(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
発電ボイラ、石油精製及び石油化学用プラントの加熱炉管等の設備は、高温環境で稼働し、さらに、硫化物及び/又は塩化物を含むプロセス流体と接触する。そのため、これらの設備に使用される材料には、優れた高温強度及び耐食性が求められる。
【0003】
上述のような設備に用いられる材料は、特開昭50−67215号公報(特許文献1)、特開昭60−224764号公報(特許文献2)、国際公開第2009/044802号(特許文献3)、工藤赳夫ら、「耐ポリチオン酸SCC性に優れた加熱炉管用347APステンレス鋼の開発」、住友金属、38(1986)、p.190(非特許文献1)、及び、石塚哲夫ら、「高温強度と耐粒界腐食性を両立させたオーステナイト系ステンレスボイラ用鋼管の開発」、新日鉄技報、380(2004)、p.91(非特許文献2)に提案されている。
【0004】
特許文献1は、粒界腐食と粒界応力腐食割れ(耐ポリチオン酸SCC性)に強いステンレス鋼を提案する。特許文献1では、ステンレス鋼中のC含有量を0.03%以下にする。さらに、Nb含有量のC含有量に対する比、及び、N含有量のC含有量に対する比を、所定値以上とする。これにより、粒界腐食特性が改善されると記載されている。
【0005】
特許文献2は、耐食性及び(硫化物(ポリチオン酸)及び塩化物に起因した)耐応力腐食割れ性に優れたステンレス鋼を提案する。特許文献2では、Cr含有量及びNi含有量を高くし、C含有量を0.02%以下にする。これにより、耐応力腐食割れ性が改善され、耐食性も改善されると記載されている。
【0006】
特許文献3は、耐ポリチオン酸SCC性に優れ、高温で長時間使用された場合のHAZでの耐脆化割れ性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼を提案する。特許文献3では、C含有量を0.05%未満にすることで耐ポリチオン酸SCC性を高める。さらに、NbやTiといったC固定化元素を低減し、鋼中のP、S、Sn等の粒界脆化元素を低減する。これにより、HAZの耐脆化割れ性が改善されると記載されている。
【0007】
非特許文献1は、高温強度及び耐ポリチオン酸SCC性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼を提案する。非特許文献1では、C含有量を低くし、特定量のNを含有し、C固定化元素として特定量のNbを含有する。これにより、優れた高温強度、耐ポリチオン酸SCC性が得られ、さらに、溶接後に熱処理することなく長時間時効した場合であっても鋭敏化が抑制されると記載されている。
【0008】
非特許文献2は、高温強度及び耐粒界腐食感受性に優れたボイラ用オーステナイト系ステンレス鋼を提案する。非特許文献2では、C含有量を低くし、特定量のVを含有する。これにより、高温強度及び耐粒界腐食感受性が改善されると記載されている。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、図面を参照し、本発明の実施の形態を詳しく説明する。以降、元素に関する%は「質量%」を意味する。
【0020】
本発明者らは、オーステナイト系ステンレス鋼の耐孔食性、高温強度及び耐凝固割れ性について調査した。その結果、本発明者らは以下の知見を得た。
【0021】
(A)耐ポリチオン酸SCC性を高めるためにC含有量を低く抑える場合(たとえば、C含有量0.02%以下にする場合)、CuとSnとが含有されれば、これらの元素が相乗して耐孔食性を高める。ここで、F1=0.2Cu+325Snと定義する。F1が1.5以上であれば、Cu及びSnの相乗効果により、優れた耐孔食性が得られる。
【0022】
図1は、C含有量が0.02%以下のオーステナイト系ステンレス鋼における、F1と孔食電位との関係を示す図である。後述の実施例における孔食電位の測定方法と同じ方法により、F1値の異なる複数のオーステナイト系ステンレス鋼の孔食電位を測定して
