【実施例1】
【0011】
本実施例では、第1実施形態に係るスクロール圧縮機1について、
図1〜
図8、
図15を用いて説明する。
図1はスクロール圧縮機の縦断面図、
図2は
図1のS部における背圧弁付近の部分拡大縦断面図である。
図3は旋回スクロールの上面図、
図4は固定スクロールの下面図で、旋回外線側圧縮室が閉込みを開始した旋回ラップも重ねて描いた図である。
【0012】
そして、
図5は固定ラップの形状説明図であり、通常のラップに対して内線外周寄り区間に設けた凹部を強調して描画してある。
図6の(a)から(d)は、旋回スクロールの旋回に応じてラップ側面の摺動部が移動することを説明する図であり、
図7は、旋回角度に対する固定シール摺動部の固定ラップ中心軸からの距離を示すグラフである。また、
図8は、従来ラップを有するスクロール圧縮機の寝込み起動時に起こる両スクロールとフレームの変形状態と、圧縮室及び吸込室及び吸込部の圧力分布を説明する図、
図15は、従来ラップを有するスクロール圧縮機を用いた固定シール摺動部に作用する摺動力及びそれからトルクを求める時の腕の長さの説明図である。
【0013】
なお、この例におけるスクロール圧縮機1の直径は、10mmから1000mm程度とする。
【0014】
図1に示すように、スクロール圧縮機1は、固定スクロール2と、旋回スクロール3と、旋回スクロール3を旋回運動させるクランク軸6と、固定スクロール2を取り付けてクランク軸6を支持するフレーム4を備える。さらに、旋回スクロール3の自転を防止するオルダムリング5(
図2参照)と、クランク軸6の回転駆動源であるモータ7と、ケーシング8と、を備えている。
【0015】
図3に示す旋回スクロール3は、旋回鏡板3aの上面である旋回上面3a1に旋回ラップ3bが立設している。この旋回ラップ3bは、ラップ厚さがラップの全域で一様な形状となっている。そして、背面に旋回軸受23が設置されている。この旋回軸受23に後述するクランク軸6の偏心部であるピン部6aが挿入され、クランク軸6をモータ7で回転させることによって、旋回運動させる。
【0016】
フレーム4は、主軸受24によってクランク軸6を回転支持するとともに、
図2で示すように、旋回スクロール3との間に、旋回スクロール3の自転を防止するオルダムリング5を配置する。そして、フレーム4の上面外辺部にあるフレーム取付け面4sに、後述する固定スクロール2を固定配置する。
【0017】
固定スクロール2は、
図4に示す通り、固定鏡板2aの下面側に固定ラップ2bが立設される。そして、固定ラップ2bの外辺部である台板部2qの下面(固定台板面2u)外周部に固定取付け面2u1を設け、前記したフレーム4のフレーム取付け面4sへ、複数の固定取付けねじ200によって、取り付けられる(
図2参照)。
【0018】
固定ラップ2bには、
図5のクロスハッチング部で示す通り、固定内線側だけに、通常の固定内線から一様に凹んだ固定内線側一様凹部2b1を、ラップの外周寄りに設けている。ここで、固定内線側一様凹部2b1の実際の凹み量は、3〜50μm程度であり、
図5は凹みを強調した図としている。この固定ラップ2bを圧縮室100形成のために前記旋回ラップ3bと噛合わせることにより、固定内線側一様凹部2b1を設けたラップ外周寄りの区間でのラップ側面間の隙間は、それよりも内側の区間に比べて大きく設定されることになる。
【0019】
これより、固定ラップ2bの内線側は、固定内線側一様凹部2b1を設けた区間が、一様な側面隙間のラップ外周寄り区間(固定内線側ラップ外周寄り区間)となり、それよりも中央寄りの区間がラップ中央寄り区間(固定外線側ラップ中央寄り区間)となる。一方、固定ラップ2bの外線側には、側面隙間を拡大したラップ外周寄り区間を設けず、全域をラップ中央寄り区間とする。この結果、この固定ラップ外線側のラップ中央寄り区間の最外周部(固定外線側中央最外部)は、旋回ラップ2bの内線とシール部を形成する固定外線の最外部である固定外線側最外部と一致する。
【0020】
