特許第5881716号(P5881716)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5881716
(24)【登録日】2016年2月12日
(45)【発行日】2016年3月9日
(54)【発明の名称】摺動部品
(51)【国際特許分類】
   F16J 15/34 20060101AFI20160225BHJP
【FI】
   F16J15/34 G
【請求項の数】9
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2013-532517(P2013-532517)
(86)(22)【出願日】2012年8月13日
(86)【国際出願番号】JP2012070646
(87)【国際公開番号】WO2013035503
(87)【国際公開日】20130314
【審査請求日】2015年2月24日
(31)【優先権主張番号】特願2011-197732(P2011-197732)
(32)【優先日】2011年9月10日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000101879
【氏名又は名称】イーグル工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100098729
【弁理士】
【氏名又は名称】重信 和男
(74)【代理人】
【識別番号】100116506
【弁理士】
【氏名又は名称】櫻井 義宏
(74)【代理人】
【識別番号】100116757
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 英雄
(74)【代理人】
【識別番号】100123216
【弁理士】
【氏名又は名称】高木 祐一
(74)【代理人】
【識別番号】100163212
【弁理士】
【氏名又は名称】溝渕 良一
(74)【代理人】
【識別番号】100148161
【弁理士】
【氏名又は名称】秋庭 英樹
(74)【代理人】
【識別番号】100156535
【弁理士】
【氏名又は名称】堅田 多恵子
(72)【発明者】
【氏名】細江 猛
(72)【発明者】
【氏名】井上 秀行
【審査官】 本庄 亮太郎
(56)【参考文献】
【文献】 特開平07−035242(JP,A)
【文献】 特開2009−014183(JP,A)
【文献】 特開平04−000073(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16J 15/34
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
固定側に固定される円環状の固定環と、回転軸とともに回転する円環状の回転環とが対向して各摺動面を相対回転させることにより、当該相対回転摺動する前記摺動面の径方向の一方側に存在する被密封流体を密封する摺動部品において、
前記固定環または前記回転環のいずれか一方の摺動面には、前記固定環と前記回転環との相対回転摺動により動圧を発生する動圧発生溝が被密封流体収容空間と連通するように円周方向に複数形成され、
さらに動圧発生溝の底部に、前記固定環と前記回転環との相対回転摺動によりポンピング作用を生起する線状の凹凸により構成されるポンピング部が形成されることを特徴とする摺動部品。
【請求項2】
前記ポンピング部は、前記被密封流体を吸い込む方向に作用する吸入ポンピング部と前記被密封流体を吐き出す方向に作用する吐出ポンピング部を備えることを特徴とする請求項1記載の摺動部品。
【請求項3】
前記ポンピング部を構成する線状の凹凸は、周期構造の構成をしており、当該凹凸の方向が当該摺動面の摺動方向に対して所定の角度傾斜するように形成されていることを特徴とする請求項1または2に記載の摺動部品。
【請求項4】
前記ポンピング部を構成する周期構造をした線状の凹凸は、隣接するポンピング部の線状の凹凸の方向が当該摺動面の摺動方向に対して対称となるように形成されていることを特徴とする請求項3に記載の摺動部品
【請求項5】
前記動圧発生溝の深さをhとした場合、前記ポンピング部の前記周期構造をした線状の凹凸の深さdがd=0.1h〜10h、前記周期構造をした線状の凹凸のピッチpがp=0.1h〜10hの範囲に設定されることを特徴とする請求項3または4に記載の摺動部品
【請求項6】
