特許第5874581号(P5874581)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5874581
(24)【登録日】2016年1月29日
(45)【発行日】2016年3月2日
(54)【発明の名称】熱延鋼板
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20160218BHJP
   C22C 38/14 20060101ALI20160218BHJP
   C22C 38/38 20060101ALI20160218BHJP
   C21D 9/46 20060101ALN20160218BHJP
【FI】
   C22C38/00 301W
   C22C38/14
   C22C38/38
   !C21D9/46 T
【請求項の数】4
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2012-187957(P2012-187957)
(22)【出願日】2012年8月28日
(65)【公開番号】特開2014-43630(P2014-43630A)
(43)【公開日】2014年3月13日
【審査請求日】2014年8月11日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】新日鐵住金株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】特許業務法人ブライタス
(72)【発明者】
【氏名】田中 泰明
(72)【発明者】
【氏名】今井 規雄
(72)【発明者】
【氏名】富田 俊郎
(72)【発明者】
【氏名】中田 匡浩
【審査官】 佐藤 陽一
(56)【参考文献】
【文献】 特開2001−020030(JP,A)
【文献】 国際公開第2007/015541(WO,A1)
【文献】 特開2008−274416(JP,A)
【文献】 特開2009−263715(JP,A)
【文献】 特開2007−262467(JP,A)
【文献】 特開2009−007660(JP,A)
【文献】 特開2010−090476(JP,A)
【文献】 特開2011−058022(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
C21D 9/46− 9/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.01%以上0.20%以下、Si:0.01%以上2.5%以下、Mn:0.5%以上3.0%以下、P:0.02%以下、S:0.005%以下、sol.Al:0.02%以上0.5%以下、Ti:0.02%以上0.25%以下およびN:0.01%以下、を含有し、残部Feおよび不純物からなる化学組成と、
面積%で、フェライトおよびベイナイト:合計で80%以上、パーライト:5%以下、マルテンサイト:10%以下、ならびに残留オーステナイト:3%以下であるとともに、板厚をtとしたときの板厚中心から±0.12tの範囲内である板厚中心部において、鋼板面垂直方向に<112>結晶方位が10°以内で配向している結晶コロニーに占める円相当直径10μm以上の結晶コロニーの面積率が30%以下であり、前記結晶コロニーに占める短軸aと長軸bの比(a/b)が0.35以下である結晶コロニーの面積率が40%以下であり、前記板厚中心部に存在する円相当直径が5μm以上である介在物、晶出物および析出物の合計数密度が30個/mm2以下である金属組織と、
板厚中心において、ランダム試料に対する{001}<110>〜{112}<110>間のX線回折強度比の最大値が6.0以下である集合組織と、
590MPa以上の引張強さと、
を有することを特徴とする熱延鋼板。
【請求項2】
前記化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、Nb:0.1%以下を含有する請求項1に記載の熱延鋼板。
【請求項3】
前記化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、V:0.4%以下、Mo:0.4%以下、W:0.4%以下およびCr:0.4%以下からなる群から選択された1種または2種以上を含有する請求項1または請求項に記載の熱延鋼板。
【請求項4】
