【実施例】
【0090】
実施例1.グルタチオン分解酵素活性低下の効果の検討
本実施例では、酵母のグルタチオン分解酵素活性を低下させ、グルタチオン蓄積能および生育速度に与える影響を検証した。
【0091】
(1)γ−グルタミルシステイン合成酵素遺伝子高発現酵母(AG1株)の作製
γ−グルタミルシステイン合成酵素をコードするGSH1遺伝子の高発現株では、細胞内グルタチオン濃度が上昇することが知られている(非特許文献10および11)。そこで、サッカロミセス・セレビシエY006株(FERM BP−11299)のGSH1遺伝子のプロモーター領域を、構成発現プロモーターであるアルコールデヒドロゲナーゼ遺伝子(以下、ADH1)のプロモーター領域に置換することにより、GSH1高発現酵母(AG1株)を作製した。手順を以下に示す。なお、Y006株はURA3遺伝子の欠損株であり、ウラシル要求性を示す。
【0092】
(1−1)ADH1プロモーター置換の為の鋳型プラスミドの作成
まず、配列番号15及び16のプライマーを用い、NBRCより分譲されたサッカロミセス・セレビシエS288C株の染色体DNAを鋳型とするPCRにより、URA3遺伝子を増幅した。PCRの条件は、熱変性(94℃、10 sec)、アニーリング(50℃、10 sec)、伸張(72℃、1 min)、25 cycleとした。得られたDNA断片をエタノール沈殿により精製後、SphI及びEcoRIで消化し、プラスミドpUC19のSphI-EcoRI部位に挿入し、pUC19-URA3を得た。次に、配列番号17及び18のプライマーを用い、Y006株の染色体DNAを鋳型とするPCRにより、ADH1プロモーター領域(pADH1)を増幅した。PCRの条件は、熱変性(94℃、10 sec)、アニーリング(50℃、10 sec)、伸張(72℃、1 min)、25 cycleとした。得られたDNA断片をPstIで消化し、PstIで消化しCIAP処理したpUC19-URA3のPstI部位に挿入し、pUC19-pADH1-URA3を得た。同様に、配列番号19及び20のプライマーを用いて増幅したADH1プロモーター領域をAatIIで消化し、AatIIで消化しCIAP処理したpUC19-pADH1-URA3のAatII部位に挿入し、pUC19-pADH1-URA3-ADH1pを得た。
【0093】
(1−2)染色体上のGSH1遺伝子へのADH1プロモーターの導入
5'端にGSH1の上流配列をもつ配列番号21のプライマー、及びGSH1遺伝子の開始コドンから始まる一部のORF内配列を持つ配列番号22のプライマーを用い、pUC19-pADH1-URA3-pADH1を鋳型にPCRを行い、ADH1プロモーターに挟まれたURA3を有するDNA断片を得た。PCRの条件は、熱変性(94℃、10 sec)、アニーリング(60℃、10 sec)、伸張(72℃、4 min)、25 cycleとした。このDNA断片でY006株を形質転換し、ウラシルを含有しないSD平板培地に塗布した。生育した形質転換体から、GSH1プロモーターがpADH1-URA3-pADH1に置換された株を取得した。
【0094】
<SD培地組成>
グルコース 2%
Nitrogen Base 1倍濃度
(10倍濃度Nitrogen Baseは、1.7gのBacto Yeast Nitrogen Base w/o Amino Acids and
Ammonium Sulfate (Difco社)と5gの硫酸アンモニウムを混合したものを100mlの滅菌水に溶解し、pHを5.2程度に調整し、フィルター濾過滅菌したもの)
【0095】
(1−3)URA3選択マーカーの除去とGSH1遺伝子のプロモーター置換
URA3遺伝子が欠損した細胞は5−フルオロオロト酸(5-FOA)耐性を示すため、5-FOAを含有する培地を利用してURA3選択マーカーが除去された株を選抜できる。そこで、GSH1プロモーターがpADH1-URA3-pADH1に置換された株を、ウラシル添加SD培地で一晩培養し、適量を5-FOA平板培地に塗布した。生育したコロニーから、導入された2つのADH1プロモーター間の相同組換えにより、URA3が除去され、GSH1プロモーターがADH1プロモーターに置換された株(AG1 ura3- 株)を取得した。
【0096】
(1−4)ura3部位へのURA3遺伝子の挿入
サッカロミセス・セレビシエS288Cのゲノムを鋳型に、配列番号23および24に示すプライマーを用い、URA3遺伝子部位を増幅した。PCRの条件は、熱変性(94℃、10 sec)、アニーリング(50℃、10 sec)、伸張(72℃、3min)、25 cycleとした。次にAG1 ura3- 株をこのDNA断片で形質転換し、ura3部位が野生型のURA3に置換されウラシル非要求性となった株を取得し、AG1株とした。また、Y006株を同様にこのDNA断片で形質転換し、ウラシル非要求性となった株を取得し、Y003株とした。
【0097】
(2)Y006株のグルタチオン分解酵素遺伝子破壊株の作製
グルタチオン分解活性低下の効果を検証するため、サッカロミセス・セレビシエY006株を基に、各グルタチオン分解酵素遺伝子を破壊した変異株を以下の手順で作製した。
【0098】
(2−1)Y006株のDUG1破壊株の作製
まず、DUG1の開始コドンより上流80塩基を付加した配列番号25のプライマー及びDUG1の終止コドンより下流80塩基を付加した配列番号26のプライマーを用い、Y006株のURA3遺伝子を増幅した。PCRの条件は、熱変性(94℃、10 sec)、アニーリング(50℃、10 sec)、伸張(72℃、2 min)、25 cycleとした。得られたDNA断片でY006株を形質転換し、ウラシルを含有しないSD培地に塗布した。生育した形質転換体からY006のdug1D株(以下、d1株)を得た。
