとにその強度を測定する検出器7で構成される。なお、分光素子5を用いる検出手段9には、測定する2次X線4の波長が固定された固定型と、測定する2次X線4の波長を走査できる走査型とがあるが、必要に応じ、いずれをいくつ備えてもよい。また、分光素子5を用いずに、エネルギー分解能の高い検出器を検出手段とすることもできる。
【0015】
算出手段10は、組成を仮定した複数の試料3から発生すべき蛍光X線4の理論強度に基づいて、蛍光X線4の吸収および励起に関する理論マトリックス補正係数を計算するとともに、組成が既知の標準試料3A中の成分から発生する蛍光X線4の測定強度と、標準試料3Aにおける成分の含有率とを記憶して、両者の相関関係を、前記理論マトリックス補正係数を用いて補正した検量線として求めて記憶し、分析対象試料3B中の成分から発生する蛍光X線4の測定強度に前記検量線を適用して分析対象試料3Bにおける成分の含有率を算出する。
【0016】
また、算出手段10は、第1の加補正成分決定機能を有しており、残分成分指定手段11で残分成分が指定された場合には、前記理論マトリックス補正係数を計算するにあたり、分析対象成分自身を含めて残分成分以外の成分を加補正成分とする。
【0017】
さらに、算出手段10は、第2の加補正成分決定機能も有しており、残分成分指定手段11で残分成分が指定されていない場合には、代表組成設定手段12で設定された代表組成における分析対象成分の含有率と20%以上80%以下である所定の含有率とを比較し、その結果、前記代表組成における分析対象成分の含有率が前記所定の含有率以下である場合には、前記理論マトリックス補正係数を計算するにあたり、分析対象成分自身を含めて最も含有率の大きい成分以外の成分を加補正成分とし、前記代表組成における分析対象成分の含有率が前記所定の含有率よりも大きい場合には、前記理論マトリックス補正係数を計算するにあたり、分析対象成分以外の成分を加補正成分とする。
【0018】
ここで、20%以上80%以下である所定の含有率は、当該蛍光X線分析装置による分析が想定される分析対象試料3Bの組成に応じて適宜決められ、例えば50%である。なお、本願で試料3というときは、標準試料3Aにも分析対象試料3Bにも限定されず、組成を仮定した仮想の試料も含まれる。また、本願で成分というときは、元素のみならず、酸化物などの化合物も含まれる。
【0019】
算出手段10の第1、第2の加補正成分決定機能の意義について、以下に説明する。まず、従来用いられている3つの補正モデルについて説明する。
【0020】
[補正モデルA]
分析対象成分自身を含めて、残分成分以外の成分を加補正成分とする補正モデルである。ここで、残分成分とは、分析対象試料において含有率が不明として扱われる成分であり、分析対象成分にも加補正成分にもならない。この補正モデルAによる検量線は、次式(1)で表される。
【0021】
Wi =(BIi +C)(1+Σαj Wj ) …(1)
【0022】
ここで、iは分析対象成分を、jは加補正成分を表しており、Wi は分析対象成分の含有率、B,Cは検量線定数、Ii は分析対象成分iからの蛍光X線強度、Wj は加補正成分jの含有率、αj は加補正成分jの含有率Wj にかかる理論マトリックス補正係数である。補正モデルAでは、分析対象成分iは加補正成分jに含まれる。試料が2つの成分からなる2元系試料である場合には、補正モデルAによる検量線は、次式(2)になる。
【0023】
Wi =(BIi +C)(1+αi Wi ) …(2)
【0024】
この式(2)で表される、補正モデルAによる2元系試料の検量線について検討する。基本的には、2元系試料の検量線は曲線となるが、主に分析線(分析対象成分からの蛍光X線)に対する分析対象成分と共存成分のX線の吸収の度合いにより、曲線の形状は異なる。分析対象成分よりも共存成分の吸収が大きい場合には、図2にB(1)で示すような曲線に、逆に分析対象成分よりも共存成分の吸収が小さい場合には、B(2)で示すような曲線に、両者の吸収が同程度の場合には、B(3)で示すような曲線になる。これに対し、式(2)の検量線は近似的に直線検量線になり、その基準検量線、すなわちマトリックス補正前のBIi +Cは、式(2)において分析対象成分の含有率Wi が0に近いときにマトリックス補正項αi Wi を含むかっこ内の1+αi Wi がほぼ1となることから、図2の曲線B(1)、B(2)に対して、含有率0からの接線A(1)、A(2)となることが分かる。
【0025】
[補正モデルB]
分析対象成分自身および残分成分以外の成分を加補正成分とする補正モデルである。つまり、分析対象成分自身を加補正成分に含めない点で補正モデルAと異なる。この補正モデルBによる検量線は、次式(3)で表される。
