特許第5881065号(P5881065)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5881065新たに同定したインスリン分泌制御因子を用いた抗糖尿病薬剤のスクリーニング法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5881065
(24)【登録日】2016年2月12日
(45)【発行日】2016年3月9日
(54)【発明の名称】新たに同定したインスリン分泌制御因子を用いた抗糖尿病薬剤のスクリーニング法
(51)【国際特許分類】
   A61K 38/45 20060101AFI20160225BHJP
   A61K 31/7088 20060101ALI20160225BHJP
   A61P 3/08 20060101ALI20160225BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20160225BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20160225BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20160225BHJP
   C12N 5/16 20060101ALI20160225BHJP
   C12N 5/18 20060101ALI20160225BHJP
   A01K 67/027 20060101ALI20160225BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20160225BHJP
【FI】
   A61K37/52ZNA
   A61K31/7088
   A61P3/08
   G01N33/15 Z
   G01N33/50 Z
   C12Q1/02
   C12N5/16
   C12N5/18
   A01K67/027
   !C12N15/00 A
【請求項の数】13
【全頁数】35
(21)【出願番号】特願2012-531980(P2012-531980)
(86)(22)【出願日】2011年9月2日
(86)【国際出願番号】JP2011070067
(87)【国際公開番号】WO2012029958
(87)【国際公開日】20120308
【審査請求日】2014年6月25日
(31)【優先権主張番号】特願2010-196952(P2010-196952)
(32)【優先日】2010年9月2日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100077517
【弁理士】
【氏名又は名称】石田 敬
(74)【代理人】
【識別番号】100087871
【弁理士】
【氏名又は名称】福本 積
(74)【代理人】
【識別番号】100087413
【弁理士】
【氏名又は名称】古賀 哲次
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100150810
【弁理士】
【氏名又は名称】武居 良太郎
(72)【発明者】
【氏名】今井 剛
(72)【発明者】
【氏名】半田 宏
【審査官】 深草 亜子
(56)【参考文献】
【文献】 J.Biol.Chem.,2003年,Vol.278,p.43320-43328
【文献】 J.Cell.Biol.,2010年 5月,Vol.189,p.829-841
【文献】 Cell,2005年,Vol.123,p.1307-1321
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 38/45
JSTPlus/JMEDPlus(JDreamII)
CA/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
インスリン分泌制御因子を含むインスリン分泌制御用組成物であって、該インスリン分泌制御因子が、
(i)配列番号2若しくは配列番号4で表されるアミノ酸配列を含むタンパク質;又は
(ii)配列番号2若しくは配列番号4で表されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつインスリン分泌を負に制御するタンパク質である組成物。
【請求項2】
インスリン分泌制御因子を含むインスリン分泌制御用組成物であって、該インスリン分泌制御因子が、
(i)配列番号1若しくは配列番号3で表される塩基配列を含む核酸;又は
(ii)配列番号1若しくは配列番号3で表される塩基配列を含む核酸とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつインスリン分泌を負に制御するタンパク質をコードする核酸
である組成物。
【請求項3】
糖尿病を治療又は予防する薬剤をスクリーニングするための請求項1又は2に記載の組成物。
【請求項4】
被験物質のインスリン分泌制御因子への結合活性に基づき、該結合活性を有する被験物質を、糖尿病を治療又は予防するための薬剤に使用される候補物質として選択するスクリーニング法であって、
(a)インスリン分泌制御因子として、下記のタンパク質:
(i)配列番号2若しくは配列番号4で表されるアミノ酸配列を含むタンパク質;又は
(ii)配列番号2若しくは配列番号4で表されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつインスリン分泌を負に制御するタンパク質を用意し;
(b)被験物質と工程(a)で用意したタンパク質とを接触させ;
(c)該タンパク質に結合した被験物質を、糖尿病を治療又は予防するための薬剤に使用される候補物質として選択する
ことを含むスクリーニング法。
【請求項5】
前記工程(a)におけるタンパク質が、(i)配列番号2若しくは配列番号4で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質;又は(ii)配列番号2若しくは配列番号4で表されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつインスリン分泌を負に制御するタンパク質である、請求項4に記載のスクリーニング法。
【請求項6】
被験物質のインスリン分泌促進活性に基づき、インスリン分泌促進活性を有する被験物質を、糖尿病を治療又は予防するための薬剤に使用される候補物質として選択するスクリーニング法であって、
(a)下記の核酸:
(i)配列番号1若しくは配列番号3で表される塩基配列を含む核酸;又は
(ii)配列番号1若しくは配列番号3で表される塩基配列を含む核酸とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつインスリン分泌を負に制御するタンパク質をコードする核酸
を組み込んだ組換えベクターを用いて形質転換又は染色体相同組換えされた形質転換細胞を用意し;
(b)工程(a)で用意した形質転換細胞及び形質転換されていない対照細胞と被験物質とを接触させ;
(c)前記各細胞におけるインスリン分泌量を測定し;そして
(d)前記対照細胞に相対する前記形質転換細胞のインスリン分泌を回復させる被験物質を、糖尿病を治療又は予防するための薬剤に使用される候補物質として選択する
ことを含むスクリーニング法。
【請求項7】
前記工程(a)における核酸が、(i)配列番号1若しくは配列番号3で表される塩基配列からなる核酸;又は(ii)配列番号1若しくは配列番号3で表される塩基配列からなる核酸とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつインスリン分泌を負に制御するタンパク質をコードする核酸である、請求項6に記載のスクリーニング法。
【請求項8】
被験物質のインスリン分泌促進活性に基づき、インスリン分泌促進活性を有する被験物質を、糖尿病を治療又は予防するための薬剤に使用される候補物質として選択するスクリーニング法において使用するための形質転換細胞であって、該形質転換細胞は、下記の核酸:
(i)配列番号1若しくは配列番号3で表される塩基配列を含む核酸;
(ii)配列番号1若しくは配列番号3で表される塩基配列を含む核酸とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつインスリン分泌を負に制御するタンパク質をコードする核酸;
(iii)配列番号1若しくは配列番号3で表される塩基配列からなる核酸;又は
(iv)配列番号1若しくは配列番号3で表される塩基配列からなる核酸とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつインスリン分泌を負に制御するタンパク質をコードする核酸
を組み込んだ組換えベクターを用いて形質転換又は染色体相同組換えされた膵臓β細胞又は非肥満糖尿病マウス膵β細胞由来のNIT−1細胞
【請求項9】
被験物質のインスリン分泌促進活性に基づき、インスリン分泌促進活性を有する被験物質を、糖尿病を治療又は予防するための薬剤に使用される候補物質として選択するスクリーニング法であって、
(a)下記の核酸:
(i)配列番号1若しくは配列番号3で表される塩基配列を含む核酸;又は
(ii)配列番号1若しくは配列番号3で表される塩基配列を含む核酸とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつインスリン分泌を負に制御するタンパク質をコードする核酸
を組み込んだ組換えベクターを含むか、又は染色体相同組換えされたヒト以外のトランスジェニック動物を用意し;
(b)工程(a)で用意したトランスジェニック動物及び前記核酸を持たない対照動物に被験物質を投与し;
(c)前記各動物における血中インスリン濃度を測定し;そして
(d)前記対照動物に相対する前記トランスジェニック動物のインスリン分泌を回復させる被験物質を、糖尿病を治療又は予防するための薬剤に使用される候補物質として選択する
ことを含むスクリーニング法。
【請求項10】
前記工程(a)における核酸が、(i)配列番号1若しくは配列番号3で表される塩基配列からなる核酸;又は(ii)配列番号1若しくは配列番号3で表される塩基配列からなる核酸とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつインスリン分泌を負に制御するタンパク質をコードする核酸である、請求項9に記載のスクリーニング法。
【請求項11】
被験物質のインスリン分泌促進活性に基づき、インスリン分泌促進活性を有する被験物質を、糖尿病を治療又は予防するための薬剤に使用される候補物質として選択するスクリーニング法において使用するためのヒト以外のトランスジェニック動物であって、下記の核酸:
(i)配列番号1若しくは配列番号3で表される塩基配列を含む核酸;
(ii)配列番号1若しくは配列番号3で表される塩基配列を含む核酸とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつインスリン分泌を負に制御するタンパク質をコードする核酸;
(iii)配列番号1若しくは配列番号3で表される塩基配列からなる核酸;又は
(iv)配列番号1若しくは配列番号3で表される塩基配列からなる核酸とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつインスリン分泌を負に制御するタンパク質をコードする核酸
を組み込んだ組換えベクターを含むか、又は染色体相同組換えされ、前記核酸が膵臓β細胞において発現されたヒト以外のトランスジェニック動物。
【請求項12】
被験物質のインスリン分泌抑制活性に基づき、インスリン分泌抑制活性を有する被験物質を、糖尿病を治療又は予防するための薬剤に使用される候補物質として選択するスクリーニング法であって、
(a)下記のタンパク質:
(i)配列番号2若しくは配列番号4で表されるアミノ酸配列を含むタンパク質;又は
(ii)配列番号2若しくは配列番号4で表されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつインスリン分泌を負に制御するタンパク質の遺伝子発現が部分的又は完全に抑制されているヒト以外のノックアウト動物を用意し;
(b)工程(a)で用意したノックアウト動物及び前記遺伝子発現が抑制されていない対照動物に被験物質を投与し;
(c)前記各動物における血中インスリン濃度を測定し;そして
(d)前記対照動物に相対する前記ノックアウト動物のインスリン分泌を正常に戻す被験物質を、糖尿病を治療又は予防するための薬剤に使用される候補物質として選択する
ことを含むスクリーニング法。
【請求項13】
被験物質のインスリン分泌抑制活性に基づき、インスリン分泌抑制活性を有する被験物質を、糖尿病を治療又は予防するための薬剤に使用される候補物質として選択するスクリーニング法において使用するためのヒト以外のノックアウト動物であって、下記のタンパク質:
(i)配列番号2若しくは配列番号4で表されるアミノ酸配列を含むタンパク質;又は
(ii)配列番号2若しくは配列番号4で表されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつインスリン分泌を負に制御するタンパク質の遺伝子発現が、膵臓β細胞において部分的又は完全に抑制されているヒト以外のノックアウト動物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新たに同定したインスリン分泌制御因子、及び該因子を用いた抗糖尿病薬剤のスクリーニング法に関する。
【背景技術】
【0002】
