(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5877602
(24)【登録日】2016年2月5日
(45)【発行日】2016年3月8日
(54)【発明の名称】赤外光源
(51)【国際特許分類】
G01N 21/01 20060101AFI20160223BHJP
【FI】
G01N21/01 D
【請求項の数】5
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2011-164741(P2011-164741)
(22)【出願日】2011年7月27日
(65)【公開番号】特開2012-83335(P2012-83335A)
(43)【公開日】2012年4月26日
【審査請求日】2014年6月19日
(31)【優先権主張番号】特願2010-204108(P2010-204108)
(32)【優先日】2010年9月13日
(33)【優先権主張国】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用 発行者名: Optical Society of America 刊行物名: OPTICS LETTERS 巻数、号数:Vol.36,No.3 発行年月日:平成23年1月28日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006895
【氏名又は名称】矢崎総業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】592032636
【氏名又は名称】学校法人トヨタ学園
(74)【代理人】
【識別番号】100134832
【弁理士】
【氏名又は名称】瀧野 文雄
(74)【代理人】
【識別番号】100060690
【弁理士】
【氏名又は名称】瀧野 秀雄
(74)【代理人】
【識別番号】100108017
【弁理士】
【氏名又は名称】松村 貞男
(74)【代理人】
【識別番号】100165308
【弁理士】
【氏名又は名称】津田 俊明
(72)【発明者】
【氏名】桝野 雄矢
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 実
【審査官】
森口 正治
(56)【参考文献】
【文献】
特開平01−230241(JP,A)
【文献】
特開2007−324126(JP,A)
【文献】
特開2006−013415(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/00−21/958
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面が金属の反射型回折格子と、発熱体によって昇温する素子を有し、前記発熱体によって昇温する素子と前記反射型回折格子の前記表面の一部のみが向き合い、前記反射型回折格子の前記表面の前記発熱体によって昇温する素子と向き合っていない露出部分から主たる波長の赤外線を出射することを特徴とする赤外光源。
【請求項2】
前記反射型回折格子が平面状反射型回折格子で構成され、前記発熱体によって昇温する素子の少なくとも一部が平面であることを特徴とする請求項1に記載の赤外光源。
【請求項3】
前記反射型回折格子の基板面と、前記発熱体によって昇温する素子の一部である平面が、互いに平行に配置されていることを特徴とする請求項1または2に記載の赤外光源。
【請求項4】
前記反射型回折格子のピッチは、出射される赤外線の主たる波長と一致していることを特徴とする請求項1乃至3のうちいずれか一項に記載の赤外光源。
【請求項5】
前記発熱体によって昇温する素子の、前記反射型回折格子と向かい合う面以外には、自身が発する赤外線を反射する反射膜や反射構造が設けられていることを特徴とする請求項1乃至4のうちいずれか一項に記載の赤外光源。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定波長の赤外線を選択して出射し、他の波長の赤外線を抑制できるものであり、黒体放射を原理とする一般の赤外光源よりもエネルギー利用効率の高い赤外光源に関する。
