【実施例】
【0031】
以下、実施例等を示して本発明を詳細に説明する。ただし、本発明は以下の記載によっては限定されない。
なお、以下の実施例等において、酵母の培養液および該希釈液のOD値は、分光光度計UV1600(島津製作所製)を用いて測定した。
【0032】
[酵母]
以下の実施例等において、S.ポンベは、ロイシンおよびウラシル要求株ARC010(遺伝子型:h
− 、leu1−32、ura4−D18)(国際公開第2007/015470号パンフレット参照。)を用いた。また、S.セレビシエは、BY4741(遺伝子型:MATa his3Δ1 leu2Δ0 met15Δ0 ura3Δ0)を用いた。
S.ポンベは、プラスミドを維持するために必要な選択圧に依存して、EMMSまたはEMMSドロップアウト培地中で培養した(Alfa et al., 1993 ,“A laboratory course manual.”, Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, N.Y.)。EMMSは通常の培養時に使用され、窒素が制限された最小培地(EMM−C/N3)がリシノール酸産生には使用された。発明者らによる従前の実験結果から、EMM−C/N3中で培養したほうが脂肪酸含有量が高くなることが示唆されていたためである。EMM培地は、0.5%(w/v)の塩化アンモニウム、2%(w/v)のグルコースを含有していた。一方、EMM−C/N3は、塩化アンモニウムの濃度は0.1%にまで低減されており、グルコース濃度が10%にまで増大していた。nmt1プロモーターの下、遺伝子発現を抑制するために、15μM(5μg/mL)のチアミンを使用した。
S.セレビシエは、プラスミドを維持するために必要な選択圧に依存して、最小合成培地(SD)、合成完全培地(SC)または合成完全ドロップアウト培地中で培養した(Sherman, et.al., 1986, “Methods in yeast genetics. ”, Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, NY.)。最小合成培地またはSCは、0.17%(w/v)のアミノ酸およびアンモニウム塩不含有イーストニトロジェンベース(Bactoyeast nitrogen base、Difco社製)、2%(w/v)のグルコース、および0.5%(w/v)の硫酸アンモニウムを含有していた。窒素が制限された最小培地(NSD)では、硫酸アンモニウム含有量が0.1%にまで低減されており、グルコース濃度が10%にまで増大していた(Yazawa, et.al., 2007,“Heterologous production of dihomo-gamma-linolenic acid in yeast Saccharomyces cerevisiae.”, Appl Env Microbiol, vol.73, pp.6965-6971)。
【0033】
[プラスミド構築]
RcFAH12遺伝子、LfFAH12遺伝子、およびCpFAH12遺伝子のコード領域を含む酵母の形質転換用プラスミドを構築した。DNA操作の標準的な技術は、SambrookおよびRussellの方法(“Molecular cloning: A laboratory manual. 3rd ed.”, 2001, Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, N.Y.)に準じて行った。また、プラスミド構築は、大腸菌DH5α(F−endA1、hsdR17、supE44、thi−1、recA1、gyrA96、relA1、Δ(argF−lacZ)U169、Φ80、Δ(lacZ)M15)株を用いて行った。当該DH5α株は、アンピシリンまたはカナマイシンを添加したLB培地(Luria-Bertani broth)中で培養した。
【0034】
