【実施例】
【0047】
以下、実施例を参照して本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0048】
[比較例1]
方法
(1) Taq I発現用プラスミド作製
Taq I遺伝子を持つTaq Iをクローニングした出芽酵母用プラスミドpHS141(His,V5エピトープタグを含む)を鋳型に下記のオリゴDNAを用いてPCR反応を実施し、Taq I遺伝子断片を取得した。
GA
GGCGCGCCATGGCCCCTACACAAGCCCA(配列番号1)
(下線部はAsc I制限酵素認識部位)
GC
TTAATTAATCAATGGTGATGGTGATGAT (配列番号2)
(下線部はPac I制限酵素認識部位)
【0049】
得られた断片の配列を確認後Asc IとPac Iで切断し、断片をカリフラワーモザイクウイルス35Sプロモーター(CaMV 35S プロモーター)直下に接続し、下流にノパリン合成酵素遺伝子のターミネーター(Nos ter.)を持つ植物用プラスミドp35SP-Taq Iを構築した(
図1の上)。なお、Taq I遺伝子の3'末端にはV5タグおよびHisタグの認識配列が融合されている。
【0050】
(2) パーティクルガン法による遺伝子導入
イネ完熟種子から籾殻を除去し、70% エタノールで5分間、アンチホルミン(有効塩素 5%)で約2時間振盪滅菌した。滅菌蒸留水で5回以上洗浄後、カルス誘導培地(Linsmaier and Skoog(LS)培地に2 mg/L 2,4-ジクロロフェノキシ酢酸(2,4-D)、30 g/L ショ糖、2.8 g/L L-プロリンを含む)に玄米を置床し、28 ℃の暗所で5日から6日間培養した。カルス化した種子部分から胚盤部分を摘出し、マンニトール含有培地(カルス誘導培地に0.4 M マンニトールを含む)に置床後、Ochiai-Fukuda T et al. (2006) (J Biotechnol 122:521-527) の方法に従い、パーティクルガン(BIO-RAD社 PDS-1000/He System)を用いて水稲品種日本晴の胚盤由来カルスに遺伝子導入を行った。実際には、プラスミドp35SP-Taq Iと、EGFP (enhanced green fluorescent protein)遺伝子及びブラストサイジン薬剤耐性(ブラストサイジンSデアミナーゼ:bsd)遺伝子を融合したgfbsdを有するプラスミドpAct-gfbsd(
図1の下)とを、各2μgずつ混合して、直径0.6μmの金粒子に結合させ、パーティクルガンによる共導入(Co-transformation)を行った。また、ポジティブコントロールとして、pAct-gfbsd遺伝子のみを導入した。遺伝子導入後、28℃で約24時間培養を行い、ブラストサイジンS (BS)選抜培地(カルス誘導培地に10mg/L ブラストサイジン Sを含む)に置床した。BS選抜中のカルスは、26℃、28℃、32℃の各温度の植物用インキュベーターを用いて培養を行い、約2週間毎に新しいBS選抜培地へ継代した。
【0051】
なお、プラスミドpAct-gfbsd において、gfbsd遺伝子はEGFP遺伝子とbsd遺伝子が18塩基のスペーサー配列で連結され、GFP蛍光発現とBS耐性を同時に付与できる。プラスミドpAct-gfbsd において、gfbsd遺伝子は、イネのアクチン遺伝子のプロモーターAct1の下流に挿入されている。
【0052】
(3) 安定形質転換体の取得の試み
BS選抜培地上で生育したカルス塊について実体蛍光顕微鏡(Leica社)下で観察を行い、GFP蛍光を発するカルス塊を選抜した。カルス塊の一部をFTAカード(Whatman社)上に乗せ、パラフィルムで覆って上から強く押しつけた後、乾燥させた。直径2 mmのディスクとして打ち抜いた後、FTA精製試薬で3回、TEで2回洗浄して風乾した。乾燥させたディスクを用いてPCRを行い、Taq I遺伝子の染色体への導入を確認した。
【0053】
緑化再生は再分化培地(0.2 % N-Zアミン、1 mg/L 1-ナフタリン酢酸(NAA)、2 mg/L 6-ベンジルアデニン (BA)を含む)上にカルス塊を置床し、26℃の培養温度、明期16時間の条件で生育させた。緑化、再生した個体を鉢上げ後、高湿度条件から徐々に湿度を下げながら馴化処理を行い、最終的に組換え温室で生育させた。
