(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
4〜12質量%のZnと、0.1〜0.9質量%のSnと、0.008〜0.07質量%のPと、1.05〜2.2質量%のNiとを含有し、残部がCu及び不可避不純物からなり、
Znの含有量[Zn]質量%と、Snの含有量[Sn]質量%と、Pの含有量[P]質量%と、Niの含有量[Ni]質量%との間に、
7≦[Zn]+3×[Sn]+2×[Ni]≦16、
0≦[Zn]−0.3×[Sn]−1.8×[Ni]≦9、
0.3≦(3×[Ni]+0.5×[Sn])/[Zn]≦1.3、
2≦[Ni]/[Sn]≦8、
18≦[Ni]/[P]≦180、
の関係を有し、
平均結晶粒径が2〜9μmであり、
円形状又は楕円形状の析出物の平均粒子径が3〜60nmであるか、又は、前記析出物の内で粒子径が3〜60nmの析出物が占める個数の割合が70%以上であり、
導電率が26%IACS以上であり、
耐応力緩和特性として150℃、1000時間で応力緩和率が23%以下であることを特徴とする銅合金板。
さらに、Al、Fe、Co、Mg、Mn、Ti、Zr、Cr、Si、Sb、As、Pb及び希土類元素から選択される少なくとも1種または2種以上を、各々0.0005質量%以上0.05質量%以下、かつ、合計で0.0005質量%以上0.2質量%以下含有することを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の銅合金板。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上述のベリリウム銅、りん青銅、洋白、黄銅のような一般的な高強度銅合金には次のような問題があり、上記した要求に応えることができなかった。
ベリリウム銅は、銅合金中、最も高い強度を有するものであるが、ベリリウムが人体に非常に有害である(特に、溶融状態ではベリリウム蒸気が極微量であっても非常に危険である)。このため、ベリリウム銅製部材又はこれを含む製品の廃棄処理(特に焼却処理)が困難であり、製造に使用する溶解設備に要するイニシャルコストが極めて高くなる。したがって、所定の特性を得るために製造の最終段階で溶体化処理が必要となることとも相俟って、製造コストを含む経済性に問題がある。
【0007】
りん青銅、洋白は、熱間加工性が悪く、熱間圧延による製造が困難であるため、一般に横型連続鋳造により製造される。したがって、生産性が悪く、エネルギーコストが高く、歩留りも悪い。
また、高強度銅合金の代表品種であるばね用りん青銅やばね用洋白には、高価なSn,Niが多量に含有されているため、導電性が悪く、経済性にも問題がある。
【0008】
黄銅の主要元素であるZnは、Cuに比べ安価であり、CuにZnを添加することにより、密度が小さくなり、強度、すなわち引張強さ、耐力または降伏応力、ばね限界値、疲労強度が高くなる。ところが、黄銅においては、Zn含有量を増すに従って、応力腐食割れ感受性が非常に高くなり、材料としての信頼性が損なわれる。一方、黄銅においては、応力緩和特性が周知のごとく悪く、エンジンルーム周辺など高温に達する部品には到底使うことはできない。また、Zn含有量が増すに従って、強度は向上するものの、延性、曲げ加工性が悪くなり、強度と延性のバランスが悪くなる。
以上のように、黄銅及び単にSnを添加した黄銅は安価であるが、強度的に満足できるものでなく、応力緩和特性が悪く、導電性が悪く、耐食性に問題(応力腐食及び脱亜鉛腐食)があり、上記した小型化,高性能化を図る製品構成材としては不適当である。
【0009】
したがって、このような一般的高導電・高強度銅合金は、前述した如く小型化,軽量化,高性能化される傾向にある各種機器の部品構成材として到底満足できるものではなく、新たな高導電、高強度銅合金の開発が強く要請されている。
また、特許文献1に記載されたCu−Zn−Sn合金においても、導電性や強度を含む諸特性は十分でなかった。
【0010】
本発明は、上記の従来技術の問題を解決するためになされたものであり、耐応力腐食割れ性、応力緩和特性、引張強度、耐力、導電性、曲げ加工性、はんだ濡れ性に優れた銅合金板、特に、過酷な使用環境に耐え得る、信頼性の高い端子・コネクタ、電気・電子部品に適した銅合金板、及び、この銅合金板の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、上記課題を解決するため、様々な角度から検討を重ね、種々の研究、実験を重ねたところ、4〜14質量%のZnを含むCu−Zn合金に、まずNiとSnを適正量添加し、同時に、NiとSnの相互作用を最適化するために、NiとSnの合計含有量、及び含有量の比率を適正な範囲内とし、さらに、ZnとNiとSnの相互作用を鑑み、3つの組成関係式、f1=[Zn]+3×[Sn]+2×[Ni]、f2=[Zn]−0.3×[Sn]−1.8×[Ni]、およびf3=(3×[Ni]+0.5×[Sn])/[Zn]を同時に適正値とするようにZn、Ni、Snを調整し、かつNi量とSn量、およびP量とNi量を適正な範囲内の含有比率とし、形成される析出物の大きさ、および結晶粒径を適正に調整することにより、コストパフォーマンスに優れ、密度が小さく、高い強度と伸び・曲げ加工性と導電率のバランスと、耐応力腐食割れ性、応力緩和特性に優れ、様々な使用環境に対応できる銅合金を見出し、本発明を成すに至った。
【0012】
具体的には、適量のZn、Ni、Snをマトリックスに固溶させ、Pを含有することにより、延性、曲げ加工性を損なわずに、高い強度を得る。そして、原子価(または、価電子数、以下同様)が4価(価電子数が4)のSn、2価のZn、Niと、5価のPの共添加により、耐応力腐食割れ性、応力緩和特性を良くし、同時に、積層欠陥エネルギーを低くさせ、再結晶時の結晶粒を微細にする。また、NiとPを主体とする微細な化合物を形成することによって結晶粒成長を抑制し、微細な結晶粒を維持する。
【0013】
また、結晶粒(再結晶粒)を微細化させることにより、引張強度、耐力を主とする強度を顕著に向上させることができる。すなわち、平均結晶粒径が小さくなるに従って強度も増大される。具体的にはCuに対するZn、Sn、Niの添加は、再結晶核の核生成サイトを増加させる効果がある。Cu−Zn−Sn−Ni合金に対するP、Niの添加は粒成長を抑制する効果がある。このため、これらの効果を利用することで、微細な結晶粒を有するCu−Zn−Sn−Ni−P系合金を得ることが可能である。再結晶核の核生成サイトの増加は、それぞれ原子価が2価、2価、4価であるZn、Ni、Sn添加により、積層欠陥エネルギーを低くさせることが主原因の1つであると考えられる。その生成した微細な再結晶粒を微細なまま維持させる結晶粒成長の抑制は、P、Niの添加による微細な析出物の生成が原因していると考えられる。ただし、この中で再結晶粒の超微細化を目指すだけでは、強度、伸び、曲げ加工性のバランスが取れない。バランスを保つには、再結晶粒の微細化に余裕を持たせ、ある範囲の大きさの結晶粒微細化領域が良いことが判明した。結晶粒の微細化又は超微細化については、JIS H 0501において、記載されている標準写真で最小の結晶粒度が0.010mmである。このことから、0.010mm未満の平均結晶粒を有するものは結晶粒が微細化されていると称しても差し支えないと考える。
【0014】
CuにZn、Ni、Snの各元素を固溶させることによって、延性、曲げ加工性を損なわずに、強度を向上させ、応力緩和特性、耐応力腐食割れ性を良くするためには、Zn、Ni、Snの各元素の性質を始め、種々の観点から、元素間の相互作用を考慮にいれる必要がある。すなわち、単に、Znと、Niと、Snの各元素の含有量を規定するだけでは、応力緩和特性、耐応力腐食割れ性を良くし、延性、曲げ加工性を損なわずに、高い強度を必ずしも得ることはできない。
そこで、組成関係式f1=[Zn]+3×[Sn]+2×[Ni]と、組成関係式f2=[Zn]−0.3×[Sn]−1.8×[Ni]と、f3=(3×[Ni]+0.5×[Sn])/[Zn]と、の3つの組成関係式を所定の範囲内とする必要がある。
【0015】
組成関係式f1、f2の下限の値は、Zn、Ni、Snの各元素の相互作用を考慮した場合であっても、高い強度を得るための最低の必要値であり、一方、組成関係式f1、f2が上限値を超えると、或いは、組成関係式f3の下限値を下回ると、強度は高くなるものの、応力緩和特性、または耐応力腐食割れ性が損なわれる。
また、組成関係式f1=[Zn]+3×[Sn]+2×[Ni]の上限の値は、本発明合金の導電率が24%IACSを超えるかどうかの値である。
組成関係式f2=[Zn]−0.3×[Sn]−1.8×[Ni]の上限の値は、優れた応力緩和特性、耐応力腐食割れ性と、良好な延性、曲げ加工性、はんだ濡れ性を得るための境界値でもある。前記のとおり、Cu−Zn合金の致命的な欠点として、応力腐食割れの感受性が高いこと、応力緩和特性が悪いことである。
組成関係式f3=(3×[Ni]+0.5×[Sn])/[Zn]の下限の値は、良好な応力緩和性を得るための境界の値である。前記のとおりCu−Zn合金は、コストパフォーマンスに優れた合金であるが、応力緩和特性が乏しく、高い強度を有しても、高強度を活かすことができなかった。一般的に、黄銅合金は、応力緩和特性が乏しいが、(3×[Ni]+0.5×[Sn])と[Zn]のバランス、すなわち配合比を最適化することにより、より高度な応力緩和特性を実現できる。上限の値は、Ni、Snの量が増え、コスト増、または導電率が悪くなり、応力緩和特性も飽和する。
【0016】
また、本願において、Ni量とSn量、およびP量とNi量と適正な含有比率にすることが重要で、優れた応力緩和特性、強度、曲げ加工性を実現することができる。特に、Cu−Zn合金の応力緩和を向上させる為には、1〜2.4質量%のNiと、0.1〜1質量%のSnを共添加させることがまず第1の条件であり、NiとSnの含有量比率が重要であり、組成関係式f4=[Ni]/[Sn]を所定の範囲内とする必要がある。詳細は、後述するが、Sn原子1つに対し、Ni原子が少なくとも3.5個以上が必要である。そして、応力緩和特性、結晶粒の大きさ、強度、曲げ加工性に重要なNiとPについては、固溶するNiとP、析出する、NiとPの化合物との関係から、組成関係式f5=[Ni]/[P]を所定の範囲内とする必要がある。
【0017】
また、上述の銅合金板においては、前記仕上げ冷間圧延工程後に回復熱処理工程、それに準じる熱処理を実施することが望ましい。この場合、回復熱処理を行うので、応力緩和率、ヤング率、ばね限界値、及び伸びが向上する。
【0018】