CpFAH12遺伝子のDNA配列(Meesapyodsuk and Qiu, 2008, Plant Physiology, vol.147, pp.1325−1333)は、S.ポンベにおいて好ましい使用頻度のコドンに改変した後、GENEART社(Regensburg, Germany)に依頼して化学合成した。合成されたCpFAH12のORFは、5’末端と3’末端にそれぞれ人工的に付加されていた制限酵素部位を使用して、大腸菌のプラスミドpMK−CpFAH12から、制限酵素NcoIおよびSalIで二重消化したフラグメントとして切り出し、pL2428−9(略してpSL10−CpFAH12)を構築するために、マルチクローニングサイトの制限酵素AarIおよびSalIで二重消化したプラスミドpSL10に組み込んだ。合成されたプラスミドをpSL10−CpFAH12とした。pSL10は、leu1マーカーを有する、染色体へ組み込まれるタイプのプラスミドであり、pSL6プラスミド(Alimjan et al., Appl Microbiol Biotechnol, 2010, vol.85, pp.667−677)のhCMVプロモーター(hCMV−p)をnmt1プロモーターに置換し、LPIターミネーター(LPI−ter.)をinv1ターミネーターに置換したプラスミドである。pSL10の塩基配列を配列番号1に示す。S.ポンベにpSL10−CpFAH12を導入した形質転換体中では、チアミン非存在時には、nmt1プロモーターの制御下でCpFAH12が発現したが、チアミン存在時には発現は抑制された。
pSL10−CpFAH12(pL2428−9)と同様にして、LfFAH12遺伝子のORFを組み込んだpL2427−8 (略してpSL10−LfFAH12)を構築した。
図1に、pSL10−CpFAH12およびpSL10−LfFAH12のベクターの構築手順を模式的に示した。なお、同様な手法によりpSL10−RcFAH12も作製できる。
【0035】
また、pMK−CpFAH12から、制限酵素HindIIIおよびPvuIIで二重消化したフラグメントとしてCpFAH12を切り出し、マルチクローニングサイトの制限酵素NdeIで消化したプラスミドpREP1に組み込んだ。合成されたプラスミドをpL2414−1(略してpREP1−CpFAH12)とした。pREP1は、S.セレビシエのLEU2マーカーを有する染色体外に存在するタイプのプラスミドである。S.ポンベにpREP1−CpFAH12を導入した形質転換体中では、チアミン非存在時には、nmt1プロモーターの制御下でCpFAH12が発現したが、チアミン存在時には発現は抑制された。
pL2390−1(略してpREP1−RcFAH12)は、pGA4−RcFAH12H6を制限酵素NcoIおよびEcl136IIで二重消化したフラグメントとしてRcFAH12を切り出し、マルチクローニングサイトの制限酵素NdeIで消化したプラスミドpREP1に組み込んだ。pL2391−63(略してpREP1−LfFAH12)は、pMA−LfFAH12を制限酵素SmaIおよびPvuIIで二重消化したフラグメントとしてLfFAH12を切り出し、マルチクローニングサイトの制限酵素NdeIで消化したプラスミドpREP1に組み込んだ。
図2に、pREP1−RcFAH12、pREP1−LfFAH12、およびpREP1−CpFAH12のベクターの構築手順を模式的に示した。
【0036】
また、pMK−CpFAH12から、制限酵素EcoRIおよびXhoIで二重消化したフラグメントとしてCpFAH12を切り出し、pL2379−2を構築するために、マルチクローニングサイトの制限酵素EcoRIおよびXhoIで二重消化したプラスミドYEp352GAPに組み込んだ。S.セレビシエにpL2379−2(略してYEp352−CpFAH12)を導入した形質転換体中では、解糖系のGAPDHプロモーターの制御下でCpFAH12が発現した。
図3に、YEp352−CpFAH12のベクターの構築手順を模式的に示した。なお、同様な手法によりYEp352−RcFAH12も作製できる。
【0037】
[形質転換体の作製]
酵母細胞は、Frozen−EZ Yeast Transformation II kit (Zymo Research, CA, USA)を用いて、製造者により推奨されるプロトコールに従って形質転換した。
たとえば、CpFAH12遺伝子を染色体中に組み込む形で導入したS.ポンベの形質転換体の作製は、以下のようにして行った。すなわち、酵母の第2染色体のleu1座にpSL10−CpFAH12を組み込むため、pSL10−CpFAH12は制限酵素BsiWIによって消化し、得られた線状プラスミドをS.ポンベARC010−1株に導入し、leu1+の形質転換体を選抜した。