前記動圧発生溝は、互いに隣り合う一対の半径方向溝を一組として複数組の動圧発生用溝組を構成する半径方向溝を境界部に向けて高くなるように円周方向に沿って互いに逆向きのテーパ形状とし、境界部に両半径方向溝を隔てるダム部を設けてなることを特徴とする請求項1ないし5のいずれか1項に記載の摺動部品。
【請求項7】
前記動圧発生溝は、摺動面の外周側端部から内周側に向かって略径方向に延びるとともに、内周側において折れ曲がって略周方向に延びる略L字状の溝の形状をなしていることを特徴とする請求項6に記載の摺動部品。
【請求項8】
前記動圧発生溝は、半径方向溝の円周方向に沿った底面のテーパ形状がステップ状、直線状、または、曲線状からなり、前記ポンピング部の線状の凹凸の深さが半径方向溝の深さに応じて変化するように設定されることを特徴とする請求項6または7に記載の摺動部品。
【請求項9】
請求項3に記載の各動圧発生溝の底部に形成される前記ポンピング部の前記周期構造をした線状の凹凸が、ピコ秒レーザまたはフェムト秒レーザの照射により形成されることを特徴とする摺動部品の製造方法
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、相対回転する摺動部品に関し、例えば自動車、一般産業機械、あるいはその他のシール分野のメカニカルシールに用いられる摺動部品に関する。
【背景技術】
【0002】
被密封流体の漏れを防止する密封装置として、相対的回転し、かつ平面上の端面同士が摺動するように構成された2部品からなるもの、例えば、メカニカルシールにおいて、密封性を長期的に維持させるためには、「密封」と「潤滑」という相反する条件を両立させなければならない。特に、近年においては、環境対策などのために、被密封流体の漏れ防止を図りつつ、機械的損失を低減させるべく、より一層、低摩擦化の要求が高まっている。低摩擦化の手法としては、回転により摺動面間に動圧を発生させ、液膜を介在させた状態で摺動する、いわゆる流体潤滑状態とすることにより達成できる。しかしながら、この場合、摺動面間に正圧が発生するため、流体が正圧部分から摺動面外へ流出する。この流体流出はシールの場合の漏れに該当する。
【0003】
従来、回転により摺動面間に動圧を発生させるようにしたメカニカルシールとして図5に示すものが知られている(以下、「従来技術」という。例えば、特許文献1参照。)。図5に示す従来技術では、摺動部品の一方であるメイティングリング30の摺動面31に、回転時に動圧を発生させる半径方向溝32R、32Lからなる動圧発生溝32が円周方向に複数設けられており、1対の半径方向溝32R、32Lの境界部が谷となるように円周方向に沿って互いに逆向きのテーパ面33R、33Lを有し、境界部には両半径方向溝32R、32Lを隔てるダム部34が設けられている。
摺動部品が相対回転すると、図5(b)に示すように、被密封流体の流れGの上流側の半径方向溝32Rにおいて圧力が低下して負の浮力が作用し、ダム部34を越えた下流側の半径方向溝32Lの部分でテーパ面33Lのくさび作用によって圧力が増大し正の浮力が発生する。その際、ダム部34の作用によって負の圧力は小さく、正の圧力が大きくなり、全体として正の圧力が作用し、大きな浮力が得られるというものである。
【0004】
しかしながら、従来技術の動圧発生溝32は動圧効果をもたらすための形状であり、密封性を制御する要素をもたない。したがって、摺動部品であるメイティングリング及びシールリングが相対回転すると動圧発生溝32により動圧が発生するが、動圧を発生すると流体膜が厚くなり、メイティングリングとシールリングとの摺動面が非接触となり、摺動抵抗は下がるものの、漏れが多くなるという問題があった。
また、従来技術の動圧発生溝32による動圧は、回転軸の回転速度がある程度高速にならないと発生しない。そのため、回転し始めから動圧が発生する回転速度に到達するまでの間は、十分な量の非密封流体を摺動面間に介在させることができず、潤滑性が低下してしまい、トルクが高くなり、焼き付き、振動、騒音等が発生し、摺動特性が不安定になるという問題もあった。
なお、摺動部品の摺動時の摩耗を防止するため、動圧発生溝を設けたものも知られているが(例えば、特許文献2参照。)、上記の従来技術と同様に、密封性を制御する要素をもたないため、漏れが多くなるという問題を有している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平4−73号公報