上述の銅合金板を製造する方法としては、所定の成分に配合した鋳塊製造工程と熱間圧延工程、場合によっては熱間圧延工程を省略した連続鋳造工程と、冷間圧延工程と、再結晶熱処理工程と、仕上げ冷間圧延工程とを順に含み、前記熱間圧延工程の熱間圧延開始温度が800〜950℃であって、最終圧延が750℃から500℃で終了し、その後、空冷あるいは、水冷による強制冷却で常温にまで冷却される。再結晶熱処理工程は、長時間加熱するバッチ式と高温で短時間の加熱を連続で行う連続熱処理方法がある。最終仕上げ圧延後、材料のひずみを良好にするためのテンションレベラーを行うこともある。また、連続熱処理方法で回復熱処理が施されることもあり、或は、さらに端子・コネクタ、電気・電子部品に用いられる場合は、回復熱処理工程の有無にかかわらず、溶融Snめっき、リフローSnメッキなどのメッキ処理工程を含むこともある。
なお、銅合金板の板厚によっては、前記熱間圧延工程と前記冷間圧延工程との間に対となる冷間圧延工程と焼鈍工程とを1回又は複数回行ってもよい。
【0019】
そして、特に端子・コネクタ材等に用いられる銅合金板の製造方法は、好ましくは、前記冷間圧延工程での冷間加工率が55%以上であり、前記再結晶熱処理工程は、連続熱処理炉を用い、前記銅合金材料を所定の温度に加熱する加熱ステップと、該加熱ステップ後に該銅合金材料を所定の温度に所定の時間保持する保持ステップと、該保持ステップ後に該銅合金材料を所定の温度まで冷却する冷却ステップを具備し、前記再結晶熱処理工程において、該銅合金材料の最高到達温度をTmax(℃)とし、該銅合金材料の最高到達温度より50℃低い温度から最高到達温度までの温度域で、加熱保持される時間をtm(min)としたときに、560≦Tmax≦790、0.04≦tm≦1.0、520≦It1=(Tmax−30×tm
−1/2)≦690であり、そしてさらに、仕上げ冷間圧延工程後、銅合金材料を所定の温度に加熱する加熱ステップと、該加熱ステップ後に該銅合金材料を所定の温度に所定の時間保持する保持ステップと、該保持ステップ後に該銅合金材料を所定の温度まで冷却する冷却ステップを具備し、該銅合金材料の最高到達温度をTmax2(℃)とし、該銅合金材料の最高到達温度より50℃低い温度から最高到達温度までの温度域で、加熱保持される時間をtm2(min)とし、150≦Tmax2≦580、0.02≦tm2≦100、120≦It2=(Tmax2−25×tm2
−1/2)≦390である回復熱処理工程、或いはSnメッキを含む方法で製造される。高温の短時間の再結晶熱処理、そして回復熱処理工程を実施することにより、応力緩和率、ヤング率、ばね限界値、曲げ加工性及び伸びを向上させることができる。
【0020】
本発明は、上述の知見に基づいてなされたものであって、本発明の第1の態様である銅合金板は、4〜14質量%のZnと、0.1〜1質量%のSnと、0.005〜0.08質量%のPと、1.0〜2.4質量%のNiとを含有し、残部がCu及び不可避不純物からなり、Znの含有量[Zn]質量%と、Snの含有量[Sn]質量%と、Pの含有量[P]質量%と、Niの含有量[Ni]質量%との間に、
7≦[Zn]+3×[Sn]+2×[Ni]≦18、
0≦[Zn]−0.3×[Sn]−1.8×[Ni]≦11、
0.3≦(3×[Ni]+0.5×[Sn])/[Zn]≦1.6、
1.8≦[Ni]/[Sn]≦10、
16≦[Ni]/[P]≦250、
の関係を有し、平均結晶粒径が2〜9μmであり、円形状又は楕円形状の析出物の平均粒子径が3〜75nmであるか、又は、前記析出物の内で粒子径が3〜75nmの析出物が占める個数の割合が70%以上であり、導電率が24%IACS以上であり、耐応力緩和特性として150℃、1000時間で応力緩和率が25%以下であることを特徴とする。
【0021】
本発明の第2の態様である銅合金板は、4〜12質量%のZnと、0.1〜0.9質量%のSnと、0.008〜0.07質量%のPと、1.05〜2.2質量%のNiとを含有し、残部がCu及び不可避不純物からなり、Znの含有量[Zn]質量%と、Snの含有量[Sn]質量%と、Pの含有量[P]質量%と、Niの含有量[Ni]質量%との間に、
7≦[Zn]+3×[Sn]+2×[Ni]≦16、
0≦[Zn]−0.3×[Sn]−1.8×[Ni]≦9、
0.3≦(3×[Ni]+0.5×[Sn])/[Zn]≦1.3、
2≦[Ni]/[Sn]≦8、
18≦[Ni]/[P]≦180、
の関係を有し、平均結晶粒径が2〜9μmであり、円形状又は楕円形状の析出物の平均粒子径が3〜60nmであるか、又は、前記析出物の内で粒子径が3〜60nmの析出物が占める個数の割合が70%以上であり、導電率が26%IACS以上であり、耐応力緩和特性として150℃、1000時間で応力緩和率が23%以下であることを特徴とする。
【0022】
本発明の第3の態様である銅合金板は、上述の銅合金板において、さらに、Al、Fe、Co、Mg、Mn、Ti、Zr、Cr、Si、Sb、As、Pb及び希土類元素から選択される少なくとも1種または2種以上を、各々0.0005質量%以上0.05質量%以下、かつ、合計で0.0005質量%以上0.2質量%以下含有することを特徴とする。
【0023】
本発明の第4態様である銅合金板は、上述の銅合金板において
、導電率をC(%IACS)、150℃、1000時間での実効応力をPw(N/mm
2)としたとき、
Pw≧300、
Pw×(C/100)
1/2≧190
の関係を有し、圧延方向に対して90度をなす方向の耐力YS
90と、圧延方向に対して0度をなす方向の耐力YS
0との比、YS
90/YS
0が、0.95≦YS
90/YS
0≦1.07の範囲内とされていることを特徴とする。
【0024】
本発明の第5の態様である銅合金板は、コネクタ、端子、リレー、スイッチ、半導体用途等電子・電気機器部品に用いられることを特徴とする。
【0025】
本発明の第6の態様である銅合金板の製造方法は、上述の銅合金板を製造する銅合金板の製造方法であって、熱間圧延工程と、冷間圧延工程と、再結晶熱処理工程と、仕上げ冷間圧延工程と、をこの順に含み、前記冷間圧延工程での冷間加工率が55%以上であり、前記再結晶熱処理工程は、連続熱処理炉を用い、冷間圧延後の銅合金材料を所定の温度に加熱する加熱ステップと、該加熱ステップ後に該銅合金材料を所定の温度に所定の時間保持する保持ステップと、該保持ステップ後に該銅合金材料を所定の温度まで冷却する冷却ステップを具備し、前記再結晶熱処理工程において、該銅合金材料の最高到達温度をTmax(℃)とし、該銅合金材料の最高到達温度より50℃低い温度から最高到達温度までの温度域で、加熱保持される時間をtm(min)としたときに、
560≦Tmax≦790、
0.04≦tm≦1.0、
520≦It1=(Tmax−30×tm
−1/2)≦690であり、かつ、前記再結晶熱処理工程において、最高到達温度より50℃低い温度から400℃までの温度領域において、5℃/秒以上の条件で冷却することを特徴とする。なお、銅合金板の板厚によっては、前記熱間圧延工程と前記冷間圧延工程との間に、対となる冷間圧延工程と焼鈍工程とを1回又は複数回行ってもよい。
【0026】
本発明の第7の態様である銅合金板の製造方法は、前記仕上げ冷間圧延工程後に実施する回復熱処理工程を有し、前記回復熱処理工程は、仕上げ冷間圧延後の銅合金材料を所定の温度に加熱する加熱ステップと、該加熱ステップ後に該銅合金材料を所定の温度に所定の時間保持する保持ステップと、該保持ステップ後に該銅合金材料を所定の温度まで冷却する冷却ステップを具備し、該銅合金材料の最高到達温度をTmax2(℃)とし、該銅合金材料の最高到達温度より50℃低い温度から最高到達温度までの温度域で、加熱保持される時間をtm2(min)としたときに、
150≦Tmax2≦580、
0.02≦tm2≦100、
120≦It2=(Tmax2−25×tm2
−1/2)≦390
とされていることを特徴とする。
【0027】
本発明の第8の態様である銅合金板の製造方法は、上述の銅合金板を製造する銅合金板の製造方法であって、
熱間加工を行うことなく、対となる冷間圧延工程及び焼鈍工程を1回または複数回行った後に、
冷間圧延工程と
再結晶熱処理工程との組み合わせ、及び、
製造工程中に実施される最終の冷間圧延工程である仕上げ冷間圧延工程と
回復熱処理工程との組み合わせ、のいずれか一方又は両方を行う構成とされており、
前記再結晶熱処理工程前の前記冷間圧延工程での冷間加工率が55%以上であり、前記再結晶熱処理工程は、連続熱処理炉を用い、冷間圧延後の銅合金材料を所定の温度に加熱する加熱ステップと、該加熱ステップ後に該銅合金材料を所定の温度に所定の時間保持する保持ステップと、該保持ステップ後に該銅合金材料を所定の温度まで冷却する冷却ステップを具備し、前記再結晶熱処理工程において、該銅合金材料の最高到達温度をTmax(℃)とし、該銅合金材料の最高到達温度より50℃低い温度から最高到達温度までの温度域で、加熱保持される時間をtm(min)としたときに、
560≦Tmax≦790、
0.04≦tm≦1.0、
520≦It1=(Tmax−30×tm
−1/2)≦690
とされ、かつ、前記再結晶熱処理工程において、最高到達温度より50℃低い温度から400℃までの温度領域において、5℃/秒以上の条件で冷却され、
前記回復熱処理工程は、仕上げ冷間圧延後の銅合金材料を所定の温度に加熱する加熱ステップと、該加熱ステップ後に該銅合金材料を所定の温度に所定の時間保持する保持ステップと、該保持ステップ後に該銅合金材料を所定の温度まで冷却する冷却ステップを具備し、該銅合金材料の最高到達温度をTmax2(℃)とし、該銅合金材料の最高到達温度より50℃低い温度から最高到達温度までの温度域で、加熱保持される時間をtm2(min)としたときに、
150≦Tmax2≦580、
0.02≦tm2≦100、
120≦It2=(Tmax2−25×tm2
−1/2)≦390
とされていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0028】
本発明によれば、耐応力腐食割れ性、応力緩和特性、引張強度、耐力、導電性、曲げ加工性、はんだ濡れ性に優れた銅合金板、特に、過酷な使用環境に耐え得る、信頼性の高い端子・コネクタ、電気・電子部品に適した銅合金板、及び、この銅合金板の製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下に、本発明の実施形態に係る銅合金板及び銅合金板の製造方法について説明する。本実施形態である銅合金板は、自動車部品、電気部品,電子部品,通信機器,電子・電気機器等に使用されるコネクタ、端子、リレー、ばね、スイッチ、半導体、リードフレーム等の構成材として用いられるものである。
ここで、本明細書では、[Zn]のように括弧付の元素記号は当該元素の含有量(質量%)を示すものとする。
そして、本実施形態では、この含有量の表示方法を用いて、以下のように、複数の組成関係式を規定している。なお、Co、Fe等の有効添加元素および不可避不純物は、本実施形態で規定される含有量では、銅合金板の特性への影響が少ないので、後述するそれぞれの計算式に含めていない。さらに、例えば、0.005質量%未満のCrは不可避不純物としている。