一方、固定内線側一様凹部2b1の最内周部で決まる固定ラップ内線側のラップ中央寄り区間の最外周部(固定内線側中央最外部)は、固定ラップ2bの中心軸からの距離が、前記固定外線側中央最外部(固定ラップ外線側のラップ中央寄り区間の最外周部)と同じになる位置とする。
【0021】
ところで、固定内線側一様凹部2b1の最外周部は、固定内線側最外部まで伸ばすことが必要であるが、本実施形態では、ラップの加工性向上のために、ハッチング部で示す固定内線側外周延長凹部2b2を設け、固定外線側と連続的に繋いだ形状とした。
【0022】
ここで、固定スクロール2のフレーム4への取り付けは以下のように行う。まず、フレーム4に、クランク軸6を通し、さらに、旋回スクロール3とオルダムリング5を装着する。そして、固定スクロール2を旋回スクロール3へ被せた後、クランク軸6を圧縮動作が起こる方向へゆっくり回しながら、固定取付けねじ200を徐々に締め込んでいく。最終的に、固定取付けねじ200を既定の締め付けトルクまでねじ込み、固定取付け面2u1とフレーム取付け面4s面間に大きな締め付け力を付与する。
【0023】
固定スクロール2の台板部2qの外周部には上下方向に延びる溝が形成されており、同様にフレーム4の外周部にも上下方向に延びる溝が形成されている。前記した通り部組みされたポンプ部では、これらの溝が繋がって、後述する固定背面室120とモータ上部空間130(吐出パイプ55が臨んでいる空間)とを連通する連通溝140が形成される。
【0024】
このようなポンプ部を、後述する筒ケーシング8aに溶接する。具体的には、フレーム4の外周を筒ケーシング8aへタック溶接ビード150により固定配置する。
【0025】
この結果、通常の運転時では、固定スクロール2に軸方向まわりのトルクが作用しても、固定取付け面2u1とフレーム取付け面4s面間に大きな摩擦力が発生するため、固定スクロール2は回転ずれを起こさない。
【0026】
このようにして、固定ラップ2bおよび旋回ラップ3bを噛合わせることにより、両スクロール間の外辺部に吸込室90、中央寄りに圧縮室100が形成される(
図4参照)。ここで、旋回ラップ3bの外線側で形成される圧縮室を旋回外線側圧縮室100a、内線側で形成される圧縮室を旋回内線側圧縮室100bと呼称する。また、旋回スクロール3の背面(旋回スクロール3とフレーム4との間)には、背圧室110が形成される。
【0027】
さらに、
図1で示すように、固定スクロール2には、吸込口2sが形成されており、スクロール圧縮機1の外部から作動流体を固定スクロール2へ導入する吸込パイプ50が圧入されている。そして、
図4に示すように、この吸込口2sと吸込室90との間に吸込部95が形成されている。また、スクロール圧縮機1の停止直後の作動流体の逆流を防止するために逆止弁21が吸込パイプ50の下部に設けられている。
【0028】
また、固定スクロール2の中央付近には、圧縮した作動流体を吐出させる吐出穴2dが形成されている。また、その外周側には、複数のバイパス穴2eが形成され(
図4参照)、各々にバイパス弁22が設けられて(
図2参照)、過圧縮や液圧縮を低減する。
【0029】
さらに、
図2に示すように、固定スクロール2には、背圧室110の油を吸込室が閉じ込んだ後の圧縮室100に流す圧縮給油路60を設ける。そして、その途中に、背圧弁26が設けられている。
【0030】
背圧弁26は、背圧室110の圧力(背圧)が圧縮室100の圧力よりも所定値以上高くなると開弁するようになっている。このような背圧弁26の動作により、背圧室110の圧力である背圧は、吸込口2sや吸込部95における圧力である吸込圧よりも高く、吐出穴2dにおける圧力である吐出圧よりも低い、中間圧を保持するようになっている。これにより、背圧室110は、後述する吐出圧となっている旋回軸受室115とともに、旋回スクロール3を固定スクロール2へ付勢する役割を担う。
【0031】
前記した通り、旋回スクロール3に旋回運動を起こすためのトルクを与えるクランク軸6は、その中央に給油穴6bが形成されている。そして、クランク軸6のフレーム4よりも下部には、モータ7を構成するロータ7aと回転バランスを取るためのシャフトバランス80およびカウンターバランス82が焼き嵌めまたは圧入されている。さらに、クランク軸6の下端には、給油パイプ6xが圧入されている。