【0054】
結果
(1) イネ胚盤由来カルスにパーティクルガン法を用いて、35S プロモーター制御のTaq I遺伝子と蛍光薬剤選抜マーカーgfbsd遺伝子を共導入(
図1)したところ、多くのカルスの枯死とGFP蛍光の減衰が確認された(
図2)。
【0055】
(2) BS選抜時の温度条件(26℃、28℃、32℃)を検討したところ、選抜時の温度が高くなるとカルスの生育状態が悪くなり、BS選抜カルスの多くは枯死した。生存したカルスは、続く緑化処理課程でも、明らかにその緑化率が低下した。
【0056】
(3) 緑化・発根に成功した15〜20のイネ再生個体は、鉢上げ段階で約2/3が枯死した。残り1/3の生存個体においてRT-PCRによる発現確認を行ったところTaq I遺伝子は発現していなかった。すなわちTaq Iが機能したイネ植物個体を取得することはできなかった。
【0057】
(4) 以上の結果から、特許第4158920号に記載されたTaq Iシステムを、酵母同等の条件で植物細胞に適応した場合には細胞枯死が生じてしまい、ゲノムDNAにおける遺伝的組換えを有する変異体植物を作製することができないことが明らかとなった。
【0058】
[実施例1]
方法
(1) YFP型組換え検出マーカーの作製
相同組換えが生じたことを検出するために、蛍光及び薬剤選抜マーカー遺伝子として、EYFP遺伝子(Clontech社)とbsd遺伝子を6アミノ酸からなるスペーサー配列(GGG CTC CAC GTG GCC GGC)を介して連結し、Act1プロモーター直下に挿入したプラスミドpAct-yfbsdを構築した(
図3の上)。pAct-yfbsdのEYFP遺伝子領域内114番目のリジン(AAG)を終止コドン(TAG)に1塩基置換により改変して、YFP蛍光を発しないプラスミドpTG-sEYFPを構築し、受容体マーカー遺伝子(TGマーカー)とした(
図3の上から2番目)。一方、pAct-yfbsdの開始コドンから54塩基を欠失させ、さらにyfbsd配列内のSph I制限酵素認識配列(GCATGC)をEco RI制限酵素認識配列(GAATTC)に書き換えたEYFP欠損プラスミドpRS2-dEYFP(Act1プロモーターは除いてある)を構築し、供与体マーカー遺伝子(RSマーカー)とした(
図3の上から3番目)。
【0059】
(2) YFP型組換え検出マーカー導入カルスの作出
YFP型組換え検出マーカープラスミドpTG-sEYFP、pRS2-dEYFP及びハイグロマイシン薬剤耐性遺伝子(HYG)を有するプラスミドp35S2P-HYGの3者をそれぞれ1.5μgずつ混合して、パーティクルガン法を用いて、イネ胚盤由来カルスに共導入した(
図3の破線枠内)。遺伝子導入後のカルスはN6-ハイグロマイシン選抜培地(N6培地に2 mg/L 2,4-D、30g/L ショ糖、2.8 g/L L-プロリン、50 mg/L ハイグロマイシンを含む)に置床した。ハイグロマイシン選抜中のカルスは、28℃の植物インキュベーターを用いて培養を行い、約2週間毎にハイグロマイシン含有培地へ継代した。生存したカルス塊の一部をFTAカード上に乗せて固定し、PCRによりYFP型組換え検出マーカープラスミドpTG-sEYFPおよびpRS2-dEYFPの両方について染色体挿入を確認した(以後、TG/RSカルスと呼ぶ)。
【0060】
(3) 制限酵素(Taq I)遺伝子の導入と一過性発現
TG/RSカルスをマンニトール含有培地上に置床し、パーティクルガン法により制限酵素(Taq I)遺伝子(p35SP-Taq I(比較例1参照))を導入し、一過的発現を実施した。遺伝子導入24時間後のカルス塊をN6-BS選抜培地(N6カルス誘導培地に10mg/L ブラストサイジン Sを含む)に置床し、32℃で短期間(3日間)培養した。
【0061】
(4) DNA相同組換えの検出
N6-BS選抜培地上で生育したカルス塊は、実体蛍光顕微鏡下で蛍光観察を行い、DNA相同組換えが生じたことを示すYFP蛍光スポットを検出し、当該スポットを有するカルス塊数を測定した(
図4)。上述したTaq I遺伝子の一過性発現によってTG/RSカルス内のTGマーカーとRSマーカー間で相同組換えが生じると、
図4に示すように、YFBSDタンパク質が発現されることとなり、YFP蛍光を発するイネ・カルス(
図4中、破線円内)が出現する。