【0030】
組成関係式f1=[Zn]+3×[Sn]+2×[Ni]
組成関係式f2=[Zn]−0.3×[Sn]−1.8×[Ni]
組成関係式f3=(3×[Ni]+0.5×[Sn])/[Zn]
組成関係式f4=[Ni]/[Sn]
組成関係式f5=[Ni]/[P]
【0031】
本発明の第1の実施形態に係る銅合金板は、4〜14質量%のZnと、0.1〜1質量%のSnと、0.005〜0.08質量%のPと、1.0〜2.4質量%のNiとを含有し、残部がCu及び不可避不純物からなり、組成関係式f1が7≦f1≦18の範囲内、組成関係式f2が0≦f2≦11の範囲内、組成関係式f3が0.3≦f3≦1.6の範囲内、組成関係式f4が1.8≦f4≦10の範囲内、組成関係式f5が16≦f5≦250の範囲内とされている。
【0032】
本発明の第2の実施形態に係る銅合金板は、4〜12質量%のZnと、0.1〜0.9質量%のSnと、0.008〜0.07質量%のPと、1.05〜2.2質量%のNiとを含有し、残部がCu及び不可避不純物からなり、組成関係式f1が7≦f1≦16の範囲内、組成関係式f2が0≦f2≦9の範囲内、組成関係式f3が0.3≦f3≦1.3の範囲内、組成関係式f4が2≦f4≦8の範囲内、組成関係式f5が18≦f5≦180の範囲内とされている。
【0033】
本発明の第3の実施形態に係る銅合金板は、4〜14質量%のZnと、0.1〜1質量%のSnと、0.005〜0.08質量%のPと、1.0〜2.4質量%のNiと、Al、Fe、Co、Mg、Mn、Ti、Zr、Cr、Si、Sb、As、Pb及び希土類元素から選択される少なくとも1種または2種以上を各々0.0005質量%以上0.05質量%以下かつ合計で0.0005質量%以上0.2質量%以下と、を含有し、残部がCu及び不可避不純物からなり、組成関係式f1が7≦f1≦18の範囲内、組成関係式f2が0≦f2≦11の範囲内、組成関係式f3が0.3≦f3≦1.6の範囲内、組成関係式f4が1.8≦f4≦10の範囲内、組成関係式f5が16≦f5≦250の範囲内とされている。
【0034】
本発明の第4の実施形態に係る銅合金板は、4〜12質量%のZnと、0.1〜0.9質量%のSnと、0.008〜0.07質量%のPと、1.05〜2.2質量%のNiと、Al、Fe、Co、Mg、Mn、Ti、Zr、Cr、Si、Sb、As、Pb及び希土類元素から選択される少なくとも1種または2種以上を各々0.0005質量%以上0.05質量%以下かつ合計で0.0005質量%以上0.2質量%以下と、を含有し、残部がCu及び不可避不純物からなり、組成関係式f1が7≦f1≦16の範囲内、組成関係式f2が0≦f2≦9の範囲内、組成関係式f3が0.3≦f3≦1.3の範囲内、組成関係式f4が2≦f4≦8の範囲内、組成関係式f5が18≦f5≦180の範囲内とされている。
【0035】
そして、上述した本発明の第1〜4の実施形態に係る銅合金板においては、平均結晶粒径が2〜9μmとされている。
また、本発明の第1、3の実施形態に係る銅合金板においては、円形状又は楕円形状の析出物の平均粒子径が3〜75nmであるか、又は、前記析出物の内で粒子径が3〜75nmの析出物が占める個数の割合が70%以上とされている。
本発明の第2、4の実施形態に係る銅合金板においては、円形状又は楕円形状の析出物の平均粒子径が3〜60nmであるか、又は、前記析出物の内で粒子径が3〜60nmの析出物が占める個数の割合が70%以上とされている。
さらに、上述した本発明の第1〜4の実施形態に係る銅合金板においては、導電率が24%IACS以上、または導電率が26%IACS以上とされており、耐応力緩和特性として150℃、1000時間で応力緩和率が25%以下、もしくは、150℃、1000時間で応力緩和率が23%以下とされている。
【0036】
また、本発明の第1〜4の実施形態に係る銅合金板においては、導電率と応力緩和特性のバランスを表す指標としてバランス指数f6を次のように定めている。導電率をC(%IACS)、150℃、1000℃での実効応力をPw(N/mm
2)としたとき、バランス指数f6は、f6=Pw×(C/100)
1/2で定義される。すなわち、バランス指数f6は、Pwと(C/100)
1/2の積である。本実施形態においては、Pw≧300、f6≧190とされていることが好ましい。
さらに、本発明の第1〜4の実施形態に係る銅合金板においては、圧延方向に対して90度をなす方向の耐力YS
90と、圧延方向に対して0度をなす方向の耐力YS
0との比、YS
90/YS
0が、0.95≦YS
90/YS
0≦1.07の範囲内とされていることが好ましい。
【0037】
以下に、成分組成、組成関係式f1、f2、f3、f4、f5、金属組織、各種特性を、上述のように規定した理由について説明する。
【0038】
(Zn)
Znは、本実施形態である銅合金板を構成する主要な元素であり、原子価が2価で積層欠陥エネルギーを下げ、焼鈍時に再結晶核の生成サイトを増やし、再結晶粒を微細化、超微細化する。また、Znの固溶により、曲げ加工性を損なわずに引張強度や耐力、ばね特性等を向上させ、マトリックスの耐熱性、および応力緩和特性を向上させ、また、はんだ濡れ性、耐マイグレーション性を向上させる。Znは、安価であり、銅合金の比重を下げ、経済的なメリットもある。Sn等の他の添加元素との関係にもよるが、前記の効果を発揮するためには、Znは、少なくとも4質量%以上含有する必要がある。このため、Znの含有量の下限は、4質量%以上、好ましくは4.5質量%以上、最適には5質量%以上である。一方、Sn等の他の添加元素との関係にもよるが、Znを、14質量%を超えて含有しても、結晶粒の微細化と強度の向上に関し、含有量に見合った顕著な効果が出なくなり始め、導電率が低下し、応力腐食割れの感受性が高くなり、ヤング率が低くなり、伸び、曲げ加工性が悪くなり、応力緩和特性が低下し、はんだ濡れ性も悪くなる。そのため、Znの含有量の上限は14質量%であり、好ましくは12質量%以下、11質量%以下、最適には9質量%以下である。Znが好適な組成範囲であるとき、マトリックスの耐熱性が向上し、Ni、Sn、Pとの相互作用により、応力緩和特性が向上し、優れた曲げ加工性、高い強度、ヤング率、所望の導電性を備える。
【0039】
原子価が2価のZnの含有量が上記の範囲であっても、Zn単独の添加であれば、結晶粒を微細化することは困難である。結晶粒を所定の粒径にまで微細にするためには、後述するSn、Ni、Pとの共添加と共に、組成関係式f1の値を考慮する必要がある。同様に、耐熱性、応力緩和特性、強度、ばね特性を向上させるためには、後述するSn、Ni、Pとの共添加と共に、組成関係式f1、f2、f3の値を考慮する必要がある。
なお、Znが、9質量%以上のとき、高い引張強さと耐力を得ることができるが、前記のようにZnの増量に伴って、曲げ加工性、耐応力腐食割れ性、応力緩和特性が悪くなり、またヤング率が低くなる。これらの特性をさらに向上させるためには、NiあるいはSnとの相互作用、および組成関係式f1、f2、f3の値がより重要となる。
【0040】
(Sn)
Snは、本実施形態である銅合金板を構成する主要な元素であり、原子価が4価で積層欠陥エネルギーを下げ、Zn、Niの含有と相まって、焼鈍時に再結晶核の生成サイトを増やし、再結晶粒を微細化、超微細化する。特に4質量%以上の2価のZn、2価のNiとの共添加により、その効果は、Snが少量の含有であっても顕著に現れる。また、Snは、マトリックスに固溶し、引張強度や耐力、ばね特性等を向上させ、マトリックスの耐熱性を向上させ、応力緩和特性を向上させ、耐応力腐食割れ性も向上させる。前記の効果を発揮するためには、Snは、少なくとも0.1質量%以上含有する必要がある。このため、Snの含有量の下限は、0.1質量%以上であり、最適には0.2質量%以上である。一方、Snの多量の含有は導電率を悪くし、曲げ加工性、ヤング率、はんだ濡れ性を悪くし、却って応力緩和特性、耐応力腐食割れ性を低下させる。特に応力緩和特性はNiとの配合比に大きく影響される。このため、Snの含有量の上限値は、1質量%以下であり、好ましくは、0.9質量%以下であり、最適には0.8質量%以下である。
【0041】
(Cu)
Cuは、本実施形態である銅合金板を構成する主要な元素であるので残部とする。ただし、Cu濃度に依存する導電性、耐応力腐食割れ性を確保し、応力緩和特性、伸び、ヤング率、はんだ濡れ性を保持するためには、Cuの含有量の下限は、84質量%以上、さらには86質量%以上が好ましい。一方で、高強度を得るには、Cuの含有量の上限は94.5質量%以下、さらには94質量%以下にすることが好ましい。
【0042】
(P)
Pは、原子価が5価で結晶粒を微細化する作用と、再結晶粒の成長を抑制する作用を持つが、含有量が少ないので後者の作用が大きい。また、微量であるが、マトリックスに固溶するP、および、PとNiと化合する析出物に応力緩和特性を向上させる作用を持つ。Pの一部は、後述するNiと化合して析出物を形成し、場合によっては、Niを主とし、Co又はFe等と化合して析出物を形成し、結晶粒成長抑制効果をさらに強化することができる。結晶粒成長を抑制するためには、円形又は楕円形の析出物が存在し、その析出物の平均粒子径が3〜75nm、又は、析出粒子の内で粒子径が3〜75nmの析出粒子の占める個数の割合が70%以上であることが必要である。この析出物は、析出強化よりも、焼鈍時の再結晶粒の成長を抑制する作用や効果のほうが大きく、単に析出による強化作用とは区別される。そしてPは、上述した範囲内のZnとSnの含有のもと、Niとの相互作用により、本願の主題の1つである応力緩和特性を顕著に向上させる効果を有する。
これらの効果を発揮するためには、Pの含有量の下限値は、0.005質量%以上であり、好ましくは0.008質量%以上、最適には0.01質量%以上である。一方、0.08質量%を超えて含有しても、析出物による再結晶粒成長の抑制効果は飽和し、却って析出物が過多に存在すると、伸び、曲げ加工性、応力緩和特性が低下する。このため、Pの含有量の上限値は、0.08質量%であり、好ましくは0.07質量%以下である。
【0043】
(Ni)
