(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5876444
(24)【登録日】2016年1月29日
(45)【発行日】2016年3月2日
(54)【発明の名称】カンゾウ属植物の薬用成分濃度向上方法
(51)【国際特許分類】
A01G 31/00 20060101AFI20160218BHJP
A01G 1/00 20060101ALI20160218BHJP
【FI】
A01G31/00 601A
A01G31/00 612
A01G1/00 301Z
【請求項の数】5
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2013-114417(P2013-114417)
(22)【出願日】2013年5月30日
(65)【公開番号】特開2014-233202(P2014-233202A)
(43)【公開日】2014年12月15日
【審査請求日】2015年2月20日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001373
【氏名又は名称】鹿島建設株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100129300
【弁理士】
【氏名又は名称】丹羽 俊輔
(72)【発明者】
【氏名】澤田 裕樹
(72)【発明者】
【氏名】工藤 善
(72)【発明者】
【氏名】大野 貴子
(72)【発明者】
【氏名】早雲 まり子
(72)【発明者】
【氏名】後藤 英司
(72)【発明者】
【氏名】彦坂 晶子
【審査官】
竹中 靖典
(56)【参考文献】
【文献】
特開平01−102092(JP,A)
【文献】
特開平06−205618(JP,A)
【文献】
特開2010−273648(JP,A)
【文献】
特開2007−006778(JP,A)
【文献】
特開平04−166096(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2004/0163309(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01G 31/00 − 31/06
A01G 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
カンゾウ属植物の養液栽培において、
収穫前に、19℃以下の培養液で低温栽培を行う工程を含む、カンゾウ属植物の薬用成分濃度向上方法。
【請求項2】
前記工程を行う前の段階において、培養液の温度を20〜35℃に調節してカンゾウ属植物の育成を行う請求項1記載の薬用成分濃度向上方法。
【請求項3】
前記カンゾウ属植物の育成を、長日条件下で行う請求項2記載の薬用成分濃度向上方法。
【請求項4】
前記収穫後、前記カンゾウ属植物の根部を、1〜30℃条件下で貯蔵する工程を含む請求項1〜3のいずれか一項記載の薬用成分濃度向上方法。
【請求項5】
前記収穫後、前記カンゾウ属植物の根部を、20〜50℃条件で乾燥処理を行う工程を含む請求項1〜4のいずれか一項記載の薬用成分濃度向上方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カンゾウ属植物の養液栽培において、カンゾウ属植物の薬用成分濃度を向上するための方法などに関連する。
【背景技術】
【0002】
カンゾウ属(甘草属、学名「Glycyrrhiza」、以下同じ)の植物は、マメ科の多年草で、中国北部、ロシア南部、中央アジア、地中海地方などの乾燥地帯に主に自生する。例えば、中国北部などに自生するウラルカンゾウ(学名「G.uralensis」、以下同じ)、地中海地方などに広く自生するスペインカンゾウ(学名「G.glabra」、以下同じ)などが広く知られている。
【0003】
東洋医学(漢方)の分野では、古くから、カンゾウ属植物の根部(ストロンを含む、以下同じ)を乾燥させたものなどが生薬「甘草」として重用されている。甘草の乾燥粉末・エキスなどには、緩和作用・止渇作用があるとされる。そのため、各種の生薬を緩和・調和する目的で、安中散、四君子湯、十全大補湯、人参湯など、多数の漢方方剤に甘草が配合されている。また、甘草には、単独でも、のどの痛みやせきを鎮める効果があるとされ、鎮痛薬・鎮咳薬などとしても用いられている。