【0099】
(2−2)Y006株のDUG2破壊株の作製
まず、DUG2の開始コドンより上流80塩基を付加した配列番号27のプライマー及びDUG2の終止コドンより下流80塩基を付加した配列番号28のプライマーを用い、Y006株のURA3遺伝子を増幅した。PCRの条件は、熱変性(94℃、10 sec)、アニーリング(50℃、10 sec)、伸張(72℃、2 min)、25 cycleとした。得られたDNA断片でY006株を形質転換し、ウラシルを含有しないSD培地に塗布した。生育した形質転換体からY006のdug2D株(以下、d2株)を得た。
【0100】
(2−3)Y006株のDUG3破壊株の作製
まず、DUG3の開始コドンより上流80塩基を付加した配列番号29のプライマー及びDUG3の終止コドンより下流80塩基を付加した配列番号30のプライマーを用い、Y006株のURA3遺伝子を増幅した。PCRの条件は、熱変性(94℃、10 sec)、アニーリング(50℃、10 sec)、伸張(72℃、2 min)、25 cycleとした。得られたDNA断片でY006株を形質転換し、ウラシルを含有しないSD培地に塗布した。生育した形質転換体からY006のdug3D株(以下、d3株)を得た。
【0101】
(2−4)Y006株のECM38破壊株の作製
まず、ECM38の開始コドンより上流80塩基を付加した配列番号31のプライマー及びECM38の終止コドンより下流80塩基を付加した配列番号32のプライマーを用い、Y006株のURA3遺伝子を増幅した。PCRの条件は、熱変性(94℃、10 sec)、アニーリング(50℃、10 sec)、伸張(72℃、2 min)、25 cycleとした。得られたDNA断片でY006株を形質転換し、ウラシルを含有しないSD培地に塗布した。生育した形質転換体からY006のecm38D株(以下、e株)を得た。
【0102】
(2−5)dug2D株のECM38破壊株の作製
まず、BY4743を親株とするサッカロミセス・セレビシエ破壊株セット(OpenBiosystems社)のECM38破壊株を鋳型に、配列番号33のプライマー及び配列番号34のプライマーを用い、ECM38を増幅した。PCRの条件は、熱変性(94℃、10 sec)、アニーリング(50℃、10 sec)、伸張(72℃、2 min)、25 cycleとした。得られたDNA断片でdug2△株を形質転換し、終濃度50mg/LのG418を含むYPD平板培地へ塗布した。生育した形質転換体からdug2D ecm38D株(以下、ed株)を得た。
【0103】
(3)グルタチオン分解酵素破壊株のグルタチオン蓄積能の評価
以上のようにして作製したサッカロミセス・セレビシエ遺伝子変異株をYPD培地でフラスコ培養し、菌体内グルタチオン濃度を測定した。YPD培地の組成を以下に示す。
<YPD培地>
D-グルコース 20 g
Bacto Yeast Extract 10 g
Bacto Peptone 20 g
水 1 L
【0104】
Y003、AG1、d1、d2、d3、e、およびed株のSD培地オーバーナイト培養液2.5mLを、それぞれ50mLのYPD培地に植菌し、フラスコで18時間培養を行った。培養終了後、乾燥菌体重量測定に供する培養液5mL、およびHPLCでグルタチオン濃度分析に供する培養液1mLをそれぞれ分取した。培養液から菌体を集菌し、純水で一回リンスした後、サンプルとして-80℃で保存した。その後、乾燥菌体重量を計測するサンプルは、100mLの水に懸濁した後、予め乾燥重量を計測したろ紙に塗布し、4時間乾燥させて培養液5mL当たりの乾燥菌体重量を算出した。グルタチオン濃度分析に用いるサンプルは、10mLの純水に懸濁し、70℃で10分間熱水抽出を行った。熱水抽出液を4-フルオロ-7-スルファモイルベンゾフラザン(ABD-F)反応液と混合してグルタチオンのチオール基を蛍光ラベルし、HPLC分析によりグルタチオン量を算出した。細胞内グルタチオン濃度は、乾燥菌体重量あたりのグルタチオン量として算出した。
【0105】
結果を
図1に示す。野生型株であるY003株、GSH1の高発現株であるAG1株、並びにグルタチオン分解酵素遺伝子破壊株である、d1、d2、d3、eおよびed株の菌体内グルタチオン
濃度はそれぞれ、Y003:0.50%、AG1:0.80%、d1:0.47%、d2:0.49%、d3:0.54%、e:0.53%、ed:0.50% であった。GSH1の高発現株であるAG1株は、既に報告されているように(非特許文献10および11)、野生型株であるY003株と比較してグルタチオン濃度が向上した。一方、グルタチオン分解酵素をコードするECM38または各DUG遺伝子を破壊しても、菌体内グルタチオン濃度は影響を受けなかった。ECM38または各DUG遺伝子の単一破壊株においては、Ecm38pとDUG複合体がお互いの機能を相補するために細胞内グルタチオン濃度が影響を受けないことが予想されたが、これら2つのグルタチオン分解酵素をコードする遺伝子の二重破壊株であるed株においても細胞内グルタチオン濃度の上昇は見られなかった。
【0106】
(4)高グルタチオン蓄積形質を有する株(AG1)由来のグルタチオン分解酵素遺伝子破壊株の作製
次に、高グルタチオン蓄積形質を有する株におけるグルタチオン分解酵素活性の低下がグルタチオン蓄積能に与える影響を評価するため、AG1株を基にグルタチオン分解酵素遺伝子破壊株を作製した。手順を以下に示す。
【0107】
(4−1)AG1株のDUG2破壊株の作製