Niは、一部はPと結合し化合物を作り、その他は固溶する。Niは、上述のように規定される濃度範囲で含有されるP、Zn、Snとの相互作用により、応力緩和特性を向上させ、合金のヤング率を高め、はんだ濡れ性、耐応力腐食割れ性を向上させ、形成される化合物により再結晶粒の成長を抑制させる。これらの作用を顕著に発揮するためには、1質量%以上の含有が必要である。よって、Niの含有量の下限値は、1質量%以上であり、好ましくは1.05質量%以上、最適には、1.1質量%以上である。一方、Niの増量は導電率を阻害し、応力緩和特性も飽和するので、Niの含有量の上限値は、2.4質量%以下であり、好ましくは2.2質量%以下であり、最適には2質量%以下である。また、Snとの関係において、後述する組成関係式を満足すると同時に、特に応力緩和特性、ヤング率、曲げ加工性を向上させるためには、Niの含有量は、Snの含有量の1.8倍以上、さらに2倍以上含有されるのが好ましい。これは、原子濃度において、2価のNiが、4価のSnの3.5倍以上、特に4倍以上に含有させることによって、応力緩和特性が特に向上するためである。一方で、強度と導電率の関係、応力緩和特性から、Niの含有量は、Snの含有量の10倍以下、さらには8倍以下、最適には6倍以下に留めておくことが好ましい。
【0044】
(Al、Fe、Co、Mg、Mn、Ti、Zr、Cr、Si、Sb、As、Pb及び希土類元素から選択される少なくとも1種または2種以上)
Al、Fe、Co、Mg、Mn、Ti、Zr、Cr、Si、Sb、As、Pb及び希土類元素といった元素は、各種特性を向上させる作用効果を有する。そこで、第3の実施形態の銅合金板及び第4の実施形態の銅合金板においては、これらの元素から選択される少なくとも1種または2種以上を含有するものとされている。
ここで、Al、Fe、Co、Mg、Mn、Ti、Zr、Cr、Si、Sb、As、Pb及び希土類元素は、合金の結晶粒を微細にする。Al、Fe、Co、Mg、Mn、Ti、Zrは、PまたはNiともに化合物を形成し、焼鈍時の再結晶粒の成長を抑制し、結晶粒微細化の効果が大きい。特にFe、Coは、その効果が大きく、FeまたはCoを含有したNiとPの化合物を形成し、化合物の粒径を微細にする。微細な化合物は、焼鈍時の再結晶粒の大きさを一層微細にし、強度を向上させる。ただし、その効果が過剰になると、曲げ加工性、応力緩和特性を損なう。さらにAl、Sb、Asは、銅合金の耐応力腐食割れ性、耐食性を向上させる効果を有し、原子価が5価のSbは、応力緩和特性を向上させ、Pbは、プレス成形性を向上させる効果を有する。
これらの効果を発揮するには、Al、Fe、Co、Mg、Mn、Ti、Zr、Cr、Si、Sb、As、Pb及び希土類元素から選択される少なくとも1種または2種以上のいずれの元素も、各々0.0005質量%以上の含有が必要である。一方、選択されたいずれの元素も、0.05質量%を超えると効果が飽和するどころか、却って、曲げ加工性を阻害する。特に、Pと化合物を形成しやすいFe、Co等が、0.05質量%を超えると、応力緩和特性も悪くする。好ましくは、選択されたいずれの元素も0.03質量%以下である。さらに、これら元素の合計含有量も、0.2質量%を超えると、効果が飽和するどころか、却って、曲げ加工性を阻害する。よって、これらの元素の合計含有量の上限は、0.2質量%以下であり、好ましくは0.15質量%以下、さらに好ましくは0.1質量%以下である。
【0045】
(不可避不純物)
銅合金板には、リターン材を含む原料、および、主として大気での溶解時を含む製造工程で、微量であるが、酸素、水素、炭素、硫黄、水蒸気等の元素が、不可避的に含有され、当然これらの不可避不純物を含む。
ここで、本実施形態である銅合金においては、規定した成分元素以外の元素は不可避不純物として扱ってもよく、不可避不純物の合計の含有量は0.2質量%以下とすることが好ましく、より好ましくは0.1質量%以下である。また、本実施形態の銅合金板において規定した元素のうちZn、Ni、Sn、P、Cu以外の元素については、不純物として上記で規定した下限値未満の範囲で含有していてもよい。
【0046】
(組成関係式f1)
組成関係式f1=[Zn]+3×[Sn]+2×[Ni]が7のとき、本実施形態合金が、高い強度が得られる境界値であり、応力緩和特性を向上させる境界値でもある。よって組成関係式f1の下限は、7以上であり、好ましくは7.5以上である。一方、f1の値が、18を超えると所望の導電率が得られなくなり、応力緩和特性、耐応力腐食割れ性、曲げ加工性、はんだ濡れ性に対しても悪い影響を受ける。よって、組成関係式f1の上限は、18以下であり、好ましくは16以下であり、最適には14以下である。
【0047】
(組成関係式f2)
組成関係式f2=[Zn]−0.3×[Sn]−1.8×[Ni]が、11または10のとき、過酷な応力腐食割れ性環境下で、割れが起こるかどうかの境界の値である。同時に優れた延性、曲げ加工性、良好なはんだ濡れ性、良好な応力緩和特性を得るための境界値でもある。前記のとおり、Cu−Zn合金の致命的な欠点として、応力腐食割れの感受性が高いことが挙げられるが、Cu−Zn合金の場合、応力腐食割れの感受性は、Znの含有量に依存し、Zn含有量が約10質量%を境にして応力腐食割れの感受性が高くなる。このため、組成関係式f2の上限は、11であり、好ましくは9以下であり、最適には8以下である。また、組成関係式f2=10は、Cu−Zn2元合金の場合のZn含有量が10質量%或いは9質量%に相当する。本願のNi、Snが共添加される組成範囲内で、組成関係式f2において、Niの係数が大きく、Niの含有によって、特に応力腐食割れ感受性を低くできる。一方、f2が0未満であると強度が低くなるため、組成関係式f2の下限値は0以上であり、好ましくは0.5以上であり、より好ましくは1以上である。
【0048】
(組成関係式f3)
組成関係式f3=(3×[Ni]+0.5×[Sn])/[Zn]、すなわち、(3×[Ni]+0.5×[Sn])と[Zn]の配合比を適切にすることにより、Znを4〜14質量%含むにもかかわらず、優れた応力緩和特性を発揮する。f3の値が0.3以上、すなわち、[Zn]に対して、(3×[Ni]+0.5×[Sn])の値が0.3以上であると良好な応力緩和特性を示すようになる。好ましくは、0.35以上でり、より好ましくは0.4以上である。同時に、はんだ濡れ性、耐応力腐食割れ性もよくなる。一方、f3の値が1.6を超えても、その効果が飽和するどころか、寧ろ導電率、応力緩和特性が悪くなるし、Znに比して、高価なSn、Niを多く含むことになり、経済面でも問題となる。よって、組成関係式f3の上限値は、1.6以下であり、好ましくは1.3以下であり、最適には1.2以下である。
【0049】
(組成関係式f4)
Cu−Zn−Ni−Sn−P合金において、応力緩和特性を良くするためには、NiとSnの配合割合を示す組成関係式f4=[Ni]/[Sn]が重要である。原子価が4であるSnに対し、原子価が2のNiの質量濃度比で、1.8倍、原子濃度比で3.5倍以上のとき、顕著に応力緩和特性が向上する。f4の値が2以上、すなわち、4価のSn原子1個に対して、2価のNi原子が、4個以上あれば、さらに応力緩和特性に優れたものとなり、曲げ加工性、耐応力腐食割れ性も良くなる。一方で、Niの原子が多すぎると、応力緩和特性は飽和し、場合によっては却って悪くなり、強度も低くなる。組成関係式f4の上限値は10以下であり、好ましくは8以下であり、最適には6以下である。前記範囲にあるとき、NiとSnの効果を最大限に発揮することができる。
【0050】
(組成関係式f5)
さらに、応力緩和特性は、固溶状態にあるNiと、Pと、そしてNiとPの化合物に影響を受ける。ここで、組成関係式f5=〔Ni〕/〔P〕が16未満であると、固溶状態にあるNiに対するNiとPの化合物の割合が多くなるので、応力緩和特性が悪くなり、曲げ加工性も悪くなる。すなわち、組成関係式f5=〔Ni〕/〔P〕が16以上、好ましくは18以上、最適には20以上であると、応力緩和特性、および曲げ加工性が良くなる。一方で、組成関係式f5=〔Ni〕/〔P〕が250を超えると、NiとPで形成される化合物の量、固溶するPの量が少なくなるので、応力緩和特性が悪くなる。また、結晶粒を細かくする作用も小さくなり、合金の強度が低くなる。このため、f5の上限値は、250以下であり、好ましくは180以下であり、最適には120以下である。
【0051】
(平均結晶粒径)
本実施形態である銅合金板においては、プロセスによるが、平均結晶粒径を1.5μm程度とすることが可能である。しかしながら、本実施形態である銅合金板の平均結晶粒径を1.5μmまで微細化すると、数原子程度の幅で形成される結晶粒界の占める割合が大きくなり、伸び、曲げ加工性、応力緩和特性が悪くなる。したがって、高強度と高い伸び、良好な応力緩和特性を備えるためには、平均結晶粒径は2.0μm以上が必要である。平均結晶粒径の下限は、好ましくは3μm以上であり、最適には4μm以上である。一方、結晶粒が大きくなるにつれ、良好な伸び、曲げ加工性を示すが、所望の引張強度、耐力が得られなくなる。少なくとも、平均結晶粒径を9μm以下に細かくする必要がある。平均結晶粒径の上限は、好ましくは8μm以下であり、特に強度を重視する場合は7μm以下である。このように、平均結晶粒径をより狭い範囲に設定することにより、曲げ加工性、伸び、強度、導電性、或いは、応力緩和特性の間で高度に優れたバランスを得ることができる。
【0052】
(析出物)
例えば50%以上の冷間加工率で冷間圧延を施した圧延材を焼鈍する時、時間との関係もあるが、ある臨界の温度を超えると、加工ひずみの蓄積された結晶粒界を中心に再結晶核が生じる。合金組成にもよるが本実施形態である銅合金板の場合、核生成後にできた再結晶粒の粒径は、1μmや2μm、又はそれより小さな再結晶粒であるが、圧延材に熱を加えても、加工組織が一度にすべて再結晶粒に置き換わることはない。すべて、又は、例えば95%以上が再結晶粒に置き換わるには、再結晶の核生成が開始する温度よりも更に高い温度、又は再結晶の核生成が開始する時間よりも更に長い時間が必要である。この焼鈍の間、最初にできた再結晶粒は、温度、時間と共に成長し、結晶粒径は大きくなる。微細な再結晶粒径を維持するためには、再結晶粒の成長を抑制する必要がある。再結晶粒の成長を抑制するために、本実施形態では、PとNiが含有される。PとNiで生成する化合物(PとNiを含む析出物)は、再結晶粒の成長を抑制するピンのように作用する。PとNiで生成する化合物(PとNiを含む析出物)が、上述のようにピンの役目を果たすには、化合物そのものの性質と化合物の粒径が重要である。すなわち、研究結果から、本実施形態である銅合金板の組成範囲において、PとNiで生成する化合物(PとNiを含む析出物)は、基本的に伸びを阻害することが少なく、特に化合物の粒径が3〜75nmであれば、伸びを阻害することが少なく結晶粒成長を効果的に抑制することが分かった。
【0053】
再結晶粒の成長を抑制するPとNiを含む析出物は、再結晶熱処理工程の段階で、円形又は楕円形の析出物が存在し、その析出物の平均粒子径が3〜75nm、又は、析出粒子の内で粒子径3〜75nmの個数の占める割合が70%以上であればよい。析出物の平均粒径が小さくなると、析出物の析出強化と、結晶粒成長の抑制効果が効き過ぎて再結晶粒が小さくなり、圧延材の強度は上がるが、曲げ加工性が悪くなる。また析出物が例えば100nmにも達すると、ほとんど結晶粒成長の抑制効果もなくなり、曲げ加工性が悪くなる。尚、円形又は楕円形の析出物には、完全な円形や楕円形だけでなく、円形や楕円形に近似した形状も含まれる。