【0062】
その後、YFP蛍光カルス塊は非蛍光部分を含まないように切り出し、さらに細かく砕いて、N6-ハイグロマイシン選抜培地上で、ある程度の大きさのカルス塊になるまで生育させた。実体蛍光顕微鏡下で再度蛍光観察を行い、YFP蛍光のみを有するカルス塊を取得後、Nucleon PhytoPure(GE Healthcare社)を用いて、ゲノム抽出を行った。取得したイネゲノムを鋳型に下記のオリゴDNAを用いてPCRを行うことで、yfbsd相当遺伝子断片(1302塩基)を取得した(
図5)。
EULS-11:AGACGATAAGCTTGATATCA(配列番号3)
(Act1 プロモーター領域内の配列)
EULS-10:ACCGGCAACAGGATTCAATC(配列番号4)
(NosT ターミネーター領域内の配列)
【0063】
PCRにより得られた断片をEco RIで切断し、電気泳動により確認した(
図5)。PCR増幅産物がEcoRIで切断されると、
図5中の矢頭部に示すように、780塩基対及び522塩基対のDNA断片が生ずるため、これらを検出することでyfbsd遺伝子内に相同組換えが生じたことを確認できる。
【0064】
(5) 形質転換体の取得
YFP蛍光カルス塊は再分化培地上に置床し、26℃の培養温度、明期16時間の条件で生育させた。緑化した個体を鉢上げ後、馴化処理を1週間程度行い、組換え温室で生育させた。
【0065】
結果
(1) TG/RSカルス系統を構築後、パーティクルガン法によりTaq I遺伝子を導入して一過的発現を行ったところ、TaqIに依存して組換え発生を示唆するYFP蛍光スポットの出現が確認された(
図4)。また、蛍光スポット部分のカルス塊を単離して生育させ、ゲノム抽出後、PCR-RFLP解析を行った。その結果、相同組換えが活性化されていることを確認した(
図5)。
【0066】
(2) YFP蛍光カルス塊を単離・取得後、イネ個体へと生育させたところ、形態変化が生じた変異体が得られた(
図6)。詳細には高頻度で矮性株など、形態的表現型を持つ個体が得られた。
【0067】
(3) 以上の結果から、植物細胞内においてTaq Iを一過的に発現させ、Taq Iが活性化する温度未満の温度(常温)で生育させることで、細胞枯死の発生を防止し、ゲノムDNAの遺伝的組換えを誘発し、形質変化を有する変異体植物を作製できることが明らかとなった。
【0068】
[実施例2]
本実施例では、実施例1で使用したTaqI以外の制限酵素を使用し、同様にゲノムDNAの遺伝的組換え誘発実験を行った。
【0069】
方法
(1)Sse 9I発現用プラスミド作製
Sporosarcina sp.由来Sse 9I遺伝子の塩基配列情報を元にして植物(シロイヌナズナ)のコドン利用率に最適化するようにDNAを全合成した。合成したSse 9I遺伝子の塩基配列を配列番号18に示した。また全合成したSse 9I遺伝子は、pDONR221(Invitrogen社製)にクローニングした。得られたベクターをTCL-AtSse9I/pDONR221と称す。
【0070】
次に、TCL-AtSse9I/pDONR221を鋳型とし、下記のオリゴDNAを用いてPCRをおこない、Sse 9I遺伝子断片を取得した。
GA
GGCGCGCCATGGGCATGAACAGCAGATTGTTAA(配列番号19)
(なお下線部はAsc I制限酵素認識部位)
GC
TTAATTAATTATTGAGGGAGTGCTTGGGGAGGT(配列番号20)
(なお下線部はPac I制限酵素認識部位)
【0071】
得られた断片の配列を確認後、Asc IとPac Iで切断した。この断片をカリフラワーモザイクウイルス35Sプロモーター(CaMV 35S promoter)直下に接続し、下流にノパリン合成酵素遺伝子のターミネーター(Nos ter.)を持つ植物用プラスミドp35SP-Sse 9Iを構築した(
図7の上)。
【0072】
(2)Tsp 45I発現用プラスミド作製
Thermus sp. YS45由来Tsp 45I遺伝子の塩基配列情報を元にして植物(シロイヌナズナ)のコドン利用率に最適化するようにDNAを全合成した。合成したTsp 45I遺伝子の塩基配列を配列番号21に示した。また全合成したTsp 45I遺伝子は、pENTR223.1(Invitrogen社製)にクローニングした。得られたベクターをTCL-AtTSP45I/pENTR223.1_LCと称す。