【背景技術】
【0002】
高温の物体には、黒体放射により波長幅の広い赤外線を放射する性質がある。これを、特定の波長に集中して赤外線を出射できるようになると、受光側は、この特定波長のみを考慮して設計すれば良くなるため、多くのシステムの効率を高くできる。
例えば、熱光起電力(ThermoPhotoVoltaic;TPV)発電においては、起電力を発生する光電変換セルの特性が良い波長に、選択出射される波長を合わせることで、発電効率を向上できる。
【0003】
赤外線ガスセンサでは黒体放射の光源が依然として利用されている。例えば、NDIR(非分散型赤外線)方式のガスセンサでは、測定したいガスが吸収する波長の赤外線強度の変化を利用して、ガス計測が行われる。ガスは双極子モーメントの変化を伴う振動と回転により、多数の吸収ピークからなるバンドを示す。この吸収帯幅は波長にして約100〜250nmとなる。吸収帯幅から外れた波長は本質的に利用されない。黒体放射の光源では利用しない波長の赤外線も多く出射するが、利用することなくノイズとしてカットされるため、エネルギー効率が低い。
【0004】
以上の背景から、特定波長を選択的に出射する光源の研究・開発が進められている。NDIR方式の赤外線センサにおいては、選択波長と出射スペクトルのピーク幅はセンサの信号/ノイズ比、エネルギー効率は消費電力および電池駆動によりポータブル化した際の寿命に関係する。
【0005】
特定波長を選択的に出射する光源として、非特許文献1にはヒータとなる金属線の上にサブ波長格子を作る例が記載されている。このようにすることで2400%程度、特定波長成分が多くなるデータを示している。波長選択のピーク幅は1μm程度と読み取れる。
【0006】
また、非特許文献2には、狭くてアスペクト比の高いグレーティング(回折格子)が記載されている。このようなグレーティングは、従来研究の例と比べて波長選択特性が優れている。構造としては、同じく発熱体そのものの上にサブ波長格子を作っている。
【0007】
上述した、非特許文献1、2は、いずれも、発熱体そのものに赤外線を閉じ込める反射膜を用意した上で、特定波長のみは透過することを許す機能を、ニアフィールド光学領域での原理で得ている。発熱体表面の薄い層を赤外線が通り抜ける際にフィルタの効果を得る原理となり、表面層で大きな効果を得るために特性の良い格子は深くなりやすい。格子の製作が難しい上に、ピーク波長を予測することは難しい。製作上の誤差が特性に大きな変化を与えやすい。
【0008】
金属と空気の界面に光を照射すると、金属の表面近傍に自由電子の集団振動(表面プラズモン)が励起され、界面に沿って伝搬し、エネルギーを運ぶことが知られている。
【0009】
表面プラズモンを励起するためには、周波数が一致することに加えて、入射光と表面プラズモンの波数が一致する必要がある。
図1に、界面沿いの、入射光と表面プラズモンの分散関係の例を示す。通常の伝播光である入射光の分散曲線に比べて、表面プラズモンは右側に位置するため、分散曲線は交わることが無く、互いの結合すなわちエネルギーのやりとりは生じない。入射光は界面反射する。
【0010】
表面に回折格子を用意すると、入射光が回折されることにより格子ベクトルの整数倍が加減算される波数ベクトルの変化が加わる。回折光と表面プラズモンの分散曲線が交わる条件が生じるため、表面プラズモンが励起される。エネルギーのやりとりは、分散曲線の交点のみで生じるため、基本的に鋭い波長選択性が得られる。
【0011】
入射光と表面プラズモンの結合が生じる条件では、入射光の吸収が生じる。
図2にRCWA(Rigorous Coupled Wave Analysis)法によって、入射角を変化させたときの回折格子への光吸収を計算した結果を示す。横軸に波長、縦軸に吸収を示す。入射光はTM偏光とし、金の回折格子で、ピッチは1.667μm、深さは0.25μmとした。垂直入射に近い入射角0.4°で、回折格子のピッチ近傍の波長において鋭い吸収ピークが生じている。これが入射光による表面プラズモンの励起に対応する。
【0012】
表面プラズモンの1/e(eは自然対数)伝搬距離Lは表面プラズモンの波数の虚数部をk
x"とすると以下の式で表される。
