【発明が解決しようとする課題】
【0014】
上記した電気ヒータ構造の加熱炉は、電気ヒータ7の電極7cが高温となるため、この電極7cを水等の液体で冷却し規定温度以下に保持している。
すなわち、電極7cは銅材などの電気良導体が使われている関係で、電気抵抗発熱体7aの高熱が発熱体端子部7bを通って熱伝搬することにより高温となるために、銅材などの溶融を防ぐため電極7cを水等で冷却している。
したがって、この種の加熱炉1は、電極7cにおいて水等で冷却される熱量が無駄となる。
この無駄となる熱量は、電気ヒータ7に給電される全電力の30%以上に相当すると言われている。
【0015】
また、電気ヒータ構造の加熱炉の場合、電気ヒータ7の熱エネルギーは、加熱筒体5を加熱昇温させるだけでなく、加熱筒体5を見込む立体角相当分だけが加熱筒体5の加熱に寄与し、それ以外は損失となり、例えば、断熱槽8の表面を加熱するエネルギーとなるから、このような断熱槽8などの構成部品に放射される熱エネルギーが電気ヒータ7の全エネルギーの50%以上にも達し、それだけ電気エネルギーが無駄に消費されている。
【0016】
さらに、電気ヒータ構造の加熱炉は、上記のように多くの電気エネルギーが無駄に消費されているために、加熱炉1を立ち上げる際に、加熱炉本体2が熱平衡状態になるまでの時間、つまり、温度が安定してワークの加熱処理が安定してできるようになるまでの時間が長時間となり、この結果、加熱炉の立ち上げの際に無駄に消費される電気エネルギーも大きくなる。
一般的に、省電力を考えた電気ヒータ構造の炭素繊維製造炉でも、投入した全電気エネルギーに対し、製品の加熱に寄与するエネルギーは45%程度と言われている。
【0017】
一方、特許文献1に記載されたマイクロ波を利用した加熱炉は、原料繊維を高い充填密度で収容した容器を炉体内で移送し、原料繊維にマイクロ波電力を照射して炭素繊維を生産する構成となっている。
通常、マイクロ波を使用した加熱炉は、炉の形状寸法と使用するマイクロ波電力の周波数に応じて、マイクロ波電力のいろいろな共振モードが発生する。
そのため、マイクロ波電力の電磁界密度は炉体内で複雑に分布している。
【0018】
このことから、マイクロ波を使用した上記の加熱炉は、原料繊維を特定の長さにして、特定の充填密度で収容した特定容器を炉内移送することにより、炭素繊維の生産を可能にしている。
しかしながら、例えば、容器を用いず、原料繊維を一本一本並べて炉体内を通すような場合、つまり、炉体内に12000本の原料繊維を水平に並べて通す場合には、それぞれの原料繊維が炉体内を通過する際に得るマイクロ波エネルギー量が一本一本異なるので、炭素繊維ができたとしても、その品質が大きくばらつき、良質な炭素繊維を得ることができない。
【0019】
そこで、本発明では、上記した実情にかんがみ、マイクロ波電力を応用して良質な炭素繊維や黒鉛繊維などを生産することができ、かつ、構成簡単にして電気エネルギーの省力化に適する加熱装置を提案することを目的とする。
【発明の効果】
【0029】
第1の発明の加熱装置は、マイクロ波電力を照射してマイクロ波発熱体を発熱させることで加熱筒体に熱伝達され、この加熱筒体が温度上昇する。
ワークはこのように温度上昇した加熱筒体内を通すことで加熱処理する。
すなわち、この発明では、マイクロ波を応用した加熱装置であるが、ワークをマイクロ波電力の照射で加熱するのではなく、加熱筒体内の輻射熱によって加熱処理することを特徴としている。
この結果、PAN系繊維やピッチ系繊維を前処理したワークが加熱筒体内で均一加熱されるので、高品質の炭素繊維や黒鉛繊維などの生産が可能になる。
【0030】
次に、本発明の重要な構成となっている上記した加熱筒体とマイクロ波発熱体について、さらに、詳細に説明する。
図1は、800℃を超える温度でも安定した形状を保ち、マイクロ波電力を吸収して発熱する材料を実験により求めた特性図である。
この特性図において、横軸はマイクロ波照射時間、縦軸は材料温度を示し、特性100Aは黒鉛材料の温度特性、特性100Bは炭化珪素材料の温度特性、特性100Cは炭化珪素粉末の焼成体の温度特性である。
なお、炭化珪素粉末の焼成体は、炭化珪素の粉末、無機バインダ、有機気孔剤を混合して形成した成形物を焼成して得た焼成体(見掛気孔率45%)である。
【0031】
この特性図に示すように、黒鉛材料に1kWのマイクロ波電力を9分間照射したところ、150℃程度に温度上昇した。