糖尿病は、持続的な高血糖状態を伴う疾患であり、多種多様の環境因子と遺伝的因子とが作用した結果、生じると言われている。血糖の主要な調節因子はインスリンであり、高血糖は、インスリン欠乏、又はその作用を阻害する諸因子(例えば、遺伝的素因、運動不足、肥満、ストレス等)が過剰となって生じることが知られている。糖尿病は、主に、自己免疫疾患などによる膵インスリン分泌機能の低下によって生じる1型糖尿病、及び持続的な高インスリン分泌に伴う膵疲弊による膵インスリン分泌機能の低下やインスリン抵抗性が原因である2型糖尿病に分類される。我が国においては、糖尿病は現代の国民病であり、糖尿病患者の95%以上(予備軍を含めると2,000万人を超えると予測されている)は、インスリン非依存性糖尿病と言われており、生活様式の変化に伴い、患者数の増加が問題となっている。世界レベルでは、約2億人と推定され(非特許文献1)、世界の糖尿病治療薬の市場は、2006年では約1兆円の規模である。これは、市場及び人口ともにほぼ第1位である。
【0003】
糖尿病の治療は、軽症においては、食事療法、運動療法、及び肥満の改善等が主として行われ、さらに進行すると経口糖尿病薬(インスリン分泌促進剤)の投与、さらに重症の場合は、インスリン製剤の投与が行われている。インスリン分泌促進物質(又はインスリン分泌促進剤)としては、グルコースの他、アミノ酸(特にアルギニン)、βレセプター刺激剤、αレセプター遮断剤、スルホニルウレア剤などが知られている。このうち、スルホニルウレア剤は、膵β細胞を刺激し、内因性インスリン分泌を促進するが、インスリン分泌のタイミング及び分泌量は、血糖値とは関係なく、薬物の投与タイミング及び投与量によって決まる。このため、副作用として薬剤の作用持続に起因する低血糖を呈する場合がある(非特許文献2)。このように従来用いられているインスリン分泌促進剤及びインスリン製剤は、前記課題を有していた。そこで、より高度な血糖管理が可能な薬剤、すなわち、単に血糖を下げる薬剤ではなく、正常範囲内に血糖をコントロールすることのできる薬剤が切望されていた。そのため、インスリン分泌促進剤及びインスリン製剤として有用な物質を得るための簡便なスクリーニング法が必要とされている。
【0004】
また、アミノ酸の1つであるL−アルギニンは、生体内で多くの作用を示し、例えば、免疫機能の調節、創傷治癒、ホルモン分泌、血管緊張、内皮機能、インスリン分泌に関与している(非特許文献3)。L−アルギニンは、直接又は代謝産物を介して、多数の生理的活性を媒介する生物学的に活性な食品化合物である。これに関連して、基質としてL−アルギニンを用いる代謝酵素は周知のL−アルギニン標的因子(Arginine Interacting Factor:AIF)である。しかしながら、L−アルギニンの生理作用を直接媒介するAIFについてはほとんど知られていない。これまで、本発明者らは、自らが開発したL−アルギニンメチルエステル(AME)を固定化した磁気ナノビーズを使用して、AIFの精製及び同定に成功した(非特許文献4)。AMEは、アルギニンと同様に、アルギニンのアゴニストとしてインスリン分泌を促進するが、一方、AMEは、L−NAME(ニトロ−L−アルギニン−メチルエステル)と同様に、アルギニンのアンタゴニストとしてNOS(一酸化窒素合成酵素)を抑制する。このAME固定化磁気ナノビーズにより、AIFとしてPFK(ホスホフルクトキナーゼ)、RBL2(RuvB様2)、及びRBL1(RuvB様1)が同定された(非特許文献4)。
【0005】
なお、本発明のスクリーニング法に使用される「配列番号2で表されるアミノ酸配列を含むタンパク質」は、非特許文献4に記載された上記AME固定化磁気ナノビーズを用いて単離された、新たに同定されたインスリン分泌制御因子である。配列番号2で表されるアミノ酸配列自体は、GenBankにNM 198899として登録されている。しかしながら、これまで、本明細書に記載される配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質、及び該アミノ酸配列をコードする塩基配列からなる核酸が、インスリンの分泌促進に関与しているという報告はない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Stumvoll.M.ら,Lancet,365,1333−1346(2005)
【非特許文献2】McCrimmon,R.J.ら,Diabete.Metab.,20,503−512(1994)
【非特許文献3】Weinhaus,A.J.ら,Diabetologia,40,374−382(1997)
【非特許文献4】Hiramotoら,Biomed.Chromatogr.,24,606−612(2010)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、インスリン分泌を促進するタンパク質又はその断片、及びそれらをコードする核酸を提供し、該タンパク質又は核酸を利用することによって、正常範囲内に血糖をコントロール可能な抗糖尿病薬剤、特にインスリン分泌促進剤として有用な物質を得るための簡便なスクリーニング法を提供し、さらに該スクリーニング法によって得られる物質を含有する抗糖尿病薬剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上述した通り、インスリンの分泌を促進させる物質として複数知られているが、分子レベルでのインスリン分泌機構について十分には解析されていない。本発明者らは、最も強力なインスリン分泌促進物質であるアルギニンによるインスリン分泌機構を研究中に、インスリン分泌を制御する新たな因子を発見した。そこで、この因子を介したインスリン分泌機構を詳細に検討するとともに、さらにインスリン分泌促進物質を探査するための解析ツールとして、このインスリン分泌制御因子が非常に有用な物質であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は、
[1] インスリン分泌制御因子を含むインスリン分泌制御用組成物であって、該インスリン分泌制御因子が、
(i)配列番号2若しくは配列番号4で表されるアミノ酸配列を含むタンパク質;又は
(ii)配列番号2若しくは配列番号4で表されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつインスリン分泌を負に制御するタンパク質
である組成物。
【0010】
[2] インスリン分泌制御因子を含むインスリン分泌制御用組成物であって、該インスリン分泌制御因子が、
(i)配列番号1若しくは配列番号3で表される塩基配列を含む核酸;又は
(ii)配列番号1若しくは配列番号3で表される塩基配列を含む核酸とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつインスリン分泌を負に制御するタンパク質をコードする核酸
である組成物。
【0011】
[3] 糖尿病を治療又は予防する薬剤をスクリーニングするための上記[1]又は[2]に記載の組成物。
【0012】
[4] 被験物質のインスリン分泌制御因子への結合活性に基づき、該結合活性を有する被験物質を、糖尿病を治療又は予防するための薬剤に使用される候補物質として選択するスクリーニング法であって、
(a)インスリン分泌制御因子として、下記のタンパク質:
(i)配列番号2若しくは配列番号4で表されるアミノ酸配列を含むタンパク質;又は
(ii)配列番号2若しくは配列番号4で表されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつインスリン分泌を負に制御するタンパク質
を用意し;
(b)被験物質と工程(a)で用意したタンパク質とを接触させ;
(c)該タンパク質に結合した被験物質を、糖尿病を治療又は予防するための薬剤に使用される候補物質として選択する
ことを含むスクリーニング法。
【0013】
[5] 前記工程(a)におけるタンパク質が、(i)配列番号2若しくは配列番号4で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質;又は(ii)配列番号2若しくは配列番号4で表されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつインスリン分泌を負に制御するタンパク質である、上記[4]に記載のスクリーニング法。
【0014】
[6] 被験物質のインスリン分泌促進活性に基づき、インスリン分泌促進活性を有する被験物質を、糖尿病を治療又は予防するための薬剤に使用される候補物質として選択するスクリーニング法であって、
(a)下記の核酸:
(i)配列番号1若しくは配列番号3で表される塩基配列を含む核酸;又は
(ii)配列番号1若しくは配列番号3で表される塩基配列を含む核酸とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつインスリン分泌を負に制御するタンパク質をコードする核酸
を組み込んだ組換えベクターを用いて形質転換又は染色体に相同組換えされた形質転換細胞を用意し;
(b)工程(a)で用意した形質転換細胞及び形質転換されていない対照細胞と被験物質とを接触させ;
(c)前記各細胞におけるインスリン分泌量を測定し;そして
(d)前記対照細胞に相対する前記形質転換細胞のインスリン分泌を回復させる被験物質を、糖尿病を治療又は予防するための薬剤に使用される候補物質として選択する
ことを含むスクリーニング法
【0015】
[7]前記工程(a)における核酸が、(i)配列番号1若しくは配列番号3で表される塩基配列からなる核酸;又は(ii)配列番号1若しくは配列番号3で表される塩基配列からなる核酸とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつインスリン分泌を負に制御するタンパク質をコードする核酸である、上記[6]に記載のスクリーニング法。
【0016】
[8] 上記[6]又は[7]に記載のスクリーニング法において使用するための形質転換細胞。
【0017】
[9] 被験物質のインスリン分泌促進活性に基づき、インスリン分泌促進活性を有する被験物質を、糖尿病を治療又は予防するための薬剤に使用される候補物質として選択するスクリーニング法であって、
(a)下記の核酸:
(i)配列番号1若しくは配列番号3で表される塩基配列を含む核酸;又は
(ii)配列番号1若しくは配列番号3で表される塩基配列を含む核酸とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつインスリン分泌を負に制御するタンパク質をコードする核酸
を組み込んだ組換えベクターを含むか、又は染色体に相同組換えされたヒト以外のトランスジェニック動物を用意し;
(b)工程(a)で用意したトランスジェニック動物及び前記核酸を持たない対照動物に被験物質を投与し;
(c)前記各動物における血中インスリン濃度を測定し;そして
(d)前記対照動物に相対する前記トランスジェニック動物のインスリン分泌を回復させる被験物質を、糖尿病を治療又は予防するための薬剤に使用される候補物質として選択する
ことを含むスクリーニング法。
【0018】
[10] 前記工程(a)における核酸が、(i)配列番号1若しくは配列番号3で表される塩基配列からなる核酸;又は(ii)配列番号1若しくは配列番号3で表される塩基配列からなる核酸とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつインスリン分泌を負に制御するタンパク質をコードする核酸である、上記[9]に記載のスクリーニング法。
【0019】
[11] 上記[9]又は[10]に記載のスクリーニング法において使用するためのヒト以外のトランスジェニック動物。
【0020】
[12] 被験物質のインスリン分泌抑制活性に基づき、インスリン分泌抑制活性を有する被験物質を、糖尿病を治療又は予防するための薬剤に使用される候補物質として選択するスクリーニング法であって、
(a)下記のタンパク質:
(i)配列番号2若しくは配列番号4で表されるアミノ酸配列を含むタンパク質;又は
(ii)配列番号2若しくは配列番号4で表されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつインスリン分泌を負に制御するタンパク質
の遺伝子発現が部分的又は完全に抑制されているヒト以外のノックアウト動物を用意し;
(b)工程(a)で用意したノックアウト動物及び前記遺伝子発現が抑制されていない対照動物に被験物質を投与し;
(c)前記各動物における血中インスリン濃度を測定し;そして
(d)前記対照動物に相対する前記ノックアウト動物のインスリン分泌を正常に戻す被験物質を、糖尿病を治療又は予防するための薬剤に使用される候補物質として選択する
ことを含むスクリーニング法。
【0021】
[13] 上記[12]に記載のスクリーニング法において使用するためのヒト以外のノックアウト動物。
【0022】
なお、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質に関して、本出願前にNCBIにGenBankのNM 198899として公開されたアミノ酸配列及び核酸配列が、インスリン分泌制御因子であるという報告はなされていない。配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質がインスリン分泌制御因子であることを特定したのは、本発明者らが初めてである。驚くべきことに、本発明のインスリン分泌制御因子を培養細胞に強制発現させると、培養細胞のインスリン分泌能を負に制御できることが分かった。したがって、本発明は、このような細胞系や該インスリン制御因子を強制発現させたトランスジェニック動物の開発により、インスリン分泌を促進させる薬剤をスクリーニングするための非常に効果的なツールを提供するものである。
【発明の効果】
【0023】