前記化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、Ca:0.01%以下、Mg:0.01%以下およびREM:0.01%以下からなる群から選択された1種または2種以上を含有する請求項1から請求項までのいずれかに記載の熱延鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は熱延鋼板に関する。特に、自動車や各種産業機械に用いられる構造部材の素材として好適な、剪断加工性および穴拡げ性に優れる、590MPa以上の引張強度を有する熱延鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
世界的な環境意識の高まりを背景に、自動車には一層の軽量化が求められている。構造部材としての機能を確保しつつ軽量化を達成する手法の一つに、板厚や強度の異なる鋼板を突き合わせ溶接してから成形を行う、テーラードブランク(TWB, Tailored Welded Blanks)技術がある。TWBは、一つの部品の中で部分的な高強度化が可能であるため、効率的な軽量化が行えるという利点がある。これまではアッパーボディ部材においてTWBの適用が進んできたが、近年、シャシー部品についてもTWBの適用が検討されつつある。
【0003】
突合せ溶接では、接合面同士の突合せ性が溶接品質に大きく影響する。多くの場合、接合面はシャーリング等のせん断加工によって施工される。これまで、TWBには板厚の比較的薄い冷延鋼板が用いられてきたが、シャシー部品へTWBを適用するには、肉厚の熱延鋼板を用いる必要があり、切断荷重の軽減や金型の消耗を抑えるためには、広いクリアランスで切断を行う必要がある。厚肉材の広クリアランス切断では、端面に欠陥を生じ易く、特に高強度材では切断端面に板面に沿った割れが生ずる場合があり、突合せ不良により接合部の品質不良につながる恐れがあるという問題がある。接合面に欠陥が存在すると接合表面に切り欠き(アンダーフィル)が生じ、疲労耐久性が大きく損なわれる。
【0004】
熱延鋼板の切断端面に関して、例えば特許文献1に、鋼にMnおよびPを複合添加する技術が開示されている。しかし、この技術は低強度鋼のみに適用が制限され、高強度鋼における端面割れの抑制には効果が期待できない。
【0005】
特許文献2には、切断面品質に優れた鋼材が開示されているが、切断クリアランス1%以下の精密切断を念頭においた技術であって、自動車用部材の製造に通常用いられる5%以上の切断クリアランスの場合には適用できない。
【0006】
一方、特許文献3、4には、硬質相とセメンタイトの含有量を制限し、打抜き端面の損傷を押えた高強度鋼材が提案されている。しかし、開示されているのは丸穴の打抜き端面性状の向上に関してである。TWB部材の製作に必要な、片端に保持がなく、かつ直線での切断の場合、せん断加工では、切断工程において端面により強い負荷がかかるため、当該文献に記載の手法では必ずしも端面割れを抑止できないという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2000−144318号公報
【特許文献2】特開2004−137607号公報
【特許文献3】特開2005−298924号公報
【特許文献4】特開2004−315857号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記の問題点を解決するために、引張強さ590MPa以上の高強度を有し、クリアランス5%〜30%でせん断加工を行った際にも切断端面に割れを生じ難いという優れたせん断加工性を、優れた穴拡げ性とともに示す熱延鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、種々の切断クリアランスでせん断試験を行い、切断端面の割れと特定の結晶方位を有する結晶コロニーの形態および介在物との相関について検討した結果、鋼板面垂直方向に<112>結晶方位が10°以内で配向している結晶コロニーの形態を規定することで端面割れが改善され、さらに粗大介在物を抑制することでよりその効果が高まることを見出した。さらに、板厚中心部における集合組織を規定することにより、優れた穴拡げ性をも具備させることができることを見出した。
【0010】
上記新知見に基づく本発明は次のとおりである。