一方で、CpFAH12遺伝子を染色体外遺伝子として導入したS.ポンベの形質転換体は、pREP1−CpFAH12をそのままS.ポンベARC010−1株に導入し、LEU2+の形質転換体(すなわち、ロイシン要求性のない形質転換体)を選抜することによって作製した。
RcFAH12遺伝子またはLfFAH12遺伝子を染色体中または染色体外に導入したS.ポンベの形質転換体は、CpFAH12遺伝子を染色体中または染色体外に導入したS.ポンベの形質転換体と同様にして作製した。
【0038】
[参考例1]
S.ポンベおよびS.セレビシエの脂肪酸含有量を測定した。
具体的には、S.ポンベの場合は、EMM−C/N3(ロイシンおよび/またはウラシル無含有培地)中で、30℃で一晩前培養し、該前培養物を新しいEMM−C/N3に接種し、40rpmで振とう培養した。S.セレビシエの場合は、NSD培地を用いた。
得られた培養物の総脂肪酸含有量は、ガスクロマトグラフ分析によるKainouらの方法(2006, Yeast, vol.23, pp.605-612)に準じて行った。具体的には、以下に示す通りである。まず、脂肪酸分析は、温度制御環境下(160〜234℃、昇温速度:4.5℃/min)で、TC−70キャピラリーカラム(30m×0.25mm(内径)、GL Sciences製)を備えたガスクロマトグラフ(GC2010、島津製作所製)に0.2μLの培養液を投与して実施した。脂肪酸組成は、各ピークの面積に基づいて算出され、含有量は、標準としたヘプタデカン酸メチル(C17:0)と比較することによって決定した。
【0039】
測定結果を
図4に示す。縦軸は全脂肪酸に対する各脂肪酸の含有量割合(%)である。S.セレビシエでは、オレイン酸(C18:1)は30%強含まれていたが、パルミトレイン酸(C16:1)が約45%と最も多かった。一方、S.ポンベでは、80%強がオレイン酸(C18:1)であり、その他の脂肪酸含有量はいずれも非常に少なかった。
【0040】
[参考例2]
pREP1、pREP1−CpFAH12、pREP1−RcFAH12、またはpREP1−LfFAH12を導入したS.ポンベの形質転換体を、それぞれチアミン存在下および非存在下で培養し、増殖能を調べた。
具体的には、まず、チアミン含有EMM−C/N3−LEU(EMM−C/N3からロイシンが除去された培地)中、30℃で一晩前培養した前培養液を、チアミン不添加のEMM−C/N3−LEUのプレート(アガー平板培地)またはチアミン含有EMM−C/N3−LEUのプレートに塗布し、30℃で4日間培養し、コロニーの形成の有無や、形成されたコロニーのサイズを調べた。
空ベクターであるpREP1を導入した形質転換体をチアミン含有プレートに塗布した場合に形成されたコロニーのサイズを基準として、その他の形質転換体の増殖能を評価した。評価結果を表1に示す。表1中、「+++」は生育が正常であり、「++」は生育が若干悪く、「+」は生育が悪く、「−」は増殖できなかったことを意味する。また、「遺伝子発現OFF(チアミン有り)」はチアミン含有EMM−C/N3−LEUプレートの結果を、「遺伝子発現ON(チアミン無し)」はチアミン不添加のEMM−C/N3−LEUプレートの結果を、それぞれ示す。
【0041】
【表1】
【0042】
RcFAH12を発現させた場合には、外来蛋白質を発現させていない場合と同程度の増殖能であったが、LfFAH12を発現させた形質転換体は、RcFAH12を発現させた形質転換体よりも増殖能が低下しており、CpFAH12を発現させた形質転換体は非常に増殖能が低下していることがわかった。つまり、LfFAH12やCpFAH12を発現させることによって、増殖能が低下した。
【0043】
[参考例3]
pREP1−LfFAH12を導入したS.ポンベの形質転換体を培養し、リシノール酸をはじめとする脂肪酸の含有量を調べた。
具体的には、まず、チアミン含有EMM−C/N3−LEU中、30℃で一晩前培養した前培養液を、EMM−C/N3−LEU中に接種し、30℃、40rpmで5日間振とう培養した。得られた培養物の各脂肪酸の含有量を、参考例1と同様にしてガスクロマトグラフ分析によって測定した。測定の結果得られたチャート図を