Y006株のDUG2破壊株(d2株)作製と同様に、DUG2の開始コドンより上流80塩基を付加した配列番号27のプライマー及びDUG2の終止コドンより下流80塩基を付加した配列番号28のプライマーを用い、Y006株のURA3遺伝子を増幅した。PCRの条件は、熱変性(94℃、10 sec)、アニーリング(50℃、10 sec)、伸張(72℃、2 min)、25 cycleとした。得られたDNA断片でAG1 ura3- 株を形質転換し、ウラシルを含有しないSD培地に塗布した。生育した形質転換体からAG1 dug2D株(以下、AG1-d株)を得た。
【0108】
(4−2)AG1株のECM38破壊株の作製
Y006株のECM38破壊株(e株)作製と同様に、ECM38の開始コドンより上流80塩基を付加した配列番号31のプライマー及びECM38の終止コドンより下流80塩基を付加した配列番号32のプライマーを用い、Y006株のURA3遺伝子を増幅した。PCRの条件は、熱変性(94℃、10 sec)、アニーリング(50℃、10 sec)、伸張(72℃、2 min)、25 cycleとした。得られたDNA断片でAG1 ura3- 株を形質転換し、ウラシルを含有しないSD培地に塗布した。生育した形質転換体からAG1 ecm38D株(以下、AG1-e株)を得た。
【0109】
(5)AG1株由来のグルタチオン分解酵素遺伝子破壊株のグルタチオン蓄積能の評価
以上のようにして作製したサッカロミセス・セレビシエ遺伝子変異株をYPD培地でフラスコ培養し、菌体内グルタチオン濃度を測定した。YPD培地の組成を以下に示す。
<YPD培地>
D-グルコース 20 g
Bacto Yeast Extract 10 g
Bacto Peptone 20 g
水 1 L
【0110】
Y003、AG1、AG1-d、AG1-e、および、AG1-ed株のSD培地オーバーナイト培養液2.5mLを、それぞれ50mLのYPD培地に植菌し、フラスコで18時間培養を行った。培養終了後、乾燥菌体重量測定に供する培養液5mL、およびHPLCでグルタチオン濃度分析に供する培養液1mLをそれぞれ分取した。培養液から菌体を集菌し、純水で一回リンスした後、サンプルとして-80℃で保存した。その後、乾燥菌体重量を計測するサンプルは、100mLの水に懸濁した後、予め乾燥重量を計測したろ紙に塗布し、4時間乾燥させて培養液5mL当たりの乾燥菌体重量を算出した。グルタチオン濃度分析に用いるサンプルは、10mLの純水に懸濁し、70℃で10分間熱水抽出を行った。熱水抽出液を4-フルオロ-7-スルファモイルベンゾフラザン(ABD-F)反応液と混合してグルタチオンのチオール基を蛍光ラベルし、HPLC分析によりグルタチオン量を算出した。細胞内グルタチオン濃度は、乾燥菌体重量あたりのグルタチオン量として算出した。
【0111】
結果を
図2に示す。Y003株、AG1株、およびAG1株由来のグルタチオン分解酵素破壊株の菌体内グルタチオン濃度はそれぞれ、Y003:0.6%、AG1:1.0 %、AG1-d:2.5%、AG1-e:1.1%、AG1-ed:2.4%であった。
【0112】
単一破壊では菌体内グルタチオン濃度に影響しなかったDUG複合体の欠損は、GSH1の高発現株において菌体内グルタチオン濃度の上昇に寄与した。また、高グルタチオン蓄積形質を有するAG1はY003と比較して生育遅延が認められるが、AG-dはAG1と比較して菌体内グルタチオン濃度が高いにもかかわらず、対数増殖期における生育遅延が軽減された(
図3)。
【0113】
以上の結果より、DUG複合体の欠損は、GSH1高発現株において、グルタチオン分解に寄与することが明らかになった。従って、GSH1の高発現によって、DUG複合体の活性が誘導されることが示唆された。
【0114】
(6)GSH1高発現株におけるDUG複合体構成因子の発現量の解析
GSH1の高発現によってDUG複合体の活性が誘導されるかどうかを、DUG複合体の各構成因子のmRNA量をRT-PCRで定量することにより解析した。
【0115】
Y003および、AG1株のSD培地オーバーナイト培養液2.5mLを、それぞれ50mLのYPD培地に植菌し、フラスコで培養を行った。OD600=5および10の2点で1mLサンプルを分取し、滅菌水で2回リンスした後、ペレットを-80℃で冷凍した。翌日、RNA抽出キット、RNeasy(キアゲン)を用いてトータルRNAを抽出した。抽出したRNAのうち500ngを、PrimeScript RT reagent Kit(TaKaRa)を用い37℃で15分反応させ、cDNAを作製した。この際、RT-PCRのネガティブコントロールとして用いるため、酵素を入れずに反応を行ったサンプルを用意した。
【0116】
続いて、Power SYBR Green(Applied Biosystems)で、反応液を調整した。DUG1の反応には配列番号35および36に示すプライマーを用いた。DUG2の反応には配列番号37および38に示すプライマーを用いた。DUG3の反応には配列番号39および40に示すプライマーを用いた。また、配列番号41および42に示すプライマーでACT1遺伝子を増幅し、内部標準とした。cDNA液は、原液、10倍希釈液、100倍希釈液、1000倍希釈液の4つの希釈率の異なる液を用いた。RT-PCR反応には、7500 Real Time PCR System(Applied Biosystems)を用いた。
【0117】
結果を
図4に示した。GSH1高発現株では、培養中期において、DUG1のmRNAがおよそ1.6倍に、DUG3のmRNAがおよそ3倍に上昇した(
図4a)。その一方で、定常期では、GSH1高発現による影響は見られなかった(
図4b)。
【0118】
以上の結果より、GSH1の高発現株においては、DUG構成因子の発現が誘導されることにより、グルタチオン分解酵素であるDUG複合体の活性が上昇することがわかった。また、上述の通り、Y003、AG1およびAG1-d株の生育曲線の比較より、AG1株では対数増殖期において生育遅延がみられたが、AG1-d株ではそれが軽減された(