(1)質量%で、C:0.01%以上0.20%以下、Si:0.01%以上2.5%以下、Mn:0.5%以上3.0%以下、P:0.02%以下、S:0.005%以下、sol.Al:0.02%以上0.5%以下、Ti:0.02%以上0.25%以下およびN:0.01%以下、を含有し、残部Feおよび不純物からなる化学組成と、面積%で、フェライトおよびベイナイト:合計で80%以上、パーライト:5%以下、マルテンサイト:10%以下、ならびに残留オーステナイト:3%以下であるとともに、板厚をtとしたときの板厚中心から±0.12tの範囲内である板厚中心部において、鋼板面垂直方向に<112>結晶方位が10°以内で配向している結晶コロニーに占める円相当直径10μm以上の結晶コロニーの面積率が30%以下であり、前記結晶コロニーに占める短軸aと長軸bの比(a/b)が0.35以下である結晶コロニーの面積率が40%以下であり、前記板厚中心部に存在する円相当直径が5μm以上である介在物、晶出物および析出物の合計数密度が30個/mm2以下である金属組織と、板厚中心において、ランダム試料に対する{001}<110>〜{112}<110>間のX線回折強度比の最大値が6.0以下である集合組織と、590MPa以上の引張強さと、を有することを特徴とする
熱延鋼板。
【0013】
)前記化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、Nb:0.1%以下を含有する上記(1)に記載の熱延鋼板。
【0014】
)前記化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、V:0.4%以下、Mo:0.4%以下、W:0.4%以下およびCr:0.4%以下からなる群から選択された1種または2種以上を含有する上記(1)または2)に記載の熱延鋼板。
【0015】
)前記化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、Ca:0.01%以下、Mg:0.01%以下およびREM:0.01%以下からなる群から選択された1種または2種以上を含有する上記(1)〜()のいずれかに記載の熱延鋼板。
【発明の効果】
【0016】
本発明に係る熱延鋼板は、高強度で、かつせん断加工性および穴拡げ性に優れているので、5%以上の切断クリアランスでせん断加工を行っても切断端面に割れを生じにくく、切断端面の突き合わせ性が良好で、TWB用途に適している。従って、本発明に係る熱延鋼板は、自動車や各種産業機械に用いられる構造部材の素材として、特に自動車のシャシー部品などのTWB技術を利用した用途に好適に採用できる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下に本発明の熱延鋼板についてより詳しく説明する。以下の説明において、鋼の化学組成に関する%はすべて質量%である。鋼の化学組成の残部はFeおよび不純物である。一方、鋼の金属組織における各相の割合を示す%はいずれも面積%である。
【0018】
1.鋼の化学組成
C:0.01%以上0.20%以下
Cは、鋼の強度を高める作用を有する。C含有量が0.01%未満では590MPa以上の引張強度を確保することが困難である。したがってC含有量は0.01%以上とする。好ましくは0.02%以上、さらに好ましくは0.03%以上である。一方、C含有量が0.20%超では、粒界に粗大な炭化物が形成され、加工性を損なう。したがって、C含有量は0.20%以下とする。好ましくは0.18%以下、さらに好ましくは0.15%以下である。
【0019】
Si:0.01%以上2.5%以下
Siは、強度と延性のバランスを向上させる作用を有する。Si含有量が0.01%未満では上記作用による効果を得ることが困難である。したがって、Si含有量は0.01%以上とする。好ましくは0.2%以上、さらに好ましくは0.5%以上である。一方、Si含有量が2.5%超では、上記作用による効果は飽和するとともに溶接性が損なわれる。したがって、Si含有量は2.5%以下とする。好ましくは2.0%以下、さらに好ましくは1.5%以下である。
【0020】
Mn:0.5%以上3.0%以下
Mnは、鋼の強度を高める作用を有する。Mn含有量が0.5%未満では590MPa以上の引張強度を確保することが困難である。したがって、Mn含有量は0.5%以上とする。好ましくは0.8%以上、さらに好ましくは1.0%以上である。一方、Mn含有量が3.0%超では、熱間圧延完了後のフェライト変態が過度に遅延してしまい、より高い成形性を望む場合において、成形性に富むフェライトを確保することが困難となる。したがって、Mn含有量は3.0%以下とする。また、Mn含有量が高いとスラブ中心部に偏析する傾向が強くなり成形性を劣化させるので、斯かる観点からは、Mn含有量は2.5%以下とすることが好ましく、2.2%以下とすることがさらに好ましい。