【0073】
次に、TCL-AtTSP45I/pENTR223.1_LCを鋳型とし、下記のオリゴDNAを用いてPCRをおこない、Tsp 45I遺伝子断片を取得した。
GA
GGCGCGCCATGGCCGAATGGAACGTTTGGACGC(配列番号22)
(なお下線部はAsc I制限酵素認識部位)
GC
TTAATTAATTACAGACCAAGGGCTTCCTCTCCC(配列番号23)
(なお下線部はPac I制限酵素認識部位)
【0074】
得られた断片の塩基配列を確認したところ、開始コドンから756bpのチミン塩基が欠失していた。そこで下記のオリゴDNAを用いて該当箇所にシトシン塩基を挿入し、フレームを修正(TT
T/Phe→TT
C/Phe)した。
AGGTGAAGTT
CCAGAGTGATT(配列番号24)
(なお下線部は修正した塩基)
AATCACTCTG
GAACTTCACCT(配列番号25)
(なお下線部は修正した塩基)
【0075】
再びPCRを行い、得られた断片の配列を確認後、Asc IとPac Iで切断した。この断片をカリフラワーモザイクウイルス35Sプロモーター(CaMV 35S promoter)直下に接続し、下流にノパリン合成酵素遺伝子のターミネーター(Nos ter.)を持つ植物用プラスミドp35SP-Tsp 45Iを構築した(
図7の下)。
【0076】
(3) YFP型組換え検出マーカー導入T
2種子の取得
YFP型組換え検出マーカープラスミドが導入されたTG/RSカルスにおいて、Taq I遺伝子の導入によって、YFP蛍光カルス出現率の高かった0926-69系統を再分化培地上に置床し、28℃の培養温度、明期16時間の条件で生育させた。緑化、再生した個体を鉢上げ後、高湿度条件から徐々に湿度を下げながら馴化処理を行い、組換え温室で生育させた(0926-69 #3系統)。得られたT
1種子を播種後、幼根先端部を実体蛍光顕微鏡で観察し、YFP蛍光が見られないことを確認した。続いて幼植物を鉢に移植後、葉の一部をFTAカード上に乗せて固定し、PCRによりpTG-sEYFPおよびpRS2-dEYFPの両プラスミドがゲノム中に挿入されていることを確認し、それぞれの植物体を0926-69 #3-1、#3-2、#3-3、#3-4系統とした。組換え温室で生育させ、T
2種子を取得した(以後、TG/RS(T
2)種子と呼ぶ)。
【0077】
(4) 制限酵素(Sse 9IまたはTsq 45I)の一過性発現とYFP蛍光スポット数
TG/RS(T
2)完熟種子を、比較例1の(2)に記載した方法によってカルス誘導した。マンニトール含有培地上に置床し、パーティクルガン法により制限酵素(Taq I、Sse 9I、Tsq 45I)遺伝子(p35SP-Taq I、p35SP-Sse 9I、p35SP-Tsp 45I)、またはネガティブコントロールとしてハイグロマイシン耐性(HYG)遺伝子(p35S2P-HYG)を導入し、それぞれ一過的に発現させた。遺伝子導入24時間後のカルス塊をN6-BS選抜培地に置床し、32℃で培養した。生育したカルス塊は、実体蛍光顕微鏡下で蛍光観察を行い、DNA相同組換えが生じたことを示すYFP蛍光スポット(
図8)およびスポットを有するカルス塊数を調べた(
図9)。なお、YFP蛍光スポット出現率とは、カルス上に生じたYFP蛍光スポットの数を、パーティクルガン法によを用いた全カルス塊の数で除した値を100倍した数値である。
【0078】
結果
YFP型組換え検出マーカー(TG/RS/HYG)遺伝子を導入固定したT
2種子より誘導したカルス塊に、パーティクルガン法により、See 9IまたはTsp 45I遺伝子を導入して一過的発現を行ったところ、YFP蛍光スポットの出現が確認された(
図8、
図9)。このことから、Taq I以外の制限酵素においても相同組換えが生じることが確認された。
【0079】
[実施例3]
本実施例では、制限酵素遺伝子を導入した後に熱処理を行うことで、ゲノムDNAの相同組換え率がどのように変動するか検証した。
【0080】
方法
本実施例では、実施例1で使用したTaqI遺伝子(p35SP-Taq I(比較例1参照))を植物細胞に導入した後に熱処理を行った。具体的に本実施例では、実施例2で調整したTG/RS(T