配列番号2で表されるアミノ酸配列若しくは配列番号4で表されるアミノ酸配列を含むタンパク質(若しくはポリペプチド)、その機能的に等価な改変体、又は相同ポリペプチドは、インスリン分泌を制御する活性を有する。したがって、該タンパク質によれば、正常範囲内に血糖をコントロール可能な抗糖尿病薬剤(特にインスリン分泌促進剤)として有用な物質を得るための簡便なスクリーニング法を構築することができる。また、本発明のスクリーニングツールの1つであるスクリーニングツール用の該インスリン分泌制御因子を導入した細胞又は動物は、抗糖尿病薬剤として有用な物質をスクリーニングするためだけでなく、糖尿病治療用医薬組成物の品質規格の確認試験においても使用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】アルギニン誘導によるインスリン分泌機構の説明図である。
図2】インスリン分泌制御因子のアルギニン結合能の解析結果を示す。図2Aは、アルギニン固定化アガロース(シグマ社製)、アルギニン固定化ナノビーズに対する、放射線標識したインスリン分泌制御因子の結合活性を示す。図2Bは、遺伝子組換えを行った大腸菌から産生させたインスリン分泌制御因子と放射線標識したアルギニンを混合し、コールドアルギニンで濃度依存的競合阻害を行い、結合が外れた放射線標識アルギニンをカウントした。図2Cは、放射線標識したインスリン分泌制御因子にアルギニン等を混合後、種々の濃度のトリプシンを混ぜ、部分的にタンパク質を消化し、電気泳動後、オートラジオグラフした。図2Dは、上記Cについてトリプシンの代わりにキモトリプシンを用いて、同様の解析を行った。
図3】インスリン分泌制御因子−アルギニン結合性及び競合阻害を示す。
図4】インスリン分泌制御因子を強制発現させたNIT−1細胞におけるアルギニン誘導性インスリン分泌制御の結果を示す。
図5】インスリン分泌制御因子を強制発現させたマウス(208)におけるインスリン分泌を示す。
図6図6Aは、インスリン分泌促進因子を強制発現させたNIT−1細胞におけるアルギニン(Arg)、天然由来の精製したドルパニン(Dru)、天然由来の精製したバッカリン(Bac)、及び化学合成したバッカリン(sBac)の添加によって分泌されたインスリン量を測定した結果を示す。図6Bは、上記の各インスリン分泌促進因子とインスリン分泌制御因子(ATIS1)との相互作用を示す結果である。図6Cは、sBacによるインスリン分泌促進活性における培地中のグルコース濃度の変化による影響を調べた結果を示す。図6Dは、図6Bと同様に、sBacとインスリン分泌制御因子(ATIS1)との相互作用を示す結果である。
図7図7Aは、野生型B6マウスにおけるインスリン分泌に及ぼすsBacの効果を調べた結果を示す。黒丸と黒四角は、再摂食後のマウスに投与されたsBacの濃度変化による、それぞれ血中インスリン濃度及びグルコース濃度の変化を示す。白丸と白四角は、絶食12時間後のマウスに投与されたsBacの濃度変化による、それぞれ血中インスリン濃度及びグルコース濃度の変化を示す。図7Bは、4週間(28日間)にわたるsBac連続投与後のマウスの体重変化を経時的に計測した結果である。白丸はビヒクル単独で投与されたマウスであり、黒三角はsBacを85nmol/30g体重で投与されたマウスであり、黒四角はsBacを850nmol/30g体重で投与されたマウスである。図7Cは、異なる濃度でsBacを投与された第28日後のマウスから抽出したランゲルハンス細胞の大きさを示す。図7Dは、同マウスにおける膵臓に対するランゲルハンス細胞の割合を示す。
図8図8Aは、アルギニン固定化アガロースを用いた、インスリン分泌促進因子(ATIS1)とアミノ酸又は糖との相互作用を示す結果である。図8Bは、野生型B6マウスにおける、投与されたUDP−グルコースの濃度変化に対するインスリン分泌量を測定した結果である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明を詳細に説明する。
1.本発明のインスリン分泌制御因子
(1−1)本発明のインスリン分泌制御因子の特徴
本発明のインスリン分泌制御因子は、本発明者らによって、アルギニンによるインスリン分泌機構を探査中に見出されたタンパク質である。まず、本発明者らは、アルギニンがインスリン分泌の強力な因子であることを確認するための実験系を開発した。すなわち、蛍光標識インスリンを分泌するように形質転換された培養細胞を作製し、この細胞を用いることによって、アルギニン添加によるインスリンの分泌、及びインスリンの細胞内局在の経時的変化を蛍光顕微鏡により観察することができた。その結果、培養液中にアルギニンが存在しない場合には、インスリンは細胞核の周囲(小胞体の位置)に存在するが、この培養系にアルギニン(10mM)を添加すると、アルギニン投与後10秒ではインスリン同士が凝集し、アルギニン投与後の60秒ではゴルジ体に移動し、その後は細胞外に分泌されて蛍光が消失することが観察された(データ示さず)。以上の結果から、アルギニンによるインスリン分泌促進に関与するアルギニン標的因子が小胞体に存在することが示唆された。また、この実験系は、アルギニンに代えて、インスリン分泌を促進させる候補物質のスクリーニングに応用可能である。
【0026】
次に、このアルギニン標的因子を単離・精製する目的で、アルギニン標的因子精製ナノビーズ(非特許文献4)を用いて、培養インスリン分泌細胞から新たなアルギニン標的因子(タンパク質)を精製・同定することができた。このアルギニン標的因子のアミノ酸配列は、C末端側にLys−Asp−Glu−Leu(KDEL)様配列(小胞体局在配列)を有することが判明した。さらに、データベース検索から、このタンパク質は、公知の糖転移酵素(Pearseら,J.Cell Biol.,189,829−841(2010)参照)をコードしているアミノ酸配列と同一であった(実施例1参照)。アミノ酸配列はGenBankにNM 198899として登録されており、本明細書では、本発明のアルギニン標的因子のアミノ酸配列を配列番号2、及び該アミノ酸配列をコードする塩基配列を配列番号1として記載する。上記の塩基配列情報に基づいて、発現ベクターを構築し、非肥満糖尿病マウス膵β細胞由来のNIT−1細胞にトランスフェクトした結果、このタンパク質は小胞体に局在することが明らかとなった(データ示さず)。さらに、実施例2において後述するように、該タンパク質のNIT−1細胞におけるアルギニン誘導性のインスリン分泌制御について調べると、該タンパク質は、培養細胞においてインスリン分泌を負に制御する機能を有することが分かった。アミノ酸標的因子として上記のような機能を有するタンパク質はこれまで知られておらず、本発明者らによって最初に見出された知見である。以下、本明細書において、上記特徴を有するタンパク質を「インスリン分泌制御因子」(「ATIS1」(Arginine Target for Insulin Secretion 1)と記載する場合がある)と称する。
【0027】
本発明は、上記インスリン分泌制御因子を含むインスリン分泌制御用組成物に関する。本発明の組成物に使用されるインスリン分泌制御因子は、本明細書に記載した特徴を有する限り、その起源、製法などは限定されない。すなわち、本発明のインスリン分泌制御因子は、遺伝子工学的手法によりDNAから発現させた組換えタンパク質、又は化学合成タンパク質のいずれであってもよい。あるいは、本明細書に記載した特徴を有する限り、人為的に改変を施したものでなく、天然において得られるタンパク質であってもよい。あるいは、タンパク質レベルで天然由来のタンパク質に改変を施したものでもよい。
【0028】
本発明のインスリン分泌制御因子は、限定されないが、典型的には、配列表に記載の配列番号2のアミノ酸配列又は配列番号4のアミノ酸配列(配列番号2のアミノ酸1256−1551に相当)を含むタンパク質(又はポリペプチド)である。後述の実施例2では、本発明のインスリン分泌制御因子の特徴を詳細に調べるために、インスリン分泌制御因子を強制発現させた培養細胞と、強制発現していない野生型細胞とを用いて、アルギニン誘導によるインスリン分泌能を比較検討した。その結果、インスリン分泌制御因子は、強制発現細胞においてはインスリン分泌を負に制御するとともに、過剰量のアルギニンに対しては、野生型細胞と同様にインスリン分泌を促進した(図4参照)。また、配列番号2のアミノ酸配列又は配列番号4のアミノ酸配列からなるインスリン分泌制御因子は、アルギニンと結合する活性を有することが示された(実施例1参照)。さらに、本発明のインスリン分泌制御因子は、アルギニン及びインスリンに結合するだけでなく、アルギニンとインスリンが互いに競合阻害するという性質を有する(実施例1参照)。したがって、本発明のインスリン分泌制御因子を介したインスリン分泌機構は、図1に示されるように、小胞体に局在したインスリン分泌制御因子に結合しているインスリンは、アルギニンの添加によって、ゴルジ体に移行し、分泌小胞に移行して、その後、細胞外へと分泌されると考えられる。また、配列番号2のアミノ酸配列に含まれるが、配列番号4のアミノ酸配列を持たないアミノ酸配列(すなわち、配列番号2のアミノ酸残基1−1255)の全体又はその断片を有するポリペプチドの中には、本発明のインスリン分泌制御因子として機能するものも含まれる(データ示さず)。
【0029】
なお、天然のタンパク質又はポリペプチドの中には、それを生産する生物種の違いや、生態型(ectotype)の違いによる遺伝子の変異の存在などに起因して、1から数個のアミノ酸変異を有する変異タンパク質又はポリペプチドが存在することは周知である。よって、本発明のインスリン分泌制御因子は、上記の機能を有する限り、配列番号2又は配列番号4で表されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列を有していてもよい。
【0030】
本発明のインスリン分泌制御因子は、典型的には遺伝子の塩基配列からの推測に基づいて、配列番号2又は配列番号4で表されるアミノ酸配列からなる。しかしながら、その配列を有するタンパク質のみに限定されるわけではなく、本明細書中に記載した特徴を有する限り、全ての相同タンパク質を含むことが意図される。アミノ酸変異は1から複数個、好ましくは1〜20個、より好ましくは1〜10個、最も好ましくは1〜5個である。
【0031】
配列番号2又は配列番号4で表されるアミノ酸配列を有するタンパク質と、70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらにより好ましくは95%以上、最も好ましくは98%以上同一である。
【0032】
同一性パーセントは、視覚的検査及び数学的計算により決定してもよい。あるいは、2つのタンパク質配列の同一性パーセントは、Needleman,S.B.及びWunsch,C.D.(J.Mol.Biol.,48:443−453,1970)のアルゴリズムに基づき、そしてウィスコンシン大学遺伝学コンピューターグループ(UWGCG)より入手可能なGAPコンピュータープログラムを用い配列情報を比較することにより、決定してもよい。GAPプログラムの好ましいデフォルトパラメーターには:(1)Henikoff,S及びHenikoff,J.G.(Proc.Natl.Acad.Sci.USA,89:10915−10919,1992)に記載されるような、スコアリング・マトリックス、blosum62;(2)12のギャップ加重;(3)4のギャップ長加重;及び(4)末端ギャップに対するペナルティなし、が含まれる。
【0033】
当業者に用いられる、配列比較の他のプログラムもまた、用いてもよい。同一性のパーセントは、例えばAltschulら(Nucl.Acids.Res.25.,p.3389−3402,1997)に記載されているBLASTプログラムを用いて配列情報と比較し決定することが可能である。当該プログラムは、インターネット上でNational Center for Biotechnology Information(NCBI)、あるいはDNA Data Bank of Japan(DDBJ)のウェブサイトから利用することが可能である。BLASTプログラムによる相同性検索の各種条件(パラメーター)は同サイトに詳しく記載されており、一部の設定を適宜変更することが可能であるが、検索は通常デフォルト値を用いて行う。
【0034】
一般的に、同様の性質を有するアミノ酸同士の置換(例えば、ある疎水性アミノ酸から別の疎水性アミノ酸への置換、ある親水性アミノ酸から別の親水性アミノ酸への置換、ある酸性アミノ酸から別の酸性アミノ酸への置換、あるいはある塩基性アミノ酸から別の塩基性アミノ酸への置換)を導入した場合、得られる変異タンパク質は元のタンパク質と同様の性質を有することが多い。遺伝子組換え技術を使用して、このような所望の変異を有する組換えタンパク質を作製する手法は当業者に周知であり、このような変異タンパク質も本発明の範囲に含まれる。
【0035】
(1−2)本発明のインスリン分泌制御因子の調製方法
本発明のインスリン分泌制御因子の発現、単離及び精製は、任意公知の技術(例えば、上述したAME固定化磁気ナノビーズ)を用いて行ってよい。例えば、非限定的に以下の手法を適用することができる。
【0036】
本発明のインスリン分泌制御因子は、(i)配列番号2若しくは配列番号4で表されるアミノ酸配列を含むタンパク質;又は(ii)配列番号2若しくは配列番号4で表されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつインスリン分泌を負に制御するタンパク質である。配列番号2のアミノ酸配列(アミノ酸残基1−1551)及びタンパク質をコードする領域(CDS)(ヌクレオチド176−4831)は、GenBankにNM 198899として公開されている。