【0021】
P:0.02%以下
Pは、一般に不純物として含有され、粒界に偏析し脆化を生じて切断端面の割れを助長する。したがって、P含有量は0.02%以下とする。好ましくは0.01%以下、さらに好ましくは0.007%以下である。
【0022】
S:0.005%以下
Sは、一般に不純物として含有され、MnやTi等と結合して粗大な硫化物系の介在物を形成し、切断端面の割れを助長するとともに、加工性を著しく損なう。したがって、S含有量は0.005%以下とする。好ましくは0.002%以下、さらに好ましくは0.001%以下である。
【0023】
sol.Al:0.02%以上0.5%以下
Alは、フェライト変態を促進して成形性を向上させるとともに、粗大なセメンタイトの形成を抑制して端面割れの起点を抑制する作用を有する。sol.Al含有量が0.02%未満では上記作用による効果を得ることが困難である。したがって、sol.Al含有量は0.02%以上とする。好ましくは0.08%以上、さらに好ましくは0.11%以上である。一方、sol.Al含有量が0.5%超では、オーステナイト−フェライト変態温度を上昇させ、製造性を損なう。したがって、sol.Al含有量は0.5%以下とする。好ましくは0.3%以下、さらに好ましくは0.25%以下である。
【0024】
Ti:0.02%以上0.25%以下
Tiは、Cと結合することによる微細析出強化に有効である。Ti含有量が0.02%未満では、590MPa以上の引張強度を確保することが困難である。したがってTi含有量は0.02%以上とする。好ましくは0.05%以上、さらに好ましくは0.08%以上である。一方、Ti含有量が0.25%超では、上記作用による効果は飽和してしまい原料コストの高騰を招くとともに、粗大な炭窒化物を形成して成形性を劣化させる場合がある。したがって、Ti含有量は0.25%以下とする。好ましくは0.2%以下、さらに好ましくは0.17%以下である。
【0025】
N:0.01%以下
Nは、一般に不純物として含有され、Ti、Nb、V等と結合して粗大な窒化物を形成し、切断端面の性状を損なう。したがって、N含有量は0.01%以下とする。好ましくは0.005%以下、さらに好ましくは0.003%以下である。
【0026】
以下に説明する元素は、本発明において鋼中に場合により含有させてもよい任意元素である。
【0027】
Nb:0.1%以下
Nbは、鋼中に炭窒化物を形成し、オーステナイト粒を微細化してフェライトの核生成サイトを増やし、鋼組織の粗大化を抑制する作用を有する。また、Vおよび/またはTiと複合して含有させると、微細な析出物を形成し、鋼の強度を効果的に高める作用を有する。したがって、Nbを含有させてもよい。しかし、Nb含有量が0.1%超では、熱間圧延完了後のフェライト変態が過度に遅延してしまい、延性を重視してフェライトの面積率を高めたい場合には、成形性に富むフェライトを得ることが困難になる。したがって、Nb含有量は0.1%以下とする。バンド状組織の形成を抑制して、切断端面の性状を一層改善させるには、Nb含有量は0.05%以下とすることが好ましく、0.03%以下とすることがさらに好ましい。なお、上記作用による効果をより確実に得るにはNb含有量を0.002%以上とすることが好ましい。0.006%以上とすることがさらに好ましく、0.008%以上とすることが特に好ましい。
【0028】
V:0.4%以下、Mo:0.4%以下、W:0.4%以下およびCr:0.4%以下からなる群から選択された1種または2種以上
これらの元素は、いずれもCと結合して微細な炭化物となり、鋼を微細化・析出強化する作用を有する。したがって、これらの元素の1種または2種以上を含有させてもよい。しかし、いずれの元素も含有量が0.4%超では、上記作用による効果は飽和して、コスト的に不利になる。したがって、各元素の含有量は上記のとおりとする。各元素の含有量は、いずれも0.35%以下とすることが好ましく、0.30%以下とすることがさらに好ましい。なお、上記作用による効果をより確実に得るには、いずれかの元素を0.01%以上含有させることが好ましい。いずれかの元素を0.05%以上含有させることがさらに好ましく、いずれかの元素を0.08%以上含有させることが特に好ましい。
【0029】
Ca:0.01%以下、Mg:0.01%以下およびREM:0.01%以下からなる群から選択された1種または2種以上