【特許文献2】特開2006−22834号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、従来技術の問題を解決するためになされたものであって、静止時に漏れず、回転初期を含み回転時には流体潤滑で作動するとともに漏れを防止し、密封と潤滑を両立させることのできる摺動部品を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するため本発明の摺動部品は、第1に、固定側に固定される円環状の固定環と、回転軸とともに回転する円環状の回転環とが対向して各摺動面を相対回転させることにより、当該相対回転摺動する前記摺動面の径方向の一方側に存在する被密封流体を密封する摺動部品において、
前記固定環または回転環のいずれか一方の摺動面には、固定環と回転環との相対回転摺動により動圧を発生する動圧発生溝が被密封流体収容空間と連通するように円周方向に複数形成され、
前記動圧発生溝の内部に、固定環と回転環との相対回転摺動によりポンピング作用を生起するポンピング部が形成されることを特徴としている。
この特徴により、静止時には漏れを防止するとともに、回転し始めの低速時においてはポンピング部のポンピング作用により十分潤滑することができ、摺動抵抗を低く、安定した摺動特性を得ることができる。また、回転時においては、動圧発生溝の動圧発生作用により摺動面間に被密封流体による十分な潤滑膜が形成され、摺動特性を向上することができる。動圧発生の際、摺動面から漏出する被密封流体の量を、ポンピング部のポンピング作用により制御することができ、密封性の制御を行うことができる。
【0008】
また、本発明の摺動部品は、第2に、第1の特徴において、前記ポンピング部は、被密封流体を吸い込む方向に作用する吸入ポンピング部と被密封流体を吐き出す方向に作用する吐出ポンピング部を備えることを特徴としている。
この特徴により、被密封流体側から摺動面を経由し、被密封流体側へ戻る被密封流体の流れが形成されるため、回転時における過大な漏れが防止され、シール性を向上させることができる。
【0009】
また、本発明の摺動部品は、第3に、第1または第2の特徴において、前記ポンピング部は、線状の凹凸の周期構造の構成をしており、前記線状の凹凸は、当該凹凸の方向が当該摺動面の摺動方向に対して所定の角度傾斜するように形成されていることを特徴としている。
この特徴により、ポンピング部を線状の凹凸の周期構造から形成できるため、ポンピングの形成が容易であり、また、傾斜角度を調節することでポンピング性能を自在に調節することができる。
【0010】
また、本発明の摺動部品は、第4に、第3の特徴において、前記複数のポンピング部の線状の凹凸の周期構造は、隣接するポンピング部の前記線状の凹凸の方向が当該摺動面の摺動方向に対して対称となるように形成されていることを特徴としている。
この特徴により、摺動面が両方向に回転する場合でも対応することができる。
【0011】
また、本発明の摺動部品は、第5に、第3または第4の特徴において、前記ポンピング部の線状の凹凸の周期構造は、フェムト秒レーザの照射により形成されることを特徴としている。
この特徴により、ポンピング部の線状の凹凸の周期構造の方向性の制御が可能であり、加工位置の制御も可能であるため、離散的な小区画に分けて各区画ごとに所望の線状の凹凸の周期構造の形成ができる。
【0012】
また、本発明の摺動部品は、第6に、第3ないし第5の特徴において、前記動圧発生溝の深さをhとした場合、前記ポンピング部の線状の凹凸の深さdがd=0.1h〜10h、凹凸のピッチpがp=0.1h〜10hの範囲に設定されることを特徴としている。
この特徴により、密封性の制御を最適なものとすることができ、シール性を最大限向上することができる。
【0013】
また、本発明の摺動部品は、第7に、第1ないし第6のいずれかの特徴において、前記動圧発生溝は、互いに隣り合う一対の半径方向溝を一組として複数組の動圧発生用溝組を構成する半径方向溝を境界部に向けて高くなるように円周方向に沿って互いに逆向きのテーパ形状とし、境界部に両半径方向溝を隔てるダム部を設けてなることを特徴としている。
この特徴により、摺動面に作用する浮力を増大させることができ、高圧、高速用の両回転式のメカニカルシールに最適な動圧発生手段を達成することができる。
【0014】
また、本発明の摺動部品は、第8に、第7の特徴において、前記動圧発生溝は、摺動面の外周側端部から内周側に向かって略径方向に延びるとともに、内周側において折れ曲がって略周方向に延びる略L字状の溝の形状をなしていることを特徴としている。
この特徴により、被密封流体が溝内に引き込まれやすく、かつ、引き込まれた被密封流体が排出されにくいため、大きな浮力を発生することができる。