図3)。定常期に両株において差の見られないDUG遺伝子の発現量が、GSH1高発現株では対数増殖期に上昇していることから、対数増殖期のDUG遺伝子の発現量は生育に影響を及ぼすことがわかった。
【0119】
以上より、GSH1高発現株でDUG複合体の活性を低下させることにより、(1)菌体内グルタチオン濃度が上昇する、(2)菌体内グルタチオン濃度が上昇するにもかかわらず、
生育遅延が軽減するという2つの効果が得られることを明らかにした。
【0120】
実施例2.液胞グルタチオントランスポーター増強の効果の検討
本実施例では、酵母の液胞グルタチオントランスポーターの発現を増強させ、グルタチオン蓄積能および生育速度に与える影響を検証した。
【0121】
(7)グルタチオン液胞トランスポーター遺伝子高発現酵母(PY株)の作製
酵母のグルタチオン液胞トランスポーターをコードする遺伝子としてYCF1遺伝子が知られている。グルタチオン液胞トランスポーター増強の効果を検証するため、サッカロミセス・セレビシエY006株のYCF1遺伝子のプロモーター領域を、構成高発現プロモーターであるPGK1遺伝子のプロモーター領域に置換することにより、YCF1高発現酵母(PY株)を作製した。手順を以下に示す。
【0122】
(7−1)PGK1プロモーター置換の為の鋳型プラスミドの作成
まず、配列番号15及び16のプライマーを用い、サッカロミセス・セレビシエS288C株の染色体DNAを鋳型とするPCRによりURA3遺伝子を増幅した。PCRの条件は、熱変性(94℃、10 sec)、アニーリング(50℃、10 sec)、伸張(72℃、1 min)、25 cycleとした。得られたDNA断片をエタノール沈殿により精製後、SphI及びEcoRIで消化し、プラスミドpUC19のSphI-EcoRI部位に挿入し、pUC19-URA3を得た。次に、配列番号43及び44に示すプライマーを用い、Y006株の染色体DNAを鋳型とするPCRによりPGK1プロモーター領域(pPGK1)を増幅した。PCRの条件は、熱変性(94℃、10 sec)、アニーリング(50℃、10 sec)、伸張(72℃、1 min)、25 cycleとした。得られたDNA断片をPstIで消化し、PstIで消化しCIAP処理したpUC19-URA3のPstI部位に挿入し、pUC19-pPGK1-URA3を得た。同様に、配列番号45及び46に示すプライマーを用いて増幅したPGK1プロモーター領域をAatIIで消化し、AatIIで消化しCIAP処理したpUC19-pPGK1-URA3のAatII部位に挿入し、pUC19-pPGK1-URA3-pPGK1を得た。
【0123】
(7−2)染色体上のYCF1遺伝子へのPGK1プロモーターの導入
5'端にYCF1の上流配列をもつ配列番号47のプライマー、及びYCF1遺伝子の開始コドンから始まる一部のORF内配列を持つ配列番号48のプライマーを用い、pUC19-pPGK1-URA3-pPGK1を鋳型にPCRを行い、PGK1プロモーターに挟まれたURA3を有するDNA断片を得た。PCRの条件は、熱変性(94℃、10 sec)、アニーリング(60℃、10 sec)、伸張(72℃、4 min)、25 cycleとした。このDNA断片でY006株を形質転換し、ウラシルを含有しないSD平板培地に塗布し得られる形質転換体から、YCF1プロモーターがpPGK1-URA3-pPGK1に置換された株を取得した。
【0124】
(7−3)URA3選択マーカーの除去とYCF1遺伝子のプロモーター置換
YCF1プロモーターがpPGK1-URA3-pPGK1に置換された株を、ウラシル添加SD培地で一晩培養し、適量を5-FOA平板培地に塗布した。生育したコロニーから、導入された2つのPGK1プロモーター間の相同組換えにより、URA3が除去され、YCF1プロモーターがPGK1プロモーターに置換した株(PY ura3- 株)を取得した。
(7−4)ura3部位へのURA3遺伝子の挿入
サッカロミセス・セレビシエS288Cのゲノムを鋳型に、配列番号23および24に示すプライマーを用い、URA3遺伝子部位を増幅した。次にPY ura3- 株をこのDNA断片で形質転換し、ura3部位が野生型のURA3に置換された株であるPY株を取得した。
【0125】
(8)Y006株由来のグルタチオン液胞トランスポーター増強株のグルタチオン蓄積能の評価
以上のようにして作製したサッカロミセス・セレビシエ遺伝子変異株をYPD培地でフラスコ培養し、菌体内グルタチオン濃度を測定した。YPD培地の組成を以下に示す。
<YPD培地>
D-グルコース 20 g
Bacto Yeast Extract 10 g
Bacto Peptone 20 g
水 1 L
【0126】
Y003、AG1、e、d、PY株のSD培地オーバーナイト培養液2.5mLを、それぞれ50mLのYPD培地に植菌し、フラスコで18時間培養を行った。培養終了後、乾燥菌体重量測定に供する培養液5mL、およびHPLCでグルタチオン濃度分析に供する培養液1mLをそれぞれ分取した。培養液から菌体を集菌し、純水で一回リンスした後、サンプルとして-80℃で保存した。その後、乾燥菌体重量を計測するサンプルは、100mLの水に懸濁した後、予め乾燥重量を計測したろ紙に塗布し、4時間乾燥させて培養液5mL当たりの乾燥菌体重量を算出した。グルタチオン濃度分析に用いるサンプルは、10mLの純水に懸濁し、70℃で10分間熱水抽出を行った。熱水抽出液を4-フルオロ-7-スルファモイルベンゾフラザン(ABD-F)反応液と混合してグルタチオンのチオール基を蛍光ラベルし、HPLC分析によりグルタチオン量を算出した。細胞内グルタチオン濃度は、乾燥菌体重量あたりのグルタチオン量として算出した。