【0004】
甘草の主な薬用成分として、グリチルリチン(Glycyrrhizin、C
42H
62O
16、CAS番号:1405-86-3、以下同じ)が知られている。グリチルリチンは、トリテルペン配糖体の一つで、カンゾウ属植物の根部などに多く含有する。グリチルリチンは、抗炎症作用を有し、また、強い甘みを有することが知られている。そのため、単独でも、医薬品、化粧品、甘味料などとしても広く用いられている。グリチルリチンは、主に、カンゾウ属植物の根部から抽出・精製することにより、製造されている。
【0005】
また、甘草には、グリチルリチンの他にも、薬理活性の高いフラボノイド類、例えば、リキリチゲニン、リキリチン、イソリキチゲニンなどが含まれている。これらの薬用成分は、それぞれに異なる薬効を示す。そのため、生薬の甘草には、グリチルリチンだけでなく、これらの薬用成分についても、各成分が適正量以上含有していることが好ましい。
【0006】
多くの場合、野生のカンゾウ属植物が、生薬の甘草などの原材料として収穫され、用いられている。一方、カンゾウ属植物の乱獲による環境破壊や資源の枯渇化の問題が顕在化している。そのため、カンゾウ属植物を安定供給するための栽培・増殖方法を確立することが望まれている。
【0007】
カンゾウ属植物を安定供給するための取り組みとして、例えば、特許文献1には、路地での筒栽培におけるカンゾウ属植物の栽培方法において、土壌中への浸透水を制限し、乾燥条件を作り出すとともに、根部を拘束してグリチルリチン含量を高める手段が考案されている。
【0008】
一方、本発明者らも参加する共同研究では、先般、グリチルリチン含有の割合を高く保持したまま、継代し増殖しうるカンゾウ属植物株の選抜、及び、養液栽培などの閉鎖系施設栽培によるカンゾウ属植物の栽培に成功した(特許文献2参照)。
【特許文献1】特開2012−170344号公報
【特許文献2】特開2012−100573号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記の通り、本発明者らも参加する共同研究において、養液栽培などの閉鎖系施設栽培によるカンゾウ属植物の栽培が可能となった。これにより、カンゾウ属植物を栽培するための環境条件を人為的に制御することが可能となるとともに、自然環境にない特殊な環境条件を植物体に付与することも容易になる。
【0010】
一方、従来、養液栽培などの閉鎖系施設栽培によるカンゾウ属植物の栽培が実質的に不可能であったことから、カンゾウ属植物の薬用成分濃度と環境条件との関連性についての知見はほとんど得られていない。そのため、カンゾウ属植物の薬用成分濃度を向上させるための環境条件についても、ほとんど知られていない。
【0011】
そこで、本発明は、カンゾウ属植物の薬用成分濃度を向上させるための環境条件を検討することにより、養液栽培などの閉鎖系施設栽培によるカンゾウ属植物の栽培において、薬用成分濃度を向上させる手段を提供することなどを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明では、特定の薬用成分濃度を向上するための具体的手段として、カンゾウ属植物の養液栽培において、下記のいずれか又は複数の工程を含む薬用成分濃度向上方法を提供する。
【0013】
(1)培養液の温度を20〜35℃に調節してカンゾウ属植物の育成を行う工程、
(2)収穫前に、19℃以下の培養液で低温栽培を行う工程、
(3)収穫後、前記カンゾウ属植物の根部を、1〜30℃条件下で貯蔵する工程、
(4)収穫後、前記カンゾウ属植物の根部を、20〜50℃条件で乾燥処理を行う工程。
【0014】
例えば、所定期間、植物体を充分に育成した後、収穫の直前に、所定期間、19℃以下の培養液で低温栽培を行う。これにより、根部におけるグリチルリチン及びリキリチンの濃度を向上でき、リチゲニン及びイソリキリチゲニンの濃度も維持できる。
【0015】
一方、19℃以下の培養液で低温栽培を行うと、植物体の生育が大きく抑制される。そこで、19℃以下の培養液で低温栽培を行う工程を行う前の段階においては、培養液の温度を20〜35℃に調節してカンゾウ属植物の育成を行う。これにより、植物体の生長を促進できるため、収穫時期を早めることができるとともに、収穫時における薬用成分濃度を向上できる。即ち、培養液の温度を20〜30℃に調節し、植物体を充分に生長させた後、比較的短期間の低温栽培を行うことにより、カンゾウ属植物の根部における特定の薬用成分を高含有量化でき、その他の薬用成分濃度も概ね低下させずに維持できる。