【0015】
また、本発明の摺動部品は、第9に、第7または第8の特徴において、前記動圧発生溝は、半径方向溝の円周方向に沿った底面のテーパ形状がステップ状、直線状、または、曲線状からなり、前記ポンピング部の線状の凹凸の深さが半径方向溝の深さに応じて変化するように設定されることを特徴としている。
この特徴により、動圧発生溝内に引き込まれた被密封流体の量に応じてポンピング作用を発生させることができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明は、以下のような優れた効果を奏する。
(1)上記第1の特徴により、静止時には漏れを防止するとともに、回転し始めの低速時においては十分潤滑することができ、摺動抵抗を低く、安定した摺動特性を得ることができる。また、回転時においては、摺動面間に被密封流体による十分な潤滑膜が形成され、摺動特性を向上することができる。さらに、動圧発生の際、摺動面から漏出する被密封流体の量を、ポンピング部のポンピング作用により制御することができ、密封性の制御を行うことができる。
(2)上記第2の特徴により、被密封流体側から摺動面を経由し、被密封流体側へ戻る被密封流体の流れが形成されるため、回転時における過大な漏れが防止され、シール性を向上させることができる。
(3)上記第3の特徴により、ポンピングの形成が容易であり、また、傾斜角度を調節することでポンピング性能を自在に調節することができる。
(4)上記第4の特徴により、摺動面が両方向に回転する場合でも対応できる。
(5)上記第5の特徴により、ポンピング部の線状の凹凸の周期構造の方向性の制御が可能であり、加工位置の制御も可能であるため、離散的な小区画に分けて各区画ごとに所望の周期構造の形成ができる。
(6)上記第6の特徴により、密封性の制御を最適なものとすることができ、シール性を最大限向上することができる。
(7)上記第7の特徴により、摺動面に作用する浮力を増大させることができ、高圧、高速用の両回転式のメカニカルシールに最適な動圧発生手段を達成することができる。
(8)上記第8の特徴により、被密封流体が溝内に引き込まれやすく、かつ、引き込まれた被密封流体が排出されにくいため、大きな浮力を発生することができる。
(9)上記第9の特徴により、動圧発生溝内に引き込まれた被密封流体の量に応じてポンピング作用を発生させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】一般産業機械用のメカニカルシールの一例を示す正面断面図である。
図2】ウォータポンプ用のメカニカルシールの一例を示す正面断面図である。
図3】本発明の実施形態1に係り、回転環の摺動面に形成された動圧発生溝及びポンピング部を説明する図であって、図3(a)は平面図、図3(b)は図3(a)のX−X断面図である。
図4】本発明の実施形態2に係り、回転環の摺動面に形成された動圧発生溝及びポンピング部を説明する図であって、図4(a)は平面図、図4(b)は図4(a)のY−Y断面図である。
図5】従来技術を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明に係る摺動部品を実施するための形態を図面を参照しながら詳細に説明する。
なお、本実施形態においてはメカニカルシールを構成する部品が摺動部品である場合を例にして説明するが、本発明はこれに限定されて解釈されるものではなく、本発明の範囲を逸脱しない限りにおいて、当業者の知識に基づいて、種々の変更、修正、改良を加えうるものである。
【0019】
図1は、一般産業機械用のメカニカルシールの一例を示す正面断面図である。
図1のメカニカルシールは摺動面の外周から内周方向に向かって漏れようとする被密封流体を密封する形式のインサイド形式のものであって、被密封流体側のポンプインペラ(図示省略)を駆動させる回転軸1側にスリーブ2を介してこの回転軸1と一体的に回転可能な状態に設けられた円環状の回転環3と、ポンプのハウジング4に固定されたシールカバー5に非回転状態かつ軸方向移動可能な状態で設けられた円環状の固定環6とが、この固定環6を軸方向に付勢するベローズ7によって、ラッピング等によって鏡面仕上げされた摺動面S同士で密接摺動するようになっている。すなわち、このメカニカルシールは、回転環3と固定環6との互いの摺動面Sにおいて、被密封流体が回転軸1の外周から大気側へ流出するのを防止するものである。