[数1] L=(2k
x")
-1
図3に金の表面プラズモンの波長に対する伝播距離の計算値を示す。界面を構成する金と空気の複素屈折率から求めることができる。例えば可視光の領域では伝播距離は数十μmである。一方で赤外領域では数百μmから数mm程度にまで伸びる。伝搬距離が長い性質は、伝搬中の損失を少なくして波連を長くするのに有利であり、鋭い波長選択性を実現し易くなる。
【0013】
赤外領域で表面プラズモンの伝搬距離が長くなる性質を利用すると、発熱体表面の薄い層を赤外線が通り抜ける構成ではなく、発熱体から出射した赤外線を、表面プラズモンとして表面沿いに長距離伝搬して赤外線のエネルギーを運ぶフィルタ構成が可能である。光学的フィルタとして作用する距離を何桁も長くすることが可能であり、鋭い波長選択性を実現し易い。同時に、表面プラズモンを励起しない光は、発熱体近傍に閉じ込められるように反射膜などによって光学系を構成できる。
【0014】
特定波長の赤外線を放射する赤外光源としては、例えば特許文献1に記載の赤外光源が提案されている。 特許文献1に記載の赤外光源は、発熱体表面に、正の誘電体として機能する部分と負の誘電体として機能する部分を一定周期で交互に形成した格子を備えることで特定波長の赤外線を選択している。
【0015】
また、特許文献2には、波長選択性の赤外線放射を、電子機器の放熱に応用するものであり、樹脂材料で覆われていてもこの樹脂材料を透過し易い赤外線として放熱することで、電子機器の放熱効率を向上させることが記載されている。特許文献3には、加熱により自然光を放射する高温領域を、光干渉を想定したマイクロキャビティ内に設けて、この下部ミラーは熱放射された光を反射し、上部ウィンドウ/ミラーからは特定の波長のみ放射して、その他の波長は反射して光源内部で再度吸収することが記載されている。実際のデバイス製作やデータについては触れられていない。また、特許文献4は、改質反応を目的としたものである。周期的な表面微細凹凸パターンを形成する多数のマイクロキャビティが二次元配列された熱放射面を有する波長選択性熱放射材料を準備し、波長選択性熱放射材料にエネルギーを投入し、ふく射性ガス分子の特定の光吸収帯の波長領域に対応する熱ふく射電磁波を熱放射面から選択的に放射させ、この熱ふく射電磁波をメタン等のふく射性ガス分子に印加することにより、該ふく射性ガスの温度を上昇させ改質反応を促進させることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0016】
【特許文献1】特開2007−324126号公報
【特許文献2】特開2010−27831号公報
【特許文献3】特表2001−519079号公報
【特許文献4】特開2004−238230号公報
【非特許文献】
【0017】
【非特許文献1】Hitoshi Sai, Yoshiaki Kanamori and Hiroo Yugami "Tuning of the thermal radiation spectrum in the near-infrared region by metallic surface microstructures" J. Micromech. Microeng. 15 (2005) S243-S249
【非特許文献2】H. T. Miyazaki, K. Ikeda, T. Kasaya, K. Yamamoto, Y. Inoue, K. Fujimura, T. Kanakugi, M. Okada, K. Hatade, and S. Kitagawa "Thermal emission of two-color polarized infrared waves from integrated plasmon cavities" APPLIED PHYSICS LETTERS 92 (2008) 141114
【非特許文献3】A Graf, M Arndt, M Sauer and G Gerlach "Review of micromachined thermopiles for infrared detection" Meas. Sci. Technol. 18 (2007) R59-R75