図1を作成した。
【0023】
図1を参照して、F1が1.5未満の場合、F1の上昇に伴い、孔食電位は顕著に上昇する。一方、F1が1.5を超えると、F1の上昇に伴い孔食電位が上昇するものの、上昇の度合いはF1が1.5未満の場合と比較して小さくなる。要するに、
図1に示す孔食電位のグラフは、F1=1.5前後で変曲点を有する。したがって、F1が1.5以上であれば、優れた耐孔食性が得られる。
【0024】
(B)Cuはさらに、上述のようにC含有量が低いオーステナイト系ステンレス鋼において、高温強度(クリープ強度)を高める。具体的には、オーステナイト系ステンレス鋼を高温で長時間使用している間に鋼中に微細なCuが析出し、析出したCuが高温強度を高める。しかしながら、Snは粒界に偏析しやすく、高温強度を低下する。したがって、Cu含有量と比較してSn含有量が過剰に多ければ、Cuの上記効果が十分に得られない。
【0025】
F2=Cu−10Snと定義する。F2が1.9以上であれば、C含有量が低いオーステナイト系ステンレス鋼であっても、優れた高温強度が得られる。
【0026】
図2は、C含有量が0.02%以下のオーステナイト系ステンレス鋼において、F2と破断時間との関係を示す図である。後述の実施例における高温強度評価試験と同じ方法により、F2値の異なる複数のオーステナイト系ステンレス鋼の650℃での破断時間(h)を求め、
図2を作成した。
【0027】
図2を参照して、F2が大きくなるにつれ、破断時間(h)は徐々に増加する。そして、F2が1.9以上になると、F2の大きくなるにつれ、破断時間が顕著に上昇する。したがって、F2=1.9以上であれば、優れた高温強度(クリープ強度)が得られる。
【0028】
(C)上述のとおり、Cu及びSnは相乗して孔食電位を高め、耐孔食性を高める。しかしながら、Cu及びSnは凝固割れ感受性を高める。F3=Cu+35Snと定義する。F3が6.5以下であれば、優れた耐凝固割れ性が得られる。
【0029】
図3は、F3とトランスバレストレイン試験により得られた最大割れ長さとの関係を示す図である。後述する耐凝固割れ性評価試験と同じ方法により、F3値の異なる複数のオーステナイト系ステンレス鋼の最大割れ長さ(mm)を求め、
図3を作成した。
【0030】
図3を参照して、F3が6.5よりも大きいの場合、F3が小さくなるにつれ、最大割れ長さは顕著に小さくなる。一方、F3が6.5以下の場合、F3が小さくなっても、最大割れ長さはほぼ同じである。要するに、最大割れ長さの曲線には、F3=6.5前後に変曲点を有する。したがって、F3が6.5以下であれば、優れた耐凝固割れ性が得られる。
【0031】
以上の知見に基づいて、本発明者らは、本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼を完成した。以下、本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼について説明する。
【0032】
[化学組成]
本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼の化学組成は、以下の元素を含有する。
【0033】
C:0.018%未満
炭素(C)は、オーステナイト相を安定化する。Cはさらに、粒内炭化物を形成し、鋼の高温強度を高める。しかしながら、C含有量が高すぎれば、Cr炭化物が析出し、粒界腐食感受性が高まる。そのため、鋼の耐ポリチオン酸SCC性が低下する。したがって、C含有量は0.018%未満である。C含有量の好ましい上限は、0.016%未満であり、さらに好ましくは、0.012%である。
【0034】
Si:0.9%以下
珪素(Si)は、溶製時に鋼を脱酸する。Siはさらに、鋼の耐酸化性及び耐水蒸気酸化性を高める。しかしながら、Siは、フェライト相を安定化するため、Si含有量が高すぎれば、高温での時効後においてシグマ相(σ相)が生成しやすくなる。したがって、Si含有量は0.9%以下である。Si含有量の好ましい下限は、0.02%であり、さらに好ましくは0.1%である。Si含有量の好ましい上限は0.9%未満であり、さらに好ましくは0.5%である。