また、炭化珪素材料に1kWのマイクロ波電力を9分間照射したところ、200℃程度に温度上昇した。
さらに、炭化珪素粉末の焼成体に、1kWのマイクロ波電力を9分間照射したところ、900℃を超える温度に昇温した。
【0032】
また、物質が吸収するマイクロ波電力P
0には、次式(1)に示すように、導電率が関係するジュール損、誘電率に関係する誘電損、透磁率に関係するヒステリシス損がある。
【0033】
E:電界
H:磁界
ω:角周波数(2πf)
f:周波数
σ:導電率
ε”:複素誘電率の虚数部(ε
0・ε
r・tanδ)
μ”:複素透磁率の虚数部(μ
0・μ
r・tanδ’)
この式(1)より分かるように、炭化珪素材料や黒鉛材料のマイクロ波電力の吸収については、この式(1)の導電率σに関する第1項から知ることができる。
【0034】
導電材料の場合、表皮の深さδは、表面の電磁界に対し、1/e=0.368(eは自然対数の底)となる深さで定義される。
すなわち、ωを角周波数、μを物質の透磁率、σを物質の導電率とすると、表皮の深さδは次式(2)で表される。
【0035】
【0036】
同じ導電率σであっても、非磁性と磁性の材料とでは表皮の深さδが異なり、非磁性材料の方がδは深い。
ただ、磁性材料も高温になると磁性を失うので、高温で使用する加熱炉の場合には、導電率σだけで表皮の深さδを評価した方が安全である。
一般に、導電率が10
6S/m以上の材料を導体(良導体)、導電率が10
−6S/m以下の材料を不導体(絶縁材)、その中間を半導体と分類する。
【0037】
非磁性で導電率が100S/m以上の材料の場合、2.45GHzにおいて表皮の深さδは、約1.02mm以下となる。
マイクロ波電力を遮蔽するのに必要な減衰率を100dBとすれば、表皮の深さδが1.02mmの材料は、表皮の深さδの約12倍、すなわち、約12mmの厚さで減衰率が100dBになる。
このことから、12mmの厚さがあれば、マイクロ波電力を充分に遮蔽することができる。
したがって、本発明では、2.45GHz帯のマイクロ波電力を考えればよいので、100S/m以上の材料を便宜上マイクロ波遮蔽材と定義する。
【0038】
例えば、黒鉛の導電率は天然物と人造物で異なるが、導電率の悪い天然物でも表皮の深さδは約41μm程度であるので、0.5mmの厚さで、約203700分の1(減衰率:106.2dB)となり、導電率が125000S/mの人造黒鉛では、表皮の深さδは29μmであるので、0.5mmの厚さで、約37026000分の1以下(減衰率:151.4dB)となる。
【0039】
一方、炭化珪素の導電率は黒鉛の約100分の1と言われているが、メーカのカタログ掲載のデータから計算した導電率588S/mを使っても、その表皮の深さδは約0.42mmであるので、5mmの厚さで、約203681分の1以下(減衰率:106.18dB)となる。
したがって、炭化珪素材料や黒鉛材料は、マイクロ波遮蔽材として充分に満足できる材料である。
【0040】
上記のように、
図1の特性図で求めた実験では、厚さ約5mmの塊状の黒鉛材料と炭化珪素材料を使用し、これらの材料に対し1kWのマイクロ波電力を9分間照射しても150℃から200℃程度しか昇温しなかった。
また、既に述べた通り、黒鉛材料や炭化珪素材料は、導電率が100S/m以上であるから、マイクロ波電力を遮蔽する材料となる。
【0041】
すなわち、上記した段落番号〔0035〕、〔0036〕において説明したように、黒鉛材料の場合は0.5mm以上の板厚とすることで、また、炭化珪素材料の場合は5mm以上の板厚とすることで、マイクロ波電力を遮蔽する機能を持つ。
したがって、黒鉛材料も炭化珪素材料も1500℃を超える高温でも安定して形状を保ちマイクロ波遮蔽機能を持つ材料であるから、加熱炉内の筐体を形成する材料としても使用することができる。
【0042】
一方、加熱装置を形成する加熱炉本体などの筐体は、導電率が100S/m以上の非磁性材で形成すると、筐体表面はジュール損による発熱だけとなるので都合がよい。
つまり、加熱炉本体などの筐体を磁性材で形成すると、ジュール損とヒステリシス損の両方で筐体が発熱するので、マイクロ波発熱体に照射するマイクロ波電力が低下する。
したがって、例えば、黒鉛板、C/Cコンポジット板、炭化珪素板などは、非磁性材で100S/m以上の材料であるので、マイクロ波電力を閉じ込める加熱炉本体などの筐体を形成する材料に適する。