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
これまで報告されている赤外光源(例えば特許文献1、非特許文献2)では、出射される赤外線の特定波長は格子の周期、開口部寸法、深さ等により決定される。開口部寸法は狭く、深さは深くなるため加工が難しく、また寸法誤差が製作プロセス中に不可避的に生じて累積することでピーク波長が変化するため、各寸法の精度が求められ、設計通りの特性を得るのが困難である。また、格子自体も開口部の寸法が小さく深い溝であり、この上に金などを被覆性良く成膜するための製作上の許容幅が狭く、製造コストがかかる可能性が高い。狙い通りのピーク波長が得られたとしても、これまで研究報告されている特性のQ値は1.7−5.3程度と低い。ピーク幅は約1000〜1500nmと広い(例えば非特許文献1、非特許文献2)。ここで、ガス分子が持つ赤外線の吸収特性と組み合わせるNDIRのような応用を考えると、ガス分子の吸収ピーク幅は、約100〜250nmと、より狭いので、ピーク幅から外れた光は、赤外線吸収特性を利用したガス検出においてノイズ光となる。特性として不十分であり、ノイズ光の除去には追加のフィルタ等が必要となる。
【0019】
非特許文献3に光学バンドパスフィルタと黒体放射による光源を組み合わせる方法が記載されている。黒体光源によってブロードな赤外線を一度出射してから、その一部をバンドパスフィルタによって利用する方法では、カットされる波長の光エネルギーは捨てられるためエネルギー効率が低い。また、部品点数が多くなる問題がある。
【0020】
また、波長が数μm以上となる中赤外線の発光ダイオードもあるが、対応する半導体バンドギャップが狭く、熱揺らぎの影響が大きい。現状では入力電力に対して10
-2〜10
-3程度の効率しかなく効率が悪い問題がある。
【0021】
また、特許文献2は、波長選択性の赤外線放射を、電子機器の放熱に利用するものである。ガス分子の吸収特性と組み合わせるNDIRのような応用ではなく、上述した特定波長の赤外線を出すためのエネルギー効率やピーク幅の問題点に関して何ら知見を与えるものではない。
【0022】
本発明は、このような問題に鑑み、近接露光を利用したフォトマスクのパターニング、凹凸を形成するエッチング、反射膜の膜厚コントロール、など広い許容幅で製作できる回折格子を利用して、低コスト化に有利であるとともに、特定波長を選択して出射することができるエネルギー利用効率の高い赤外光源を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0023】
上記課題を解決するためになされた請求項1に記載の発明は、
表面が金属の反射型回折格子と、発熱体によって昇温する素子を有し、前記発熱体によって昇温する素子と前記反射型回折格子の
前記表面の一部のみが向き合い、前記反射型回折格子の
前記表面の前記発熱体によって昇温する素子と向き合っていない露出部分から主たる波長の赤外線を出射することを特徴とする赤外光源である。
【0024】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の発明において、前記反射型回折格子が平面状反射型回折格子で構成され、前記発熱体によって昇温する素子の少なくとも一部が平面であることを特徴とするものである。
【0025】
請求項3に記載の発明は、請求項1または2に記載の発明において、前記反射型回折格子の基板面と、前記発熱体によって昇温する素子の一部である平面が、互いに平行に配置されていることを特徴とするものである。
【0026】
請求項4に記載の発明は、請求項1乃至3のうちいずれか一項に記載の発明において、前記反射型回折格子のピッチは、出射される赤外線の主たる波長と一致していることを特徴とするものである。
【0027】
請求項5に記載の発明は、請求項1乃至4のうちいずれか一項に記載の発明において、前記発熱体によって昇温する素子の、前記反射型回折格子と向かい合う面以外には、自身が発する赤外線を反射する反射膜や反射構造が設けられていることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0028】