【0127】
結果を
図5に示す。Y003と、その単一変異株であるAG1、e、d、PY株の菌体内グルタチオン濃度はそれぞれ、Y003:0.75%、AG1:1.20%、e:0.70%、d2:0.75%、PY:0.65%であった。グルタチオン液胞トランスポーターであるYCF1の発現強化は細胞内グルタチオン濃度に影響を与えなかった。
【0128】
(9)高グルタチオン蓄積形質を有する株(AG1)由来のグルタチオン液胞トランスポーター増強株の作製
グルタチオン液胞トランスポーターの増強は、単独では細胞内グルタチオン濃度に影響を与えなかった。そこで次に、高グルタチオン蓄積形質を有する株におけるグルタチオン液胞トランスポーター増強の効果を評価するため、AG1株のYCF1遺伝子のプロモーター領域を、構成高発現プロモーターであるPGK1遺伝子のプロモーター領域に置換することにより、YCF1高発現酵母(AG1-PY株)を作製した。さらに、液胞局在グルタチオン分解酵素活性の低下とグルタチオン液胞トランスポーター増強との組み合わせの効果を評価するため、AG1-PY株を基に液胞局在グルタチオン分解酵素をコードするECM38が破壊された株(AG1-PY-e株)を作製した。手順を以下に示す。
【0129】
(9−1)AG1株のYCF1発現強化株の作製
【0130】
(9−1−1)AG1株の染色体上のYCF1遺伝子へのPGK1プロモーターの導入
5'端にYCF1の上流配列をもつ配列番号47のプライマー、及びYCF1遺伝子の開始コドンから始まる一部のORF内配列を持つ配列番号48のプライマーを用い、pUC19-pPGK1-URA3-pPGK1を鋳型にPCRを行い、PGK1プロモーターに挟まれたURA3を有するDNA断片を得た。PCRの条件は、熱変性(94℃、10 sec)、アニーリング(60℃、10 sec)、伸張(72℃、4 min)、25 cycleとした。このDNA断片でAG1 ura3- 株を形質転換し、ウラシルを含有しないSD平板培地に塗布し得られる形質転換体から、YCF1プロモーターがpPGK1-URA3-pPGK1に置換された株を取得した。
【0131】
(9−1−2)URA3選択マーカーの除去とYCF1遺伝子のプロモーター置換
YCF1プロモーターがpPGK1-URA3-pPGK1に置換された株を、ウラシル添加SD培地で一晩培養し、適量を5-FOA平板培地に塗布した。生育したコロニーから、導入された2つのPGK1プロモーター間の相同組換えにより、URA3が除去され、YCF1プロモーターがPGK1プロモーターに置換された株(AG1-PY ura3- 株)を取得した。
【0132】
(9−1−3)ura3部位へのURA3遺伝子の挿入
サッカロミセス・セレビシエS288Cのゲノムを鋳型に、配列番号23および24に示すプライマーを用い、URA3遺伝子部位を増幅した。次にAG1-PY ura3- 株をこのDNA断片で形質転換し、ura3部位が野生型のURA3に置換された株であるAG1-PY株を取得した。
【0133】
(9−2)AG1-PY株のECM38破壊株の作製
まず、ECM38の開始コドンより上流80塩基を付加した配列番号31のプライマー及びECM38の終止コドンより下流80塩基を付加した配列番号32のプライマーを用い、S288C株のURA3遺伝子を増幅した。PCRの条件は、熱変性(94℃、10 sec)、アニーリング(50℃、10 sec)、伸張(72℃、2 min)、25 cycleとした。得られたDNA断片でAG1-PY ura3- 株を形質転換し、ウラシルを含有しないSD培地に塗布した。生育した形質転換体からAG1-PY ecm38D株(以下、AG1-PY-e株)を得た。
【0134】
(9−3)AG1-d株のYCF1発現強化株の作製
上記(9−1)でAG1株のYCF1発現強化株を作製したのと同様の手法で、AG1-d ura3- 株から、YCF1プロモーターがPGK1プロモーターに置換されたAG1-d-PY ura3- 株を取得し、さらにura3部位を野生型のURA3に置換してAG1-d-PY株を取得した。
【0135】
(9−4)AG1-d-PY株のECM38破壊株の作製
上記(9−2)でAG1-PY株のECM38破壊株を作製したのと同様の手法で、AG1-d-PY ura3- 株から、ECM38が破壊されたAG1-d-PY ecm38D株(以下、AG1-d-PY-e株)を取得した。
【0136】
(10)AG1由来各種多重変異株のグルタチオン蓄積能および生育の評価
以上のようにして作製したサッカロミセス・セレビシエ遺伝子変異株を、ジャーファーメンターで培養し、菌体内グルタチオン濃度および生育を測定した。用いた培地の組成は以下の通りである。
【0137】
<培地組成>
I)5xSD培地
D-グルコース 5g
Difco Yeast Nitrogen base w/o Amino Acids and Ammonium Sulfate 8.5 g
硫酸アンモニウム 25 g
水 1 L
【0138】
II)50%グルコース
D-グルコース 500 g
水 1 L
【0139】
Y003、AG1、AG1-d、AG1-d-e、AG1-PY、AG1-PY-e株のSD培地オーバーナイト培養液30mLを、それぞれ270mLの5xSD培地に植菌し、必要に応じて50%グルコース溶液を滴下しながらジャーファーメンターで36時間培養を行った。培養終了後、乾燥菌体重量測定に供する培養液5mLおよび、HPLCでグルタチオン濃度分析に供する培養液1mLをそれぞれ分取した。培養液から菌体を集菌し、純水で一回リンスした後、サンプルとして-80℃で保存した。その後、乾燥菌体重量を計測するサンプルは、3日間、42℃の真空乾燥機で菌体を完全に乾燥させ、培養液5mL当たりの乾燥菌体重量を算出した。グルタチオン濃度分析に用いるサンプルは、10mLの純水に懸濁し、70℃10分間熱水抽出を行った。熱水抽出液はABD-F反応液と混合してグルタチオンのチオール基を蛍光ラベルし、HPLC分析によりグルタチオン量を算出した。細胞内グルタチオン濃度は、乾燥菌体重量あたりのグルタチオン量として算出した。