回転環3及び固定環6は、代表的にはSiC(硬質材料)同士またはSiC(硬質材料)とカーボン(軟質材料)の組み合わせで形成されるが、摺動材料にはメカニカルシール用摺動材料として使用されているものは適用可能である。SiCとしては、ボロン、アルミニウム、カーボンなどを焼結助剤とした焼結体をはじめ、成分、組成の異なる2種類以上の相からなる材料、例えば、黒鉛粒子の分散したSiC、SiCとSiからなる反応焼結SiC、SiC−TiC、SiC−TiNなどがあり、カーボンとしては、炭素質と黒鉛質の混合したカーボンをはじめ、樹脂成形カーボン、焼結カーボン、などが利用できる。また、上記摺動材料以外では、金属材料、樹脂材料、表面改質材料(コーティング材料)、複合材料なども適用できる。
【0020】
図2は、ウォータポンプ用のメカニカルシールの一例を示す正面断面図である。
図2のメカニカルシールは摺動面の外周から内周方向に向かって漏れようとする冷却水を密封する形式のインサイド形式のものであって、冷却水側のポンプインペラ(図示省略)を駆動させる回転軸1側にスリーブ2を介してこの回転軸1と一体的に回転可能な状態に設けられた円環状の回転環3と、ポンプのハウジング4に非回転状態かつ軸方向移動可能な状態で設けられた円環状の固定環6とが、この固定環6を軸方向に付勢するコイルドウェーブスプリング8及びベローズ9によって、ラッピング等によって鏡面仕上げされた摺動面S同士で密接摺動するようになっている。すなわち、このメカニカルシールは、回転環3と固定環6との互いの摺動面Sにおいて、冷却水が回転軸1の外周から大気側へ流出するのを防止するものである。
【0021】
〔実施形態1〕
図3は、本発明の実施形態1に係り、回転環の摺動面に形成された動圧発生溝及びポンピング部を説明する図であって、図3(a)は平面図、図3(b)は図3(a)のX−X断面図である。
図3において、回転環3は、メイティングリングと呼ばれ、多くは、SiC(硬質材料)から形成される。この回転環3の摺動面Sに、円周方向に分離された複数の動圧発生溝20が形成されている。前記動圧発生溝20は、互いに隣り合う一対の半径方向溝20a、20bを一組として複数組の動圧発生用溝組を構成する半径方向溝を境界部に向けて高くなるように円周方向に沿って互いに逆向きのテーパ形状とし、境界部に両半径方向溝を隔てるダム部21を設けてなるものである。摺動面Sに設けられる動圧発生溝20の数は、任意であり、設計的に計算され、最適な数とされるものである。
【0022】
図3(a)に示される動圧発生溝20は、回転環3の摺動面Sの外周側端部から内周側に向かって略径方向に延びるとともに、内周側において折れ曲がって略周方向に延びる略L字状の形状をしている。動圧発生溝20は、回転環3の外周面で被密封流体側に連通しており、被密封流体を溝内に引き込みやすく構成されている。
【0023】
図3(b)に示すように、動圧発生溝20の深さは、周方向に延びる部分において、摺動方向に沿って徐々に変化する。具体的には、動圧発生溝20の深さは、半径方向溝20aにおいては矢印r1方向に沿ってステップ状に深くなるように構成され、半径方向溝20bにおいては矢印r2方向に沿ってステップ状に深くなるように構成されている。すなわち、動圧発生溝20の半径方向溝20a及び20bは境界部に向けて高くなるように構成されている。
【0024】
動圧発生溝20とこれに対向する固定環6の摺動面との間のスペースは、被密封流体側から溝内に引き込まれた被密封流体の進路にしたがい、まず、径方向の内側に進むにしたがい狭くなり、次に、周方向に曲がる部分で広くなるが、周方向に進むにしたがい次第に浅くなるため、結局、被密封流体の流は絞られることになる。被密封流体が徐々に絞られることで、回転環3と固定環6とを互いに引き離すように作用する動圧が発生される。これにより、回転環3と固定環6の摺動面Sの間に被密封流体による潤滑膜が形成されやすくなり、摺動特性が向上される。特に、本実施形態における動圧発生溝20は、動圧発生溝が略L字状の形状をしているため、半径方向溝20bに引き込まれた被密封流体が排出され易く、漏れを防ぐことができる。
【0025】
動圧発生溝20は、鏡面加工された摺動面Sに、YVOレーザやサンドブラストによる微細加工を施すことにより形成することができる。また、製品サイズによっては切削によって形成してもよい。
本実施形態による回転環において、最深部における深さが0.1〜5μmとなるように動圧発生溝20を形成している。
【0026】
動圧発生溝20の内部には、ポンピング部10が形成されている。図3においては、動圧発生溝20の底部の全面にポンピング部10が形成されているが、必ずしも、全面に設ける必要はなく、一部に設けられてもよい。