【0032】
ケーシング8は、筒ケーシング8aと、筒ケーシング8aの上部に溶接される上ケーシング8bと、筒ケーシング8aの下部に溶接される底ケーシング8cと、から構成される。
【0033】
ここで、筒ケーシング8aには、予め、ステータ7bが焼き嵌めまたは圧入またはタック溶接され、さらに、吐出パイプ55と副軸受25を支持する下フレーム35が溶接またはロウ付けされて、固定配置されている。そこへ、前記の通り、ポンプ部がタック溶接され、さらに、副軸受25が下フレーム35へねじ止めまたは溶接により固定配置される。
【0034】
このとき、クランク軸6に固定されたロータ7aと、筒ケーシング8aのステータ7bにより、モータ7が形成される。そして、上ケーシング8bに溶接されているハーメチック端子220に、モータ線が接続される。
【0035】
また、副軸受25は、上部を主軸受24で支持されているクランク軸6の下部を支持するために設ける。副軸受25は、ボール25aとボールホルダ25bからなり、クランク軸6がたわんでも副軸受25に片当りが生じない構成となっている。
【0036】
このようにして、固定スクロール2、旋回スクロール3、フレーム4、クランク軸6、モータ7等を取り囲むケーシング8が形成される。また、固定スクロール2の上部には、固定背面室120が形成される。
【0037】
ところで、ケーシング8の内部には、組立ての適当な段階で油を封入するようになっている。これにより、下フレーム35と底ケーシング8cの間に、貯油部125が形成される。
【0038】
次に、スクロール圧縮機1の圧縮動作の概要を
図1から
図4を用いて説明する。まず、通常運転の場合において、作動流体に関する説明を行った後、油に関する説明を行う。
【0039】
図1に示すように、モータ7でクランク軸6を回転させ、旋回スクロール3を旋回運動させる。これによって、
図3に示すように、旋回スクロール3と噛合う固定スクロール2との間の外辺部に吸込室90が形成される。
【0040】
吸込パイプ50を経由して吸込口2sから流入する作動流体は、吸込部95を通って吸込室90に吸い込まれる。
【0041】
そして、旋回スクロール3を旋回運動させることにより、吸込室90は、閉込み開始によって圧縮室100へ移行した後、ラップ中央へ移送しつつ容積が縮小する。これによって圧縮室100内部の作動流体を圧縮し、吐出穴2dから
図1に示すケーシング8の内部の上部空間である固定背面室120へ流出する。
【0042】
この結果、ケーシング8の内部の圧力は吐出圧となり、いわゆる高圧チャンバ方式のスクロール圧縮機1となる。なお、過圧縮条件では、圧縮室100の内部の圧力が吐出圧よりも高くなるため、
図2に示すバイパス弁22が開き、バイパス穴2eを介して、圧縮室100内部の作動流体を固定背面室120へ流出させる。このような構成により、過圧縮を抑制できるため、スクロール圧縮機1の性能が向上するという効果がある。
【0043】
固定背面室120へ流出した作動流体は、その後、連通溝140を経由してモータ上部空間130へ流入し、吐出パイプ55から外部へ吐出される。
【0044】
次に、油の流れに沿って説明する。貯油部125の油は、吐出圧(ケーシング8内部の圧力)と背圧(背圧室110の圧力)の差圧により、
図1に示すように、貯油部125から、給油パイプ6x、クランク軸6内の給油穴6bを通って旋回軸受23と主軸受24を潤滑した後、背圧室110へと流入する。
【0045】
ここで、ピン部6aの上部の旋回軸受室115の圧力は吐出圧となるため、旋回スクロール3を固定スクロール2へ付勢する引付力付加手段の一つとなる。また、副軸受25へは給油穴6bから遠心力によって給油するようになっている。
【0046】
背圧室110へ流入する油の圧力は、吐出圧であるため、その油の流入によって背圧室110の圧力が昇圧する。また、油には作動流体が必ず溶け込んでいるため、背圧室110へ流入したことによる減圧によって、作動流体が油中から急激にガス化(発泡)する。この背圧室110への給油によって、