【0140】
各株の細胞内グルタチオン濃度を
図6に、生育曲線を
図7に示す。それぞれの菌株の細胞内グルタチオン濃度は、Y003:0.7%、AG1:1.1%、AG1-d:2.5%、AG1-e:1.2%、AG1- PY:1.3%、AG1- PY-e:4.3%であった。細胞内の高濃度グルタチオンは生育を阻害することが知られているとおり、AG1株では細胞内グルタチオンの上昇に伴い、生育速度の低下が見られた。
【0141】
グルタチオン液胞トランスポーターをコードするYCF1の発現を強化したAG1-PY株では、細胞内グルタチオン濃度の上昇は見られなかったが、生育速度は野生型であるY003株程度まで改善した。これは、生育遅延の原因である高濃度の細胞内グルタチオンが液胞に輸送され、細胞質のグルタチオン濃度が低下したためと考えられる。
【0142】
AG1-PY株においてさらに液胞局在グルタチオン分解酵素をコードするECM38を破壊したAG1-PY-e株では、生育速度は野生型よりもはるかに速くなり、また、細胞内グルタチオン濃度も著しく上昇した。AG1-e株では細胞内グルタチオン濃度の上昇は見られなかったことから、これは、Ycf1pにより液胞に輸送されたグルタチオンが、液胞でEcm38pによって分解されずに蓄積されたほか、細胞質内のグルタチオン濃度が低下したことによってグルタチオン生合成系に対するフィードバック阻害が解消し、グルタチオン生合成能が向上したためと考えられる。
【0143】
以上の結果より、グルタチオン液胞トランスポーターをコードするYCF1を高発現することで、生育遅延やグルタチオン生合成系に対するフィードバック阻害の原因となりうる細胞質内グルタチオンを液胞へ輸送し、さらに液胞局在グルタチオン分解酵素をコードするECM38を破壊し、グルタチオンを液胞に蓄積させることで、生育遅延を回避しつつ、グルタチオン高含有株における細胞内グルタチオン濃度のさらなる上昇を達成することができることが明らかとなった。
【0144】
実施例3.酵母エキスの製造
本実施例では、上記実施例で取得した細胞内のグルタチオン濃度が上昇し、且つ、生育が改善した酵母を原料として用いて酵母エキスを製造した。
【0145】
(11)酵母エキスの製造
上記(10)で得られたAG1-d株及びAG1-PY-e株の培養ブロス約50mlを各々分取し、遠心分離により菌体と培養上清を分離した。菌体を50mlの純水に懸濁し、遠心分離により菌体を分離することにより、菌体を洗浄した。この洗浄操作を再度繰り返した後、菌体濃度が約10g / dLになるように純水に懸濁した。なお、菌体濃度は、吸光度と乾燥菌体重量の相関を調べた予備実験結果より推定した。この懸濁液を70℃10分間加熱し、その後氷上にて急速冷却した。遠心分離により抽出液と菌体残渣を分離した。このようにして、酵母エキス(抽出液)を製造した。AG1-d株からはエキス固形分あたりのGSH含量が約8.2%の酵母エキスが、AG1-PY-e株からはエキス固形分あたりのGSH含量が約13.1%の酵母エキスが得られた。
【0146】
実施例4.グルタチオン以外のγ−グルタミルペプチド生産への応用(1)
本実施例では、γ−グルタミルシステインを例として、グルタチオン以外のγ−グルタミルペプチドの蓄積においても、DUG複合体の活性低下が生育遅延の軽減に寄与し、また、グルタチオン液胞トランスポーターの増強と液胞局在グルタチオン分解酵素活性の低下との組み合わせが効果的であることを示す。γ−グルタミルシステインを蓄積する酵母は、例えば、γ−グルタミル基を有するジペプチドを生成する反応を触媒する酵素をコードするGSH1の発現を強化し、γ−グルタミルシステインとグリシンからグルタチオンを合成する反応を触媒する酵素をコードするGSH2を破壊することにより作製できる。
【0147】
(12)GSH2破壊株の作製
まず、BY4743を親株とするサッカロミセス・セレビシエ破壊株セット(OpenBiosystems社)のGSH2破壊株を鋳型に、配列番号49のプライマー及び配列番号50のプライマーを用い、GSH2を増幅した。PCRの条件は、熱変性(94℃、10 sec)、アニーリング(50℃、10 sec)、伸張(72℃、2 min)、25 cycleとした。得られたDNA断片でY003株、AG1株、AG1-d株、AG1-d-PY株およびAG1-d-PY-e株を形質転換し、終濃度50mg/LのG418を含むYPD平板培地へ塗布した。生育した形質転換体からY003株のGSH2破壊株(以下gsh2株)、AG1株のGSH2破壊株(以下AG1-gsh2株)、AG1-d株のGSH2破壊株(以下AG1-d-gsh2)、AG1-d-PY株のGSH2破壊株(以下AG1-d-PY-gsh2株)、およびAG1-d-PY-e株のGSH2破壊株(以下AG1-d-PY-e-gsh2株)を得た。
【0148】
(13)各種GSH2破壊株におけるγ−グルタミルシステイン蓄積濃度と生育の評価
以上のようにして作製したサッカロミセス・セレビシエのGSH2破壊株を、ジャーファーメンターで培養し、菌体内γ−グルタミルシステイン濃度および生育を測定した。用いた培地の組成は以下の通りである。
【0149】
<培地組成>
I)5xSD培地
D-グルコース 5g
Difco Yeast Nitrogen base w/o Amino Acids and Ammonium Sulfate 8.5 g