【0035】
Mn:1.8%以下
マンガン(Mn)はオーステナイト相を安定化する。Mnはさらに、Sによる熱間加工性の低下を抑制する。Mnはさらに、鋼を脱酸する。しかしながら、Mn含有量が高すぎれば、シグマ相等の金属間化合物相の析出が促進される。そのため、高温環境下における組織安定性が低下し、鋼の靭性及び延性が低下する。したがって、Mn含有量は1.8%以下である。Mn含有量の好ましい下限は、0.02%であり、さらに好ましくは0.1%である。Mn含有量の好ましい上限は、1.8%未満である。
【0036】
P:0.04%以下
S:0.01%以下
燐(P)及び硫黄(S)は不純物である。P及びSは溶接凝固時に粒界に偏析し、凝固割れ感受性を高める。したがって、P含有量及びS含有量はできるだけ低い方が好ましい。P含有量は0.04%以下であり、S含有量は0.01%以下である。P含有量の好ましい上限は0.04%未満であり、さらに好ましくは0.03%である。S含有量の好ましい上限は0.01%未満であり、さらに好ましくは0.005%である。
【0037】
Cu:2.0〜4.5%
銅(Cu)は鋼中に微細に析出して高温強度(クリープ強度)を高める。Cuはさらに、Snとの相乗効果により、鋼の耐孔食性を高める。しかしながら、Cuは粒界に偏析しやすく、かつ、オーステナイト安定化元素である。そのため、Cu含有量が高すぎれば、溶接凝固中のフェライトの生成が抑制され、凝固割れ感受性が高まる。したがって、Cu含有量は2.0〜4.5%である。Cu含有量の好ましい下限は2.0%よりも高く、さらに好ましくは2.5%である。Cu含有量の好ましい上限は4.5%未満である。
【0038】
Ni:9〜16%
ニッケル(Ni)は鋼組織において、オーステナイトを安定化する。そのため、Niは長時間使用時における鋼組織を安定化し、高温強度(クリープ強度)を高める。しかしながら、Ni含有量が高すぎれば、コストが増大する。したがって、Ni含有量は9〜16%である。Ni含有量の好ましい下限は9%よりも高く、さらに好ましくは9.5%である。Ni含有量の好ましい上限は16%未満であり、さらに好ましくは13%であり、さらに好ましくは12%である。
【0039】
Cr:15〜19%
クロム(Cr)は、高温での鋼の耐酸化性及び耐食性を高める。しかしながら、Cr含有量が高すぎれば、高温でのオーステナイトの安定性が低下し、鋼の高温強度(クリープ強度)が低下する。したがって、Cr含有量は15〜19%である。Cr含有量の好ましい下限は15%よりも高く、さらに好ましくは16%である。Cr含有量の好ましい上限は19%未満であり、さらに好ましくは18%である。
【0040】
Mo:5%以下
モリブデン(Mo)はマトリクスに固溶して高温強度(クリープ強度)を高める。Moはさらに、Cr炭化物の粒界析出を抑制する。しかしながら、Mo含有量が高すぎれば、オーステナイトの安定性が低下して、高温強度が低下する。したがって、Mo含有量は5%以下である。Mo含有量の好ましい下限は0.05%であり、さらに好ましくは0.1%である。Mo含有量の好ましい上限は5%未満であり、さらに好ましくは2.5%であり、さらに好ましくは2%である。
【0041】
sol.Al:0.04%以下
アルミニウム(Al)は鋼を脱酸する。しかしながら、Al含有量が高すぎれば、鋼の清浄度が低下し、鋼の加工性及び延性が低下する。したがって、Al含有量は0.04%以下である。Al含有量の好ましい下限は0.0005%以上であり、さらに好ましくは0.001%である。Al含有量の好ましい上限は0.04%未満であり、さらに好ましくは0.03%である。本実施形態においてAl含有量は、酸可溶Al(sol.Al)の含有量を意味する。
【0042】
N:0.02〜0.3%