図2に示すオルダムリング5の潤滑を行なう。
【0047】
この後、背圧室110へ流入した油は、途中に背圧弁26を設けた圧縮給油路60を経由して閉込み開始直後の圧縮室100へ流入する(
図2参照)。背圧弁26は、前記した動作によって、背圧を中間圧に制御する。
【0048】
前記した通り、背圧室110から圧縮室100へ供給した油は、吐出穴2dとリリース穴2eを通って、作動流体とともに固定背面室120へ吐出する。
【0049】
その後の油は、ケーシング8の内壁やケーシング内の要素に付着して作動流体と分離される。そして、油は、付着したケーシング内壁や要素を伝い、最終的にスクロール圧縮機1の底部の貯油部125へ戻る。
【0050】
次に、油中に大量の作動流体が溶け込んでいる状態(例えば寝込み起動時)から起動する時の圧縮動作を説明する。油の流れ及び作動流体の流れとともに、
図8(A)により、両スクロール2,3とフレーム4の変形状態、
図8(B)により、圧縮室や吸込室や吸込部内の圧力分布を説明する。ここで、
図8は、変形量を強調して描いたものである。例えば、図中に描いた軸方向隙間の場合、実際の隙間は10〜30μm程度である。
【0051】
圧力はバランスした状態から旋回スクロール3が旋回運動を行うことで、吸込部95の圧力が下がり、それにつれて、吸込室90の圧力も下がる(
図4参照)。この結果、
図2で示す通り、吸込室90の圧力が下がるために閉込み直後の圧縮室100の圧力も下がり、圧縮室給油路60から背圧室110内の油が流入してくる。また、
図4に示す通り、旋回鏡板上面3a1と固定台板面2uの間からも旋回外線側圧縮室100aや吸込部95や吸込室90へ背圧室110内の油が侵入し、圧縮室100へ移送される。
【0052】
このような背圧室110からの油流出が起こると、背圧が下がるため、貯油部125からクランク軸6内の給油穴6b、旋回軸受23と主軸受24を通って、背圧室110へ油が流入する。この時、油は多少減圧されるが、減圧量は大きくはない。その理由は、貯油部125の圧力がまだ充分上昇していないためと、背圧弁26による背圧昇圧作用のためである。よって、油に溶解していた作動流体のガス化が少ない。ただ、その時点での背圧は、充分昇圧していないため、旋回スクロール3は固定スクロール2へ付勢されない。この結果、ラップ歯先歯底の隙間(軸方向隙間)が拡大し、内部漏れが大きい圧縮状態となる。
【0053】
この状態で、圧縮室給油路60を通って圧縮室100へ流入した油は、背圧弁26による背圧昇圧分だけの減圧が生じる。このため、油に溶け込んだ作動流体がガス化し、概略密閉された圧縮室100内で体積を急激に増大させようとする。この結果、圧縮室100の圧力は、油流入前から急激に上昇し、圧縮室100の圧力が吐出空間(固定背面室120)の圧力よりも高い過圧縮状態となる(
図8(B)参照)。バイパス弁22は、過圧縮を多少緩和できる。しかし、圧縮室100内に流入した油からガス化する作動流体が大量であるため、過圧縮を回避するまでには至らない。よって、圧縮室100内の圧力が固定背面室120の圧力よりも大幅に高くなる。
【0054】
また、背圧室110から旋回鏡板上面3a1と固定台板面2uの間を通って旋回外線側圧縮室100aへ流入した油も減圧されるため、同様の圧縮室100の昇圧を起こす。
【0055】
これより、固定スクロール2の鏡板2aは、
図8(A)に示す通り、固定背面室120側へ膨らんだ変形を起こす。さらに、固定取付けねじ200が伸びて、固定台板2qにも
図8(A)のような変形が生じ、固定取付け面2u1は、上へ持ち上がる。
【0056】
一方、フレーム4は、ケーシング4にタック溶接ビード150によって固定されているため、変形しないか変形量が小さい。これより、フレーム取付け面4sは、ほぼ平面を保つ。以上より、固定取付け面2u1とフレーム取付け面4s間に隙間が発生するため、固定取付けねじ200によってこれらの面間に発生していた締め付け力が大幅に低下する。この結果、固定取付け面2u1とフレーム取付け面4s間に発生できる最大摩擦力が低下する。
【0057】