以上説明したように請求項1に記載の発明によれば、反射型回折格子と、発熱体によって昇温する素子を有し、反射型回折格子の一部のみが発熱体によって昇温する素子と向き合っている。そのため、ランダムな波長と出射角で発熱体から放射した赤外線が、回折格子で反射・回折しても、そのほとんどは発熱体に再入射し、エネルギーが閉じ込められる。光源からの出射が許される主たる赤外線は、前述した反射型回折格子に入射し、回折によって表面プラズモンと結合したのち、伝播によって発熱体から離れた位置まで横ずれし、逆過程により回折格子から出射するものである。結合が許される赤外光は
図2で示したように回折格子にほぼ垂直で入射し、波長が回折格子のピッチとほぼ等しい条件を満たす赤外光のみである。このようにして赤外線のうち特定の波長を選択でき、特定の波長が選択された赤外線を、発熱体と向かい合うことなく露出させた反射型回折格子の一部から外部へ出射することができる。
【0029】
請求項2に記載の発明によれば、反射型回折格子が平面状反射型回折格子で構成され、発熱体によって昇温する素子の少なくとも一部が平面であるので、光源からの出射が許される主たる赤外線は、前述した反射型回折格子に入射し、回折によって表面プラズモンと結合したのち、伝播によって発熱体から離れた位置まで横ずれし、逆過程により回折格子から出射するものである。
【0030】
請求項3に記載の発明よれば、反射型回折格子の基板面と、発熱体によって昇温する素子の一部である平面部が、互いに平行に配置されているので、光源からの出射が許される主たる赤外線は、回折格子に入射し、回折によって表面プラズモンと結合したのち、伝播によって発熱体から離れた位置まで横ずれし、逆過程により回折格子から出射するものである。
【0031】
請求項4に記載の発明によれば、反射型回折格子のピッチは、出射される赤外線の主たる波長と一致している。これは発熱体から放射され、回折格子に入射する赤外光がほぼ垂直入射で、波長が回折格子のピッチにほぼ等しい波長の条件でのみ表面プラズモンと結合するため、出射光の主たる波長はピッチにほぼ等しい波長となる。すなわちピッチが波長にそのまま対応するため、ピッチのみを調整することで選択波長を設定することができる。
【0032】
請求項5に記載の発明によれば、発熱体によって昇温する素子の、反射型回折格子と向かい合う面以外には、自身が発する赤外線を反射する反射膜や反射構造が設けられているので、反射型回折格子や発熱体から漏れ出る赤外線を反射して、内部に赤外線を閉じ込めることができ、不必要な放射が抑えられるため、発熱体を低い電力で昇温できる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【
図1】入射光と表面プラズモンとの分散関係例を表したグラフである。
【
図2】回折格子の吸収スペクトルを入射角別に計算した結果を重ねて表したグラフである。
【
図3】表面プラズモンの波長に対する1/e伝搬距離を表した表である。
【
図4】本発明の一実施形態にかかる赤外光源の外観斜視図である。
【
図5】
図4に示された赤外光源の分解斜視図である。
【
図7】本発明の赤外光源内部で生じる赤外線の伝播を説明する断面模式図である。
【
図8】
図4に示された赤外光源の出射スペクトルを示したグラフである。(a)TM偏光,(b)TE偏光の結果を示す。
【
図9】
図4に示された赤外光源のヒータ入力電力に対するヒータ温度の関係を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0034】
次に、本発明の一実施形態を
図4ないし
図7を参照して説明する。本発明の一実施形態にかかる赤外光源1は、
図4や
図5に示すように、回折格子部2と、発熱体としてのヒータ部5と、スペーサ10と、を備えている。
【0035】
回折格子部2は、回折格子本体3と、反射膜4と、を備えている。
【0036】
回折格子本体3は、シリコン平面基板から製作され、その一方の平面には、
図6や