なお、上述の作用効果を確実に奏功せしめるためには、円形又は楕円形の析出物の平均粒子径が3〜60nm、又は、析出粒子の内で粒子径3〜60nmの個数の占める割合が70%以上であることが好ましい。最適には、平均粒子径が5〜20nmである。
【0054】
(導電率)
本実施形態である銅合金板においては、自動車部品、電気部品,電子部品,通信機器,電子・電気機器等に使用されるコネクタ、端子、リレー、ばね、スイッチ、半導体、リードフレーム等の通電部材に用いられるものであることから、導電率として24%IACS以上、好ましくは、26%IACS以上、更には28%IACS以上を確保する必要がある。
【0055】
(耐応力緩和特性)
端子、コネクタは、例えば、自動車のエンジンルームに近い場所で使われるとき、100℃程度にまで温度上昇するので、150℃で1000時間、合金の耐力の80%の応力を付加した状態で、応力緩和率が25%以下、好ましくは23%以下、最適には20%以下であることが必要である。応力緩和率が大きくなると、実質的に応力緩和率分の強度(接触圧、ばね圧)が損なわれてしまうからである。または、実効の最大の接触圧、ばね圧でも評価ができる。すなわち、実効の最大の接触圧、ばね圧(実効応力)Pwは、Pw=耐力×80%×(100%−応力緩和率(%))で表され、単に常温の耐力、または150℃で1000時間での応力緩和特性が高いだけでなく、前式の値が高いことが望まれる。150℃で1000時間の試験で耐力×80%×(100%−応力緩和率(%))が、270N/mm
2以上あれば、高温状態での使用に耐え得る最低のレベルであり、300N/mm
2以上であれば、高温状態での使用に適しており、330N/mm
2以上であれば最適である。因みに、例えば、耐力が500N/mm
2である黄銅の代表的な合金であるCu−30質量%Znの場合、150℃で1000時間の試験において、耐力×80%×(100%−応力緩和率(%))の値が約70N/mm
2、同様に耐力が550N/mm
2であるCu−6質量%Snのりん青銅で、約180N/mm
2であり、現行の実用合金では、到底満足できない。
【0056】
(バランス指数f6)
仕上げ冷間圧延後の圧延材、又は仕上げ冷間圧延後に回復熱処理を施した圧延材、またはリフローSnめっき、或いは、溶融Snめっきを施した圧延材においては、W曲げ試験においてR/t=1.0(Rは曲げ部の曲率半径、tは圧延材の厚み)で割れが生じず、好ましくは、R/t=0.5で割れが生じないことが前提で、導電率と応力緩和特性のバランスを表す指標としてバランス指数f6=Pw×(C/100)
1/2が重要となる。このバランス指数f6が高い値であると、過酷なエンジンルームに近い環境での、端子・コネクタの好適素材となり得る。すなわち、電気特性の指標である(C/100)
1/2と、実効応力の積が過酷なエンジンルームに近い環境での、端子・コネクタの評価の基準となり得る。バランス指数f6は、少なくとも180以上が必要であり、好ましくは190以上であり、より好ましくは200以上であれば良好であり、最適には210以上である。
【0057】
(耐力比YS
90/YS
0)
一般的に、仕上げ冷間圧延材の金属組織を観察すると、圧延方向に、結晶粒が伸び、厚さ方向に圧縮された様相を呈し、圧延方向に採取した試験片と、垂直方向に採取した試験片では、引張強度、耐力、曲げ加工性において差が生じる。具体的な金属組織は、結晶粒は圧延面に平行の断面を見れば、伸長した結晶粒であり、横断面で見れば、厚み方向に圧縮された結晶粒になり、圧延方向に垂直に採取した圧延材の引張強度TS
90、耐力YS
90は、平行方向に採取した圧延材の引張強度TS
0、耐力YS
0よりも高くなり、その強度比TS
90/TS
0及び耐力比YS
90/YS
0は、1.05を超え、さらに1.07を超え、場合によっては1.1に達することもある。これらの強度比TS
90/TS
0及び耐力比YS
90/YS
0が1.05を超えて高くなるにしたがって圧延方向に垂直に採取した試験片の曲げ加工性は悪くなる。逆に、製造プロセスによっては、強度比TS
90/TS
0及び耐力比YS
90/YS
0が0.97、場合によっては0.95未満になることもある。強度面の異方性においては、耐力比YS
90/YS
0、および、引張強度比TS
90/TS
0は、ともに1.07以下であることが好ましく、より好ましくは1.05以下、最適には1.03以下であり、または、0.95以上であることが好ましく、より好ましくは0.97以上、最適には0.99以上である。本実施形態である銅合金板が対象としている端子、コネクタ等の各種部材は、実際の使用、圧延材から製品へ加工の際に、圧延方向、垂直方向、つまり圧延方向に対して平行方向と垂直方向の両方向が使用されることが多く、実使用面、製品加工面から、圧延方向、垂直方向で、引張強度、耐力、曲げ加工性等の特性差がないことが望まれている。
【0058】
本発明の第1〜第4の実施形態である銅合金板においては、Zn、Sn、P、Niの相互作用、組成関係式f1〜f5を満たし、平均結晶粒径を2〜9μmとし、PとNiで形成される析出物の大きさと、それら元素間の割合を所定の数値にコントロールし、次に述べる製造プロセスで圧延材を作ることにより、圧延方向に対して0度をなす方向と90度をなす方向で採取した圧延材の引張強度、耐力の差が無くなる。これにより、本発明の第1〜第4の実施形態である銅合金板においては、圧延方向に対して90度をなす方向の耐力YS
90と、圧延方向に対して0度をなす方向の耐力YS
0との比YS
90/YS
0が、0.95≦YS
90/YS
0≦1.07の範囲内となる。また、本実施形態では、圧延方向に対して90度をなす方向の引張強度TS
90と、圧延方向に対して0度をなす方向の引張強度TS
0との比TS
90/TS
0についても、0.95≦TS
90/TS
0≦1.07の範囲内となる。
【0059】
(その他の特性)
本実施形態である銅合金板においては、上述した導電率及び耐応力緩和特性以外の特性についても、以下のように規定することが好ましい。
本実施形態である銅合金板においては、多くの用途において、高い強度を有するとともに、W曲げで評価したときの曲げ加工性がR/t≦1.0であることが好ましく、より好ましくは、R/t≦0.5である。特に、端子、コネクタ、電気・電子部品用途においては、圧延方向に対して、平行、および、垂直の両方向の曲げに対して、曲げ加工性が、W曲げでR/t≦1.0であることが好ましく、R/t≦0.5であることがより好ましい。
【0060】
また、端子、コネクタ等は、通常、耐食性、接触抵抗、接合の点から、表面にSnめっきが施されることがある。この場合、コイル(条)の状態で、溶融Snめっきされるか、リフローSnめっきされる、または、端子、コネクタ形状になってから、Snめっきが施される。したがって、端子・コネクタ材用途、または電気・電子部品用では、Snめっき性すなわち、はんだ濡れ性がよいことが必要となる。なお、Snめっき性は、特にコイルの状態では問題はないが、端子、コネクタに成形された後に、Snめっき、特にPbフリーはんだめっきされる場合、生産の関係上、成形直後ではなく、ある期間放置されてから、めっきがされることがあり、その放置期間、表面酸化により、めっき性、はんだ濡れ性が劣化するおそれがある。材質上、はんだ濡れ性がよく、多少の表面酸化があっても、または表面酸化し難く、大気放置後のはんだ濡れ性のよい銅合金が求められる。はんだ濡れ性の評価は、様々であるが、工業性生産の観点から、はんだが早く濡れる時間で評価するのが適切である。
【0061】
次に、本発明の第1〜4の実施形態に係る銅合金板の製造方法について説明する。
なお、本明細書においては、加工される銅合金材料の再結晶温度より低い温度で行われる加工を冷間加工、再結晶温度より高い温度で行われる加工を熱間加工とし、それらがロールによって成形される加工を各々、冷間圧延、熱間圧延と定義する。また、再結晶は、一つの結晶組織から別の結晶組織への変化あるいは、加工によって生じるひずみの存在する組織から、新しい、歪みのない結晶組織へ形成されることと定義される。
【0062】
まず、上述の成分組成とされた鋳塊を準備し、この鋳塊に対して熱間加工(代表的には熱間圧延)を行う。熱間圧延の開始温度は、各元素を固溶状態にするために800℃以上、好ましく840℃以上とし、また、エネルギーコスト、熱間延性の点から950℃以下、好ましくは920℃以下とする。そしてP、Niをより固溶状態にするために、少なくともこれらの析出物が伸びを阻害するような粗大な析出物とならないように、最終圧延終了時の温度又は650℃から350℃の温度領域を1℃/秒以上の冷却速度で冷却することが好ましい。熱間圧延段階で析出物が粗大化すると、後の焼鈍工程等の熱処理で消滅させることが難しく、最終圧延品の伸びを阻害する。
なお、連続鋳造法によって厚み15〜20mm程度の板状の鋳塊を製造した場合には、熱間加工(熱間圧延)を省略することができる。この場合、鋳造後に650℃〜850℃で均質化熱処理を行ってもよい。熱間圧延を経ない場合は、約700℃または約800℃で1時間以上熱処理し、鋳物の段階で生成した、NiとPとの粗大な化合物を一旦固溶状態にし、低融点のSn、含有量の多いNiなどの濃度分布を均一にすることが好ましい。
【0063】
そして、銅合金材料に対して冷間圧延を行って所定の厚さにし、冷間圧延に続いて再結晶熱処理を行う。冷間圧延工程と、焼鈍工程、または再結晶熱処理工程は、最終の製品厚みにより、1回または複数回実施される。
焼鈍方法、再結晶熱処理方法としては、長時間加熱保持するバッチ式の熱処理方法と、高温−短時間で、連続的に熱処理される方法がある。最終の再結晶熱処理方法は、高温−短時間の熱処理の方が、特に、応力緩和特性が良くなる。何故なら、Pが、完全にNiと析出状態にならず、ある濃度のPが固溶状態で存在するからである。高温−短時間の連続熱処理による再結晶熱処理工程においては、連続熱処理炉を用い、銅合金材料を所定の温度に加熱する加熱ステップと、該加熱ステップ後に該銅合金材料を所定の温度に所定の時間保持する保持ステップと、該保持ステップ後に該銅合金材料を所定の温度まで冷却する冷却ステップを具備し、再結晶熱処理工程において、該銅合金材料の最高到達温度をTmax(℃)とし、該銅合金材料の最高到達温度より50℃低い温度から最高到達温度までの温度域で、加熱保持される時間をtm(min)としたときに、
560≦Tmax≦790、
0.04≦tm≦1.0、
520≦It1=(Tmax−30×tm
−1/2)≦690
とする。
【0064】