窒素(N)は、マトリクス(母相)に固溶してオーステナイトを安定化する。Nはさらに、粒内に微細な炭窒化物を形成し、高温強度(クリープ強度)を高める。しかしながら、N含有量が高すぎれば、粒内でCr窒化物が形成され、溶接熱影響部(HAZ)での耐ポリチオン酸SCC性が低下する。したがって、N含有量は0.02〜0.3%である。N含有量の好ましい下限は0.02%よりも高く、さらに好ましくは0.04%であり、さらに好ましくは0.06%である。N含有量の好ましい上限は0.3%未満であり、さらに好ましくは0.2%であり、さらに好ましくは0.15%である。
【0043】
Sn:0.002〜0.1%
スズ(Sn)は、鋼の表面の不動態皮膜中に酸化物として存在する。Snはさらに、不動態皮膜下のマトリクスの最表層に固溶した状態で濃化して存在する。そのため、Snは、鋼の耐孔食性を高め、特に、塩化物環境での耐孔食性を高める。しかしながら、Snは強偏析を生じやすい。そのため、Sn含有量が高すぎれば、Snの強偏析により凝固割れ感受性が高まり、高温強度も低下する。したがって、Sn含有量は0.002%〜0.1%である。Sn含有量の好ましい下限は0.002%よりも高く、さらに好ましくは0.004%である。Sn含有量の好ましい上限は、0.1%未満であり、さらに好ましくは、0.03%である。
【0044】
B:0.009%以下
ボロン(B)は、粒界に偏析して粒界炭化物を微細分散させる。そのため、Bは粒界を強化する。しかしながら、B含有量が高すぎれば、凝固割れ感受性が高まる。したがって、B含有量は0.009%以下である。B含有量の好ましい下限は、0.0005%である。B含有量の好ましい上限は0.009%未満であり、さらに好ましくは0.005%である。
【0045】
本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼はさらに、Nb、Ti及びVからなる群から選択される1種又は2種以上を含有する。
【0046】
Nb:0.9%以下
Ti:0.15%以下
V:0.4%以下
ニオブ(Nb)、チタン(Ti)及びバナジウム(V)はいずれも、粒内で炭化物を形成する。これにより、粒界でのCr炭化物の生成が抑制され、鋼の耐粒界腐食性が高まる。さらに、粒内に形成されたNb炭化物、Ti炭化物及びV炭化物は、鋼の高温強度(クリープ強度)を高める。これらの元素のうちの1種以上が少しでも含有されれば上記効果がある程度得られる。上記効果を顕著に得るために、Nb含有量の好ましい下限は0.01%であり、Ti含有量の好ましい下限は0.005%であり、V含有量の好ましい下限は0.005%である。
【0047】
しかしながら、これらの元素含有量が高すぎれば、相安定性が低下するほか、粗大な炭化物を形成し、強度及び耐食性は逆に低下する。したがって、Nb含有量は0.9%以下であり、Ti含有量は0.15%以下であり、V含有量は0.4%以下である。Nb含有量の好ましい上限は0.5%である。Ti含有量の好ましい上限は0.1%である。V含有量の好ましい上限は0.2%である。
【0048】
本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼の残部は鉄(Fe)及び不純物である。ここでいう不純物は、鋼の原料として利用される鉱石やスクラップ、あるいは製造過程の環境等から混入される元素をいう。
【0049】
本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼はさらに、Feの一部に代えて、W及びCoの1種以上を含有してもよい。W及びCoは必須元素ではなく、選択元素である。これらの元素はいずれも、鋼の高温強度を高める。
【0050】
W:5%以下
タングステン(W)は、マトリクスに固溶して鋼の高温強度(クリープ強度)を高める。Wが少しでも含有されれば、上記効果が得られる。しかしながら、W含有量が高すぎれば、オーステナイトの安定性が低下し、高温強度が低下する。したがって、W含有量は5%以下である。W含有量の好ましい下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.05%である。W含有量の好ましい上限は5%未満であり、さらに好ましくは2%である。