図7に示すように、所定のピッチで回折格子3aが形成されている。この回折格子3aは、シリコン基板にレジストを塗布しマスク露光によって回折格子のパターンを形成してエッチング加工により所定のピッチに溝部を形成し、その凹凸の表面に反射膜4(本実施形態では金(Au))の薄膜を蒸着により成膜している。このようにすることで、回折格子3aが平面状反射型回折格子として形成される。回折格子3aに入射した赤外線11の一部のみが表面プラズモン12を励起したのち、格子表面沿いに伝播する。他の波長は単純に反射や、回折した後に異なる方向に伝搬する。回折格子3a上の各点からヒータ部5を見た立体角が大きいために、ほとんどの赤外線はヒータ部5に再入射する。なお、回折格子3aのピッチ(周期)は、赤外光源1から出射する赤外線のうち選択したい特定の波長(主たる波長)と同じ程度の値に設定されている。
【0037】
なお、本実施形態では、回折格子3aの表面には反射膜4として金で成膜したが、金は赤外領域の反射率の良さに加えて比較的高い温度(大気中で350℃程度)まで安定していることなどから好適である。ただし、金以外でも赤外線を効率よく反射する金属であれば良く、銀(Ag)、銅(Cu)、アルミニウム(Al)などを用いてもよい。また、回折格子本体3の材料には特別な制限がある訳ではなく、シリコン以外にガラスやポリイミドなどを用いてもよい。また、回折格子本体3の材料そのものが赤外線を効率よく反射する金属である場合には、反射膜4は省略できる
。
【0038】
実施例のヒータ部5は、シリコン基板6、7と、ニクロム線8と、反射面としての反射膜9と、を備えている。
【0039】
平板状に形成されたシリコン基板6、7は、蛇行するように折り曲げられた発熱体としてのニクロム線8を挟んでいる。そして、ニクロム線8に電流を流すことでシリコン基板6、7が加熱され発熱体によって昇温する素子として機能する。なお、ヒータ部5は、この構成に限らず赤外線を放射する発熱体であれば良いため、セラミックヒータやSiCヒータ、またはシリコン基板に直接通電する方法など発熱体と発熱体によって昇温する素子が一体になったものを用いてもよい。形状については、少なくとも一部が反射型回折格子と向き合えば良い。
【0040】
反射膜9は、シリコン基板7のニクロム線と相対する面とは反対側(裏側)の面や、回折格子本体3の格子面(回折格子3aが形成されている面)とは反対側(裏側)の面に抵抗加熱蒸着などにより金の薄膜で形成されている。この反射膜9も金に限らず、赤外線を効率良く反射する材料であれば良く、銀、銅、アルミニウムなどを用いてもよい。なお、回折格子本体3の回折格子3aとは反対側(裏側)の面に形成される反射膜9は無くてもよい。また、反射膜9は、膜形状に限らず赤外線を反射するような他の構造(反射構造)としても良い。
【0041】
スペーサ10は、一対が例えばアルミニウムで細長い板状に形成されている。スペーサ10は、回折格子部2とヒータ部5とに挟まれて、回折格子部2とヒータ部5の間にスペーサ10の厚み分の間隔を空ける。なお、スペーサ10は、ヒータ部5の温度(実施例では300℃程度)に耐えうる材料であればよく、シリコン、ステンレス、ポリイミドなどでもよい。また、間隔を空けた固定が別の方法で可能であれば、無くても良い。
【0042】
回折格子部2とヒータ部5とは、上述したように、回折格子3aとヒータ部5のシリコン基板6とが向かい合うようにスペーサ10を挟んで固定されている。即ち、回折格子部2の基板面とヒータ部5の向き合う面が互いに平行に配置されている。このとき、回折格子部2の一部のみがヒータ部5と向き合っており、
図7の断面図に示したように回折格子3aの一部は外部に露出する。したがって、ヒータ部5から放射された赤外線11は回折格子3aによって表面プラズモン12を励起し、格子表面を伝播した後、回折格子部2の一方の端部の露出部分から赤外線11が外部に出射される。
【0043】
このような構成の赤外光源1は、まず、回折格子本体3に回折格子3aを形成し、次に回折格子3a表面への反射膜4を成膜し、次に、ヒータ部5の裏面および回折格子本体3の裏面への反射膜9を成膜する。次に、回折格子本体3とヒータ部5によりスペーサ10を挟むようにしてワイヤー(図示していない)で固定して組み立てる。なお、ヒータ部5は反射膜9を成膜しない状態でヒータアセンブリとして予め組み立てられている。