最終の再結晶熱処理の条件で、高温−短時間の連続熱処理の条件の最高到達温度、保持時間、又は熱処理指数It1の範囲の下限を下回ると、未再結晶部分が残る、または、平均結晶粒径が2μmより小さな超微細結晶粒の状態になる。また、最高到達温度、保持時間、又は熱処理指数It1の範囲の上限を超えて焼鈍すると、平均結晶粒径が9μm以下の微細な金属組織が得られない。そして、範囲外の条件で行うと固溶するNi量、P量、NiとPの析出物のバランスが崩れ、応力緩和特性が悪くなる。
また、再結晶熱処理工程の冷却時には、「最高到達温度−50℃」から400℃までの温度領域において、5℃/秒以上の条件で冷却することが好ましく、より好ましくは、10℃/秒以上の条件で冷却、最適には15℃/秒以上の条件で冷却すると応力緩和特性が良くなる。冷却速度が遅いと、粗大な析出物が出現し、PとNiの析出物の割合が増え、固溶するPの量が少なくなり、応力緩和特性、曲げ加工性が悪くなる。
【0065】
再結晶熱処理工程で、混粒の無い均一で細かな再結晶粒を得るためには、積層欠陥エネルギーを低くするだけでは不十分なので、再結晶核の生成サイトを増やすために、冷間圧延によるひずみ、具体的には、結晶粒界でのひずみの蓄積が必要である。そのために、再結晶熱処理工程前の冷間圧延での冷間加工率が55%以上必要であり、好ましくは、60%以上である。一方、再結晶熱処理工程前の冷間圧延の冷間加工率を上げ過ぎると、ひずみ等の問題が生じるので98%以下が望ましく、最適には96%以下である。すなわち、物理的な作用による再結晶核の生成サイトを増やすためには、冷間加工率を高くすることが有効であり、製品のひずみを許容できる範囲で、高い加工率を付加することにより、より微細な再結晶粒を得ることができる。
【0066】
なお、再結晶熱処理工程は、バッチ式の焼鈍でも熱処理でき、400℃から650℃の範囲の温度で、1時間から24時間保持する。但し、高温―短時間の連続熱処理であっても、バッチ式の焼鈍であっても、最終熱処理工程の場合、平均結晶粒径、および析出物の粒径が、前記の所定の大きさの範囲になるように条件を調整する必要がある。なお、最終熱処理工程は、ある一定濃度のPを固溶状態にできる、高温―短時間の連続熱処理がよく、必要に応じて実施される中間の再結晶熱処理、すなわち焼鈍工程は、バッチ式であっても、高温―短時間の連続熱処理であっても、最終の圧延材の特性に大きな影響を与えない。
【0067】
次に、最終の再結晶熱処理工程が施された銅合金材料に仕上げ圧延を行う。この仕上げ冷間圧延後に、最高到達温度が150〜580℃で、「最高到達温度−50℃」から最高到達温度までの温度領域での保持時間が0.02〜100分の熱処理であって、下記で定義する熱処理指数It2が120≦It2≦390の関係を満たす回復熱処理工程を行うことが好ましい。
具体的には、仕上げ冷間圧延工程後、銅合金材料を所定の温度に加熱する加熱ステップと、該加熱ステップ後に該銅合金材料を所定の温度に所定の時間保持する保持ステップと、該保持ステップ後に該銅合金材料を所定の温度まで冷却する冷却ステップを具備し、該銅合金材料の最高到達温度をTmax2(℃)とし、該銅合金材料の最高到達温度より50℃低い温度から最高到達温度までの温度域で、加熱保持される時間をtm2(min)とし、
150≦Tmax2≦580、
0.02≦tm2≦100、
120≦It2=(Tmax2−25×tm2
−1/2)≦390
である回復熱処理工程で製造されることが好ましい。
【0068】
この回復熱処理工程は、再結晶を伴わず、低温又は短時間の回復熱処理により、圧延材の応力緩和率、ばね限界値、曲げ加工性及び伸びを向上させ、また、冷間圧延により低下した導電率を回復させるための熱処理である。なお、熱処理指数It2において、下限は200以上が好ましく、上限は380以下が好ましい。前記の回復熱処理工程を施すことにより、熱処理前に比べ、応力緩和率は1/2程度になり、応力緩和特性が向上し、ばね限界値は、1.5倍〜2倍に向上し、導電率は、0.5〜2%IACS向上する。
なお、溶融SnめっきやリフローSnめっき等のSnめっき工程において、約150℃〜約300℃で、短時間であるが圧延材、場合によっては端子、コネクタに成形後、加熱される。このSnめっき工程は、回復熱処理後に行っても、回復熱処理後の特性にほとんど影響を与えない。一方で、Snめっき工程の加熱工程は、回復熱処理工程の代替の工程になり、圧延材の応力緩和特性、ばね強度、曲げ加工性を向上させる。
【0069】
以上のような製造工程により、本発明の第1〜第4の実施形態である銅合金板が製造される。
【0070】
以上のように、本発明の第1〜4の実施形態に係る銅合金板においては、耐応力腐食割れ性、応力緩和特性に優れ、強度が高く、曲げ加工性がよい。これらの特性から、コストパフォーマンスに優れた、コネクタ、端子、リレー、スイッチ等電子・電気機器部品、自動車部品の好適素材となる。
さらに、平均結晶粒径が2〜9μmで、導電率が、24%IACS以上、好ましくは、26%IACS以上であり上限は特に規定しないが敢えて言えば、42%IACS以下であり、円形又は楕円形の析出物が存在し、該析出物の平均粒子径が3〜75nmであると、より一層、強度、強度と曲げ加工性のバランスが優れ、応力緩和特性、応力緩和特性と電気伝導性とのバランス、150℃の実効応力が高くなるので、過酷な環境で使用される、コネクタ、端子、リレー、スイッチ等電子・電気機器部品、自動車部品の好適素材となる。
【0071】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明はこれに限定されることはなく、その発明の技術的思想を逸脱しない範囲で適宜変更することが可能である。
【実施例】
【0072】
以下、本発明の効果を確認すべく行った確認実験の結果を示す。なお以下の実施例は、本発明の効果を説明するためのものであって、実施例に記載された構成、プロセス、条件が本発明の技術的範囲を限定するものでない。
上述した本発明の第1〜4の実施形態に係る銅合金板及び比較用の組成の銅合金板を用い、製造工程を変えて試料を作製した。銅合金の組成を表1〜3に示す。なお、表1〜3には、上述した実施形態に示す組成関係式f1、f2、f3、f4、f5の値を示している。
【0073】
試料の製造工程はA、B、Cの3種類で行い、それぞれの製造工程で更に製造条件を変化させた。製造工程Aは、実際の量産設備で行い、製造工程B、Cは実験設備で行った。表4に各製造工程の製造条件を示す。なお、製造工程A8及び製造工程A9は、熱処理指数が本発明の設定条件範囲から外れている。
【0074】
製造工程A(A1〜A33)は、内容積10トンの中周波溶解炉で原料を溶解し、半連続鋳造で断面が厚み190mm、幅630mmの鋳塊を製造した。鋳塊は、各々長さ1.5mに切断し、その後、A1〜A9、A31〜A33工程では、熱間圧延工程(板厚13mm)―冷却工程−ミーリング工程(板厚12mm)―第1冷間圧延工程(板厚1.5mm)―焼鈍工程(540℃、4時間保持)、または(670℃、0.24分))―第2冷間圧延工程(板厚0.5mm、冷間加工率67%)―最終焼鈍工程(再結晶熱処理工程)−仕上げ冷間圧延工程(板厚0.3mm、冷間加工率40%)−回復熱処理工程を行った。製造工程A10では、第1冷間圧延工程と、焼鈍工程を省いた。なお、上述の保持時間は、最高到達温度から最高到達温度−50℃の高温領域で保持される時間である。
【0075】
熱間圧延工程での熱間圧延開始温度は860℃とし、板厚13mmまで熱間圧延した後、冷却工程でシャワー水冷した。本明細書では、熱間圧延開始温度と鋳塊加熱温度とは同一の意味としている。冷却工程での平均冷却速度は、最終の熱間圧延後の圧延材温度、又は、圧延材の温度が650℃のときから350℃までの温度領域での平均の冷却速度とし、圧延板の後端において測定した。測定した平均冷却速度は4℃/秒であった。
【0076】
再結晶熱処理工程では、圧延材の最高到達温度Tmax(℃)と、圧延材の最高到達温度より50℃低い温度から最高到達温度までの温度領域での保持時間tm(min)とを、(690℃、0.09min)、(660℃、0.07min)、(710℃、0.16min)、(770℃、0.25min)、(620℃、0.06min)に変化させた。なお、製造工程A1においては、再結晶熱処理を、バッチ焼鈍を用いて470℃で4時間保持の条件で実施した。なお、高温−短時間の再結晶熱処理を行った工程の中で、工程A31、A32は、冷却時、圧延材の最高到達温度より50℃低い温度から400℃の範囲の平均冷却速度を、3℃/秒、12℃/秒とし、それ以外の工程は、20〜30℃/秒で冷却した。
【0077】
そして、上述したように仕上げ冷間圧延工程の冷間加工率を40%とした。
回復熱処理工程では、圧延材の最高到達温度Tmax(℃)を450(℃)とし、圧延材の最高到達温度より50℃低い温度から最高到達温度までの温度領域での保持時間tm(min)を0.05分とした。ただし、製造工程A6では、回復熱処理工程を行わなかった。また、製造工程A5では、得られた試料を300℃の電気炉に30分間加熱し、空冷した。製造工程A4では、得られた試料を350℃の油浴に0.07分間完全に浸漬し、空冷した。この熱処理は、溶融Snめっき処理に相当する熱処理条件である。
【0078】
また、製造工程B(B1〜B4)は、次のように行った。
製造工程Aの鋳塊から厚み40mm、幅120mm、長さ190mmの実験室での試験用鋳塊を切り出し、その後、熱間圧延工程(板厚6mm)―冷却工程(シャワー水冷)−酸洗工程―冷間圧延工程(厚み0.5mm)―再結晶熱処理工程−仕上げ冷間圧延工程(板厚0.3mm、加工率40%)−回復熱処理工程を行った。
熱間圧延工程は、860℃に鋳塊を加熱し、厚み6mmにまで熱間圧延した。冷却工程での冷却速度(熱間圧延後の圧延材温度、又は、圧延材の温度が650℃のときから350℃までの冷却速度)は、3℃/秒で行った。
【0079】
板厚0.5mmに冷間圧延後、再結晶熱処理工程は、Tmaxを690(℃)、保持時間tmを0.09分で、640℃から400℃の平均冷却速度を、25℃/秒で行った。製造工程B1は、再結晶熱処理を、バッチ焼鈍を用いて480℃で4時間保持の条件で行った。そして、仕上げ冷間圧延工程で0.3mmまで冷間圧延した。回復熱処理工程は、製造工程B1と製造工程B2については、Tmaxを450(℃)、保持時間tmを0.05分の条件で実施した。製造工程B4では、300℃の電気炉に30分間加熱し、空冷した。製造工程B3では、得られた試料を250℃の油浴に0.15分間完全に浸漬し、空冷した。この熱処理も、溶融Snめっき処理に相当する熱処理条件である。
【0080】