【0037】
簡単に述べると、インスリン分泌細胞のcDNAライブラリーからインスリン分泌制御因子をコードするcDNAを単離することができる。さらに、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)用の各種プライマーを作製し、プライマーの組み合わせにより、インスリン分泌細胞のcDNAクローンを鋳型としてPCRを行い、種々のインスリン分泌制御因子(例えば、配列番号2又は4のアミノ酸配列からなるタンパク質)をコードする発現プラスミドを作製することができる。ここで、PCRプライマーのアンチセンスプライマーには、終止コドン(TGA)とそれに続く制限酵素部位を含めることができる。
【0038】
得られたインスリン分泌制御因子をコードするcDNAに、公知の方法、例えばSambrook,J.ら,Molecular Cloning,A Laboratory Manual(3rd edition),Cold Spring Harbor Laboratory,2001を使用して変異を施すことが可能である。また、配列番号2又は4のアミノ酸配列の特定の1つ又は複数のアミノ酸残基を置換させる場合、公知の点突然変異法(Mullis,K.B.,In Les Prix Nobel(ed.T.Frangsmyr),p.107.Almqvist and Wilsell International,Stockholm,1993;Smith,M.,In Les Prix Nobel(ed.T.Frangsmyr),p.123.Almqvist and Wilsell International,Stockholm,1993)を用いてもよい。
【0039】
上記したように、本発明の組成物に使用されるインスリン分泌制御因子のアミノ酸配列及び塩基配列は、例えば、配列番号2のアミノ酸配列及び配列番号1の塩基配列であって、それらは、公知のマウス糖転移酵素のアミノ酸配列及びそれをコードする塩基配列である。これらの公知配列又はその一部を利用して、ハイブリダイゼーション、PCR等の核酸増幅反応などの遺伝子工学的手法により、他の生物種から同様の生理活性を有するタンパク質をコードする遺伝子を容易に単離することができる。このような場合、それらの遺伝子、及び該遺伝子がコードするタンパク質又はポリペプチドもまた、本発明のインスリン分泌制御因子のアミノ酸配列の1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列を有するインスリン分泌制御因子を得るために利用可能である。
【0040】
相同遺伝子のスクリーニングのために使用するハイブリダイゼーション条件は特に限定されないが、一般的にはストリンジェントな条件が好ましく、例えば、6×SSC、5×Denhardt’s、0.1%SDS、25℃〜68℃などのハイブリダイゼーション条件を使用することが考えられる。この場合、ハイブリダイゼーションの温度としては、より好ましくは45℃〜68℃(ホルムアミド無し)又は25℃〜50℃(50%ホルムアミド)を挙げることができる。ホルムアミド濃度、塩濃度及び温度などのハイブリダイゼーション条件を適宜設定することにより、ある一定の相同性以上の相同性を有する塩基配列を含むDNAをクローニングできることは当業者に周知であり、このようにしてクローニングされた相同遺伝子は全て本発明の範囲の中に含まれる。
【0041】
核酸増幅反応は、例えば、複製連鎖反応(PCR)(Saiki,R.K.et al.,Science,230:1350−1354,1985)、ライゲース連鎖反応(LCR)(Wu,D.Y.,and Wallace,R.B.,Genomics,4:560−569,1989; Barringer,K.J.,Gene,89:117−122,1990; Barany,F.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA,88:189−193,1991)及び転写に基づく増幅(Kwoh,D.Y.et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA,86:1173−1177,1989)等の温度循環を必要とする反応、並びに鎖置換反応(SDA)(Walker,G.T.et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA,89:392−396,1992; Walker,G.T.et al.,Nuc.Acids Res.20:1691−1696,1992)、自己保持配列複製(3SR)(Guatelli,JC,1990,Proc.Natl.Acad.Sci.USA 87,p.1874−1878)及びQβレプリカーゼシステム(リザイルディら,BioTechnology,6:1197−1202,1988)等の恒温反応を含む。また、欧州特許第0525882号に記載されている標的核酸と変異配列の競合増幅による核酸配列に基づく増幅(Nucleic Acid Sequence Based Amplification:NASABA)反応等も利用可能である。好ましくはPCR法である。
【0042】
上記のようなハイブリダイゼーション、核酸増幅反応等を使用してクローニングされる相同遺伝子は、配列番号1又は3に記載の塩基配列に対して、少なくとも70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、特に好ましくは98%以上の相同性を有する。
【0043】
同一性パーセントは、視覚的検査及び数学的計算により決定してもよい。あるいは、2つの核酸配列の同一性パーセントは、Devereuxら(Nucl.Acids Res.,12:387(1984))に記載され、そしてウィスコンシン大学遺伝学コンピューターグループ(UWGCG)より入手可能なGAPコンピュータープログラム、バージョン6.0を用い配列情報を比較することにより、決定してもよい。GAPプログラムの好ましいデフォルトパラメーターには:(1)ヌクレオチドに関する単一(unary)比較マトリックス(同一に対し1及び非同一に対し0の値を含む)、及びSchwartz及びDayhoff監修,Atlas of Protein Sequence andStructure, National Biomedical Research Foundation,pp.353−358(1979)に記載されるような、Gribskov及びBurgess, Nucl. AcidsRes., 14:6745(1986)の加重比較マトリックス;(2)各ギャップに対する3.0のペナルティ及び各ギャップ中の各記号に対しさらに0.10のペナルティ;及び(3)末端ギャップに対するペナルティなし、が含まれる。当業者に用いられる、配列比較の他のプログラムもまた、用いてもよい。
【0044】
得られたインスリン分泌制御因子をコードする核酸を大腸菌や酵母あるいは昆虫の動物細胞に、それぞれ宿主で増幅可能な組換えベクターを用いて導入し、次に発現させることにより、所望のインスリン分泌制御因子を遺伝子工学的に大量に得ることができる。
【0045】
細菌、真菌、酵母、及び哺乳動物細胞の宿主において使用に適したクローニングベクター及び発現ベクターは、例えば、Pouwels,P.H.et al.,Cloning Vector;ALaboratory Manual,Elsevier,NY,1986に記載されている。発現させたインスリン分泌制御因子を、限定されないが、アルギニン標的因子精製カラムクロマトグラフィー、モレキュラーシーブ・クロマトグラフィー、ゼラチンカラム・クロマトグラフィー、及びイムノアフィニティー・クロマトグラフィーの組み合わせによって精製することができる。精製したインスリン分泌制御因子を、銀染色法及び抗インスリン分泌制御因子抗体を用いるウェスタンブロット法によって分析することができる。
【0046】
より具体的には、先ず本発明において遺伝子を組み込んでタンパク質を発現させるための組換えベクターは既知の方法を用いて作製することができる。プラスミドなどのベクターに本発明のインスリン分泌制御因子のDNA断片を組み込む方法としては、例えば、Sambrook,J.ら,Molecular Cloning,A Laboratory Manual(3rd edition),Cold Spring Harbor Laboratory,1.1(2001)に記載の方法などが挙げられる。簡便には、市販のライゲーションキット(例えば、宝酒造製等)を用いることもできる。このようにして得られる組換えベクター(例えば、組換えプラスミド)は、宿主細胞(例えば、E.coil TB1、LE392、XL−1Blue等)に導入される。
【0047】
また、当業者であれば、組換えベクターに適合するように制限末端を適宜選択することができ、さらに、所望のタンパク質を発現させるために、宿主細胞に適した組換えベクターを適宜選択することができる。このようなベクターは、本発明で使用する遺伝子が目的の宿主細胞の遺伝子と相同性組換えが起るように機能する領域(必要に応じて、自立複製起点、接合伝達領域、選択マーカー(例えば、カナマイシン耐性遺伝子)等)が適切に配列されており又は導入することにより、該核酸が適切に組換えられるように構築されている又は構築することが好ましい。
【0048】
所望のタンパク質を生産する目的においては、特に、発現ベクターが有用である。発現べクターの種類は、原核細胞及び/又は真核細胞の各種の宿主細胞中で所望の遺伝子を発現し、所望のタンパク質を生産する機能を有するものであれば特に限定されないが、例えば、大腸菌用発現ベクターとして、pGEX、pQE−30、pQE−60、pMAL−c2、pMAL−p2、pSE420などが好ましく、酵母用発現ベクターとしてpYES2(サッカロマイセス属)、pPIC3.5K、pPIC9K、pAO815(以上ピキア属)、昆虫用発現ベクターとしてpBacPAK8/9、pBK283、pVL1392、pBlueBac4.5などが好ましい。
【0049】
哺乳動物発現用ベクターの例としては、Okayama及びBerg(Mol.Cell Biol.,3:280、1983)が開示されているように構築されたベクターである。C127マウス乳腺上皮細胞における、哺乳動物cDNAの安定した高レベル発現に有用な系を実質上Cosmanら(Mol.Immunol.23:935,1986)が報告しているように構築してもよい。あるいは、in vivo又はin vitroにおいて神経細胞中で発現させるためのベクターとしては、例えば、アデノウイルスベクター、あるいはpEF−BOSベクター(Mizushima,S.et al.,Nucleic Acid Res.18:p.5322、1990)を改変したベクター(pEF−CITE−neo: Miyata,S.et al.,Clin.Exp.Metastasis,16:613−622,1998)を使用することができる。
【0050】
形質転換体は、所望の発現ベクターを宿主細胞に導入することにより調製することができる。用いられる宿主細胞としては、発現ベクターに適合し、形質転換され得るものであれば特に制限はなく、本発明の技術分野において通常使用される天然の細胞、又は人工的に樹立された組換え細胞など種々の細胞を用いることが可能である。例えば、細菌(エシェリキア属菌、バチルス属菌)、酵母(サッカロマイセス属、ピキア属など)、動物細胞、昆虫細胞、植物細胞などが挙げられる。具体的には、大腸菌(M15、JM109、BL21等)、酵母(INVSc1(サッカロマイセス属)、GS115、KM71(以上ピキア属)など)、昆虫細胞(BmN4、カイコ幼虫など)などが例示される。動物細胞としてはマウス由来、アフリカツメガエル由来、ラット由来、ハムスター由来、サル由来又はヒト由来の細胞若しくはそれらの細胞から樹立した培養細胞株などが例示される。
【0051】
宿主細胞として細菌、特に大腸菌を用いる場合、一般に発現ベクターは少なくとも、プロモーター/オペレーター領域、開始コドン、所望の抗菌タンパク質をコードする遺伝子、終止コドン、ターミネーター及び複製可能単位から構成される。
【0052】
宿主細胞として酵母、植物細胞、動物細胞又は昆虫細胞を用いる場合には、一般に発現ベクターは少なくとも、プロモーター、関始コドン、所望の抗菌タンパク質をコードする遺伝子、終止コドン、ターミネーターを含んでいることが好ましい。またシグナルペブチドをコードするDNA、エンハンサー配列、所望の遺伝子の5’側及び3’側の非翻訳領域、選択マーカー領域又は複製可能単位などを適宜含んでいてもよい。
【0053】
本発明のベクターにおいて、好適な開始コドンとしては、メチオニンコドン(ATG)が例示される。また、終止コドンとしては、常用の終止コドン(例えば、TAG、TGA、TAAなど)が例示される。
【0054】
複製可能単位とは、宿主細胞中でその全DNA配列を複製することができる能力をもつDNAを意味し、天然のプラスミド、人工的に修飾されたプラスミド(天然のプラスミドから調製されたプラスミド)及び合成プラスミド等が含まれる。好適なプラスミドとしては、E.coliではブラスミドpQE30、pET又はpCAL若しくはそれらの人工的修飾物(pQE30、pET又はpCALを適当な制限酵素で処理して得られるDNAフラグメント)が、酵母ではプラスミドpYES2若しくはpPIC9Kが、また昆虫細胞ではプラスミドpBacPAK8/9等があげられる。
【0055】
エンハンサー配列、ターミネーター配列については、例えば、それぞれSV40に由来するもの等、当業者において通常使用されるものを用いることができる。
【0056】
選択マーカーとしては、通常使用されるものを常法により用いることができる。例えばテトラサイクリン、アンピシリン、又はカナマイシン若しくはネオマイシン、ハイグロマイシン又はスペクチノマイシン等の抗生物質耐性遺伝子などが例示される。