【0051】
Co:1%以下
コバルト(Co)は、Niと同様にオーステナイトを安定化して鋼の高温強度を高める。Coが少しでも含有されれば、上記効果が得られる。しかしながら、Co含有量が高すぎれば、コストが増大する。したがって、Co含有量は1%以下である。Co含有量の好ましい下限は0.03%である。Co含有量の好ましい上限は1%未満である。
【0052】
本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼はさらに、Feの一部に代えて、Ca、Mg及び希土類元素(REM)からなる群から選択される1種又は2種以上を含有する。これらの元素いずれも必須元素ではなく、選択元素である。これらの元素はいずれも、鋼の熱間加工性を高める。
【0053】
Ca:0.02%以下
Mg:0.02%以下
REM:0.1%以下
カルシウム(Ca)、マグネシウム(Mg)及び希土類元素(REM)はいずれも、Sとの親和力が高い。そのためこれらの元素は、鋼の熱間加工性を高める。これらの元素はさらに、Sの粒界偏析に起因した凝固割れ感受性を低減する。Ca、Mg及びREMの少なくとも1種が少しでも含有されれば、上記効果が得られる。しかしながら、これらの元素の含有量が高すぎれば、酸素と結合することにより鋼の清浄性が低下し、熱間加工性が低下する。したがって、Ca含有量は0.02%以下であり、Mg含有量は0.02%以下であり、REM含有量は0.1%以下である。
【0054】
Ca含有量の好ましい下限は0.0001%である。Ca含有量の好ましい上限は0.02%未満であり、さらに好ましくは0.01%である。Mg含有量の好ましい下限は0.0001%である。Mg含有量の好ましい上限は0.02%未満であり、さらに好ましくは0.01%である。REM含有量の好ましい下限は0.001%である。REM含有量の好ましい上限は0.1%未満であり、さらに好ましくは0.05%である。
【0055】
REMは、周期律表中の原子番号57のランタン(La)から原子番号71のルテチウム(Lu)に、イットリウム(Y)及びスカンジウム(Sc)を加えた17元素の総称である。REMの含有量は、これらの1種又は2種以上の元素の総含有量を意味する。
【0056】
[式(1)〜式(3)]
本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼の化学組成はさらに、式(1)〜式(3)を満たす。
0.2Cu+325Sn≧1.5 (1)
Cu−10Sn≧1.9 (2)
Cu+35Sn≦6.5 (3)
ここで、式(1)〜式(3)中の元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【0057】
[式(1)について]
F1=0.2Cu+325Snと定義する。上述のとおり、Cu及びSnは相乗して耐孔食性の向上に寄与する。したがって、F1は耐孔食性の指標である。
図1に示すとおり、F1値1が1.5以上であれば、優れた耐孔食性が得られる。好ましくは、F1は1.5よりも高く、さらに好ましいF1は1.7以上である。
【0058】
[式(2)について]
F2=Cu−10Snと定義する。上述のとおり、Cuは析出強化により高温強度を高めるものの、Snは粒界に偏析して高温強度を低下する。したがって、F2は高温強度の指標である。
図2に示すとおり、F2が1.9以上であれば、優れた高温強度が得られる。好ましいF2は1.9よりも高く、さらに好ましいF2は2.0以上であり、さらに好ましいF2は2.2以上である。
【0059】
[式(3)について]
F3=Cu+35Snと定義する。上述のとおり、過剰に含有されたCuは凝固割れ感受性を高め、Snも凝固割れ感受性を高める。したがって、F3は、耐凝固割れ性の指標である。