硫酸アンモニウム 25 g
水 1 L
【0150】
II)50%グルコース
D-グルコース 500 g
水 1 L
【0151】
gsh2株、AG1-gsh2株、およびAG-d-gsh2株のSD培地オーバーナイト培養液30mLを、それぞれ270mLの5xSD培地に植菌し、必要に応じて50%グルコース溶液を滴下しながらジャーファーメンターで培養を行った。培養終了後、乾燥菌体重量測定に供する培養液5mLおよび、HPLCでγ−グルタミルシステイン濃度分析に供する培養液1mLをそれぞれ分取した。培養液から菌体を集菌し、純水で一回リンスした後、サンプルとして-80℃で保存した。その後、乾燥菌体重量を計測するサンプルは、3日間、42℃の真空乾燥機で菌体を完全に乾燥させ、培養液5mL当たりの乾燥菌体重量を算出した。γ−グルタミルシステイン濃度分析に用いるサンプルは、10mLの純水に懸濁し、70℃10分間熱水抽出を行った。熱水抽出液はABD-F反応液と混合してγ−グルタミルシステインのチオール基を蛍光ラベルし、HPLC分析によりγ−グルタミルシステイン量を算出した。細胞内γ−グルタミルシステイン濃度は、乾燥菌体重量あたりのγ−グルタミルシステイン量として算出した。
【0152】
生育曲線を
図8に、細胞内γ−グルタミルシステイン濃度を
図9に示した。GSH2の単一破壊株であるgsh2株と比較して、gsh2株のGSH1発現増強株であるAG1-gsh2株では、細胞内γ−グルタミルシステイン濃度の上昇が認められた。AG1-gsh2株においてさらにグルタチオン分解酵素をコードするDUG2を破壊したAG1-d-gsh2株では、AG1-gsh2株と比較して細胞内γ−グルタミルシステイン濃度の上昇は認められなかった。これは、DUG複合体はもともとγ−グルタミルシステイン分解に全く寄与していないか、ほとんど寄与していないためであると考えられる。しかしながら、このようにDUG2の破壊は細胞内γ−グルタミルシステイン濃度の上昇に寄与しないにもかかわらず(
図9)、AG1-d-gsh2株では生育遅延が大幅に軽減された(
図8)。
【0153】
以上の結果より、DUG複合体の活性低下によって、グルタチオンを高濃度に蓄積する酵母の生育遅延が軽減されるだけでなく、グルタチオン以外のγ−グルタミルペプチドであるγ−グルタミルシステインを蓄積する酵母においても生育遅延が軽減されることが明らかとなった。従ってDUG複合体の活性を低下させることにより、Gsh1pによって生成される様々なγ−グルタミルペプチドを蓄積する酵母の生育遅延を解消できると考えられる。
【0154】
(14)γ−グルタミルシステインの液胞への蓄積効果
AG1-d-gsh2株、AG-d-PY-gsh2株、およびAG-d-PY-e-gsh2株のSD培地オーバーナイト培養液30mLを、それぞれ270mLの5xSD培地に植菌し、必要に応じて50%グルコース溶液を滴下しながらジャーファーメンターで培養を行った。培養終了後、乾燥菌体重量測定に供する培養液5mLおよび、HPLCでγ−グルタミルシステイン濃度分析に供する培養液1mLをそれぞれ分取した。培養液から菌体を集菌し、純水で一回リンスした後、サンプルとして-80℃で保存した。その後、乾燥菌体重量を計測するサンプルは、3日間、42℃の真空乾燥機で菌体を完全に乾燥させ、培養液5mL当たりの乾燥菌体重量を算出した。γ−グルタミルシステイン濃度分析に用いるサンプルは、10mLの純水に懸濁し、70℃10分間熱水抽出を行った。熱水抽出液はABD-F反応液と混合してγ−グルタミルシステインのチオール基を蛍光ラベルし、HPLC分析によりγ−グルタミルシステイン量を算出した。細胞内γ−グルタミルシステイン濃度は、乾燥菌体重量あたりのγ−グルタミルシステイン量として算出した。
【0155】
結果を
図10に示した。グルタチオン蓄積株と同様、YCF1の発現を強化し、ECM38を破壊した株であるAG1-d-PY-e-gsh2株では、AG1-d-gsh2株と比較し、細胞内γ−グルタミルシステイン濃度が大幅に上昇した。一方、野生型ECM38を有するAG1-d-PY-gsh2株では、AG1-d-gsh2株と比較し、細胞内γ−グルタミルシステイン濃度に変化が無かったことから、生成したγ−グルタミルシステインは液胞に局在するEcm38pによって分解されると考えられる。従って、AG1-d-PY-e-gsh2株において、YCF1の発現強化により液胞に移送されたγ−グルタミルシステインは、液胞に安定的に蓄積していると考えられる。
【0156】
以上の結果より、YCF1の発現強化およびECM38の活性低下により、グルタチオンだけでなく、γ−グルタミルシステインなどγ−グルタミルペプチドが液胞内で分解されずに蓄積し、結果として細胞内濃度を上昇させることができることがわかった。
【0157】
実施例5.グルタチオン以外のγ−グルタミルペプチド生産への応用(2)
γ−グルタミル基を有するジペプチドを生成する反応を触媒する酵素をコードするGSH1の発現を強化することにより、正反応であるγ−グルタミルシステインの生成に加え、各種γ−グルタミルペプチドが生成する。そこで、本実施例では、グルタチオン以外のγ−グルタミルペプチドの一例として、γ−グルタミル−α−アミノ酪酸(γ-Glu-Abu)の生産と、その蓄積が生育に与える影響を検討した。
【0158】
(15)γ-Glu-Abu蓄積濃度と生育の評価