【0016】
また、カンゾウ属植物の育成を、長日条件下で行ってもよい。カンゾウ属植物の養液栽培においては、比較的簡易に光環境などを調節することができる。そして、本発明者らの検討の結果、養液栽培などの閉鎖系施設栽培によるカンゾウ属植物の栽培において、露地栽培などと同じように冬季の短日条件を創出するよりも、長日条件を持続させる方が、カンゾウ属植物の主根部におけるグリチルリチン含有量を維持しつつ、リチゲニン、リキリチンなどの薬用成分濃度を向上させることができることが分かった。従って、カンゾウ属植物の育成期間中は、短日条件にせずに、長日条件を持続することにより、カンゾウ属植物の根部における特定の薬用成分の濃度を高含有量化でき、その他の薬用成分濃度も概ね低下させずに維持できる。
【0017】
カンゾウ属植物の栽培・育成後、収穫する段階においては、カンゾウ属植物の根部を、1〜30℃条件下で所定期間貯蔵することにより、カンゾウ属植物中の根部におけるグリチルリチン及びリチゲニンの濃度を維持したまま、リキリチン及びイソリキリチゲニンの濃度を向上させることができる。
【0018】
また、カンゾウ属植物の栽培・育成後、収穫する段階において、カンゾウ属植物の根部を、20〜50℃条件で乾燥処理を行うことにより、カンゾウ属植物中の根部におけるグリチルリチン及びリチゲニンの濃度を維持したまま、リキリチン及びイソリキリチゲニンの濃度を向上させることができる。
【0019】
なお、露地栽培などにおける収穫などでは、収穫時における環境条件が不均一であり、また、処理施設などへの運搬・輸送の時間を考慮する必要があるため、これらの収穫後の処理は、養液栽培などの閉鎖系施設栽培において、より簡易かつ効率的に行うことができる。
【0020】
以上のように、カンゾウ属植物の栽培・育成、収穫前、並びに収穫後の各段階において、環境条件を調節することにより、カンゾウ属植物の根部における特定の薬用成分の濃度を高含有量化でき、その他の薬用成分濃度も概ね低下させずに維持できる。
【発明の効果】
【0021】
本発明により、カンゾウ属植物の根部における特定の薬用成分の濃度を高含有量化できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
<カンゾウ属植物の栽培・育成の段階について>
本発明では、基本的には、養液栽培などの閉鎖系施設栽培により、カンゾウ属植物の栽培・育成を行う。閉鎖系施設栽培を行うことには、外部の天候などに左右されずに均一の品質の植物を生産できる、季節変動に左右されずに植物を生産できる、栽培環境条件を制御できる、などの利点がある。
【0023】
本発明において、閉鎖系施設栽培は、栽培空間の環境条件を人為的に制御できる栽培形態であり、外界と完全に遮断した栽培形態だけでなく、温室などのように、外界と一定の境界が形成された施設・設備における栽培形態を広く包含する。また、太陽光など、自然環境を利用しながら、栽培空間の環境条件を制御する栽培形態であってもよい。
【0024】
本発明において、養液栽培は、植物の生長に必要な養水分を液肥として与える栽培方法全般を広く包含する。即ち、根を支持するための培地を用いる場合と用いない場合の両者を広く包含する。カンゾウ属植物の場合、主根部を生長させるために、培地を用いる方が好適な場合がある。培地としては、根を支持することができるものであればよく、特に限定されない。例えば、ロックウール、礫、ハイドロボールなどを用いてもよい。また、例えば、ココピート(ヤシの実の殻を形成するファイバー繊維を堆積・醗酵させた土壌改良剤)、パミスサンド(火山性軽石)、ピートモス、バーミキュライト、パーライトなどの土壌を、ポットなどの小型の容器や袋状物などに充填し、そこに植物体を移植し、容器又は袋状物ごと養液に浸すことで、養液栽培を行ってもよい。
【0025】
養液には、水、又は、窒素分、リン分、カリウム分、金属成分などの植物の生長に必要な成分を含有する水溶液であればよく、公知のものを用いることができ、特に限定されない。例えば、アンモニア性窒素分、硝酸性窒素分、リン酸分(P
2O
6)、カリウム分(K