2)完熟種子を比較例1の(2)に記載した方法によってカルス誘導し、その後、マンニトール含有培地上に置床し、パーティクルガン法によりTaqI遺伝子(p35SP-Taq I)を導入した。遺伝子導入24時間後のカルス塊をN6-BS選抜培地に置床し、40℃または50℃で1時間の熱処理を行った。熱処理後のカルス塊は、再び32℃で生育させた。熱処理後3日目、5日目、7日目に各処理区のカルス塊の蛍光観察を行い、DNA相同組換えが生じたことを示すYFP蛍光スポットおよびスポットを有するカルス塊数を調べた(
図10)。
【0081】
結果
YFP型組換え検出マーカー(TG/RS/HYG)遺伝子を導入固定したT
2種子より誘導したカルス塊に、パーティクルガン法により、Taq I遺伝子を導入して一過的発現後、TaqIが活性化する温度で熱処理(40℃または50℃で1時間処理)を行ったところ、DNA相同組換えが生じたことを示すYFP蛍光スポット出現率は、40℃/1時間処理で最も多く、出現時期も早かった(
図10)。この結果から、制限酵素遺伝子を導入して一過的に発現させた後、制限酵素が活性化する温度で処理することで、比較的に早い段階で相同組換えが発生し、また相同組換えの頻度も向上することが確認された。
【0082】
[実施例4]
1.材料および方法
1−1.実験材料
植物の実験材料は、野生型シロイヌナズナ エコタイプCol-0を用いた。植物体は、バーミキュライト混合土を入れた直径50mmのポットに播種し、22℃、16時間明期8時間暗期、光強度約30〜45μmol/m
2/secの栽培室(SANYO社製)で生育させた。
【0083】
1−2.方法
1−2−1.TaqI遺伝子の取得
TaqI遺伝子を持つ出芽酵母用プラスミドpHS141(特許第4158920)を鋳型とし、制限酵素サイト(BamHI、SacI)を付加した下記プライマー(BamHI-TaqI-F、TaqI-SacI-R)を用い、PrimeSTAR HS DNA Polymerase (タカラバイオ社製)によりPCRを行った。PCRの反応液組成、および反応条件は、添付の標準プロトコルに従った。
BamHI-TaqI-F(配列番号5):
5'-AGGATCCCCGGGTGGTCAGTCCCTTATGGCCCCTACACAAGCCCA-3'
TaqI-SacI-R(配列番号6):
5'-AGAGCTCTGTACCTCACGGGCCGGTGAGGGC-3'
【0084】
PCR増幅産物は、アガロースゲルで電気泳動し、目的断片を含むゲルを切り出し、 illustra GFX PCR DNA and Gel Band Purification Kit (GEヘルスケア・ジャパン社製)を用いて目的のDNA断片を溶出・精製した。得られたDNA断片を、TaKaRa Ex Taq(タカラバイオ社製)1UとdATP(最終濃度 0.2mM)で70℃、30min処理しアデニンヌクレオチドを付加した。アデニンヌクレオチドを付加したDNA断片を、TOPO TA Cloning Kit(Invitrogen社製)を用いて、TA-Cloning用pCR2.1ベクターにライゲーション後、キット添付のコンピテントセル(ECOSTM Competent E. coli DH5α (ニッポンジーン社製))に形質転換した。形質転換後、50μl/mlのカナマイシンを添加したLB培地で培養し、形質転換体を選抜した。出現したコロニーを50μl/mlのカナマイシンを添加したLB培地で液体培養し、得られた菌体からQIAGEN 社製Plasmid Mini Kitを用いてプラスミドDNA を調製した。得られたTaqI遺伝子をクローニングしたベクターは、BigDye Terminater v3.1Cycle Sequencing Kit(Applied Biosystems社製)でシーケンス反応を行い、Applied Biosystems 3130 Genetic Analyzer(Applied Biosystems社製)によって塩基配列の決定を行った。TaqI遺伝子のコーディング領域の塩基配列を配列番号7に示した。
【0085】
1−2−2.TaqI-NLS遺伝子の取得
TaqIのC末端側に核移行シグナル(NLS)を付加したTaqI-NLS遺伝子の取得は、1−2−1.と同様に行った。なおNLS配列を付加したプライマーは、TaqI-SacI-Rの代わりに、下記TaqI-NLS-SacI-Rプライマーを用いた。