【0026】
Wi =(AIi+BIi +C)(1+Σαj Wj ) …(3)
【0027】
ここで、Aは検量線定数であり、補正モデルBでは、分析対象成分iは加補正成分jに含まれない。試料が2元系試料である場合には、加補正成分jはないため、補正モデルBによる検量線は、次式(4)になる。
【0028】
Wi =AIi+BIi +C …(4)
【0029】
この式(4)で表される、補正モデルBによる2元系試料の検量線は、図2の曲線B(1)、B(2)になる。
【0030】
[補正モデルC]
分析対象成分以外の全成分を加補正成分とする補正モデルである。この補正モデルCによる検量線も、式(1)で表されるが、補正モデルCでは、分析対象成分iは加補正成分jに含まれない。試料が2元系試料である場合には、補正モデルCによる検量線は、次式(5)になる。
【0031】
Wi =(BIi +C)(1+αj Wj ) …(5)
【0032】
この式(5)の検量線は、式(5)において分析対象成分の含有率Wi が100%に近いときにマトリックス補正項αj Wj を含むかっこ内の1+αj Wj がほぼ1となることから、近似的に含有率0%と含有率100%との間を結ぶ直線検量線になり、その基準検量線は、図2の直線Cとなることが分かる。
【0033】
次に、補正モデルAと補正モデルBとの違いについて検討する。補正モデルAによる検量線を示す式(1)において、記号jを分析対象成分自身以外の加補正成分のみ示す記号として書き換えると、次式(6)になる。
【0034】
Wi =(BIi +C)(1+αi Wi +Σαj Wj ) …(6)
【0035】
この式(6)を変形すると、次式(7)になる。
【0036】
Wi =[(BIi +C)/{1−αi (BIi +C)}](1+Σαj Wj ) …(7)
【0037】
ここで、式(7)において(1+Σαj Wj )=1とした基準検量線を示す式を、変数Wi ,Ii による2次曲線を示す式としてみると、その2次曲線が双曲線であることから、本願発明者は、補正モデルAは基準検量線を双曲線とすることと等価であることを見出した。一方、補正モデルBによる検量線を示す式(3)から、補正モデルBでは基準検量線が放物線になる。さらに、式(7)と式(3)では、分析対象成分自身以外の各加補正成分jについて同じ値の理論マトリックス補正係数αj が得られることを考えあわせて、本願発明者は、補正モデルAと補正モデルBとの違いは基準検量線のフィッティングの違いであることを見出した。
【0038】
一般的にマトリックス効果は蛍光X線の励起よりも吸収による場合が多いので、2元系試料において蛍光X線の吸収のみ考慮すると、蛍光X線強度と含有率との関係は近似的に双曲線で表される。このような観点から、補正モデルAは補正モデルBよりもフィッティングにおいて優れているといえる。また、含有率の範囲が広く、標準試料の点数が少ない場合に、補正モデルBで検量線を作成すると基準検量線が放物線になり、フィッティング誤差が生じやすいのに対し、補正モデルAで検量線を作成すると基準検量線が直線になり、フィッティング誤差が補正モデルBよりも小さくなることを、本願発明者は見出した。以上のような知見に基づき、本願発明者は、以下のように、算出手段10に第1、第2の加補正成分決定機能をもたせた。
【0039】
[第1の加補正成分決定機能]
残分成分指定手段11で残分成分が指定された場合に、加補正成分を決定する機能である。この場合には、残分成分の含有率は不明として扱われ、分析対象成分以外の全成分を加補正成分として各含有率が必要となる補正モデルCを設定することはできないので、補正モデルAと補正モデルBが候補となるが、上述した知見に基づき、適切な補正モデルとして補正モデルAを設定する。つまり、算出手段10は、第1の加補正成分決定機能として、残分成分指定手段11で残分成分が指定された場合には、理論マトリックス補正係数を計算するにあたり、分析対象成分自身を含めて残分成分以外の成分を加補正成分とする。
【0040】
[第2の加補正成分決定機能]
残分成分指定手段11で残分成分が指定されていない場合に、加補正成分を決定する機能である。この場合には、分析対象成分以外の全成分を加補正成分とする補正モデルCを設定する以外に、補正モデルAまたは補正モデルBにおいて特定の成分を自動的に残分成分として設定することもできる。ただし、上述した知見に基づき、補正モデルBよりも補正モデルAが優先されるので、補正モデルCと補正モデルAが候補となる。
【0041】