【0057】
発現ベクターは、少なくとも、上述のプロモーター、開始コドン、所望の抗菌タンパク質をコードする遺伝子、終止コドン、及びターミネーター領域を連続的かつ環状に適当な複製可能単位に連結することによって調製することができる。またこの際、所望により制限酵素での消化やT4DNAリガーゼを用いるライゲーション等の常法により適当なDNAフラグメント(例えば、リンカー、他の制限酵素部位など)を用いることができる。
【0058】
前記発現ベクターの宿主細胞への導入は従来公知の方法を用いて行うことができる。例えば、細菌(E.coli,Bacillus subtilis等)の場合は、例えばCohenらの方法(Proc.Natl.Acad.Sci.USA,69:2110,1972)、プロトプラスト法(Mol.Gen.Genet.,168:111,1979)やコンピテント法(J.Mol.Biol.,56:209,1971)によって、Saccharomycescerevisiaeの場合は、例えばHinnenらの方法(Proc.Natl.Acad.Sci.USA,75:1927,1978)やリチウム法(J.Bacteriol.,153:163,1983)によって、植物細胞の場合は、例えばリーフディスク法(Science,227:129,1985)、エレクトロポレ−ション法(Nature,319:791,1986)によって、動物細胞の場合は、例えばGrahamの方法(Virology,52:456,1973)、昆虫細胞の場合は、例えばSummersらの方法(Mol.Cell Biol.,3:2156−2165,1983)によってそれぞれ形質転換することができる。
【0059】
本発明のタンパク質又はポリペプチドの精製及び単離は、アルギニン標的因子精製カラムクロマトグラフィー、硫安沈殿法、イオン交換クロマトグラフィー(Mono Q、Q Sepharose又はDEAEなど)などのタンパク質の精製及び単離のために慣用される方法を適宜組み合わせて行うことができる。例えば、インスリン分泌制御因子が宿主細胞内に蓄積する場合には、遠心分離やろ過などの操作により宿主細胞を集め、これを適当な緩衝液(例えば濃度が10〜100mM程度のトリス緩衝液、リン酸緩衝液、HEPES緩衝液、MES緩衝液などの緩衝液。pHは用いる緩衝液によって異なるが、pH5.0〜9.0の範囲が望ましい)に懸濁した後、用いる宿主細胞に適した方法で細胞を破壊し、遠心分離により宿主細胞の内容物を得る。一方、インスリン分泌制御因子が宿主細胞外に分泌される場合には、遠心分離やろ過などの操作により宿主細胞と培地を分離し、培養ろ液を得る。宿主細胞破壊液、あるいは培養ろ液はそのまま、又は硫安沈殿と透析を行った後に、タンパク質の精製・単離に供することができる。精製・単離の方法としては、以下の方法が挙げることができる。すなわち、タンパク質に6×ヒスチジンやGST、マルトース結合タンパクといったタグを付けている場合には、一般に用いられるそれぞれのタグに適したアフィニティークロマトグラフィーによる方法を挙げることができる。一方、そのようなタグを付けずにタンパク質を生産した場合には、例えば抗体を用いたアフィニティークロマトグラフィーによる方法を用いることができる。また、これに加えてイオン交換クロマトグラフィー、ゲルろ過や疎水性クロマトグラフィー、等電点クロマトグラフィーなどを組み合わせる方法も挙げることができる。
【0060】
タンパク質の標識には、上記以外では、タンパク質に蛍光色素を導入することもできる。例えば、タンパク質を調製した後、タンパク質中の特定の基を標的にしたケミカルラベリング法により、蛍光分子をタンパク質に付加してもよい(特定のアミノ酸配列を持つタンパク質を遺伝子組換え技術を用いて調製し、そのアミノ酸配列の特徴を元に蛍光色素を付加してもよい)。蛍光色素としては、当該技術分野において通常使用される任意の蛍光色素、例えば、TAMRA(carboxymethylrhodamine)、TMR(tetramethylrhodamine)、Alexa647、Rhodamine Green、Alexa488などであってよい。あるいは、遺伝子組換え技術を用いて蛍光発光するタンパク質(GFP融合タンパク質など)として調製してもよい。
【0061】
(1−3)本発明のインスリン分泌制御因子を含む組成物
本発明によれば、インスリン分泌制御因子を含むインスリン分泌制御用組成物が提供される。本発明の組成物は、インスリン分泌制御因子がインスリン分泌を負に制御することから、in vivo、in vitro又はex vivoにおいて、後述する抗糖尿病薬剤のスクリーニングに使用することができる。また、他の態様として、本発明の組成物を含む、インスリンの分泌を調節するためのキットとして使用することができる。キットは、所望により、適切な容器、製造者の説明書等を含んでもよい。
【0062】
本発明によれば、インスリン分泌制御因子を含む組成物は、医薬組成物として有用である。本発明の組成物は、膵臓β細胞のインスリン分泌能の維持又は処置にも使用することができる。これに関連して、膵臓β細胞の異常に基づく糖尿病の治療又は予防にも使用することができる。糖尿病を治療又は予防する場合、本発明の医薬組成物は、医薬として受容可能な担体との混合物中に、治療上有効な量のインスリン分泌制御因子を含む。本発明の組成物は、全身的に又は局所的に、好ましくは静脈内、皮下内、筋肉内に非経口的に投与し得る。
【0063】
本発明の組成物の用量用法は、薬剤の作用、例えば、患者の症状の性質及び/若しくは重度、体重、性別、食餌、投与の時間、並びに他の臨床的作用を左右する種々の因子を考慮し、診察する医師により決定され得る。当業者は、これらの要素に基づき、本発明の組成物の用量を決定することができる。
【0064】
また、インスリン分泌制御因子をコードする遺伝子を組み込んだ発現ベクターを作製し、生体内の標的部位(例えば、膵臓)で発現させるか、あるいは該発現ベクターを組み込んだ細胞を標的部位(例えば、膵臓)に輸送させることにより、標的部位のインスリン分泌能を制御することが可能である。
【0065】
2.本発明のインスリン分泌制御因子を用いた抗糖尿病薬剤のスクリーニング法
(2−1)インスリン分泌制御因子への結合活性に基づくスクリーニング法
本発明によれば、被験物質のインスリン分泌制御因子への結合活性に基づき、該結合活性を有する被験物質を、糖尿病を治療又は予防するための薬剤に使用される候補物質として選択するスクリーニング法であって、(a)本発明のインスリン分泌制御因子を用意し;(b)被験物質と工程(a)で用意したタンパク質とを接触させ;そして、(c)該タンパク質に結合した被験物質を、糖尿病を治療又は予防するための薬剤に使用される候補物質として選択することを含むスクリーニング法が提供される。
【0066】
本発明のインスリン分泌制御因子を用いると、インスリン分泌制御因子に結合し、インスリン分泌を促進する物質をスクリーニングすることができる。前述したように、アルギニンとインスリンが競合的に本発明のインスリン分泌制御因子に結合し、インスリン分泌が制御されるため、本発明のインスリン分泌制御因子に結合した物質は、アルギニンと同様に、少なくともインスリン分泌を促進する可能性を有する物質である。したがって、このような特性を有する本発明のインスリン分泌制御因子は、抗糖尿病薬剤(特にインスリン分泌促進剤)の有効成分となる候補物質をスクリーニングすることができる。なお、本発明のインスリン分泌制御因子のアルギニン結合能については、後述する実施例1において詳述した。
【0067】
本発明のスクリーニング法に供することができる被験物質としては、特に限定されないが、例えば、ケミカルファイルに登録されている種々の公知化合物(ペプチドを含む)、コンビナトリアル・ケミストリー技術(Terrett,N.K.ら,Tetrahedron,51,8135−8137,(1995))によって得られた化合物群、あるいはファージ・ディスプレイ法(Felici,F.ら,J.Mol.Biol.,222,301−310,(1991))などを応用して作成されたランダム・ペプチド群を用いることができる。また、細胞や微生物の培養上清若しくはホモジネート、植物若しくは海洋生物由来の天然成分、又は動物組織抽出物などもスクリーニングの被験物質として用いることができる。なお、本発明は、インスリン分泌異常に伴う抗糖尿病薬剤をスクリーニングすることを目的とすることから、本発明のスクリーニング法によって選択された被験物質、すなわち候補物質は、インスリン分泌促進活性又はインスリン分泌抑制活性のいずれか有してもよい。
【0068】
(2−2)インスリン分泌制御因子の強制発現細胞を用いたスクリーニング法
本発明によれば、被験物質のインスリン分泌促進活性に基づき、インスリン分泌促進活性を有する被験物質を、糖尿病を治療又は予防するための薬剤に使用される候補物質として選択するスクリーニング法であって、
(a)下記の核酸:
(i)配列番号1若しくは配列番号3で表される塩基配列を含む核酸;又は
(ii)配列番号1若しくは配列番号3で表される塩基配列を含む核酸とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつインスリン分泌を負に制御するタンパク質をコードする核酸
を組み込んだ組換えベクターを用いて形質転換又は染色体に相同組換えされた形質転換細胞を用意し;
(b)工程(a)で用意した形質転換細胞及び形質転換されていない対照細胞と被験物質とを接触させ;
(c)前記各細胞におけるインスリン分泌量を測定し;そして
(d)前記対照細胞に相対する前記形質転換細胞のインスリン分泌を回復させる被験物質を、糖尿病を治療又は予防するための薬剤に使用される候補物質として選択する
ことを含むスクリーニング法が提供される。一態様では、前記工程(a)における核酸は、(i)配列番号1若しくは配列番号3で表される塩基配列からなる核酸;又は(ii)配列番号1若しくは配列番号3で表される塩基配列からなる核酸とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつインスリン分泌を負に制御するタンパク質をコードする核酸である。
【0069】
本発明のスクリーニング法は、インスリン分泌制御因子を導入された培養細胞では、そのインスリン分泌が負に制御されるという新たに見出された特性を利用して、かかる負の制御を解く、すなわち、培養細胞のインスリン分泌を回復させる被験物質をインスリン分泌促進剤の候補薬物として選択することを特徴とする。後述する実施例2に記載されるように、本発明のインスリン分泌制御因子を強制発現させた培養細胞と強制発現されていない野生型の対照細胞を用いてインスリン分泌量を比較すると、強制発現されていない対照細胞では、アルギニン(インスリン分泌促進物質)の濃度増加に伴い、インスリン分泌量も増加する(図4)。一方、強制発現された培養細胞では、せいぜい0.6mMまでのアルギニンではインスリン分泌は促進されず(「負の制御」)、2.0mMの濃度で対照細胞に匹敵するインスリン分泌能が回復された(図4)。よって、本発明のインスリン分泌制御因子を強制発現させた培養細胞を用いることによって、アルギニンのようなインスリン分泌促進物質(例えば、天然由来の精製したドルパニン(Dru)、天然由来の精製したバッカリン(Bac)、化学合成したバッカリン(sBac)、UDP−グルコースなど)を選択することができる(後述する実施例4及び6参照)。
【0070】
ここで、本明細書で使用するとき、「負に(の)制御」とは、本発明のインスリン制御遺伝子が導入された細胞において、かかる遺伝子が導入されていない対照細胞に相対してインスリン分泌促進物質によるインスリン分泌能が低下している状態をいう。また、インスリン分泌促進物質によるインスリン分泌能の「回復」とは、同濃度の添加されるインスリン分泌促進物質によるインスリン分泌量を比較して、形質転換細胞のインスリン分泌量が対照細胞のインスリン分泌量に近づくことをいう。インスリン分泌促進物質による形質転換細胞のインスリン分泌能の回復率は、5%以上、好ましくは10%以上、より好ましくは20%以上、なお好ましくは30%以上、なおより好ましくは50%以上、なおさらに好ましくは75%以上、最も好ましくは100%である。なお、細胞から分泌されるインスリン量の測定は、当該技術分野において周知の方法(例えば、Nomuraら,Bioorg.Med.Chem.,11,3807−3813(2003))、又は市販のキット(例えば、株式会社シバヤギ レビス インスリン測定用ELISAキット)を用いて行うことができる。
【0071】
本発明によれば、抗糖尿病薬剤をスクリーニングするために使用される形質転換細胞が提供される。本発明の形質転換細胞は、上記特徴を有するものであればよく、その製造方法やその他の特性などは特に限定されない。より典型的には、(i)配列番号1若しくは配列番号3で表される塩基配列からなる核酸;又は(ii)配列番号1若しくは配列番号3で表される塩基配列からなる核酸とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつインスリン分泌を負に制御するタンパク質をコードする核酸、を組み込んだ組換えベクターを用いて形質転換又は染色体に相同組換えされた形質転換細胞である。また、本発明の形質転換細胞は、例えば、先に述べた方法により、単離された上記核酸を適切なベクターに組み込むことにより、宿主細胞(好ましくは真核生物、好ましくはNIT−1細胞)を形質転換させることにより得ることができる。また、これらのベクターに適切なプロモーター及び形質発現に関与する配列を導入することにより、それぞれの宿主細胞においてインスリン分泌促進物質を発現させることができる。なお、本発明のスクリーニング法に使用される形質転換細胞の培養法は、通常、宿主細胞の培養に使用される方法に従って行われる。しかしながら、被験物質のインスリン分泌促進活性を正確に測定するために、使用される培地にアルギニン等のインスリン分泌促進物質が含まれているのは好ましくない。したがって、アルギニン添加によるインスリン分泌の効果を測定する実験を除いては、アルギニン不含培地を使用することが好ましい。