一方、固定取付けねじ200の鍔部200aと固定台板2q上面間にかかる締め付け力は増大する。よって、それらの面間で発生する最大摩擦力は増大する。しかし、ねじの特性から、固定取付けねじ200の中心軸は容易に倒れる。このため、固定スクロールになんらかの水平方向力が作用すると、固定スクロール2と固定取付けねじ200の鍔部200aが固定した状態で、固定取付けねじ200が倒れることにより、固定スクロール2が水平方向に移動可能となる。
【0058】
また、旋回スクロール3は、フレーム4に押し付けられているため、
図8(A)に示すように、旋回鏡板3aは変形が小さい。これにより、両ラップ2b、3bの歯先に形成される軸方向隙間(
図8(A)参照)が拡大し、内部漏れが増大する。この結果、圧縮室内の圧力分布(時間平均)は、
図8(B)に示す通り、中央寄りの圧縮室100間の圧力差が小さくなる。これより、
図8(A)に示す通り、両ラップ2a、3aは、中央寄りよりも外寄りのラップの方が、外周側への倒れが大きくなる。このラップの倒れによって、シール部における、側面隙間が狭くなり、固定ラップ2bと旋回ラップ3b間に水平方向力である摺動力が働く。そして、側面隙間が小さくなるほど、そこで発生する摺動力は大きくなるから、従来のラップのように、組立時のラップ側面隙間が一様な場合(
図8の場合)には、単純に中央寄りよりも外寄りのシール部で発生する摺動力が大きくなる。
【0059】
これより、ラップの倒れによって生じるシール部での水平方向の摺動力と、固定鏡板2aの変形による固定取付け面2u1とフレーム取付け面4s間の隙間発生により、固定スクロール2が水平面上を移動する。この移動の内で、固定スクロール2が水平方向に平行移動するような動きは、わずかな動きでラップ側面の接触を起こし、反力が発生するため、ほとんど不可能である。一方、軸方向を軸とする回転移動は、ラップ側面が接触するまでにある程度の回転が可能となる。このため、実質的には、固定スクロール2の回転移動だけ生じる。
【0060】
以上より、固定スクロール2の水平方向の移動は、回転のみであることから、トルクのみ考慮すれば良いことになる。水平方向力は、水平方向の重心移動がないことから、合力は0となる。よって、軸方向(水平方向に垂直な方向)を回転軸とするトルクを計算する場合、如何なる軸でトルクを計算しても、同じ結果となる。そこで、今後は、固定ラップ2bの幾何学的中心である固定ラップの中心軸回りでトルクを計算することとする。
【0061】
ところで、本実施形態のラップ曲線は円のインボリュート曲線を用いているため、ラップ側面のシール部の分布は、
図4で示す通り、基礎円の接線である2本の巻き出し線上に分布する。これら2本の巻き出し線の一方には、固定ラップ2bの外線側で形成されるシール部(固定外線側シール部)が分布し、他方には、固定ラップ2bの内線側シール部(固定内線側シール部)が分布する。
【0062】
この
図4から、複数のシール部のうちで摺動力が発生しないものと摺動力が発生するものがあり、後者をシール摺動部と呼称することとする。摺動力が発生しないシール部については、後で詳細に説明する。シール摺動部で発生するトルクは、摺動力の大きさにシール摺動部の巻き出し線長さ(巻き出し線が基礎円と接する点とシール摺動部との距離)をかけた値となる。
【0063】
以上より、外周寄りのシール摺動部の摺動力によって発生するトルクが支配的となる。なぜならば、中央寄りよりも外寄りのシール摺動部の巻き出し線長さが大きい上に、前に説明して
図4の矢印の長さで表現した通り、中央寄りよりも外寄りのシール摺動部で発生する摺動力が大きいからである。
【0064】
ここで、固定外線側シール摺動部において固定スクロール2に作用する摺動力は、固定ラップ2bの中心軸回りに
図4において時計回りのトルクを発生させる。一方、固定内線側シール摺動部において固定スクロール2に作用する摺動力は、反時計回りのトルクを発生させる。
【0065】
よって、固定スクロール2の回転を起こすトルクは、固定外線側シール摺動部のうちで最外のシール摺動部(これ以降、固定外線側シール摺動最外部γと称する)の摺動力と、固定内線側シール摺動部のうちで最外のシール摺動部(これ以降、固定内線側シール摺動最外部δと称する)の摺動力で発生する、固定ラップ中心軸回りのトルクで近似できる。