2O)、マグネシウム分(MgO)、マンガン分(MnO)、ホウ素分(B
2O
2)、鉄分(Fe)、銅分(Cu)、亜鉛分(Zn)、モリブデン分(Mo)などの成分を含むものを用いることができる。
【0026】
本発明では、カンゾウ属(学名「Glycyrrhiza」、以下同じ)の植物は、根部にグリチルリチンを少なくとも含有するものであればよい。例えば、ウラルカンゾウ(学名「G. uralensis」)、スペインカンゾウ(学名「G.glabra」)、チョウカカンゾウ(学名「G.inflata」)、学名「G.acanthocarpa」、学名「G.aspera」、学名「G. astragalina」、学名「G.bucharica」、学名「G.echinata」、学名「G.eglandulosa」、学名「G.foetida」、学名「G.foetidissima」、学名「G.gontscharovii」、学名「G.iconica」、学名「G.korshinskyi」、学名「G.lepidota」、学名「G.pallidiflora」、学名「G.squamulosa」、学名「G.triphylla」、学名「G.yunnanensis」、これらカンゾウ属植物の変種などが適用可能であり、ウラルカンゾウ及びスペインカンゾウが好適であり、ウラルカンゾウがより好適であり、特許文献2に示されたGu2-2-1株、Gu2-3-2株、GuTS71-08IV1株、GuTS71-08IV2株が最も好適である。
【0027】
植物体の植え付け方法などは、特に限定されない。例えば、種子から苗を育成し、その苗を養液栽培に供してもよいし、養液栽培・圃場栽培・組織培養などにより得られたカンゾウ属植物株を養液栽培に供してもよいし、それらの株から所定長の根部又は茎部の切片を調製し、その切片を養液栽培に供してもよい。
【0028】
養液栽培により植物体を栽培・育成する期間については、特に限定されないが、植物体を植え付けてから約4カ月〜4年の間が好適である。
【0029】
養液栽培により植物体を栽培・育成する期間においては、培養液の温度を20〜35℃、より好適には20〜30℃、さらに好適には22〜28℃に調節してカンゾウ属植物の育成を行うことが好ましい。これにより、植物体の生長を促進できるため、収穫時期を早めることができるとともに、収穫時における薬用成分濃度を向上できる。なお、培養液の温度が30℃以上になると、光合成産物の蓄積に対する呼吸消耗の割合が大きくなるため、培養液の温度が22〜28℃の場合と比較して、植物体の生長の度合いは低くなる。一方、培養液の温度が19℃以下の場合、植物体の生長は大きく抑制される。
【0030】
また、養液栽培により植物体を栽培・育成する期間においては、冬季の短日条件を創出せず、長日条件を持続させる方が好ましい。長日条件を持続することにより、カンゾウ属植物の主根部におけるグリチルリチン含有量を維持しつつ、リチゲニン、リキリチンなどの薬用成分濃度を向上させることができる。
【0031】
本発明において、長日条件は、明期が1日当たり16時間以上の環境条件である。少なくとも、収穫前の3ヶ月間、より好適には収穫前の6ヶ月間、さらに好適には収穫前の9ヶ月間が長日条件になるように、光環境を制御することが好ましい。
【0032】
<カンゾウ属植物の収穫前の段階について>
本発明では、植物体を充分に育成した後、収穫前に、所定期間、低温栽培を行うことが好ましい。
【0033】
カンゾウ属植物を低温栽培すると、植物体の生育が大きく抑制される一方、根部におけるグリチルリチン及びリキリチンの濃度を向上でき、リチゲニン及びイソリキリチゲニンの濃度も維持できる。そこで、上述の通り、培養液の温度を下げずに所定期間、植物体を充分に育成した後、収穫前に、所定期間、低温栽培を行うことにより、植物体の生育を抑制せずに、特定の薬用成分濃度を向上させることができる。
【0034】
低温栽培では、培養液の温度を、1〜19℃、より好適には1〜17℃に調節することが好ましい。低温栽培を行う期間は、植物体の生育の抑制が長期化しない点を考慮し、収穫を行う直前の1週間〜3ヶ月が好適であり、同2週間〜2カ月がより好適であり、同3週間〜6週間が最も好適である。
【0035】
<カンゾウ属植物の収穫時及び収穫後の段階について>