まず、AG1株及びAG1-d株をSD培地に植菌し、30℃で振とう培養した。次に、これらのオーバーナイト培養液を100ppmのL−α−アミノ酪酸(Abu)を含むSD培地に植菌し、30℃で振とう培養した。対数増殖期に、乾燥菌体重量測定に供する培養液、および、γ−グルタミルぺプチド濃度分析に供する培養液を分取した。培養液から菌体を集菌し、純水で一回リンスした後、サンプルとして保存した。その後、乾燥菌体重量を計測するサンプルは、適切な濃度になるように水に懸濁した後、予め乾燥重量を計測したろ紙に塗布し、4時間乾燥させて乾燥菌体重量を算出した。一方、γ-Glu-Abu濃度分析に用いるサンプルは、適切な濃度になるように水に懸濁した後、70℃で10分間熱水抽出を行った。この工程にて菌体内に含まれるエキス分を抽出した。次に、遠心操作によりエキスと菌体残渣を分離した。エキスから10kDaの遠心濾過膜(MILLIPORE社:Amicon Ultra - 0.5mL 10K(カタログ番号UFC501096))を用いて細胞デブリを除去し、得られた画分を酵母抽出物として、下記に記載する方法で酵母抽出物中のAbu、γ-Glu-Abu、及びγ-Glu-Abu-Gly含量を測定した。各種化合物の細胞内濃度は、乾燥菌体重量あたりの量として算出した。
【0159】
Abu、γ-Glu-Abu、及びγ-Glu-Abu-Gly含量の測定は、これら化合物を6−アミノキノリル−N−ヒドロキシスクシンイミジルカルバメート(AQC)を用いて蛍光誘導体化し、LC-MS/MSにより検出することより行った。具体的には、適当な濃度に希釈した酵母抽出物2.5μL、又は、1μMのAbu、γ-Glu-Abu、及びγ-Glu-Abu-Glyを含む標準液2.5μLに、MillQ水2.5μL、5μM内部標準物質溶液(内部標準物質は、3-methyl-His-d2(シグマ社)、およびGly-d2(シグマ社)。いずれも安定同位体で標識されている。)5μL、硼酸緩衝液(日本ウォーターズ社製AccQ-Fluor(登録商標)試薬キット付属品)30μLを添加した。これら混合物に、AQC試薬溶液(上記AccQ-Fluor試薬キットの試薬粉末をアセトニトリル1mL中に溶解することにより調製)10μLを添加した。得られた混合物を10分間、55℃で加熱後、0.1%のギ酸水溶液100μLを加え、分析サンプルとした。
【0160】
次に前述のように調製した分析サンプルを、逆相の液体クロマトグラフィーで分離した。分離条件は下記の通りである。
【0161】
(1)HPLC:Agilent 1200シリーズ
(2)分離カラム:Unison UK-Phenyl 内径2.0mm、長さ100mm、粒子径3μm(Imtakt社製)
(3)カラム温度:40℃
(4)移動相A:25mMギ酸水溶液をアンモニア水でpH6.0に調整した水溶液
(5)移動相B:メタノール
(6)流速:0.25mL/min
(7)溶出条件:溶出は、移動相A及び移動相Bの混合液を用いて行った。混合液に対する移動相Bの比率は以下の通り。0分(5%)、0分〜17分(5%〜40%)、17分〜17.1分(40%〜80%)、17.1分〜19分(80%)、19分〜19.1分(80%〜5%)、19.1分〜27分(5%)。
【0162】
その後、前述の分離条件によって溶出されたAbu、γ-Glu-Abu、およびγ-Glu-Abu-Glyの誘導体化物を質量分析計に導入してマスクロマトグラムにより定量を行った。分析条件は下記の通りである。
【0163】
(1)質量分析装置:AB Sciex API3200 QTRAP
(2)検出モード:Selected Ion Monitoring(ポジティブイオンモード)
(3)選択イオン:表1
【0164】
【表1】
【0165】
Abu、γ-Glu-Abu、およびγ-Glu-Abu-Glyの誘導体化物の定量は、解析ソフトAnalyst v
er 1.4.2(AB Sciex)を用いて行った。定量を行うための内部標準物質として、Abuの誘導体化物の場合は3-methyl-His-d3の誘導体化物を、γ-Glu-Abu又はγ-Glu-Abu-Glyの誘導体化物の場合はGly-d2の誘導体化物を、各々用いた。なお、γ-Glu-Abuの定量の際に、極まれにサンプルによって夾雑ピークが見られた場合は、第二のマスアナライザーでの選択イオンとして、145.2、或いは、104.1を用いて定量した。その結果、表2に示すように、AG1株と比較して、AG1-d株は著量のγ-Glu-Abuを蓄積していた。
【0166】
【表2】
【0167】
次に、γ-Glu-Abuの蓄積が生育に与える影響について検討した。AG1株及びAG1-d株をSD培地に植菌し、30℃で振とう培養した。次に、これらのオーバーナイト培養液を100ppmのAbuを含むSD培地に660nmの吸光度が0.01になるように小型L型培養菅(ADVANTEC社型式TV100030)4mlに植菌し、バイオフォトレコーダー(ADVANTEC社型式TVS062CA)を用いて1時間毎に660nmの吸光度を測定し生育を確認した。培養温度は30℃、振とう数は70rpmに設定した。生育曲線を
図11に示した。図に示すように、より多くのγ-Glu-Abuを蓄積したAG1-d株は、AG1株とほぼ同等の生育を示した。
【0168】
以上の結果より、DUG複合体の活性低下によって、グルタチオンを高濃度に蓄積する酵母の生育遅延が軽減されるだけでなく、グルタチオン以外のγ−グルタミルペプチドであるγ-Glu-Abuを蓄積する酵母においても生育遅延が軽減されることが明らかとなった。従ってDUG複合体の活性を低下させることにより、Gsh1pによって生成される様々なγ−グルタミルペプチドを蓄積する酵母の生育遅延を解消できると考えられる。
【0169】
本実施例1〜5のまとめとして、DUGを破壊することによる生育遅延の軽減と、YCF1の発現強化およびECM38破壊による液胞への蓄積を利用することにより、高濃度にγ−グルタミルペプチドを蓄積する酵母菌体を効率的に取得することができ、この酵母菌体を用いて高γ−グルタミルペプチド酵母エキスを製造することができることが明らかになった。