【0072】
(2−3)インスリン分泌制御因子の強制発現動物を用いたスクリーニング法
本発明によれば、被験物質のインスリン分泌促進活性に基づき、インスリン分泌促進活性を有する被験物質を、糖尿病を治療又は予防するための薬剤に使用される候補物質として選択するスクリーニング法であって、
(a)下記の核酸:
(i)配列番号1若しくは配列番号3で表される塩基配列を含む核酸;又は
(ii)配列番号1若しくは配列番号3で表される塩基配列を含む核酸とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつインスリン分泌を負に制御するタンパク質をコードする核酸
を組み込んだ組換えベクターを含むか、又は染色体に相同組換えされたヒト以外のトランスジェニック動物を用意し;
(b)工程(a)で用意したトランスジェニック動物及び前記核酸を持たない対照動物に被験物質を投与し;
(c)前記各動物における血中インスリン濃度を測定し;そして
(d)前記対照動物に相対する前記トランスジェニック動物のインスリン分泌を回復させる被験物質を、糖尿病を治療又は予防するための薬剤に使用される候補物質として選択する
ことを含むスクリーニング法が提供される。一態様では、前記工程(a)における核酸は、(i)配列番号1若しくは配列番号3で表される塩基配列からなる核酸;又は(ii)配列番号1若しくは配列番号3で表される塩基配列からなる核酸とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつインスリン分泌を負に制御するタンパク質をコードする核酸である。
【0073】
本発明のスクリーニング法は、インスリン分泌制御因子を導入されたトランスジェニック動物では、そのインスリン分泌が負に制御されるという新たに見出された特性を利用して、かかる負の制御を解く、すなわち、トランスジェニック動物のインスリン分泌を回復させる被験物質をインスリン分泌促進剤の候補薬物として選択することを特徴とする。後述する実施例3に記載されるように、本発明者らは、インスリン分泌促進因子を膵臓β細胞特異的に強制発現させたトランスジェニックマウスの作製に成功した。本発明のトランスジェニックマウスとトランスジェニックでない対照マウスを用いてインスリン分泌を測定すると、摂食後の対照マウスではインスリン分泌量が高く、一方、トランスジェニックマウスではインスリン分泌量は低かった(「負の制御」)。その後、経時的にインスリン分泌量を測定すると、対照マウスではインスリン分泌量が減少し、絶食8時間後には、トランスジェニックマウス及び対照マウスにおいてインスリン分泌量にほとんど差が見られなかった(図5)。よって、本発明のインスリン分泌制御因子を強制発現させたトランスジェニック動物を用いることによって、アルギニンのようなインスリン分泌促進物質を選択することができる。
【0074】
本明細書で使用するとき、「負に(の)制御」及び「回復」とは、形質転換細胞を用いたスクリーニング法において記載した上記定義に従う。なお、通常、対照動物においては、摂食直後は血中インスリン濃度が高く、絶食に伴い、経時的にその濃度は減少するため、トランスジェニック動物における血中インスリン濃度の回復には、当然、絶食から所定時間後にトランスジェニック動物と対照動物の血中インスリン濃度に差が生じなくなることも含まれる。所定時間とは、動物による摂取量、動物の種類によっても異なるが、通常は、1〜24時間である。好ましくは2〜8時間、より好ましくは8時間である。なお、動物における血中インスリン濃度の測定は、当該技術分野において周知の方法(例えば、凝集法、免疫反応法)、又は市販のキット(例えば、株式会社シバヤギ レビス インスリン測定用ELISAキット)を用いて行うことができる。
【0075】
本発明によれば、抗糖尿病薬剤をスクリーニングするために使用されるヒト以外のトランスジェニック動物が提供される。本発明のヒト以外のトランスジェニック動物は、上記特徴を有するものであればよく、その製造方法やその他の特性などは特に限定されない。より典型的には、(i)配列番号1若しくは配列番号3で表される塩基配列からなる核酸;又は(ii)配列番号1若しくは配列番号3で表される塩基配列からなる核酸とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつインスリン分泌を負に制御するタンパク質をコードする核酸、を組み込んだ組換えベクターを用いて形質転換又は染色体に相同組換えされたヒト以外のトランスジェニック動物である。本発明の目的、すなわち、抗糖尿病薬剤をスクリーニングするためには、上記核酸が導入されることが意図された細胞として、特に限定されないが、膵臓β細胞を標的とすることができる。該細胞において特異的に機能するプロモーターと、このプロモーターの制御下にある上記核酸(遺伝子)とを含み、かつ該遺伝子は発現し得る状態で導入されていることを特徴とする。なお、本発明のスクリーニング法においては、インスリン分泌制御因子をコードする遺伝子を有するトランスジェニック動物だけでなく、例えば、糖尿病疾患モデル用にインスリン分泌を変化させる1以上の遺伝子をさらに含むトランスジェニック動物(例えば、ダブルトランスジェニック動物、トリプルトランスジェニック動物)を作製することも可能である。糖尿病疾患に関連する遺伝子としては、本発明のインスリン分泌促進因子をコードする遺伝子以外に、例えば、インスリン抵抗性に関連するアディポネクチン、レジスチン、PPARγをコードする遺伝子、インスリン分泌障害に関連するKir6.2、アミリン、HNF−4αをコードする遺伝子が挙げられる。また、例えば、ダブルトランスジェニック動物は、導入されるべき2つの遺伝子のうちの1つの遺伝子が導入されたトランスジェニック動物と、他方の遺伝子が導入されたトランスジェニック動物とを交配させることによって得ることもできる。
【0076】
ヒト以外の動物(非ヒト動物)は、例えば、脊椎動物であり、哺乳動物であることが好ましい。哺乳動物としては、例えば、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ウサギ、ヤギ、ブタ、イヌ、ネコが挙げられる。好ましくはマウス、ラットである。また、本発明のヒト以外のトランスジェニック動物は、非ヒト動物個体だけでなく、非ヒト動物の一部、例えば、非ヒト動物の細胞、組織、器官などを含む広い概念で捉えられるべきものである。
【0077】
本明細書において、特定の遺伝子について、非ヒト動物が染色体上に元来有する位置に局在しているものを内因性遺伝子といい、対照的に、非ヒト動物が染色体上に元来有する位置と異なる位置に局在しているものを外因性遺伝子(又は導入遺伝子)という。本発明のヒト以外のトランスジェニック動物において、膵臓β細胞において特異的に機能するプロモーターとこのプロモーターの制御下にあるタンパク質をコードする遺伝子とが連結された遺伝子(以下、連結遺伝子ともいう)は、外因性遺伝子であることが好ましい。
【0078】
本発明によれば、上記動物の膵臓β細胞において特異的に機能するプロモーターは、膵臓β細胞において特異的に発現する遺伝子の転写調節領域であればよく、特に限定されない。膵臓β細胞において特異的に機能するプロモーターの好ましい例としては、インスリンプロモーターである。また、膵臓β細胞を含む細胞にて機能するプロモーターとしてCMV(サイトメガロウイルス)プロモーター、CMVエンハンサー+アクチンプロモーター、EF−1プロモーターが挙げられる。本発明のヒト以外のトランスジェニック動物は、インスリンプロモーターとインスリン分泌促進因子をコードする遺伝子とを連結して構築した遺伝子を用いて、形質転換して得られるヒト以外のトランスジェニック動物であることが好ましい。なお、本発明において使用される膵臓β細胞特異的プロモーターは、種に限定されず、ヒト、ラット、マウス等を使用することができる。
【0079】
上記のように構築した連結遺伝子を導入遺伝子として、ヒト以外の動物生殖細胞にトランスジーン法により導入し、トランスジェニック動物細胞を作製する。次に、これを発生させることによりヒト以外のトランスジェニック動物を作製することができる。上記「トランスジーン法」とは、導入遺伝子を宿主が有するゲノムDNAの不特定の位置に複数コピー挿入する方法である。本発明においては、導入遺伝子としてインスリンプロモーター+インスリン分泌促進因子をコードする遺伝子を用いるトランスジーン法を用いることが好ましい。
【0080】
本発明において、宿主として用いる細胞は非ヒト細胞であればよく、特に限定されるものではない。例えば、ヒト以外の受精卵を用いることができる。以下に、ヒト以外の受精卵に導入遺伝子を導入する方法をより詳細に説明する。本発明で用いるヒト以外の受精卵は、これらに導入遺伝子を導入して発生・成育させることにより、プロモーター領域の活性でインスリン分泌促進因子をコードする遣伝子を発現するヒト以外のトランスジェニック動物を作製できるものであればよく、特に限定されるものではない。このような受精卵は、ヒト以外の動物の雄と雌を交配させることによって得られる。得られた受精卵は、導入遺伝子をマイクロインジェクション法等により注入して、動物の雌の輸卵管に人工的に移植、着床させて出産させることにより、トランスジェニック動物を得ることができる。上記マウスの受精卵としては、例えば、B6C3F1、C57BL/6、129/sv、BALB/c、C3H、SJL/Wt等に由来するマウスの交配により得られるものを用いることができる。
【0081】
導入遺伝子の量は100〜3,000コピーが適当である。導入遺伝子の導入方法としては、マイクロインジェクション法やエレクトロポレーション法等の通常用いられる方法を挙げることができる。ここで、上記導入遺伝子が導入された仔マウスの選択は、マウスの尾の先を切り取って、高分子DNA抽出法(発生工学実験マニュアル、野村達次監修・勝木元也編、講談社(1987))又はDNAeasy Tissue Kit(QIAGEN社製)等の市販のキットを用いることによりゲノムDNAを抽出し、サザンブロット法やPCR法等の通常用いられる方法によりインスリン分泌促進因子をコードする遺伝子の存在を確認することによって行うことができる。さらに、実際にその個体内で導入されたインスリン分泌促進因子をコードする遺伝子が発現され、インスリン分泌促進因子が産生されていることは、ノーザンブロット法やウェスタンブロット法等の通常用いられる方法により確認することができる。また、蛍光を発するタンパク質(例えば、GFP)とインスリン分泌促進因子との融合タンパク質を発現するように遺伝子導入することによって、インスリン分泌促進因子の発現を生体において可視化することができる。なお、作製されたヒト以外のトランスジェニック動物の一部、例えば、この非ヒト動物の細胞、組織、器官もまた、本発明の範囲内である。
【0082】
例えば、本発明のヒト以外のトランスジェニック動物に、被験物質を投与し、この投与により、膵臓β細胞におけるインスリン分泌促進因子の発現量又は局在の変化を観察すれば、上記投与に対する膵臓β細胞の機能的又は形態的変化を解析することができる。このような解析によれば、膵臓β細胞に被験物質を投与することによって誘発されるインスリン分泌能を解明することができる。これらの解析から得られる知見は、膵臓β細胞に関連した糖尿病疾患に対する薬理作用のメカニズムの解明につながる。なお、トランスジェニック動物を被験物質で処理する方法としては、例えば、経口投与、静脈注射、共培養等の通常用いられる公知の方法が用いられる。これらは、トランスジェニック動物の状態(個体、細胞、組織、器官など)や症状、被験物質の性質等に合わせて適宜選択すればよい。また、被験物質の処理量についても、処理方法、被験物質の性質等に合わせて適宜選択することができる。
【0083】
(2−4)インスリン分泌制御因子のノックアウト動物を用いたスクリーニング法
本発明によれば、被験物質のインスリン分泌抑制活性に基づき、インスリン分泌抑制活性を有する被験物質を、糖尿病を治療又は予防するための薬剤に使用される候補物質として選択するスクリーニング法であって、
(a)下記のタンパク質:
(i)配列番号2若しくは配列番号4で表されるアミノ酸配列を含むタンパク質;又は
(ii)配列番号2若しくは配列番号4で表されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつインスリン分泌を負に制御するタンパク質
の遺伝子発現が部分的又は完全に抑制されているヒト以外のノックアウト動物を用意し;
(b)工程(a)で用意したノックアウト動物及び前記遺伝子発現が抑制されていない対照動物に被験物質を投与し;
(c)前記各動物における血中インスリン濃度を測定し;そして
(d)前記対照動物に相対する前記ノックアウト動物のインスリン分泌を正常に戻す被験物質を、糖尿病を治療又は予防するための薬剤に使用される候補物質として選択する
ことを含むスクリーニング法が提供される。
【0084】
本発明のスクリーニング法は、インスリン分泌制御因子の遺伝子発現が部分的又は完全に抑制されているヒト以外のノックアウト動物では、該因子によるインスリン分泌が負に制御されないため、高インスリン状態であることを利用し、インスリン分泌を抑制させる被験物質をインスリン分泌抑制剤の候補物質として選択することを特徴とする。本発明は、高インスリン血性糖尿病などの異常な膵臓β細胞による過剰のインスリン分泌を抑制する治療薬の開発に有用なツールとなる。