例えば、植物体を植え付けてから約4カ月〜4年の間に収穫する。グリチルリチンや他の薬用成分は根部に多く含有するため、主に、根部を採集するようにしてもよい。なお、本発明において、根部は、主根部(根部の短径が1mm以上の部分)及びストロンを包含する。
【0036】
収穫後、カンゾウ属植物の根部を、1〜30℃条件下で貯蔵してもよい。これにより、根部におけるグリチルリチン及びリチゲニンの濃度を維持したまま、リキリチン及びイソリキリチゲニンの濃度を向上させることができる。貯蔵期間については、特に限定されないが、1〜6週間が好適であり、1〜5週間がより好適であり、1〜4週間が最も好適である。
【0037】
また、収穫後、カンゾウ属植物の根部を、20〜55℃条件で乾燥処理を行ってもよい。これにより、根部におけるグリチルリチン及びリチゲニンの濃度を維持したまま、リキリチン及びイソリキリチゲニンの濃度を向上させることができる。
【0038】
乾燥処理を行う手段については、公知の乾熱処理手段を広く採用できる。乾燥処理時間についても、特に限定されないが、例えば、2〜10日間、より好適には3〜8日間、最も好適には4〜6日間、乾燥処理を行ってもよい。
【実施例1】
【0039】
実施例1では、養液栽培などの閉鎖系施設栽培によるカンゾウ属植物の栽培において、光環境がカンゾウ属植物中の薬用成分濃度に及ぼす影響を調べた。
【0040】
カンゾウ属植物は多年生植物で、冬季には地上部の生育が停滞し、春季に、萌芽し、出葉が促進され、地上部の生育が旺盛となる。そこで、本実施例では、冬季に補光を行い、自然光下よりも日積算光量(DLI)を高めることで、薬用成分濃度を高めることができるかどうか、検討した。
【0041】
供試植物には、ウラルカンゾウGuTS71-08IV1株(特許文献2参照、独立行政法人医薬基盤研究所薬用植物資源研究センターより分譲)を用いた。
【0042】
インキュベーター(製品名「MIR-553」、三洋電機株式会社製)内にコンテナ(内容積15L)を設置し、コンテナ内に培養液を入れ、発泡スチロールの蓋を被せた。発泡スチロールに形成した孔に供試植物の挿し木苗の根元部分を固定し、主根部の根先が培養液に浸かるようにし、供試植物を、4ヶ月間、湛液水耕法で育苗した。次に、ロックウールを充填したポリポット(直径14cm、内容積2L)に移植し、コンテナ内の培養液にポリポットごと浸して、5ヶ月間、養液栽培を行い、育苗した。その苗を、1ヶ月間、再び湛液水耕法で育苗した後、ハイドロボールを充填したポリポット(直径15cm、内容積4L)に移植し、コンテナ内の培養液にポリポットごと浸して、約1ヵ月間、養液栽培を行い、育苗した。
【0043】
培養液には、1倍濃度のセラミス液肥(Mars, Incorporated)を用い、3日に1回追肥を行った。培養液の温度を約25℃に調節した。光源には、白色蛍光灯(製品名「FPL55EX-L」、岩崎電気株式会社製)を用いた。インキュベーター内の環境条件を、以下の通り設定した。明期:16h/day、PPF(植物体群落面での光合成有効光量子束):350μmol/m
2・s、気温:明期25℃、暗期20℃、相対湿度:30〜70%、CO
2濃度:1,000μmol/mol。
【0044】
続いて、自然光を遮断せず、温度の調節も可能な温室内に栽培棚を製作し、その上にトレイを設置し、トレイ内に培養液を入れた。
【0045】
自然光区として、2011年11月10日、ハイドロボールを充填したポリポット(直径15cm、内容積4L)に移植した苗を温室内に移し、トレイ内の培養液にポリポットごと浸し、2012年4月18日まで、養液栽培を行った。
【0046】
また、補光区として、2011年1月12日、ハイドロボールを充填したポリポット(直径15cm、内容積4L)に移植した苗を別の温室内に移し、トレイ内の培養液にポリポットごと浸し、2012年4月18日まで、養液栽培を行った。
【0047】
各温室内では、気温が17℃を下回らないように調整した。補光区では、自然光に加え、ナトリウムランプによる補光を行い、自然光と補光を併せて、明期が16h/day以上、DLI(PPFの積算光量)が10mol/m
2になるように設定した。なお、各温室内の気温及び日射量を、複合型環境制御システム(「UECSシステム」、ステラグリーン株式会社)により測定・制御した。相対湿度、CO
2濃度の制御は特に行わなかった。
【0048】