なお、製造工程B5及び製造工程B5Aは、熱間圧延を省略し、700℃、4時間の均質焼鈍後、冷間圧延により、板厚を6mmとし、620℃で4時間の条件で焼鈍、再び冷間圧延により、板厚を0.5mmとし、製造工程B5では、Tmaxを690(℃)、保持時間tmを0.09分、640℃から400℃の平均冷却速度を、25℃/秒の条件で、製造工程B5Aでは、バッチ焼鈍を用いて480℃で4時間保持の条件で再結晶熱処理を施した。そして、仕上げ冷間圧延工程で0.3mmまで冷間圧延し、回復熱処理工程は、300℃の電気炉に30分間加熱の条件で実施した。
【0081】
なお、製造工程B及び後述する製造工程Cにおいては、製造工程Aで、連続焼鈍ライン等で行う短時間の熱処理に相当する工程は、ソルトバスに圧延材を浸漬することにより代用とし、最高到達温度をソルトバスの液温度とし、圧延材が完全に浸漬している時間を保持時間とし、浸漬後空冷した。なお、ソルト(溶液)は、BaCl、KCl、NaClの混合物を使用した。
【0082】
さらに、実験室テストとして製造工程C(C1、C1A、C2)を次のように行った。実験室の電気炉で所定の成分になるように溶解、鋳造し、厚み40mm、幅120mm、長さ190mmの実験室での試験用鋳塊を得た。以後、前述の製造工程Bと同じプロセスで製作した。すなわち、860℃に鋳塊を加熱し、厚み6mmにまで熱間圧延し、熱間圧延後に、圧延材の温度が熱間圧延後の圧延材温度、又は、650℃のときから350℃までの温度範囲を冷却速度3℃/秒で冷却した。冷却後に表面を酸洗し、冷間圧延により、板厚を0.5mmにした。再結晶熱処理工程は、製造工程C1は、Tmaxを690(℃)、保持時間tmを0.09分、640℃から400℃の平均冷却速度を、25℃/秒の条件、製造工程C1Aは、470℃、4時間の条件、製造工程C2は、380℃、4時間の条件で実施した。そして、仕上げ冷間圧延工程で0.3mmに冷間圧延し、回復熱処理工程は、製造工程C1及び製造工程C1Aでは、実験室の電気炉を用いて300℃で30分間保持、製造工程C2では、230℃で30分間保持の条件で実施した。
【0083】
上述した方法により作成した銅合金板の評価として、金属組織観察(平均結晶粒径及び析出物の平均粒径)、導電率、応力緩和特性、耐応力腐食割れ性、はんだ濡れ性、引張強度、耐力、伸び、曲げ加工性を評価した。評価結果を表5〜20に示す。
【0084】
(平均結晶粒径)
再結晶粒の平均粒径の測定は、600倍、300倍、及び150倍等の金属顕微鏡写真で結晶粒の大きさに応じ、適宜倍率を選定し、JIS H 0501における伸銅品結晶粒度試験方法の求積法に準じて測定した。なお、双晶は結晶粒とはみなさない。金属顕微鏡から判断が困難なものは、FE−SEM−EBSP(Electron Back Scattering diffraction Pattern)法によって求めた。すなわち、FE−SEMは日本電子株式会社製 JSM−7000F、解析にはTSLソリューションズOIM−Ver.5.1を使用し、平均結晶粒度は解析倍率200倍と500倍の粒度マップ(Grainマップ)から求めた。平均結晶粒径の算出方法は求積法(JIS H 0501)による。
なお、1つの結晶粒は、圧延により伸ばされるが、結晶粒の体積は、圧延によってほとんど変化することは無い。板材を圧延方向に平行に切断した断面において、求積法によって測定された平均結晶粒径から、再結晶段階での平均結晶粒径を推定することが可能である。
【0085】
(析出物の粒径)
析出物の平均粒径は次のようにして求めた。500,000倍及び100,000倍(検出限界はそれぞれ、1.0nm、5nm)のTEMによる透過電子像を画像解析ソフト「Win ROOF」を用いて析出物のコントラストを楕円近似し、長軸と短軸の相乗平均値を視野内の中の全ての析出粒子に対して求め、その平均値を平均粒子径とした。なお、50万倍、10万倍の測定で、粒径の検出限界をそれぞれ1.0nm、5nmとし、それ未満のものは、ノイズとして扱い、平均粒径の算出には含めなかった。なお、平均粒径が、概ね10nmを境にしてそれ以下のものは、50万倍で、それ以上のものは、10万倍で測定した。透過型電子顕微鏡の場合、冷間加工材では転位密度が高いので析出物の情報を正確に把握することは難しい。また、析出物の大きさは、冷間加工によっては変化しないので、今回の観察は、仕上げ冷間圧延工程前の再結晶熱処理工程後の再結晶部分を観察した。測定位置は、圧延材の表面、裏面の両面から板厚の1/4の長さ入った2箇所とし、2箇所の測定値を平均した。
【0086】
(導電率)
導電率の測定は、日本フェルスター株式会社製の導電率測定装置(SIGMATEST D2.068)を用いた。なお、本明細書においては、「電気伝導」と「導電」の言葉を同一の意味に使用している。また、熱伝導性と電気伝導性は強い相関があるので、導電率が高い程、熱伝導性が良いことを示す。
【0087】
(耐応力緩和特性)
応力緩和率の測定は、JCBA T309:2004に従って、次のように行った。供試材の応力緩和試験には片持ち梁ねじ式治具を使用した。試験片は圧延方向に0度(平行)、90度(垂直)をなす方向から採取し、試験片の形状は、板厚t×幅10mm×長さ60mmとした。供試材への負荷応力は0.2%耐力の80%とし、150℃、120℃の雰囲気中に1000時間暴露した。応力緩和率は、
応力緩和率=(開放後の変位/応力負荷時の変位)×100(%)
として求めた。本発明においては、応力緩和率は値が小さいのが好ましい。
120℃の評価では、応力緩和率が8%以下を評価A(優れる)とし、8%超え13%以下を評価B(良)とし、13%を超えるものを評価C(不可)と評価した。本願で求める応力緩和特性は、高い信頼性や過酷な場合を想定したものである。
また、150℃で1000時間の条件での実効応力Pwを、
Pw=耐力{(YS
0+YS
90)/2}×80%×(100%−応力緩和率(%))
の式で算出した。耐力、および応力緩和特性は、スリッター後のスリッター幅の関係から、つまり、幅が60mmより小さい場合、圧延方向に90度(垂直)をなす方向から採取できない場合がある。その場合、試験片は圧延方向に0度(平行)方向のみで、応力緩和特性、およびPwを評価するものとする。
なお、試験No.T3及びT36(合金No.1,3)において、圧延方向に90度(垂直)をなす方向及び圧延方向に0度(平行)方向での応力緩和試験の結果から算出した実効応力Pwと、圧延方向に0度(平行)方向のみでの応力緩和試験の結果から算出した実効応力Pwと、圧延方向に90度(垂直)方向のみでの応力緩和試験の結果から算出した実効応力Pwとで大きな差がないことを確認した。
【0088】
(バランス指数f6)
測定した導電率C(%IACS)及び実効応力Pw(N/mm
2)から、以下の式によって、バランス指数f6を算出した。
f6=Pw×(C/100)
1/2【0089】
(耐応力腐食割れ性)
耐応力腐食割れ性の測定は、JIS H 3250に規定された試験容器と試験液とを使用して行い、等量のアンモニア水と水を混合した液を使用して行った。
応力腐食割れ試験は、負荷応力に対する応力腐食割れの感受性を調べるため、樹脂製の片持ち梁ねじ式治具を用い、耐力の80%の曲げ応力を加えた圧延材を、上記のアンモニア雰囲気中に暴露し、応力緩和率から、耐応力腐食割れ性の評価を行った。つまり、微細なクラックが発生しておれば、元には戻らず、そのクラックの度合いが大きくなると応力緩和率が大きくなるので、耐応力腐食割れ性を評価できる。48時間暴露で応力緩和率が25%以下のものを、耐応力腐食割れ性に優れるものとして評価Aとし、応力緩和率が48時間暴露では25%を超えても24時間暴露では25%以下のものを、耐腐食割れ性が良好なもの(実用上の問題はない)として評価Bとし、24時間暴露で応力緩和率が25%を超えるものを、耐応力腐食割れ性に劣るもの(実用上問題あり)として評価Cとした。なお、本願で求める耐応力腐食割れ性は、高い信頼性や過酷な場合を想定したものである。
【0090】
(はんだ濡れ性)
はんだ濡れ性は、メニスコグラフ法で実施した。試験設備は、PHESCA(レスカ)製 型式:SAT-5200である。圧延方向から試験片を採取し、厚さ:0.3mm×幅:10mm×長さ:25mmに切断した。使用したはんだは、Sn−3.5質量%Ag−0.7質量%Cuと純Snである。前処理として、アセトン脱脂→15%硫酸洗浄→水洗→アセトン脱脂、を実施した。フラックスとして、標準ロジンフラックス(株式会社タムラ製作所製NA200)を用いた。はんだ浴温度を270℃、浸漬深さを2mm,浸漬速度を15mm/sec、浸漬時間15secの条件で評価試験を実施した。
【0091】
はんだ濡れ性の評価は、ゼロクロスタイムで行った。すなわち、はんだが浴に浸漬後、完全に濡れるまでに要する時間であり、ゼロクロスタイムが5秒以内、すなわちはんだ浴に浸漬後5秒以内に完全に濡れれば、はんだ濡れ性は実用上問題がないとして評価Bとし、ゼロクロスタイムが2秒以内の場合は、特に優れるとして評価Aとした。ゼロクロスタイムが5秒を超えると、実用上問題があるので評価Cとした。なお、試料は、仕上げ圧延、または、回復熱処理の最終工程後、硫酸で洗浄、表面を800番の研磨紙で研磨し、酸化のない表面を得て、3日間、または、10日間、室内環境で放置したものを使用した。なお、表で、「−1」、「−2」は、Sn−3.5質量%Ag−0.7質量%Cuのはんだを用い、それぞれ3日間、10日間放置した試験結果、「−3」は、純Snを用い、3日間での試験結果である。
【0092】
(機械的特性)
引張強度、耐力、及び伸びの測定は、JIS Z 2201、JIS Z 2241に規定される方法に従い、試験片の形状は、5号試験片で実施した。圧延方向に対して0°の方向と、圧延方向に対して90°の方向で、それぞれ試験を行った。
【0093】
(曲げ加工性)
曲げ加工性は、JIS H 3110で規定されている曲げ角度90度のW曲げで評価した。曲げ試験(W曲げ)は、次のように行った。曲げ治具の先端の曲げ半径(R)は、材料の厚さ(t)の1倍(曲げ半径=0.3mm、R/t=1.0)、0.5倍(曲げ半径=0.15mm、R/t=0.5)、とした。サンプルは、いわゆるバッドウェイ(Bad Way)と言われる方向で圧延方向に対して90度をなす方向、及びグッドウェイ(Good Way)と言われる方向で圧延方向に0度をなす方向から採取した。曲げ加工性の判定は、50倍の実体顕微鏡で観察してクラックの有無で判定し、曲げ半径が、材料の厚さの0.5倍(R/t=0.5)で、クラックが生じなかったものを評価A、曲げ半径が、材料の厚さの1.0倍で、クラックが生じなかったものを評価B、材料の厚さの1倍(R/t=1.0)で、クラックが生じたものを評価Cとした。なお、曲げ加工性がR/t≦0.5とは、曲げ半径が材料の厚さの0.5倍(R/t=0.5)以下の曲げ試験で、クラックが生じないことである。
【0094】
【表1】
【0095】
【表2】
【0096】
【表3】
【0097】
【表4】
【0098】
【表5】
【0099】
【表6】
【0100】
【表7】
【0101】
【表8】