これらの元素は、いずれも溶鋼中でオキサイドを形成し、脱酸作用により鋼の清浄度を向上させる作用を有し、特性改善に寄与する。また、炭窒化物の形成核として作用するため、適切に微細分散化すると、粗大な短窒化物の形成を抑制して、切断端面の割れを抑止する作用も有する。したがって、これらの元素の1種または2種以上含有させてもよい。しかし、いずれの元素も0.01%を超えて含有させると、粗大オキサイドを形成し、却って鋼の清浄度を低下させ、成形性を損なう。したがって、各元素の含有量は上記のとおりとする。各元素の含有量は、いずれも0.0050%以下とすることが好ましく、0.0030%以下とすることがさらに好ましい。なお、上記作用による効果をより確実に得るには、いずれかの元素を0.0002%以上含有させることが好ましい。いずれかの元素を0.0005%以上含有させることがさらに好ましく、いずれかの元素を0.0010%以上含有させることが特に好ましい。
【0030】
ここで、REMは、Sc、Yおよびランタノイドの合計17元素を指し、上記REMの含有量は、これらの元素の合計含有量を指す。ランタノイドの場合、工業的にはミッシュメタルの形で添加される。
【0031】
2.金属組織および集合組織
フェライトとベイナイトの合計:80%以上
成形性の確保のため、金属組織中にフェライトとベイナイトが占める面積割合の合計を80%以上とする。この面積割合は好ましくは90%以上であり、100%であってもよい。従って、金属組織の主相はフェライトおよび/またはベイナイトである。延性を重視する場合には、フェライト面積率を10%以上とすることが好ましく、20%以上とすることがさらに好ましい。
【0032】
パーライト:5%以下
組織中にパーライトが占める面積割合が5%を超えると、切断時の割れの起点となり、端面を劣化させる。好ましくは3%以下である。
【0033】
マルテンサイト:10%以下
組織中にマルテンサイトが占める面積割合が10%を超えると、切断時の割れの起点となり、端面を劣化させる。さらに、マルテンサイトは少量の含有で穴拡げ性を著しく劣化させるため、好ましくは3%以下とする。1%以下とすることがさらに好ましい。
【0034】
残留オーステナイト:3%以下
残留オーステナイト(残留γ)は、打抜き時にマルテンサイトに変態し、穴拡げ性を劣化させるため、組織中に占める面積割合を3%以下とする。残留γは、切断クリアランスが大きくなると端面割れの起点となり、切断端面性状を劣化させるため、好ましくは1%以下とする。
【0035】
主相以外のパーライト、マルテンサイトおよび残留γは、いずれか1つ以上の相が0%であってもよく、3相すべてが0%であってもよい。金属組織は、例えばフェライト単相組織(フェライトの面積割合が100%)とすることも可能である。しかし、強度と伸びのバランスを考慮すると、主相はフェライトとベイナイトの複相組織とすることが好ましい。以上の各相の面積割合は、鋼板の板厚中心(板厚の1/2深さ位置)で測定するものとする。
【0036】
板厚中心において、ランダム試料に対する{001}<110>〜{112}<110>間のX線回折強度比の最大値:6.0以下
板厚中心(板厚の1/2深さ位置)において、ランダム試料に対する{001}<110>〜{112}<110>間のX線回折強度比の最大値:6.0以下とすることにより、集合組織の異方性を低減し、穴拡げ性を向上させるとともに、切断方向による端面性状の異方性を抑制することができる。このX線回折強度比は好ましくは5.0以下、より好ましくは4.8以下とする。
【0037】
板厚中心部の金属組織
本発明において「板厚中心部」とは、板厚をtとしたときの板厚中心から±0.12tの範囲内を意味する。すなわち、板厚中心から板厚方向両側に板厚の12%ずつの領域を板厚中心部とする。
【0038】
1)鋼板面垂直方向に<112>結晶方位が10°以内で配向している結晶コロニーに占める円相当直径10μm以上の結晶コロニーの面積率:30%以下。
【0039】
「結晶コロニー」は方位コロニーとも呼ばれ、ほぼ同じ結晶方位をもつ隣接した結晶粒の集団を意味する。本発明における前記結晶コロニーは、<112>結晶方位が鋼板面垂直方向に10°以内で配向している結晶集団である。この結晶コロニーは、鋼板の板厚方向断面のEBSD(電子線後方散乱回折)法による方位解析によって同定することができる。
【0040】
上記板厚中心部において、鋼板面垂直方向に<112>結晶方位が10°以内で配向している結晶コロニー(以下、「<112>配向粒」とも呼ぶ。)に占める円相当直径10μm以上の粗大な結晶コロニーの面積率を30%以下とすることにより、切断端面の割れを抑止することができる。