分析対象試料3Bの代表組成における分析対象成分の含有率が、前述のように適宜決められた所定の含有率以下である場合には、最も含有率の大きい成分(主成分)は分析対象成分ではなく、検量線は、例えば図2にB(1)で示したような曲線になる。この場合に補正モデルCを設定すると、最も含有率の大きい成分も加補正成分になって補正量が大きくなり、最も含有率の大きい成分の含有率の誤差および同成分の含有率にかかる理論マトリックス補正係数の誤差が、分析対象成分の含有率の誤差になる。
【0042】
一方、この場合に最も含有率の大きい成分を残分成分として補正モデルAを設定すると、最も含有率の大きい成分は加補正成分にならないため、補正モデルCを設定したときよりも、補正量が小さくなり、分析対象成分の含有率の誤差も小さくなる。例えば、Fe 基中のNi の分析において、分析対象成分Ni が含有率1%で共存成分Fe が含有率99%の試料を、補正モデルCを設定して分析すると、Fe の含有率の相対分析誤差が1%のとき、Ni の含有率の相対分析誤差は0.6%になるが、Fe を残分成分として補正モデルAを設定して分析すると、Fe は加補正成分にならないため、このような誤差は生じず、Ni の含有率の誤差がより小さくなる。したがって、適切な補正モデルとして、最も含有率の大きい成分を残分成分とする補正モデルAを設定する。
【0043】
分析対象試料3Bの代表組成における分析対象成分の含有率が、前述のように適宜決められた所定の含有率よりも大きい場合には、最も含有率の大きい成分は分析対象成分になり、検量線は、例えば図2にB(2)で示したような曲線になる。この曲線は高含有率で勾配が小さくなるので、補正モデルCを設定する方が補正モデルAを設定するよりも、分析対象成分の含有率の誤差が小さくなる。例えば、Zn −Al 合金中のZn の分析において、分析対象成分Zn が含有率97%で共存成分Al が含有率3%の試料を、Al を残分成分として補正モデルAを設定して分析すると、Zn の蛍光X線Zn −Kα線の強度の相対分析誤差が−0.5%のとき、Zn の含有率の定量値は95.9%になり、含有率の相対分析誤差−1.1%(95.9%−97%)が、蛍光X線強度の相対分析誤差−0.5%よりも大きくなる。
【0044】
しかし、補正モデルCを設定して分析すると、同様に蛍光X線強度の相対分析誤差が−0.5%のとき、Zn の含有率の定量値は96.5%になり、含有率の相対分析誤差−0.5%(96.5%−97%)が、蛍光X線強度の相対分析誤差−0.5%と同等になる。このとき、加補正成分であるAl の含有率の誤差は、含有率が小さいために絶対値で小さく、また同成分のマトリックス補正項αAl Al も小さくなり、加補正成分Al の含有率の相対分析誤差が、分析対象成分Zn の含有率の定量値に与える影響は、蛍光X線強度の相対分析誤差−0.5%が与える影響よりも大幅に小さくなる。したがって、適切な補正モデルとして補正モデルCを設定する。
【0045】
つまり、算出手段10は、第2の加補正成分決定機能として、残分成分指定手段11で残分成分が指定されていない場合には、代表組成設定手段12で設定された代表組成における分析対象成分の含有率と20%以上80%以下である所定の含有率とを比較し、その結果、代表組成における分析対象成分の含有率が所定の含有率以下である場合には、理論マトリックス補正係数を計算するにあたり、分析対象成分自身を含めて最も含有率の大きい成分以外の成分を加補正成分とし、代表組成における分析対象成分の含有率が所定の含有率よりも大きい場合には、理論マトリックス補正係数を計算するにあたり、分析対象成分以外の成分を加補正成分とする。
【0046】
以上のように、本実施形態の蛍光X線分析装置では、分析対象試料3Bについて残分成分が指定された場合に、分析対象成分自身を含めて残分成分以外の成分を加補正成分とすることにより、分析対象試料3Bに対して適切な補正モデルが設定されて正確な分析ができる。また、分析対象試料3Bについて残分成分が指定されない場合に、分析対象試料3Bの代表組成における分析対象成分の含有率と所定の含有率とを比較した結果に基づいて、分析対象成分自身を含めて最も含有率の大きい成分以外の成分を加補正成分とするか、分析対象成分以外の成分を加補正成分とするかを決めることにより、分析対象試料3Bに対して適切な補正モデルが設定されて正確な分析ができる。
【0047】
なお、本実施形態の蛍光X線分析装置では、算出手段10に第1、第2の加補正成分決定機能を両方もたせたが、本発明の蛍光X線分析装置では、算出手段に第1、第2の加補正成分決定機能のいずれか一方のみをもたせてもよく、第1の加補正成分決定機能のみをもたせる場合には、代表組成設定手段を備える必要はない。
【符号の説明】
【0048】
1 X線源
2 1次X線
3 試料
3A 標準試料
3B 分析対象試料
4 蛍光X線
9 検出手段
10 算出手段
11 残分成分指定手段
12 代表組成設定手段
図1
図2