【0044】
発明者らは、上述した構成の赤外光源1について効果を確認した。
図8および
図9により説明する。
図8および
図9に示した実施例では、ヒータ部5の大きさを縦20mm、横20mmとし、回折格子のピッチは1.67μm、溝部の深さは0.25μm、回折格子部2とヒータ部5との間隔(スペーサ10の厚み)を0.5mm、ヒータ部5に対して回折格子部2を一部外部に露出したオフセット量を2mmとした。
【0045】
図8は、赤外光源1の出射スペクトルを示したグラフである。(a)はTM偏光、(b)はTE偏光を示している。
図8の黒丸が一部外部に露出した回折格子部2からの出射、白丸が回折格子のない部位からの黒体放射のスペクトルである。
図8によれば、一部外部に露出した回折格子部2からほぼ垂直方向に出射される赤外線は、回折格子3aのピッチに略等しい波長が選択的に出射されている。
【0046】
本発明は、背景技術に記載した回折格子による入射光と表面プラズモンとの結合および表面プラズモンの伝搬を利用している。ここで表面プラズモンとの結合が許される条件は
図2に示した数値計算より垂直入射に近い入射角で、回折格子のピッチ近傍の波長を持つ入射光のみが結合を許される。したがって所望のピーク波長がある場合にはその値とほぼ同じピッチを持つ回折格子を製作すれば良いことになる。例えば、回折格子をフォトリソグラフィによって製作する際に、フォトレジストのパターニングにおいて、露光量が最適値から外れると、線幅が太くなったり細くなったりする。しかし、回折格子となるライン−アンド−スペースのピッチは正確に転写される。そのため、露光量の最適値からの誤差は、ピーク幅等に影響は生じるかもしれないが、ピーク波長は正しく得ることが可能である。
【0047】
図9は、赤外光源のヒータ入力電力に対するヒータ温度との関係を示したグラフである。
図9は、菱形が回折格子部2とヒータ部5に反射膜4、9を形成したもの(実施例(a))で、丸形が反射膜4、9は形成しているが、回折格子3aの代わりに平面の反射膜としたもの(比較例1(b))、三角形が反射膜4、9が無く、かつ回折格子3aも形成されていないもの(比較例2(c))である。
図9によれば、ヒータ部5を290℃まで昇温するのに必要な電力は、実施例が3.8W、比較例1が3.1W、比較例2が6.2Wであった。したがって、実施例では、反射膜4、9により不必要な放射が抑えられるため、低いヒータ電力で昇温できることが明らかとなった。なお、比較例2は実施例よりも低いヒータ電力で昇温できるが、回折格子3aが無いため、表面プラズモンを励起することは無く、所望のピーク波長を持つ赤外線を得ることができない。
【0048】
本実施形態によれば、片側の平面に回折格子3aが設けられた回折格子本体3と、ヒータ部5を有し、回折格子3aの一部のみが平面状のヒータ部5と平行に向き合っている。回折格子3a上の各点からヒータ部5を見た立体角が大きいために、ほとんどの赤外線はヒータ部5に再入射する。そのため、ランダムな波長と出射角で放射した赤外線が、回折格子3aで反射・回折しても、そのほとんどはヒータ部5に再入射する。光源からの出射が許される主たる赤外線は、回折格子3aに入射し、回折によって特定の波長を持つ赤外光が表面プラズモンを励起した後、ヒータ部5から離れた位置まで表面を伝搬して横ずれし、回折格子3aから出射するものである。このようにして赤外線のうち特定の波長を選択でき、この特定の波長が選択された赤外線をヒータ部5と相対せずに露出させた回折格子本体3の一部から外部へ出射することができる。
【0049】
上述したように、本発明の赤外光源では、回折格子を利用し、特定波長の赤外線と表面プラズモンとの結合、及び表面プラズモンの伝播を利用している。
【0050】
これまで、黒体放射を制御して特定波長を得る光源研究は、発熱体そのものの内部に赤外線を閉じ込める反射膜と、その反射膜に波長以下の構造を製作することに注力されてきた。波長以下の構造によって、特定波長を持つ赤外線だけを透過する波長選択構造が実現できる。ニアフィールド領域を利用した原理である。光源の構成は、発熱体、反射膜、波長選択構造からなる複数の機能が単一部品に機能集積されている。部品数を少なくする方針でもある。この方針で進んだ研究が多いことが過去の文献からも判断できる。