【0066】
ところで、スクロールラップには、本実施形態で用いた円のインボリュート曲線以外の螺旋曲線を用いることが可能である。例えば、代数螺線やアルキメデス螺線や対数螺線等が考えられる。そこで、いかなる螺旋曲線が使われた場合でも、トルクを計算するために必要な腕の長さ(シール摺動部と固定ラップ2bの中心軸との距離)と同様な長さを、
図15を用いて次に定義する。
【0067】
一般的な定義からいえば、腕の長さは、摺動力の作用線方向(シール摺動部の接線方向)に垂直な方向における固定ラップ2bの中心軸とシール摺動部の距離である。
図15で示すように、本実施形態のような円のインボリュート曲線を用いたラップの場合、巻き出し線方向が、摺動力の作用方向と垂直な方向に一致するため、巻き出し線長さLが腕の長さに一致する。この長さと概略一致するのが、固定ラップ2bの中心軸と固定シール摺動部を繋ぐ長さ(固定シール摺動部の固定ラップ中心軸からの距離)である。この距離は、他のいかなる螺旋曲線でも定義可能であり、概略腕の長さに一致することは明らかである。
【0068】
よって、シール摺動部で固定スクロールに作用する摺動力によるトルクを計算するときは、固定シール摺動部と固定ラップ2bの中心軸との距離を腕の長さの代わりに用いても実際上問題は生じない。よって、今後は、固定シール摺動部で発生する摺動力の腕の長さを、固定シール摺動部の固定ラップ2b中心軸からの距離とする。
【0069】
本実施形態は、前記した通り(
図5参照)、固定内線側一様凹部2b1を設けることによって、固定ラップ2bの内線側と外線側の両側に、固定ラップ2bの中央軸からの距離が等しいところまでラップ側面隙間が大きいラップ外周寄り区間を設けた(
図4においては太線で表示)。逆にいえば、固定ラップ2bの内線側と外線側の両側に、固定ラップ2bの中央軸からの距離が等しいところまでラップ側面隙間が一様に小さいラップ中央寄り区間を設けた。これにより、固定内線側のラップ外周寄り区間で形成されるシール部では両ラップ側面間の摺動が大幅に緩和され、摺動力が発生しなくなる。
【0070】
前記した通り、固定スクロールに作用するトルクを考える場合、
図4において時計回りのトルクを発生させる固定外線側シール摺動最外部γの摺動力と、反時計回りのトルクを発生させる固定内線側シール摺動最外部δの摺動力を考えれば良い。
図6は、旋回スクロール3が旋回運動した時の90度毎の2力を黒矢印で示したものである。ここで、(a)は旋回外線側圧縮室100aが閉込みを開始したとき、(b)は旋回外線側圧縮室100aが閉込みを開始してから90度旋回した時を示す。また、(c)は旋回内線側圧縮室100bが閉込みを開始したときであり、これは旋回外線側圧縮室100aが閉込みを開始してから180度旋回した時でもある。さらに(d)は旋回内線側圧縮室100bが閉込みを開始してから90度旋回した時を示す。これら2つの摺動力は、固定内線側一様凹部2b1を設けた結果、固定ラップ2bの中央軸からの平均的な距離がほぼ等しくなったことから、大きさのレベルも同等となる。また、
図6には、ハッチングを付けた矢印で、従来のラップ(固定内線側一様凹部2b1を設けないラップ)における固定内線側シール摺動最外部(従来固定内線側シール摺動最外部δo)の摺動力も示した。
【0071】
これより、同等な2力(固定外線側シール摺動最外部γの摺動力と、固定内線側シール摺動最外部δの摺動力)によるトルクの大小関係は、各々の腕の長さの大小で決まることになる。すなわち、固定スクロール2の回転ずれ方向は、固定外線側シール摺動最外部γと固定内線側シール摺動最外部δの固定ラップ2b中心軸からの平均距離の大小関係で決まってくる。
【0072】
具体的には、固定内線側シール摺動最外部δの固定ラップ中心軸からの平均距離が、固定外線側シール摺動最外部γの固定ラップ中心軸からの平均距離よりも大きい場合には、固定スクロール2は、
図4(