図5に示す。該形質転換体では、リシノール酸の標準サンプルと同じ位置にピークが検出された。すなわち、該形質転換体ではリシノール酸が生産されていることが確認できた。
【0044】
[実施例1]
CpFAH12遺伝子を染色体中に組み込んだS.ポンベの形質転換体(以下、CpFAH12インテグラント株)の各培養温度における増殖能を調べた。
具体的には、CpFAH12インテグラント株にura4マーカーを含む空ベクターpREP2を導入した形質転換体(CpFAH12株)と、S.ポンベにpSL10およびpREP2を導入した形質転換体(コントロール株)を、それぞれチアミンが添加されていないEMM−C/N3−URA,LEU中、37℃で一晩、培養液のOD
600が約4になるまで前培養した。該前培養液を同種の新しい培地で希釈し、さらに、10倍希釈系列を調整し、各10μLずつを、15μMのチアミン含有EMM−C/N3−URA,LEUプレート(発現抑制条件)またはチアミン不添加のEMM−C/N3−URA,LEUプレート(発現誘導条件)上にスポットした。該プレートを37℃、35℃、30℃、25℃、または20℃で4〜9日間インキュベートした。
インキュベート後の各プレート表面の写真図を
図6に示す。図中、「Control」はコントロール株の結果であり、「CpFAH12」はCpFAH12株の結果を示す。また、図中、白い部分がコロニーである。チアミン含有プレート(図中、「+Thiamine」)では、20℃、9日間培養した場合のみ、CpFAH12株がコントロール株よりもやや増殖能が低かったものの、その他の培養条件では両形質転換体の増殖能に特段の差はなかった。一方、参考例2ではCpFAH12を発現させた株ではほとんど増殖が観察されなかったにも関わらず、チアミン不含有プレート(図中、「No Thiamine」)では、濃い濃度でスポットとした場合に、全ての培養条件でCpFAH12株の増殖が確認できた。但し、37℃、4日間培養した場合を除き、CpFAH12株のほうがコントロール株よりも明らかに増殖能が低かった。すなわち、CpFAH12の発現誘導条件下のCpFAH12インテグラントの増殖能は培養温度に影響され、37℃で前培養した後に培養温度を低下させた場合には、増殖能は低下するものの、増殖自体は可能であること、および37℃ではほとんど低下しないことがわかった。
【0045】
[実施例2]
実施例1で用いたCpFAH12株およびコントロール株の、30℃または37℃の液体培地中の増殖能を調べた。
具体的には、CpFAH12株およびコントロール株を、チアミン不添加のEMM−C/N3−URA,LEU中、37℃で一晩前培養した。該前培養物を、前培養と同種の新しい培地で、OD
600が0.05になるように希釈した後、30℃または37℃で36時間、攪拌培養した。630nmの濁度を自動検出器(Bio−Plotter、東洋測器製)でモニターすることにより、液体培地中の増殖曲線を描いた。
図7に増殖曲線を示す。
図7(A)は30℃で培養した結果であり、
図7(B)は37℃で培養した結果である。図中、三角がCpFAH12株の増殖曲線を、円がコントロール株の増殖曲線を、それぞれ示す。37℃で培養した場合よりも、30℃で培養した場合には、CpFAH12株はコントロール株よりも明らかに増殖が抑制されていた。
【0046】
[実施例3]
37℃から20℃または15℃に培養温度をシフトさせるタイミングの、CpFAH12インテグラント株のリシノール酸産生に対する影響を評価した。
図8は、評価方法のスキーム図である。まず、CpFAH12インテグラント株を、チアミンが添加されていないEMM−C/N3−URA,LEU中、37℃で一日間前培養した。次いで、培養した細胞を、前培養と同種の新しい培地で、OD
600が0.05になるように希釈した後、最初に37℃で1日間(OD
600が5、対数増殖期後期)または2日間(OD
600が6、定常増殖期初期)培養し、その後20℃または15℃に培養温度をシフトさせて5日間培養した。対照として、前培養と同種の新しい培地で、OD
600が0.05になるように希釈した後、温度シフトせずに37℃で7日間培養した(