【0102】
【表9】
【0103】
【表10】
【0104】
【表11】
【0105】
【表12】
【0106】
【表13】
【0107】
【表14】
【0108】
【表15】
【0109】
【表16】
【0110】
【表17】
【0111】
【表18】
【0112】
【表19】
【0113】
【表20】
【0114】
以上の評価結果から、組成及び組成関係式と特性に関して、次のようなことが確認された。
【0115】
銅合金板の組成については、下記のような結果となった。なお、比較合金は以下の通りである。
合金No.100、121は、発明合金の組成範囲よりもZnの含有量が少ない。
合金No.101は、発明合金の組成範囲よりもSnの含有量が少ない。
合金No.102は、発明合金の組成範囲よりもPの含有量が多い。
合金No.103は、発明合金の組成範囲よりもZnの含有量が多い。
合金No.104は、発明合金の組成範囲よりもPの含有量が少ない。
合金No.105は、発明合金の組成範囲よりもSnの含有量が多い。
合金No.106、122は、発明合金の組成範囲よりもNiの含有量が少ない。
合金No.107は、発明合金の組成関係式f2、f3の範囲を満たさない。
合金No.108、109は、発明合金の組成関係式f1の範囲を満たさない。
合金No.110〜113は、発明合金の組成関係式f4の範囲を満たさない。
合金No.114は、発明合金の組成関係式f3の範囲を満たさない。
合金No.115、116は、発明合金の組成関係式f5の範囲を満たさない。
合金No.118〜120は、一般の黄銅である。
合金No.117、123は、Fe、Coの含有量が多い。
【0116】
(1)Pの含有量が、本発明合金の範囲より多いと、再結晶熱処理工程後の析出粒子の平均粒径が小さく、平均結晶粒径が小さくなり、曲げ加工性、応力緩和率が悪化する(合金No.102等参照)。Pの含有量が、本発明合金の範囲より少ない、または、組成関係式f5のNi/Pが設定された範囲、250より大きいと、再結晶熱処理工程後の析出粒子の平均粒径、平均結晶粒径が大きくなり、引張強さ、耐力が低くなり、応力緩和率が悪化する。Ni/Pが、180以下、さらには120以下であると、引張強さ、耐力が高くなり、応力緩和率がよくなる。f5のNi/Pが設定された範囲より小さいと、曲げ加工性、応力緩和率が悪化する(合金No.104、116、115、13、18等参照)。
【0117】
(2)Znの含有量が本発明合金の範囲より少ないと、再結晶熱処理工程後の平均結晶粒径が大きくなり、引張強度が低くなる。また、Ni含有量に見合った効果が得られず、応力緩和率が悪化する(合金No.100等参照)。Zn量:4質量%付近が、引張強度、応力緩和特性、実効応力Pwを満足するための、境界値である(合金No.1、10、100等参照)。Znの含有量が発明合金の条件範囲より多いと、導電率、引張強さ、耐力、応力緩和率、曲げ加工性、耐応力腐食割れ性、はんだ濡れ性が悪化する。Znの含有量が、12質量%以下、さらには10質量%以下であると、前記特性はよくなる(合金No.103、12、15、18等参照)。
【0118】
(3)Snの含有量が、本発明の範囲より多いと、曲げ加工性、応力緩和特性も悪くなり、導電率も低下する。圧延方向に対して、垂直方向の引張強さ、耐力が大きくなる。一方、Snの含有量が、本発明の範囲より少ないと、強度が低く、応力緩和特性が悪くなる。Ni含有量が少ないと、優れた応力緩和特性が得られないが、Ni含有量が1.0質量%を超えると、応力緩和特性が良くなる(合金No.101、105、106、122、17、19等参照)。
【0119】
(4)組成関係式f1が発明合金の条件範囲よりも小さいと、再結晶熱処理工程後の平均結晶粒径が大きく、引張強さ、耐力が低く、また、応力緩和特性は、Ni含有量に見合った効果が得られず、悪い。組成関係式f1が発明合金の条件範囲よりも大きいと、耐応力腐食割れ性、曲げ加工性、はんだ濡れ性が悪く、導電率も低くなる。また、Ni含有量に見合った効果が得られず、応力緩和特性が悪い。f1の値が、下限側で、約7が、上限側で約18あるいは約16が、これら特性の境界値に相当する。f1の値が14より小さいと、前記特性が少し良くなる(合金No.108、109、12、1、15、18等参照)。
【0120】
(5)組成関係式f2が発明合金の条件範囲よりも大きいと、耐応力腐食割れ性が悪くなり、応力緩和特性、曲げ加工性も悪い。組成関係式f2の値、9〜11が、これらの特性の良否に関し、境界の値に相当する。f2の値が8より小さいと、耐応力腐食割れ性、応力緩和特性、曲げ加工性が改善される(合金No.107、103、12、15、18等参照)。
(6)組成関係式f3が発明合金の条件範囲よりも小さいと、耐応力腐食割れ性、応力緩和特性、曲げ加工性が悪くなる。f3の境界の値は、0.3〜0.35付近である。f3の値が0.4より大きいと、耐応力腐食割れ性、応力緩和特性、曲げ加工性がよくなる(合金No.107、114、2、15等参照)。
【0121】
(7)組成関係式f4が発明合金の条件範囲よりも小さいと、応力緩和特性が悪くなり、曲げ加工性や、耐応力腐食割れ性も低下する。圧延方向に対して、垂直方向の引張強さ、耐力が大きくなる。組成関係式f4が発明合金の条件範囲よりも大きいと、応力緩和特性が悪くなる(合金No.110〜113、14、17等参照)。
以上のように、Zn、Sn、Ni,Pの濃度が、所定の濃度範囲にあっても、組成関係式f1、f2、f3、f4、f5の値が所定の範囲から外れると、耐応力腐食割れ性、応力緩和特性、強度、曲げ加工性、はんだ濡れ性、導電率のいずれかを満足しない。
【0122】
(8)Al、Fe、Co、Mg、Mn、Ti、Zr、Cr、Si、Sb、As、およびPbから選択される1種以上を含有すると、結晶粒の微細化による強度の向上、応力緩和特性、耐応力腐食割れ性の向上が認められる(合金No.20〜32等参照)。
(9)Feを0.08質量%、またはCoを0.07質量%含有すると、平均結晶粒径が小さくなり、曲げ加工性、応力緩和特性が悪くなる(合金No.117、123参照)。
【0123】
また、本発明の銅合金板を用いた場合において、下記のようであった。
(1)量産設備を用いた製造工程Aと実験設備を用いた製造工程Bの実施例合金では、製造条件が同等なら、両工程の再結晶熱処理後の金属組織は、平均結晶粒および析出物の大きさも揃い、それらの平均粒径もほぼ同等であり、ほぼ同等の機械的性質、応力緩和特性(応力緩和率、実効の応力緩和特性、実効の応力と導電率の1/2乗の積を含む)、耐応力腐食割れ性、はんだ濡れ性が得られる(試験No.T10、T12、T26、T28等参照)。
【0124】
(2)焼鈍(再結晶熱処理工程)の回数が1回であっても、2回であっても、平均結晶粒径に差がなく、ほぼ同等の機械的性質、応力緩和特性、耐応力腐食割れ性、はんだ濡れ性が得られる(試験No.T2、T3、T10、T18、T19、T26等参照)。
(3)最終の再結晶熱処理工程が、高温-短時間の熱処理の方が、バッチの焼鈍よりも、応力緩和特性が良い(試験No.T1、T2、T3、T17、T18、T19、T102、T103等参照)。さらに、高温-短時間の熱処理において、冷却速度が、5℃/秒を境にして、応力緩和が少しよくなる。10℃/秒以上、或は15℃/秒以上であるとさらに少しよくなる。また、平均結晶粒粒径が3〜4μmより、5〜7μmの方が、耐力は少し低いが、応力緩和特性が少し良い(試験No.T18、T23、T34、T39、T50、T55、T3A、T3B、T3等参照)。
【0125】
(4)熱間圧延を経ない工程であっても、熱間圧延工程を通る工程に比べ、析出物の粒径が少し大きいが、ほぼ同等の機械的性質、応力緩和特性、耐応力腐食割れ性、はんだ濡れ性が得られる(試験No.T14、T15、T46、T47等参照)。
(5)再結晶熱処理の係数It1が、設定範囲内で大きいと、平均結晶粒径、析出物、大きくなり、耐力は少し低いが、応力緩和特性が少し良い。再結晶熱処理の係数It1が、設定範囲内で小さいと、平均結晶粒径、析出物が小さくなり、耐力は少し高いが、応力緩和特性が少し悪い。It1が設定された条件より、低いと完全に再結晶組織とならず、曲げ加工性が悪くなる。It1が、大き過ぎると、平均結晶粒径が大きくなり、析出物の粒径も大きくなり、耐力が低く、応力緩和特性も低くなる(試験No.T3、T3C、T7、T8、T9等参照)。
【0126】
(6)f1の値が、上限に近い約16であると、曲げ加工性、はんだ濡れ性が少し悪くなり、耐応力腐食割れの感受性が少し高くなる(合金No.12、27等参照)。
(7)f2の値が、約9であると、耐応力腐食割れの感受性が少し高くなる(合金No.15、20、22等参照)。
【0127】
(8)f3の値が、設定範囲の低めの約0.35であると、応力緩和特性が少し悪く、耐応力腐食割れの感受性が少し高くなる(合金No.20、27、31等参照)。
(9)f4の値が、設定範囲の少し低めの1.8〜2であると、応力緩和特性が少し悪くなる(合金No.14等参照)。
(10)f5の値が、設定範囲の低めの約19であると、また、上限に近い約250であると応力緩和特性が少し悪くなる(合金No.13、15等参照)。
【0128】
(11)Co、Feを含有すると平均結晶粒径が小さくなり、引張強さ、耐力が高くなるが、伸びは低く、曲げ加工性は少し悪くなる(合金No.22、123等参照)。
(12)回復熱処理の条件を、Snめっきに相当する条件で熱処理しても、回復熱処理前、他の回復熱処理の条件で製作した銅合金材と比べ、概ね同等の引張強さ、耐力、応力緩和特性、曲げ加工性、伸び、導電率、耐応力腐食割れ性、はんだ濡れ性が得られる(試験No.T3〜T6、T12〜T14、T19〜T22、T28〜30等参照)。
(13)最終の熱処理を470℃×4時間、または、480℃×4時間のバッチ焼鈍で実施しても、高温の短時間焼鈍に比べ、少し、応力緩和特性が悪くなるが、引張強さ、耐力、曲げ加工性、伸び、および耐応力腐食割れ性に関して、良好な特性を備える(試験No.T1、T2、T11、T12、T15、T16、T102、T103等参照)。
この銅合金板は、4〜14質量%のZnと、0.1〜1質量%のSnと、0.005〜0.08質量%のPと、1.0〜2.4質量%のNiとを含有し、残部がCu及び不可避不純物からなり、7≦[Zn]+3×[Sn]+2×[Ni]≦18、0≦[Zn]−0.3×[Sn]−1.8×[Ni]≦11、0.3≦(3×[Ni]+0.5×[Sn])/[Zn]≦1.6、1.8≦[Ni]/[Sn]≦10、16≦[Ni]/[P]≦250の関係を有し、平均結晶粒径が2〜9μm、円形状又は楕円形状の析出物の平均粒子径が3〜75nm又は前記析出物の内で粒子径が3〜75nmの析出物が占める個数の割合が70%以上、導電率が24%IACS以上、耐応力緩和特性として150℃、1000時間で応力緩和率が25%以下である。