2012年4月18日に、各試験区の植物を収穫し、直径1mm以上の主根部を50℃で数日間温風乾燥後、試料を粉末にし、精密に100mgを秤量し、正確に50%エタノールを7mL加え、超音波洗浄機で30分間、ボルテックスミキサーで1分間処理し、溶出成分を抽出した。その抽出液を遠心分離処理(4,500rpm、3分間)し、ウルトラフリーMC(限外ろ過膜。ミリポア社製)でその上清300μLを遠心ろ過処理(15,000rpm、1分間、20℃)し、そのろ液を液体クロマトグラフ質量分析計(LC/MS/MS)に供して、グリチルリチン、リキリチン、リキリチゲニン、イソリキリチゲニンの4種の化合物の分析を行った。
【0049】
測定装置にNexera/LSMS-8030(株式会社島津製作所)を、カラムにTSKgel ODS-100S(径2.0mm×150mm、注入量1μL、東ソー株式会社製)を用いた。移動相に、アセトニトリルと1%酢酸を混合して用い、流速0.2mL/min、カラム温度40℃に設定した。
【0050】
結果を
図1に示す。
図1は、冬期の補光が薬用成分濃度に及ぼす影響を示すグラフである。
図1中、「GL」のグラフは、収穫した植物体の根部におけるグリチルリチンの濃度を表すグラフ、「LG」のグラフは、同リチゲニンの濃度を表すグラフ、「LQ」は同リキリチンの濃度を表すグラフ、「ISLG」は同イソリキリチゲニンの濃度を表すグラフである。各グラフの「自然光区」は自然光区で栽培した植物体における薬用成分濃度であることを、「補光区」は補光区で栽培した植物体における薬用成分濃度であることを、それぞれ表わし、各グラフの縦軸は、薬用成分濃度(単位:乾燥重量%(%DW))である。また、各グラフ中のバーは標準偏差(n=4)を、アスタリスクはt検定において1%水準で有意差があることを表す。
【0051】
図1に示す通り、補光区における薬用成分濃度は、グリチルリチンで自然光区と同等であり、リチゲニン及びリキリチンで有意に上昇した。この結果は、長日条件を持続することにより、カンゾウ属植物の根部におけるグリチルリチン含有量を維持しつつ、リチゲニン、リキリチンなどの薬用成分濃度を向上させることができることを示す。
【実施例2】
【0052】
実施例2では、養液栽培などの閉鎖系施設栽培によるカンゾウ属植物の栽培において、培養液温度がカンゾウ属植物中の薬用成分濃度に及ぼす影響を調べた。
【0053】
インキュベーター内にコンテナを設置し、実施例1と同様の環境条件で、最終的に、ハイドロボールを充填したポリポット(直径15cm、内容積4L)に移植し、コンテナ内の培養液にポリポットごと浸して、4ヵ月間、養液栽培を行い、供試苗とした。
【0054】
5株ずつ4つの試験区に分け、インキュベーター内で、それぞれ、培養液温度を15℃、20℃、25℃、30℃に調節し、培養液温度以外の環境条件を育苗時と同様の条件に設定したまま、引き続き、30日間、養液栽培を続けた。
【0055】
培養液温度を各温度に調節した場合における各供試植物体の生長量を、試験開始前の各供試植物体の総生体重量から試験終了時の総生体重量を減じて算出した。その結果、生長量は、培養液温度を25℃に調節した試験区で最も大きかったのに対し、培養液温度を15℃に調節した試験区では、生長量は、ほぼ0であった。
【0056】
試験終了時に、試験区ごとに収穫し、各供試植物体の根部について、実施例1と同様の手順で、グリチルリチン、リキリチン、リキリチゲニン、イソリキリチゲニンの4種の化合物の分析を行った。
【0057】
結果を
図2に示す。
図2は、培養液温度が薬用成分濃度に及ぼす影響を示すグラフである。
図2中、「GL」のグラフは、収穫した植物体の根部におけるグリチルリチンの濃度を表すグラフ、「LG」のグラフは、同リチゲニンの濃度を表すグラフ、「LQ」は同リキリチンの濃度を表すグラフ、「ISLG」は同イソリキリチゲニンの濃度を表すグラフである。各グラフの「T15」は培養液温度を15℃に調節した試験区で栽培した植物体における薬用成分濃度であることを、「T20」は培養液温度を20℃に調節した試験区で栽培した植物体における薬用成分濃度であることを、「T25」は培養液温度を25℃に調節した試験区で栽培した植物体における薬用成分濃度であることを、「T30」は培養液温度を30℃に調節した試験区で栽培した植物体における薬用成分濃度であることを、それぞれ表わし、各グラフの縦軸は、薬用成分濃度(単位:乾燥重量%(%DW))である。また、各グラフ中のバーは標準偏差(n=5)を、各グラフ中の異なる英小文字(各グラフ中の「a」と「b」間、「a」と「c」間、「a」と「bc」間、並びに「b」と「c」間)はTukey-Kramer法において5%水準で有意差があることを表す。