【0041】
このようにすることで切断端面の割れが抑止される機構は明瞭ではないが、切断端面の割れの発生は板厚中心部の組織に強く影響されることと、上記方位はBCCのへき開面である{100}面となす角度が小さく、このような方位をもつ結晶粒コロニーのサイズが粗大であると、粗大介在物、晶出物、析出物と母相界面から生じたクラックの伝播が助長され易くなることが関係すると推測される。上記結晶コロニーに占める円相当直径10μm以上の結晶コロニーの面積率は25%以下とすることが好ましい。
【0042】
2)上記結晶コロニーに占める短軸aと長軸bの比(a/b)が0.35以下である結晶コロニーの面積率:40%以下
上記板厚中心部において、前記結晶コロニーに占めるアスペクト比(短軸/長軸)が0.35以下である扁平な結晶コロニーの面積率を40%以下とすると、切断端面の割れがさらに抑止されるので、好ましい。<112>配向粒のうち、{112}<110>方位は未再結晶状態のオーステナイトからのフェライト変態方位であり、圧延方向にそってバンド状に伸長した結晶粒コロニーを生じ易く、特に切断を圧延方向と平行に行った際の端面性状を著しく劣化させるため、鋼板中にこのような扁平コロニーの占める面積割合を40%以下に低減させることが好ましい。上記面積率は30%以下とすることがさらに好ましい。
【0043】
3)上記板厚中心部に存在する円相当直径5μm以上の介在物、晶出物および析出物の合計数密度:50個/mm2以下
上記板厚中心部に存在する円相当直径5μm以上の粗大な介在物、晶出物および析出物は、切断の際に母相との間に粗大なクラックの起点となり、端面性状を劣化させる。したがって、上記板厚中心部に存在する円相当直径が5μm以上である介在物、晶出物および析出物の数密度を50個/mm2以下とすることが好ましい。さらに好ましくは30個/mm2以下である。
【0044】
当業者には周知のように、介在物は溶鋼中に既に存在している化合物、晶出物は凝固過程で晶出した化合物、析出物は固体状態で主に熱処理中に生成した化合物を意味し、それぞれ生成時期が異なるが、いずれも円相当直径で5μm以上と粗大になると前述した問題を生ずる。
【0045】
3.特性
本発明に係る熱延鋼板は、引張強さ590MPa以上の高強度を有し、クリアランス5〜30%でせん断加工を行った際にも切断端面に割れを生じ難い優れたせん断加工性を優れた穴拡げ性とともに有する。さらには延性にも優れている。
【0046】
引張強さは好ましくは650MPa以上である。穴拡げ性は、後述する実施例に述べる試験法で求めた限界穴拡げ率が50%以上であることが好ましく、より、好ましくは60%以上である。なお、成形性の指標である引張強さ×全伸びの積は好ましくは15500MPa・%以上である。
【0047】
4.製造条件
本発明に係る上述した化学組成、金属組織、および特性を有する熱延鋼板の製造方法は特に限定されないが、以下の製造条件を採用することが好適である。熱間圧延に供するスラブは、作業効率のよい連続鋳造により製造することが好ましい。
【0048】
1)スラブ中央の平均凝固速度:0.5℃/sec以上5℃/sec以下
粗大介在物の晶出を抑制するため、連続鋳造時におけるスラブ中心の冷却速度を5℃/sec以下とすることが好ましい。凝固速度が速すぎると、特にスラブの表面割れの原因となるため、0.5℃/sec以上とすることが好ましい。
【0049】
2)スラブ加熱温度:1100℃以上1300℃以下
熱間圧延工程において、スラブを1100℃以上に1時間以上保持することが好ましい。これより温度が低いと、鋳造後の凝固時に析出したTi炭窒化物が未固溶のままで残存し、強度を低下させるばかりか、切断時の端面性状を劣化させる。一方で、加熱温度が高すぎたり、加熱時間が長すぎたりすると、スケールロスによる歩留まりの悪化を招くため上限を1300℃以下とすることが好ましい。
【0050】
3)1100℃〜1000℃での総圧下率:35%以上
熱間圧延工程において、1100℃〜1000℃の温度域での総圧下率を35%以上とすることが好ましい。これより圧下率が低いと、特定の結晶粒コロニーが粗大となり、せん断加工での端面性状が低下する。この総圧下率は好ましくは40%以上とする。
【0051】
4)1000℃以下での総圧下率:10%以上70%以下