【0043】
黒鉛板やC/Cコンポジット板は、2000℃を超える温度になっても窒素ガスやアルゴンガスなどからなる不活性雰囲気中で安定して形状を維持できるので、高温になる材料として使用することができる。
また、炭化珪素板は不活性雰囲気中だけでなく、空気中でも安定した形状を維持できるので、大気中で高温になる部品の材料としても使用することができる。
【0044】
したがって、上記した第3,4,5の発明の通り、マイクロ波電力を遮蔽するに足りる板厚とした黒鉛材料や炭化珪素材料によって加熱筒体を構成することができる。
なお、炭素系材料のC/Cコンポジットや炭素質材料も導電率は10000S/m以上の材料である。
【0045】
その上、C/Cコンポジットは、炭素を炭素繊維に補強した材料で、強靱で、プレス成型ができるなどの特徴があり、2000℃を超える温度にも耐えるので、高温で使用する加熱筒体を構成する材料として特に適している。
なお、モース硬度によれば、炭化珪素が9に対し、黒鉛が0.5〜1.0であるので、例えば、炭素繊維のような傷つき易いワークの場合は、黒鉛を使った加熱筒体が適している。
【0046】
一方、
図1から分かるように、同じ炭化珪素であっても、塊状のものと粉末のものとでは、1kWのマイクロ波電力を同様に9分間照射しても昇温レベルが大きく異なっている。
すなわち、塊状の炭化珪素材料は、200℃程度であるが、炭化珪素粉末の焼成体は900℃を超えている。
【0047】
このように炭化珪素粉末の焼成体が高温となるのは、この焼成体が炭化珪素の粉末と無機バインダと気孔(空洞)とからなるので、マイクロ波電力が無機バインダや気孔を通り抜けて焼成体の内部奥深くまで浸透できるからである。
そして、塊状の炭化珪素材と炭化珪素粉末の焼成体とを比較すると、マイクロ波電力が浸透できる深さまでに存在する炭化珪素材の総体積が粒子状の方が非常に大きいために、炭化珪素の粉末内部に誘起されたマイクロ波電流によるジュール損が大きくなり、効率良く発熱昇温するものと考えられる。
【0048】
また、上記したように、炭化珪素の表皮の深さδが約0.42mmであるので、この2倍の大きさ以下の粒子であれば、マイクロ波電力により粒子全体がジュール損で発熱して昇温する。
すなわち、炭化珪素の粒子サイズが約0.8mm以下の粒子(詳しくは、3方向(X面、Y面、Z面)から見た粒子において、1つの面で見た粒子サイズが、表皮の深さδの約2倍以下の粒子)であれば、表面から進入したマイクロ波電力が粒子全体に浸透して発熱に寄与するので、高い発熱効率が得られる。
【0049】
したがって、上記した第6の発明の通り、炭化珪素粉末の焼成体によってマイクロ波発熱体を構成することができる。
そして、この焼成体には、必ずしも有機気孔剤は混合しなくともよいが、有機気孔剤を混合して形成することで、焼成過程で有機気孔剤が気化してできる気孔がマイクロ波電力のさらなる浸透を助けるだけでなく、断熱性(保温性)を高めるので、マイクロ波発熱体としてさらに適したものとなる。
【0050】
なお、炭素質粉末、黒鉛粉末、カーボンナノチューブなどの炭素系粉末も導電率が10000S/m以上の材料で2000℃を超えても安定しているので、無機バインダ、有機気孔剤との混合焼成体とすれば、マイクロ波発熱体に適した材料となる。
なお、このような混合焼成体を使用してマイクロ波発熱体を形成する場合は、必ずしも有機気孔剤を用いる必要はない。
また、このように実施する混合焼成体は、炭化珪素との表皮の深さの違いから、粒子サイズは約0.08mm以下でよい。
【0051】
上記のように、導電率が100S/m以上の材料の粉末に無機バインダと有機気孔剤を混合して形成した焼成体は、焼成工程で有機気孔剤が気化して気孔が残るので、焼成体の気孔率を調整できる特徴を有する。
これはマイクロ波電力の浸透の深さを加減する機能をもつと同時に、導電率が100S/m以上の材料の粉末同士が直接接触するのを妨げるので、より安定したマイクロ波発熱体となる。
【0052】
例えば、30μm〜300μmの炭化珪素の粉末を70%〜90%、無機バインダを10%〜30%とした焼成体はマイクロ波発熱体として使用可能である。
また、上記の焼成体に少量の有機気孔剤を混入させ、見掛気孔率を15%から47%まで変えた焼成体にマイクロ波電力を照射したが、マイクロ波発熱体として充分に使用できることを実験によって確認した。