【0027】
メカニカルシールを低摩擦化させるためには、被密封流体の種類、温度などによるが、通常、摺動面間に0.1μm〜10μmほどの液膜が必要である。この液膜を得るために、上記したように、動圧発生溝20の内部に、固定環6と回転環3との相対回転摺動によりポンピング作用を生起するポンピング部10が形成されている。該ポンピング部10は、被密封流体を吸い込む方向に作用する吸入ポンピング部10aと被密封流体を吐き出す方向に作用する吐出ポンピング部10bとを備えている。
【0028】
図3において、回転環3がR方向に回転すると、二点差線の矢印で示すように、ポンピング部10へ被密封流体の取り込み、被密封流体側への押し戻しが行われるようになっている。
【0029】
ポンピング部10の各々には、相互に平行で一定のピッチの複数の線状の凹凸(本発明においては、「線状の凹凸の周期構造」ともいう。)が形成され、該線状の凹凸の周期構造は、例えば、フェムト秒レーザにより形成される微細な構造である。
なお、本発明において「線状の凹凸」には、直線状の凹凸の他、直線状の凹凸形成の過程で出現される多少彎曲された凹凸、または曲線状の凹凸も包含される。
【0030】
さらに、図3(a)に示すように、ポンピング部10に形成される線状の凹凸は、摺動面Sの摺動方向、換言すれば摺動面Sの回転接線方向に対して所定の角度θで傾斜するように形成される。所定の角度θは、摺動面Sの回転接線に対して内径方向及び外径方向の両方向において各々10°〜80°の範囲であることが好ましい。
【0031】
複数のポンピング部10の各々におけるポンピング部10の線状の凹凸の回転接線に対する傾斜角度θは、全て同じであってもよいし、ポンピング部10ごとに異なっていてもよい。しかし、この傾斜角度θに応じて摺動面Sの摺動特性が影響を受けるので、要求される潤滑性や摺動条件等に応じて、適切な特定な傾斜角度θに各ポンピング部10の線状の凹凸の傾斜角度を統一するのが安定した摺動特性を得るために有効である。
図3(a)の場合、ステップ状に変化する半径方向溝20a、20bの各ステップごとに回転接線に対する傾斜角度θが一定になるようにしている。
【0032】
従って、摺動面Sの回転摺動方向が一方向であれば、複数のポンピング部10の各々における線状の凹凸の回転接線に対する傾斜角度θは、最適な特定の角度に規定される。
【0033】
また、摺動面Sの回転摺動方向が正逆両方向であれば、一方の方向の回転の際に適切な摺動特性となる第1の角度で回転接線に対して傾斜する線状の凹凸を有する第1のポンピング部と、それとは反対方向の回転の際に適切な摺動特性となる第2の角度で回転接線に対して傾斜する線状の凹凸を有する第2のポンピング部とを混在させることが望ましい。そのような構成であれば、摺動面Sが正逆両方向に回転する際に、各々適切な摺動特性を得ることができる。
【0034】
さらに具体的には、摺動面Sが正逆両方向に回転する場合には、吸入ポンピング部10aと吐出ポンピング部10bとの各線状の凹凸の傾斜角度θは、回転接線に対して対称となるような角度となるように形成しておくのが好適である。
また、吸入ポンピング部10aと吐出ポンピング部10bとは、摺動面Sの周方向に沿って交互に配置されるように形成するのが好適である。
図3に示す摺動面Sは、そのような摺動面Sが両方向へ回転する場合に好適な摺動面Sの構成である。
なお、吸入ポンピング部10aと吐出ポンピング部10bとは、摺動面Sの周方向に沿って交互に配置されなくてもよく、例えば、吸入ポンピング部10aが2個、吐出ポンピング部10bが1個の割合で配置されても、あるいは、逆の割合で配置されてもよい。
【0035】
相互に平行で一定のピッチの複数の線状の凹凸を精度よく配置した構造(線状の凹凸の周期構造)であるポンピング部10は、例えば、フェムト秒レーザを用いて、摺動面Sの所定の領域に厳密に区画分けされ、さらに各区画において線状の凹凸の方向を精度よくコントロールして形成される。
加工しきい値近傍の照射強度で直線偏光のレーザを基板に照射すると、入射光と基板の表面に沿った散乱光又はプラズマ波の干渉により、波長オーダーのピッチと溝深さを持つ線状の凹凸の周期構造が偏光方向に直交して自己組織的に形成される。この時、フェムト秒レーザをオーバーラップさせながら操作を行うことにより、その線状の凹凸の周期構造のパターンを表面に形成することができる。
【0036】