TaqI-NLS-SacI-R(配列番号8):
5'-AGAGCTCCCCGGGCTATCCTCCAACCTTTCTCTTCTTCTTAGGCTGCAGACCTCCCGGGCCGGTGAGGGCTTCC-3'
NLS配列を付加したTaqI遺伝子のコーディング領域の塩基配列を配列番号9に示した。
【0086】
1−2−3.ゲノムDNA調製
1−1.で栽培したシロイヌナズナから幼葉を採取し、液体窒素凍結下で粉砕した。QIAGEN社製DNA調製キット(DNeasy Plant Mini Kit)を用いてキット添付の標準プロトコルに従ってゲノムDNAを調製した。
【0087】
1−2−4.HSP18.2プロモーターの取得
1−2−3.で調製したシロイヌナズナのゲノムDNAを鋳型とし、シロイヌナズナのHEAT SHOCK PROTEIN 18.2(At5g59720)のプロモーター部分(HSP18.2プロモーター)を増幅させるために、制限酵素サイト(SalI、BamHI)を付加した下記プライマー(SalI-HSP18.2-F、HSP18.2-BamHI-R)を用い、1−2−1.と同様にPCRを行った。
SalI-HSP18.2-F(配列番号10):
5'- AGTCGACTCTGGTGGTTTCAACTTGGG -3'
HSP18.2-BamHI-R(配列番号11):
5'- AGGATCCTGTTCGTTGCTTTTCGGGAG -3'
【0088】
PCR増幅産物は、1−2−1.と同様にクローニングし、塩基配列の決定を行った。HSP18.2プロモーターの塩基配列を配列番号12に示した。
【0089】
1−2−5.AtSIG2プロモーターの取得
1−2−3.で調製したシロイヌナズナのゲノムDNAを鋳型とし、シロイヌナズナのSIG2 (SIGMA SUBUNIT OF CHLOROPLAST RNA POLYMERASE)(At1g08540)のプロモーター部分(AtSIG2プロモーター)を増幅させるために、制限酵素サイト(SalI、BamHI)を付加した下記プライマー(SalI-AtSIG2-F、AtSIG2-BamHI-R)を用い、1−2−1.と同様にPCRを行った。
SalI-AtSIG2-F(配列番号13):
5'- AGTCGACCGATCTTTCTCCAACAAGCTT -3'
AtSIG2-BamHI-R(配列番号14):
5'- AGGATCCGCTCGTTCTTAGCCTATATTCG-3'
【0090】
PCR増幅産物は、1−2−1.と同様にクローニングし、塩基配列の決定を行った。AtSIG2プロモーターの塩基配列を配列番号15に示した。
【0091】
1−2−6.プロモータークローニング用ベクター(pBI101N2)の作製
植物発現用ベクターpBI121(CLONTECH社製)を制限酵素HindIII及びBamHI で処理した。次に、下記オリゴヌクレオチドを等量混合し、96℃で10min、その後室温に2時間静置後、上記制限酵素処理したpBI121とDNA Ligation Kit <Mighty Mix>(タカラバイオ社製)によりライゲーション反応を行い、プロモータークローニングベクターpBI101N2を作製した。
Linker-F2(配列番号16):
5'- AGCTTGGCGCGCCTTAATTAAACTAGTCTCGAGGTCGACT -3'
Linker-R2(配列番号17):
5'- CTAGAGTCGACCTCGAGACTAGTTTAATTAAGGCGCGCCA -3'
【0092】
1−2−7.プロモータークローニング用ベクター(pBI TaqI、pBI TaqI-NLS)の作製
1−2−6.で作製したプロモータークローニングベクターpBI101N2に、1−2−1.で取得したTaqI遺伝子、1−2−2.で取得したTaqI-NLS遺伝子をサブクローニングし、各々、プロモータークローニング用ベクターpBI TaqI、プロモータークローニング用ベクターpBI TaqI-NLSを作製した。
【0093】