熱間圧延工程において圧下率を高め過ぎると、集合組織の発達が顕著となり、切断性を低下させる方位を持つ結晶コロニーのバンド組織化を助長するため、1000℃以下の温度域の総圧下率を70%以下とすることが好ましい。この時の圧下率が小さすぎると形状不良の原因となるため、この総圧下率を10%以上とすることが好ましい。
【0052】
5)最終圧下率:5%以上35%以下
最終圧下率とは、多パス熱間圧延における最終スタンドでの圧下率を意味する。この最終圧下率は、上記の1000℃以下での総圧下率に含まれる。熱間圧延工程において、最終圧下率を過度に増加させると、集合組織が発達してバンド組織を助長するため、最終圧下率は35%以下とすることが好ましい。最終圧下率が小さすぎると、形状不良の原因となるため、最終圧下率を5%以上とすることが好ましい。さらに好ましくは10%以上である。
【0053】
6)仕上温度:930℃以上980℃以下
熱間圧延工程において仕上げ圧延温度を930℃以上とすることが好ましい。仕上温度がこれを下回ると、組織のバンド化が進み、端面不良の原因となる。仕上げ圧延温度が高すぎると、オーステナイトが粗大化し、変態後の組織が不均一となりやすく、端面性状の劣化を招くため、980℃以下とすることが好ましい。
【0054】
7)圧延後の空冷時間:3秒以上10秒以下
熱間圧延工程において圧延後の空冷時間を3秒以上とすることが好ましい。空冷時間がこれを下回ると、組織のバンド化が進み、端面不良の原因となる。一方で、圧延後の空冷時間が長すぎると、粗大なTi炭窒化物が析出し、強度が低下するため、10秒以下とすることが好ましい。
【0055】
8)冷却速度:15℃/sec以上200℃/sec以下
熱間圧延・空冷後の冷却速度を15℃/sec以上とすることが好ましい。冷却速度がこれより遅いと、フェライトが高温で粗大に析出するとともに、Ti炭窒化物が粗大析出し、強度が低下する。一方、冷却速度が過度に速すぎると、表層部が過冷されやすくなり、表層部に低温変態相が形成されて伸びを損なうため、冷却速度の上限を200℃/sec以下とすることが好ましい。この冷却を一次冷却という。この一次冷却は、水冷などの強制冷却により実施される。
【0056】
9)一次冷却停止温度:400℃以上750℃以下
熱間圧延工程において、上記一次冷却の停止温度を400℃以上とすることが好ましい。一次冷却停止温度がこれを下回ると、組織に硬質相が形成され、伸びあるいは穴広げ性が劣化する。一方で、一次冷却停止温度が高すぎると、冷却過程で析出するTi炭窒化物の粗大化により強度が低下するため、750℃以下とすることが好ましい。一次冷却停止温度はより好ましくは450℃以上730℃以下である。
【0057】
10)滞留時間:2秒以上15秒以下
一次冷却を上記温度域で停止した後、一時的に冷却を中断して、当該温度で2秒以上の滞留時間を設けてもよい。フェライトの析出が安定し、強度と伸びおよび穴拡げ性のバランスを改善する作用がある。滞留時間が長すぎると、パーライトの析出やTi炭窒化物の粗大化が生じ、強度と穴拡げ性のバランスが低下するため、滞留温度は15秒以下とすることが好ましい。より好ましくは5秒以上10秒以下である。この滞留時間は設けなくてもよい。その場合には、一次冷却停止後、直ちに次に述べる巻取り温度に達するまで空冷すればよい。
【0058】
11)巻取り温度:400℃以上500℃以下
熱間圧延工程におけるコイル巻取りを400℃以上で実施することが好ましい。一方で巻取り温度が高すぎると、切断端面の性状が劣化するため、500℃以下とすることが好ましい。
【0059】
12)その他
上記以外の条件は一般的な熱間圧延工程に従えばよい。例えば、良好な表面性状を得るために、加熱炉から抽出後、仕上げ圧延終了までに適宜デスケーリングを行うことができる。
【実施例】
【0060】
表1に示す化学組成を有する鋼を200mm×200mm×200mmの鋳型を用いて真空溶解炉にて溶製した。鋳込み後に異なる条件で冷却を行って、インゴット中心の凝固速度を表2に示すように変化させた。凝固速度の値は、デンドライドの2次アームの間隔から算出した。得られたインゴットを1200℃に加熱し、熱間鍛造を行って得られた粗バーからスラブを採取し、実験に供した。
【0061】
3スタンドの熱間圧延ミルを用いて複数パスの圧延を行い、表2に示す圧延条件および冷却条件により熱間圧延を行った。表中、MFRは1100〜1000℃の温度域における総圧下率、TFRは1000℃〜仕上温度の温度域における総圧下率、FRは最終段での圧下率である。鋼板温度は放射温度計により測定した。圧延終了後、表3に示す条件により冷却を行って熱間圧延鋼板を作製した。得られた熱間圧延鋼板の板厚は2.0〜3.6mmの範囲内であった。