【0053】
ただし、機械的強度の観点から見掛気孔率は47%を超えないことが好ましい。
また、炭化珪素の粉末サイズを変えて実験したが、50μm〜200μmの炭化珪素粉末を使用した焼成体は同じマイクロ波電力を照射した場合、低温度帯で昇温スピードが速くなると言う結果を得た。
【0054】
さらに、50μm〜200μmの炭化珪素の粉末に無機バインダと有機気孔剤とを混合して成形物を形成し、その成形物を焼成して得た焼成体にマイクロ波電力を照射して、1550℃まで昇温したが、異常は発生せず、マイクロ波発熱体として充分に使用に耐えることが実験によって確認された。
さらに、上記の焼成体を電気炉に入れて1800℃まで昇温して信頼性を確認したが、無機バインダが蒸発したことによる焼成体の減量収縮以外は特段に異常は見られなかった。
【0055】
そして、この焼成体を黒鉛材料で作った加熱筒体の外表面に設けてマイクロ波電力を照射し昇温の実験を行った。
この実験では、加熱筒体の外表面に焼成体を接触させ、また、隙間を設けて配設したが、加熱筒体が焼成体の加熱に追随して昇温することが確認された。
【0056】
また、導電率が100S/m以上の材料で形成した加熱筒体は、熱エネルギーが格子振動で伝達されるだけでなく、自由電子も熱エネルギーの伝達に寄与するので、熱伝導が絶縁体より速い特性を持つ。
この結果、加熱筒体の長手方向に直角となる断面内の温度が速やかに均一化される。
【0057】
前記加熱炉本体の入口部及び出口部の近くに設けて、前記加熱筒体の端部周囲に配設したフィルターによって、加熱筒体の両端へ向かうマイクロ波電力が遮断されるので、両端の開放部から加熱筒体内に回り込むマイクロ波電力はない。
この結果、加熱筒体内を通すワークは、加熱筒体部分から放射される高温の熱エネルギー(輻射熱)だけで所望の温度まで昇温する。
特に、加熱筒体の長手方向に直角となる断面内の温度が均一化されているので、ワークが一様に所望の温度に昇温され、高品位の熱処理物の生産が可能になる。
【0058】
上記のマイクロ波発熱体は、上記した第2の発明の通り、加熱筒体の外周中央領域に設け、さらに、このマイクロ波発熱体の両側領域および外周領域に設けた鞘状の断熱体を設けて加熱釜として構成することができる。
なお、マイクロ波発熱体の外周領域に設ける鞘状の断熱体は、マイクロ波電力の吸収の少ない焼成物で形成する。
【0059】
すなわち、マイクロ波発熱体を加熱筒体の外周中央領域に設けることで、マイクロ波電力をマイクロ波発熱体に集中して照射させることができ、マイクロ波発熱体の発熱効率を高めることができる。
また、マイクロ波発熱体の加熱温度を、例えば、800℃以上の高温となるように設定する場合には、マイクロ波発熱体の外周領域とこのマイクロ波発熱体の両側領域となる加熱筒体の外周領域に鞘状の焼成物からなる断熱体を設けることが好ましい。
【0060】
つまり、マイクロ波発熱体や加熱筒体の外周にマイクロ波電力の吸収の少ないフェルト状の断熱材を設けて断熱構造とする場合、マイクロ波発熱体が800℃以上の高温となると、このマイクロ波発熱体に接触するフェルト状の断熱材が化学反応したり、溶融したりするなどの支障が表れるため、上記した鞘状の断熱体を設ける。
【0061】
なお、マイクロ波発熱体の温度が800℃を超える場合でも、加熱筒体の温度が1250℃以上とならないようなときは、この加熱筒体の外周には鞘状の断熱体を設けなくともよく、また、マイクロ波発熱体の温度が、フェルト状の断熱材が化学反応したり、溶融したりすることがない温度、例えば、800℃を超えないように設定する加熱装置の場合は、上記した鞘状の断熱体は備えなくともよい。
【0062】
さらに、マイクロ波発熱体は、上記した第7の発明の通り、加熱筒体の外周面に接合させて設けることができるが、少ない隙間を設けて配設することもできる。
すなわち、マイクロ波発熱体を加熱筒体との間に隙間を設けて配設することにより、マイクロ波発熱体の加熱エネルギー効率を高めることができる。
【0063】
また、上記した第8の発明の通り、加熱筒体の端部に冷却手段を設けて加熱筒体端部の高温の昇温を抑えれば、通常の金属、例えば、ステンレスなどを用いてフィルターを形成することができる。
したがって、上記した第9の発明の通り、高温度に耐える黒鉛板やC/Cコンポジット板などで形成したフィルターを配設する場合には、上記の冷却手段は設けなくてもよい。