このようなフェムト秒レーザを利用した線状の凹凸の周期構造では、その方向性の制御が可能であり、加工位置の制御も可能であるため、離散的な小区画に分けて各区画ごとに所望の線状の凹凸の周期構造の形成ができる。すなわち、円環状のメカニカルシール摺動材の摺動面を回転させながらこの方法を用いれば、摺動面に選択的に微細な周期パターンを形成することができる。そしてまたフェムト秒レーザを利用した加工方法では、メカニカルシールの潤滑性向上及び漏洩低減に有効なサブミクロンオーダーの深さの線状の凹凸の周期構造の形成が可能である。
【0037】
前記ポンピング部10の形成は、フェムト秒レーザに限らず、ピコ秒レーザや電子ビームを用いてもよい。また、前記ポンピング部10の形成は、線状の凹凸の周期構造を備えた型を用いて円環状のメカニカルシール摺動材の摺動面を回転させながらスタンプ又は刻印することにより行われてもよい。
【0038】
前記動圧発生溝20及びポンピング部10が形成された摺動面の被密封流体側と反対側である内周側は静止時において漏れを発生させないためのシールダムとして機能する必要がある。このシールダム機能を奏するシールダム部11は被密封流体(潤滑性流体)が十分には行きわたらない部分であるため貧潤滑状態となり摩耗が発生し易い。シールダム部11の摩耗を防止し、摺動摩擦を低減させるため、シールダム部11は潤滑性に優れた摺動材料より形成されるのが望ましい。
【0039】
動圧発生溝20の深さhは、1μm≦h≦100μm、ポンピング部10の線状の凹凸の頂点と底部との深さdは、0.1μm≦d≦10μmの範囲に設定されるのが望ましい。また、ポンピング部10の線状の凹凸のピッチpも、0.1μm≦p≦10μmの範囲に設定されるのが望ましい。
図3に示されるように、動圧発生溝20の半径方向溝の底面の円周方向に沿ったテーパ形状がステップ状の場合、動圧発生溝20の深さhは段階的に変化するので、ポンピング部10の凹凸の頂点と底部との深さdもそれに応じて段階的に変化する。そのため、動圧発生溝20内に引き込まれる被密封流体の量に応じてポンピング作用を発揮させることができる。
【0040】
上記のように、静止時には、円周方向に連続したシールダム部11が形成されていることにより漏れを防止するとともに、回転し始めの低速時においては被密封流体がポンピング部10に取り込まれるとともに摺動面に潤滑膜が生成されるため、十分潤滑することができ、摺動抵抗を低く、安定した摺動特性を得ることができる。
また、回転時においては、動圧発生溝20により摺動面Sに動圧が発生されて、回転環3と固定環6の摺動面Sに間に被密封流体による潤滑膜が形成され、摺動特性が向上されるものである。さらに、動圧発生の際、摺動面から漏出する被密封流体の量を、ポンピング部のポンピング作用により制御することができ、密封性の制御を行うことができる。その際、吸入ポンピング部10a内に被密封流体を取り込み、この被密封流体を摺動面S介して円周方向に分離された位置にある吐出ポンピング部10bに送り込み、吐出ポンピング部10bの作用によりこの被密封流体を被密封流体側に戻す流が生じる。この被密封流体の流れを通じて、回転時における漏れを低減させ、シール性を向上することができる。
【0041】
特に、動圧発生溝20の内部にポンピング部10が形成されるため、図3において、右側の半径方向溝20aでは被密封流体を引き込むとともに該半径方向溝20a内に形成された吸入ポンピング部10aも被密封流体を引き込むように作用し、左側の半径方向溝20bでは被密封流体を押し出すとともに該半径方向溝20b内に形成された吐出ポンピング部10bは被密封流体を被密封流体側へ押し出すように作用する。これら半径方向溝及びポンピング部の被密封流体の引き込み及び押し出しの作用に伴い、摺動面Sにおいては被密封流体の量が増大され、同時に、被密封流体側から吸い込まれ、被密封流体側へ押し出すという被密封流体の流れが形成される。これにより、摺動面S間に被密封流体による潤滑膜が十分に形成され、摺動特性が向上されるとともに、被密封流体の漏れが低減され、シール性を向上することができる。
【0042】
〔実施形態2〕
図4は、本発明の実施形態2に係り、回転環の摺動面に形成された動圧発生溝及びポンピング部を説明する図であって、図4(a)は平面図、図4(b)は図4(a)のY−Y断面図である。
図4において、図3と同じ符号は図3の部材と同じ部材を指しており、重複した説明は省略する。
【0043】