図8の下段)。液体培養は全て、40rpmで振とう培養した。
【0047】
本培養開始後1日経過ごとに、培養液の一部をサンプリングし、培養液のOD
600、培養液1mL当たりの乾燥菌体重量(DCW)、および培養液1mL当たりの各種脂肪酸の含有量を測定した。培養液のOD
600は実施例2と同様にして、各種脂肪酸の含有量は参考例1と同様にして、それぞれ測定した。培養液のOD
600および培養液1mL当たりの乾燥菌体重量の測定結果を
図9(A)に、各種脂肪酸の含有量の測定結果を
図9(B)に、それぞれ示す。
図9(B)中、「C18:1−OH」はリシノール酸を、「C18:2」はリノレン酸を、「Others」はその他の脂肪酸の総和を、それぞれ示す。培養液のOD
600および培養液1mL当たりの乾燥菌体重量は、培養温度の温度シフトによってはあまり差がなかった。しかし、各種脂肪酸の含有量は、温度シフトせずに37℃で培養し続けた場合、37℃で2日間培養した後に20℃または15℃にシフトした場合には、リシノール酸の含有量は非常に低かった。これに対して、37℃で1日間培養した後に20℃または15℃にシフトした場合には、培養時間の経過とともにリシノール酸の含有量が顕著に増大していた。該結果から、培養温度が37℃の場合、および増殖が定常状態になった後に低温へ温度シフトした場合には、リシノール酸が産生されないことが分かった。培養温度が37℃の場合等でリシノール酸産生が行われないのは、CpFAH12が発現しないため、またはCpFAH12の活性が非常に低下するためと推察される。
【0048】
さらに、
図10に、脂肪酸組成の経時的変化を示す。
図10(A)は37℃で1日間培養した後に20℃にシフトして5日間培養した場合、
図10(B)は37℃で2日間培養した後に20℃にシフトして5日間培養した場合、
図10(C)は37℃で7日間培養した場合の結果である。37℃で2日間培養した後に20℃にシフトした場合には、37℃で7日間培養した場合と同様、脂肪酸組成はほとんど経時的変化がなかった。これに対して37℃で1日間培養した後に20℃にシフトした場合には、培養時間の経過と共にオレイン酸含有割合が低下し、逆にリシノール酸含有割合が増大した。その他の脂肪酸の含有割合は、ほとんど経時的変化がなかった。
【0049】
[実施例4]
37℃から20℃、25℃または30℃への培養温度シフトの、CpFAH12インテグラント株のリシノール酸産生に対する影響を評価した。
具体的には、
図11に示すように、まず、CpFAH12インテグラント株を、チアミンが添加されていないEMM−C/N3−URA,LEU中、37℃で一日間前培養した。次いで、培養した細胞を、前培養と同種の新しい培地で、OD
600が0.5になるように希釈した後、20℃、25℃または30℃で10日間、40rpmで振とう培養した(
図11の上段)。対照として、前培養と同種の新しい培地で、OD
600が0.5になるように希釈した後、温度シフトせずに37℃で10日間、40rpmで振とう培養した(
図11の下段)。
実施例3と同様に、本培養開始後1日経過ごとに、培養液の一部をサンプリングし、培養液のOD
600、培養液1mL当たりの乾燥菌体重量(DCW)、および培養液1mL当たりの各種脂肪酸の含有量を測定した。培養液のOD
600および培養液1mL当たりの乾燥菌体重量の測定結果を
図12(A)に、各種脂肪酸の含有量の測定結果を
図12(B)に、それぞれ示す。
図12(B)中、「C18:1−OH」、「C18:2」および「Others」は
図9(B)と同様である。
【0050】
最終的なリシノール酸産生量は、本培養を20℃で実施した場合が、25℃または30℃で実施した場合よりも多くなることが確認された。しかし、本培養を25℃で行うほうが、利点があると考えられる。細胞増殖は25℃のほうが良好であるため、本培養開始4日目では、25℃の培養条件のほうが20℃よりもリシノール酸の産生量が高かったためである。具体的には、培養液当たりのリシノール酸産生量は、20℃で10日間培養後には163.2μg/mLであったが、20℃で4日間培養後には48.2μg/mLでしかなかった。これに対して25℃で4日間培養後には108.8μg/mLであり、該生産量は、20℃で10日間培養した場合の66%であった。さらにコストの点から、冷却コストを低減でき、かつ培養日数を10日間から4日間に短縮することで培養コストを低減できるため、細胞増殖は20℃よりも25℃で行うほうが好ましい。このように、冷却コストを低減し、培養時間を短縮することで製造コストを低減できるため、工業上の観点からは、25℃培養のほうが20℃培養よりも好ましい。