図5,6も同様)上で反時計回りに回転ずれを起こす。逆に、固定内線側シール摺動最外部δの固定ラップ中心軸からの平均距離が、固定外線側シール摺動最外部γの固定ラップ中心軸からの平均距離よりも小さい場合には、固定スクロール2は、
図4(
図5,6も同様)上で時計回りに回転ずれを起こす。
【0073】
図7は、前記シール摺動最外部の固定ラップ中心軸からの距離が旋回角度でどのように変化するかを示したグラフである。従来ラップの場合、明らかに、固定内線側シール摺動最外部δo(太い破線)が固定外線側シール摺動最外部γ(細い実線)よりも平均して固定ラップ中心軸からの距離が大きいため、固定スクロール2は、
図4(
図5,6も同様)上で反時計回りに回転ずれを起こす。よって、固定内線側の側面隙間が拡大し、性能が低下する。
【0074】
これに対して、本実施形態では、固定内線側一様凹部2b1を設けることで、固定ラップ2bの内線側と外線側の両側に、固定ラップ2bの中央軸からの距離が等しいところまでラップ側面隙間が大きいラップ外周寄り区間を設けた。この結果、
図7から明らかな通り、固定ラップ中心軸からの距離が、固定内線側シール摺動最外部δ(太い実線)と固定外線側シール摺動最外部γ(細い実線)が同じ平均値となる。つまり、固定スクロール2は、回転ずれを起こさず、両ラップ間の側面隙間に偏りが発生しないことがわかる。
【0075】
以上より、ラップ側面間に形成される側面隙間を固定内線側と固定外線側で調整するという単純な方法により、寝込み起動時などで生じていた固定スクロール2の回転ずれを、瞬間的には許容しつつ、トータルで無くす、という新たな手段で解決できる。つまり、固定取付けねじ200による締め付け力を増大させることなく、また、固定スクロール2の剛性を増大させることなく、固定スクロール2の回転ずれを常にほぼ0とすることができる。よって、外線側の側面隙間と内線側の側面隙間に不均一が生じず、内部漏れが増大しないため、性能低下を起こさないという効果を奏する。
【0076】
そして、その性能確保効果は、従来の解決手段である、固定取付けねじ200の締め付け力を上げる方法採用時に必須となる、ねじサイズの増大や固定取付け面2u1やフレーム取付け面4sを拡大せずに実現できる。よって、圧縮機の性能を確保しつつ小径化を実現するという効果を奏する。また、他の従来の解決手段である、固定スクロールの剛性増大のために必須となる、固定鏡板の厚さ増大を不要とする。よって、固定鏡板厚さ増大に伴う質量の増大が不要となり、圧縮機の性能を確保しつつ軽量化を実現するという効果を奏する。さらに、固定スクロール2とフレーム4の溶接という製造上困難な工程を不要とする。よって、圧縮機の性能を確保しつつ低コストを実現するという効果を奏する。
【0077】
ところで、本実施形態は、旋回ラップ3bの両側面の巻終り部まで、固定ラップ2bとシール部を形成する非対称ラップである。このため、対称ラップの場合に比べて、固定内線が外周まで伸びている。
【0078】
従来の非対称ラップでは、寝込み起動によって固定スクロール2が回転ずれをおこした場合、従来の対称ラップ時に比べて、固定内線が外周まで伸びているために、シール摺動部で発生する回転ずれ量は増大する。この結果、ラップ間の側面隙間の偏りが拡大し、非対称ラップの方が対称ラップよりも性能低下が著しかった。今回のように、固定ラップ2bの内線側と外線側の両側に、固定ラップ2bの中央軸からの距離が等しいところまでラップ側面隙間が大きいラップ外周寄り区間を設けたことで、回転ずれが無くなり、対称ラップの場合よりも大きい性能低下を回避できる。よって、非対称ラップに適用することで、大きかった性能低下を回避できるという効果がある。
【0079】
さらに、本実施形態は、固定ラップ2bの中央軸からの距離が最外周部で短い固定ラップ2bの外線側の全域をラップ中央寄り区間に設定している。これにより、ラップ間に形成される側面隙間のうちで、隙間が拡大したラップ外周寄り区間を最も短くできる。漏れの観点からすると、側面隙間は小さい方が良い。よって、寝込み起動時でも固定スクロール2の回転ずれが生じないで、ベースとなる圧縮機性能を最も高くできるという効果がある。