【0058】
図2に示す通り、培養液を15℃に調整して植物体を栽培した試験区では、他の試験区と比較して、根部におけるグリチルリチン及びリキリチンの濃度が有意に上昇し、リチゲニン及びイソリキリチゲニンの濃度も有意な減少は観察されなかった。
【0059】
以上の通り、本実施例では、培養液を25℃に調節して植物体を栽培することにより、植物体の生長を促進できることが分かった。また、培養液を15℃に調節して植物体を栽培することにより、植物体の生長は抑制されるが、根部におけるグリチルリチン及びリキリチンの濃度を向上でき、リチゲニン及びイソリキリチゲニンの濃度も維持できることが分かった。
【0060】
従って、本実施例の結果は、培養液を25℃に調節して植物体を栽培し、植物体を生育した後、収穫前に培養液を15℃に調節する処理を加えることにより、カンゾウ属植物の特定の薬用成分を向上できることを示す。
【実施例3】
【0061】
実施例3では、収穫後の貯蔵温度がカンゾウ属植物中の薬用成分濃度に及ぼす影響を調べた。
【0062】
ウラルカンゾウGuTS71-08IV2株(特許文献2参照、独立行政法人医薬基盤研究所薬用植物資源研究センターより分譲)のストロンを切断し、その切片を植物活力素メネデールの100倍希釈液に浸した後、土ポットに挿し、人工気象室内で、2ヶ月間、メネデール希釈液を与えながら養液栽培を行った。人工気象室内にトレイを設置し、同室内で、ハイドロボールを充填したポリポット(直径15cm、内容積4L)に供試植物体を移植し、コンテナ内の培養液にポリポットごと浸して、10ヶ月間、養液栽培を行った。環境条件、及び、培養液については、実施例1などに準じた。
【0063】
供試植物体をポリポットに移植してから10カ月後に、植物体を収穫し、主根部を採取して垂直に半分に切断し、一方を対照区に、他方を試験区に供した。対照区では、採取した主根部の断片を直接3日間凍結乾燥した後、実施例1と同様の手順で、グリチルリチン、リキリチン、リキリチゲニン、イソリキリチゲニンの4種の化合物の分析を行った。試験区では、採取した主根部の断片を、それぞれ、-80℃、-30℃、-13℃、4℃、25℃のいずれかの条件で、それぞれ、1〜4週間貯蔵した後、3日間凍結乾燥し、実施例1と同様の手順で、グリチルリチン、リキリチン、リキリチゲニン、イソリキリチゲニンの4種の化合物の分析を行った。
【0064】
結果を
図3に示す。
図3は植物体収穫後の貯蔵温度が薬用成分濃度に及ぼす影響を示すグラフである。
図3中、「GL」のグラフは、グリチルリチンの濃度を表すグラフ、「LG」のグラフは、リチゲニンの濃度を表すグラフ、「LQ」はリキリチンの濃度を表すグラフ、「ISLG」はイソリキリチゲニンの濃度を表すグラフである。各グラフの「-80℃」は貯蔵温度を-80℃にした試験区における薬用成分濃度の測定値、及び、同一の植物体から採取した対照区の断片を、貯蔵処理をせずに凍結乾燥した場合の測定値を、「-30℃」は貯蔵温度を-30℃にした試験区における薬用成分濃度の測定値、及び、同一の植物体から採取した対照区の断片を、貯蔵処理をせずに凍結乾燥した場合の測定値を、「-13℃」は貯蔵温度を-13℃にした試験区における薬用成分濃度の測定値、及び、同一の植物体から採取した対照区の断片を、貯蔵処理をせずに凍結乾燥した場合の測定値を、「4℃」は貯蔵温度を4℃にした試験区における薬用成分濃度の測定値、及び、同一の植物体から採取した対照区の断片を、貯蔵処理をせずに凍結乾燥した場合の測定値を、「25℃」は貯蔵温度を25℃にした試験区における薬用成分濃度の測定値、及び、同一の植物体から採取した対照区の断片を、貯蔵処理をせずに凍結乾燥した場合の測定値を、それぞれ表わし、1〜4の数値は、貯蔵期間(単位:週間)を表す。各グラフの左側の縦軸は、棒グラフの縦軸を表し、薬用成分濃度(単位:mg/g DW;主根部の乾燥重量に対する各薬用成分の乾燥重量の割合)である。各グラフの右側の縦軸は、折れ線グラフの縦軸を表し、P
INC(increment percentages;増加率)を表す。なお、P