まず、1−2−1.でTaqI遺伝子をクローニングしたpCR2.1ベクターを、制限酵素BamHI及びSacIで処理した。次に、同様に1−2−6.で作製したプロモータークローニングベクターpBI101N2を制限酵素BamHI及びSacIで処理した。これら制限酵素消化産物についてアガロースゲル電気泳動し、目的断片を含むゲルを切り出し、 illustra GFX PCR DNA and Gel Band Purification Kit (GEヘルスケア・ジャパン社製)を用いて、ゲルよりTaqI遺伝子断片及び制限酵素処理したpBI101N2断片を溶出・精製した。pBI101N2の断片をベクターとしてTaqI遺伝子断片をサブクローニングするため、DNA Ligation Kit <Mighty Mix>(タカラバイオ社製)によりライゲーション反応を行った。反応液をコンピテントセル(ECOSTM Competent E. coli DH5α(ニッポンジーン社製))に添加し、キット添付のプロトコルに従って形質転換を行った。50μg/mlのカナマイシンを含むLB寒天培地に塗布し一晩培養し、出現したコロニーを50μg/mlのカナマイシンを添加したLB培地で液体培養し、得られた菌体からPlasmid Mini Kit(QIAGEN社製)を用いてプラスミドDNAを調製した。得られたTaqI遺伝子断片をサブクローニングしたプロモータークローニング用ベクターpBI TaqIの塩基配列決定および配列解析を行った。
【0094】
同様に、1−2−2.で取得したTaqI-NLS遺伝子を含むプロモータークローニング用ベクターpBI TaqI-NLSを作製した。
【0095】
1−2−8.植物発現用ベクター(pBI 35S:TaqI、pBI 35S:TaqI-NLS)の作製
植物発現用ベクターpBI121〔プロモーターとして、cauliflower mosaic virus(CaMV)35s promoterを含む〕に、1−2−1.で取得したTaqI遺伝子、1−2−2.で取得したTaqI-NLS遺伝子をサブクローニングし、各々、植物発現用ベクターpBI 35S:TaqI、植物発現用ベクターpBI 35S:TaqI-NLSを作製した。
【0096】
1−2−1.でTaqI遺伝子をクローニングしたpCR2.1ベクターを、制限酵素BamHI及びSacIで処理した。次に、同様にpBI121を制限酵素BamHI及びSacIで処理した。以下、1−2−7.と同様に、得られたTaqI遺伝子断片をサブクローニングした植物発現用ベクターpBI 35S:TaqIの塩基配列決定および配列解析を行った。
【0097】
また同様に、1−2−2.で取得したTaqI-NLS遺伝子を含む植物発現ベクターpBI 35S:TaqI-NLSを作製した。
【0098】
1−2−9.植物発現用ベクター(pBI HSP18.2:TaqI、pBI HSP18.2:TaqI -NLS)の作製
1−2−7.で作製したプロモータークローニング用ベクター(pBI TaqI、pBI TaqI-NLS)、に、1−2−4.で取得したHSP18.2プロモーターをサブクローニングし、各々植物発現用ベクターpBI HSP18.2:TaqI、植物発現用ベクターpBI HSP18.2:TaqI -NLSを作製した。
【0099】
1−2−4.でHSP18.2プロモーターをクローニングしたpCR2.1ベクターを、制限酵素SalI及びBamHIで処理した。次に、同様に1−2−7.で作製したプロモータークローニング用ベクターpBI TaqIを制限酵素SalI及びBamHIで処理した。以下、1−2−7.と同様に、得られたHSP18.2プロモーターをサブクローニングした植物発現用ベクターpBI HSP18.2:TaqIの塩基配列決定および配列解析を行った。
【0100】
また同様に、1−2−7.で作製したプロモータークローニング用ベクターpBI TaqI-NLSに、1−2−4.で取得したHSP18.2プロモーターをサブクローニングした植物発現ベクターpBI 35S:TaqI-NLSを作製した。
【0101】
1−2−10.植物発現用ベクター(pBI AtSIG2:TaqI、pBI AtSIG2:TaqI -NLS)の作製
1−2−7.で作製したプロモータークローニング用ベクター(pBI TaqI、pBI TaqI-NLS)、に、1−2−5.で取得したAtSIG2プロモーターをサブクローニングし、各々植物発現用ベクターpBI AtSIG2:TaqI、植物発現用ベクターpBI AtSIG2:TaqI -NLSを作製した。
【0102】