【0051】
[実施例5]
37℃から20℃に培養温度をシフトさせる時点の酵母の増殖状態の、CpFAH12インテグラント株のリシノール酸産生に対する影響を評価した。
具体的には、
図13に示すように、まず、CpFAH12インテグラント株を、チアミンが添加されていないEMM−C/N3−URA,LEU中、37℃で一日間前培養した。次いで、培養した細胞を、前培養と同種の新しい培地で、OD
600が0.01〜0.16の間様々な値になるように希釈した5つの本培養液を調製後、37℃で1日間、40rpmで振とう培養した後、培養液の温度を20℃にシフトし、シフト後さらに5日間、40rpmで振とう培養した(
図13の上段)。5つの培養液の温度シフト時のOD
600は、それぞれ、0.55(培養液A)、1.4(培養液B)、2.5(培養液C)、4.4(培養液D)および5.5(培養液E)であった。対照として、前培養と同種の新しい培地で、OD
600が0.05になるように希釈した後、温度シフトせずに37℃で6日間、40rpmで振とう培養した(
図13の下段)。
実施例3と同様にして、本培養終了時点の培養液のOD
600、培養液1mL当たりの乾燥菌体重量(DCW)、および培養液1mL当たりの各種脂肪酸の含有量を測定した。温度シフト開始時点および培養終了時点の培養液のOD
600、並びに培養終了時点の培養液1mL当たりの乾燥菌体重量の測定結果を
図14(A)に、培養終了時点の培養液1mL当たりの各種脂肪酸の含有量の測定結果を
図14(B)に、それぞれ示す。
図14(B)中、「C18:1−OH」、「C18:2」および「Others」は
図9(B)と同様である。さらに、総脂肪酸含有量に対する各脂肪酸の含有量比(質量%)を表2に示す。
図14および表2の各測定値は、独立した2回の試行を行い、その平均値である。
【0052】
【表2】
【0053】
図14(B)および表2に示す通り、培養液A〜Eの全てでリシノール酸の産生が確認されたが、温度シフト時点の培養液のOD
600が1.4〜4.4である培養液B〜Dが、培養液AおよびEよりもリシノール酸産生量が多かった。該結果から、酵母が対数増殖期にある時点で温度シフトを行うことにより、より大量のリシノール酸を産生させ得ることが示唆された。
【0054】
[実施例6]
37℃から20℃に培養温度をシフトさせる時点の培養液の濃度の、CpFAH12インテグラント株のリシノール酸産生に対する影響を評価した。
具体的には、
図15に示すように、まず、CpFAH12インテグラント株を、チアミンが添加されていないEMM−C/N3−URA,LEU中、37℃で一日間前培養した。次いで、培養した細胞を、前培養と同種の新しい培地で、OD
600が0.07になるように希釈した後、37℃で培養液のOD
600が2.5になるまで40rpmで振とう培養した後、培養液を遠心分離処理して菌体を回収した後、遠心分離処理前の菌体濃度の1倍、2倍、または4倍となるように、元々の培地または新しい同種の培地に懸濁して培養液を調製した。該培養液の温度を20℃にシフトし、シフト後さらに5日間、40rpmで振とう培養した。
実施例3と同様にして、本培養終了時点の培養液のOD
600、および培養液1mL当たりの各種脂肪酸の含有量を測定した。測定結果を
図16に示す。
図16中、「C18:1−OH」、「C18:2」および「Others」は
図9(B)と同様である。また、「1×Used」、「2×Used」および「4×Used」は、元々の培地で菌体濃度が遠心分離処理前の菌体濃度の1倍、2倍、または4倍になるように調製した培養液の結果であり、「1×Fresh」、「2×Fresh」および「4×Fresh」は、新しい培地で菌体濃度が遠心分離処理前の菌体濃度の1倍、2倍、または4倍になるように調製した培養液の結果である。
【0055】