図3に示すとおり、F3が6.5以下であれば、優れた凝固割れ感受性が得られる。好ましいF3は6.0以下であり、さらに好ましいF3は5.5以下であり、さらに好ましいF3は5.0以下である。
【0060】
[製造方法]
本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法の一例を説明する。上述の化学組成であって、式(1)〜式(3)を満たす溶鋼を製造する。たとえば、電気炉やAOD(Argon Oxygen Decarburization)炉、VOD(Vacuum Oxygen Decarburization)炉を用いて、上記溶鋼を製造する。
【0061】
製造された溶鋼から造塊法によりインゴットを製造する。インゴットを熱間加工(熱間鍛造等)してスラブやブルーム、ビレット等の鋼素材を製造する。製造された溶鋼から連続鋳造法によりスラブやブルーム、ビレット等の鋼素材を製造してもよい。
【0062】
製造された鋼素材を熱間加工して、オーステナイト系ステンレス鋼材を製造する。たとえば、鋼素材を熱間圧延して鋼板や棒鋼、線材を製造する。また、熱間押出や熱間穿孔圧延等によりオーステナイト系ステンレス鋼管を製造する。上記のとおり、熱間加工の具体的な方法は特に限定されず、最終製品の形状に応じた熱間加工を実施すればよい。
【0063】
好ましくは、熱間加工の加工終了温度は、1050℃以上である。ここでいう加工終了温度とは、最終の熱間加工工程が完了した直後の鋼材の温度を意味する。加工終了温度が1050℃以上であれば、Nb、Ti及びVがマトリクスに十分に固溶するため、より優れた高温強度が得られるためである。
【0064】
熱間加工後のオーステナイト系ステンレス鋼材に対して、冷間加工を実施してもよい。オーステナイト系ステンレス鋼材が鋼管である場合、冷間加工はたとえば、冷間抽伸や冷間圧延である。オーステナイト系ステンレス鋼材が鋼板である場合、冷間圧延等である。
【0065】
好ましくは、冷間加工において、最終の加工での断面減少率を10%以上にする。ここで、断面減少率(%)は次の式で定義される。
断面減少率=(最終加工前の鋼材の断面積−最終加工後の鋼材の断面積)/最終加工前の鋼材の断面積×100
【0066】
最終の加工での断面減少率を10%以上にした場合、加工歪が付与された鋼材に対して後工程の熱処理が実施されるため、再結晶又は整粒化が進みやすくなる
【0067】
熱間加工後、又は冷間加工後に熱処理を実施してもよい。熱処理は複数回実施してもよい。最終の熱処理における熱処理温度は、好ましくは1050℃以上である。
【0068】
以上の製造方法により製造されるオーステナイト系ステンレス鋼は、優れた高温強度、耐孔食性及び耐凝固割れ性を有する。
【実施例】
【0069】
[調査方法]
[試験材の製造]
表1に示す試験番号A1〜A7、B1〜B7の溶鋼を電気炉を用いて製造した。
【0070】
【表1】
【0071】
表1中の「F1」、「F2」及び「F3」欄にはそれぞれ、各試験番号の鋼のF1値、F2値及びF3値が記入される。
【0072】
各溶鋼からインゴットを製造した。各インゴットに対して、熱間加工及び冷間加工を実施して、厚さ5又は10mm、幅60mm、長さ300mmの鋼板を製造した。各鋼板に対して、固溶化熱処理を実施した。熱処理温度は1050℃として、熱処理後の鋼板を急冷(水冷)した。
【0073】
[高温強度評価試験]
JIS Z2271(2010)に準拠したクリープ破断試験を実施して、高温強度を評価した。具体的には、各試験番号の鋼板から、JIS Z2271(2010)に準拠したクリープ破断試験片を採取した。クリープ破断試験片は円形断面試験片であり、平行部の直径は6mmであり、平行部長さは60mmであった。
【0074】
試験片を650℃に加熱して、クリープ破断試験を実施し、各試験番号の鋼の破断時間(h)を得た。試験応力は200MPaとした。本実施例では、破断時間が0.8×10
3h以上である場合、優れた高温強度が得られたと判断した。
【0075】
[耐孔食性評価試験]