INCの値は、試験区における主根部の乾燥重量と対照区における主根部の乾燥重量との差を、対照区における主根部の乾燥重量で除し、100を乗じて算出した。
図3中、「対照区」は対照区として貯蔵処理をせずに凍結乾燥した試料の測定値のグラフであることを、「試験区」は各貯蔵処理を行った試験区における薬用成分濃度の測定値のグラフであることを、「P
INC」は上記の増加率のグラフであることを、それぞれ表す。各グラフ中のバーは標準偏差(n=3又は4)を、1つのアスタリスクはt検定において5%水準で有意差があることを、2つのアスタリスクはt検定において1%水準で有意差があることを、それぞれ表す。
【0065】
図3に示す通り、植物体を収穫した後、4℃〜25℃で1〜4週間貯蔵することにより、カンゾウ属植物中の主根部におけるグリチルリチン及びリチゲニンの濃度を維持したまま、リキリチン及びイソリキリチゲニンの濃度を有意に向上させることができた。
【実施例4】
【0066】
実施例4では、収穫後の乾燥温度がカンゾウ属植物中の薬用成分濃度に及ぼす影響を調べた。
【0067】
実施例3と同様に育成した供試植物体を、ポリポットに移植してから10カ月後に、植物体を収穫し、主根部を採取して垂直に半分に切断し、一方を対照区に、他方を試験区に供した。対照区では、採取した主根部の断片を直接3日間凍結乾燥した後、実施例1と同様の手順で、グリチルリチン、リキリチン、リキリチゲニン、イソリキリチゲニンの4種の化合物の分析を行った。試験区では、採取した主根部の断片を、それぞれ、30℃、40℃、50℃、60℃で5日間、熱処理した後、試料を粉末にし、実施例1と同様の手順で、グリチルリチン、リキリチン、リキリチゲニン、イソリキリチゲニンの4種の化合物の分析を行った。
【0068】
結果を
図4に示す。
図4は植物体収穫後の乾燥温度が薬用成分濃度に及ぼす影響を示すグラフである。
図4中、「GL」のグラフは、グリチルリチンの濃度を表すグラフ、「LG」のグラフは、リチゲニンの濃度を表すグラフ、「LQ」はリキリチンの濃度を表すグラフ、「ISLG」はイソリキリチゲニンの濃度を表すグラフである。各グラフの「30℃」は30℃で乾燥処理した試験区における薬用成分濃度の測定値、及び、同一の植物体から採取した対照区の断片を凍結乾燥処理した場合の測定値を、「40℃」は40℃で乾燥処理した試験区における薬用成分濃度の測定値、及び、同一の植物体から採取した対照区の断片を凍結乾燥処理した場合の測定値を、「50℃」は50℃で乾燥処理した試験区における薬用成分濃度の測定値、及び、同一の植物体から採取した対照区の断片を凍結乾燥処理した場合の測定値を、「60℃」は60℃で乾燥処理した試験区における薬用成分濃度の測定値、及び、同一の植物体から採取した対照区の断片を凍結乾燥処理した場合の測定値を、それぞれ表す。各グラフの左側の縦軸は、棒グラフの縦軸を表し、薬用成分濃度(単位:mg/g DW;主根部の乾燥重量に対する各薬用成分の乾燥重量の割合)である。各グラフの右側の縦軸は、折れ線グラフの縦軸を表し、実施例3と同様、P
INC(increment percentages;増加率)を表す。
図4中、「対照区」は対照区として凍結乾燥した試料の測定値のグラフであることを、「試験区」は各乾燥処理を行った試験区における薬用成分濃度の測定値のグラフであることを、「P
INC」は上記の増加率のグラフであることを、それぞれ表す。各グラフ中のバーは標準偏差(n=4又は5)を、1つのアスタリスクはt検定において5%水準で有意差があることを、2つのアスタリスクはt検定において1%水準で有意差があることを、それぞれ表す。
【0069】
図4に示す通り、植物体を収穫した後、30℃〜50℃で乾燥処理を行うことにより、カンゾウ属植物中の主根部におけるグリチルリチン及びリチゲニンの濃度を低下させずに、リキリチン及びイソリキリチゲニンの濃度を有意に向上させることができた。
【図面の簡単な説明】
【0070】
【
図1】実施例1において、冬期の補光が薬用成分濃度に及ぼす影響を示すグラフ。
【
図2】実施例2において、培養液温度が薬用成分濃度に及ぼす影響を示すグラフ。
【
図3】実施例3において、植物体収穫後の貯蔵温度が薬用成分濃度に及ぼす影響を示すグラフ。
【
図4】実施例4において、植物体収穫後の乾燥温度が薬用成分濃度に及ぼす影響を示すグラフ。