遠心分離処理後の培養液の調製に新しい培地を用いたほうが、元々の培地を用いるよりも細胞増殖速度が速く、よって培養液1mL当たりのリシノール酸産生量も多くなった。また、遠心分離処理後の菌体の濃縮倍率が大きいほど、培養液1mL当たりのリシノール酸産生量も多くなった。しかし、総脂肪酸全体に占めるリシノール酸の含有割合は、各培養液において特に大きな差はなかった。
【0056】
[実施例7]
37℃から20℃または30℃への培養温度シフトの、実施例1で用いたCpFAH12株およびコントロール株のリシノール酸産生に対する影響を評価した。
まず、CpFAH12株およびコントロール株をそれぞれ、チアミンが添加されていないEMM−C/N3−URA,LEU中、37℃で一日間前培養した。次いで、培養した細胞を、前培養と同種の新しい培地で、OD
600が0.5になるように希釈した後、20℃、30℃または37℃に培養温度をシフトさせて4日間培養した。本培養開始後1日経過ごとに、培養液の一部をサンプリングし、参考例1と同様にして、培養液1mL当たりの各種脂肪酸の含有量を測定した。
本培養を20℃で行った場合の各株のガスクロマトグラフ分析の結果のチャート図を
図17に示す。CpFAH12株では、リシノール酸の標準サンプルと同じ位置にピークが検出された。該ピークは、CpFAH12を発現していないコントロール株では観察されなかった。
培養液1mL当たりの各種脂肪酸の、総脂肪酸含有量に対する含有割合(%)の結果を
図18に示す。
図18(A)はコントロール株の結果であり、
図18(B)はCpFAH12株の結果である。CpFAH12を発現していないコントロール株では、本培養の温度に関わらず、脂肪酸組成は全てほぼ同様であった。これに対してCpFAH12株では、37℃で培養した場合にはコントロール株の結果とほぼ変わらなかったのに対して、20℃および30℃で培養した場合には、オレイン酸の含有割合の低下に伴い、リシノール酸の含有割合が増大していた。20℃の場合には、培養日数が長くなるにつれてリシノール酸含有割合が増大していた。30℃の場合には、培養日数が2日目でリシノール酸の含有割合はピークを迎えていた。
【0057】
[実施例8]
pREP1、pREP1−CpFAH12、pREP1−RcFAH12、またはpREP1−LfFAH12を導入したS.ポンベの形質転換体を、それぞれチアミン存在下および非存在下で培養し、各培養温度における増殖能を調べた。
まず、各形質転換体をそれぞれ、チアミンが添加されていないEMM−C/N3−LEU中、37℃で一日間前培養した。次いで、該前培養液を同種の新しい培地で希釈し、さらに、10倍希釈系列を調整し、各10μLずつを、15μMのチアミン含有EMM−C/N3−LEUプレート(発現抑制条件)またはチアミン不添加のEMM−C/N3−LEUプレート(発現誘導条件)上にスポットした。該プレートを20℃で10日間、30℃で5日間、または37℃で5日間インキュベートした。インキュベート後の各プレート表面の写真図を
図19に示す。図中、白い部分がコロニーである。図中、「+Thiamine」がチアミン含有プレートであり、「No Thiamine」がチアミン不含有プレートである。
チアミン不含有プレートでは、培養温度にかかわらず、pREP1−CpFAH12を導入した形質転換体およびpREP1−LfFAH12を導入した形質転換体では、pREP1を導入した形質転換体よりも増殖能が低い傾向が観察された。
【0058】
[実施例9]
RcFAH12遺伝子を染色体外遺伝子として導入したS.ポンベの形質転換体(以下、pREP1−RcFAH12導入株)およびLfFAH12遺伝子を染色体外遺伝子として導入したS.ポンベの形質転換体(以下、pREP1−LfFAH12導入株)の30℃で培養した場合の脂肪酸組成を調べた。対照として、pREP1を導入したS.ポンベの形質転換体(以下、pREP1導入株)を30℃で培養した場合の脂肪酸組成を調べた。
まず、各株をチアミンが添加されていないEMM−C/N3−LEU中、30℃で一日間前培養した。次いで、培養した細胞を、前培養と同種の新しい培地またはチアミン含有EMM−C/N3−LEUで、OD