【0085】
本発明によれば、本発明のスクリーニング法に使用されるヒト以外のノックアウト動物が提供される。本発明のヒト以外のノックアウト動物は、膵臓β細胞を標的として前記タンパク質の遺伝子発現が部分的又は完全に抑制されていることが好ましい。また、「部分的」とは、例えば、前記タンパク質をコードする塩基配列の一部が欠損していることによって正常なタンパク質を発現できないか又は発現したタンパク質が本来の機能を果たさない程度に遺伝子発現している状態をいう。
【0086】
インスリン分泌制御因子遺伝子のノックアウトマウスは、慣用的な方法により、例えば、胚性幹細胞(ES細胞)中で遺伝子欠損ターゲティングベクターとマウスゲノムとの間で相同組換えを起こさせてノックアウトマウスを作製し、野生型マウス、例えばC57BL/6系統マウスと戻し交配させることによって得られるマウスであってもよい。例えば、ノックアウトマウスは、「ジーンターゲティングの最新技術」(八木健編集、羊土社、2000年)、ジーンターゲティング(野田哲生監訳、メディカル・サイエンス・インターナショナル社、1995年)などの記載に従って行うことができる。また、small interfering RNA法(Brummelkamp,T.R.et al.,Science,296,5501−553(2002))などの「遺伝子発現を抑制する方法」で当該遺伝子をノックダウンすることにより、当該遺伝子の機能を落とすことにより、ノックアウトマウス用のマウスを作製できる。なお、本発明のスクリーニング法においては、インスリン分泌制御因子をコードする遺伝子の発現が抑制されている動物だけでなく、例えば、糖尿病疾患モデル用にインスリン分泌を変化させる1以上の遺伝子の発現が抑制されているノックアウト動物(例えば、ダブルノックアウト動物、トリプルノックアウト動物)を作製することも可能である。例えば、ダブルノックアウト動物は、ノックアウトされるべき2つの遺伝子のうちの1つの遺伝子がノックアウトされた動物と、他方の遺伝子がノックアウトされた動物とを交配させて得られるキメラ動物を野生型動物と交配させて得られるヘテロ接合(+/−)ダブルノックアウト動物として、又は、かかるヘテロ接合動物同士をさらに交配させて得られるホモ接合(−/−)ダブルノックアウト動物として得ることができる。
【0087】
本発明のノックアウト動物として使用する哺乳動物としては、形質転換した胚性幹(ES)細胞からの再生系が確立している哺乳動物であればよく、例えば、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ヒツジ、サル、ヤギ、ブタ、ウマ、ウシ、サル、ウサギ、イヌ又はネコよりなる群から選択される哺乳動物を挙げることができる。好ましくはマウスである。
【0088】
本発明のノックアウト動物を用いたスクリーニング法において、血中インスリン濃度の測定、被験物質の投与などは、上記のトランスジェニック動物の場合と同様の方法を用いて行うことができる。
【0089】
以下の実施例により、本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれら実施例により何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0090】
実施例1:インスリン分泌制御因子の特徴付け
(1)インスリン分泌制御因子の単離及び同定
アルギニンが生体内で多くの作用を有し、中でもインスリン分泌に関与していることは周知である。しかしながら、前記したように、アルギニンの生理作用を直接媒介するアルギニン標的因子(AIF)についてはほとんど知られていない。本発明者らは、従前、AME(アルギニンメチルエステル)固定化磁気ナノビーズを用いて、AIFとしてPFK(ホスホフルクトキナーゼ)、RBL2(RuvB様2)、及びRBL1(RuvB様1)を非インスリン分泌細胞であるHeLa細胞抽出液より同定した(非特許文献4)。非特許文献4に記載されるように、AMEは、アルギニンと同様にインスリン産生の強力な誘導因子であるが、AMEは、NAME(ニトロ−アルギニン−メチル)と同様にNOS(一酸化窒素合成酵素)のアンタゴニストである。一方で、アルギニンはNOSの基質であり、NOSによりアルギニンからNOが生成される。また、誘導型NOS(iNOS)は、転写、翻訳レベルで制御されているため、刺激後15〜30分は応答しないが、アルギニン誘導性のインスリン分泌促進は、僅か1〜5分程度で起こる。このようにして、インスリン分泌に関して、AMEとアルギニンとの作用機序は異なり、アルギニンのターゲットはNOSではなく、新規な物質であることが予想された。
【0091】
そこで、本発明者らは、AME固定化磁気ビーズを用いて、インスリン分泌制御因子を単離・精製し、質量分析及びデータベース検索から、この因子がGenBankにNM 198899として登録されているある種の糖転移酵素と同じアミノ酸配列を有することを突き止めた。NM 198899として開示されたアミノ酸配列情報及び塩基配列情報に基づいて、インスリン分泌制御因子を合成した。簡単には、上記で得られた塩基配列情報(配列番号1)に従って設計した2種類のプライマー、すなわち、T7全長5’プライマー:5’−TAA TAC GAC TCA CTA CTA TAG GGA GCC CACC ATG TGC AGC CGG GGG−3’(配列番号5)(下線部は配列番号1のヌクレオチド1−15に対応する)、及び全長3’プライマー:5’−TCA TAA TTC CTC ATG−3’(配列番号6)(下線部は配列番号1のヌクレオチド4656−4652に対応する)を用いて、インスリン分泌制御因子のcDNA(全長)を増幅した。また、インスリン分泌制御因子のC末端側の断片の遺伝子は、塩基配列情報(配列番号1)に従って設計した2種類のプライマー、すなわち、T7C末5’プライマー:5’−TAA TAC GAC TCA CTA CTA TAG GGA GCC CAC C ATG ATC AAT ATT TTC TCT−3’(配列番号7)(下線部は配列番号1のヌクレオチド3766−3780、配列番号3のヌクレオチド1−15に対応する)、及び全長3’プライマー(上記)を用いて増幅した。これらの増幅産物を常法によりそれぞれベクター(pCDNA6、pGEX)に挿入し、発現ベクターを構築した。上記PCR増幅DNA断片をin vitro transcription & translation系(プロメガ社のTNT Quick coupled transcription/translation system)にて試験管内遺伝子組換えタンパク質の作成を行った。また、前述2種類のベクターに挿入したDNAはそれぞれ宿主細胞(大腸菌)に導入し、配列番号2のアミノ酸配列からなるインスリン分泌制御因子(全長タンパク質)と、配列番号4のアミノ酸配列からなるインスリン分泌制御因子のC末端断片を得た。SDS−PAGEで分画後、当該ゲルを染色することにより、目的とするタンパク質が発現していることを確認した。
【0092】
(2)インスリン分泌制御因子の結合活性
AME固定化磁気ナノビーズ、及びアルギニン固定化アガロース(シグマ社製)を用いて、インスリン分泌制御因子のアルギニンに対する結合性を試験した。最初に、アルギニンに結合したインスリン分泌制御因子を容易に検出することができるように、予めインスリン分泌制御因子を35S標識した。35S標識したインスリン分泌制御因子試料をSDS−PAGEローディングバッファー(50mM Tris−HCl(pH6.8)、2%SDS、100mM β−メルカプトエタノール、10%グリセロール、0.01%ブロモフェノールブルー)で希釈し、98℃5分で変性した。試料を5〜20%勾配のプレキャストゲル(和光純薬工業株式会社)に展開し、DPE−1020カセット電気泳動ユニット(ダイイチ)を用いて、200V、60分間泳動した。対照として、AMEを固定化していないビーズ、及びアルギニンを含まないアガロースを用いた。電気泳動した後、ゲルを銀染色した結果を図2Aに示す。図2Aのレーン3に示される通り、AME固定化磁気ビーズで捕捉されたインスリン分泌制御因子は1つのバンド(「ATIS1」として指示される)として現れ、本発明のインスリン分泌制御因子はアルギニンに結合することが分かる。また、アルギニン固定化アガロースを用いた場合には、ATIS1以外に複数のバンドが観察され、これらは、ATIS1の非特異的な分解を表すと考えられる(レーン5)。一方、対照のアルギニンを含まないビーズ及びアガロースでは、インスリン分泌制御因子が全く検出されなかったが(それぞれレーン2及び4)、AME固定化磁気ナノビーズ及びアルギニン固定化アガロースにおいて強いバンドが検出された(それぞれレーン3及び5)。レーン1は、ビーズ及びアガロースによる捕捉を行っていない試料を電気泳動したものである。
【0093】
次に、インスリン分泌制御因子とアルギニンとの競合阻害実験を行った。インスリン分泌制御因子に放射線標識したアルギニンを混合後、放射線標識していない(コールド)アルギニンで濃度依存的に競合阻害させ、結合が外れた放射線標識アルギニンをカウントした(図2B)。その結果、コールドアルギニンの濃度増加に伴い、結合されていた放射線標識されたアルギニンがインスリン分泌制御因子から外され、そのカウント量が増加している。
【0094】
さらに、インスリン分泌制御因子の消化酵素(トリプシン処理(図2C)又はキモトリプシン処理(図2D))によるアルギニンへの感受性の変化を調べた。まず、放射線標識したインスリン分泌制御因子したインスリン分泌制御因子を100μMのアルギニンと10分間、氷上で混合し、次に、種々の濃度のトリプシン(0,0.06,0.32,0.6,2.0,20μg/mL)又はキモトリプシン(0,0.6,2.0μg/mL)で10分間、氷上で処理することにより、部分的に消化した。SDS−PAGEローディングバッファーを添加し、5間煮沸することによって酵素処理を停止させた。その後、消化産物をSDS−PAGEで分離した。ゲルを乾燥後、オートラジオグラフィーにより放射線標識した消化産物を視覚化した。その結果、トリプシン処理した結果、A(rginine(アルギニン)共存)の場合に、非共存やP(henylalanine(フェニルアレニン))、L(eucine(ロイシン))共存時に比べて、トリプシン部分消化に顕著な抵抗性が見られた。また、キモトリプシン処理した結果、A(Arginine共存)の場合に、非共存やP(Phenylalanine)、L(Leucine)共存時に比べて、キモトリプシン部分消化に顕著な抵抗性が見られた。以上の結果より、本発明のインスリン分泌制御因子はアルギニンに結合することが確認された。
【0095】
次に、インスリン分泌制御因子とインスリン又はアルギニンとの競合阻害を検討した。図3Aは、放射線標識したアルギニンを用いた場合のアルギニン又はインスリン競合阻害の結果を示す。放射線標識したアルギニンとインスリン分泌制御因子を結合後、コールドのアルギニン又はインスリンで競合阻害を行い、インスリン分泌制御因子から外れた放射線標識したアルギニンを図2Bと同様にカウントした。その結果、インスリン分泌制御因子は、コールドのアルギニン及びインスリンの濃度増加とともに、外された放射線標識したアルギニン量が増加していることから、インスリン分泌制御因子はアルギニン及びインスリンと結合することが示された。また、図3Bは、インスリン固定化アガロース又はアルギニン固定化アガロース(共にシグマ社製)に放射線標識したインスリン分泌制御因子を結合させ、アルギニン又はインスリンで結合が外された放射線標識したインスリン分泌制御因子の電気泳動後のゲルを銀染色したものである。これにより、インスリン分泌制御因子に対して、アルギニンとインスリンとは互いに競合阻害することが示された。図3Cは、インスリンとインスリン分泌制御因子を混合後、アルギニンを添加して、インスリン分泌制御因子から外されたインスリンを検出したものである。アルギニンの添加量に依存して、外れるインスリンの量が増大していることが分かる。
【0096】
以上の結果から、インスリン分泌制御因子は、アルギニンとインスリンを競合的に結合させることができ、アルギニン誘導性のインスリン分泌機構は、図1に示される通りであることが強く示唆された。
【0097】
実施例2:インスリン分泌制御因子のNIT−1細胞におけるアルギニン誘導性インスリン分泌制御
インスリン分泌制御因子を強制発現させたNIT−1細胞を用いて、アルギニン誘導性インスリン分泌活性を測定した。簡単には、約1×105個のNIT−1細胞(ATCCから入手)を予め10%FCS(ウシ胎児血清)を含まないF12K培地(通常のF12K培地のうちアルギニンのみを不含)で培養後、実施例1で得られたインスリン分泌制御因子をコードする遺伝子を組み込んだ発現ベクターをリポフェクタミン2000(インビトロジェン社)を用いてNIT−1細胞にトランスフェクトした。その後、0.1、0.2、0.6、2.0、及び20mMのアルギニンをこの培養系に添加し、10分培養後、培地を回収し、株式会社シバヤギ レビス インスリン測定用ELISAキットによって、分泌された単位時間あたりのインスリン量を測定した。結果を図4に示す。白丸の折れ線グラフがインスリン分泌制御因子を強制発現していない通常の発現量を持っている野生型NIT−1細胞のアルギニン誘導によるインスリン分泌量の変化を示す。野生型細胞では、アルギニン濃度に依存して、インスリン分泌が促進している。一方、黒丸の折れ線グラフで示されるインスリン分泌制御因子を強制発現されるNIT−1細胞(図中、ATIS1−NIT−1)では、アルギニンの濃度が0.6mMまでインスリンを分泌せず、2.0mM以上で過剰量のアルギニンにより、野生型細胞と同様にインスリン分泌を促進した(図4)。この結果から、本発明のインスリン分泌制御因子は、インスリン分泌を負に制御する機能を有し、インスリン分泌制御因子を発現しない野生型細胞と比較することにより、この細胞系は、インスリン分泌を回復させる物質のスクリーニングに使用することができる。