【0051】
本発明では回折格子と発熱体は分離されたものである。発熱体から放射され、回折格子に入射する赤外光で表面プラズモンを励起し、回折格子の表面に沿った方向に伝搬したのち、再び出射することで黒体放射を制御する。お互いを近接させ、さらにその他の面を反射膜で包み込む構成にすることで発熱体からの黒体放射の制御ができることを見出した。また、熱源から、自由空間に出射が許される場所まで、回折格子表面上の距離を取ることで、波長選択性を得ている。
【0052】
本発明の赤外光源(発熱体、反射型回折格子、反射膜からなる)が内部に持つ光学系では、発熱体を平面反射ミラーと反射型回折格子によって挟み込み、内部に赤外線を閉じ込める。回折格子は発熱体に近接しているため、ランダムな波長と出射角で放射した赤外線が、回折格子で反射・回折しても、そのほとんどは、閉じ込めることができる。光源からの出射が許される主たる赤外線は、発熱体から放射された赤外光が回折格子へ入射し、その回折光が表面プラズモンを励起し、発熱体から離れた位置まで伝播して横ずれするものである。すなわち光閉じ込め構造から抜け出て出射する。これが成立する条件として発熱体から放射され、回折格子に入射した赤外光が、表面プラズモンと結合する条件を満たす必要があり、これは赤外光の入射角がほぼ垂直入射であること、主たる波長が回折格子のピッチとほぼ一致することが必要となる。すなわち特定波長の赤外線のみが出射される機能を得ることができる。
【0053】
また、本発明ではFWHM(半値幅:出力波長のピークの広がりを示す指針)が広いところでもTM偏光で0.13μm,TE偏光で0.23μm程度とピークが鋭く、狙った波長を効率良く出射することができる。
【0054】
なお、上述した実施形態では、回折格子3aの表面に設けられる反射膜4と、ヒータ部5や回折格子本体3に設けられる反射膜9の金属は同じ材料であったが、異なる材料や複数の膜の組み合わせとしても良い。
【0055】
また、本発明は、発熱体から特定の波長の赤外線を放射する赤外光源において、前記発熱体と向かい合う面に回折格子が設けられている回折格子部を備え、前記回折格子の表面には、前記発熱体が発する赤外線を反射する反射膜4が形成され、かつ前記回折格子の一部のみが前記発熱体と、所定の間隔を空けて向かい合い配置することができる。
【0056】
また、前記反射型回折格子は平面状反射型回折格子で構成され、前記発熱体によって昇温する素子の少なくとも一部が平面であることを特徴とする。これにより、平面同士を向かい合わせて配置することが容易となる。
【0057】
また、前記反射型回折格子の基板面と、前記発熱体によって昇温する素子の一部である平面が、互いに平行に配置されていることを特徴とする。これにより、赤外線が2つの平面に垂直に入射・出射を繰り返すことが容易となる。
【0058】
また、前記回折格子のピッチは、赤外光源から選択的に出射される赤外線の主たる波長と同じ値に設定されている。これは発熱体から放射され、回折格子に入射する赤外光がほぼ垂直入射で、波長が回折格子のピッチにほぼ等しい波長の条件でのみ表面プラズモンと結合するため、出射光の主たる波長はピッチにほぼ等しい波長となる。すなわちピッチが波長にそのまま対応するため、ピッチのみを調整することで選択波長を設定することができる。
【0059】
また、前記発熱体には、回折格子と向かい合う面以外の面に自身が発する赤外線を反射する反射膜もしくは反射構造が設けられているので、内部に赤外線を閉じ込めることができ、発熱体の裏側等からの不必要な放射が抑えられるため、発熱体を低い電力で昇温できる。
【0060】
また、上述した実施形態は本発明の代表的な形態を示したに過ぎず、本発明は、実施の形態に限定されるものではない。すなわち、本発明の骨子を逸脱しない範囲で種々変形して実施することができる。
【符号の説明】
【0061】
1 赤外光源
2 回折格子部
3a 回折格子(反射型回折格子、平面状反射型回折格子)
4 反射膜
5 ヒータ部(発熱体によって昇温する素子)
9 反射膜もしくは反射構造
10 スペーサ
11 赤外線
12 表面プラズモン