JIS G0577(2005)に準拠した孔食電位測定試験を実施して、耐孔食性を評価した。具体的には、各試験番号の厚さ5mmの鋼板から、直径15mmの分極試験片を採取した。分極試験片をすきま腐食防止電極に装着した。すきま腐食防止電極を用いて、アノード分極曲線を測定し、電流密度が100μA/cm
2を超えた最も高い電位を孔食電位Vとして求めた。なお、照合電極には、飽和甘こう電極を用いた。
【0076】
孔食電位Vが1.0×10
−1V以上である場合、優れた耐孔食性が得られたと判断した。
【0077】
[耐凝固割れ性評価試験]
トランスバレストレイン試験を実施して、耐凝固割れ性を評価した。具体的には、各試験番号の厚さ5mmの鋼板から、厚さ4mm、幅100mm、長さ60mmの試験片を採取した。トランスバレストレイン試験では、TIG溶接トーチによりビードオンプレート溶接(溶加材なし)を実施し、試験片表面の一部を溶融した。TIG溶接の条件は、溶接電流を100A、溶接電圧を15V、溶接速度を15cm/minとした。溶接中に、試験片に対して、溶接進行方向と垂直方向に強制的に曲げ変形(付加歪み2%)を加え、発生した割れのうち、最大割れ長さを求めた。
【0078】
凝固時に組織が100%オーステナイトになるAlloy800H溶接金属は優れた耐凝固割れ性を示す。上記トランスバレストレイン試験によるAlloy800Hの最大割れ長さは1.3mmである。したがって、本実施例においては、最大割れ長さが1.3mm以下であれば、優れた耐凝固割れ性が得られたと判断した。
【0079】
[試験結果]
表2に試験結果を示す。
【0080】
【表2】
【0081】
表1及び表2を参照して、試験番号A1〜A7の鋼板の各元素の含有量は適切であり、かつ、化学組成は式(1)〜式(3)を満たした。そのため、破断時間が0.8×10
3h以上であり、優れた高温強度を示した。さらに、これらの試験番号の孔食電位Vは1.0×10
−1V以上であり、優れた耐孔食性を示した。さらに、これらの試験番号の最大割れ長さは1.3mm以下であり、優れた耐凝固割れ性を示した。
【0082】
一方、試験番号B1のCu含有量は低く、F2が式(2)を満たさなかった。そのため、破断時間が0.8×10
3h未満であり、高温強度が低かった。
【0083】
試験番号B2のCu含有量は低く、F2が式(2)を満たさなかった。そのため、破断時間が0.8×10
3h未満であり、高温強度が低かった。さらに、試験番号B2のSn含有量は高く、F3が式(3)を満たさなかった。そのため、最大割れ長さが1.3mmを超え、耐凝固割れ性が低かった。
【0084】
試験番号B3のSn含有量は低く、F1が式(1)を満たさなかった。そのため、孔食電位Vが1.0×10
−1V未満であり、耐孔食性が低かった。
【0085】
試験番号B4のSn含有量は高く、F2が式(2)を満たさず、F3が式(3)を満たさなかった。そのため、破断時間が0.8×10
3h未満であり、高温強度が低かった。さらに、最大割れ長さが1.3mmを超え、耐凝固割れ性が低かった。
【0086】
試験番号B5の各元素の含有量は適切であった。しかしながら、F2が式(2)を満たさなかった。そのため、破断時間が0.8×10
3h未満であり、高温強度が低かった。
【0087】
試験番号B6の各元素の含有量は適切であった。しかしながら、F3が式(3)を満たさなかった。そのため、そのため、最大割れ長さが1.3mmを超え、耐凝固割れ性が低かった。
【0088】
試験番号B7の各元素の含有量は適切であった。しかしながら、F1が式(1)を満たさなかった。そのため、孔食電位Vが1.0×10
−1V未満であり、耐孔食性が低かった。
【0089】
以上、本発明の実施の形態を説明したが、上述した実施の形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。よって、本発明は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変形して実施することが可能である。