【0098】
実施例3:インスリン分泌制御因子を強制発現させたマウスにおけるインスリン分泌
一般に、マウス及びヒトにおける血中のアルギニンの濃度は、摂食直後が最も高く、200μM程度であり、その後、絶食して時間経過とともに徐々にその濃度は減少し、50μM程度となる。実施例2において観察された、摂食直後はインスリン分泌制御因子の強制発現によりインスリン分泌は低くなるが、食後しばらくするとインスリン分泌は野生型と変化がなくなるという結果は、以下に示すように、インスリン分泌制御因子を強制発現させたマウスにおいても再現された。まず、膵臓β細胞においてインスリン分泌制御因子が発現するマウスを作製した。簡単には、ラットインスリンプロモーターの下流にインスリン分泌制御因子を連結させたベクターをpGSベクターベース(Imai, T., Jiang, M., Chambon, P. & Metzger, D., Impaired adipogenesis and lipolysis in the mouse upon Cre-ERT2-mediated selective ablation of RXR alpha in adipocytes., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 98: 224-228, 2001)に作製し、受精卵へインジェクションし、いわゆるトランスジェニックマウスを通常の方法にて作製した(F0マウス)。F0マウスの尾よりDNAを抽出し、トランスジーンについての有無のジェノタイプを行った。トランスジーン陽性のものを野生型B6マウスへ掛け合わせて、F1マウスを得た。さらにF1マウスのジェノタイプも同様に行い、陽性のもののみさらにB6マウスへ掛け合わせを行った。繰り返してF6マウスにて解析を行った。ジェノタイプに用いたプライマーは、フォワードプライマー:5’−GGC AAA GTT TTC AGG GTG TTG TT−3’(配列番号8)及びリバースプライマー:5’−TTA GCA GAG GGG CCC GGT TTG GAC TCA GAG−3’(配列番号9)である。また、F6マウスはRT−PCRにて膵臓に特異的にトランスジーンが発現していることを確認した(データ示さず)。使用したプライマーは、フォワードプライマー:5’−GGA TCG ATC CTG AGA ACT TC−3’(配列番号10)及びリバースプライマー:5’−CAG CAG AAG GCT CTC CAG AGT GTC−3’(配列番号11)、並びにフォワードプライマー:5’−GGA TCG ATC CTG AGA ACT TC−3’(配列番号12)及びリバースプライマー:5’−GCT AAG AAC TCA CTG GCT TCC AGC−3’(配列番号13)である。
【0099】
上記で作製したインスリン分泌制御因子の膵臓β細胞強制発現マウス(208)を用いて、インスリン分泌を解析した(図5)。再摂食直後、絶食2時間後及び8時間後にマウスから採血し、血中のインスリン濃度を株式会社シバヤギ レビス インスリン測定用ELISAキットを用いて測定した。その結果、再摂食直後、及び絶食2時間後では、野生型マウスと比較して、インスリン分泌能は有意に減少していたが、絶食8時間後には野生型マウスと差がなかった。この結果から、本発明のインスリン分泌制御因子は、動物レベルにおいてもインスリン分泌を負に制御する機能を有し、インスリン分泌制御因子を発現しない野生型動物と比較することにより、この動物系は、インスリン分泌を回復させる物質のスクリーニングに使用することができる。
【0100】
実施例4:インスリン分泌制御因子を強制発現させたNIT−1細胞を用いたインスリン分泌促進物質のスクリーニング法の検証
インスリン分泌制御因子を強制発現させたNIT−1細胞を用いて、本発明の抗糖尿病薬剤のスクリーニング法を検証した。検証に使用した化合物は、アルギニン、天然由来の精製したドルパニン(Dru)、天然由来の精製したバッカリン(Bac)、及び化学合成したバッカリン(sBac)である。このうち、ドルパニン及びバッカリンはともにブラジル産プロポリスの主成分として知られている(Tani, H., et al., Inhibitory activity of Brazilian green propolis components and their derivatives on the release of cys-leukotriens., Bioorg. Med. Chem., 18: 151-157, 2010参照)。一方、プロポリス抽出物は、インスリン依存性糖尿病(1型糖尿病)を改善する作用を有することが知られている(例えば、特開2010−37211号公報)。そこで、実施例2と同様の細胞実験系を用いることによって、天然由来の精製したドルパニン(Dru)、天然由来の精製したバッカリン(Bac)、及び化学合成したバッカリン(sBac)がアルギニンと同様にインスリン分泌を促進するか否かを検討し、本発明のスクリーニング法が有益であることを以下に実証した。Dru及びBacは、ブラジル産プロポリス(アピ社製)から精製し、sBacは、本発明者らによって、上記Taniらの文献を参考にして合成した。
【0101】
実施例2と同様に形質転換させたNIT−1細胞の培養系に、10mMのアルギニン、ドルパニン(Dru)、バッカリン(Bac)、及び化学合成したバッカリン(sBac)をそれぞれ添加し、10分培養した。その後、各培地を回収し、株式会社シバヤギ レビス インスリン測定用ELISAキットによって、分泌された単位時間あたりのインスリン量を測定した。結果を図6Aに示す。アルギニン(Arg)とドルパニン(Drug)は、ともに同程度にインスリンを分泌した(約2pg/細胞/分(約2000fg/細胞/分))。このように、ドルパニンもアルギニンと同程度にインスリン分泌を促進する物質であることが示された。一方、バッカリンは、天然由来のもの及び合成されたものであることを問わず、非常にインスリン分泌を促進することが分かった。これらの実験結果から、本発明のスクリーニング法を用いることによって、インスリン分泌を促進する候補物質として、アルギニン以外のドルパニン及びバッカリンについても特定することができた。
【0102】
次に、各インスリン分泌促進物質が、インスリン分泌制御因子(ATIS1)と相互作用していることを確かめた。実験は、実施例1と同様に行った。図6Bは、インスリン固定化アガロース(シグマ社製)に放射線標識したインスリン分泌制御因子を結合させ、Arg、Dru、Bac、又はsBacで結合が外された放射線標識したインスリン分泌制御因子の電気泳動後のゲルをオートラジオグラフしたものである。これにより、インスリン分泌制御因子に対して、Arg、Dru、Bac、及びsBacはそれぞれ、インスリンとは互いに競合阻害することが示された。なお、オートラジオグラフ後に示されたインスリン分泌制御因子(ATIS1)のバンドの濃淡は、図6AのArg、Dru、Bac、及びsBacによって、形質転換されたNIT−1細胞から分泌されたインスリンの量と正に相関していた。
【0103】
また、上記の細胞培養系における培地中のグルコース濃度によるインスリン分泌量の変化を調べた。実験は、培地中のグルコース濃度が2.8mM及び22.2mMである2つの培養系において行った。その結果、グルコースが低濃度の場合(図6Cの1〜4)、sBacが最大濃度でインスリン分泌促進が観察されたが(4)、それよりも低い濃度のsBacではインスリン分泌量に変化が見られなかった(1〜3)。一方、グルコースが高濃度の場合(図6Cの5〜8)、sBacが低い場合にはインスリン分泌に変化がほとんど見られないが(5〜7)、sBacが最大濃度でインスリン分泌促進が非常に顕著に現れた。これは、sBacがATIS1と結合してグルコース濃度依存的(glucose−dependent)なインスリン分泌促進活性を有していることを示唆している。さらに、図6Bと同様に、sBacとインスリン分泌制御因子(ATIS1)との相互作用を調べると、銀染色後に示されたATIS1のバンドの濃淡は、sBacの添加量に依存して変化し、形質転換されたNIT−1細胞から分泌されたインスリンの量と正に相関していた。図6Cと同じく、高グルコース濃度であり、sBac濃度が最大である場合において、インスリン分泌及びATIS1量が最大となった(図6D)。
【0104】
実施例5:野生型B6マウスを用いたsBacのグルコース濃度依存的なインスリン分泌促進活性の検証
実施例4で示されたsBacのグルコース依存的なインスリン分泌促進活性をインビボにおいて確認した。より具体的には、野生型B6マウスを用いて、再摂食後のマウスと絶食12時間後のマウスの2系統を用意し、それぞれ、各種濃度のsBacを投与した後の血中インスリン量と血中グルコース量を測定した。絶食したマウスでは、いずれの濃度のsBacを投与した場合でも、対照(ビヒクルのみ)と比較して、血中インスリン濃度及び血中グルコース濃度に変化が見られなかった(図7A、それぞれ白四角と白丸)。これに対して、再摂食直後の高い血中グルコース濃度であるマウスにおいては、sBacの投与により、その濃度に依存して血中インスリン濃度が増加し、さらに、これに伴って血中グルコース濃度も減少している(図7A、それぞれ黒丸と黒四角)。これらの結果から、細胞培養系で行った実施例3の結果と同様に、マウスを用いた系においても、sBacがグルコース濃度依存的なインスリン分泌促進活性を有していることが示唆された。
【0105】
また、野生型B6マウスに、sBacを85nmol/30g体重(黒三角)又は850nmol/30g体重(黒四角)で投与し、薬物投与におけるマウスへの影響をその体重変化を経時的に測定することにより評価した。図7Bの図からも明らかなように、対照(ビヒクルのみの投与)と比較して、sBacを投与されたマウスはいずれも体重変化に差がなかった。このことから、sBacは副作用としての肥満誘導活性はないと言える。
【0106】
さらに、上記マウスをsBac投与後の第28日目に屠殺し、該マウスから膵臓β細胞を取り出した。ビヒクル、85nmol/30g体重のsBac、及び850nmol/30g体重のsBacを投与されたいずれのマウス由来の膵臓β細胞もその大きさに変化が見られなかった(図7C)。また、各マウスの膵臓に対するランゲルハンス細胞の割合を測定すると、いずれのマウスにおいてもその割合に変化がなかった(図7D)。これらの結果から、膵臓へ大きな副作用(例えばβ細胞殺傷)はないと言える。
【0107】
実施例6:インスリン分泌制御因子とアミノ酸及び糖との相互作用
アルギニン以外のアミノ酸及び糖が、インスリン分泌制御因子と相互作用をするのかどうかを検討した。実験は、実施例1と同様に行った。簡単には、アルギニン固定化アガロース(シグマ社製)に放射線標識したインスリン分泌制御因子を結合させ、その後、アルギニン(Arg)、オルニチン(Orn)、リジン(Lys)、フェニルアラニン(Phe)、シトルリン(Cit)、グルタミン(Glu)、グルコース(Glu)、及びUDP−グルコースで結合が外された放射線標識されたインスリン分泌制御因子の電気泳動後にゲルを銀染色した(図8A)。インスリン分泌制御因子と相互作用したアミノ酸はアルギニン以外にオルニチン及びリジンであり、ともにインスリン分泌促進活性を有することが知られているカチオン性アミノ酸である。インスリン分泌促進活性は、アルギニン>オルニチン、リジンの順であるため、ATIS1との結合活性と極めて高い正の相関が見られた。また、非カチオン性アミノ酸で、SUR(スルフォニルウレア受容体)を介してインスリン分泌促進を行うフェニルアラニンは、予想通りATIS1と結合しなかった。また、アルギニン、オルニチンとよく似ているがカチオン性ではないシトルリンはインスリン分泌促進活性を有しないことが知られているが、ATIS1結合活性も見られなかった。よって、種々のアミノ酸のうち、インスリン分泌促進活性を有するカチオン性アミノ酸のみATIS1との結合が見られた。一方、糖との相互作用では、興味深いことに、インスリン分泌制御因子は、グルコースよりも、UDP−グルコースとの親和性が非常に高いことが分かった。そこで、次に、UDP−グルコースのインスリン分泌促進活性をインビボの系で確認した。実施例5と同様に、野生型B6マウスを用いた。再摂食後のマウスにUPD−グルコースを4.2、12.5、及び37.5(mg/30g体重)で投与し、血中インスリン濃度を測定した。図8Bに示されるように、UPD−グルコース投与されたマウスでは、その濃度上昇に依存して、血中のインスリン濃度が増加している。このことから、UDP−グルコースがインスリン分泌促進因子として機能していることが示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0108】
本発明のインスリン分泌制御因子によれば、正常範囲内に血糖をコントロール可能な抗糖尿病薬剤(特にインスリン分泌促進剤)として有用な物質を得るための簡便なスクリーニング法を提供することができる。
【0109】
本明細書に引用する全ての刊行物及び特許文献は、参照により全体として本明細書中に援用される。なお、例示を目的として、本発明の特定の実施形態を本明細書において説明したが、本発明の精神及び範囲から逸脱することなく、種々の改変が行われる場合があることは、当業者に容易に理解されるであろう。
図1
図4
図5
図7
図2
図3
図6
図8
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]