1−2−5.でAtSIG2プロモーターをクローニングしたpCR2.1ベクターを、制限酵素SalI及びBamHIで処理した。次に、同様に1−2−7.で作製したプロモータークローニング用ベクターpBI TaqIを制限酵素SalI及びBamHIで処理した。以下、1−2−7.と同様に、得られたAtSIG2プロモーターをサブクローニングした植物発現用ベクターpBI AtSIG2:TaqIの塩基配列決定および配列解析を行った。
【0103】
また同様に、1−2−7.で作製したプロモータークローニング用ベクターpBI TaqI-NLSに、1−2−4.で取得したAtSIG2プロモーターをサブクローニングした植物発現ベクターpBI AtSIG2:TaqI -NLSを作製した。
【0104】
1−2−11.アグロバクテリウム法を用いたシロイヌナズナへの遺伝子導入
1−2−8.から1−2−10.で作製した植物発現用ベクターをエレクトロポレーション法(Plant Molecular Biology Mannal, Second Edition , B. G. Stanton and A. S. Robbert, Kluwer Acdemic Publishers 1994)により、アグロバクテリウム・ツメファシエンス(Agrobacterium tumefaciens)C58C1株に導入した。次いで植物発現用ベクターが導入されたアグロバクテリウム・ツメファシエンスを、Cloughらにより記載された浸潤法(Steven J. Clough and Andrew F. Bent, 1998, The Plant Journal 16, 735-743)により、野生型シロイヌナズナ エコタイプCol-0に導入した。
【0105】
形質転換したシロイヌナズナは、22℃、16時間明期8時間暗期、光強度約30〜45μmol/m
2/secで生育させ、T1種子を回収した。回収したT1種子は、カナマイシン(50mg/L)、カルベニシリン(100mg/L)及びベンレートT水和剤20(20mg/L:住友化学社製)を含む改変MS寒天培地〔ショ糖10 g/l、MES (2-Morpholinoethanesul phonic acid)0.5g/L、寒天(細菌培地用;和光純薬工業社製)8 g/L〕に無菌播種し、22℃、16時間明期8時間暗期、光強度約60〜90μmol/m
2/secの植物インキュベータ(トミー精工社製)で培養し形質転換体を選抜した。選抜した形質転換体は、鉢あげ馴化し、22℃、16時間明期8時間暗期、光強度約30〜45μmol/m
2/secで生育させ、自家受粉によりT2種子を得た。
なお、MS培地はMurashige, T. et al. (1962) Physiol. Plant., 15, 473-497を参照する。
【0106】
2.結果
上記1−2−11.の結果として、TaqI遺伝子を導入した形質転換植物体の地上部を撮影した写真を
図11〜13に示す。また、結果として、プロモーターの違いによる形質転換効率(鉢あげ数/T1種子播種数)を表1に示す。
【0107】
【表1】
【0108】
なお、
図11は、AtSIG2プロモーターとNLSを付加したTaqIとを組み合わせた植物発現ベクター(AtSIG2 TaqI-NLS)で、形質転換したシロイヌナズナを撮像した写真である。
図11に示すように、花茎が異常に分岐しており、播種後8ヶ月間、枯れずに生育していた。また、
図12は、AtSIG2プロモーターとNLSを付加したTaqIとを組み合わせた植物発現ベクター(AtSIG2 TaqI-NLS)で、形質転換したシロイヌナズナを撮像した写真である。
図12に示すように、茎が扁平していることがわかる。
図13は、CaMV 35s プロモーターとTaqIとを組み合わせた植物発現ベクター(pBI 35S:TaqI)で、形質転換したシロイヌナズナを撮像した写真である。
図13に示すように、バイオマスが増産していることがわかる。
【0109】
以上の結果から、植物体(シロイヌナズナ)に、アグロバクテリウム法を用いて制限酵素Taq I遺伝子を導入したところ、ゲノムDNAの遺伝的組換えを誘発することができ種々の形質を有する変異体植物を作製できることが明らかとなった。また、表1に示すように、今回の栽培条件でTaqIに組合せるプロモーターは、CaMV 35s プロモーター及び、当該CaMV 35s プロモーターよりプロモーター活性の低いAtSIG2プロモーターが好適であると判断できる。