【0062】
【表1】
【0063】
【表2】
【0064】
得られた熱延鋼板から小片を切り出し、次に述べるようにして、金属組織および機械的性質を調べた。それらの調査結果を表3にまとめて示す。
【0065】
作製した熱延鋼板から、圧延方向に沿った板厚方向断面を切り出し、樹脂埋込後に機械研磨によって鏡面とした後、ナイタル腐食によって板厚中心部(板厚をtとして、板厚中心から±0.12tの範囲内)の金属組織を現出させ、光学顕微鏡およびSEMにより組織を同定し、画像解析によって各相の面積率を求めた。
【0066】
別に、同じく圧延方向に沿った板厚方向断面を切り出し、機械研磨により鏡面とした後、コロイダルシリカによって機械化学研磨を行って研磨傷を除去したサンプルを作製し、EBSD解析により結晶粒の方位解析を行った。観察倍率は200倍とし、700μm×700μmの領域を1μm間隔で測定した。解析時には、隣接する粒と15°以上の角度を持つ境界のみを大角粒界とみなし、板厚中心部における鋼板面垂直方向に<112>結晶方位が10°以内で配向している結晶コロニーの円相当直径とアスペクト比(a/b比、a=短軸長さ、b=長軸長さ)の分布とを調べた。
【0067】
上記結晶コロニーの測定と同じサンプルを使用し、板厚中心部に存在する円相当直径が5μm以上の介在物、晶出物および析出物の個数(表3では介在物合計数と表示)を調べた。調査はSEMを用いて倍率1000倍で25視野実施し、各視野の合計個数の平均値として、介在物合計数の数密度を求めた。
【0068】
さらにまた、板厚中心についてX線回折試験を行い、ランダム試料に対する{001}<110>〜{112}<110>間のX線回折強度比を求めた。
【0069】
機械的性質について、引張強度はJIS 5号引張試験片を用いてインストロン型の引張試験機により静的引張試験を実施して調べた。表3には引張強さ(TS)、全伸び(EL)および成形性の指標となるTS×ELの値を示す。
【0070】
穴広げ性は、打抜きクリアランスを12%とし、超硬合金製のパンチおよびダイを用いて、クランクプレスによって打抜きを行った後、頂角60°の円錐ポンチによって押し拡げ、板厚方向にクラックが貫通するまでの限界穴拡げ率を求めることにより実施した。
【0071】
せん断端面の評価について、圧延方向に沿って25mm長さ×60mm幅の小片を切り出し、切断クリアランスを板厚の15%として、圧延方向に沿って長さ25mm×10mm幅せん断加工により切断を行い、端面性状を評価した。測定はn=3で実施し、n=2以上で端面にクラックが生じた場合(×)、3サンプル中1サンプルで割れが生じた場合(△)、ならびに1つも割れが生じなかった場合(○)の3水準で評価した。○が望ましいが、△でも実用上は許容できる。なお、「−」は評価を行っていないことを示す。
【0072】
【表3】
【0073】
試験番号1は、C含有量が高いため、フェライトが十分に析出せず、マルテンサイト主体の組織となり、強度過多で延性が非常に低く、成形性の指標となるTS×ELの値も極めて低く、成形性に劣っていた。また、鋼板面垂直方向に<112>結晶方位へ配向した結晶コロニーが多く、しかも粗大であった。その結果、切断端面に割れが生じ、せん断加工性に劣っていた。
【0074】
試験番号2は、PおよびSの含有量が高く、成形性が不芳であった。また、鋼板面垂直方向に<112>結晶方位へ配向した結晶コロニーが多く、しかも、それらが粗大でバンド状であるため、せん断加工における切断端面割れが不芳となった。
【0075】
試験番号3は、Tiの含有量が多く、粗大介在物の形成により成形性が不芳となった。また、鋼板面垂直方向に<112>結晶方位へ配向した結晶コロニーが多く、しかも、それらが粗大であるため、せん断加工における切断端面割れが不芳となった。
【0076】
試験番号4は、一次冷却停止をしないで巻取ったため、鋼板面垂直方向に<112>結晶方位へ配向した結晶コロニーが多く、それらが粗大であるため、せん断加工における切断端面割れが不芳となった。また、{001}<110>〜{112}<110>間の集合組織が発達しているため、穴拡げ性が不芳となった。
【0077】
一方、本発明に従った試験番号5〜13では、穴拡げ性およびTS×ELの値が良好であって、成形性に優れる上、せん断加工においても端面割れ発生が効果的に抑制され、せん断加工性にも優れていた。特に上記結晶コロニーに占める円相当直径10μm以上の結晶コロニーの面積率は25%以下であると、端面割れ発生がより効果的に抑制された。