図4(a)に示される動圧発生溝20は、回転環3の摺動面Sの外周側端部から内周側に向かって略径方向に延びるとともに、内周側において折れ曲がって略周方向に延びる略L字状の形状をしている。動圧発生溝20は、回転環3の外周面で被密封流体側に連通しており、被密封流体を溝内に引き込みやすく構成されている。
【0044】
図4(b)に示すように、動圧発生溝20の深さは、周方向に延びる部分において、摺動方向に沿って徐々に変化する。具体的には、動圧発生溝20の深さは、半径方向溝20aにおいては矢印r1方向に沿って直線的に深くなるように構成され、半径方向溝20bにおいては矢印r2方向に沿って直線的に深くなるように構成されている。
また、動圧発生溝20の半径方向溝の円周方向に沿ったテーパ形状が直線状に変化するため、ポンピング部10の凹凸の頂点と底部との深さdもそれに比例して連続的に変化することが望ましいが、加工の容易さを考慮して、段階的に変化させてもよい。
なお、動圧発生溝20の半径方向溝の底面は、直線的に変化させる構成に限らず、角度の異なる複数の傾斜面を組み合わせたり、溝底面を曲面で構成し曲線状に変化させてもよい。上記のいずれの場合でも、半径方向溝は境界部に向けて高くなるように形成される。
【0045】
本実施形態2においても、実施形態1と同様に、静止時には、円周方向に連続したシールダム部11が形成されていることにより漏れを防止するとともに、回転し始めの低速時においては被密封流体がポンピング部10に取り込まれるとともに摺動面に潤滑膜が生成されるため、十分潤滑することができ、摺動抵抗を低く、安定した摺動特性を得ることができる。また、回転時においては、動圧発生溝20により摺動面Sに動圧が発生されて、回転環3と固定環6の摺動面Sに間に被密封流体による潤滑膜が形成され、摺動特性が向上されるものである。さらに、動圧発生の際、摺動面から漏出する被密封流体の量を、ポンピング部のポンピング作用により制御することができ、密封性の制御を行うことができる。その際、吸入ポンピング部10a内に被密封流体を取り込み、この被密封流体を摺動面S介して円周方向に分離された位置にある吐出ポンピング部10bに送り込み、吐出ポンピング部10bの作用によりこの被密封流体を被密封流体側に戻す流が生じる。この被密封流体の流れを通じて、回転時における摺動面Sの潤滑性を確保するとともに、漏れを防止し、シール性を保つことができる。
【0046】
特に、動圧発生溝20の内部にポンピング部10が形成されるため、図4において、右側の半径方向溝20aでは被密封流体を引き込むとともに該半径方向溝20a内に形成された吸入ポンピング部10aも被密封流体を引き込むように作用し、左側の半径方向溝20aでは被密封流体を押し出すとともに該半径方向溝20b内に形成された吐出ポンピング部10bは被密封流体を被密封流体側へ押し出すように作用する。これら半径方向溝及びポンピング部の被密封流体の引き込み及び押し出しの作用に伴い、摺動面Sにおいては被密封流体の量が増大され、同時に、被密封流体側から吸い込まれ、被密封流体側へ押し出すという被密封流体の流れが形成される。これにより、摺動面S間に被密封流体による潤滑膜が十分に形成され、摺動特性が向上されるとともに、被密封流体の漏れが低減され、シール性を向上することができる。
【0047】
上記実施形態1及び2においては、回転環3の摺動面に動圧発生溝20及びポンピング部10を形成したものであるが、これとは逆に、固定環6の摺動面に動圧発生溝20及びポンピング部10が形成されるようにしてもよい。
【0048】
動圧発生溝20及びポンピング10は、径方向において、必要に応じて、任意に傾斜させることができる。例えば、図3及び図4において、動圧発生溝20の半径方向溝20a及び吸入ポンピング部10aは、径方向内側に向かって次第に低くなるように形成されて被密封流体を吸い込み易くし、動圧発生溝20の半径方向溝20b及び吐出ポンピング部10bは、径方向内側に向かって次第に高くなるように形成されて被密封流体を吐出し易くすることが考えられる。
【0049】
なお、被密封流体側が回転環3及び固定環6の内周側に存在するアウトサイド形のメカニカルシールの場合は、動圧発生溝20及びポンピング部10は内周側に臨んで形成される。
【符号の説明】
【0050】
1 回転軸
2 スリーブ
3 回転環
4 ハウジング
5 シールカバー
6 固定環
7 ベローズ
8 コイルドウェーブスプリング
9 ベローズ
10 ポンピング部
10a 吸入ポンピング部
10b 吐出ポンピング部
11 シールダム部
20 動圧発生溝
20a、20b 一対の半径方向溝
21 ダム部
S 摺動面
図1
図2
図3
図4
図5