600が0.05になるように希釈した後、30℃で7日間、40rpmで振とう培養した。参考例1と同様にして、培養終了後の培養液1mL当たりの各種脂肪酸の含有量を測定した。培養液1mL当たりの各種脂肪酸の総脂肪酸含有量に対する含有比率の結果を
図20に示す。
図20中、「pREP1」、「RcFAH12」、および「LfFAH12」はそれぞれ、pREP1導入株、pREP1−RcFAH12導入株、およびpREP1−LfFAH12導入株をチアミンが添加されていないEMM−C/N3−LEU中で本培養した結果を示し、「pREP1+Thi」、「RcFAH12+Thi」、および「LfFAH12+Thi」はそれぞれ、pREP1導入株、pREP1−RcFAH12導入株、およびpREP1−LfFAH12導入株をチアミン含有EMM−C/N3−LEU中で本培養した結果を示す。
【0059】
図20に示すように、pREP1−RcFAH12導入株およびpREP1−LfFAH12導入株では、チアミン含有培地ではpREP1導入株と同様、リシノール酸はほとんど含有されていなかったが、チアミンが添加されていない培地では、オレイン酸含有割合が低下し、リシノール酸の含有割合が上昇していた。すなわち、CpFAH12遺伝子を導入した形質転換体と同様、RcFAH12遺伝子またはLfFAH12遺伝子を導入した形質転換体では、30℃で培養した場合に、リシノール酸が産生されることがわかった。
【0060】
[参考例4]
CpFAH12遺伝子を染色体外遺伝子として導入したS.セレビシエの形質転換体の増殖能を調べた。
具体的には、該S.セレビシエにYEp352−CpFAH12を導入した形質転換体(CpFAH12株)と、S.セレビシエに空ベクターYEp352GAPを導入した形質転換体(コントロール株)を、それぞれSC−URA中、30℃で一晩前培養した。該前培養物を、前培養と同種の新しい培地で、OD
600が0.05になるように希釈した後、20℃または30℃で攪拌培養した。630nmの濁度を自動検出器(Bio−Plotter、東洋測器製)でモニターすることにより、液体培地中の増殖曲線を描いた。それぞれ独立した試行を3回行った。
図21に増殖曲線を示す。
図21(A)は30℃で培養した結果であり、
図21(B)は20℃で培養した結果である。図中、三角がCpFAH12株の増殖曲線[YEp352−CpFAH12−1、YEp352−CpFAH12−2、YEp352−CpFAH12−3]を、円がコントロール株の増殖曲線[YEp352GAP−1、YEp352GAP−2、YEp352GAP−3]を、それぞれ示す。いずれの培養温度においても、コントロール株よりもCpFAH12株のほうが、明らかに増殖が抑制されていた。すなわち、CpFAH12株の増殖のダブリングタイムは、コントロール株よりも1.4倍長くなっていた。
CpFAH12遺伝子を染色体中に組み込んだS.セレビシエの形質転換体は、CpFAH12遺伝子を染色体中に組み込んだS.ポンベの形質転換体と同様、CpFAH12を発現させることによって増殖が抑制されていた。つまり、CpFAH12遺伝子をS.セレビシエに導入することによって、S.ポンベに導入した場合と同様、リシノール酸を産生できることが示唆された。
【0061】
[実施例10]
CpFAH12遺伝子を染色体外遺伝子として導入したS.セレビシエの形質転換体を培養し、リシノール酸の産生能を調べた。対照として、S.セレビシエにYEp352GAPを導入した形質転換体を用いた。
まず、各株をNSD−URA中、20℃または30℃で一日間前培養した。次いで、培養した細胞を、前培養と同種の新しい培地で、OD
600が0.05になるように希釈した後、20℃または30℃で5日間、40rpmで振とう培養した。参考例1と同様にして、培養終了後の培養液1mL当たりの各種脂肪酸の含有量を測定した。脂肪酸組成(培養液1mL当たりの各種脂肪酸の総脂肪酸含有量に対する含有割合)の結果を
図22に示す。
図22中、「CpFAH12」および「empty」はそれぞれ、CpFAH12を染色体外遺伝子として導入した形質転換体、およびS.セレビシエにYEp352GAPを染色体外遺伝子として導入した形質転換体を本培養した結果を示す。
図22に示すように、CpFAH12遺伝子を導入したS.セレビシエを20℃または30℃で培養した場合に、リシノール酸が産生されることがわかった。